「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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第三夜

 赤嶺友奈は、ブランコを漕ぐ夢を見た。

 とびっきり幼い頃の夢。

 公園でブランコを漕いでいる夢だった。

 子供が多く走り回っている公園で、友奈はきゃっきゃとブランコを立ち漕ぎしていて、勢い余って手を滑らせてすっ飛んでしまう。

 

「あっ」

 

 「やばっ」とは思えても、「死ぬ」とまでは思えないほどの一瞬に、墜落死が迫る。

 それを救ったのは、友奈と地面の間に滑り込んだ一人の少年だった。

 

「うおおおおおっ!?」

 

 少年が友奈を優しくキャッチし、頭をどこにもぶつけないように向きを変え、しかし受け止めきるだけの筋力はなく、すっ飛んできた友奈と地面の間に挟まれるように押し潰される。

 ぐえっ、とかなり深刻な声がリュウの口から漏れた。

 口から出そうになった悲鳴や弱音や吐瀉物を全てぐっとこらえ、リュウはフラフラと立ち上がって友奈の手を引き、立たせた。

 

「あっ、あっぶねっ……」

 

「リュウくん、ありがとねー」

 

「……ああ、うん」

 

 ニコニコとしている友奈。

 痛みを必死に顔に出さないようにして笑みで応えるリュウ。

 友奈がリュウを心配していないのは、まだ友奈が幼いからか。

 夢の中の自分と話しているリュウを見て、夢を見ている友奈もまた微笑んでいる。

 

 助けられたことを嬉しく思う女の子がいて、助けられたことを嬉しく思う男の子が居た。

 

 二人は公園で他の友達も巻き込んで遊んで、やがて夕方が来る。

 子供達は一人、また一人と帰っていく。

 そして別れ際に皆同じように、笑顔でその言葉を言っていく。

 

「また明日!」

 

 別れの言葉であり、再会を誓う言葉。

 明日もまた会おうという約束。

 子供は純粋だから、また明日も同じ友達と遊べることを疑わない。

 

「ね、ね、リュウくん、また来ようね」

 

「ん、また明日?」

 

「や、そういうのじゃなくて。

 ああいや、そういうのでもあるんだけどね。

 今ちょっとぴぴーんと来たんだよ、ぴぴーんと」

 

「……?」

 

「明日また来ようとかそういう短い約束だけじゃなくて。

 もーっと長い約束とかしてみたら面白いかなって思ったんだよね」

 

「長い約束……?」

 

「んー……よし。二人で20歳になったらここに集合。うん、そうしよ、約束」

 

「大人になったら? 友奈、話が見えないんだけど」

 

「うん、大人になったら。

 そのくらいの歳になっても、まだ約束を覚えてたら……

 またここに来ようって覚えてくれてるなら……

 リュウくんが今と同じくらい思ってくれてたら……

 ……んー。

 やっぱ言うのやめた。

 リュウくんが覚えててくれたら言ったげる。頑張って覚えててね」

 

「わけわからん。……約束は覚えといてやるよ」

 

「リュウくんはダメだなー」

 

「なんだとコラ」

 

 大人になっても今みたいな関係だったらいいよね、と幼い友奈は願う。

 大人になっても今みたいな関係でいようね、と口に出さないまま幼い友奈は願う。

 あっ、とここまで見たことで、夢見心地だった友奈が"この後"を思い出す。

 夢の観測者が"その時の記憶"を思い出したことで、夢が映し出す光景がつられて動き、この約束がなされた数年後に場面が移る。

 

 時は小学三年生の頃。

 その時、友奈とリュウは二人で下校していた。

 小学校に上がってからはなんだかんだ行かなくなったかの公園の前に通りがかって、何かを思い出した様子のリュウが友奈に問いかける。

 

「そういえば友奈はまだ覚えてる?」

 

 三年生の友奈はその時、幼い頃の自分の発言を思い出し―――思いっきり恥じた。

 

 当時の自分の幼く純粋な思考と感情からした約束を、全力で恥ずかしがった。

 

