「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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第四夜

 全ての元凶とも言うべき人間が居る。

 その人間の協力者が居て、その人間の"強い戦闘力を持つ人間の排斥主張"に賛同する者が居て、大赦上層部の派閥があって、周囲に流される人達が居て、上が決めた方針に逆らわない下が居る。

 そんな大赦の組織図が、現在のこの構図を作っていると言える。

 

 もし仮に、リュウが元凶である人間を知っていて、初日にピンポイントでその人間を殺していたとして、友奈とリュウが戦わないで済んだかどうかは半々といったところだろう。

 事ここに至ってから殺しても、何がどう転がるか予想もしきれない。

 だが、もうリュウにとってそれはどうでもいい。

 

 落とし前をつけさせる。

 でなければ道理が通らない。

 "余計な鏑矢の罪状"を証言するかもしれない者を殺す。

 でなければ鏑矢の人生に余計な重みが乗ってしまう。

 リュウは戦いの消耗を癒やすべき時間を、体を休ませるのに使わず、自分が殺すべき敵を見つけるための情報収集に使った。

 友奈を救うための休息ではなく、憎い敵を殺すための活動に貴重な時間を使っている自分が、どれだけ最初の自分からかけ離れているか、リュウは自覚が持てない。

 一人だから。

 誰も指摘してくれないから。

 彼は、気付けない。

 

 情報を引き出し催眠術で眠らせた男から奪った端末には、一般企業の事務所に偽装した大赦の活動拠点のいくつかが記録されていた。

 おそらくはあの男が利用していた拠点である。

 全ての拠点の位置は特定できず、分割独立(セグメント)式の情報管理体制を導入している大赦の情報を全て手に入れることはできそうになかったが、取っ掛かりには十分だ。

 四国全土で情報操作を行える、四国全土をリアルタイムで管理できる大赦の事務所や情報管理の数は、総数を数えればとんでもないことになるだろう。

 リュウはダークリングの力を使って、各施設の下調べを始める。

 

 現在、12/28 05:30。

 大赦夜勤組の仕事の終わりが見えた頃、朝の始業準備がまだ始まっていない頃。

 

 一つ目の施設はハズレで何もなく、二つ目の施設で運良く、リュウは当たりを当てた。

 具現化・透明化させ、施設で調べ物をさせていたバルタンに透明化を解かせ、バルタンに施設の人間が驚く間も与えず、一人ずつ気絶させていく。

 数ヶ月前、神の力を体に宿した鏑矢の眼に一発で見破られてから、それ以降一回も使っていなかった能力だったが、案外まだ使い道はあるようだった。

 

 宇宙忍者・バルタン星人。

 その力はダークリングから出現させ、偵察諜報活動をさせてこそ真価を発揮する。

 バルタンが見つかってやられてもほぼノーリスクなのに、バルタンが得た情報はサイコウェーブで常時リュウに送信され、よほど酷い撃滅をされなければまたバルタンを使い回せる。

 この多芸さもあって、リュウはバルタンの能力を心底信頼していた。

 

「よし」

 

 リュウの指示で施設内部の人間を全員気絶させ、集めた資料をテーブルの上に積み上げ、バルタン星人は施設に乗り込んだリュウを出迎える。

 

「よくやってくれた、バルタン。ありがとなァ」

 

 バルタンが恭しく頭を下げ、消えた。

 

 ダークリングのカードは、怨念、未練、残滓などをカード化したものである。

 リュウの手持ちのカードから具現化した宇宙人や怪獣はそのほとんどに意志がなく、バルタンもまた思考や感情が感じられないが、時々指示していない動きをするので、リュウは実はちょっとだけこのバルタンの意思の存在を疑っていた。

 

 ただ、バルタンにもし意思があるなら、他に黙っているだけで意思がありそうな宇宙人も居そうで、仮に居たとしてもダークリングが絶対の上下関係を構築している以上、リュウにとってマイナスなことが起こることはないので、あまり考えなくていいことだろう、とは思っていたが。

 

