「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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プロローグのエピローグ/帰って来た勇者:怪獣使いと少年

 

 

「これは、あなたの知らない私の話」

 

「もう誰も知らない、私だけが覚えている話」

 

「帰って来たよリュウくん。私、ここに帰って来たんだ」

 

 

 

 

 

 

 これは、赤嶺友奈と鷲尾リュウと弥勒蓮華の物語。

 この世界に、花結装(はなゆいのよそおい)は存在しない。

 

 花結装。

 それは、あるはずのない力。

 勇者システムの最終到達地点の一つ。

 世界の歩みを歪める存在。

 運命に干渉する究極の花。

 この武装には、後悔と、未練と、悲嘆と、絶望と、希望が込められている。

 

 神樹の力は時空に干渉するため、神樹内部の世界はあらゆる時代に接続し、またあらゆる時間の概念を超越している。

 この装備はその領域を通して送信されたもの。

 未来から過去への贈り物。

 赤嶺友奈から赤嶺友奈へ託された希望。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()が送った―――神世紀300年基準の勇者システムを更に強力に改造したものである。

 

 友奈はリュウと会うために。

 リュウは友奈を救うために。

 全力で戦いが始まった。

 花結装はなく、大赦は研究中だった西暦勇者システムを解禁。

 西暦勇者クラスの存在となった赤嶺友奈と、超合体も巨大化も持たない鷲尾リュウの戦いが始まったものの、ここに問題が発生した。

 戦いが、泥沼化してしまったのだ。

 

「最悪だ」

 

 友奈はリュウを仕留めきれず、かといってリュウは友奈を傷付けられず、リュウが搦め手も使い始めたことで、勝敗がつかないまま街の被害が増えていく。

 リュウの搦め手から友奈を救うため、友奈に世界を守ってもらうため、友奈を救ってリュウに殺される大赦の人間が増えていく。

 戦闘の流れ弾や大規模被害で、傷付き、死んでいく市民が増えていく。

 

「弥勒も寝ては居られないわ。手を貸すわよ、友奈」

 

 戦いの天秤を傾けたのは、弥勒蓮華の参戦だった。

 泥沼の戦いは、ダークリングの闇に汚染されることを選んだリュウが優勢で進んでおり、その天秤を弥勒がひっくり返した。

 怪我を押して参戦した蓮華もまた西暦の勇者システムを使っており、単純に人類側の戦力が倍加した――とはいえ、蓮華は片足が折れていたため限界はあった――ため、リュウはだんだんと追い込まれていき、戦局は逆転する。

 

 そして、大赦はトドメを刺しに動いた。

 新勇者の選定である。

 西暦の勇者は五人。

 勇者は一人暴走しようが、五人暴走しようが、世界が滅ぶためリスクは同値だ。

 だが五人ならば"暴走した勇者を他の勇者が止める"というセーフティが作れる。

 当然ながら、新しい勇者が三人選定され、投入された。

 鷲尾リュウの勝利の可能性は、ここで半ば潰えた。

 

「オレは、諦めねェ」

 

 しかし、リュウは諦めない。

 諦めず戦い続けるリュウに、最悪の後押しが現れた。

 バーテックスの、襲撃である。

 

「―――世界が、終わる?」

 

 修羅場を数多くくぐり抜けてきた友奈や蓮華とは違い、新規勇者三人は訓練期間が比較的短く、その内二人が死んだ。

 最後の一人を蓮華が庇うが、最弱個体ですら勇者に重傷を与えるのが西暦末期の戦いであり、彼女らの装備はその時代から七十年程度しか経っていない。

 仲間を守るのと引き換えに、蓮華は重症を負い、作戦行動中行方不明(MIA)に認定され、友奈の必死の訴えも虚しく、捜索にはそこまでの人手が割かれなかった。

 そんな彼女を見つけ、拾い、手当てし、救ったのは、リュウだった。

 

「……何故、弥勒を……?」

 

「お前は、殺されるほどのことはしてねェはずだ」

 

「……殺さなくていいなら殺さない、と。聞いていたより善良な人みたいね」

 

 勇者が二人死に、蓮華が行方不明になっても、戦いは続く。

 バーテックスの侵攻が始まってから数ヶ月経っても、彼らの戦いは終わっていなかった。

 

 新規勇者の選定と訓練も始まった。

 だが、友奈と新人卒業したての勇者一人、そして新人三人では「防衛の度に勇者の死人を出すな」と言われてもどうにもならない。

 西暦は、勇者五人を三年以上訓練したという。

 友奈でも二年未満。

 他の勇者は全員が一年未満。

 地獄のような防衛が続き、非情に徹することができなかったリュウも人知れず助力し、超合体も巨大化もないままに友奈を守り続ける。

 

「ダメだ、何もかもが足りない」

 

 大赦は民心の安定のため、リュウをバーテックスの一種であると発表、そちらにも民衆のヘイトを向けていく。

 更に現行システムの一号勇者であり唯一の戦力である友奈を酷使し始めた。

 世界を守る最善手。

 だがリュウから社会の居場所を奪っていき、友奈の命を危険に晒していくことで、大赦はリュウが歩み寄れる余地を加速度的に失っていく。

 絶対に許さない存在になっていく。

 リュウが友奈と笑い合うためには、大赦を絶対に潰さなければならなかった。

 

「ぶッ潰す、絶ッ対ェにな」

 