 医学的見地において、女子は平均して9歳9ヶ月頃から思春期に入ると言うが、この時の赤嶺友奈はまさにその"思春期に入りたてで自分を制御できない年頃"であった。

 

 猛烈に照れて、心底誤魔化したくなって、友奈は忘れたふりをした。

 

「何が?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 リュウが気を使って、友奈が約束を忘れたことになって、友奈が瞬時に照れて誤魔化して忘れたふりをしたことを後悔する。

 

 そんな過去を夢がはっきりと思い出させて、羞恥心と感情の爆発で友奈は跳ね起きた。

 

「うああああああああっ!!」

 

「うっさいわ友奈! 朝っぱらから何騒いどんねん!」

 

 大声を上げて跳ね起きた友奈が大声を上げ、その頭を静がひっ叩く。

 ここは彼女らが住んでいる学生寮、その一室だ。

 今は一人が治療のため病院に居るが、赤嶺友奈と相部屋の弥勒蓮華、部屋が繋がっている桐生静は同じ部屋で寝泊まりするのも日常茶飯事である。

 そんな状態で一人が奇声を上げて飛び起きれば、そりゃ怒られるというものだ。

 

「め、めちゃくちゃダサいというか……

 羞恥心から一番やっちゃいけないことやったこと思い出したっていうか……」

 

「そかそか。顔洗ってき」

 

「はーい」

 

 友奈は顔を洗って、朝御飯の前に体を動かし始める。

 ストレッチ、腕立て、腹筋、スクワット。

 筋肉を鍛え上げる目的と言うよりは、朝食の吸収効率の上昇、自律神経のバランスを整えるためのやや軽めの筋トレである。

 

 赤嶺友奈は筋トレが好きだ。

 筋トレによる美しい肉体の構築とダンスが彼女の趣味である。

 本人は「お役目に必要だからー」などと言うだろうが、鏑矢に選ばれる前からハイレベルなダンスができるくらいには鍛えていたので、完全に本人の趣味である。

 静は暖めたご飯と味噌汁を並べ、冷蔵庫の中の鮭をチンし、野菜の漬物を適当に出し、朝御飯の準備をしながら友奈に声を掛ける。

 

「明日ロックも退院してくるんやから、落ち着きは取り戻しておかなあかんよ?」

 

「弥勒さんもう大丈夫なんだ」

 

「激しい運動は厳禁やけどな。綺麗に足折られたせいで治りも早いっちゅー話や」

 

「よかった……それにしても、毎度思いますけど。

 私と同じくらいの速度でごはん食べながら私の三倍くらい話してるのすごいですね……」

 

「ふふん、褒めても何も出えへんで? 静でない、静なんや……!」

 

「あ、はい、そうですね」

 

 友奈が筋トレを終え、朝食中ながらも賑やかな会話が進んでいく。

 話題を振るのはいつも静。彼女は鏑矢の巫女という肩書きの割に、巫女のスタンダードイメージに反してお喋りで、いつも何かしら喋っている。

 そして不快感がない。

 だから彼女がその場に居るだけで、空気はどんどん明るくなっていく。

 多弁でない人間も比較的よく喋るようになることもある。

 昨日、一昨日と失敗が続いていた友奈だったが、彼女と話しているだけで気分が上向いていく実感があった。

 

 もぐもぐと食べ、和気藹々と喋る。

 

「そう言えばシズ先輩、昨日のドラマなんですけど」

 

「ああ、ラブロマンスやったなー。

 結構おもろかった。特に嘘に嘘を重ねたのが伏線になったのが好きやったな」

 

「あれリアルなんでしょうか?

 現実でも好きな人に嘘や隠し事されたらあんなに傷付くんでしょうか。

 嘘つかれたことを絶対に許せない、ってのがあんまりピンと来ないっていうか……」

 

「せやかてウチもそないな経験あらへんし」

 

「ああ、そうなんですか」

 

「アカナは恋愛経験無いってことにしてるんやったっけな」

 

「無いってことにしてるってなんですか、本当にそういう経験無いですけど……」

 

「へいへい」

 

 卵かけご飯を、卵をかき混ぜてからご飯に投入するのではなく、そのままご飯に卵を投入してからかき混ぜ始める友奈を見て「なんやこいつ……」と思いつつ、静は話を続ける。

 

「ロックかてメロンクリームソーダとか好きやん?