 意思はともかく明確な思考があるとは思えない、というのが現在のリュウの見解である。

 思考があるならガンガン具現化して戦闘判断は任せている。

 それができないから、強敵相手の戦いは、リュウ自身が宇宙人や怪獣に変身して戦わなければならなくなっているのだから。

 

「さて」

 

 リュウは資料をある程度選別し、かばんに詰め込んで離脱する。

 大量の資料を現地で読みふけっていると、時間を使いすぎてしまう。

 気付いたら包囲されていて施設内に注入された睡眠誘導ガスでチェックメイト、ということすらありえるだろう。

 なので一番堅実なのは、資料を持って帰って拠点で読むことだ。

 

 大赦がリュウの襲撃と資料の強奪に気付いた頃には、既にリュウが秘密拠点に帰還してから二時間以上が経過していた。

 対応する暇すら与えない拙速は巧遅に勝る。

 

 リュウはカプセル型の鎮痛剤と注射の鎮痛剤を併用し、注射で即効性の鎮痛、カプセルで遅効性の鎮痛に浸り、なんとか痛みに耐えながら資料を読み進める。

 医薬品の消耗速度が予想以上に激しい。

 どこかで補給が必要になる、とリュウは眉を顰めていた。

 大赦の資料は暗号化されていたり、神事のために古代の言葉で書かれていたものも多かったが、仮にも鷲尾家は名家であり、リュウはそこの三男である。

 こういうものの読み解き方は、ちゃんと頭に入っていた。

 

「……おいおい」

 

 むしろ、読めなかった方が、彼にとっては気楽だっただろうに。

 

「……最悪だ。いや、最悪でも、何も変わらねェ。オレがやることは、何も……」

 

 まだ資料は全部読めてはいない。

 全部読むには今日いっぱい使う必要があるだろう。

 変に時間を使いすぎれば、明日まで食い込むかもしれない。

 にもかかわらず、リュウはこの段階で既に精神的に追い詰められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の八時頃。人が多く街を歩き回っている時間帯。

 

 街を歩く少女が、周囲の異性の視線を集めていた。

 

 少女の名は弥勒蓮華。

 友奈と共に戦ったもう一人の鏑矢。

 透き通るような白い肌、鮮やかさとは無縁の烏の濡羽色の髪、波打つ黒髪が作る後ろ姿すら美人にしか見えない立ち振る舞い、女性らしさに溢れた白い服装。全てが友奈の対極だ。

 友奈は日焼けした健康的な肌、鮮やかな桜色の髪、ただ歩いているだけで元気いっぱいな事が伝わってきて、どこか少年らしさを感じる赤黒の服装などを好む。

 どちらがより異性の目を引くかと言えば、断然弥勒蓮華だろう。

 

 そして、今日の蓮華はいつもよりも異性の目を引いている。

 冬であるため長袖長スカートにコートという露出の少ない格好だが、それでもひと目で分かるスタイルの良さ。

 白コートによく手入れされた綺麗な髪が映えている。

 エメラルド色のアクセサリーは白い服と黒い髪を映えさせ、青緑系の宝石を思わせる綺麗な瞳と色合わせがされていることは明白だ。

 耳元に青い花一輪を差すファッションはブスがやれば悲惨の一言だろうが、えげつないほどに顔が整っている弥勒がやると、"漫画から飛び出してきた美人?"と思わせるほどの力を持つ。

 被っている白い帽子も黒髪に映えるが、高級な帽子によく見られるハイセンスなデザインバランスが眼に優しい。

 総じて、『黒髪のお嬢様』という形容が相応しい少女であった。

 

 友奈が、自分の体の発育に女性的な意識が追いついていない、少年らしさが垣間見える可愛らしい少女であるのなら。

 蓮華は中学生にして、既に可愛さではなく美しさのみが目に入る美人であると言えるだろう。

 弥勒蓮華は美しい。

 

 だからこそ、彼女が松葉杖をついて歩いていることと、その右足に巻かれている分厚いギプスが強く印象に残ってしまう。

 綺麗な宝石に傷が付くと路傍の小石の傷よりもずっと目立つように、蓮華が綺麗な女性として人の目を集めれば集めるほど、その傷が痛ましく見えるのである。

 だが周囲からの同情の視線とは裏腹に、蓮華は威風堂々と歩き続けていた。

 