 バーテックスの攻撃は定期的に行われ、人々の心は段々不安になっていく。

 加速度的に余裕を失っていく。

 優しさとは、安定と余裕から生まれるものだ。

 人々の心が揺らいでいけば、人々は寛容でなくなり、攻撃的になり、優しさを失ってしまう。

 社会はリュウが壊す前に、腐っていた。

 社会を壊すのは怪獣だが、社会を腐らせるのは人の心で、それが世界を手遅れにする。

 

 そしてこの時期、乃木若葉が寿命を迎えて死に至った。

 初代勇者は後悔を抱え、大赦の名前も知らない人間に囲まれ、どこかの誰かへ謝り続けながら死んでいったという。

 象徴である初代勇者・乃木若葉の死は、間接的に社会にトドメを刺した。

 

「すまない……私は、最後の一人だったのに、何も……ひなた……皆……りん……」

 

 勇者の負担は増えていく。

 広報。

 戦闘。

 訓練。

 どれが欠けても、世界は終わる。

 なのにバーテックスは容赦なく結界の外から襲撃を続け、勇者が迎撃し、死人が出て、バーテックスの襲撃に便乗して鷲尾リュウ達が迎撃し、勇者達が迎撃、またバーテックスが来る。

 大赦は効率性を最優先し、効率のためにたった一つしかない少女の命をゴミのように使い捨てていき、リュウはそれも止めるために急ぐが、それが勇者を摩耗させる悪循環。

 最悪の螺旋。

 

 大赦も勇者も世界の存続に必死で、赤嶺友奈にその負担が集中した。

 周りが雑魚であればあるほど、赤嶺友奈の存在は輝く。

 神樹の特別製。

 勇者のジョーカー。

 他の勇者候補とは桁が違う、勇者適性最高値。

 他の勇者が何人負けても、赤嶺友奈だけは負けない。

 赤嶺友奈が最後に勝つから、世界は決して滅びない。

 

 他の勇者達が、星を見るような目で友奈を見始める。

 大赦の人間が、神を見るような目で友奈を見始める。

 人々が街のあちこちで、友奈という都合のいい神様を崇め始める。

 

 鷲尾リュウは、赤嶺友奈が"英雄という死刑台"に進んでいく姿が、はっきり見えていた。

 

 少なくとももうこの時点で、赤嶺友奈は普通の少女に戻れなくなっていた。

 

「クソ、友奈……! オレにもっと力があれば……!」

 

「落ち着きなさい。弥勒がお茶を淹れるわ」

 

「……悪ィ」

 

「慌ててもしょうがないわ。それよりちょっと肩揉んでくれないかしら」

 

「お前オレのこと気遣ってるようで気遣ってねェな」

 

「さぁ?」

 

 リュウは蓮華を助けた。

 だが、方針を変えたわけではない。

 強い勇者が復帰すれば、この時のリュウが望む、

 『大赦を倒し結界内に対バーテックスの新体制を確立し友奈を安全な場所に送る』

 という願いが叶うことは絶望的だった。

 

 よって蓮華から端末を奪い、小屋に閉じ込めておくことにした。

 殺しはしない。

 しかし解放もしない。

 勇者としての蓮華を無力化するには、これで十分だとリュウは考えた。

 

 だがここで"監禁しておけば自分はブレてない"というところで思考の進みが止まって、悪党ぶることを徹底し忘れるのがリュウだった。

 

 大赦に追い詰められすぎて他の拠点が用意できなかった。

 よって蓮華と同じ小屋で寝泊まりしていた。

 蓮華の前で無防備にグースカ寝ていた。

 自分で蓮華の足を折ったくせに、常に口には出さず蓮華の足を心配していた。

 何ヶ月も蓮華の足の包帯などを交換し、蓮華の治療に貢献した。

 蓮華の家族の近況を確認して教えてくれた。

 蓮華の料理を食べて感動していた。

 食べ物に何か仕込まれることを最初は警戒していたが、一週間で警戒が消えた。

 むしろ無邪気に蓮華の料理を喜ぶリュウに、生まれてこの方他人の手料理を食べたことがないというリュウに、蓮華の警戒の方が剥がされていってしまう。

 

 不思議な感情と、不思議な関係があった。

 

 蓮華も彼の在り方を最初は罠かと思っていたが、何も考えてないリュウに気付き、何度か脱出する機会はあったというのに、何故か逃げる気をなくしてしまっていた。

 敵であるはずなのに、リュウを放置しておくことができなくなってしまっていた。

 リュウは笑えるくらい情に流されていた。

 一つ屋根の下で数ヶ月一緒に暮らした異性をぞんざいに扱えないのが彼である。

 

 監禁されていると飽きてくるんじゃないか、苦痛じゃないか、と思ったリュウが、蓮華のために大量の少女漫画を買って来た時は、もう笑いをこらえることに苦労していた。

 共に過ごす時間が長くなればなるほど、情が湧いてしまうのは、二人共そうだった。

 

「リュウ、弥勒の財布を渡すから、ちょっと新しい下着を買って来なさい。上下で」

 

「お前もうオレで遊んでねェか?」

 

「まさか。弥勒を監禁するような怖い男に、そんなことできないわ」

 

「嘘クセェ……骨折治ったって言ってもまだ折れやすいだろうから気を付けろ」

 

「あいたたた、リュウに折られた足が痛むわ。

 今夜カレーの材料を買ってきてくれたら、痛みが収まるかもしれないわね」

 

「コイツ……!

 オレの扱いを覚えてすっかり味しめやがって……!

