「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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 鷲尾リュウは人を殺せない人間ではない。

 殺せる人間だが、情に流されることがあるだけ。

 そして情に流される彼でも、世界の敵には容赦がない。

 容赦なく殺した人間の顔を、彼は全て覚えている。

 男だけでなく、女も殺した。

 

 だが一度、女とはいえ大の大人が泣き始めた時は、少し困ったことを覚えている。

 

 救えない女だった。

 破滅思考。責任転嫁。暴力的。情緒不安定。精神病。

 生きている限り救われず、殺さなければ救われない女だった。

 文字通りに、頭のおかしな女だった。

 

「知ってるのよ……この世界が、弱肉強食の世界だって……」

 

 壁の向こうの、神が遣わした怪物を想い、両足を折られた女は嘆く。

 

「なんでこんなことになったのよ……世界はなんでこんな風になってるの……?」

 

「違う」

 

 カードから具現化したゼットンと肩を並べ立つリュウは、冷たく淡々と言い放つ。

 

「生物存続の原理は弱肉強食じゃねェ。

 適者生存だ。

 世界はいつだって、世界に適した形の命が残る」

 

 ダークリングから具現化されたゼットンは、ゼットン化したリュウほど柔軟な自己判断はできないものの、口頭で命令すればすぐさまに女を絶命させるだろう。

 温情も同情も期待できないそれは、ギロチンの刃にほぼ等しい。

 

「戦闘に特化していったキリンは皆死んだ。

 生き残ったのはより多くの餌に口を届かせられる首長のキリンだ。

 強い者だけが残り弱い者だけが滅びるなら、地球の生態系は成立しねェんだよ」

 

「……! ふざけないで!」

 

 女が叫び、リュウより一回り大きいゼットンが反射的に殺そうとするが、リュウが止める。

 それは"最後の言葉くらい残させてやる"という、本人すら無自覚の無駄な甘さ。

 

「じゃあ、人類は適者じゃなかったって言うの!?

 だから死んでも滅びても仕方ないって、そんな……!」

 

「神の殺しは世界の真理でも何でもねェんだよ。

 神の選択であって意思だ。

 ……大自然の選別と神の選別を同列に置くなら別だがな。

 人間が滅ぶとしてもそいつァ世界の真理なんて御大層なもんじゃねェ。

 人間を大嫌いな奴が人間を滅ぼした、そんくらいの話でしかねェんだ」

 

「なによ……なんなのよ……何が、誰が、正しいのよ……」

 

「正しさ? オレは少なくともオレが思う正しさは知ってる」

 

 人を殺す覚悟を決める前に、息を吸い。

 

「適者生存ってのは、生き残るべき奴が生き残るってことだ。

 たとえば……優しい子は生き残るべきだと思わねェか?

 他人に優しく、他人を気遣い、困っている人の味方で、友達を笑顔にするような……」

 

 人を殺す覚悟を決めて、息を吐く。

 

「だから、オレもお前も適者じゃねェんだ」

 

 ゼットンが火球を吐き、悲鳴の一つも上げる間もなく、女の体が蒸発する。

 

「だから、適者は生き残らなくちゃならねェんだ」

 

 人肉の焼ける匂いが、鼻孔に酷く気持ち悪くまとわりついて、離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュウは悪魔に魂を売る。

 感情を抑えて闇に堕ちるのをこらえる、といった作業はここにはない。

 リュウの望むままに理性が静かに"ダークリングに相応しい"精神性に、徐々に、徐々に染まっていき、理性がごく自然に悪の思考を行うものへと寄っていく。

 成立していくのは、悪性の理性。

 ダークリングの力がほとんど発揮されないほどに反発する光の心を持つ者でもなければ、きっとすぐに虐殺を始めていただろう。

 

『まず、初手だ』

 

 大赦がリュウの巨大化を見て、四国の混乱を抑えるべく、「この時間帯以降は外出禁止」「外を見るのも禁止」「でなければバーテックスの悪影響で心を壊される」という告知を流していたために、この夜からはもう巨大化しても見る市民はいない。