 歩道を歩く蓮華が、ゴミを回収している清掃員の前で立ち止まる。

 

「そこのあなた。悪いけど、そこをどいてくださる?」

 

「え? あ、はい」

 

「ありがとう」

 

 にこり、と、花が咲くような微笑みを蓮華が見せ、男は美人の微笑みにちょっと機嫌を良くしながら道を譲った。

 蓮華はそのまま真っ直ぐに進む。

 これほどまでに"美人は得"を体現した女はそうそう居ないだろう。

 

 今の流れは、見方を変えれば『自分が避ければいいのに「どけ」と命令して相手をどかした』のとそこまで変わらない。

 言い方次第、態度次第で、相手は不快になっただろうし、彼女が傲慢で横暴な他人を嫌な気持ちにさせる最低女になっていただろう。

 けれど、そうはならない。

 

 他人に命令してどかすのではなく、丁寧な物腰でお願いしてどいてもらう。

 けれど媚びてはいない。

 美人という暴力で殴ってどかす。

 相手を不快にさせていないが、特に下手に出ているわけでもない。

 であれば、自信満々に礼儀正しく顔の良さで殴っているとしか言えないだろう。

 

 弥勒蓮華は自分の容姿の良さを自覚していて、調子にも乗らず謙遜もせず、当然に・平然と・超然と美人として振る舞い、超絶美人のブルドーザーとして突き進んでいるのである。

 

 真っ直ぐに進んでいることに、特に意味はない。

 弥勒蓮華が他人を下に見ているわけでも、馬鹿にしているわけでもない。

 ただ蓮華は、なんとなく真っ直ぐ進みたいと言っている自分の心に、正しく正直なのだ。

 

 意味もなく真っ直ぐに歩いて行こうとしている弥勒蓮華。

 目的地こそあるが本当に何の意味もない。

 その心の動きに一番近いものを探すなら、きっとおそらく、下校途中に道路脇の白い線の上だけを歩いて家まで帰ろうとする小学生のそれが一番近い。

 

「そこのあなた。悪いけど、そこをどいてくださる?」

 

「え? あ、はい」

 

「ありがとう」

 

 蓮華に微笑みかけられた少年が顔を赤くして、蓮華に道を譲っていく。

 次の人も、次の人も、道を譲る。

 若い男だけでなく、女性も子供も老人も、礼儀正しく美人の暴力を振りかざす彼女に対し、気持ちよく道を譲っていく。

 蓮華が何かしなくても、大怪我している美人ということで、自分から道を空けてくれる良心的な人も多かった。

 蓮華は人がそれなりに居る街中で、一度も曲がることなく、真っ直ぐ進んで行く。

 

「何者も、弥勒の『道』を曲げることはできないわ」

 

 人によっては度肝を抜かれるおかしな理屈で、彼女の中では一本筋の通った当たり前の理屈。

 弥勒蓮華はただ、自分の中の理屈で生きている。

 他人の常識などどうでもいい。

 一般倫理などどうでもいい。

 ただひたすらに自分、自分だ。

 この"確固たる強さの自意識"と、それが生む全く迷いのない在り方は、赤嶺友奈にも鷲尾リュウですら到底敵わないものがあった。

 

 かくして蓮華は、遠くに見えた人間に向けて一直線に歩き、迷いなくその男に歩み寄り、躊躇いなくその男に話しかけた。

 

「ごきげんよう」

 

「え? ああ、ごきげんよう」

 

 深くフードを被っているせいか、顔は見えない。

 見えないはずだが。

 弥勒蓮華は旧知の人間に話しかけるように、気安くその男に話しかける。

 その手には医薬品と食料が大量に入った買い物袋が吊り下げられていた。

 

「必要なものの補充? 大変ね。

 医薬や食物を生み出すような怪獣のカードは持ってなかったの?」

 

「―――」

 