 もうお前どッかいけよ! お前が居ると調子が狂うンだよ、何もかも!」

 

「残念ね。監禁されてるから帰れないわ」

 

「お前なンなの?」

 

 数ヶ月の戦いの継続は、友奈に深刻な負担を強いた。

 精霊の穢れの蓄積である。

 精霊を体外に留めることも可能かつ強力な花結装が無い以上、現在の最高戦力である友奈は切り札/精霊を連発するしかない。穢れを溜め続けるしかない。

 でなければ世界が終わる、数ヶ月の綱渡りの連続があった。

 

 友奈以外はどんどん死ぬ。死ぬから、穢れが溜まらない。

 友奈は死なない。だからどんどん溜まっていく。

 リュウ相手にも精霊を使うようになっていくと、穢れの蓄積速度は爆発的になる。

 精霊の穢れのことなど、途中で離脱した蓮華も、外野のリュウも知る余地も無い。

 バーテックス戦で友奈を死なせないため、リュウが友奈を怪獣と戦わせ対怪物の経験値を積ませる、などということすら何度かしていたほどだった。

 

 リュウと会えない時間が二年弱。

 蓮華と会えない時間が数ヶ月。

 静は居てくれたが、焼け石に水。

 友奈のメンタルは加速度的に削られていった。

 

「私は大丈夫……私は大丈夫……大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫」

 

 世界が終わりに近付いていく。

 

 元々一般人だった少女を、勝つためにいくらでも使い潰せる備品か何かとして扱う大赦に危機感を持った蓮華は、リュウの仲間となって二人での独立勢力を結成。

 一つ屋根の下で二人で過ごしてリュウをほだした――けど蓮華も割とほだされていた――ことにより、独立勢力の主導権を握ったことで、蓮華は世界を救っていく。

 弥勒蓮華は己の信念に忠実だ。

 大赦に忠実なのではない。

 彼女はいつだって、ビターエンドに納得する努力ではなく、ハッピーエンドのための努力を、涼しい顔で賢明に積み上げている。

 

 鏑矢を突破し大赦を武力制圧する作戦立案と、実行。

 バーテックスの対処と、四国に接近する前に攻撃を仕掛けての漸減。

 ダークリングの怪物達の能力で検知した、大赦もまだ認識していない結界内部の危険因子への素早い対処。

 リュウが生身の時を狙っている大赦の暗殺工作も、事前に潰していった。

 

 蓮華はリュウの影に隠れ、自分の姿を見せないまま、友奈を抱える大赦を翻弄していく。

 

「お前のおかげで、オレもやることがハッキリ見えてきた。ありがとな」

 

「あら、珍しいわね、友奈至上主義者の貴方が友奈以外の女の子を褒めるのは」

 

「普通に褒めてんだろ!

 適当に何も考えずレッテル貼るな!

 第一テメェは元々友奈の次くらいの数オレに褒められてんだろうが!」

 

「そうだったわね。貴方は友奈の次くらいに弥勒を大好きだったわ」

 

「発言の一部を力尽くで別の単語に置き換えて別の台詞に変える豪腕やめろ」

 

「ちなみに貴方はもう少しで弥勒の中で友奈と同じくらい好かれてることになるわ。

 頑張って励みなさい。今の時点で男性好感度ランキングはダントツの一位だからね」

 

「……調子狂うンだよな。背中が痒い」

 

「ふふ。照れてる」

 

「照れてねェ!」

 

「最近の貴方は明るくて良いわね」

 

「……誰かさんのおかげで暗い気持ちのまま一日が終わることがねェからだ」

 

「それは希望よ。弥勒の希望。持つ者を不敵に笑わせる、決して消えない希望の灯」

 

「希望の灯?」

 

「ロウソクの火を他のロウソクに分けても消えないし、減らないでしょう?

 それと同じ。強い希望は他人に分けても決して減りはしないわ。

 誰よりも強い希望を持つ者が、周りの人間に希望を与え続けるのよ。

 この弥勒こそが何よりも強い希望を持つ女。貴方に希望を分け与えた女というわけ」

 

「そりゃまた……なんかいいもンだな」

 

「大事なことだから、死んでも忘れないように。

 生まれ変わっても心のどこかに覚えていなさい。

 貴方の心のどこかに、この弥勒蓮華が、希望の灯火を分けたことを」

 

 戦いは終わりが見えない。

 窮地を犠牲と生贄で乗り越え続ける大赦は、巫女の素質がある少女達を生贄に捧げることで天の神の怒りを鎮める奉火祭を画策したが、リュウと蓮華の襲撃と説得で失敗。

 バーテックスは勇者に対応し、進化を続け、更に強大な力を付けていく。

 大赦陣営の方針は硬直化し、民心は荒廃していく。

 

 そして、街の被害も増していく。

 バーテックスの襲撃も、リュウ達と大赦の戦いも、街の破壊の規模を増していく。

 偽の情報でリュウを誘き寄せ、奇襲で勇者達をぶつけるという戦法を大赦が取るようになってからは、街に被害を出さないよう作戦を組む蓮華の努力も無駄になっていく。

 大赦が守りの勇者と攻めの勇者を個別に運用できる数の余裕を得たことが、事態を更に最悪に転がしていく。

 

 街も。

 花畑も。

 公園も。

 丸亀城も。

 戦いの余波で燃え尽き、多くは跡形も無く灰になった。

 

 友奈は戦う。

 一人でも戦う。

 

