「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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 リュウの記憶では、確か小学二年生の頃。

 

 ぼんやりしてることや、ダウナーにまったりしてることが多い癖に、困っている人を見るとすぐ駆け出して行って、ちょっとどんくさいところがあるせいでしょっちゅう転んでいた友奈を見て、友奈の両親に頼まれたことがあった。

 

「友奈をお願いね。あの子は本当にそそっかしくて、危なっかしいから」

 

 リュウはその頼みに、一も二もなく頷いた記憶がある。

 頼まれなくてもそうするつもりだった。

 だが、頼まれたことでその気持ちはもっと大きくなった。

 

「友奈は親に愛されてる。オレと違って」

 

 子を愛する親がいる。

 親を愛する子がいる。

 それが羨ましくて、妬ましくて、嬉しくて、辛くて……いつまでも続いてほしいと、リュウは思っていた。

 自分は親に愛されているのか嫌われているのかすら分からなくて、月に一度会話をすればいい方なくらいだったから。

 

 家族に愛されたかった。

 家族に嫌われたくなかった。

 子供の頃から、鷲尾リュウはずっとそう思っていたけど、与えられるものはとことん徹底した無接触と淡白な応対。

 その理由さえ教えてもらえなかったから、なおさらに辛かった。

 辛かったから、悲しかったから、苦しかったから、友奈とその親の"間にある幸せ"を、絶対に守ろうと思っていた。

 

「守るんだ」

 

 傷一つなく、あの親の下に返すのだと。

 娘をちゃんと愛してるあの親を悲しませてはならないと。

 愛し合う親子がまた幸せな日々を過ごせるようにするのだと。

 リュウは己が魂に、何度も、何度も、繰り返し誓った。

 必ずその誓いを果たすのだと、その心に決めていた。

 

 友奈はそれを察していたようでもあったし、察していないようでもあった。

 感覚派の友奈は両親が幼馴染に頼んだことを察していなかっただろうし、幼馴染が自分と両親をひっくるめて大事にしていることを察していただろう。

 リュウから向けられる妬みには気付かなくとも、リュウから向けられる愛の類に彼女が気付かないということはない。

 彼が自分のそういった心情を口にすることはなかったが、彼の心情は全て行動に現れていて、だから彼の隣はいつも心地良かったと、友奈は記憶している。

 

 友奈だけを大切にするのではなく。

 友奈が大切にしているものも大切にする。

 友奈が大切に想う人との大切な繋がりもまとめて大切にする。

 それは、"友奈が幸せになれる世界"を大切にするということだ。

 

 子供の頃からずっとそうだから、友奈は子供の頃から同じようなことをリュウに言っている。

 

「人が大事にしてるものを大事にしてるリュウくんのこと、きっと皆大好きだよ」

 

 幼い友奈がそう言って、幼いリュウはよくわからない、といった顔で応える。

 

「友奈だけなんじゃないか、そんなのが好きなのは」

 

「えー、知らないけどきっと皆そうだよ、たぶんね」

 

 まったりした表情で、友奈は言い切る。

 いつも周りの人間と上手く付き合う友奈が断言口調で誰かの意見を否定するのは珍しく、その主張に根拠がないことは更に珍しい。

 けれどもリュウは、そういう時の友奈の意見が大体正しいことを知っている。

 幼い頃も、今も、友奈の心から発せられる言葉は、リュウにとってはいつも正しい。

 

「他の人が大事にしてるものを大事にする優しさって、皆なんでかなくしちゃうみたいだから」

 

「オレは大事な人の大事なものを大事にしてるだけだ。誰にもそうしてるわけじゃない」

 

 色んな人を見てきた友奈は。

 色んな大人を見てきた友奈は。

 人は、他人の大事なものを、簡単に踏み躙ってしまうことを知っている友奈は。

 リュウを見て、どこか嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈の意識は無意識の底に押し込められた。

 催眠術という物理域の干渉が、精神域の非物質的な精神すらも拘束している。

 今の彼女の体を動かせるのは、催眠術を仕掛けたフェイクバルタンのみ。

 もう戦えない。

 勝敗は決した。

 そんな彼女の耳に、どこからか声が届く。

 

「お願い」

 

 それは、路面に転がされた鷲尾母の声。

 慣れない失血は、まだ致命のラインにまでは届かないものの、貧血を起こさせ鷲尾母の息を朦朧とさせる。

 朦朧とする意識の中、立ち上がることもできないまま、母は何かを呟いている。

 心から漏れる感情を、そのまま声にしている。

 