 顔は見えなくとも、男が息を呑んだのが分かった。

 信じられないものを見るような目で、鷲尾リュウが蓮華を見る。

 蓮華ははるか遠くから、街の人々が成す雑踏の中の、顔を隠したリュウを見つけた。

 どうやったのかリュウにはまるで見当がつかない。

 大赦の警戒が薄い地域とはいえ、大赦ですらリュウを見つけられてはいないというのに。

 

「貴方に逃げられれば私は追いつけないでしょうけど、逃げないわよね?」

 

 自信満々に威風堂々に振る舞う蓮華が、綺麗に整った顔で、有無を言わせぬ微笑みを浮かべる。

 

「この足を折った分くらいは、償いとしてこの弥勒と話す義理があるはずよ」

 

 そうかもな、と罪悪感から思った時点で。

 

 リュウは完全に、蓮華のペースに飲み込まれてしまっていた。

 

 

 

 

 

 二人は場所を移した。

 蓮華は街中のカフェかどこかで話すことも想定していたが、リュウが嫌がったのである。

 

「多分、今日この辺は、オレを探してるやつがいるから」

 

「あら。女の子?」

 

「……邪推してねェか?」

 

「いいえ、してないわよ。友奈に恥じない生き方をしているならそれでいいわ」

 

「なんか引っかかる言い方してンな」

 

 "また明日"の約束を交わしてなくても、律儀に果たそうとするかもしれない、いや果たそうとするはずだと、リュウは静の行動を予想していた。

 心配されていた自覚があった。

 何も起きない昼間なら、暇な時間をそういうことに使うくらいの善良さはあったと、静の人格を理解していたから。

 逃げるように、街のその区画を離れた。

 

 リュウは世界という敵から逃げず、友奈の振るう恐ろしい力からも逃げず、死の恐怖にもいかなる困難にも立ち向かい、逃げなかったが。

 "少女の善意"からは逃げた。

 善意と優しさに背を向け逃げるように、彼は蓮華とその場を立ち去った。

 

 蓮華が招いたのは、こじんまりとした別荘だった。

 家の持ち物なのか、はたまた鏑矢の功績から大赦に与えられたものなのかは分からないが、蓮華が使える家であることは間違いないようだ。

 今は誰も居ないらしく、家の中では蓮華とリュウの二人きりである。

 

 好都合だ、とリュウは考える。

 どう考えてもこれからする話は他人に聞かれたらそれだけでアウトだ。

 同時に、何考えてんだこいつ、ともリュウは思う。

 自分の足を折った男、それも怪物を出し怪物に変わる反社会的勢力という危険人物の極みと、家の中で二人きりなど尋常な神経で選べる選択ではない。

 弥勒蓮華の振る舞いに恐れの欠片も見て取れないから、なおさらにおかしく見える。

 

 リュウは過去に彼女の足を折った時、Σズイグルの力で能力を封印した覚えがある。

 戦えないはずだ。

 そのはずだ。

 なのに、何故こんなにもこの少女は、何も恐れていない風で、自信に溢れた振る舞いをしているのだろうか。

 弥勒蓮華を殺す気がない――友奈の友を殺せない――自分の内心が見透かされているようで、リュウはどうにも居心地が悪い。

 

 全身の傷を大きなローブで隠しているリュウだが、屋内でローブを脱ぎ対面で話せば流石に顔の傷……主に痛々しく左目を覆う傷は隠せない。

 

「その傷は友奈が?」

 

「いやただのものもらいだ。その内腫れも引くだろうから気にすンな」

 

「……そう」

 

 澄ました顔で、蓮華はリュウの滑らかな回答を真に受けず聞き流す。

 事前に"こう問われたらこう返そう"と決めていた虚偽の解答は、よく練習した嘘は、その人の口からなめらかに滑り出るものだ。

 問われた内容を聞き、考え、答えた人間の言葉よりも、僅かに早く滑り出てしまう。

 完璧な誤魔化しの回答は、かえって真実を浮き彫りにする。

 これもまた、『口が滑った』と言うのだろう。

 

「ちょッと聞いて良いか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

「どうして分かった。どうして見つけられた。オレはそんなに目立ッてたか?」

 

「いえ、全然」

 

「なら……」

 

「弥勒は美人でしょう?」

 

