「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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 誰も出歩かず、誰も外を見ない夜。

 大赦の言うことを皆律儀に聞き、揺れる地面に怯えながら、神樹に祈る。

 そんな中、病院の屋上から遠くを見る少女が居た。

 

 黒く長い髪をなびかせて、少女の視線は戦いを捉える。

 遠くからでも見える小さな赤色と、60mはある機械恐竜が戦っている。

 少女にできることは、心の中でエールを送ることくらい。

 

 今日、友奈が一度お見舞いに来た。少女はその時のことを思い出す。

 いつものようにちょっとダウナーで、でも優しげで、楽しい話題を選んで振ってくれた友奈は、別れ際に何気ない言葉を置いていった。

 

―――レンち、また明日!

 

 それは約束。

 また明日も会おうという約束。

 何が何でも生き抜いて、また笑顔で会おうという約束だ。

 少女の胸に不安はない。

 その威風堂々たる立ち振る舞いは、赤嶺友奈への信頼に満ちている。

 友奈は負けない。必ずまた明日会える。少女はそう揺るぎなく信じていた。

 

「……友奈」

 

 少女が見守る先で、怪獣と友奈が同時に消え、高知の海辺にその姿が現れた。

 

 

 

 

 

 思い出があった。

 二人で海に行った思い出が。

 友奈がきゃっきゃと水をかけてきて、リュウが思いっきり海を蹴って水を当てて、二人でワイワイ遊んだ思い出があった。

 リュウも友奈も、それを忘れることはない。

 

 瞬間移動した赤嶺友奈とシグマゼットンが、海に着地する。

 崩れる砂浜。

 揺れる海面。

 舞い上がる水飛沫。

 不安定な足場をものともせず、両者は同時に突っ込んだ。

 

 シグマゼットンの巨大な足が砂浜に叩き込まれる。

 砂浜は一気に水のように流動し友奈の足を取らんとするが、事前動作からそれを読んでいた友奈は既に跳躍で回避しており、跳躍の連打でシグマゼットンの背後に回る。

 だが、読まれている。

 背後に友奈が回っていると読んだシグマゼットンは後方宙返りで飛び上がり、空中で一回転して砂浜に立つ友奈に頭上から黄色の光弾を連射した。

 だが読まれている。

 友奈は瞬時に瞬間移動を重ね、シグマゼットンの背後を取り、その背中を強打した。

 

 背中を打たれて、その痛みにリュウの呼吸が一旦止まる。

 

『っ』

 

 シグマゼットンが消え、友奈も間髪入れず消え、瞬間移動した二人が高知の山に現れる。

 

 思い出があった。

 二人で山を登った思い出が。

 友奈が「はやく、はやく」とにこにこしながらリュウの手を引き、リュウが「お前ほど体力無いんだよ……」と息も絶え絶えな青い顔になって、二人で山頂でご飯を食べた思い出があった。

 リュウも友奈も、それを忘れることはない。

 

 シグマゼットンの腕の一振りが、山を砕いた。

 山を殴って砕き、小山を踏んで平地にする、大怪獣の成す所作は全てが災害に等しい。

 あまりにも強い。

 あまりにも規格外。

 殴り砕かれた山は、途方も無い土石と木々の濁流となって、友奈を襲う。

 

「よっ、とっ、ほいっ」

 

 友奈はあえて瞬間移動を使わず、その身一つで回避していく。

 地面を蹴って跳び、宙を舞っている木々を蹴って跳び、飛んでいる大岩を足場にして、踊るように何もかもを回避する姿は、さながら絢爛な舞踏。

 瞬間移動をあえてしないことで、瞬間移動に力を割かず、拳に集中。

 強烈に加熱された金属のように赤熱化していく右腕のアームパーツから、留め切れなくなった膨大なエネルギーが漏れ、光り輝いていく。

 

 山一つを武器に使う規格外の攻撃をかわしきり、懐に入った友奈が拳を振り上げた。

 

『そんなもン喰らってたまるかッ!!』

 

 拳が突き出される寸前、シグマゼットンは瞬間移動で回避をし、回避された拳から放たれた膨大なエネルギーが触れさえせずに山をもう一つ吹き飛ばす。

 友奈は瞬間移動ですぐさま後を追い、シグマゼットンが橋の下から海へと流れていく川に、友奈が橋の上へと着地する。

 

