そんな噂が、最近広まっている。
とある高校2年生の男の子『浅倉ツカサ』は、幼馴染の少女『小山フミナ』に密かな恋心を抱いていた。が、その噂をきっかけに、ツカサはフミナに好きな人がいる事を知る。
バニラアイスの噂を試し、自分の恋を実らせようとするフミナ。それに対し、ツカサは自分の気持ちにどう向き合うのか……?
さて、これはとある噂の話。恋愛にまつわる噂を巡った、高校生の葛藤の物語。
きっと、この話を読み終わった後にあなたは、バニラアイスを食べたくなるでしょう。そう願って、この話を書きました。少しでも、誰かの心に響いてくれたらいいな。
後、文量長いです。半日で20000字書いてました。えぐすぎる。
それでは、どうぞ。
「ねぇねぇ、ツカサ。あの噂って知ってる?」
突然、俺は目の前の少女から、そんな事を尋ねられた。
場所は教室。そして今日は、2学期最後の日、終業式だ。高校2年の俺――浅倉ツカサは、早くこの面倒な行事を終わらせて、家に帰りたいとばかり願っていた。そもそも、今日学校に来たくもなかった。
だって、冬休みだぜ?夏に比べたら短いが、休みには変わりない。朝早く起きる必要もないし、つまらない教師の話を聞く必要もない。その上遊び放題だし、年末年始は面白いテレビ番組も多いし。
ま、クリスマスもあるけど……あんなのは、リア充御用達のイベントだしな。彼女なんかいない俺には、別に楽しくも何もない話だ。当たり前のようにクリボッチ謳歌してやるよ。
窓際の自分の席に突っ伏して、周りの雑踏に時々注意を向けながら、そんな事を考えていた時だった。俺の顔を覗き込むように、一人の少女が声をかけてきたのは。
「……噂?」
「ほら、あの噂だよ!有名なやつ!最近よく聞くでしょ?」
「聞くも何も、フミナの説明が下手すぎて全然伝わらないんだけど!?」
こいつは小山フミナ。俺の幼馴染で、幼稚園の時からずっと同じ学校に通っている。中学までは自然と一緒だったが、まさか高校まで一緒になるとは思ってなかったんだよな。
誰にでも優しいし、明るくて社交的。スタイルもいいし、今も俺をのぞき込んでいる事で若干見えている谷間が、どうにも俺の心に刺さって仕方ない。
これでも男だ。目の前でそんなの見せられたらドギマギする。たとえそれが幼馴染だったとしても……だ。
やっぱり可愛いし、付き合いも長いし、俺自身こいつの事がちょっと気にはなってる。いつも一緒にいて楽しいし、これからも傍に……なんて、本人に聞かれたら恥ずかしいな。
けど、それは言えない。向こうはただの幼馴染としか思ってないだろうし、付き合いがあるのも、そのせいでしかない。この関係は、恋愛から来てるものじゃないんだ。成り行きから生まれただけに過ぎないんだ。
だから、壊したくはない。俺の身勝手な気持ちで、今辛うじて保っているこの関係までも、崩してしまいたくはない。
俺の気持ちは、こうして心の中にしまっておくのがちょうどいい。
けど……いつかは。
「え~?今みんなその話しかしてないじゃん!女子も男子も、あの噂の事で持ち切りだよ?」
「って言われてもな……。俺、そう言うのに疎いし。フミナならわかるだろ?」
「まぁそうだけどさ……。でも、本当に知らない?あの、クリスマスの噂!」
クリスマスの噂?そんなの初耳だぞ。知ってて当たり前みたいに話しているが、記憶の引き出しに入ってないものは入ってない。
「……全然わかんねぇ」
「ツカサって、本当無頓着だよね~。興味がないって言うか、鈍感?」
「そこまで言わなくてもいいだろ!?フミナだって、よく遅刻したり、忘れ物が多かったりしてるじゃねぇか!俺よりドジだぞ!?」
「うっ、うるさいなぁ!今はそんなの関係ないよ!///」
「い~や、関係なくないね。大体フミナはーー」
「そ、そそ、それよりも噂だよ!鈍~いツカサのために、私が特別に教えてあげるんだから!」
こいつ、話逸らしやがったな!?口ごもってしまう辺り、慌てているのがよくわかる。それをどうにかごまかそうと頑張っているのも、ちょっと可愛いと思ってしまったり。
「ふ~ん。で、その噂って?」
「ツカサは、バニラアイスって知ってる?」
「バカにしてんのかよ」
ここまで来るとわざとだよ。どれだけ低レベルだと思われてるんだ。
「じゃあ続けるね。その噂って言うのは、クリスマスの日にバニラアイスを食べると、恋が成就するって言うものなんだ」
