―― 全長十五センチの人形は立ち上がり、Dボゥイを見上げながらこう言った。
「はじめまして、マスター。これからよろしくお願いします」――

そういうSSです。


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宇宙の騎士テッカマンブレード ARMED PARTNER

 第三次世界大戦も無く宇宙人の襲来も無かった平和な時代に、西暦二三○○年……連合地球暦一九二年の地球を想像できるものはおそらくいなかっただろう。

 緑で生い茂っていたかつての地球の姿はそこには無く、ORSからのレーザー攻撃やラダム獣の襲撃によって抉られた大地と崩壊した都市、そして奇妙な色彩と形状をした、ラダムにより生み出された植物、ラダム樹の瘴気が作り出す地獄のような情景。まさに人類が滅亡への道を歩んでいると言っても過言ではないだろう。

 だが、人々はまだ生きる望みを捨ててはいなかった。

 荒廃した大地が広がるアメリカ・テキサス州。閑散とした峡谷に在る外宇宙開発機構。その内部に設立された特別チーム、スペースナイツ。彼らこそが連合防衛軍とは別にラダムと戦い、抵抗する存在であり、人類の数少ない希望であった。

 

 青年、Dボゥイが外宇宙開発機構の面々の前に現れてから既に二ヶ月ほどが経っていた。その間、スペースナイツは正式に編成され、『Dボゥイの活躍』も噂として広まっていた。

「よう、調子はどうだいヒーローさん」

 その噂に引かれてやってきたとも言える従軍カメラマン、バルザック・アシモフがDボゥイの姿を見かけ、声をかけた。

「……さあな」

 気安いバルザックの態度とは対照的にDボゥイは素っ気無く返事を返す。

 Dボゥイ自身の性格もあるのだが、軍関係の胡散臭い人間という事が態度を硬化させていた。

 『軍人にも色々な奴が居る』と、つい先日、身を持って知ったばかりではあったが、それでもバルザックの持つ妙な雰囲気をDボゥイはあまり良くは思えなかった。

「相変わらずだねぇ、その仏頂面」

 顔の輪郭も隠れる程の髭面であるバルザックがDボゥイの表情を批評する。

「俺に構うより他の奴らの所に行ったらどうなんだ」

 そんなバルザックを厄介払いをするように、Dボゥイは言った。

「これでも仕事なんだ、俺もオカマの人形遊びを取材するほど暇じゃないの」

「人形?」

 どうやらバルザックは格納庫辺りにでも行ってきた後のようだ。しかし、人形と言う単語の意味はDボゥイには理解できなかった。もし、ペガスの事を指しているにしても、三メートル近いサイズを人形と言うにはあまりにも大きすぎるからだ。

「そ、さっき格納庫を見てきたらあのミスターレビンに邪魔だって追い出されたんでね。それに、コンピューターと一緒にちまちまやってる姿じゃ写真を撮っても絵にもならないだろ?」

 意見の同意を求めるバルザック。だが、元よりDボゥイはそれに答える気はなかった。

「ま、気が向いたらまた頼むぜ、Dボゥイ」

 何を言っても変わらぬ態度のDボゥイを見て諦めたのか、バルザックはそう言い捨てて何処へと無く去って行った。スペースナイツに取材として居座っている以上は、またどこかで会う羽目になるのだが、一先ずの別れとなった。

「人形……」

 Dボゥイはバルザックの言葉が妙に気にかかっていた。コンピュータがどうこうと言っていたからには、やはりペガスの事なのだろうか。それなら既に何度も写真ぐらいは撮っているだろうし、わざわざ人形などと比喩する必要もないだろう。謎は深まるばかりだ。

 事を知る為に、Dボゥイはレビンが居ると思われる格納庫へと向かった。

 

 格納庫にはコンピュータに向かって作業をするエンジニアのレビンの姿があった。隅の方には、Dボゥイと共に戦う仲間である機動兵ペガスも居たが、今のレビンには眼中には眼中には無いようで、ペガス自身もメンテナンスの為か、大人しく突っ立ったままだ。

 二.七メートルもあるペガスの姿は、まさに機動兵の名に相応しく、いかにもなロボットの形をしていた。一応は人型ではあるものの、元々は作業用モジュールだったものを改造した為と、ラダムとDボゥイをサポートするべく作られたが故に全体的に無骨であり、その姿を人形と評するには流石に無理があった。それこそロボットと言うのがお似合いだろう。

(レビンの奴、一体何をやっているんだ……)

 格納庫までやってきたDボゥイだが、確かにバルザックの言うようにレビンはそこに居た。

 唸ったりブツブツと何かを言っているレビンの姿はDボゥイから見た限りでは、とても奇妙であった。あれでは確かにバルザックに声をかけられれば邪魔だと追い出すかもしれない。

「うーん……なんでできないのかしら……」

 頬杖をつき、悩ましげに首を傾げるレビン。その口調や仕草は女らしさが感じられるが、彼自身の性別は男であり、ニューハーフそのものだ。だからというわけではないが、Dボゥイはレビンに声をかけるのに躊躇う事が多い。だが、これでもレビンはペガスの生みの親であり、メカニックとしての腕前は信頼できるものだ。そんなレビンが熱中している事だ、きっとまた何か考えがあってのことだろう。そう思い、Dボゥイは思い切って声をかけてみることにした。

「おいレビン」

 近くまで行き、レビンに問い掛ける。だが返事は無い。ちらりとレビンの弄るコンピュータのモニタを見ると、どうやらペガス以外のロボットと思わしきデータが表示されていた。

 ヒューマノイド型なのだろうか、どことなくテッカマンに近いように思えた。だが、そんな物を作っていればかなり目立つはずである。格納庫の隅っこにいるペガスですらかなりの威圧感を覚えるというのにだ。

 事実、Dボゥイもバルザックに言われるまでレビンが何かをやっているのを知らなかった程だ。余程の極秘事項なのだろう。それにしては後ろから見られても気がついて無い位には随分とセキュリティには甘いようだ。

「……レビン、何をやっているんだ」

 モニタに視線を合わせながら、Dボゥイは呟くようにもう一度問い掛けた。

「ん? あら、Dボゥイじゃない」

 Dボゥイの声に気がつくと、レビンは振り向き、顔を上げた。しかめっ面をしていたその表情がDボゥイの顔を見た途端、奇妙な色気を感じさせる程に和らいだ。声のトーンも頭を抱えていた前と比べるとどこか高く感じた。

「ちょうどいい所に来たわね。ね、ちょっとこっち来て」

 そう言ってレビンは立ち上がり、Dボゥイの腕を胸に当てるように絡ませた。

「いや俺は……」

「まずコレ見て」

 聞きたい事がある、と言いかけたDボゥイの言葉を遮り、レビンはコンピュータの影に隠れていた物をDボゥイに見せた。

「これは?」

 Dボゥイが見せられたもの、それは全長一五センチ程の小さな人形であった。白いカラーリングのボディに、ブロンドのロングヘアで、いかにもお人形と言わんばかりの見た目をした小さな少女が、その大きさに合わせたベッドの上で目を瞑っていた。

 どうやらこれがバルザックの言っていたレビンの人形遊びの事のようだ。

「ふふん、何だと思う?」

 首を傾げるDボゥイに対し、何故か妙に自身ありげに微笑するレビン。

「人形、にしか見えないが……」

 そんなレビンにDボゥイは思った事を率直に答えた。確かに目の前にある物は人形であるというのは分かる。分かっているからこそ、Dボゥイは人形だと答えた。だが、ボディスーツを着たような小人が今そこで眠っているかのような、妙な生々しさも感じていた。

「そ、正解。これはマルチムーバブルシステム(MMS)って規格で、それもこの種類のは武装神姫って言うの」

 そう言って、レビンはコンピュータに一つのデータを呼び出す。それにはMMS、武装神姫についての概要が書かれており、何も知らないDボゥイにとっても判りやすいデータであった。