 思い出があった。

 二人で橋を渡り、同じ学校に通った思い出が。

 小学校には登校班があって、年長組のリュウと友奈がちっちゃい子達を学校まで連れて行くことになっていて、子供達の前で手を引くリュウと、子供達の後ろで優しく話す友奈がいた。

 幼い友奈は「リュウくんは車が来るとすぐ皆が道路に出ないようにするよね」と笑い。

 幼いリュウは「友奈は優しくて好かれてて保母さんとか似合いそうだ」と褒めた。

 リュウも友奈も、それを忘れることはない。

 

 シグマゼットンは、火球を川に打ち込んだ。

 途方も無い熱が、一瞬にして川を縦に窪んだ平地へと変え、蒸発した川の水が大型台風をも超える暴風と乱気流を発生させる。

 水蒸気によってかき混ぜられた大気は、60m怪獣クラスの重量を持つシグマゼットンの巨体は揺らす程度だが、中学二年生相応の体重である友奈では立っていられない。

 それどころか時折体が浮いて、足を路面に着けておくことすら困難だった。

 

「うわわわっ」

 

 このままでは追撃が来る。

 そうなれば負ける。

 負けられない。

 友奈の思考から行動までの時間はほんの一瞬で、友奈は川の左右にある土手に瞬間移動し、そこで地面に拳を打ち込んだ。

 

 地面に楔を打ち込んで建物の固定に利用する時のように、友奈は暴風に耐える。

 動きが止まった友奈にシグマゼットンが右手を向ける。

 ここに、駆け引きがあった。

 友奈は攻撃を予想していた。

 リュウは攻撃したと同時に瞬間移動回避を予想していた。

 友奈は自分が動きを止めた瞬間をこの敵が見逃さないと考え、リュウは友奈が瞬間移動からすぐさま攻撃できる位置に移動すると考えていた。

 

 シグマゼットンの右手から火球が放たれる。

 友奈が瞬間移動で回避する。

 シグマゼットンの肌に、頭上すぐ上に何かが現れ、気流が遮られた感覚が発生する。

 よし、とリュウはほくそ笑んだ。

 

『これで決ま……何!?』

 

 されど駆け引きは、友奈が上を行く。

 なんと、信じられないことに。

 シグマゼットンの頭上には友奈だけでなく、大量の土の塊が現れていた。

 同時、友奈が立っていた地面が崩壊する。

 

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 リュウではやったこともなく、思いつくこともなく、見ても真似できない瞬間移動の応用。

 友奈が自分の体ごと瞬間移動させた土の塊は、乱気流にバラバラにされ、かき混ぜられて広く広がり、蒸発した川の水を吸って濃色の土となって、シグマゼットンの視界を塞いだ。

 応用力と発想力による視界の封印。

 土の幕でリュウは友奈を見失うが、友奈はシグマゼットンを見失わない。

 

 ゼットン、Σズイグルには共通する特徴があり―――体の一部が、光っている。

 シグマゼットンがその二つの超合体形態である以上、その特徴はなくならない。

 光を頼りに、光めがけて突っ込んで、光をその手に握りしめ、ありったけの力を込めた右拳を、アームパーツと共に全力で叩き込んだ。

 友奈の拳が、シグマゼットンの顔に絶大な破壊をもたらしながら、その内側に食い込む。

 

 リュウは、眼球が砕けて落ちるような、そんな感覚に絶叫した。

 

『がああああああっ!?』

 

 思わず顔を抑える。痛い。痛い。痛い。激痛に、何もかもが分からなくなる。

 逃避のために瞬間移動を発動。

 街中に逃げ込んだシグマゼットンが膝をついた。

 とっさに逃げるためだけに力を発動したためか、瞬間移動先はリュウの心の原風景に刻み込まれた場所。すなわち、彼が生まれ育った街に瞬間移動で逃げていた。

 

『ぐっ……あっ……痛い……いたいっ……』

 

 だが、痛みにうずくまっていていいのは数秒だけ。

 すぐさま追ってきた友奈が、強烈な飛び蹴りを額に打ち込んだ。

 うずくまっていたシグマゼットンが、ひっくり返って、仰向けに倒れそうになるほどの強烈な一撃が、余波で大気を揺らす。

 

『―――がッ』

 