 友達の勇者が死んでいく。

 仲間が自分にばかり任せて、丸投げする。

 大赦が自分を神のように扱う。

 "赤嶺友奈という一人の人間"として扱われる時間が減っていく。

 "一人の女の子"として扱われる時間が0になっていく。

 親にも会えない。

 リュウとも蓮華とも会えない。

 切れそうな正気の糸を手繰り寄せるような状態の友奈を、本当にギリギリの領域で、桐生静の優しさと会話が繋ぎ留めていた。

 

「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫」

 

 友奈とは対象的に、リュウは闇に堕ちることで自分の能力を闇に最適化しつつ、蓮華のメンタルケアで常に自分を見失わなかった。

 数ヶ月かけて少しずつ力を高めていった、とも言える。

 超合体も巨大化もないリュウは、カードに意思を発現させることもできず、倒せるバーテックスも限られ、数ヶ月かけても大赦が抱える勇者軍団も突破できない。

 

 それは、友奈がそこまで極端に強くないから。

 超合体も巨大化も無くても、リュウが工夫すればそれなりにやり合えてしまうから。

 そこに蓮華まで加わった。

 彼女が非常に頼りになる上、リュウに安心感を与えてしまう。

 常にリュウのメンタルをケアし、工夫と作戦である程度の成功を掴ませてしまう。

 皮肉にも、蓮華がリュウから苦痛と絶望と孤独を取り上げたことが、リュウが悪なる闇として成長していく機会を奪ってしまっていた。

 

 しかし。

 彼女の存在は、どう見てもプラスの方が多かった。

 

 恐るべしは弥勒蓮華のそのスタンス。

 彼女はリュウと友奈が殺し合うのを回避し、バーテックスという脅威を前にしても譲れないもののせいで内ゲバする人類の内乱を止め、友奈とリュウの共闘というゴールを見据えていた。

 そこに繋がる最短経路を全速力で疾走していたのだ。

 生きているだけで希望を繋ぐ女。

 世界が破滅と絶望に向かう中、弥勒蓮華の周りにだけ、希望はあった。

 

 リュウと弥勒で交互にダークリングを使い、ダークリングを使っていない方は相方を支え、近い理想と友奈への想いを持つ二人は、奇妙な出会いから言葉にし難い絆を紡いでいった。

 

「……」

 

「戦闘の結果少し弥勒の服が破けただけよ。今から着替えるわ、後ろを向いていてね」

 

「……前々から言ってたが!

 最近ちッとお前との距離が近ェ気がする!

 体が触れてる回数とか何か増えてきてねェか!」

 

「貴方どれだけ初心(うぶ)なの?

 心配しなくても友奈やシズさんほどじゃないわ。

 男の子なのに同じ扱いになるわけないじゃない。

 貴方が異性に耐性が無いだけよ? 可愛らしいわね」

 

「それは……そうなのかもしれねェが……! あと可愛いはやめろはたくぞ」

 

「こんなことで友奈との仲が進展するのかしら」

 

「……うッせーな!」

 

「困った怪獣使いだわ。

 友奈が何故好きになったのか分からない……とまでは言わないけど。

 理由は分かるけれども、これでは関係の進展まで大分時間がかかりそうね」

 

「第一オレと友奈のことをテメェに気遣われる謂れはねェんよ! しっしっ」

 

「友奈に一途ね。実に好ましいわ」

 

「お前がオレの見てきた中で一番ツラが良いのは認めるが、友奈はそれを超えて一番なんだよ!」

 

「素敵」

 

 状況は悪化する。

 

 友奈を除いた勇者とリュウの激突に静が巻き込まれ、左目を失う重傷を負った。

 

「え……シズ先輩……?」

 

「気にすんなや……アカナ……」

 

 静と話したこともないリュウに、友奈の大事な人を守らなければという意識は働かなかった。

 必死で余裕がない友奈以外の数合わせ勇者はなおのこと。

 戦闘に巻き込まれた静が生き残ったのは、すぐさま蓮華がリュウに指示を出し、リュウが命懸けで蓮華の願いを果たしたから。

 それ以外に理由はない。

 片目だけで済んだのは、幸運であったとすら言えるだろう。

 

 けれど、友奈は幸運だなんて思えない。

 

 友奈が休みたいと大赦に願った日のことだった。

 「もういやだ」「せめて、一日だけ」と摩耗しきった友奈が眠りについた日のことだった。

 友奈が休み、他の勇者達が出撃したから起こったことだった。

 静は友奈を責めなかったが、それがいっそう友奈を苦しめる。

 

 嫌な思考が、友奈の頭の中を駆け巡る。

 自分が休まなければ。

 あの敵が憎い。

 世界が嫌い。

 何もかもがもう嫌だけど、もう休めない。

 もう二度と休むなんて言いたくない。

 破滅に向かう思考が、友奈の頭の中を駆け巡る。

 

「シズ先輩……シズ先輩……ううううううううううううううううううううううううううううう」

 

 多くのリスクを承知で、リュウと蓮華は最後の決戦に挑む。

 対バーテックスではない。

 対大赦のだ。

 リスクが高すぎるからと蓮華が忌避していた作戦を、彼らは実行に移すことを決めた。

 

 追い込まれれば追い込まれるほど、大赦は非人道的な選択を躊躇わなくなる。

 世界と友奈の限界まで見えてきてしまった。

 静を傷付けて蓮華や友奈に申し訳無さそうにしているリュウなどを見て、蓮華が作戦を提案したことに、友人を思いやる蓮華の焦りがあったことも否定できない。

 奇跡と希望に賭けるのが光。

 時には卑怯なまでに安定性と確証を求めるのが闇。

 彼らはこの時、前者に賭けた。

 