 出歩いている市民もいない。

 戦闘に巻き込まれる心配もない。

 それは数日前のリュウにとっては好都合だったが、今のリュウにとっては、分からない。

 

 シグマゼットン。

 元よりゼットンは昆虫的な外見と機械的な動作が印象的な怪獣だが、機械怪獣を超合体させたことで、より機械的な印象が強くなっている。

 金属質な肉に並ぶ機械のライトのようなパーツが時折点滅し、ピポポ、という機械音声的な鳴き声が異様にその外見に似合っている。

 

 概念としては、機械恐竜。

 外見としては、機械昆虫。

 

 シグマゼットンがその巨体を揺らし、全身から光を放った。

 発光体が放つ光が高知を照らし、友奈や大赦の者達が思わず目を覆う。

 まだ変身もしてなかった友奈は、それを宣戦布告と受け取った。

 

「上等だよ、体だけおっきくなっても、今すぐに―――」

 

 友奈は胸の内ポケットの端末を操作し、変身を始動……させようとして、違和感に気付いた。

 端末が起動しない。

 いや、起動寸前で止まっている。

 間髪入れず、友奈の手から金属の霧が噴出した。

 

「え?」

 

 "さっきの光を目眩ましにして友奈に捕獲光弾を撃ち込んでいた"と、気付いていた者は誰も居なかったから、止められない。

 

 霧が友奈の両手を左右に引っ張り、そこに固定。

 足もピンと張らせて固定。

 友奈の全身を覆った金属の霧が十字架型の棺を構築し、友奈の全身をガチガチに拘束しつつ急速に硬質化する。

 

 十字架型の棺は、殺すのではなく捕らえるためのもの。

 そこに囚われた赤嶺友奈は、宗教画に描かれる『十字架に磔にされた救世主』を連想させる。

 人の世を救う勇者に向けられる悪意には、十字架こそが相応しい。

 

「ちょ、ちょ、ちょ? なにこれ?」

 

 十字架棺が浮く。

 シグマゼットンが吸い寄せている、と判断してからの大赦の反応は早かった。

 

「―――行かせるなッ!!」

 

 初日に友奈が使っていたワイヤーで十字架棺を捉え、飛んで行こうとする棺を車で無理矢理牽引し、なんとかシグマゼットンの吸引圏内から離脱させる。

 危なかった。

 今、もし少しでも反応が遅れていたら。

 もし、シグマゼットンが赤嶺友奈を確保していたら。

 そこでどうしようもなく、人類はゲームセットだっただろう。

 

 リュウは内的宇宙(インナースペース)にて一人、舌打ちする。

 

「あ、あの、これなんですか?」

 

 十字架棺の中から、友奈が周りに問いかける。

 車で十字架棺を運搬しつつそれをどうにか壊すか開こうとしていた大赦の男達は、ビクともしない棺に内心焦りつつ、応えた。

 

「弥勒様が戦線離脱する決め手の一つとなった、あれと同じです。

 体内に何かを仕込む光線。

 検証するわけにもいかず詳細は不明でしたが今分かりました。

 まさか……変身する力を起動すると、本人を強固な棺に捕らえる能力……!?」

 

「!」

 

「これは……これは不味い。

 初手で巨大化してきた以上、奴はそのまま一直線に進むはず。

 ならもう普通に歩くだけで全部踏み潰されてしまう! 止められない!」

 

 防衛戦力が無い。

 

 あのサイズだと、車で体当りしても止められない。

 

 事実上の王手であった。

 

 

 

 

 

 ふぅ、とリュウは安堵で深く息を吐く。

 Σズイグル/シグマゼットンの拘束は非常に強力だ。

 内部から変身に使われる強力なエネルギーが噴出しても完璧に抑え込み、外部からの攻撃にもそれなりの耐久度を誇る。

 普通の人間が壊したいなら、それこそSFの光線銃くらいの火力は必要だ。

 友奈を無力化して戦場からどかし、万が一変身できていない友奈が盾にされるようなことがあっても、ある程度なら棺が友奈を守ってくれる。

 

『ゆっくりでいい。自分を見失わないように、確実に……』

 