「こんなものがあったのか……」

 ざっとデータを閲覧し、Dボゥイは思わず感心の言葉を呟いた。

「自らの意思を持った自立型フィギュアロボット……。まさか、アタシより凄いメカニックがいたなんて思わなかったわよ。でも、二百六十年前の話じゃね」

 どうしようもない、と肩を竦めるレビン。技術力に嫉妬しようにも、既に遠い昔の話ともなれば、歴史上の人物に嫉妬する位には本当にどうしようもない事だろう。

「この間、街に買い出しに行った時、ガレージキットと一緒に並んでたのを買ってきたのがコレなの。妙な箱で何かと思ったらこんなものだったわけ。捨て値でいいからってタダ同然で貰ってきて、いろいろ調べたら神姫って事がわかったの。結構なモノらしいのよねコレ」

 コンピュータにケーブルで接続された小さなベッド、クレイドルの上で眠る神姫の形式は天使型……アーンヴァルMk.2と呼ばれる型だった。西暦二○四○年代に発売されたタイプが後年に再販されたものらしいが、それでも軽く二百年は昔の代物だ。

 しかし、余程保存状態が良かったのか、新品にしか見えないほどピカピカであった。

「こう見えて、ここまでするのに結構苦労したのよ? 中のパーツは殆ど生きてたけど、外の細かい所が経年劣化で酷い事になってたから、複製したり、代用パーツ作ったりで……ほんと大変だったわ」

 どうやらレビンの地道な作業の積み重ねの結果がこの神姫に詰まっているようだ。

 話好きな女性の如くペラペラと喋るレビンの言葉で、Dボゥイは大体の事を理解した。しかし、理解できたからこそ、Dボゥイにはわざわざ神姫を見せられた理由が分からなかった。

「……それで、コレと俺に何の関係があるんだ?」

 またしてもDボゥイは率直にレビンに訊く。相槌代わりに小声で唸りつつ困ったようなポーズをしてからレビンは話を切り出した。

「実は今、この神姫ちゃんを起動する為にマスター登録してたんだけど、アタシじゃ何故か登録できないのよね。そんな所にちょうどDボゥイが来てくれたわけ。ね、お願い、アタシの代わりに登録やってみて」

 両手を合わせて拝むように頼むレビン。しかし、当のDボゥイは少しも乗り気ではない。

「別に動かさなくてもいいんじゃないのか」

「よくないわよ! ここまでやったんだからどうせなら動いている所見てみたいじゃない」

 興味の無いDボゥイの発言と、反論するレビン。その声に費やした時間の影が見えるようだ。

「だったら他の奴に頼めばいいだろう」

「だって、こういうのをおやっさんに頼むのもなんだし、さっきミリーに頼もうとしたらハムスターだか何かの世話で忙しいって言うし。バルザックなんて最初から馬鹿にしてたんだから。……ね、登録だけでいいの。頼むわよ、Dボゥイ」

 再度胸に手を当てるようにDボゥイの腕を絡ませてねだるレビン。

「な……!」

 朴念仁なDボゥイと言えど、女性相手にならともかく、オカマ相手ではあまりいい気分の事ではないだろう。

「ねーぇ、Dぼぅいー」

 甘い声で擦り寄るレビン。だが、あくまで彼は男であり、ただただ気持ち悪いだけだ。

「あ、ああ、わかった……やってやる……」

 仕方なしに承諾の返事をするDボゥイ。こうでも言わなければレビンは腕を解いてくれそうになかったからだ。無理矢理振り解いてもよかったのだが、出会った当初ならともかく、仮にも共に戦っている仲間にそこまでする必要もない。

「ホント? だからDボゥイって好き♪」

「ああ、やってやるから……この腕を離してくれ」

「あ、ごめんなさい」

 ようやくDボゥイを解放するレビン。

「ったく……」

 レビンが離れると、Dボゥイは何かを払うように腕をさすった。特に意味は無いのだが、今さっきまで触られていた感覚を消すような、気分的な問題のことだ。

 こんな事を引き起こした当のレビンはコンピューターのキーを叩いて画面の表示を切り替えていた。

「……じゃ、コンピュータの指示通りにすればうまくいくと思うから、後はよろしく」

 画面を指差してレビンはそう言うと、急にそそくさと何処かへ行こうとしていた。

「おい、どこに行くんだ」

 突然のレビンの態度の変わり様に問い掛けるDボゥイ。

「おトイレ。出る物腫れ物なんとやらってね。じゃあ頼んだわよー」

 そう言い捨て、手を横に振る……いわゆる女走りでレビンは格納庫を出て行った。

「あいつ……」

 Dボゥイが文句を言おうにも、その言うべき相手はいま姿を消した所だった。

(仕方ない……)

 無理矢理とはいえ、約束した事だ。Dボゥイは椅子に座り、コンピュータを操作し始めた。

 基本的な事はレビンが言ったように、ウィザード……指定された順序通りに操作していけば問題は無かった。

 まず登録としてマスターの名前が必要らしかった。本名を入れろと表示されていたが、Dボゥイは本名……相羽タカヤの名を入力するわけにはいかなかった。たとえ、この登録だけだったとしても、既に過去は捨てたのだ。今ここにいるのは相羽タカヤではない。スペースナイツのDボゥイだ。自分で自分にウソをつくのはもう慣れたはずだ。しかし、Dボゥイの中の僅かな良心が咎められるようだった。

「……」

 それでも名前には『Dボゥイ』と入力した。その他の細かい情報はスペースナイツ基地……外宇宙開発機構の情報を入れ、次の手順へと進むべくキーを叩いた。

 コンピュータの画面が切り替わり、新たな入力画面が表示された。

「……神姫の名前?」

 どうやら今眠っている人形に対して名前を付ける必要があるらしかった。

 特にレビンから名前の事は何も言われてなかったが、レビンが見たいのは神姫が動く所のはずだ、どんな名前であっても動けばそれでいいのだろう。それに変な名前であっても後から変えればそれでいいはずだ。Dボゥイはそう思い、とりあえずの名前を考えてみることにした。

(確か、形式名はアーンヴァルだったか……)

 略してARN……アンと一旦入力してみたが、Dボゥイは思いとどまった。

(流石に安直すぎるか……)

 それと、あのレビンがアンアン連呼する姿を想像して、勘弁してくれと言いたくもなった。

 やはりとりあえずでもそれなりの名前が必要だ。

(しかし、名前か……)

 静かに眠る人形の少女の顔を見ていると、Dボゥイは妹の事が思い出された。過去は捨てたとは思っているが、それでも忘れられない事もある。

(ミユキ……)

 Dボゥイは無意識に自分の妹の名前……ミユキを入力していた。

 モニタを見て、その事に気がつくとすぐさま消去した。そして後悔をした。

(妹の名前を入れるなんて俺は何を考えているんだ……)

 頭を抱え、Dボゥイは悩んだ。

 過去を捨てきれない自分の甘さにもだが、名前を考える事の大変さに面倒さすら感じ始めていた。だが約束は約束だ、どうにか付ける名前をひねり出そうと考え込んだ。

 ふと、Dボゥイの頭の中に一つの名前が浮かんだ。

「…………ASUMI。そう、『アスミ』だ」

 思いついた名前を口にし、Dボゥイはキーボードで入力した。

 『相羽アスミ』。いや、『アスミ』。

 適当に思いついた割には悪くない名前だ。

 どうにか名前を付け終え、次の手順へと進んだ。

 後の事はコンピュータ側で実行してくれるらしく、『しばらくお待ちください』の文字がウィンドウで表示され、その後ろでは目まぐるしくデータが表示されては画面が切り替わっていった。やがて、現在の作業状況を通知するプログレスバーが表示された。少しずつ増えていく数字に連動するかのように、クレイドルのランプが点滅していた。

 バーの数字が一○○パーセントに達し、『データ転送完了しました』の文字が表示され。同時に、クレイドルの方から一つの声が聞こえた。

「セットアップ完了……起動します」

 Dボゥイが声のした方を見ると、クレイドルの上で眠っていた人形が目を開き、起き上がろうとしていた所だった。

 全長十五センチの人形は立ち上がり、Dボゥイを見上げながらこう言った。

「はじめまして、マスター。これからよろしくお願いします」

 