「……は?アイス食うだけで恋愛できるとか、世の中の非リア充がこぞってアイス買いに行くぞ」
「違うって。もちろん、ただ食べるだけじゃダメだよ?アイスを食べる時に、自分の好きな人と向き合っていないといけないの。しかも、相手も同時にアイスを食べていないと、その恋は成就しない」
つまり、クリスマスの日に好きな人と向き合ってバニラアイスを食べないと、その二人は結ばれないって事だ。そんなの、二人分のアイス用意して、相手を呼び出して、一緒にアイス食べてもらう状況を作り出さないと無理だ。
「何それ、無理難題じゃね?」
「さっきと言ってる事違うよね!?」
「いや、だってさ……。向き合うほどの距離で一緒にアイス食うなんて、そんなの偶然でも起こらないだろ。
「ふふん。別に相手の事を直接目視できてなくてもいいんだよ。どれだけ遠く離れてても、自分がアイス食べてた時に、その好きな人がこっち向いてアイス食べてたらいい話なんだって!」
「何か一気に噂っぽくなったけど、それはそれで無理じゃね!?」
好きな人がこっち向いて、バニラアイス食べてると願いながら……俺もバニラアイスを食べる。それで向いてる可能性なんて、限りなく低い気はするが……もしかしたら、って言う一縷の可能性もあるしな。
それで有名になってるってわけか。やっぱり、恋愛したいって気持ちは誰にでもあるからな。噂でも、気になってしまう気持ちはよくわかる。
……まぁ、何でバニラアイスなのかは謎だけど。
「どう?ロマンあるでしょ?」
「いや、あるだろうけど、できるのかそれ!?」
「わからないけど、噂ってそう言うものだって。好きな相手が私の方を向いて、バニラアイスを食べていてくれたら……。なんて想像しながら、私もバニラアイスを食べるその気持ち……ロマンだねぇ」
「俺を置いて、一人でうっとりしないでくれます?」
けど、もし俺がバニラアイスを食べるのなら。
その時、俺は誰を思って食べることになるんだろう。
答えは決まり切っている。けど、それは果たして、叶うべき恋なのか?こっちの一方的な気持ちだけで、それを恋だと決めつけてはないか?
向こうは……フミナは、俺の事をどう思っているんだろう。ただの幼馴染か?だからこそ、こうして仲良くいられるのか?
そうであってほしくはない。けど、そうであってほしくもある。この関係を保つものが、昔から続く「幼馴染」と言うものだとしたら……。
それでも、そんな昔から続いた鎖のような関係じゃない、もっと違う理由で繋がる関係でいたいと、そう願う気持ちもある。
「…………」
俺がバニラアイスを食べるのなら。
きっと、フミナを思って食べるはずだ。
叶いそうで、それでも届きそうにない。積み重ねた関係が邪魔をする、そんなもどかしい恋の矛先を。
せめてそんな噂に託して。俺はバニラアイスを食べるんだろう。
「アハハ、ごめんって。でも、この気持ちが実ってくれたらって、少しでも何かに託したいものでしょ?恋は不確定なものなんだから」
「ふ~ん。フミナ、好きな人でもいるのか?」
「……えっ!?///」
ん、この反応……?核心を突かれたような素っ頓狂な返事。そして後ずさり、頬を朱に染めていく。自然と口元に当てた手も、微かに色を帯びている。
もしかして……本当にいるのか。フミナの中で、想いを向けている人が。
「え、お、マジ?お前、いるの!?絶賛片おもーー」
「まっ、ままま……ツカサのバカぁ!!こんなところで大声で言わないでよぉっ!!///」
いや、フミナの方が俺より大声出しちゃってますけど……。そのせいで、かなり注目浴びちゃってますけど……。
なんて言ったらまた怒られそうなんで、黙っておく。フミナは焦ってしまうと、少し抜けてしまうところがあるんだよな。昔から。
「…………」
好きな人……いるんだな。
「もう知らないっ!ツカサのバカ!バカバカバーカ!!」
「子供かよ……。って、ちょ、悪かったって!謝るから、ちょっと待てってーー」
機嫌を損ねて、プイとそっぽを向いて俺の席から離れていく。俺は逃げようとするフミナを捕まえようと、席を立って手首をつかみーー。
「……っ!///」
「え……?」
不思議な時間が流れていた。どうしてフミナは今、俺に手首を触られた時……驚いた一方で、恥ずかしそうにしていたんだ?