 本人は平静装って飲んどるけど。

 あれもメロンの色素も果汁も何も入っとらん嘘まみれジュースやん。

 嘘を受け入れられる人も、逆に嘘が好きな奴もおるんとちゃうかなー」

 

「レンちはレンちですし」

 

「ドラマの女優も『優しい嘘で騙してくれたのが嬉しい』って言っとったし」

 

「まあ……うーん……あの気持ちも分からないでもないですけど……」

 

「ウチも嘘十割やけどサンタクロースは好きやで」

 

「あー、それ出すのは卑怯ですよー」

 

 けらけらと静が笑い、友奈がくすくすと笑う。

 

「あ、でもほら、整形とか豊胸手術とかは好意的に受け入れられないですよね。

 あれも大概嘘ですけど全然受け入れられてない感じです。なんででしょうか?」

 

「夢が無いからやないかな」

 

「夢がないからかー……」

 

「夢がない嘘はいかんよ夢がない嘘はー。

 ま、アカナは豊胸手術とかする必要は一生ないやろけどな!」

 

「……セクハラですよー」

 

「んはは」

 

 ささっ、と大きい胸を隠すような動きをする友奈に、笑う静。

 このくらいの気安いやりとりができる信頼関係が二人の間にはあった。

 

「鷲尾やったっけか、そいつもアカナの"それ"ガン見しとったんやないか」

 

「リュウはそういうことしません」

 

「お、おう」

 

「興味無いわけじゃないと思うんですけど、私が嫌がるから絶対しないんです」

 

「"私が一番あいつを理解してます"みたいなツラしといてなんで色々認めへんねん……」

 

「いやだって、そういう関係じゃないのも、私がリュウを理解してるのも事実ですし」

 

「あー面倒臭っ! 反応に困るクソリプみたいな味わいのコメント言うんやないわ!」

 

 友奈はどやっとした表情で得意げにリュウのことを語り、何かを思い出して、寂しそうな顔をしそうになって、愛想笑いを顔に貼り付けごまかした。

 

「それに、リュウは私のことを恋愛的な意味では好きじゃないんですよ」

 

「んん? 嘘松乙と言ったろか」

 

「いや本当にそうなんですってば」

 

「なんでそう思ったん?」

 

「クラスで男子が集まって話してたんですよ。

 女子で誰が好みか~みたいなの。リュウもそこに居たんです」

 

「ふんふん」

 

「それで私はいつもみたいに後ろから抱きついて、リュウを驚かせて」

 

「ん……?」

 

「『リュウの好きな女の子のタイプってどんなの?』

 って聞いたら

 『ゴリラじゃない、細くて筋肉のないおしとやかな女の子』

 って言ってて。私その時リュウの女の子の好みを初めて知ったんです」

 

「あー、あー、大体分かったわ。鷲尾少年かわいそやな……こんなんが幼馴染で……」

 

「え、なんですかそれ。

 ともかくですね。

 私も当時はイメチェン頑張ろっかな……みたいなことも思ったんですが。

 リュウはありのままの私に好感を持ってくれてるのも分かってたんです。

 人間としての私を好きで居てくれてるみたいな……

 今のままの筋肉女の私を理解して大事にしてくれてるみたいな……

 そういうのを捨てちゃうのがなんだか嫌で、結局私は私を変えなかったんです」

 

「寂しく思っとんのか惚気けとんのかどっちや?」

 

 クラスの男子達の前でそんなことをされて、本当の本心を言えば翌日からクラスでリュウと友奈が玩具にされることが見えていた当時のリュウの心境は、いかばかりか。

 静は心中で合掌し、未だ会ったこともないリュウの苦労をいたわった。

 彼氏彼女の間柄である男女を静は過去に何人か見たことがあったが、赤嶺友奈と鷲尾リュウの関係はそのどれとも似ていなかった。

 