 どうやらうまく神姫は起動できたようだ。しかしまさかこんな流暢に喋るとは知らず、Dボゥイは驚きで茫然としていた。

「……マスター?」

 挨拶が聞こえてなかったのかと思い、首をかしげつつアスミは問い掛ける。

「あ、ああ、すまない……」

「……あの、大丈夫ですかマスター?」

 その返事すら上の空なDボゥイを心配するアスミ。

「いや大丈夫だ、気にするな……」

 不安げな声を出すアスミに何事も無いようにDボゥイは答える。

「あ、はい」

「…………」

 目の前の人形……小さな少女との対話はDボゥイにはどこか新鮮であったが、こそばゆく感じている部分もあった。

「たしかアスミ、だったな……」

 不意にDボゥイはアスミの名前を呼んだ。

「はい。私はアスミ、マスター・Dボゥイが付けてくれた名前です」

「いや、その……マスターってのは何とかならないのか」

 少し頬をかき、アスミに頼むDボゥイ。うまく言い表せないが、この呼ばれ方がDボゥイにこそばゆさを感じさせる原因かもしれないからだ。

「マスターがご希望ならどんな呼び方でも構いませんけど、どんな風にお呼びすればいいでしょうか?」

「…………」

 言われて少し考えてみたが、Dボゥイには中々いい呼び方が思いつかなかった。

「……いや、マスターのままで結構だ、お前がそれでいいと思うならそれでいい」

 自分の方で慣れればいいだろうと思い、Dボゥイはそのまま呼ぶように言いつけた。

 そもそもDボゥイという名前も、仲間のノアルが勝手に付けたという渾名だ。本名を名乗るわけにもいかず、それでいて悪くない名前と思ったからこそ、そのまま呼ばせている。要は面倒は嫌いだということだ。わざわざ他の呼び方を頼んでおいて結局そのまま呼ばせているのはDボゥイ自身の性格が面倒ではないのか、という話になるが、Dボゥイ自身がそう思った事である以上はどうにも言えない事だ。

「はい、了解しました」

 マスターであるDボゥイの命令に了解の返答をするアスミ。一旦否定した呼称をそのまま呼ばせられる事も面倒だとは思わず、神姫らしく忠実にマスターの命令を聞き、それに答えた。そして、その命令を己の身体の中の心……コアセットアップチップ(CSC)に覚えさせた。どんな事があろうと決してマスターの事を忘れないように。

「……それで、そっちの調子はいいのか?」

 何となく言葉に困り、アスミに問い掛けるDボゥイ。人形に対し、こういう事を聞くのもどうかと思うのだが、目の前にいるアスミはただの人形ではない、神姫だ。人間と同じように感情を持ち、心を持ち、考えて行動している。だからこそ、身体自体の不具合だけでなく、その時の気分しだいで動きが悪くなることもあればよくなる事もある。故に、Dボゥイ自身は妙な事を聞いたと思っているだろうが、そこまで的外れな問いかけではないだろう。

「あ、はい、私からすれば特に問題ないかと思います。でも……」

「でも?」

「起動したということで、まず最初だけでもシステムチェックを行った方がいいと思います」

「あ、ああ……そうだな」

 アスミに言われるまでDボゥイはその事に頭が回らなかった。

 確かにアスミは人形ではあるのだが、それ以前に小さくともロボットなのだ。感情故の曖昧な自己判断よりも機械的な診断の方が大事だろう。

 Dボゥイはコンピュータからシステムチェックについてのデータを探し出した。関係したドキュメントを見つけ、それを読む限りでは、神姫に命令すれば直接チェックが出来るらしい。

「……よし、システムチェックだ」

 Dボゥイはアスミに命令をする。既にアスミがチェックをするつもりでいる以上は、あくまで確認的な言葉だ。しかし、神姫にとってマスターからの命令は絶対であり、必要な行為だ。

「はい、了解しました」

 その言葉を聞き、返答すると、アスミは命令を実行した。

 システムチェックの開始を告げる言葉を発したアスミは己の身体の動きを確認し始めた。

 マスターにも結果が分かるよう、項目ごとに結果を言葉として発してチェックを続けた。

 バッテリー、各部動作、神姫の身体的な部分の問題は何も無かった。

「……プログラムチェック、各チェック問題なし。現在日時は一九二年五月……えっ?」

 Dボゥイが言葉を聞く限りでは、何事も問題は無いようだったが、突然アスミが驚きの声を上げた。

「……どうした?」

 顔色を変えたアスミに問うDボゥイ。

「えっとあの、マスター……その、一つ聞いてもいいでしょうか?」

 困ったような顔をしながらアスミはDボゥイに尋ねてきた。

「なんだ?」

「その……クレイドル……コレに接続していたパソコンの時計、間違ってませんか?」

 足元のクレイドルを指し、Dボゥイに訊くアスミ。

 妙な事を聞かれたなと思いつつ、Dボゥイは接続していたコンピュータの時刻の設定を見た。

「……別に間違ってないが」

 Dボゥイが見たコンピュータには現在時刻がしっかりと表示されていた。念の為、時刻を補正する操作をしたが、数秒のズレがあったくらいだ。

「変、ですね……。私の内部時計だと時差補正がマイナス一八四八年に……。でも、他は問題ないんですけど……」

 困惑するアスミ。

 Dボゥイが知った限りでも、確か神姫の発売時期は二○○年ほど前のはずだ。その年代差を考えても大幅なズレだ。やはり古さから来る不具合なのだろうか。

 Dボゥイもアスミも互いに理由がわからないままに戸惑いを隠せなかった。

「ふぅ……スッキリした」

 そこにレビンが戻ってきた。実際何かを落としてきた帰りではあるのだろうが、その顔は憑き物が落ちたかのようだった。

「……あ、起動したのねその神姫」

 立ち上がっているアスミを見つけ、レビンはDボゥイに声をかけた。

「レビンか……」

 後ろからの声でDボゥイはレビンが帰ってきた事に気がついた。

「……へぇ、この娘こんな感じなの」

 コンピュータのデータとアスミを見比べるレビン。いざ動いているのを見ると、どこか違う感じに見えるようだ。

「それじゃ後は任せられるなレビン」

 Dボゥイはそう言って、身を翻して格納庫を後にしようとした。仮にも自分をマスターと呼ぶ少女の事が気にならないわけではなかったが、何か不具合があるらしく、その不具合も原因が不明である以上はレビンに一任した方がいいと思ったからだ。

「え? マスターどこへ……」

「ちょ、ちょっとぉ、どこ行くつもりよDボゥイ」

 いきなり背を向けたDボゥイを見て驚くアスミと、引きとめようとするレビン。

「俺は頼まれたから起動してやったまでだ、後は勝手にすればいいだろう」

 二人に向けて、Dボゥイはそう言い放った。レビンなら不具合も何とかできるだろう、という気持ちで言った言葉ではあるが、言葉足らずというか、アスミとレビンにはそんな風に聞こえはしなかった。

「言ったでしょ? 登録はDボゥイに任せるって。ちゃんと名前も付けてあげたんでしょ、登録した時点であなたはもうマスターなのよ? この子の面倒を見る義務があるの」

「いや、しかし……」

「放し飼いのペットとは違うのは見ればわかるでしょDボゥイ?」

「そういわれてもな……」

 レビンの言葉に、Dボゥイは言葉が詰まる。

 聞き様によっては、そのペットの世話を押し付けているようにも思えるが、レビンのいう事はもっともであった。言われるがままだったとはいえ、確かにDボゥイはマスターとして登録し、その名前もDボゥイ自身が考えて付けたものだ。その責任を放棄するな、とレビンは言っているのだ。

「マスター……」

 不安そうに見上げるアスミの視線がDボゥイに突き刺さった。名前を付ける際に、妹の名前を思わず入れた位には、どことなく妹に似た雰囲気があったからこそ余計に気になって、心から離れないのだろう。

「……わかった。それより少し見てやってくれないか、何か問題があるらしい」

 不本意な部分もあったが、Dボゥイはアスミの不具合を解決するべく、レビンにチェックを頼む事にした。餅は餅屋という、やはりメカについてはメカニックに頼むが一番なはずだ。