「あの子を、一人にしないであげて」

 

 その声が。

 言葉が。

 想いが。

 

 ―――不可能を可能とし、催眠術を跳ね除けるだけの心の力を、赤嶺友奈に与えた。

 

 

 

 

 

 フェイクバルタンの背中に、友奈が思い切りぶつかる。

 衝撃で、友奈もフェイクバルタンも諸共に路面に転がった。

 

 リュウの判断は正解だった。

 催眠術だけで安心せずかけておいた拘束は友奈の上半身をがっつり拘束しており、花結装(はなゆいのよそおい)なる謎の装備で勇者クラスまで強化された彼女の膂力でも、一切切れる気配がない。

 だが、だからどうしたという話。

 赤嶺友奈は諦めない。

 

『お、お前……!』

 

「いつだって私は、諦めない!」

 

 腕が使えるフェイクバルタンは立ち上がり、立ち上がれないまま友奈がもがく。

 

「そのくらいしか取り柄がないから……諦めないことだけは諦めないっ!」

 

『―――』

 

 リュウはその物言いに、無性に腹が立った。

 

『お前の長所も取り柄も、他にいくらでもあるだろうがッ!』

 

 再度催眠術を仕掛ける。

 先程より強烈に。

 今度こそ、絶対に解けぬほどに強く。

 

 もう一度喰らえば勝利はない。

 だからこそ友奈は、わざと()()()()()()()()()()()()。駆け引きである。

 フェイクバルタンが腕を突き出し、強力な催眠術を放とうとする少し前、前兆動作の段階で体を跳ねさせ、立ち上がると同時に跳躍して回避する。

 

 背中を地面につけて回転するバックスピン――ブレイクダンスの技法――から、流れるように・跳ねるように立ち上がる技術を応用した、奇形の回避。

 体の動きと力の流れを十全に使いこなしてこその踊る鏑矢。

 予想外の動きにフェイクバルタンが動揺し次の一手を迷った一瞬に、友奈は更に横っ飛びに跳んで視界の死角に滑り込む。

 

 そんな友奈に、駆け寄ってくる少女の影があった。

 

「シズ先輩!?」

 

「動くんやないでアカナ!」

 

 駆け込んできたのは、桐生静。

 赤嶺友奈の同年代の友人にしてかけがえのない仲間。

 身を守る術を何も持たないままに生身で駆け込んできた静が、友奈を拘束している拘束テープに複雑な模様と文字が刻まれた符を貼った。

 

 それは葛、葡萄、筍、桃、それらを貫く剣の意匠が描かれた霊符……日本神話においてイザナギとイザナミのエピソードの一つを霊符化したもの。

 勇者システム同様の仕組みで神の力を宿したそれがなぞるのは、『不捕(つかまらず)』の神話。

 符と戦装束がテープを挟み込み、符が装束に宿る神の力を引っ張り出し、スパーク。炸裂した力が、強引に拘束テープを焼き切った。

 

「ありがとうございます!」

 

「警戒されとるから二回目は無理やからな!」

 

 背中を向け逃げに入る静と、その背中を守る位置に入る友奈。

 攻撃はさせない、という意志が見て取れる。

 ……だが、今。

 静が駆け込んで来た時、そして友奈を解放した静が逃げる時、リュウは彼女を撃てた。

 当たり前だ。

 ここは生身のただの凡人が、今みたいな無茶をできるレベルの戦場ではない。

 静が無事だったのは、本当に一瞬の隙にその身をねじ込むような"勇気"を見せたのと、リュウの手が一瞬止まったという幸運、その二つが噛み合った結果に過ぎない。

 

 リュウの手は、一瞬だけ止まっていた。

 他の誰にも気付かれない程度の一瞬、止まっていた。

 武器も持たず、防具もなく、普通の中学三年生の身一つで、勇気をもって踏み込んできた女の子を、リュウは()()()()()()

 

(クソッ、なんで今手ェ止めたんだオレは、なんで、覚悟は決めたはずだろ!)