「とまあそういうわけで、私はリュウの好みの女の子ではないのです。終わり」

 

「せやろか……まあええわ、当人同士の問題やしな……」

 

 断定の口調で言い切る友奈。

 静は、第三者が踏み込んでも何も変えられないという確信を得ていた。

 "夫婦喧嘩は犬も食わないって言うしな"と、心の中でひっそり思う。

 

「私はちょっと体動かしてから大赦の方に行って夜まで寝ようかなって思ってます。

 時間があったら弥勒さんのお見舞いにも行こうかな。

 だから深夜までずっと帰って来ないので、シズ先輩もそのつもりでお願いしますね」

 

「おけおけ、そのつもりで動いとくわ。

 買い物もせんといかんかったし、ほなウチが食材とか買い溜めしとく」

 

「ありがとうございます。私、今夜こそ決着つけますよ」

 

「気負いすぎひんようにな。ウチも二度は助けられん気がするわ」

 

「本当に助かりました。シズ先輩、かっこよかったですよ。私も気合いが入るってもんです」

 

「へへへ、せやろー?」

 

 次は私一人の力で勝たないと、と友奈は覚悟を新たにする。

 助けられるのではなく、助ける。そう誓う。彼女は鏑矢だから。

 守られるのではなく、守る。そう誓う。彼女は鏑矢だから。

 静の勇気に助けられたことで、静に対する感謝と、静に対する心配の両方がそこにある。

 もうあんな無茶は絶対にさせないという友奈の覚悟は、感謝と心配の両方から湧き上がるものであり、その覚悟には燃えるような熱があった。

 

「じゃ、また明日」

 

「ほな、また明日なー。メフィラスも探しとくわ」

 

 だから、友奈は。

 

 次にここに帰る前に、次の夜が終わる前に、戦いを終わらせたいと。

 

 強く、強く、願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桐生静は、中学三年生。

 祝詞で鏑矢の力を制御する力を与えられた鏑矢専属の巫女。

 リュウや友奈の一つ年上、けれどまだまだ子供な女の子。

 されどどこか割り切ったところがあって、いつも元気にお喋りしている陽気な子である。

 元気で陽気な静だが、髪や肌の色素が薄めで、桜色の髪に日焼けした肌の友奈と並ぶと、どこかインドアな印象も受ける。

 

 下ろせば長い髪を高めに束ねて、汎的なファッションなんじゃそりゃと言わんばかりに独特な、けれどセンスが終わってるほどではない塩梅の服装で、静は外出する。

 太陽が眩しい。

 雲が白い。

 風が心地良い。

 雨を吸った元気いっぱいの緑の香りが、ほんのり風に乗っている。

 

「んー、いい天気や」

 

 静は街を歩いていく。

 子を肩車し、笑顔で歩く親がいた。

 肩を並べて走り回る男の子達がいた。

 わちゃわちゃと話しながら、ウィンドウショッピングをする女の子達がいた。

 愛おしそうに手を繋ぎ、ベンチで語り合う恋人たちがいた。

 

 皆、笑顔だった。

 今の世界がとても平和だから。

 今の世界に幸せになる自由があるから。

 この世界が……守られているから。

 

 一人一人に幸福があって、不幸があった。

 大切な人が居て、嫌いな人が居た。

 守りたいものがあって、なくなってほしいものがあった。

 誰もが普通の人で、普通に生きていた。

 人を殺せなくて、殺されるのが嫌で、人が死なない世界の継続が望みで。

 社会の裏で人が密かに殺されていることも、鏑矢と怪獣が戦っていることも知らない。

 そんな、ごく普通の人達だった。

 

 彼らには、何も知らない権利がある。

 殺し殺されの世界に踏み込まず、平和に幸福に生きる権利がある。

 平和、自由、日常。それらを無条件に得られる権利がある。

 それを守っているのが大赦で、"そちら側"に居られなかったのが静達である。

 