その真意を探りかねて、しばらく無言で見つめ合う。フミナの照れ顔が、俺の目にやけに鮮明に焼き付く。
「あ、え、えっと……つ、ツカサのバカ……」
「いや、それは聞いたから。てか、さっきは悪かったよ。機嫌直してくれって」
「わ、わかればいいよ……」
どうしてこうもギクシャクしているのか。俺に手を掴まれたからか?けど、昔から手を握るくらい普通にしてたし、何も特別な事じゃないはずなのに……?
俺はその理由がどうにもわからず、話を切り出そうかどうか考えていたところで……。
「……あ、チャイム鳴ったね。もう席に戻らないと!」
「あ、あぁ……」
ホームルームの始まるチャイムが、二人の手を引き離した。
***
「やっと終わったね~!明日から冬休みだ~!」
「だな!けど、宿題が面倒だよな……」
「わかる!冬くらい宿題なくてもいいのに!」
ホームルームも終わり、俺たちは放課後を迎えていた。二人とも部活には入っていないので、基本的に家までは一緒に帰っている。ま、高校生になってからは、地元の友達がフミナしかいないってだけなんだけどな。
「最終日になって俺を頼ってくるなよ?夏休みの時だって、大変だったんだからな!?」
「う……が、頑張ります……」
さっきも言ったが、忘れっぽいからな。それで毎年苦労することになってるからな……。ちなみに、俺は余裕持って終わらせてるぞ?
「でっ、でも年末年始は楽しい事も多いし、宿題なんかしたくないし……。ね、ツカサ。また今度暇なときでいいから、宿題手伝ってよ」
「まぁ……ギリギリじゃなかったら、別にお前の頼みなんか断るつもりもねぇよ」
「本当!?ありがとう、ツカサ!」
「お、おう……」
そんなに嬉しそうに見られると、逆にこっちが困る。満面の笑みを浮かべ、子供が喜ぶように顔を近づけられたら……な。少し照れると言うか、恥ずかしいと言うか。
「ツカサは本当、何だかんだで優しいよね~。宿題の事もそうだし、それから……小学生の時の、修学旅行の時とかさ」
「いつの話してんだよ」
「確かにそうかも。ところでさ、ツカサって年末は何か予定あるの?」
「ん、俺?俺は別に……家の掃除して、初詣行って、親戚の家に挨拶に行って……それくらい?」
自分で言ってて悲しくなるんだが。心が抉られる。リア充が羨ましいぜ、チクショウ。
「ふ~ん、そうなんだ。私はね、年末は友達と遊ぶ約束しててさ~。カラオケ行ったり、ショッピング行ったり……楽しみだな~!」
「……それは俺に対する嫌味なのか」
「アハハ、ごめん。けど、クリスマスは何も予定ないかも。ツカサは?」
「えっ?」
俺は正直、フミナの質問に動揺した。さっきのバニラアイスの噂を思い出し、フミナへの恋心が湧き上がる。
その事が、急に俺の緊張をも呼び覚ます。さっきまで普通に話していたのに、妙に意識して見てしまう。心臓の鼓動が早まり、顔に熱が集まっているのを自覚する。もうまともにフミナの顔を見られない。
「い、いや……別にねぇよ。友達からのお誘いもないし、彼女もいるわけないし。こんな暇人誘うような余裕なんて、クリスマスの日にはないんだろうよ、きっと」
「……そっか。フフッ」
「ちょ、おい。何で笑うんだよ」
「ううん、何でもないよ。……予定、ないんだ」
変に思わせぶりな話ぶりだな。俺は気になって、フミナの顔をチラリと覗き込む。両手で口元を覆ってはいるが、口角が上がっているのがわかる。
こ、こいつ……バカにしてんのか。予定なくて、クリボッチな俺を、密かにあざ笑ってるんじゃないだろうな!?お前もクリボッチなんだぞ!?