「悪ィ、レン、オレはお前の先輩を……」

 

「よくやってくれたわ、リュウ。弥勒の感謝を受け取りなさい」

 

「……すまン。あと、ありがとう」

 

「胸を張りなさい。友奈のことが好きで迷わない貴方こそを、弥勒は好ましく思うわ」

 

「ンだそりゃ」

 

「貴方の最大の長所は間違いなく、友奈を愛してることだものね」

 

「……そンなもん長所に数えてんじゃねェよ……」

 

「長所よ。

 人を好きになるということはね。

 他の人にない長所を好きになるということなのよ。

 顔が良い、背が高い、運動ができる、誰よりも優しい、お金持ち。

 そんな誰よりも一途で一人を愛する誠実な男が好きという女は、多いんじゃないかしら」

 

「へー。お前も?」

 

「そうね。弥勒も、きっと友奈もよ」

 

 結論から言えば、最初から奇跡を掴むことに賭けて、僅かな可能性に挑むべきではなかった。

 互角の条件で衝突すれば、奇跡を掴むのは絶対的に『友奈』である。

 成功作の神造の英雄、赤嶺友奈。

 失敗作の人造の英雄、鷲尾リュウ。

 天然物の英雄の若雛、弥勒蓮華。

 二対一でぶつかってすら、赤嶺友奈は逆転の隙も与えずに勝利した。

 

 腐っていく社会は守られ、硬直化していく大赦は健在、蓮華の作戦は粉砕され、リュウの変身が解け、蓮華が助けに入る。

 リュウの頭を胸元に抱え、庇うように抱きしめる。

 誰がどう見ても強い絆を感じさせる所作。

 その瞬間。

 過去、現在、未来、どの時代を見ても類がないほどの穢れを溜め込んでいた友奈は。

 心がもう誰よりもまともでなくなっていた友奈は。

 それを見た友奈は。

 一瞬の思考の後に、()()()()()()()()()()()

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」

 

 普段なら友奈の中に生まれても一瞬で消えるはずの、ほんの小さな『嫉妬』が、精霊の穢れに増幅されて、家族を殺した一生物の仇への憎しみに匹敵するものに跳ね上がる。

 それは、コントロールなどできない感情。

 自制心を破砕する心の暴走。

 どんなに頑張ってもどうにもできない。

 

 『友奈』は、いつも根本が普通の女の子である。

 恐怖を持っている。

 心配を捨てられない。

 嫉妬だってある。

 憎悪や恨みだってある。

 ただ懸命に、我慢して、優しさで心にそっとしまって、勇気で振り切って、泣きそうでも笑顔を作って生きている。

 それが『友奈』だ。

 

 精霊の穢れは感情が無ければ意味が無い。

 だから、小さくてもそういった人間らしい感情を抱く『友奈』は、小さな感情を捻じ曲げながら爆発的に拡大化する精霊の穢れの、格好の的になる。

 

 それは間違いなく嫉妬だった。

 それが、ずっと自分の傍に居なかった親友を侍らせていた彼への嫉妬だったのか。

 それが、ずっと見つけられなかった幼馴染と深い仲に見えた彼女への嫉妬だったのか。

 自分のことなのに、友奈は、最後まで分からなかった。

 

 頭の中身が沸騰する。

 嫉妬で心が狂う。

 制御できない感情が思考を阻害する。

 どうして、どうして、どうして。

 "疑問を持つ"という思考ですら、一瞬で激怒と憎悪に変換されてしまう。

 西暦末期の時代の赤き勇者のように。

 

 蓮華を突き飛ばして守ったリュウの腹を自分の拳が貫いてようやく、友奈はほんの僅かに正気を取り戻していた。

 

「……お前は、悪くねェ」

 

「え―――あ―――っ―――」

 

「オレが、そう、言うから。……お前も、そう信じろ……友奈……」

 

 穢れが煽った友奈の感情は複数ある。

 だがその中でも、最も厄介だったものは、おそらく『恐怖』だった。

 

 友奈はリュウを愛している。弥勒蓮華が大好きだ。

 それは彼らの魅力を、友奈がとても大きく見ているということでもある。

 他人の長所やいいとこ探しをしてそこを褒めることに関して、友奈の右に出る者はいない。

 普段の友奈であれば、それは「好き」という気持ちが作る好サイクルの材料だ。

 だが、この時は違う。

 

 魅力を見れば嫉妬する。

 長所を見れば羨んで歯噛みする。

 自分と違う個性を持っている人間が自分より優れているように見えて、妬ましさが瞬間的に憎悪に変わり、殺意に変わるのがこの時の友奈であった。

 

 リュウを見て、「レンちを取られる」と思った。

 彼が持つ自分にはない長所を、友奈はたくさん知っていたから。

 蓮華を見て、「リュウを盗られる」と思った。

 彼女が持つ自分にはない長所を、友奈はたくさん知っていたから。

 

 『いいとこ探しが得意で他人の長所をよく褒めるいい子』を、『他人の長所ばかり見て妬み羨み攻撃を始める害悪』へと成り果てさせる。

 それが、精霊の穢れ。

 本人の気質の延長であり、本人に自分の意思で考えて行動した感覚が残るというのが、何よりも最悪だった。

 

 普段の友奈では心にふっと浮かんでもすぐ消し去ることができる、『()()()()()()』という恐怖。

 それがリュウに致命傷を与えてしまった。

 しかしリュウは友奈を責めず、友奈に微笑み、最も信頼に足る友―――弥勒蓮華に、最も大事なものを任せていく。

 