「……」

 

 静は、胸に穴が空いたような感覚を覚える。

 

 鏑矢のお役目とは、どんなに言い繕っても殺人の主犯となることである。

 しからばその力を引き出す鏑矢付きの巫女も、その共犯であると言える。

 それは、どっちつかずの苦悩を生んでいた。

 

 静は主犯にはなれない。

 鏑矢の力で人を死に至らせる神樹、鏑矢の力で人を昏倒させるのが役目の鏑矢、鏑矢に神樹の力を付与する巫女。この関係性は変わらない。

 手を汚していない、という自覚が彼女の胸の内にはある。

 

 同時に、手を汚していないとも思えていない。

 共犯であることに間違いはない。

 人は死んでいるのだ。

 社会に要らない人間は確かに殺されている。

 だから静は、赤嶺友奈や弥勒蓮華と同じ枠の中に自分が居ないと感じながら、街で見る幸せな人達と同じ枠の中に自分がいないと感じている。

 

 それは、孤独とも呼ばれる気持ちだ。

 

 神がそうすべきだと人間に神託を下した殺人に、罪はあるのか?

 世界のために人間を殺したり生贄にすることは許されるのか?

 ……そう問われれば、静は明確に断言できる答えを持っていない。

 

 "加担した"という罪悪感。

 "同じものを背負えていない"という罪悪感。

 静はそれら一切を表に出さず、からからと笑って、友奈達が罪悪感で落ち込んでしまいそうな時はその心を明るくする。

 その在り方に友奈が救われている面は、間違いなくあるだろう。

 

 けれども、平和な街、幸せに笑う人々、脅かされず何も知らない皆を見ていると、どこか寂しさを感じる彼女の心を救ってくれる者はいない。

 

「あら、なんや」

 

 街を歩いていた静が、公園の前でちょっと不思議なものを見つけた。

 

 顔も体もすっぽり覆うローブで姿を隠した不審者が、公園の前で泣いている五歳くらいの女の子の前で右往左往している。

 泣き止んでくれ、と何やら言ってるのが聞こえて、「まさか真っ昼間から事案やないやろな」と不安になった静は真っ直ぐにそちらへと向かった。

 

 少女はどこにでも居るような幼い少女。

 男の服装もまた、さして珍しくはないものである。

 西暦末期、怪物・バーテックスの襲来によって、天空恐怖症候群という病症が発生した。

 天空から襲来した怪物により、人々の精神は時に不安定に、時に崩壊し、空を見上げるだけで発狂する者が多発した。

 そういった者達は、軽症の者ですらローブやフードなどで顔を覆い、空を欠片も見ないようにする以外に生きていくことができなくなってしまったという。

 

 それから70年以上が経ち、天空恐怖症候群罹患者は四国に存在しなくなったが、子世代孫世代がその時代の服装を真似し、ファッションデザイナーが服にそれを取り込んでいった。

 怪しい不審者に見えることに変わりはない。

 だがこの男の服装が他に類を見ない者であるというわけではない。

 怪しいが珍しくはない、そんな格好の不審者であった。

 

「うええ」

 

「ほ、ほら、泣き止んでくれな? ベロベロバー」

 

「うええええん! 今時ありえないくらい古臭いクソみたいな励ましされたああああ!」

 

「そこまで言うことねェだろ! ほ、ほら、撫でてやっから」

 

「あああああん! 童貞確定の振る舞いしてるお兄ちゃんに触られたああああああ!」

 

「え、お、す、すまん。えーと、飴食べるか……?」

 

「びえええええ! 私の嫌いなミルク味いいいいいいい!」

 

「どうしろってんだよ!!! なあ、頼むから泣き止んでくれよ。放っておけないだろ……」

 

 ああ、これは不審者じゃなくてバカみたいなお人好しだ、と静は大体察した。

 泣いている子供を放っておけない優しい人間であることも、けれど子供を上手く扱えるほど器用ではないことも、会話を聞いていて分かった。

 

「ちょっとええか?」

 

「? 何……っ―――」

 