 リュウは意識が飛びかけたが、歯を食いしばって踏み留まろうとする。

 このまま倒れてはならない。

 倒れればトドメの一撃が来る。

 先程山で放たれた一撃が胸か頭に当たれば即死だ。

 気を失ったら負けて死に、倒れて動きが止まっても倒されて死ぬ。

 死ぬ。

 死ぬ。

 死ぬ。

 死の恐怖に心蝕まれながらもリュウは目と頭を全力で動かし、その場に踏み留まろうとする。

 そうして、気が付いた。

 

 開けた空間がある。

 そこならシグマゼットンでも足をつける。

 倒れず転ばず、踏み留まれる。

 でも、そこは、公園だった。

 

 あの日約束を交わした、とても小さな、思い出の公園だった。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

「ね、ね、リュウくん、また来ようね」

 

「ん、また明日?」

 

「や、そういうのじゃなくて。

 ああいや、そういうのでもあるんだけどね。

 今ちょっとぴぴーんと来たんだよ、ぴぴーんと」

 

「……?」

 

「明日また来ようとかそういう短い約束だけじゃなくて。

 もーっと長い約束とかしてみたら面白いかなって思ったんだよね」

 

「長い約束……?」

 

「んー……よし。二人で20歳になったらここに集合。うん、そうしよ、約束」

 

「大人になったら? 友奈、話が見えないんだけど」

 

「うん、大人になったら。

 そのくらいの歳になっても、まだ約束を覚えてたら……

 またここに来ようって覚えてくれてるなら……

 リュウくんが今と同じくらい思ってくれてたら……

 ……んー。

 やっぱ言うのやめた。

 リュウくんが覚えててくれたら言ったげる。頑張って覚えててね」

 

「わけわからん。……約束は覚えといてやるよ」

 

「リュウくんはダメだなー」

 

「なんだとコラ」

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 選択肢は二つ。

 公園を踏み潰して踏み留まり、後に繋げるか。

 公園を踏まないようにして倒れて、トドメを刺され死に、何もかも終わりにするか。

 他に選択肢は無いのか? 無いのか? リュウは考えようとするが、考える時間もない。

 この0.1秒に決めなければ、何かもが終わるのは同じこと。

 

 約束があった。

 鷲尾リュウにとって、約束は自分のためにあるものではない。

 契約の延長にあるものでもない。

 彼にとって、約束はいつも他人のためにある。

 約束を守ることは幸福に繋がり、約束を破ることは不幸に繋がる。

 約束を踏み躙ることは、人間が絶対にしてはならないことの一つだと、彼は知っている。

 

 知っているのに。

 

『―――』

 

 友奈との約束だけは、死んでも踏み躙りたくないと、思っていたはずだったのに。

 

『―――』

 

 "大切なものに順序をつけろ"と、心のどこかが囁いて。

 

 その公園ごと、友奈との約束を、踏み躙って、踏み潰した。

 

「―――あ」

 

 転ばずに済んだシグマゼットンの目の前で、友奈の動きが止まる。

 友奈の視線の先には、今しがた踏み潰された公園の残骸。

 友奈も気付いたということだろう。

 千載一遇のチャンスであった。

 

 呆然として動きを止めた友奈に、シグマゼットンが右手を向ける。

 これで攻撃を当てれば、とりあえず動きを止められるかもしれない。

 友奈は公園の残骸しか見ていなくて、もう怪獣も見ていない。

 それはもしかしたら、世界を守るということや、憎むべき敵よりも、彼女にとっては鷲尾リュウという人間と交わした約束の方が、ずっと大きいということなのかもしれない。

 かもしれないが、リュウは気付けない。

 

 戦いに集中していたからではない。

 公園の残骸を見ている友奈が、少し泣きそうになっていたからだ。

 

(……泣きそうな、顔してる)

 

 泣いている友奈を見ると、"どうにかして泣き止ませないと"とリュウは思ってしまう。

 泣きそうな友奈の顔を見ると、"どうにかして笑わせないと"とリュウは思ってしまう。

 それは体に染み付いた反射。

 彼の心が定めた在り方。

 泣かせたくない人が居るから、いつも笑顔で居てほしいと思っているから、その『光の心』が彼から失われることはなく、ゆえに闇が染め上げた心の中で、爆発的な反発が起こる。