「それじゃあ、私と一緒だね。今年は二人でクリボッチだ」
「だったらそのボッチ同士であつ……」
「あつ?」
「あ、集まろうなんて考えにはならないのかよ」
言いかけて、自分が何を言い出そうとしているのかを理解して言葉が詰まる。クリスマスに予定作るとか、一緒に過ごすとか、そんなのカップルみたいじゃねぇか……。
「あ~……なるほど。けど、いいや。私は遠慮しておくよ」
が、フミナの方は特に意識している様子もなく、それどころか逆に断る始末。ま、それもそうだよな。いきなり変な誘い方して、応えてくれるわけもないよな。
「それに、クリスマスはあの噂試さないと。ツカサもやるんだったら、私なんかいたら邪魔になるでしょ?」
「……噂って、さっきのバニラアイスか?」
「そそ。さすがに誰かいる前で、好きな人の方向いてバニラアイスなんて食べられないでしょ。ツカサだって、私がいる前で噂試すのは、ちょっと気まずくない?」
「あ、あぁ……」
そう言う事だったのか。フミナは噂を試す好奇心から、俺の誘いを断ったんだ。
さっきもフミナは、好きな人がいると言っていた。叶えたい恋があるんだ。それでフミナは、自分の気持ちに願掛けをするかのように、バニラアイスを食べようとしている。
そんな場所に、俺がいる方が邪魔だよな。フミナは俺を気遣ってくれたけど、実のところはそうじゃないんだよな。
やっぱり、今並んで歩くこの関係は、幼馴染だから……なのかな。
「……なぁ、フミナ」
「何?」
「お前、好きな人がいるんだよな」
「……さっき、知られちゃったからね。うん、そうだよ」
俺は改めて、彼女に問う。得られたものは、さっき曖昧に知ってしまった事実が、よりハッキリとした輪郭を持った事実へ色を染めた、うずきを感じる変化だった。
ポツリと答える彼女は、俺の知っているフミナとは違って見えて。緩む表情と頬の彩りが、その言葉を決定づけていた。
「……それ、どんな人なんだ?」
「どうかって……。そうだね。とにかく、一緒にいて楽しい人なんだ。話してると楽しいし、ありのままの自分でいられるって言うかさ」
「……いい人だな」
「それに、優しいし。困った時には力になってくれてさ。私、その優しさに触れて、好きになったって言うかーー」
「わかった、もういいよ。教えてくれてありがとな」
「え、うん……」
彼女は、本気でその人の事を思っている。好きで、一緒にいたいと願っている。
相手のことを話す彼女は、とてもイキイキとしていて。どこを好きになったのか、何で好きなのか。その言動に、彼女自身も知らないうちに心躍らせている。
そんな姿を見るのが、俺には眩しくて。どこか痛くて。言葉を俺から切ってしまった。その行動の根源が、自分の身勝手な感情だと知りながら。
「それで、フミナは食べるんだ。クリスマスに、バニラアイスを」
「まぁ……ね。噂でしかないし、叶うかなんてわからない。けど、この気持ちをいつか、私の手で形にしたいから。そのために、少しでも背中を押してもらいたい……ってね」
「自分の手で、形に……」
「両想いであってほしい、結ばれたいって、そう思うのは簡単だよ。思う事なら、誰にだってできる。けど、そこから先に進めるかどうかは、本人次第だから」
彼女は立ち止まり、俺と言うよりは自分に向けて、言葉を紡ぐ。俺はそれを、ただ黙って聞いているだけだ。
「自分の中の世界で、都合のいい夢で、その気持ちを終わらせてもいいのならそれでいい。けど、私は違うから。いつかこの気持ちを、ちゃんと伝えて形にしたいから」
「…………」
「失敗するかもしれない。傷つくだけかもしれない。伝えるまでは、相手が本当に思っていることもわからないから。だから不安になって、動けなくなっちゃうんだよね」
「…………」
「それでも、好きな気持ちは隠せないから。何かに縋ってでも、不安と戦って、言葉にしたい。彼に向けて……好きって言いたい」
熱が入ってきたのか、彼女の声に力がこもる。それだけの信念と、葛藤がある。
何てことはない、ただの噂でしかない。そんなバニラアイスの話にも……彼女は全てをかける想いで臨もうとしている。