「あ、はい」

 

 一人称弥勒で迷いなく堂々と言い切る蓮華に、リュウは思わず素が出た。

 

「弥勒の視力はそこまで化物じみて高くないわ。

 でも、着飾ったり露出を増やせば、異性は皆こちらを見るの。

 同性でも多くが弥勒を見て視線を留めるわ。

 なのに、その中で一人だけ、弥勒をちゃんと見たのに、すぐ顔を逸らした人が居た」

 

「……!」

 

「それが貴方よ。

 弥勒を知っていて、弥勒のことを知っていることがバレたくない、そんな人間」

 

 蓮華は、自分を見てすぐに目を逸らしたり顔を逸らしたりした人間だけは見逃さないよう、街の全体を見渡していたわけだ。

 蓮華自身が、歩いているだけでリュウに反応を起こさせるリュウ発見器。

 

「……まいったなァ、こりゃ完璧にオレの負けだ」

 

「ええ、弥勒は常勝稀敗よ」

 

「常勝無敗じゃねェのに常勝無敗みたいな肩書き名乗りたがる人初めて見たわ」

 

 蓮華はリュウを応接間のソファーに導き、紅茶を淹れる。

 

「どうぞ。おそらく貴方の人生で一、二を争うほど美味しい紅茶よ」

 

「客人のもてなしに一切の謙遜が無い人間って今この世に何人居るんだろうな……」

 

「56億7千万の強みがあるのよ」

 

「名前ネタの味付けが強すぎる……あっマジで美味い」

 

「でしょう?」

 

 ふふふ、と蓮華が微笑む。

 

 弥勒菩薩は未来仏とも呼ばれる仏であり、ブッダの入滅から56億7千万年後の未来に世界に現れ衆生を救済するという仏である。

 その時が来れば、人を救うという神性である。

 世界が滅びてからまだ七十数年、ブッダの入滅から三千年も経ってはいない。

 弥勒菩薩の生きる世界においては一日が、地上の400年に相当するという。

 西暦末期、バーテックスが食い殺した人間達が天上の菩薩に助けを求め、助けられず世界が滅びてから、まだ七十数年しか経っていない。まだ三百年も経っていない。

 一日も経っていないなら、仏もまだ気付いていないのかもしれない。

 

「では次はこちらから質問してもいいかしら」

 

「あァ」

 

「メフィラスも他の怪物も、貴方一人が演じてたってことで良いのよね」

 

「―――ああ」

 

「数ヶ月前まで……いえ、貴方にやられるまで。

 弥勒はメフィラスは味方だと思っていたわ。

 他には、こっちを敵として見てる宇宙人が居ると認識してたくらい。

 実際弥勒達がそう思うように、貴方は怪物の姿ごとに演じ分けていたのでしょう?」

 

「……」

 

「友奈には何も言わないわ。弥勒の名にかけて誓いましょう」

 

「……あァ。

 メフィラスは鏑矢の味方演じさせて……

 バルタンやゼットンは鏑矢とも敵対する怪物のふりをさせて……

 鏑矢攻撃するふりして人間殺させて。

 程良いバランスで治安維持に活かせる都市伝説になるよう、マッチポンプで負けさせてた」

 

「殺人の肩代わりと、それを気付かせないためかしら。

 戦闘に巻き込んだという体なら気付きにくいものね。

 それと民心の安定のためのマッチポンプ……

 怪物が同一人物だと気付く理由がどこにもないから、誘導は容易ね」

 

「その通りだ」

 

 悪質宇宙人・メフィラス星人。

 バルタン星人、ザラブ星人に続く、リュウの手持ちの宇宙人カード最後の三枚目。

 一族総じて、"仲間のふりをして人間に挑戦する"宇宙人である。

 リュウは鏑矢が敵だと認識する怪物の姿と、鏑矢が仲間だと認識するように手助けする姿を使い分け、巧みに『流れ』を制御し続けたのである。

 友奈がゼットン→バルタンのチェンジを見るまで気付いていなかったように、鏑矢も巫女もそれが同一人物であると全く気付いていなかった。

 