「問題?」

「あ、はい……。現在日時が何度設定し直してもマイナスになるんです」

 不安な表情を隠せないアスミ。幾度も試した所で何も変わらず、原因が分からないからこそ不安でたまらなかった。これが感情の無いロボットであるなら何事も無く運用できるのだろうが、これも神姫が感情を持っているからこその問題なのかもしれない。

「時間……ねえ?」

 ぼやきながらレビンはコンピュータを弄り、データを確認する。見る限りでは、特に問題は無いように見えた。コンピュータの時間も正しい時刻を表示していて、日付も確かに連合地球暦一九二……。

「……あ、いっけない」

 時刻の設定を見て、レビンは己の見落としに気がついた。

「ごめんなさい、西暦との換算プログラムの設定忘れてたわ」

 レビンは侘びの言葉を告げ、コンピュータを操作して一つのプログラムを起動させた。

「連合地球暦になった今の時代まで公式のサポートはしてないものね、っと……」

 レビンが実行キーを押した瞬間、クレイドルを通じてアスミにデータが転送されていく。神姫のシステムに『連合地球暦』という暦を教える為のデータで、要は修正パッチみたいなものだ。レビンが神姫についての情報を探していた際に見つけて、念の為にと用意しておいたものだったが、役に立ったようだ。

 神姫に学習機能があるとはいえ、その内部の根本的なシステムまでは変わらない。神姫はあくまで西暦の時代に作られた代物だ。まさかその後の時代になって、暦が変わるだなんて誰もが予想しなかった故に起きた問題である。かつて二千年問題と呼ばれた出来事と類似している。しかし、その当時のPCの如く、あまりのデータの差異に誤動作やハングアップが起こらなかっただけ神姫は優秀とも言えるだろう。

 データの転送、インストールが終わり、アスミの中のシステム情報が修正されていく。頭の中のモヤモヤが晴れていくかのように、違和感も無くなり、光が見えたかのようだった。

「……現在日時は二三○○年、連合地球暦一九二年五月……はい、もう問題ありません」

 その言葉と共に、アスミ自身の表情も明るくなった。

「システムチェック完了です。改めてよろしくお願いします、マスター」

 そしてアスミはDボゥイに向かってぺこりと頭をさげた。

「あ、ああ……」

 曖昧に相槌を返すDボゥイ。慣れればいいと思いながらも、やはりマスターと呼ばれる事のこそばゆさを拭いきれなかった。

「……それじゃ、問題が終わった所でアタシの自己紹介もしておこうかしら」

 二人の間に入るように、レビンが話を切り出した。

「アタシはレビン。あなたを見つけて起動出来るまで修理した……って言ってもわかんないわよね。まあ、このDボゥイの思い人ってところかしら。よろしくね」

「……おいレビン」

「はい、よろしくお願いします、レビンさん」

 さらりと勝手なこと言ったレビンに対するDボゥイの突っ込みも空しく、そのままレビンに挨拶を返すアスミ。礼儀正しく、レビンに対しても頭を下げて答えた。

「それで私は……」

「アスミ、だったわね」

 姿勢を戻し、アスミが自己紹介をしようとした所で、先にレビンが名前を答えた。

「あ、はい」

「さっきコンピュータで見ちゃったからなんだけど、ホントいい名前ね」

「はい、ありがとうございます」

 素直に礼を言うアスミの姿は、アーンヴァルの基本的な性格のらしさが感じられた。

「Dボゥイも中々の名前考えるじゃないの」

「……単なる思い付きだ」

「ふぅん、そうかしら」

 それと対照的に、マスターであるDボゥイは捻くれた口調だ。実際に思いつきの名前ではあるのだが、その態度がレビンにはそう聞こえさせなかったようだ。

「まあ、アタシとしては起動してくれただけでも充分なんだけどね。……あ、せっかくだからペガスにも紹介しておこうかしら」

 そう言うと、レビンは格納庫の隅に居たペガスを呼び出した。

「ペガスー」

「……ラーサー!」

 レビンの呼び声と共に、機械による合成音声での相槌が返ってきた。同時に、二.七メートルもある大柄な人型ロボット頭部のカメラアイが発光する。機動兵ペガス作動開始の合図だ。

 格納庫の対面の壁を見ていたペガスは、声のした方に振り向き、一歩一歩音を立てながらレビン達の元へと歩き出した。六.五トンもの鉄の塊が歩く姿は、良く言えば重厚であり、悪く言えば愚鈍であり、実に神姫とは正反対の存在だ。

「ふわ……大きい」

 そんなペガスを見て、アスミは素直に感心した。神姫から見る人間の大きさもかなりのものだが、それ以上に大きなロボットが目の前で動いているという事に、驚きを隠せなかった。

「すごいでしょ。あれがペガス、アタシが作ったロボットよ」

「わぁ……レビンさんって凄いんですね……」

「ふふん」

 鼻を高くするレビン。わざわざペガスを呼んで歩かせたのは、こうしてアスミに見せ付けるという面もあったのだろう。二百六十年前のメカニックに直接対抗できないのなら、その産物に対して己の作り出したものを、とのレビンの思いがあっての事だろうが、大きさも用途も違う物同士である以上比較には難しいものだ。

「はいペガス、そこで止まってー」

「ラーサ」

 レビンの言葉でペガスは歩みを止める。された命令をちゃんと実行する基本的な部分は人間に作られたロボットである以上は、神姫であってもそうでなくてもあまり変わらない。

「改めて紹介するわね。これがペガス、アタシと同じDボゥイの仲間よ」

「ペガス、Dボゥイ ノ ナカマ」

 片言でたどたどしい喋りのペガス。わざとではなく、ペガスはこういう喋り方しかできないのだ。そういう点を神姫と比べると、幾分見劣りしてるように見えてしまうだろう。

「えっと、はじめましてペガス、私はアスミっていいます」

 だが、アスミはそんな事は気にせずに、ぺガスに挨拶をした。ぺこりと頭を下げるアスミの姿に嫌味はない。ただ礼儀を忘れていないだけだ。

「ヨロシク、アスミ」

 挨拶を返すぺガス自身にも引け目を感じさせるような所はない。もっとも、そういう事を思っているのはレビンだけだろう。

「……神姫、か」

 ロボット二人の様子を見ながら、Dボゥイはぼそりと呟いた。多々の思う所を含めた、誰にも聞こえないほどの小さな一言だった。

 

 ぺガスとの自己紹介を終え、レビンの提案によりアスミをスペースナイツのメンバーにも紹介しておこうと言う話になった。Dボゥイはあまり乗り気ではなかったが、アスミ自身は是非とも挨拶をしておきたいと言ったので、その意見を尊重することにした。

 元々スペースナイツでもレビンが何かをやっていた噂は流れていたらしく、集合をかけると、何も言わずにメンバーの皆はゾロゾロと集まってくれた。レビンが夢中になっていたモノはどういうモノなのかを一度くらいは目にしたいのだろう。

「これがそのリップ・ヴァン・ウィンクル・ドールかい?」

 テーブルの上のアスミをまじまじと見つめ、ノアル・ベルースが言った。デンジャラス・ボゥイ……Dボゥイという渾名の名付け親であり、スペースナイツの戦闘リーダーだ。どこか斜に構えた言い回しが彼らしさを感じさせた。

「皆さんはじめまして、アスミと申します」

 スペースナイツメンバー注目の中、アスミは深々と頭を下げる。

「わぁ……ちゃんと喋るんだ」

 横からミレッタ・ルルージュ……通称・ミリーが目を輝かせてアスミを見つめた。スペースナイツの通信オペレータであるが、まだ幼い彼女には人形である神姫が興味深いのだろう。