 悪魔に魂を売って巨大化し、確実性を確保した。

 これで怪獣化したリュウは、万が一にももう止められない。

 となるとリュウの心配事は、"いつ自分が自分でなくなるか"に焦点が当たる。

 

 自分がなくなるだけならいい。

 最悪は、自分が自分でなくなった後。

 ダークリングに相応しい邪悪になっていけば、いずれは友奈すらどうでもよくなってしまう可能性もある。

 そうなってしまえば、リュウは最悪の力で友奈に危害を加えかねない。

 

 自分の幸福のためではなく、友奈の幸福のために、リュウは細心の注意を払って自分を保つ。

 

『……?』

 

 そんな、進撃する大怪獣を前にして。

 

 何の意味もなく、けれどその者にとって意義あることとして、立ちはだかる人間が居た。

 

「止まれ!」

 

 それは、ただの人間だった。

 ただの大赦の一員だった。

 名も無き者達の中の一人だった。

 昨日の静の勇気ある行動に勇気を貰った人間の一人だった。

 義憤や悔しさに歯を食いしばる、ごく普通の男だった。

 

 男は生身一つでシグマゼットンの前に立ちはだかり、大赦の仮面を投げ捨てる。

 仮面の下の顔はかなり若かった。

 20代前半か、あるいは落ち着きのある10代。

 男は意味など無いと分かってるだろうに、行く手を阻むように両手を広げ、怯えを噛み殺して怪獣の前に立ち続ける。

 

「君の事情は把握している!」

 

『……なに?』

 

「だけど、君が何故大赦に反旗を翻したのか、それが分からない!」

 

『……ああ、そういうやつか』

 

 大赦、とは言うが、本来ひと括りにできる組織ではない。

 老人から若者まで、名家出身から一般出身まで、構成する人間はかなり多岐に渡る。

 特に神世紀初期に生まれ、バーテックスを知る西暦の人間達に育てられた『子世代』の者達と、西暦を知らない子世代に育てられた『孫世代』の者達の間には、越えられない壁がある。

 この若者はおそらく孫世代だ。

 ある程度事情を知っているのなら、名家の人間か、有能な人間かのどちらかだろう。

 

 だがおそらく、全てを知っているほどではない。

 

「何故……何故こんなことをしてるんだ!

 信じてたのに! 共に同じ場所を目指していると思っていたのに!」

 

 大赦は秘密主義であり、その傾向は年々強くなっている。

 それは大赦の他の人間に対してもそうだ。

 リュウも薄々と勘付いてはいた。

 何も知らないまま動いている人間は、少なくないと。

 赤嶺友奈のバックアップに動いている人間、大赦の守りに付いている人間、変身が解除されたリュウを殺しに動いている人間、他の大赦の人間……それぞれ全て、別なのだと。

 

 鏑矢の援護をしていた者。

 鷲尾リュウのお役目を支えていた者。

 赤嶺友奈の処分を決めた者。

 怪獣の正体が人間であることすら知らない者。

 赤嶺友奈の処分がリュウの反逆の理由であることを知る者。

 怪獣の正体がリュウであることは知っていても、リュウが何故裏切ったのか知らない者。

 ……組織は、人の集まりだから。

 この男のような者も居る。

 

 "何かの間違いだ"と思いながら。

 "いや現実だ"と自分の願うような思いを断ち切り。

 "あれは鷲尾リュウだ"と何度も何度も自分に言い聞かせ。

 "なんで"と心の中で繰り返し、友奈と戦うリュウに心の中で問いかけ続けた。

 "君は人を守るために手を汚すヒーローだ"と、この男はリュウに対し、ずっと思っていた。

 

「君は、人々の平和幸福を守るために戦ってくれていたと思っていたのに!」

 

 本人は多くを知っているつもりでも、肝心なことを知らない。

 知らないけれど。

 鷲尾リュウが戦ってきたことも、それで守られた平和があることも、彼は知っている。

 知っているから。

 数十mの高さまで届くくらいに声を張り上げ、泣きそうな顔で、叫び続けているのだ。

 

「その歳で重い責任とお役目を果たす君を……尊敬していたのにっ……!」

 