 敵想定の怪人がテロリストを殺せば、鏑矢の罪を背負ってくれた、などとは思わない。

 宇宙人が鏑矢に戦いを挑んで足止めし、その間にリュウが殺してしまう形を取れば、集団自殺志願者の子供を鏑矢が殺すことはない。

 味方想定のメフィラスが道を誘導すれば、鏑矢が敵の罠にかかることはない。

 メフィラスは味方の振る舞いをさせていたため、緊急時に無防備な鏑矢を襲う銃弾をメフィラスが弾いても、違和感を抱かれることはない。

 

 密かに、敵味方にそれぞれ動かせる駒を置き、コントロールする。

 これならば稀代の謀略家になれない凡人でも、状況を常に掌握できる。

 鏑矢の無事を確保し、罪悪感を減らし、大赦の指示を確実に完遂できるというわけだ。

 メフィラスの姿で、鷲尾リュウは友奈達の信頼をある程度は勝ち取っていたのである。

 

「でもメフィラスの姿で話すことも筆談することも無いのはどうかと思ったわ。

 あれのせいで私達は随分意思疎通に苦労したもの。貴方もそうだったでしょう?」

 

「仕方ねェだろ話しても筆談しても友奈は絶対気付くンだよ……」

 

「ああ、なるほど。幼馴染は大変ね」

 

 絆の深さは理解の深さで、それがマイナスに働く時もあるのだろう。

 

 蓮華は心中で少し、いやそれなり以上にリュウに親しみを覚えていた。

 罪悪感を利用するだけで、とても簡単に言葉を引き出すことができてしまう。

 弥勒の足のギプスを見て、時折何かの感情を噛み潰しているのが可愛らしく感じてしまう。

 隠し事や嘘を織り交ぜず、言わなくて良いことまで言ってしまっているのは、リュウが精神的に弱っているから、そして弥勒蓮華の足を折った負い目があるからだろう。

 

 とことん擦り切れても善良さが失われないタイプの人間だと、弥勒は思う。

 心の芯に善性があって、その上に悪性の何かが積み上がってしまった人間。

 それが、弥勒蓮華から鷲尾リュウへの現段階での評価だった。

 

「私の足を折って変身を封印したのは、私を戦場から追い出したかったから?」

 

 弥勒蓮華は思い出す。

 

 蓮華はあの日、リュウがメフィラスからゼットンに変身するところを見てしまった。

 姿を使い分けていることは鏑矢にも秘密で、マッチポンプを行えという大赦の指示を達成するために、絶対に秘密にしなければならないことである。

 お役目を完璧に達成するには、リュウはその時蓮華を殺しておかなればならなかった。

 鏑矢は片方残っていれば良かったから。

 でも、できなかった。

 しばらく後に静を殺せなかった日が来るまで、蓮華を殺せなかった理由を自覚することすらできなかった。

 

 リュウはΣズイグルに変わり捕縛光弾を打ち込み、ゼットンで足を折って蓮華を病院送りにし、足を折った瞬間を友奈に目撃されてしまい、絶対に許さないと怒りを抱かれる。

 蓮華は病院でΣズイグルに打ち込まれた光弾の正体が判明するまで力の行使を禁止とされ、判明した今となっては半永久的に力の行使を禁止されている。

 Σズイグルの十字架棺は、現代の人類の科学力では壊せない。

 友奈のように瞬間移動ができなければ力を使えても出られないかもしれない。

 

 友奈は親友の足を折った怪物に対し怒り。

 蓮華は自分を確実に殺せたはずの怪物が、優しく自分の足を折って終わらせたこと、捕縛光弾の打ち込みで済ませたことを訝しみ、真実に辿り着き。

 静は蓮華の反応から何かを怪しんでいるが、真実には辿り着いていない。

 そしてリュウは、傷付けたことに罪悪感を覚えていて、全て隠そうとしている。

 四者四様に、それぞれの認識と考えがあった。

 

「足が折れてて力も使えなきゃ戦士失格だ。

 ならよォ、鏑矢全部戦闘不能にしちまえばいいだろ?