たかがアイスなのに。けど、彼女にとっては特別な、魔法のアイテムに見えているんだろう。今こうして話している間にも、彼女は愛する人に、そしてバニラアイスに思いを馳せている。
その気持ちに答えてやれるのは、俺じゃない……。
「ツカサはさ。そう言う人って、いないの?」
「…………」
俺は返答に困った。好きな人はいる。俺の目の前に。
けど、その願いを叶えようとすれば、待っているのは互いに傷ついてしまう結末だ。
幼馴染としてのつながりも、一瞬で断ち切られてしまうほどの鋭さを秘めた、鋭利な刃物へと化してしまう。俺の抱く恋心は、今の状況ではそんな凶器にしかなりえない。
俺は……。
「……俺にも、いるよ。一応な」
「えっ!?え、えぇ!?ほ、本当に!?あのツカサに、好きな人が!?」
「ちょ、一応だからな?」
「キャー、おめでたい!ねね、ツカサ!今日私の家に来る!?お赤飯用意するよ!?」
「何でだよ!そんな気遣いいらねぇし、俺に好きな人がいる事がそんなに珍しいのか!?」
こうして笑いあえるのも、俺とフミナが幼馴染だからだ。幼馴染だから、今も隣にいられるんだ。
そこから先の関係になる事は、何もない。彼女には好きな人がいて、その願いを叶えたくて。俺の思いは、彼女の誠実な願望を踏みにじるものでしかない。
「いや~ツカサからそう言う話って聞いた事なかったし!それでそれで、相手はどんな子なの?同じクラスの子?それとも違うクラス?あ、もしかして中学の時の子だったり?」
「一度にグイグイ来るな!そんなに恋バナ好きなのかよ!?」
「好きって言うか……ツカサの事だからさ」
「……っ」
そうやって思わせぶりな態度を取られると、逆に心が痛い。けど、その苛立ちをぶつけたところで、どうにかなるはずもない。
だから耐えろ、俺。今は耐えて、言葉を絞り出せ。
「……可愛らしい子でな。少し抜けてるところもあるけど、いつも明るくて面白いし。たまに厄介事に巻き込まれるけど、それも悪くないって思えるんだ。それくらい、一緒にいたいって思える……大切な人なんだ」
「お、おぉ……。何か、聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃう」
「そんな事言われたら、余計恥ずかしいんだけど!?」
だって……今話してるのは、お前の事なんだよ。恥ずかしいに決まってる。けど、それを彼女が知る事はきっとない。
「あっ、ツカサ照れてる~!それだけ好きって事なんだね!」
「……うるせぇよ」
「だったら、やっぱりクリスマスの日は一緒にいない方がよかったのかも。そんなに大切な人なら、バニラアイスの噂も試したくなっちゃうんじゃない?」
「……いや、しないよ。多分、俺には叶わない恋だと思うから」
多分、と口に出た事に、俺自身も驚いていた。まだ俺は、心のどこかで可能性を信じていたんだろう。
俺の気持ちと、フミナの気持ちが……同じであったらいいと。
「えぇ~!?ツカサ、食べないの!?だって、好きって……」
「好きさ。けど、きっと叶わない。いくら噂とか、そんなものに頼ったところで、この気持ちは届かないと思うから」
「届かないって……まだ伝えたわけでもないんでしょ?」
「……そうだな。けど、彼女は答えてくれないと思う。俺の事なんか、きっと好きじゃないと思うから」
違うだろ、俺。『きっと』じゃない。そんな枕詞で、望みを持つな。余計にショックが広がるだけだ。
「思う思うって、それはツカサの中で思ってるだけじゃん。自分の考えていることが、全部正しい話になるわけじゃないんだよ」
「そんな事――」
「あるよ!何も伝えてないうちから、終わらせちゃダメだよ!」
なのに、彼女は……フミナは、俺にエールを送ってくる。その勇気で、この関係を変えてやれるのなら変えてやりたい。
けど……。
「自分の勝手な思い込みだけで、本気だったはずの思いが後悔に変わってしまうかもしれないんだよ?そんなの嫌じゃん!」
「フミナ……」
「不完全燃焼で終わる恋と、燃やしきって終わる恋と、どっちがいい?」
そんなの、どっちも終わってしまう恋だ。過程は違っても、行きつく結末は変わらない。