 それを見て、リュウの胸中に二つの気持ちが湧き上がる。

 "信頼を裏切ってごめんなさい"という謝罪の気持ち。

 "大赦が何言ってやがる"という憎悪に似た憤怒。

 光と闇のような分かりやすい気持ちではない、自分を責める気持ちと他人を責める気持ちだ。

 それは闇の思考である。

 

 光の許しではない、闇の憎悪が膨れていく。

 自分を憎む気持ちと他人を憎む気持ちが湧き上がるのは、きっとダークリングと無関係ではないだろう。

 その思考は根幹が間違っている。

 勝手に期待され勝手に信頼されただけなのだから、それを裏切った自分を憎む必要はない。

 何も知らない大赦の末端に対し憎しみを抱く必要もない。

 何か、どこか、思考の歯車がズレている。

 

 反逆初日のリュウの前にこの男が立ち塞がっていたなら、リュウはきっと、「リュウのことを考えて友奈にリュウのことを黙ってくれている」この男の気遣いに気付いただろうに。

 リュウの後戻りの道を密かに守ってくれていたことに気付いただろうに。

 彼が黙ってくれているおかげで、リュウはまだ、友奈に何もバレないまま全てを終わらせることができる可能性が残っているのだということに。

 大赦がリュウと友奈の同士討ちを狙っている以上、友奈に秘密を明かす可能性がある人間は危険因子であり、事情を知る者全てに箝口令が敷かれている。こうしてリュウに現地で説得を試みている時点で、この男が人生全てを台無しにする覚悟でリュウを説得にかかっているということに。

 今の彼では、気付けない。

 

「止まってくれ! ……君が壊そうとしているものは、君が守ろうとしたものじゃないのか!」

 

 深呼吸し、リュウは胸の内の気持ちを抑える。

 惑いそうで、躊躇いそうで、迷いそうで、でもそんなことを考えたくなくて。

 「皆と、友奈が笑ってられる世界を守りたいよな」なんて言って人を殺していた頃の自分と、世界を壊そうとする今の自分が交互に頭に浮かぶ。

 分かっていた。

 大赦の全てを壊そうとしながらも、リュウはそこに悪くない人が居ることなど分かっていた。

 それでも、悪い人とそうじゃない人を見分けることなんてできないから、友奈を害する者を確実に消すには、全部まとめて消すしかない。

 

『迷うな』

 

 彼に選択肢などないから。

 彼からそれを奪った者がいるから。

 選ぶものは決まっている。

 

『迷うな』

 

 シグマゼットンが、その巨体の足を振り上げる。

 

『覚悟は決めた。

 大切なものの順序は決めた。

 ならよォ、迷ってられねえよな。

 何もかもを壊してでも、何もかもを殺してでも……やらねェと』

 

 振り上げられた足の下には、両腕を広げて動かない男の姿。

 男は逃げない。

 逃げてはいけないと思っているから。

 何の意味もなくても、皆が笑っている今の世界を守るために逃げないこと、それそのものに意味があると思っているから。

 彼を止めようとすることが、間違いではないと信じているから。

 

『避けろよ』

 

 逃げない。退かない。避けない。

 ゆっくりと、かわせるくらいにゆっくりを足を振り下ろしてくるシグマゼットンの足裏が迫ってきても、男は逃げない。

 自分に立ち向かって来る人間の悪意ではなく、勇気こそが、リュウの胸を打つ。

 

『避けろ』

 

 もう、どちらが優位に立っているかも分からないくらいに、リュウが苦痛に満ちた表情を浮かべて、絞り出すように声を出す。

 

『……ッ、クソ、オレは、そのくらいの覚悟、とっくにッ―――!!』

 

 自分の未練と甘さごと、踏み潰すように。

 

 シグマゼットンが思い切り足を振り下ろし、何かが潰れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈を捕らえる十字架は、信じられないほど頑丈だった。

 ハンマーで叩いても凹まず、バーナーを当てても溶けるどころか中の友奈が熱を感じることすらなく、ドリルを押し込んでも傷一つ付かず、チェーンソーをぶつけても擦り傷すらできない。

 これを切り裂くには、おそらく人智を超えた刃が必要だ。

 

「信じられない……何で出来てるんだこれは!?」

 

 ゆえに比較的早く、大赦の者達はこれを破壊して友奈を救出するという方針を捨てた。

 部下を引き連れた大赦の男が十字架棺の中の友奈に問いかける。

 

「赤嶺様、端末は今どこにありますか?」

 

「む、胸ポケットに入ってます」

 

「……誰か! コンテナから電磁石引っ張り出してこい!