「悪ィ、レン、友奈を頼む」

 

 リュウは死に至るまでの『三分間』に、奇跡を起こした。

 それは闇の神器を持ち、弥勒蓮華と長く二人で過ごしたがゆえに得た、心のみの光の者の資質……奇跡を掴む者の資質の発現。

 

 まず、神樹と交渉を始めた。

 神樹に世界を救うことを対価に、リュウの願いを叶えることを確約させた。

 リュウは"悪魔に魂を売り"、それまで越えられていなかった自分の中の壁、能力の天井、『一線』の全てを越え踏破する。

 超合体、巨大化、全カードとの同時合体。

 それらを一瞬で獲得した。

 おそらくは、己の命と引き換えに。

 友奈を想う心と、蓮華と過ごした時間が、彼を『三分間』で全てを救う英雄に至らせた。

 

「―――絶滅超合体」

 

 そして、結界外のバーテックスの全てが駆逐され、世界の敵は消失し、リュウは死亡した。

 

 それは、リュウの自殺だった。

 あまりにも不器用な友奈への優しさだった。

 友奈が自分を殺せば罪悪感で苦しんでしまう。笑顔を失ってしまう。

 だから自分で、自分を殺した。

 友奈の与えた傷で死ぬのではなく、自分の手で自分を殺したのだ。

 

 だが、その愛が何かを救うことはなかった。

 友奈からすれば、そんなおためごかしで騙されるわけがない。

 リュウの願いを汲もうとしても、そんなことで自分を騙せるわけがない。

 

 リュウはなればこそ保険を打っていた。

 神樹との契約が履行され―――()()()()()()()()()()()

 

 それは神樹が持つ権能。

 特定の人物の記憶を世界から消去し、その人間が世界に存在した痕跡ごと全てを消去する、物理的干渉すら間接的に発生する絶対的な情報干渉。

 リュウは最初から、世界から居なかったということになった。

 彼の物語はゼロへと戻る。

 

 あとは神樹が舵取りし、大赦を神託で動かせば十分どうにかなった。

 大赦は世界を管理しているがために、神樹がそれを動かせば、鷲尾リュウという人間一人が欠けた不自然さも、あっという間に消え失せてしまう。

 

 勇者システムは西暦末期以降、一度も使われず、まだ密かに研究されているということに。

 世界の破壊や死者も災害のせいということになった。

 家族も、友人も、リュウに助けられた者も……友奈も。リュウを忘れた。

 忘れなかったのは神樹と、一人の人間のみ。

 その人間は任された。

 託された。

 

 鷲尾リュウがこの星の上で唯一人、自分の一番大切な愛する人を任せた人間。

 誰にも背負わせたくない、でも誰かに託さないといけない重み。

 何かにおいて一番特別な人間でなければ、リュウはきっとそれを託さなかっただろう。

 弥勒蓮華は、もう誰も彼もがリュウのことを忘れてしまった世界で、海の見える小さな丘にリュウの墓を建てる。

 

「もし全て分かった上で弥勒に任せたと言うなら、貴方を嫌いになるわ、リュウ」

 

 蓮華の顔に浮かぶのは、悲しみの微笑み。

 

 世界を守ること。

 友奈が幸せになれるように守り続けてあげること。

 蓮華もちゃんと幸せになること。

 リュウが蓮華に約束させたことは三つで、蓮華はこの内二つを絶対に守ることを誓う。

 

「いいわ。最後までやりきってあげる。

 子孫代々、貴方が守った世界を守り続けると誓うわ。

 ……残りの生涯も、全て貴方との約束のために使い切ってあげる。

 感謝しなさい。この弥勒に。この友情に。この幸運に。……弥勒達が出会えた奇跡に」

 

 それから数十年の間、一年に一度、たった一人がこの墓に通い、語りかける日々が続いた。

 

 鷲尾リュウによる"神に近付くものと勇者の全ての消去"、及び自殺を、天の神は自己犠牲による神への謝罪と受け取り、バーテックスの全滅もあって、停戦を再開する。

 望まぬ副次効果として、輪廻の輪の異端であるリュウの情報を世界から消去したことで、天の神の記憶もいくつか欠けたことも幸運だった。

 幸運が味方し、奇跡的に全てが噛み合い、勇者がこの時代に戦っていたということすら、蓮華と神樹以外の全員が忘れ、時が流れ始める。

 リュウは神世紀300年へのバトンを残した。

 ……この世界の延長、神世紀300年に、全ての決着がつくことなど、知らないままに。

 

 哀れんだ神樹は二度と同じことが起こらないよう『彼』の因子を地球の輪廻転生のサイクルから解放し、星の外へ送ったが、それは長い時間をかけてこの星に帰還することとなる。

 まるで、運命のように。

 まるで、守るために戻って来たかのように。

 やるべきことが残っていると、言わんばかりに。

 

 神世紀序盤の日々の中、赤嶺友奈は日々を生きる。

 笑って生きる。

 弥勒蓮華は、赤嶺友奈がちゃんと幸せになれるよう努力した。

 それがリュウとの約束だったから。

 だが最後の最後まで、弥勒蓮華は誰にも理解されない無力感を覚えながら、生涯を終える。

 

「なんだろう」

 

 赤嶺友奈はリュウの存在を忘れ、何かが欠けた感覚を覚えながら、生涯を終える。

 

「幸せなのに、私、なんでこんなに虚しいんだろう」

 