「私なら……燃やしきりたい。自分の気持ち、例え届かなかったとしても……この気持ちが本物だったって事だけは、せめて伝えて終わらせたい」
「…………」
俺はその質問に、答えに、どう返したらいいのかわからなかった。賛成する事も、反対する事もできなかった。
答えの出ている恋心を伝えてどうする。なら、このままにすればいいんじゃないか。俺が封印してしまえば、それでいい話だ。
でも、このままにしておくような軽い気持ちでもない。だからと言って、伝えてしまえば関係が崩れてしまう……。
「……アハハ、ちょっとヒートアップしちゃったかな。この話はおしま~い!」
見かねたフミナは、無理矢理にこの話を終わらせるかのように、手を叩いて話題を変えた。張りつめた糸がほどけるように、重くなりかけていた空気が薄れていく。
「だからほら、そんな暗い顔しないでよ。私、そんなつもりで話したんじゃないんだから」
「……そうだな、悪い。辛気臭くなっても仕方ないよな」
今はひとまず、このままにしておこう。フミナの気持ちも、俺の気持ちも。まだ胸の中にしまわれたままなんだから。
「よし!じゃあ気分転換に、何か買って帰ろうよ!あそこのコンビニでいいよね?家から近いし!」
「あぁ。てか、俺とフミナの家って隣同士じゃん」
「アハハ、そうだね。じゃ、バニラアイスでも買おっか」
「……いやいや、それはさすがに気が早いって」
「早くないよ!こう言うのは勢いが肝心って言うし!それに、ツカサの分も買って、クリスマスの日に好きな人の方向いて食べてもらわないと!」
グッと拳を握って、気合を入れるフミナ。その仕草が可愛くて、思わず笑みがこぼれてしまう。
それだけ俺の気持ちに親身になってくれていると思うと……何だか物悲しい。
「ちゃんとツカサの恋が、成就しますように。ってね」
「……あぁ」
結局、その日は本当にコンビニでバニラアイスを買って、解散となった。
***
そして迎えた、クリスマス当日。
世間ではカップルたちが甘い時間を満喫し、街中は聖なる飾りつけでいっぱいになる。夜になれば、綺麗なイルミネーションが祝福の景色を見せてくれるんだろう。
まだ昼前だが、恐らくカップルたちは既に待ち合わせ場所に集合して、今日という日を楽しむことだろう。その様子を想像すると、羨ましくもあり、ちょっとムカつく。ま、微笑ましい事に変わりはないけどな。
で、俺は何も予定がなく、家でゴロゴロと時間を過ごしているだけだ。両親はクリスマスにもかかわらず、仕事で家にいないからな。ま、仕方ないと言えば仕方ない。
テレビも特に大した番組はなく、ゲームもやる気にならない。スマホを弄っていようにも、すぐに飽きてしまって手持無沙汰。つまるところ、何もやる事がない。暇だ。
「はぁ……どうすっかな。今から遊べるようなやつなんていないだろうし、フミナはーー」
と言いかけて、終業式の事を思い出す。フミナが今日、何をしようとしているのかを。
ただアイスを食べるだけだが、彼女にとっては一大イベントだ。まぁ、数分で終わるだろうし、今から声かけても問題ないとは思うけど。
「……邪魔になる、よな」
それは、アイスを食べる事に対してなのか。それとも、俺がフミナに恋している事がなのか。その両方なのか。
だから、今はフミナに声をかけることができない。スマホに触れる事もなく、俺は出しかけた気持ちを抑え込んだ。
「もう昼だし、何か作って食べるか……」
そうだ。今日という日はまだ長い。この先どう過ごすのか、飯でも食いながら考えよう。テレビもゲームもアウトだし、いっそ俺一人でどこかに出かけるのもありかもな。
だとすると、どこに行こうか。ゲームセンター?いや、今は金欠だし、なるべく金は使いたくないよな。じゃあ、服屋……もダメか。
あっ、なら本屋にするか。そう言えば、俺の読んでる漫画の最新刊が、一昨日に発売されたんだっけ。それくらいなら、金出しても大丈夫だよな……。
「……あ」
そう思いながら、俺は台所へと向かい冷蔵庫を漁る。何か食べられそうなものはないか。上から順番に物色していったところで、俺はあるものを見つける。
「これ……この前買ったバニラアイス……」