「ほぉ……」

 先ほどレビンに追い出されたバルザックも、どこか興味深くアスミを覗いていた。

「ふぅん、名前まで付いてんの」

「はい、マスター・Dボゥイに付けてもらった大切な名前です」

 ノアルの言葉に答えて、アスミはDボゥイの方に向かって笑顔を向けた。

「へぇ、やっぱネクラな奴なんだなあ、お前」

 笑顔の向けられた方、Dボゥイの姿を見てノアルはからかうようにニヤついた。Dボゥイがそんな名前を付けたという事実が実際、ノアルには笑えてしかたなかった。

「……馬鹿を言うな、名前の登録も必要というから付けてやったまでだ」

 それに対するDボゥイの不貞腐れた態度は、だから嫌だったんだと言わんばかりの言い回しであった。

「でもなんでDボゥイがマスターなの?」

 如月アキが疑問を投げかける。彼女もスペースナイツのオペレータの一人でもある。己の戦いを続け、どこか男勝りな彼女には、ミリーほど人形自体に興味はないのだろう。

「アタシがDボゥイに頼んだのよ。どうしてもアタシじゃマスター登録できなくてね」

「だったらレビン、あたしに頼んでくれればよかったのに……」

 ちょっと頬を膨らませてむくれるミリー。まだまだ少女の心を忘れられないからこその神姫への羨みなのだろう。

「ミリーはペットの世話が忙しいんでしょ? この間ヤギがいなくなったからってハムスター飼い始めたって言ってたじゃない」

「だってぇ……」

 そんな二人を見て、アキはクスリと笑う。ノアルはやれやれと呆れている。

「……レビン、お前最近こんなのに集中してたのか」

 ふと、本田……通称・おやっさんがレビンに問いかけた。チーフメカニックである本田は、人形にうつつを抜かしていたレビンにあまりいい気分はしなかったのだろう。

「いいじゃないのおやっさん、あくまで趣味よ趣味」

「ふーむ……」

 本田は改まって、ジッとアスミを見つめた。

「……えへ」

 本田の視線に対し、頬を緩ませるアスミ。そのせいか、頑なな本田の表情も少し温和になる。

「……ま、今後仕事をちゃんとしてくれるなら構わんさ」

 笑顔には勝てん、とばかりに視線を逸らして本田は体を翻した。

「ふむ……レビン、他にあの神姫とか言う人形と同じものは無かったのか?」

 どこから現れたのか、唐突に皆の後方からフリーマンの声が聞こえた。ハインリッヒ・フォン・フリーマン、外宇宙開発機構のメンバーであり、スペースナイツの指揮官である事からチーフと呼ばれている。冷静沈着な性格で、その表情から考えを読み取るのは難しい程に物静かな男で、それ故にその行動には驚かされる者も多い。実際、突然姿を現したかのように、チーフはレビンに質問をしてきたのだ。

「わっ、チーフ!」

「わぁっ!」

「ち、チーフ……」

「脅かさないでくださいよ……」

「まったく……」

 それに気がついた面々の反応は以上の通りだ。いきなり声がすれば驚くのも無理はないものだ。アスミも声を上げて驚き、思わずDボゥイの側に擦り寄っていた。

「ん、皆驚かしてすまない。それで、どうなんだレビン」

「えと、残念だけどチーフ、みんな売り切れてたのよ。アタシが知ってる限りで、この辺りで動いている神姫はこの娘一体だけね」

 Dボゥイの元にいたアスミを指差し、レビンはフリーマンに対して答えた。

「ふむ、少々残念だ……」

 口元に手を当て、本当に残念そうに視線を下げるフリーマン。わざわざ神姫について聞いたりする辺り、何か思う所があったようだ。

「……私、一人」

 レビンの言った言葉に、アスミは少し表情を曇らせた。一体という言い回し自体にではなく、本当は神姫は今自分一人しかいないのではないか、という思い故にだ。自分はノアルの言ったリップ・ヴァン・ウィンクル……知った人間が居なくなった浦島太郎と同じなのだろうか。否、そうじゃない。たとえ回りに神姫がいなくても、自分にはマスターがいる。……少し、ぶっきら棒な所があるけど、神姫を思う気持ちは皆無というわけじゃない。そしてマスターには多くの友達……仲間がいる。だから寂しくなんてない。私は幸せだ。アスミはそう信じた。

「……どうした?」

「え?」

 不意にアスミはDボゥイから声をかけられた。

「いや……何か考えているように見えたからな」

「あ、いえ、なんでもありませんマスター」

 Dボゥイに心配をかけぬよう、アスミは答える。だが、考え事をしていたのは事実であり、それを悟るDボゥイはやはり曲りなりにも神姫のマスターなのだ。

「そうか」

「……」

 少し曇っていたアスミの表情は元の明るい表情に戻っていた。自分にはマスターがいる。互いにまだわからない事ばかりだけど、少しずつでも覚えていけばいい、そう思った。

 

 外宇宙開発機構の施設全体に警報が鳴り響いた。

『スペースナイツ要員は直ちに中央ルームへ集合して下さい。繰り返します……』

 続いてオペレータの声が響き渡る。その声に従い、スペースナイツのメンバーは行っていた各作業を中断し、中央ルームへと向かう。Dボゥイも例外ではなく、中央ルームへ向かうべく駆け出していた。

「えっ……あっ……わっ……」

 Dボゥイの肩に居たアスミは必死にDボゥイのユニフォームにしがみ付いていた。突然走り出したDボゥイに何事かと声もかけたが、今のDボゥイにその声すら耳に入らないほど急なことなのだろう、とアスミは理解した。

 幾多のモニタで埋め尽くされた中央ルームは、まさに作戦司令室という言葉がしっくり来る部屋であった。備え付けられた自動ドアが開くごとにスペースナイツのメンバーが一人また一人と集まってきた。最後のDボゥイがやってきて、メンバー全員が揃った事になる。

 皆が揃った所でフリーマンが大型モニタの一つにデータを表示し、状況を説明した。

 フリーマンが言うには、とある地域に突如としてラダム獣の大群が出現したとのことだ。

「ブルーアース、直ちに発進だ」

 フリーマンの号令。

 それに合わせ、了解したメンバーの言葉が返される。

「ラーサ!」

 そして、散り散りになり、各担当の場所へと急ぐメンバー。

 Dボゥイはノアルとアキと共に第三格納庫へと向かった。

 第三格納庫にある大気圏内外両用の宇宙船、ブルーアース号は人類が所有する最後の地上発進型宇宙船だ。ORS建造後に、効率の問題で姿を消していった地上発進の宇宙船は姿を消していったが、ラダムによってORSを占拠された今となっては、人類が宇宙に出る為の唯一の手段と言ってもいい。故に、本来はただの宇宙船なのだが、現在は本体部分であるオービターにはレーザーカノンが搭載され、ラダムとの戦闘に使われている。

 三人は大急ぎでブルーアース号に乗り込み、発進させた。

 本来は超伝導カタパルトを利用して速度を上げて発進するのだが、そのカタパルト本来の機能を使う為の電力が確保出来ない為に、オービターの後ろに多段式のブースターを接続して加速を付けて発進している。

 加速を付け、一段を切り離し、また一段を切り離して、ブルーアースは空高く飛び上がっていった。

 

 最高速度に近いマッハ・二を出し、空を切り裂くようにブルーアース号は飛ぶ。

 テキサス州からラダムが出現した地域へは、かなり離れていた。

 轟音で駆け飛ぶ中、ブルーアース号のコクピットは怖い程に静かであった。

 毎度の事とはいえ、油断は禁物だ。戦いは何が起こるかわからない、だからこそ皆、息を潜め緊張を保っていた。

 そんな静寂を、思いがけない声が打ち消した。

「……あのマスター、どこへ行くんですか?」

 張り詰めた空気に耐えられず、Dボゥイの肩にしがみ付いていたアスミは思い切って声をあげた。

「えっ?」

「あ……」

「な……!」

 アスミの存在に気がつくと、三者三様で唖然となった。Dボゥイもアスミの事を置いてくる事を忘れており、今さっき声を聞くまで何処にいるかを失念していた。

「あ、あのえっと……すみません……。マスターが何も言わなかったもので、その……」

 流石のアスミでも妙な雰囲気を感じ取ったのか、思わず謝った。後半はボソボソと聞こえない程に声が小さくなっていったが、何を言った所で一緒について来てしまったのは事実だ。