 西暦末期に大学が研究目的に作った強力なものがある!

 定期的にメンテされてるからすぐ動かせるはずだ! 早く!」

 

「電磁石なんかで何を?」

 

「胸ポケットから磁力で引っ張り出して、棺の中で手元まで誘導する! 起動は可能だ!」

 

「ええ!? 端末壊れませんか!?」

 

「勇者の端末が今更そんなもんで壊れるか! 電磁パルス対策も十分されてる!」

 

「!」

 

 一分一秒を争う状況で、動けない友奈の周りを多くの人が走り回っている。

 友奈の周りがとんでもなく忙しなくて、まるで友奈が台風の目だ。

 

(何か、何かしなくちゃ、何か……)

 

 何もできない自分を歯痒く思う友奈が、動かない体を無理に動かそうとして、でも何もできなくて、焦燥でどうにかなってしまいそうな自分を制御できず、それでも動こうとする。

 無駄な努力だ。

 ただただ体力を無駄に消耗しそうになった友奈だが、そんな友奈の目と鼻の先で、十字架の棺に少女が腰掛けた。

 

「シズ先輩?」

 

「焦んな、焦んなアカナ。

 どうせできることもないんや。

 今は解放された後、どう戦えばいいかとか考えとけばええんとちゃう?」

 

「でも……」

 

「落ち着きぃや。アカナが落ち着きなくしたらウチらまで不安になるんやでー」

 

 いかにも不安なんかありません、といった顔で、ちょっとふざけた様子でからからと笑い、静は友奈の焦りを和らげる。

 静も不安でないわけがない。わけがないが。

 こういう時に意識して笑える強さが彼女にはある。

 その強さもまた、"他人のために絞り出した強さ"であった。

 

「……なんで、シズ先輩はそんなに落ち着いてるんですか?」

 

「なんでやろなぁ」

 

 静は十字架をペシペシと叩いて、不安と恐怖を塗り潰すほどの『信頼』を口にする。

 

「アカナのこと、信じてるからかもなぁ。にひひ」

 

「―――」

 

「無理も責任感じるのもなしやでアカナ。

 アカナが一人で頑張っとること、それだけで皆感謝しとるんやから」

 

 皆が皆、誰かのために戦っている。

 人のため。

 世界のため。

 平和のため

 友奈のため。

 皆とリュウの笑顔のため。

 ……それぞれ理由は違うけれど、何かのため誰かのために頑張っていて、友奈の周りで走り回っている人達の胸には、友奈への感謝があって。

 

 友奈は深呼吸する。

 自分がなんとかしなくちゃ、と焦るのではなく。

 仲間が助けてくれると信じて、体力を無駄遣いせず、よく考える。

 今の自分に何ができるかを頭で考え、"やったことがないけどできるかもしれないこと"を、己が感覚に問いかけていく。

 

 そうしている内に、周りが助ける準備を整えてくれていた。

 準備を整えるまでものの数分。

 「早っ」「有能!」と友奈は思うが、これが彼らが有能だからと言うより、彼らが懸命で必死だったからだろう。

 

「手元に端末が来たらなんとか手探りで起動してください」

 

「分かりましたっ」

 

 強力な電磁石で端末を引っ張り、棺に傷一つ付けられないまま端末を友奈の手元に運ぶ。

 変身さえできれば、あるいは。

 花結装の出力で内側から壊せれば、あるいは。

 そう思って、できる限り丁寧に、できる限り早く、端末を磁力で運んでいく。

 かくして天の神が否定した人類の技術が、なんでもない人間の懸命な努力が、赤嶺友奈のその手へ希望を握らせる。

 