 

 フェイクバルタンは戸惑いを振り払うように、右腕で怪音波を発射。

 目には見えず腕で防げもしない攻撃が、音の速度で友奈に迫る。

 友奈は飛び越えるか、左右のどちらかに回避するだろうと読んだフェイクバルタンは、右腕を構えたまま、左腕の中に怪音波を発する力を溜め込む。

 回避した友奈にぶち当てる。

 そういう気概で構え、友奈の動きを注視する。

 しかし友奈はリュウの予想の全てを外れ、上でも左右でもなく、なんとフェイクバルタンが放つ怪音波の"下"をくぐって来た。

 

『!』

 

 「なんでそんなに体を倒して倒れないんだ」と、リュウが心底驚く姿勢にて疾走。

 右腕の怪音波をかわし、左右のどちらにも体を振っていなかったために、フェイクバルタンが追撃で放った左腕の怪音波も右に跳んで回避。

 信じられないボディバランスで上半身と下半身を巧みに操り、地面を這う蛇を思わせる動きで、地面スレスレの位置を滑るように走り、接近。

 上下逆さにフェイクバルタンへと組み付き、その膝を腕で極めながら、左腕を蹴り上げた。

 

 迎撃に光弾を撃とうとしていた怪物の左腕が跳ね上げられ、光弾が空の彼方へ消える。

 

『……!?』

 

 ただの飛び蹴り、空中攻撃は、体重を乗せなければ威力が出ない。

 体が浮いているからだ。

 地面を踏み締めその反動で殴る、蹴るなどしなければ、威力は出ない。

 ゆえに友奈は、フェイクバルタンの足関節を腕で極め、腕よりも力のある足で強烈に敵の腕を蹴り上げた。

 敵の膝関節を土台にしているため、敵の腕を蹴り上げる威力が出る。

 敵の腕を蹴った反動を使えば、膝を折りに行ける。

 敵が人間ではなくフェイクバルタンであったために、腕も膝も折ることはできなかったが、十分過ぎるほどのダメージが通っていた。

 

 更に、今の一瞬の攻防にあった意味はそれだけではない。

 フェイクバルタンが撃とうとしていた光弾は、リュウは腕を蹴られるまで気付いてもいなかったが、友奈が避ければ路面に転がっている母親に当たる射線に乗っていた。

 友奈に回避の選択肢は無かったのだ。

 思考は一瞬。友奈はその一瞬の判断で、自分も幼馴染の母も守ってみせた。

 

 綱渡りのような攻防を、赤嶺友奈は信念一つで踏破する。

 技量、視界の広さ、信念。

 この一瞬にその全てで友奈はフェイクバルタンを上回っていた。

 

「私の大切なものを、いつだってリュウが大切にしてくれたように!」

 

 たん、たん、と踊るようなリズムのステップで、友奈はフェイクバルタンを翻弄し、叫ぶ。

 

「私も、リュウの大切なものを―――守るんだっ! 絶対にッ!」

 

 その時。

 

 友奈の叫びを聞いて。

 

 鷲尾リュウは、何故自分が"友奈の友達を殺すこと"を躊躇ったのかを、理解した。

 

 言われるまで、そんな自分に気付いてすらいなかった。

 

『―――』

 

 本当に赤嶺友奈を救いたいのなら、そんな甘さは持ってはいけなかったのに。

 

 催眠術を発動しようとしたフェイクバルタンが、発動までのほんの一息の間に、強烈な掌底を叩き込まれる。

 催眠術は痛みで不発、距離を()()()()()ことで催眠術をもう一度当てられる距離ではなくなってしまう。

 鉄片らしきものが友奈の投擲で飛んで来て、フェイクバルタンは急所を守るが、蓄積されたダメージがフェイクバルタンに膝をつかせてしまう。

 打つ手が次々と消えていく。

 

 "鷲尾リュウがフェイクバルタンで行う戦闘パターン"は、もはや完全に見切られていた。

 

「この世界は皆が生きてて、皆が笑ってて、皆の明日があって……皆のためにあるんだ!」

 

 その鏑矢は、みんなのために。

 

「絶対に奪わせない!」

 

 叫ぶ友奈に、リュウは怪物の声帯で叫び返す。

 

『違う!』

 

 その怪物は、少女のために。

 

『この世界は―――お前が幸せになるためにある!』

 

 ズタボロな体で、得意な接近戦を捨ててまで催眠術対策を徹底する友奈の遠距離攻撃を受けながら、フェイクバルタンは必死に進む。前に進む。

 体の傷を増やしながら、急所を守って、一歩一歩前に進む。

 

『お前のたった一つの命を、たった一度の人生をッ! 踏みつけにされてたまるかァ!』

 