 その男性は深く被ったローブで顔の一部も隠していたため、表情の動きも見えず、静は『その人が自分の顔を見て驚いていたこと』に気付かなかった。

 

「ウチに任せとき。なーに、お喋り・トーク・井戸端会議はウチの得意分野や」

 

「ぐずっ」

 

「ほーれほれほれ。

 この美人というほどやないけどブサイクでもないお姉ちゃんに話してみー?」

 

 男はローブを深く被り直し、もう少し顔を隠してから、静が出してくれた助け舟に乗る。

 

「気を付けろよ。この子はなァ、見かけの年齢の割に強敵……」

 

「母親とはぐれて泣いてるみたいやな」

 

「聞き出すの早ェな! オレの苦労はなんだったんだ!?」

 

「ぐすっ……お兄ちゃんは外見からして社会的信用が無いもん……」

 

「……それもそうかもしれねェけど、釈然としねェー……」

 

 男は立ち上がり、周りを見渡す。

 静と女の子の会話を聞きながら、その会話の断片を拾い、親がどこに居るかの推測を頭で組み立てていっている。

 やがて静も、男の意図を察したようだ。

 

「ん? 探すんか?」

 

「話聞く限りはぐれて時間経ってねェだろ。ならその方が早い」

 

「早い遅いの話やないんやけどな。今時珍しいやっちゃ」

 

 当然のように親を探し始めた男を見て、何の義理も無いのに懸命に親を子に会わせてやろうとする男を見て、静もまた、買い物の予定を一旦ぶん投げて男に協力し始めた。

 ほどなくして親は見つかり、女の子は泣き止んで、親に手を引かれて去っていく。

 

「ありがと、面白い喋りのお姉ちゃん、面白い顔のお兄ちゃん」

 

「ほななー、もうはぐれるんやないでー?」

 

「何? 面白い顔ってオレのこと?」

 

 背が低く下から見上げる形になっていた幼い子にはローブフードの顔隠しの効果も薄く、顔に怪我をしていたから面白い顔と言われたのだが、言われただけの男には分かるわけもなく。

 ちょっとショックを受けつつ、その言葉を飲み込んでいた。

 

「ありがとな、あんたのお陰としか言えねェ」

 

「かまわんてかまわんて。どうせもののついで……おーいどこ行くんや?」

 

「今あそこで婆ァが転んで買い物袋の中身ぶちまけてる。オレの手でも借りたいとこだろ」

 

「ああ、ホンマやなー。しゃーない、猫の手はないけど人の手はあるで?」

 

 買い物袋をぶちまけたおばあちゃんを助けて、お礼を言われて、これで終わりやなーと静が思った頃には、男は別の人を助けに行っていた。

 それに静もなんとなくて付いて行き、なんとなく手助けする。

 え、なんでこの人こんなに人が良いんだ、と男は静に対して思った。

 え、なんやこいつなんでこんなにお人好しなん、と静は男に対して思った。

 困ってる人を放っておけない男と、困っている人を放っておけない人を放っておけない人。

 

 それはどこか、人の世を救うために走る鏑矢を巫女として支える静、という普段の戦いや日常の構図をリプレイしているかのようだった。

 

「つかなんやあんた、困ってる人が居たらすぐ助けに行くマンなんか?」

 

「いんや、そういうわけじゃねェが……やることなくて暇でな」

 

 粗方終わって、やることも大体なくなった頃、男と静はベンチに並んで座って休む。

 互いに自己紹介もしないまま、なんとなく会話もそこそこ弾むようになっていて、ぼんやりしながら空を見上げてお喋りするくらいの距離感にはなっていた。

 

「何もしてないと気が変になりそうだった」

 

「ふーん……?」

 

「こっちの話だからよォ、心配する必要とかはないぜ」

 

 男は近くの自動販売機で適当なお茶を二本買って、一本を静に投げ渡す。

 

「うん? なんやこれ」

 

「今日は助かった」

 

「いや、人助けしてたのはあんたやん」

 