 かに、見えた。

 

「!」

 

 端末に手が触れた友奈が、触れた感覚に笑顔になり、端末の感触に顔色を変える。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 リュウは自分に取り柄を見つけられない、我慢強いだけの凡夫。

 凡夫が勝利者となるために必要なのは、とことん考えることだ。

 自分の頭で推測できる範囲で、ありえる可能性の全てを考え、対策する。

 端末を十字架棺と同じ未知の金属で覆うことで、リュウは完全に彼女らを詰ませていた。

 

「これじゃ、起動も」

 

 端末は画面に触れることができなければ操作できない。

 ならば変身も不可能であるということだ。

 現状を理解し顔色を変えた友奈の目に、遠くで大赦の男を踏み潰そうとする怪獣が見える。

 助けに行かなきゃ、と思うのに。

 助けに行けない、と動かない体が現実を突きつける。

 打てる手が尽きた。

 状況を打開できない。

 

 もうダメなのかな、と思った友奈の心に、弱気が生えた。

 

 

 

 

 

 もうダメなのかな、と友奈が思ったその瞬間、耳に幻聴が囁いた。

 

 それは、彼女の記憶より湧き上がる幻聴。

 かつて赤嶺友奈と鷲尾リュウが交わした言葉の記憶が、幻聴となりて耳に響く。

 

「諦めないだけじゃ何もできない。

 それが普通だ。

 だってそうだろ?

 負けを認めないネットの荒らしだって諦めることはないが、勝つこともないだろ」

 

「えーうーん……確かに」

 

「諦めないのはいいことだが、それだけで何かが変わることってないと思う」

 

 できることを増やす努力、過去の成功と失敗の経験、語り合い教えられた記憶。

 追い詰められた人に希望をくれるのは、多くの場合その人の過去である。

 

「じゃあ、そういう時どうすればいいんだろう」

 

「頭と心を使え」

 

「頭と心?」

 

「いつも打開策を頭で考え続けること。

 人を大切にして、覚悟を決めて、勇気をもって行動することを心に決めておくこと」

 

 追い詰められた友奈に希望をくれるのは、多くの場合友奈の過去である。

 

 過去に出会い、過去に話し、過去に教わり、それら全てが今の彼女に繋がっている。

 

「つまり、いつも友奈らしく在ること。それが一番大事だと思う」

 

 その幻聴が、友奈の弱気を挫く。

 その記憶が、友奈の心を奮い立たせる。

 その言葉が、友奈に大事な一つの思考を与える。

 もしここにリュウが居たら、私が諦めないことを信じてるんじゃないかな、と。

 

「困った時は周りを頼れ。

 周りの人と助け合っていければ、お前にできないことはあんまない。オレが保証する」

 

 助け合い。

 

 まだ私は、助けられただけで、助け返してない―――友奈は、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が、溢れた。

 

 端末から溢れた光と彼女自身から溢れた光が接続され、封印されたはずの変身が解禁される。

 そして、友奈の姿は一瞬にしてかき消えた。

 十字架棺には未だ傷一つ無く、中の友奈の姿だけが消える。

 どこへ行った、敵の攻撃か、と慌てる周囲。

 彼らが次に友奈を見つけたその時には、友奈は踏み潰されそうになっていた男を助けていた。

 

 シグマゼットンが路面を踏み潰す音が収まり、友奈が抱えていた男を降ろす。

 

「大丈夫ですか? ええと、お名前は……」

 

「え、あ、はい赤嶺様。安芸と言います。覚えてくださらなくても大丈夫ですが……」

 

「いえいえー、覚えました。離れていてください」

 

 男が離れていくのを見送って、友奈は背の低いビルの屋上まで軽々跳躍し、"友奈の仲間"を踏み潰さんとしたシグマゼットンを睨みつける。

 友奈に睨みつけられたリュウは、困惑していた。

 今のは何なのか。

 何かがおかしい。

 彼が知る友奈のどの技能を使っても、今みたいなことはできなかったはずだ。

 今の一瞬に何が起こったのか、リュウには分からない。

 

『なんだ、今の』

 