 心の光と闇が予想外の光景に綱引きを始め、リュウは闇を振り切って、友奈をどう泣き止ませれば良いのかを考え始めてしまう。

 

 かくしてリュウは、千載一遇の好機であった数秒を無駄に使い切ってしまった。

 

 赤嶺友奈が、叫ぶ。

 

「―――あああああぁああぁあぁああああッ!!!!」

 

 公園を狙って踏み潰したことは、シグマゼットンの視線の動きで、友奈にも理解できていた。

 できてしまっていた。

 

 友奈の怒りに呼応するように、とてつもない勢いで引き出された神樹の力を、友奈は一瞬で右拳に収束し、アームパーツが太陽を超えて赤く輝く。

 少女は叫び。

 構え。

 踏み込み。

 瞬間移動で距離を詰め。

 全力の全力で、怪物の胴を殴った。

 

『―――あ』

 

 直撃、爆発。

 

 小惑星くらいであれば、一瞬で跡形もなく粉砕される一撃が炸裂し、轟音と爆焔が広がる。

 

 『勇者』に匹敵、否凌駕する一撃は、世界を滅ぼしたバーテックスをも滅殺可能な一撃である。

 

 世界を滅ぼす怪物を滅ぼせる一撃は、すなわち世界を滅ぼしうる一撃である。

 

 戦いを見上げていた大赦の男の心に、拭い切れない恐怖が宿る。

 

 まるで、豆腐を爆弾で吹き飛ばすようだと。赤嶺友奈と怪獣を見て、その者は思った。

 

 

 

 

 

 赤嶺友奈は、思わず舌打ちしていた。

 

「そんな逃げ方が……いや、二度も狙ってやれるようなことじゃないはず……」

 

 Σズイグルは、金属粉の集合体の怪獣である。

 その体を構成する金属粉は攻撃によって容易に失活するため、漫画でよくある「粒子の集合体だからほとんどの攻撃が効かないぞ!」といった耐性は持たない。

 が、攻撃を喰らわなければある程度の応用が可能なのだ。

 シグマゼットンは肉体を構成する金属粉を選り分け、『攻撃を喰らう巨体』と『逃げる本体』に分割し、巨体は爆発四散させれながらも、巨体の爆発に乗って本体は逃げおおせたのである。

 まるで、変わり身の術だ。

 バルタン星人の力をよく使っていた人間でなければ、こうはいかなかっただろう。

 

 だが、二度はできないだろうと友奈は考える。

 タイミングが早ければ友奈の攻撃は本体に行っていただろうし、タイミングが遅ければ分離が間に合わず諸共に友奈の一撃で吹っ飛ぶ。

 巨体が爆発した爆風に乗れなければ逃げ切ることも叶わない。

 本人の能力と運、どちらかが致命的に足りなくても失敗する神業だ。

 素直な感想を言えば、この敵がそこまで瞬間的に発揮される勝負強さを持っているとは思えない……というのが、赤嶺友奈の見解だった。

 それができるなら、戦いはもっと怪獣の優勢で進んでいたはずだから。

 

「……」

 

 友奈は無言で、踏み潰された公園を見つめる、

 

 涙が出そうだな、と思って、涙をこらえる。

 泣くな私らしくもない、と思って、涙をこらえる。

 

「……リュウだって、もうきっと覚えてないよ。そうそう。だから平気平気。うん大丈夫」

 

 覚えてないと、照れて言ったことを悔いる。

 なんであんなこと言っちゃったんだろう、と悔いてももう何も戻らない。

 子供の頃の曖昧で適当な約束だったけれども、もしもその約束が果たされたなら、言いたいことや伝えたいことがたくさんあった。

 

 もう、そうなることはない。

 

 友奈がリュウと再会してから言えることなど、「あの時忘れてたっていうのは嘘だよ」と言うことくらいだ。

 だがそれももう意味はない。

 何故なら公園はもうなくて、あの約束ももう無いからだ。

 覚えてたよ、と話を振ったところで、ただ悲しくなるだけである。

 友奈がこれからもずっと忘れたふりをしておけば、忘れたことにしておけば、最初からそんな約束は無かったのと同じにできる。

 友奈さえ我慢すれば、そうすることができる。

 