「人助けしてたオレをあんたが助けてくれた。

 オレを助けてくれた人には、オレが礼をしなきゃ筋が通らねェ」

 

 静はきょとんとして、すぐにくっくっくっと笑い出す。

 

「あんた人が好すぎるわ。生きるのに苦労してるやろ」

 

「いや、特には」

 

「あれ?」

 

「物心付いた時には友人に恵まれたからなァ、人より苦労してるとは思わねェわ」

 

 嘘も虚偽もなく、男は心の底から信じている事を言葉にして口にした。

 静は投げ渡されたお茶を見つめて、んー、と少し悩んだ様子を見せる。

 どうしたんだろう、と男は思うが、男に礼をされるようなことはしてないという認識の静からすれば、これを貰うのはちょっと気が引けてしまう。

 

「ウチからするとこんな礼貰うのが申し訳ないんや。

 かといって受け取らんのは失礼やなーとも思う。そこで閃いた」

 

「ひらめいた……?」

 

「なんや悩んどるみたいやったけど、ウチに話してみぃひん?

 ほら、赤の他人やん。

 何話しても損にはならんし、話せないなら話せないでええ。

 赤の他人の善意なら受け取らんでもそんな気にする必要あらんやろ?」

 

「―――」

 

 男は別に何か匂わせたわけでも、何か漏らしたわけでもない。

 二人は自己紹介すらしてないから、互いのことを何か教えたわけでもない。

 ただ、静が察しただけだ。

 悩み事を抱えながら人のために動き続ける者を、大怪我をしながらも周りに心配をかけないよう無理して体を動かしている者を、静はずっと見守ってきたから。

 ローブの下の表情も、傷跡も、何も見えないままに、静は彼を労っている。

 

「あんた、いい人だな」

 

「せやろー? しょっちゅう言われるわ。24時間365日!」

 

「調子乗ンな」

 

「へっへっへ、調子と車はいくら乗ってもええもんやで。事故にだけはお気をつけ、ってな」

 

 この人は事故らないんだろうなァ、と男は静に対し思う。

 男は、率直なところ嬉しかった。

 他人の優しさが暖かく、心地良かった。

 静が今日助けてくれたことも、優しさを向けてくれたことも、嬉しかった。

 

 ―――嬉しかったが、それだけだった。彼は何も変わらない。

 

「気持ちだけ受け取ッとくわ」

 

「そかー。すまんな、役に立てへんみたいで」

 

「いや……心配されただけでも嬉しィもんだぜ。

 ありがとう。オレに必要だったのは、あんたの言葉で入った気合いだったのかもしれねェ」

 

「……なんや、ウチの知り合いの筋肉娘みたいなこと言うんやな。

 言うてそこまで言われるほど、ウチは良いこと言ったわけでもいいやつでもないんやけど」

 

 ふっ、と男は思わず口元に笑みを浮かべた。

 

「あんたが知らなくても、あんたがいいやつであることを、あんたの周りは知ってンだ」

 

 静の優しさを受けて、素直に心に浮かんだ言葉を返した彼の言葉が、柔らかな納得と共にすとんと静の胸の内へと落ちる。

 

「優しいあんたのままで居る限り、あんたは絶対に孤独じゃねェ」

 

 男がベンチを離れ、去っていく。

 

「あ、また明日。ウチもこの辺うろついてると思うしまた明日会えたらええな」

 

 また明日、と何気なく静は言った。

 友に言うように、自然に。

 これから友になれるかもしれない者に、自然に。

 男はその言葉に「また明日」とは返さない。

 

 それは、約束になるから。

 約束になってしまうから。

 その約束だけは、もう彼にはできないことだから。

 

「あんたは友奈に必要だ。それが分かっただけでも、良い時間だッたと思える」

 

 それだけ言って、男は消えた。瞬きの間に視界から消える。

 

 男は一度も名乗らなかった。

 

 けれど、最後に残した言葉が、静に男の正体を察させる。

 

「……まさか、今の?」

 

 頭の中に次々浮かぶ思考と推測を整理しながら、静は髪をかく。

 何か分かったようで、何も分からなくて、けれど分かったことが一つあった。

 