 友奈は冷たい目に淡々とした殺意を浮かべ、突き上げた右拳を覆うように腕甲が形成される。

 

「火色舞うよ」

 

 一瞬で、友奈の姿が屋上から消え、シグマゼットンの顎が友奈の拳に叩き上げられる。

 

 反応すら許さない、"瞬間移動からの即時攻撃"。

 

『これは―――!?』

 

 事ここに至り、リュウは理解する。

 間違いない。

 A地点からB地点へと0秒で移動するこの力は、赤嶺友奈が手に入れたこの力は、リュウがゼットンの力で行使しているものと同じもの。

 ゼットンに対抗するため、遠くで殺されそうになっている人を救うため、掴み取ったもの。

 

 瞬間移動だ。

 

『っ』

 

 シグマゼットンが距離を取るために瞬間移動した瞬間、友奈も瞬時にそれに付いてくる。

 引き離せない。

 距離が取れない。

 リュウはある程度瞬間移動の練習をすることで、ダークリングとの相性の悪さ、戦闘の才覚の無さを補い、瞬間移動を使いこなしてきた。

 友奈は今日初めてこの力を使ったが、『友奈』が持つ勇者適正最高クラスの才能、神の力との相性の良さ、戦闘の才覚のみで、瞬間移動を使いこなす。

 

 瞬間移動の前後にできる隙の少なさで見れば、友奈はもう既にリュウを超えていた。

 

『もう、オレより巧く……!?』

 

「もう、それは私にとって脅威じゃない」

 

 夜闇を切り裂く赤色が、シグマゼットンを蹴り飛ばす。

 シグマゼットンはよろけて、けれど倒れないよう踏ん張り、大通りに確と立つ。

 顔を上げれば、そこには軽やかな跳躍で信号機の上に着地した友奈の姿。

 月明かりに映える彼女の横顔は、美しかった。

 

『お前は普通の女の子なのに―――いつも皆のヒーローだな』

 

 思わず口から漏れた言葉に、リュウはかぶりを振って気持ちを切り替え、咆哮する。

 

『上等だ、来い、サイズの違いってやつを見せつけてやらァッ!!』

 

 強がりの言葉を叫ぶリュウ。

 

 ゼットンの瞬間移動のアドバンテージが消え失せたことに、焦りと絶望が湧き上がる。

 

 "悪魔に魂を全て売らないままに勝つ"という可能性が消えていくのを、心が感じていた。

 

 

 




 ゆゆゆいストーリーの描写的に、かなり精密な瞬間移動制御と、千景に足をしっかり掴まれた状態からでも瞬間移動で離脱できる利便性の両方があると思われます。赤嶺ワープ


・『シグマゼットン』

 ウルトラマンガイアを完封したΣズイグル、ウルトラマンを完封したゼットンの合体怪獣。
 強力な者を完封し、捕らえることに特化した超合体形態。

 Σズイグルはウルトラマンガイアを倒すため、対ガイアに特化して製造され、根源的破滅招来体が送り込んだ金属機械怪獣。
 全身が細かい金属の粒子の集合によって構成されており、攻撃で倒されたふりをして粒子レベルにまで分解して逃走し、敵が消えてから体を再構築することもある。
 最たる特徴は胸部から発射する捕獲光弾で、これを受けると体に罠が仕掛けられてしまう。
 この罠がある限りその者は変身できず、罠が起動すると十字架状の棺に拘束され動けなくなり、Σズイグルの体に組み込まれてしまう。
 Σズイグルはそうして捕まえた人間を人質に取り、他の敵の攻撃を止めるのだ。

 Σズイグルは再生能力と捕縛能力に特化しているため、直接的な戦闘力は低め。
 そこを強力なゼットンの戦闘力で補っている。
 人間サイズの敵を捕らえるのであれば瞬間移動と捕縛能力で事足りる。
 変身に端末を操作するワンアクションが必要な西暦勇者・神世紀勇者のシステムの場合、相性問題で捕まった時点で完全に終わりかねない。

 相対する人間を完封する『捕らえる力』。
 これに人間が抗おうとするならば、助けてくれる仲間が要る。

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