 耐える。耐える。耐える。

 何の策も能力もない、ただの純然たる痩せ我慢。

 気合い一つで、リュウは迫り来る命の喪失すら恐れずに進み続ける。

 

『―――絶対にッ―――!!!』

 

 内的宇宙(インナースペース)にて、リュウが握るダークリングが輝く。

 

 闇が、心を咀嚼する音がした。

 

 

 

 

 

 闇の閃光。

 濁った爆音。

 怪物が怪獣へと、巨大化する。

 

 友奈が踏み潰されないよう鷲尾母を抱えて跳んだ次の瞬間には、巨大化した敵は見当たらず、巨大化前の姿もどこにも見当たらなかった。

 人を守るのと引き換えに、また仕留めきれなかった形。友奈は思わず歯噛みする。

 

「また巨大化……いや今度は一瞬だけ? くっ、逃げられた……」

 

 手遅れになる前になんとか撤退を選べたリュウは、連続変身と全身に蓄積されたダメージを抱えて、マンホールから下水路に逃げ込んでいた。

 肉が痛む。

 関節が痛む。

 骨にヒビが入ってるのか、肉が内出血しているのか、内臓が痛んでいるのか。

 明るくなってから診断しなければ分からないが、全身に激痛が走っていることだけは分かる。

 歯を食いしばり、リュウは歩き続けた。

 

 このままここに居れば確実に見つかり、殺されることは目に見えていたから。

 

「痛っ……そうか、分かった……超合体して、巨大化するのに、必要な条件……」

 

 歩きながら、握りしめたダークリングを見つめる。

 リュウはもう、この神器の本当の使い方に気が付いていた。

 否。この神器を自分が使う場合の、本当の正解に気が付いていた。

 

「『使用者に相応しい心になる』こと……悪魔に魂を売っちまうッてェことか」

 

 ダークリングは、悪のための道具。

 邪悪なる使い手を選ぶ道具だ。

 なればこそ、その使い手は悪である方が望ましい。

 光の者を導くオーブリングと闇の者を導くダークリングは対であり、ダークリングを使用する者には常に、()()()()()()()ことができる。

 闇に堕ちる権利がある。

 

 そうしてダークリングに導かせれば、人はダークリングに相応しい闇の者になることができる……ということだ。

 自分に合わせた道具を選ぶのではない。

 道具に自分を合わせるという、ロクな末路が想像できない本末転倒。

 

「期末テストサボったこともあるくらいにはワルの自覚あったんだがなァ、足りねェか」

 

 既に予兆はあった。

 ゼットンの力を使っても、リュウは友奈に絶対に一兆度の火球を当てないようにしていた。

 何でも切り裂くバルタンのハサミも、内側に友奈を挟まないようにしていた。

 友奈が使っていた鎖を破壊することに使うのがせいぜいで、友奈を死なせないように、大怪我させないように、繊細なほどに気を使っていた。

 

 だが、今日はどうだったか。

 一日前の戦いと比べると、随分と友奈への攻撃に躊躇いがなかった。

 昨日の時点のリュウが、友奈を従わせるためとはいえ、親の足を撃てただろうか?

 かなり怪しいところだろう。

 

(ザラブを選んだ理由すら……忘れかけてたんじゃねェか……?)

 

 催眠術を使うザラブ星人を超合体素材に選んだのは、友奈に傷一つ付けないようにして勝つためだったのに。それすら戦いの中で常時意識していたかと言うと微妙なところだろう。

 実際のところ、リュウがそれを忘れることはない。

 だが今日の彼は、少なくとも友奈を傷付けることを恐れてはいなかった。

 

 この神器(ダークリング)は悪魔だ。

 人を魔道に誘う悪魔。

 人が強い心か善き心を持つ限り、絶対的に無力という意味でも悪魔。

 善人ですら使える闇の力ではあるが、この道具は常に"この宇宙で最も邪な者"を求めている。

 本人の意志に反して闇に落とすことはせず、感情の爆発に乗じて闇に堕とすわけでもないが、常に使用者に闇に染まる選択肢を提示し続けている。

 『お前の意志で闇に染まれ』と、問いかけ続けている。

 

 赤嶺友奈すら自分の意志で笑って殺す邪悪に成り果てることを、使い手に望んでいる。

 

 感情の暴走などの言い訳など、一つもしようがない。

 理性と意志で選ばなければならない。

 ダークリングの闇は甘くないのだ。

 自らの意志で、蔑まれるべき邪悪な者へと成り果てろと、そう囁いている。

 