 もしもリュウが覚えてたら変に気を使わせちゃうから、と友奈は忘れたふりをする。

 リュウを悲しませてしまうかもしれないなら言わない、と友奈は忘れたふりをする。

 忘れたふりをする。

 リュウと一緒に遊んで、二人で笑った思い出の公園の残骸を見ていると、何もかも忘れることなんてできないと突きつけられて、苦しい。

 親と一緒に笑って、リュウと一緒に笑って、友達と笑った公園はもうどこにも無いのだと突きつけられて、悲しい。

 

 踏み躙られたのは約束で、踏み潰されたのは思い出だった。

 

 もう友奈には、あの怪物を許す理由も、あの怪物に歩み寄る理由も見つけられなかった。

 

「……絶対に許さないから……絶対に逃さないから……必ず、この手で、この拳で」

 

 その言葉には、一人の少女としての気持ちと、鏑矢としての気持ちが混ざり合っていた。

 自分の大切なものを傷付け奪う、憎むべき敵への怒り。

 自分と同じ気持ちを、他の誰にも味わわせたくないという決意。

 倒すべき悪の存在は、人を殺す鏑矢であった友奈の中の、勇者としての資質を開花させていく。

 

 そんな友奈の中に、仲間達は光を見た。

 戦いが終わり、集まった者達の前で、友奈はペコリと頭を下げる。

 

「すみません、倒せませんでした。だから」

 

 まだ、戦いの夜は来る。

 

「皆さん、また明日。……もう、誰も居なくならないでくださいね」

 

 皆の無事を生存を願う少女の"また明日"。

 

 その重みを感じられない者など、ここには一人も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 左の眼球が落ちた。

 

 目の周りの骨が砕けているのか、折れているのか、ヒビが入っているのかも、リュウにはよく分かない。

 友奈の一撃が目の周りに直撃した。

 自分の肉を切り離すような無茶な逃走をした。

 シグマゼットンの爆風に飲み込まれた。

 今日のダメージだけでも枚挙に暇がなく、眼球が落ちて失明した左目は、もう戻ることはないだろうと確信させる。

 

 ダメージと超合体の反動が蓄積しすぎている。

 骨に残るほどのダメージは、本来数ヶ月かけて癒やさなければならない。

 リュウは変身前の自分の肉体に重なったダメージが、変身後の姿ならば大して反映されないことを利用し戦っているが、その戦い方が根本的に無茶なのだ。

 24時間程度しか空けていない変身もこれで三回目。

 無理をする度、リュウの中で何かが尽きていく音がする。

 

「はぁ、ハァ、痛、くっ、ああ、づぅっ……」

 

 目がなくなったところが酷く痛んで、考えることがまとまらない。

 まとまらないまま、必死に捜索が始まっている戦闘領域を離脱する。

 追手はまた、数分と経たずに押し寄せてくるはずだ。

 

「落ち着け。

 目は二つある。

 一個くらいなくなったって問題はねェはずだ。

 もう一個がありゃ十分代わりになる。

 友奈は一人しか居ねェんだ、それに比べりゃ、優先順位は低い……」

 

 手近なところに転がっていた木の棒を拾って、震える足で、真っ直ぐに立てない体で、木の棒を杖代わりにして歩いていく。

 

「……ごめんな」

 

 ここではないどこかへと向けられた謝罪。

 リュウの瞼の下から雫が落ちて、地面に染み込んでいく。

 泣いている……否。

 流れ落ちているのは血だ。

 眼球が落ちた穴より流れ落ちる血が、涙の代わりに流れ落ちて、彼は泣いて謝っている。

 

 血の涙の謝罪。けれど、謝っても、踏み潰したものは戻らない。

 

「友奈ならきっと、覚えてるよな……」

 

 何度も、何度もリュウは謝る。

 ここには居ない友奈に向けて。

 謝りながら逃げ続け、やがて小規模な森林に背中を預けて座り込んだ。

 もう歩いていけるだけの体力もない。

 少し休まなければ逃げることもできなさそうだ。

 

「……ん」

 

 そこに一人、大赦の男が歩いてきた。

 手分けをしてリュウを探索しているのだろうか。

 望外の幸運である。

 リュウは今日まで、単独行動をしている追撃部隊は見たことがなかった。

 おそらくリュウの怪我と消耗を察して、少しばかり油断したのだろう。

 

 リュウは深呼吸し、息を整え、カードをリードした。

 

《 ザラブ星人 》

 