―――何もしてないと気が変になりそうだった

 

 静にも、覚えがあった。

 巫女として鏑矢を送り出して、放てば戻らないが道理である矢の帰りを待ち、何事もなく帰って来ることを祈り、待つ。

 最初のお役目の日が一番酷かった。

 待っても待っても時間は過ぎず、いくら待てども友奈も蓮華も帰って来なくて、不安になっているのに不安を解消することができず、ただただ待つことしかできなくて。

 苦しくても。

 辛くても。

 巫女でしかないから、待つしかない。

 『何もしてないと気が変になりそう』で、意味もなく紙に落書きしたり、ペンを回したり、落書きした紙をくしゃくしゃにして投げ捨てたり、テレビのチャンネルを変えまくったり。

 

 男の言葉に……鷲尾リュウの言葉に、静が覚えたのは『共感』だった。

 

「何かしたくなったらまず人の役に立とうとする、か。

 難儀やなあ。アカナといい、あいつといい、ぶきっちょな優しい奴はどうにも……」

 

 理性ではなく感覚的に、静は理解する。

 

 赤嶺友奈が、かの幼馴染を迎えに行こうとしてる理由を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜は来る。

 時は待たない。

 誰も待たない。

 世界はリュウの敵であり、時間はリュウの味方をしない。

 

 鎮痛剤を何錠、ではなく一袋飲み込み、ペットボトルの水で流し込む。

 段々と痛みは強く、鎮痛剤の効き目は弱くなってきていて、集中力が痛みで散漫になりやすくなってきている。

 弱みは見せられない。

 "鷲尾リュウは無理をしているがもう弱り切っている"と大赦側にバレれば、「赤嶺友奈を使わなくても仕留められるんじゃないか?」という意見が段々と強くなっていくだろう。

 友奈が不要と判断された時、その時が友奈が処分される時になるかもしれない。

 弱さは見せられないのだ。

 

 リュウはダークリングを構えて、止まる。

 

―――また明日

 

 ふと、脳裏に浮かぶものがあった。

 

 今日、街で助けた人々の笑顔。

 今日、街で見た幸せな市民達。

 明日が来ることを誰もが信じて疑わない平和。

 記憶の中の母の顔。

 間違いなくいい人だった桐生静。

 学校の友達。

 そして、たくさんの人達に囲まれて笑っている友奈の笑顔。

 彼の勝利によって"失われる笑顔"の数々を見る度に、思い出す度に―――心がブレる。

 

 苦しくて、辛くて、自分を殺したくなって、止めたくなる。けれど。

 

「迷うな」

 

 けれど、心の天秤の片方にそれらをいくら乗せても、『もう片方に乗っている少女』が何よりも重い存在である限り、彼の天秤は反対側には傾かない。

 

「迷うな」

 

 地獄の苦悩を、自分に言い聞かせるようにして、乗り越える。

 

「悪魔に魂を売ってでも、欲しい物があンなら―――」

 

 親指で弾き入れ、捕獲機械獣のカードをリードする。

 

《 Σズイグル 》

 

 親指で弾き入れ、宇宙恐竜のカードをリードする。

 

《 ゼットン 》

 

 ダークリングを掴み、その力を掌握し、闇が吹き出る神器を掲げる。

 

「来い! 『捕らえる力』!」

 

 Σズイグルとゼットンのカードがほどける。

 二つの闇が混ざって、リュウの体に溶け込む。

 闇と人体が一つになって、新たな力へ昇華する。

 

「超合体―――『シグマゼットン』」

 

 混ざるは二つ。

 ウルトラマンを倒すためだけに投入された、対ウルトラマン特化の二体。

 対巨人特化の二つの力を、対人特化に転換して顕現させる。

 

 悪魔に少しの魂を売ることで、その体は2mではなく―――60mの巨体として、顕現した。

 

 

 




 「あいつどんだけ友奈を傷付けず無力化したいんだ……」って言われてもしょうがない奴
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