 誘惑するのではなく、あくまで選択肢を提示するのに留めているのが、ダークリングを『悪者』ではなく『道具』たらしめる。

 その果てに待つのは、感情で暴走する獣ではなく、悪意で他人の幸福を踏み躙ることに喜びを感じる、邪悪な畜生へと成り果てる未来。

 

 ダークリングに心を食わせ、"自分を捨てる"権利は、常にリュウの手の中にあった。

 

「見つかったか?」

「いや」

「今回のあれは完全に裏目に出てたな……」

 

 近場の竹林に身を潜めてダメージを回復していたリュウだが、大赦の者達の会話らしきものが聞こえてきて、這いずるようにまた逃げ始める。

 

 鷲尾リュウに自覚はないが、彼がある程度喧嘩において強いのは、我慢強いからだ。

 格闘技の試合は厳格なルールに基づいた戦いである。

 しかし、喧嘩は諦めなければ負けにはならない。

 我慢し続けられれば、いつまでも負けないことができる。

 往生際の悪さがある程度強さに繋がる。

 喧嘩であっさり降参する人間は喧嘩が弱いが大怪我もせず、喧嘩でいつまでも諦めない者は多少喧嘩に強くなるが、ただの喧嘩で取り返しのつかない怪我をしやすい。

 

 鷲尾リュウが自分に認められる取り柄とは、我慢強さのみであるということだ。

 だから、自分には何の取り柄もないとしか思えない。

 我慢して、我慢して、とにかく頑張る。

 全身を火で炙られても今のリュウほどの痛みを感じることはないだろう。

 痩せ我慢でその激痛に耐えられるのは、彼の中に、耐えて成したいことがあるから。

 

(そうだ)

 

 そんな中、痛みが記憶を想起させる。

 

(前にもなんか、こんなことが、あったような)

 

 痛みと共に思い出す、幼馴染の心配そうな表情と、安心したような微笑みがあった。

 

(ずっと、ずっと前。

 そうだ。

 珍しくオレの方が転んで。

 思いっきりぶつけて。

 メチャクチャに痛くて、オレは泣き出しそうになって……)

 

 幼いリュウが転ぶ。

 幼い友奈が駆け寄ってくる。

 痛い痛いのとんでけ、と友奈がリュウのぶつけたところをさすってくれて。

 優しく触れる友奈の手が、とても暖かくて。

 何故か痛くなくなって、それで立ち上がれた時の記憶をリュウは思い出す。

 

(あの時オレが友奈に何か言ったような、何を、言ったんだったか)

 

 何を言ったか、思い出そうとして。

 

―――Un coup de foudre

 

―――あんくぅーどふーどる?

 

―――……! 友奈、いつの間にそこに……忘れてくれ

 

 何を言ったか、思い出して。

 

 リュウは思わず笑ってしまう。

 

「くはははっ」

 

 思わず笑って、笑い声が体に響いて、激痛で笑いが止まる。

 

 それでも、また笑ってしまう。

 

「ばっかじゃねェのか、オレ」

 

 リュウは涙が出て来そうになって、なんとかこらえる。

 それが痛みのせいなのか、笑いのせいなのか、リュウにも分からない。

 ただ、この一瞬、過去の記憶がリュウを弱くしていたことだけは、確かなことだった。

 

「ガキの頃のオレはアホ極めてんのか? あー、クソ恥ずかしィわ」

 

 まだやれる。

 まだ戦える。

 まだ頑張れる。

 

 思い出を胸に、思い出から湧き上がる力を振り絞り、リュウはまた歩き出した。

 

 

 




・Un coup de foudre
 先々々代のダークリング使用者、ジャグラスジャグラーが夢野ナオミに告げた言葉。
 フランス語で『雷の一撃』を意味する。
 落雷。青天の霹靂。
 転じて予期しない出来事を意味し、慣用句としては『一目惚れ』を意味する。
 また、他の恋愛慣用句との差別化で、「雷に打たれた木のように恋に落ちて燃え上がり、何も見えなくなってしまっている状態」を意味することも多い。
 恋は落ちるとはよく言うが、フランスにおいては人が恋に落ちるのではなく、恋が人に落ちてくるのだとも考えられている。
 全てが燃え尽きたこの時代においては、滅びた国の滅びた言葉。
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