 力の出力も負荷もカードとリングに割り振って、最低限の力でザラブ星人を具現化する。

 ザラブ星人は闇夜に紛れて接近し、通信機を一撃で壊し、腰の銃を取り上げ、驚く大赦の男の首筋に手を添える。

 ザラブ星人の指先から放つ光弾に人間を絶命させる威力があるのは、鷲尾リュウを追っている者達ならば全員が知っていることだった。

 母の足すら容易に貫通したものが、脆い首を貫通できないわけがない。

 

「な、な、な」

 

「余計なことしたら殺す。余計なことしなけりゃァ生きて帰れるかもな」

 

「は、はい……」

 

「質問に答えろ。応えなければ即殺すからなァ」

 

 男の拘束と脅迫はザラブに任せ、木に背中を預け座り込んだまま、リュウは問いかける。

 

「お前、オレ達の事情をどのくらい知ってる?」

 

「あ、粗方は……お前が知ってることはだいたい知ってる」

 

「へェ、じゃあお前、死ぬほどオレ達に死んでほしいヤツから指示受けてンのか?」

 

「い、いや、そうではないと思う……

 そういう指示を出してる人と私の間にもまだ数人居るはずだ、おそらく」

 

「どういうやつだ。オレや友奈に死んでほしいんだろそいつは」

 

「わ、分からない。私が聞いたのは、私の一つ上の階級の人からの噂話だけだ」

 

「噂?」

 

「大赦で、出世するために、自分より上の汚職人間等を、鏑矢達に殺させた奴が居るんだって」

 

「―――」

 

「鏑矢の方は汚職の罪が神樹様の判定に引っかかって死んだらしい。

 怪物が殺したのは普通に死んだとか。

 でも、出世のため殺人なんて流石にやるか? やる奴居るのか……?

 そいつは出世した後、書類を改竄して証拠を消して闇に葬ったらしい。

 だから大赦内部の協力者くらいしかそれ知らないらしくてさ……

 一人や二人じゃないかもとか推測してた。噂話だが。

 だからお前と鏑矢が生きてると、その辺のことがバレるかもしれないって……」

 

「……」

 

「汚職してたとはいえ殺されるほどの罪じゃない。

 バレたら確実にやっべーことになるだろ?

 何の罪も無い奴まで手にかけてたら最悪だ。

 噂話なんだけどさ、それが本当なら、鏑矢とお前のどっちが残ってても……」

 

「なるほどな、よく分かった」

 

 ただ、リュウは思い知る。

 自分が何もかも知っているつもりで、どれだけ何も知らなかったかを。

 あの日、リュウが反逆する理由になった友奈の抹殺指令の裏に、何があったのかを。

 自分がどれだけ子供で、短絡的で、何も知らなかったのかを思い知った。

 

 己が内から湧き上がるものが怒りなのか憎悪なのか、リュウにはもう見分けがつかない。

 鏑矢が悪意の殺人に利用されていたかもしれないという話を、友奈が耳にする前に、闇へと葬らなければならない。

 リュウの目的が、一つ増えた。

 

「その悪党を特定する方法はねェのか?」

 

「無い。多分相当上の方だし……」

 

「じゃあやっぱ全員殺さなきゃならねェのは変わんねえなァ」

 

「お、おい、やめろよ、やめてくれ」

 

 命乞いしようとした大赦の男を掴む力を、ザラブが強くする。

 ひぃ、と情けない声が出て、命乞いの言葉は出てこなかった。

 

「次の問いだ。赤嶺友奈周りで、裏で何か怪しいこと動いてないか?」

 

「え、ええと、さっきの話の続きだが、発覚恐れてるんじゃないかって話があって」

 

「……ああ、そういうことか」

 

「長引けば長引くほど発覚する可能性が出るから、数日以内に片付かなきゃ赤嶺も弥勒も……」

 

「……やっぱ時間は残り少なかったかクソが」

 

 この状況が長く続けば長く続くほど、訝しむ人間、違和感を覚える人間、この事態に発展した経緯を調べようとする人間は増える。

 なら、元凶は急ぐだろう。

 手近な鏑矢から始末して、リュウが消耗から回復しない内に、人海戦術で畳み掛けて銃殺……などなど、成功率の低い作戦を無理して強行してくるかもしれない。

 愚行とは言えないだろう。

 友奈やリュウが生き残ってしまえば。

 長丁場になって秘密がバレれば。

 その人物は、どの道破滅し全てを失うのだから。

 僅かな可能性に賭けて、愚行に見える蛮行に走る可能性は十分にある。

 

「最後に。オレ周りの事情は、どのくらい知られてるんだ」

 

「……まちまちだ。

 何も知らない現場の人間。

 怪物が鷲尾リュウだと知ってる指揮の人間。

 私くらい裏事情を把握してる人間。

 もしかしたら知ってて黙ってる奴もいるかもよ?