「……おい、この緊急時に同伴かよ」

「ノアル」

 毒づくノアルに、それを咎めるアキ。

「チッ……仕方ないとはいえこっちがお守りするのは御免だぜ、ご主人様」

「ああ、わかっている。……アキ、頼む」

 仕方なしにと、肩に居たアスミをDボゥイはアキに手渡した。

「言われなくてもわかってるわ」

「……」

 すまない、と言わんばかりにDボゥイは視線を逸らす。

 そうこうしている間に、ブルーアース号はラダム獣が目視出来る所までやってきていた。

「おいそろそろ出番だぞ」

「ああ」

 ノアルの言葉を受け、Dボゥイはコクピット後部にある扉へと向かう。その途中で振り向き、もう一度だけアキに声をかけた。

「……アキ、くれぐれも頼む」

「ええ大丈夫よ、だからDボゥイもお願い」

「……ああ」

「え? マスターどこに……」

 急な事に困惑するアスミをアキの元へと残し、Dボゥイは扉の向こうへと姿を消した。

 流石にアスミでも理解できない事ばかりが続いていた。今までの会話から察するに、ラダム……あの化け物と戦っているのがマスターであるDボゥイ達なのだろうが、わざわざこの戦闘機……ブルーアース号でやってきたという事は、この機体に積んでいる武器か何かで戦うのだろうが、それならDボゥイが後部の方へいく理由はないはずだ。どう見ても、この機に人手が必要は武器があるようには見えなかったからだ。

「……ペガス! テックセッター!」

「ラーサ!」

 後部の扉の向こうからうっすらとDボゥイとペガスの声が聞こえてきた。ぺガスとはあの格納庫であったぺガスのことなのだろうか。いつの間に一緒に乗っていたのだろう。だが、マスター・Dボゥイがペガスを呼ぶなんて、一体どういうことなのか。もしかして、Dボゥイはペガスに乗って戦うのではないか、と思った。あの時アスミが見た限りでも、ペガスの構造はどこか妙だったからだ。神姫の間接構造とは別に、妙な空洞があるように見え、おそらくそこが人間……Dボゥイが乗り込み、それに乗って戦うのだろう、と想像した。

 しかし、そのアスミの想像は半分正解であり、半分は間違いだった。

 壁の向こうから何かの駆動音が聞こえた。続いて、アキの座るシートの前にあるモニタにうつ伏せの状態でペガスの飛行する姿が映った。

「あ……」

 アスミが驚く間もなく、ペガスの首元の部分が光り輝いた。

 いや、光が中から漏れていると言うべきだろうか。

 眩い光が発せられたと同時に、ペガスの頭部と首元が開き、中から何かが飛び出てきた。

 その何かがうつ伏せのペガスの背中に乗ると、自らも光を発し、一瞬で武器を生成すると、その得物を振り回し、こう叫んだ。

「テッカマンブレードッ!」

 眩い光と共に現れた、白い装甲を身にまとった魔人、テッカマンブレード。これがDボゥイがラダムと戦う為の力で、『Dボゥイの活躍』の理由であり、今の人類にとっての唯一の希望である。

 

 響き渡る声と共に姿を現したペガスにまたがる一つの存在が、ブルーアース号の風防越しにアスミの視界にも入った。

 白を主体としたカラーリングに、雄々しくもスマートな武装をした人間大の神姫。それがアスミの見たモノの印象だった。だがそれは神姫としてはあまりにも異質だった。

 まず、アスミの印象通りに通常の神姫と比べてあまりにも巨大だった。

 俗にメガ神姫と言われる人間大の神姫である可能性もあったが、デザインからしても神姫としてはかけ離れた姿をしていた。

 たとえどれだけカスタマイズされた神姫であろうと、大抵の場合は元になった型の特徴が残っているものだが、アスミにインプットされている神姫関係のデータのいずれにも該当せず、メーカーを表すブランドマークも見当たらない。リペイントなどによって情報が削除されているか、もしくはハンドメイドのオリジナルという可能性もあるが、あまりにも既存データとの差異が多すぎた。それでもアスミが知る限りのデータで表現するなら、騎士型と悪魔型を掛け合わせたようなデザインだった。

 そして一番の謎は、あの『神姫』の声紋がアスミのマスター……Dボゥイと完全に一致していたことだ。

 基本的に神姫は女性型であり、ボイスパーツも女性のそれを用いられている。しかし、あの『神姫』はどちらかと言えば男性的で、その声も聴く限りで男性の声であり、アスミの中にある神姫のボイスパーツのデータにも存在しない。

 Dボゥイが姿を消した直後にペガスの中から現れたDボゥイと同じ声をした謎の巨大神姫、そこから導きだされる答えは一つしかなかった。

「……マスター?」

 そう、アスミにはDボゥイが何らかの方法によって神姫になったとしか考えられなかった。

 だがあまりにも不合理で荒唐無稽な結論だ。人間が神姫になれるわけがない。その逆も然りだ。それはアスミもわかっていた。

 しかし、この不可思議な繋がりは、そう解釈するしか他がなかった。

 目を白黒させているアスミを見てアキはくすりと笑い、アスミの疑問に答えるように言った。

「そうよ、あれがあなたのマスター、Dボゥイのもう一つの姿……テッカマン」

「テッカ……マン……?」

 聞いた単語をオウム返しするアスミ。

 あの『神姫』も叫んでいたデータに無い単語、『テッカマン』。

 先ほどの疑問も解決しないまま、さらに首を傾げる事になった。

「ええ、彼……Dボゥイはテッカマンに変身する能力を持っているの。細かい事は後で話すけど、あれは確かにDボゥイ、あなたのマスターよ」

「あれが、私のマスター……」

 やはりアスミは信じられなかった。アキが嘘をついているようには思えなかったが、とてもじゃないが受け入れがたい事実だった。

 どうやら『テッカマン』は神姫ではないらしいが、何かしらの武装を装着した等ではなく、人間があの姿に変身をするという事がアスミの理解の範囲を超えていた。

 武装を装着した神姫の如く空を舞い、神姫と同等もしくはそれ以上の動きで謎の生物を手持ちの双頭槍で蹴散らす『テッカマン』。

 それは作られた映像やバグ等による幻覚でもなく、確かに現実であった。

「どうだい小さなお嬢さん、奴さんの姿を見て幻滅でもしたかい?」

 からかうようにノアルがアスミに問いかける。

「い、いえ、そんなことはないです。ただ……」

 アスミはただ困惑していた。

 神姫が神姫である以上、よほどの事が無い限りマスターを見限るという事は無い。しかし、あのテッカマンの力を見た瞬間から奇妙な感情が心を支配していた。もしかしたらマスターに対する恐れなのかもしれない。神姫の形式である悪魔型以上に『悪魔』を想像させるデザインから感じるもの、それは恐怖。

 だがそんなことがあるはずはない。神姫がマスターを尊敬をする事はあれど、神姫がマスターを否定する事などあってはならない。ならないはずなのだが、アスミは素直に己のマスター、Dボゥイを肯定できると言えなかった。

 そんなアスミを見て、アキは優しくつぶやいた。

「大丈夫よ」

「……え?」

 アキの声でうつむいていた顔を上げるアスミ。

「少なくとも、Dボゥイは今、私たち人類の為に戦ってくれている、だから決してあなたに牙を剥いたりはしないはずよ」

「アキさん……」

 まるでアスミの心を中を読んだかのようなアキの言葉にアスミは何か救われたような気がした。

「彼が帰ってきたら笑顔で迎えてあげればいいと思うわ。戦いが終わればここに戻ってくる。あなたはマスターを迎えればそれでいいの」

「……はい」

 

 Dボゥイ……テッカマンブレードの力はアスミの想像以上だった。

「ふんッ!」

 分割も可能な双頭槍を投げては、普段は臀部に装着されている盾からワイヤーを射出し、槍に巻きつけては回収。もしくは、そのワイヤー自体を武器に使い、敵をかく乱させる事もあった。その戦いぶりは神姫であるアスミも惚れ惚れする程だった。