 幸せだったかもしれないが、何かが欠けた人生だった。

 そして"各時代から戦士達が集められた神世紀300年の試練"が始まった。

 それは人類への試練。

 各時代の戦士達が集められ、人類の可能性が試される試練に挑み、彼ら彼女らは試練を乗り越える。瞬きの夢のような試練だった。

 

 赤嶺友奈は神世紀73年当時の精神性と記憶を持って未来に招集され、神樹によって消された記憶を思い出す。

 鷲尾リュウのことを思い出す。

 

「―――リュウ」

 

 赤嶺友奈は過去に神世紀300年基準の勇者システムを強化したものを送り、過去の神樹を通してそれを受け取った大赦が赤嶺友奈に、細かな事情を知らないまま渡した。

 それこそが、花結装(はなゆいのよそおい)

 ゆえに、過去の人間は誰もが、未来からの干渉を行った赤嶺友奈の存在を知らない。

 

「忘れてて……ごめんね。本当に……ごめんね……」

 

 花結装は僅かに因果を歪める。

 『幸福を願い戦う者達の想い』によって、ほんの少しずつ因果を誘導する。

 本当に取り返しのつかない事態を遠ざける。

 ハッピーエンドに繋がる因果を作り上げる。

 すなわちこの装備の本当の機能は、"大切な人を幸せにしたいという本気の願いを叶える"というものなのである。

 

 この装備の周辺において、大切な人の幸せを願う者の人生は、バッドエンドに終わらない。

 

 かくして、過去は改変された。

 

 結果、干渉された赤嶺友奈の世界線は、どの未来からも独立した道を歩き出した。

 本来の歴史から繋がる未来はそのままその先の未来に続いていき、なかったことにされた過去の上に上書きされた新たな歴史が、別の未来に続いていく。

 自分を無かったことにするリュウを、過去を無かったことにする友奈が救った。

 リュウが自分を無かったことにすれば、友奈は時間も飛び越えて、その過去を無かったことにしてでも、『彼』を救ってみせるだろう。

 

 花結装を過去に送った赤嶺友奈は、自分で自分の過去を改竄し、未来と過去の連続性を無茶苦茶に書き換え、歴史を修正したため消滅。

 今は過去にも未来にも、その存在はない。

 もう誰もその存在を覚えていない。

 けれど、神樹だけが覚えている。

 その『人間』が残した、最後の希望の輝きを。

 人よ、いつかこの苦境の全てを超え、幸福に成れ―――神は人に、そう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかった」

 

「リュウくんが生きてる。幸せそうだ。ううん、『私』が幸せにする。絶対に」

 

「……いいなぁ」

 

「自分自身に嫉妬する日が来るなんて、思わなかったな」

 

 

 

「でも、私がバカだったから、仕方ないんだ」

 

「リュウくんが幸せじゃないと、私も幸せじゃないって、忘れてたんだから」

 

「だから記憶が無い時……あんまり幸せじゃなかったのかな……」

 

 

 

「でも、しょうがないよね。あのリュウくんは、あの友奈のだから」

 

「私のリュウくんは、いつも私の心の中にいる。今は、そう思える」

 

「私達二人は、いつもひとつ。今だって。近くに感じてる」

 

 

 

「……大好きだよ、リュウくん」

 

「あはは」

 

「初めてだね。生きてるリュウくんに向けて、こんなこと、言うの―――」

 

 

 

「―――あ」

 

「バカじゃないの、リュウくん、レンち」

 

「こんなところまで迎えに来てくれるなんて、ホントに―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海の見える丘に、リュウは墓を立てていた。

 それは今は亡き人々のための墓。

 リュウが八枚目の竜胆と彼岸花のカード、九枚目の七十億の怨念のカードを掲げ、そこに込められていた想いを解放する。

 既に魂は輪廻の輪に戻っている。

 彼らの魂はここには無い。

 だがその想いを雑に扱うことなく、墓を立て、成仏を願う。

 これはリュウにとって、譲れない在り方だった。

 

「今行けるところで、一番綺麗な所に来たかったンだ。オレのワガママだけどな」

 

 散っていく想いの欠片の色は、まるで春の花の花弁のようだった。

 

 怨念であったはずなのに、最後に散華する想いの姿は、綺麗だった。

 

 海に散っていく想いを見て、リュウは自分が生まれるずっと前にあったという、神世紀には絶えた習慣である、死者の灰を海に撒くという葬送の仕方を思い出す。

 丘を降りていくと、友奈、蓮華、静が待っていた。

 ここは四国外、近畿地方の海岸線の丘。

 彼らは数少ない専門的な訓練を終えた者達であるということで、四国外部の初期調査チームとして、四国外部の調査任務に従事していた。

 

「終わった?」

 

「あァ」

 

「それじゃ探索もしつつ帰りましょうか。弥勒は残っている服があったら見ていきたいわ」

 

「所有者のおらん価値あるものが山のようにある廃墟とか宝の山やなー」

 

「ほどほどにな、ほどほどに。オレは面倒見切れねェぞ」

 

 四人で廃墟になった街を歩く。

 結界外の炎が消えた世界は、西暦最後の瞬間のままだった。

 バーテックスにより街は破壊され、人間は皆殺しにされたため残っておらず、街のあちこちに人の肉だったものの残骸や白骨が残っている。

 一般人なら精神が不安定になってしまいそうだ。

 そこを平然と歩き、談笑できる彼らはやはり、一般人からは遠いのだろう。

 

「せやけど最終的には面倒見るんやろ?