 お前達を助けたいとか思ってる奴はそうするだろうしさ。

 ああでも、さっき人事の異動の話を聞いたな。

 なんか規律違反ってことで安芸って奴が降格無期限謹慎って連絡が来てたような」

 

「……そうか」

 

 人にはそれぞれ大事なものがあり、そのためなら捨て身に何かをしていくことができる。

 けれど。

 捨て身で何かを成そうとした人間のほとんどは、何も成せないまま消えていく。

 怪獣の前に生身一つで立ちはだかる勇気を見せても、何も成せないこともある。

 世界の構図は変わらない。

 

 そして"普通の人"から見れば、命も含む自分の何もかもを懸けて何かを成そうとする人間は、ひどく愚かで、不必要なほどに艱難辛苦の道を進んでいるように見える。

 

「なあ、もう、諦めろよ。勝てないだろあんなの」

 

「……あァ?」

 

「お前なんかよりずっと化物だよ。見ただろ最後の一撃」

 

 仕事でリュウを殺そうとしたことと、リュウに同情的であるということは矛盾しない。

 

「世界を滅ぼした化物と戦えてた化物、勇者ってやつと変わんねえよ……」

 

 人類の敗戦、世界の終わりから七十年以上。

 "世界を終わらせた恐ろしい怪物"を伝聞でしか知らない世代が育った。

 "そんな怪物と戦えていた恐ろしい人間"を伝聞でしか知らない世代が育った。

 バーテックスと勇者という、西暦末期の終末戦争で戦った者達に対する、漠然とした恐れと忌避感があって。

 漠然とした気持ちは、赤嶺友奈を見て、確信に変わっていった。

 

 何千年も続いてきた人の世界を瞬く間に破壊した怪物を、一撃で粉砕するほどの力。

 怪獣の恐ろしさが霞むほどの力。

 それを恐れるなという方が無理な話だろう。

 だがその言い草に、リュウは激怒する。

 

「―――クッだらねえことほざいてんじゃねェッ!!!」

 

 諦めろと言われたことに、少し怒って。

 

 大事な幼馴染を化物のように扱われたことに、とても怒った。

 

「この程度でオレが折れるか! 諦めるか! 投げ出すか! 絶対に守るッ!」

 

 諦めや弱気が心に湧いてくるようなことは、まだ何も起きてないと、心が叫ぶ。

 

 ザラブ星人が男の頭を掴んだ。

 強烈な催眠術が脳内に浸透し、男が倒れる。

 二週間は起き上がることのないよう、リュウはザラブに念入りに催眠術を叩き込ませた。

 ここから状況がどう転ぼうが、最低でも全てに決着がつくまでは、鏑矢が悪意の殺人に利用されていたかもしれないなんて話が、友奈の耳に入る可能性を抑えたかったのだろう。

 焼け石に水かもしれないが、きっとやらないよりかはマシだ。

 

 友奈の強さ、蔓延る悪意を前にしても、彼の在り方はブレない。

 

「クソみてェな理屈を押し付けて来る奴に死ねクソ野郎と吐き捨てて何が悪い!」

 

 おそらく今、この地球で唯一人彼だけが、赤嶺友奈の力に立ち向かう『勇気』を持っている。

 

 その勇気はきっと、彼が幼い頃からずっと、友奈から貰ってきた勇気。

 

 大切な人の幸福のために振り絞る勇気だ。

 

「オレを諦めさせることを諦めろ! オレが―――『この理不尽』の死だッ!!」

 

 必ずやこの理不尽を殺すのだと誓う叫びに、熱がこもる。

 

 鷲尾リュウの心は折れない。

 心が生来強い人間だからではなく、強くなれる理由があるから。

 折れることなく、木に寄り掛かるようにして、彼はまた不屈の心で立ち上がった。

 

 

 




 本当は誰が『勇者』なのか
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