「ペガス、いくぞ!」

「ラーサ!」

 ブレードの言葉と共に、ペガスが変形をする。閉じられていた翼を展開し、頭部を収納して、胸部からのパーツを前部に引き伸ばした。手足の先を折りたたむと、一見、鳥か何かのような形状になった。そのペガスにブレードがまたがると、テッカマンに変身した直後とはまた違った印象にアスミは感じた。

「クラッシュ・イントルゥードッ!」

 ブレードが叫んだと同時に、ペガスが飛行速度を上げる。そして、その速度を落とさずに、敵ラダム獣へとぶつかっていく。光を纏いながら超高速で蹴散らす姿は、超常的な存在……魔人と表現するのに相応しく思えた。

 数を減らしながらも、ある程度敵を牽制すると、ブレードは動きを止めた。

 固まって突撃してくるラダム獣を前に、ブレードは足を大きく開き、腕を引いて、構えた。すると、肩部アーマーの赤い装甲が持ち上がり、眼球か何かのような器官が姿を見せた。

 ブレードの肩の部分には光=物質変換機能を持った器官があり、そこで物質を発生させる。それがブレードがテックランサーを生成できる理由である。器官で物質が生成される度に、反物質……フェルミオンも発生し、それが蓄積されているブレードの肩の眼球のような器官から粒子ビームに変換し、今、発射しようとしているのだ。

 ブレードの唸りと共に、その器官に光が集まっていく。

 一撃必殺の砲撃を撃つべく、力を込めていく。

 狙いを定め、仮面の下の目を光らせる。

 そして、ブレードは叫んだ。

「ボルテッカァーッ!」

 緑色の閃光がブレードの肩部から迸った。その輝きは、一瞬だけだが、空の色を緑に染め上げた。

「ふわ……」

 アスミの視界には、ラダム獣の姿は見えず、ただ青い空が広がっていただけだった。空を黒く見せていたラダム獣の大群が一瞬で消え去ってしまった。その事に、もはや唖然とするしかなかった。

「十五分……流石だね奴さん」

 腕時計を見て、称賛らしき言葉を言うノアル。

「もしかして誰かさんが居たから張り切ったのかねえ?」

「え、あ……」

 ちらりとアスミを見て、冗談を言うノアル。

 そんな冗談を真に受けて、アスミは顔を赤くした。

「もうノアル」

「さ、用も済んだ事だし早いうち……ん?」

 ふとノアルの目に何か黒い影が映ったように思えた。気のせいかと思ったが、その影は少しずつ数を増やしているかのようだった。

「どうしたのノアル?」

 アキが訊く。

「いや、今なんか妙なものが……」

 そう言って、ノアルはコクピットのコンソールを操作し、モニタに望遠データを表示する。

「な……!」

「ノアル?」

「ラダムの奴ら……増援を呼びやがった」

「なんですって!?」

 

「……どうしたんだ?」

 ブルーアース号に戻ろうとしていたブレードだったが、当のブルーアース号の動きが妙に思えた。何か問題でも起きたのか、と思った所でペガスが叫んだ。

「Dボゥイ アブナイ!」

「な……うぉぁっ!」

 突然の衝撃。

 何事かとブレードが体勢を立て直すと、視線の先には新たなラダム獣の姿が見えた。

「ぐぅおっ!」

 見えた瞬間、またしてもブレードは衝撃を受けた。

 さっきは後ろからだったが、今度は横からだ。

「ぬぁっ……!」

 真正面からのラダム獣の突撃。

 この程度なら避けられないはずもないのだが、ボルテッカを発射した後である事がブレードにとって悲運であった。

 反物質を発射する反物質ビーム砲、ボルテッカは絶大な威力を持つが、テックセットごとに一回しか撃てず、それを発射するブレードのへのダメージも並大抵の物ではない。そのダメージにより、戦闘力は低下し、少し前まで楽に蹴散らしていたラダム獣相手にも、苦戦してしまう羽目になる。そして、今がその苦戦している時なのだ。

「こいつら……ッ!」

 いつの間に集まったのか、ブレードはラダム獣に囲まれていた。流石にボルテッカで消し去った時ほどの数ではないが、戦う力が落ちているブレードにとっては数で迫られてはどうしようもなかった。

「この……ぐっ……ちぃ!」

 ラダム獣に弄ばれるブレードの姿は、先ほどの無敵の姿と見比べると、落胆もいいところだろう。しかし、どう思われようとブレードが危機に陥っている事には変わらない。

「そこをどけぇッ!」

 レーザーカノンを発射しつつ、ブルーアース号をラダム獣に突撃させるノアル。

 しかし、ラダム獣を怯ませる事は出来ても、ブレードから完全に引き剥がす事は出来ない。

「くっ……どうするアキ!」

「どうするもこうするも……!」

 焦るブルーアース号内の二人。だが、アスミには何故二人が慌てているのかがわからなかった。ブレード……Dボゥイが弱体化したのは、なんとなく理解していたが、ああも焦る必要はないように思えていた。何故ならラダム獣はブレードに攻撃はしているが、どういうわけか直接的な攻撃はしていないように見えたからだ。アレなら耐えれば勝機が見えてくるかと思うのだが、二人の慌てぶりは時間の余裕を許さないようだった。

「あのアキさん……何があるんですか?」

 怪訝に問い掛けるアスミ。

「それは……」

「あと十分以内にDボゥイをテッカマンから戻さないと奴は悪魔になっちまうんだよ!」

 言葉の詰まるアキに代わり、ノアルがアスミに答える。

「悪魔……?」

 アスミはアキの言葉を思い出した。

 Dボゥイは人類の為に戦ってくれている、とは言ったが、『今』という枕詞がついていた。

 その言葉が掛かる理由はここにあったのだ。

 悪魔。その言葉から想像できる事は数多くある。

 しかし、あのテッカマンが『悪魔』と言われる存在になるのなら、あの力を使い、暴れるに違いないだろう。

 ラダム獣がどこか時間を稼いでいるように見えるのも、そういう理由からなのだろう。

「くっ……どうすればいいんだよ……!」

 ラダム獣にブルーアース号の攻撃は蚊が刺した程度ぐらいにしか通じない。

 そして肝心のブレードは今、ラダム獣に取り囲まれている。

 ペガスも同様に囲まれ、その力を発揮する事も難しい。

 まさに絶体絶命だった。

「……マスター」

 己の手を握り締めるアスミ。

 その握りこぶしを胸の前に当て、一つの決心をした。

 マスターを救う為、マスターの仲間を救う為、そして自分の存在意義を確かめる為、アスミは賭けに出ることにした。

 ただマスターの帰りを待っているわけにはいかないのだ。

「ノアルさん! すみません! 私を外に出してください!」

「え、な! いきなり何を言って……」

 突然のアスミの言葉に戸惑うノアル。

「いいからハッチを……格納庫を開けてください! 開けなければ壊してでも外に出ます!」

「な、おい冗談じゃないぞ! 今遊びに付き合ってる暇は……」

「いいから! お願いします!」

 ノアルには冗談か何かにしか聞こえなかったが、アスミは本気で頼んでいた。

「あ、ああ、わかったよ! アキ! ハッチを開けろ!」

「ら、ラーサ!」

 意気込みに押され、アキは言われた通りにハッチのロックを解除した。

 アスミはハッチが開いたのを確認すると、急いで後部ハッチに向かい、外へと飛び降りた。

 高い空の上の強い風がアスミの身体を凧か何かのように浮かす。

 風を身体全体で感じ、空の状態を出来る限り計測すると、アスミは目を瞑った。

 一瞬の輝きと共に、そこに無かったはずの武装がアスミの身体に装着された。

 武装神姫の名立たる所以である武装状態である。

 その原理は二百年以上も前に作られた商品のテクノロジーである為、Dボゥイのテッカマンへの変身の原理以上に不明だ。

 装着した武装と己の身体とシンクロさせるアスミ。

 これで全て自分の身体も同然だ。

 カメラアイとして使われている目を発光させ、アスミは全力で空を駆けた。

 己の為に、そしてマスター……Dボゥイの為に。

「マスタぁあああああああーッ!」

 