 わーっとるわーっとる。四国帰って何か言われてからが見ものやな」

 

「……帰りたくねェなァ」

 

「んんっ」

 

「おいシズ。お前今笑ったな? こらえきれてねえぞ?」

 

「弥勒も笑っていいかしら?」

 

「断ってから笑えば許されるとか思ってんじゃねェ!!」

 

「あはは……私も帰りたくない方の人間だな……」

 

 四国には、祝福ムードがあった。

 世界を救ったリュウと友奈に対する祝福ムードである。

 それがクラスのカップルを囃し立てるクラスメイトのようであり、お見合いを仲介するおばちゃんのようであり、結婚を祝福する神父のような、そんな人達の入り混じった空気。

 よって、リュウはあんまり帰りたくなかった。

 道を歩くとからかわれる。

 遊んでいると微笑ましい目で見られる。

 最近急にダダ甘になった両親や兄弟といい、リュウはとにかく反応に困った。

 

 リュウは根底の性質が陰キャである。

 大量の人間に持ち上げられたりすることに魅力を感じない。

 好きな人と二人きりで静かに過ごす方が好きだ。

 それこそ、今のような、友と愛する人と数人で談笑している時の方が好きなのだ。

 四国が嫌というわけではないが、落ち着かないので帰りたくない。

 そういう忌避感である。

 

「まあいいわ。行きましょう。」

 

 蓮華が右腕でリュウのを、左腕で友奈の腕を抱きしめるようにして、歩き始めた。

 

 柔らかな感触が、リュウと友奈の腕に伝わる。

 

「なッ……おまッ……離れろ!」

 

「レンち、どこのお店行きたいの?」

 

「そうね……まずあそこのブティックに行きましょうか」

 

「友奈とレンで二人して無視すんな」

 

「弥勒は貴方達二人の命の恩人よ? しばらくは弥勒の所有物になってもらうわ」

 

「ぐっ……!」

 

 リュウは見るからに照れていて、照れてる照れてるー、と友奈がリュウのほっぺたをつんつんとつつき、弥勒は二人に挟まれて優雅に微笑む。

 

「なんやこいつ百合の間に堂々と挟まる男か?」

 

 静は冷静に突っ込んだ。

 

「ウチ、そういやその後の話聞かなかったんやけど、大赦とはどうなったん?」

 

「弥勒がちゃんと確認したわ。もう大丈夫よ、きっとね」

 

「リュウがすごかったからねー。

 大赦の人間全員に殴らせて。

 大赦の人間全員殴って。

 はい、これで大小様々な思ってること全部終わり! で本当に仲直りしちゃったんだもん」

 

「弥勒曰く。

 クズにはスーパー系のクズとリアル系のクズが居るわ。

 スーパー系のクズが両津勘吉。リアル系のクズが大赦の一部ね」

 

「スパロボでクズ表現する奴オレ初めて見た」

 

 友奈がリュウの背中を軽く叩いて、リュウが気恥ずかしそうな表情をして、弥勒が二人に挟まれて機嫌良さそうに微笑んでいる。

 

「なんやこいつバトル系少年漫画の住人か?」

 

 静は冷静に突っ込んだ。

 

「シズ先輩、シズ先輩」

 

「なんやアカナ」

 

「その……えっと……こっそりリュウと二人になりたいなって……えへへ」

 

「なんやお前少女漫画の主人公か?」

 

 静は冷静に突っ込んだ。

 

「ほれロック、お前はこっちや」

 

「仕方無いわね……しかしいずれ、ライバルと相棒、二人纏めて弥勒の配下にしてみせるわ」

 

「それはまた後日に好きにやっとれ」

 

 蓮華と静が去るやいなや、友奈はリュウに飛びついた。

 その体をぎゅっと抱きしめて、顔を上げて、目を瞑る。

 目を瞑らないと恥ずかしくてまだ耐えられないが、"してもらえない"時間が続くことも耐えられないのが、今の赤嶺友奈だった。

 

「ね、ね、リュウ」

 

「お前は盛りのついた猫か?」

 

「そういう言い方は嫌い」

 

「はいはい。オレもしたかッたよ」

 

「んふふー」

 

 触れるだけの、子供のようなキス。

 ただそれだけで、幸せが胸いっぱいに広がって、二人は満足してしまう。

 けれど今日のユウナは、それだけではちょっと満足しなかった。

 

「ね、ね、外国の映画で主人公とヒロインがやってるみたいなすんごいキスとかもやって?」

 

「……家帰ったらな」

 

「やたっ。約束ね?」

 

 昨日も。

 今日も。

 明日も。

 楽しい日々があって、楽しい日々が続いていくと信じられる。

 だって、幸せだから。

 

「リュウ! 今弥勒の自伝のタイトルが思いついたわ!

 名付けて『帰って来た勇者:怪獣使いと少年』! 小説にして出しましょう!」

「こらロック!」

 

「怪獣使いの固有名詞をオレじゃなくてお前が使うのか!?」

 

「私が勇者のところに入るんだー。レンちらしいタイトルだね」

 

 リュウはこの日々を、ああ呼ぶ。

 

 この幸せで楽しくも騒がしい日々を、こう呼ぶ。

 

 自分達が勝ち取った日々を、そう呼ぶ。

 

 幸せに満ちた、『日々の未来に続く今日』と。

 

 

 




これにて完結。ありがとうございました

追記:この作品は、このEDに終着するように書かれています

Two As One(二人で一つ)
https://www.youtube.com/watch?v=5-hEpir1rFk

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