 そうなりゃ最終的にオレに殺人のお役目は全部回ってくる……そう思ッた」

 

「でも、友奈の足を折る勇気はなかった」

 

「……」

 

「体に傷一つなければ、大赦は戦力外にしないものね。

 力が使えても足が折れている弥勒と、力を使えれば戦える友奈では雲泥の差だわ」

 

「……」

 

「弥勒は戦うと決めた女よ。

 嬉しいとは言わないわ。

 でもその気持ちは気遣いだから、感謝を述べておくわね。

 友奈に大怪我をさせていたら……弥勒も貴方も、貴方を許さなかったかもしれないけど」

 

「だろォな」

 

 感謝されると思っていなくてむず痒くなったのか、照れた様子のリュウを見て、蓮華は微笑む。

 鷲尾リュウは、蓮華があまり見たことのないタイプの人間だった。

 人を容赦なく殺せる冷徹さ。

 無自覚だろうが、鏑矢を大怪我させ離脱させる時にも、相手を気遣ってしまう甘さ。

 赤嶺友奈には傷一つ付けられない絶対の在り方。

 情に流されやすそうな少年で、蓮華はこういう人間が嫌いではない。

 

「弥勒達の敵として振る舞う時より、味方として振る舞う時に力が入っていた理由は何かしら」

 

「なんとなくだな。その方が仕事しやすいと思ったからだ」

 

「嘘ね」

 

「嘘じゃねェ」

 

「貴方は口だけは素直じゃないようね」

 

「え、口だけって何?」

 

「けれど心の声は、心に従う体の行動に出るものよ」

 

 蓮華は綺麗な黒髪をかき上げて、宝石のような瞳で真っ直ぐにリュウを見る。

 

「友奈の敵になるのではなく、友奈と一緒に戦いたかったんでしょう? 貴方は」

 

「―――」

 

「それは貴方の未練。貴方の願い。貴方が捨ててはならない弱さよ」

 

 メフィラス星人の姿で、鏑矢の味方として振る舞っていたこと。

 そうと気付かせず、守りたいものの一番近くにメフィラスという護衛を置いていたこと。

 何の言葉も発さないまま、鏑矢にも巫女にも信じられていたこと。

 少女たちを守っていたこと。

 何もかもが、繋がっている。

 ひと繋がりの意思の上にある行動なのだ。

 

「本当は大切な人の味方になって、人間の敵から人間を守りたかったんでしょう?」

 

「お前の思い込みだ」

 

「そう。ならきっと正解ね」

 

「お前の思い込みだって言われてそんな返答返す奴他に居ねェぞ」

 

 蓮華は判断材料も少ないままに、リュウの性質と内心を迷いなく断言する。

 

 それが寸分違わず正解を言い当てているのが、とんでもなく恐ろしかった。

 

「だがもォ色んな工作に意味はなくなっちまったんだよなァ。

 あんたにバレた以上、メフィラス関連の情報もとっくに全部漏れて……」

 

「言ってないわ」

 

「は?」

 

「誰にも言ってない、と言っているのよ。

 メフィラスが敵だと友奈もシズさんも思ってないんじゃないかしら」

 

「え、な、なんで?」

 

「さあ。色々理由はあるけれど、一番大きな理由は勘よ」

 

「勘」

 

「弥勒の勘はよく当たるわ。

 貴方が悪者には見えなかったなら、つまりはそういうことなのよ」

 

「お前の足折ったのはオレだぞ」

 

「弥勒も昨日差し入れのポッキーを折ったわ」

 

「それが何!?」

 

「それはさておき」

 

 リュウにとって不利になる情報の全てを、弥勒蓮華は黙秘してきた。

 それは彼女が、リュウの敵にならない可能性を意味している。

 彼女は見極めんとしているのだ。

 鷲尾リュウを。

 それが倒さんとしている大赦を。

 彼女は人生の全てを自分の中のルール基準で決めているから、迷いがない。

 そして頓着がない。

 