「主人が主人ならというか……。ありゃまさにD・ドール、デンジャラス・ドールだね」

 アスミの叫び声を聞き、呆れるようにノアルはぼやいた。

「そういえば……」

 あの時……初めてあった時のDボゥイみたい、とアキは言いかけたが、今はそんな冗談を言っている暇はなかった。

「……さあ、こっちも援護だ、行くぞ!」

「ラーサ!」

 

 武装神姫は人間の補佐の為と戦うために生まれた十五センチのフィギュアロボットである。その大きさで人間の補佐も目的とした神姫には、人間を殺そうと思えば殺せる程のポテンシャルを持っていた。だからこそ、その力には制限が付けられ、神姫同士のバトルもあくまで競技の範囲に収められていた。故にそれに反した者は処罰を与えられ、バトルすらも否定する神姫も多く存在した。

 だが、アスミのマスターであるDボゥイが今、戦っている『ラダム』は、どう見ても人間ではない、ただの化け物だ。

 神姫でも人間でもない相手に制限機能(リミッター)は必要無い。

 アスミは自らの意志でリミッターを外した。

 いや、外せなかったとしても奴らに対してかかるはずはない。

 マスターを危険に追いやる相手にそんなものがかかるわけがないのだ。

 大きさは違えど、同じロボットであるペガスもマスターと共に戦っている。

 戦うマスターの補佐の為に、己が持つ力を最大限に使う時、それが今なのだ。

 たとえこの身体がどうなっても、砕け散ろうとも構わない。

 目の前で自分のマスターが危機に陥っているのを何とかしないわけにはいかない。

 だから今、奴らと戦うのだ。

「見えた……!」

 群がるラダム獣の塊が視界に入った。

 近づけば近づくほどに、その巨大さに恐れを感じる。

 だが、逃げられない。マスターの為に逃げるわけにはいかないのだ。

 ラダム獣は基本的に人間の何倍もの巨体を持っている。奴らには並大抵の銃やビットの攻撃は通じないだろう。たとえリミッターが外れても、それこそ一寸法師が針で鬼に立ち向かうくらい無謀な事だ。

 必要なのは一撃必殺。

 たとえ分の悪い賭けであってもサイズ差を無視出来る痛恨の一撃が必要なのだ。

 そんな中でアスミが選ぶべき武器は一つしかなかった。

 大型レーザーソード。レーザーライフルを腕に固定して剣として使う武器だ。取り回しの点では難のある武器だが、威力は小剣や豆鉄砲よりは上のはずだ。

 右腕にレーザーソードを装着し、アスミは駆けた。

 ただ剣で刺したり斬ったりしたところで、あの化け物には大した傷を負わせられないだろう。

 だから、加速を付けて、その威力を何倍にも、何十倍にも高める必要がある。

 そう、必要なのは斬るのではない、この剣であの巨体を撃ち貫く事だ。

 何よりも速く、何よりも強く、何よりも真っ直ぐに。

 右腕にその思いを乗せ、アスミは駆けた。

 目の前の敵を貫くべく、駆けた。

 ただひたすらに、駆けた。

「てぇああああああああああッ!」

 雄叫びを上げるアスミ。

 ラダム獣に己の身体を打ち込むかのように、真っ直ぐ突き出し、超高速で駆け抜け、貫いた。

 後先の無い、分の悪い賭けであったが、アスミはその賭けに勝ったようだ。

「ピギャアアアアア!」

 突然の激痛に形容しがたい呻き声をあげるラダム獣の一匹。

 その声と共に、まとまっていたラダム獣たちの動きが乱れた。

「!? ふんっ! ……でぇあッ!」

 チャンスとばかりに、ブレードは動きの鈍ったラダム獣を撃破し、突破口を開いた。

「せあっ!」

 ラダム獣と一対一になれば弱ったブレードにも何とか勝ち目はあった。ペガスを囲むラダム獣も何とか排除し、一匹ずつ確実に撃破した。

「残るは……ッ!」

 最後の一匹の弱り切ったラダム獣に対し、ペガスに跨りながらテックランサーを構えた所で、そのラダム獣は呻き声と共に体液を吹き出し、そのまま落ちていった。

「……!?」

 不可思議な現象に、ブレードは目を見開くと、その落ちていったラダム獣の死骸から何か光が見えた。その光はよく見ると、こっちに向かって……飛んでくるかのようだった。

「…………ァ!」

 光から声が聞こえた。ブレードがどこかで聴いたような声だった。

「……マスターッ!」

 確かに聞き覚えのある声……いや、それはアスミの声だった。

「アスミ!?」

 ブレードが声のした方を見ると、それは本当にアスミの姿だった。武装を装着した……というのだろうか、見た目は少し違っていたが、アスミに違いなかった。

「マスター! よかった……助かったんですね……」

 半べそをかきながらアスミは抱きついてきた。

(あの光がアスミだったということは……)

 アスミの右腕で煌く大剣を見ながら、ブレードは訊いた。

「もしかして、俺を助けたのは……」

「はい! マスターの為に飛び出してきました」

「…………」

 アスミの言葉に、かつての自分の姿を重ねてブレードは心の中で笑った。

(これが武装神姫の名前の理由、か……)

 空飛ぶアスミのその姿はまさに、神姫という名前と、天使型という形式に相応しく思えた。

「それにしても私知りませんでした。マスターも神姫……いえ、戦う力を持っていたんですね」

「いや、これは……」

 ブレードはもう少しでラダム獣にやられそうになった自分を恥じる思いと、三十分の時間制限の事から素直に肯定はできなかった。

「でも、一歩間違えばマスターは悪魔になっていたんですよね……」

「……ああ、そうだ」

 今回の場合も、どうにか時間には間に合ったが、時間を過ぎれば他のラダムと同じ、悪魔に変貌してしまう。それがブレードの力であり、諸刃の剣なのだ。

「マスター……お願いがあります」

 急にアスミは畏まり、ブレードに問いかけてきた。

「……なんだ」

「私も……私もマスターと一緒に戦わせてください!」

「ダメだ」

 だが、ブレードはその願いを否定する。

「そんな、何故ですか!」

「ラダムとの戦いは子供の遊びじゃない」

「遊びのつもりはありません! 本気で思っています! お願いしますマスター!」

「…………」

 ブレードとしては戦いに巻き込ませたくないつもりで言ったのだが、アスミの思いはそれ位では揺らがないようだ。事実、アスミの力が無ければブレード……Dボゥイは悪魔に、ラダムに精神を支配され、暴れるがままになっていたのだ。

「一つ間違えば悪魔になるのは、神姫もテッカマンも同じです。神姫はマスターを助ける為に存在しているんです。私のこの力はマスターを助ける為の力も同然です! お願いしますマスター……私を一緒に戦わせてください!」

 アスミの思いは真っ直ぐだった。この歪んだ未来で起動した神姫ではあったが、その思いはマスターの為に、Dボゥイの為にどこまでも真っ直ぐに向かってきた。

「……勝手にしろ」

 どれだけ拒んでも無駄だと思い、Dボゥイは好きにさせるようにした。

 アスミがDボゥイへ対する呼び名と同じように。

 ブレード……Dボゥイの言葉を肯定と受け取り。アスミは笑って答えた。

「はい、マスター!」

 

「やれやれ……何とか間に合ったか……」

 コクピットのモニタに表示された残り時間を見て、ノアルはようやく肩の荷が下りた。

「あの娘がいて助かったわね……」

 風防越しに見える影を見て、アキは呟いた。

「そうだな……」

 ノアルもそれに続いて二つの影を見た。

 

 

 連合地球暦一九二年五月の半ばの午後。

 青い空に二つの影が浮かんでいた。

 鋼鉄の馬に跨る白い騎士の姿と、それに随伴する白い小さな天使の姿が。

 白い騎士の今後の運命は過酷なものであり、避けられる事は無い。

 だが、それでも天使は永遠に騎士と共に歩むだろう。

 それが彼女に科せられた使命であり、運命なのだ。

 その思いが報われずとも、その身が砕け散ろうとも。

 彼らの行く末は星だけが全てを知っている。

 拭えない涙に神の祈りを。

 最後には微笑みを。

 





どこかで見たことあっても何も聞かないでください。

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