 リュウが傷一つ付けていない友奈が揺るぎなくリュウの敵で、傷付けた蓮華がそうではないという奇妙な巡り合わせと関係性。

 この二人の間にだけある傷と痛みが、リュウと蓮華を繋げている。

 友奈を、世界を敵に回す加害者にだけはしないと誓っていても、リュウが傷付くことをある程度許容できる弥勒蓮華ならば、味方に引き込む罪悪感は少ないかもしれない。

 

「事情、全て語ってくれるわよね? 貴方は私に借りがあるはずよ」

 

「……。始まりは―――」

 

 リュウはぽつぽつと、事情を話し出す。

 

 全て一人で抱え込み、第三者の誰も自分の味方に引き込まず、最後まで一人で戦い全ての罪を単身背負い、悪役を誰にもやらせないまま、友奈だけは救うことを決めた。

 それは最悪の悪行であり、彼の中の(ゆうな)を守らんとする心から生まれた他人本位の意思。

 

 素晴らしい献身精神ではなく、同情してほしいがために自分が被害者であるかのように話し、相手が悪いように話し、自分を正当化するように話す。

 それは弱い人間の悪の面が露出した時によく見られる、ダークリングに導かれ望んで手に入れた闇の心から生まれた、自分本位の意思。

 

 二つがぶつかり、相殺し合い。

 釣り合ってちょうどいい感じ塩梅に、普通に事情を話せていたのが、なんとも皮肉だった。

 

 

 

 

 

 事情説明が終わる。

 

 なるほど、と蓮華は頷いた。

 

 笑い飛ばすこともなく、軽く扱うこともなく、蓮華が深刻そうな表情で受け止めているこの状況が、如実に事態の深刻さを証明していた。

 

「分かっているの? 鷲尾リュウ」

 

「何がだ」

 

「貴方、幸せになれないわよ」

 

「何聞いてたんだ?

 幸せになるためにやってんじゃねェんだよ。

 そんなもンが欲しかったら大赦の犬やめねェッつうの」

 

「友奈が悲しむわ」

 

「悲しまねェな。どういう結末になってもそうならねェよう、仕込みはした」

 

「人は、大切な人が幸せじゃなくなると、幸せをなくしてしまうのよ」

 

「無いな。どう転がろうと、あいつが生き残り幸せになれるようにしてみせらァ」

 

「……まったく、難儀な生き方をしていることだこと」

 

 リュウは一人だった。

 だから誰も言ってくれなかった。

 このままだと誰が勝っても幸せになれない、と。

 弥勒蓮華は迷いなくその部分へと踏み込んでいく。

 

 だからこそ初めて、リュウのこの反発を引き出せたと言える。

 友奈だけは死なせない、友奈だけは幸せになれるようにする、と。

 この"だけ"が問題だった。

 こここそが、蓮華の親友・赤嶺友奈を不幸にする根本的問題であると蓮華は考える。

 

「文句言うなら代案出せ。オレはな、これしかねェからこうしてンだよ」

 

 吐き捨てるように言うリュウに対し、蓮華は花のように――けれど、どこか猛獣のように――華やかに微笑む。

 

「一つ提案があるわ」

 

「言ってみろ」

 

「この私の体に入ってる拘束封印の力、これを解除してくれないかしら」

 

 リュウは眉間にシワを寄せる。

 Σズイグルの拘束能力は強力だ。

 一度当てればずっと継続されるし、力を使おうとすれば即無力化できる。

 であるからして、一度当てたらもう解除してやる理由がない。

 

「オレに何の得もねェのにするわけねェだろ。何する気だ?」

 

「あなたも大赦も弥勒が倒して弥勒が全てをいただく。これでどうかしら」

 

「は?」

 

「明日から赤嶺友奈と鷲尾リュウの幸福を願う弥勒が四国の支配者よ」

 

「は?」

 

「友人の幸福と万民の幸福を両立できる素敵な案だと思わない? 弥勒が勝つのよ」

 

「お前覇王の生まれ変わりか何か?」

 

 驚愕のあまり思考が止まる。

 

 弥勒蓮華の思考を理解した気になっていた一瞬前のリュウの思考を、弥勒蓮華はすまし顔の立ち幅跳びで軽々と超えてきた。

 

 

 




 弥勒蓮華はここからが強い

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