冷凍庫の中。開けてすぐに目に留まった、フミナと一緒に買ったバニラアイスだった。カップのアイスが、小ぢんまりと冷凍庫に収まっている。
「フミナ……」
クリスマスの日にバニラアイスを食べ、その時好きな人と向かい合っていたのなら、その恋は成就する。目視できていなくても、距離が離れていても、向かい合っていればそれでいい……。
「…………」
その噂を試すなら、今日だ。今日がそのクリスマス。そしてバニラアイスは、既に俺の手の中にある。
「……食べたところで、な」
決して、俺の方を向いてはくれない。彼女は、違う方を向いているから。
幼馴染だったフミナとは……違う。
「ま、こんな冬にアイス食べるなんてのも嫌だし。知~らないっと」
俺はバニラアイスを片付け、適当に食材を漁って昼飯を作る。簡単に料理を作り、テレビを見ながら腹を満たす。
そうしている間も、考えている事は当然、これから何をするのか……。
「…………」
一人だけのリビングに賑わいを持たせていたテレビは、しばらくして役目を終えたように静まり返る。俺は昼飯を食べ終わり、食器を片付けて一息つく。
これから何をするか。何をするべきか。さっきまで考えていたビジョンを思い浮かべ、部屋に戻ろうとして……。
「…………」
俺は思い立ったように、しまったはずのバニラアイスを握っていた。
***
どうして、俺はバニラアイスを手にしてしまったのか。
部屋に戻り、ご丁寧にもスプーンまで用意していた俺の行動に、自分でもその真意を測りかねている。
フミナには、好きな人がいるんだ。俺に向けて、恋焦がれていると心から願う声色で、そう話したんだ。俺がアイスを食べたところで、その気持ちがガラリと変わるわけじゃない。
……でも。
「俺は……」
好きなんだ。フミナが。
昔からずっと、俺の近くにいた。小学生の時も、中学生の時も。高校生になって、同じ中学の友達が別々の高校に進学した時も、フミナはいつでもそばにいたんだ。
一番近くでフミナを見て。一緒に成長して。色んなフミナを見てきた。喜んでいる姿も、悲しんでいる姿だって。
一緒にいると楽しくて。面白くて。けど忘れっぽくて、時には俺に泣きついてきたり。そうして積み重ねてきた時間は、俺に幼馴染としての感情とは違う何かを与えた。信頼や友情とはまた違った、特別な何かを。
それが恋だった。誰よりも側にいて、誰よりも長い時間を過ごしてきたから。いつの間にか、俺はフミナを幼馴染としてだけじゃなく、一人の異性として見るようになっていた。
この気持ちは本物だ。だから、伝えたいと願う気持ちはある。今からでも、俺は声を大にして言ってやりたい。フミナが好きだと。心から。
けど……言えない。
彼女には、好きな人がいる。本気で叶えたいと願う恋がある。今俺がこの気持ちを伝えたら、彼女の気持ちを台無しにしてしまう。恋の邪魔をしてしまう。
それだけじゃない。俺たちの重ねた、この幼馴染と言う関係も、時間も。全てが過去の思い出と成り果てる。実らぬ恋を、独りよがりで吐き出してしまえば……何もかもが崩れて、戻りたくても戻れなくなる。
なら……これでいいんじゃないか。
彼女に好きな人がいたとしても、俺の恋が一生叶わず、やがて風化してしまったとしても。フミナと今まで通りに何も変わらず言葉を交わせるのなら、それでいいんじゃないか?
できる事なら、もう一つ先の関係になりたい。けど、そんな高望みをしたらいけない。俺は、彼女と向き合って先には進めない。
このアイスだって、向き合って食べるなんて……できない。
できるわけが……。
『自分の中の世界で、都合のいい夢で、その気持ちを終わらせてもいいのならそれでいい。けど、私は違うから。いつかこの気持ちを、ちゃんと伝えて形にしたいから』
「……っ!」
どこからか、そんな言葉が聞こえた。いや、正確には聞こえたわけじゃない。俺の中で、聞き慣れた声が響き渡っていた。
『両想いであってほしい、結ばれたいって、そう思うのは簡単だよ。思う事なら、誰にだってできる。けど、そこから先に進めるかどうかは、本人次第だから』
『それでも、好きな気持ちは隠せないから。何かに縋ってでも、不安と戦って、言葉にしたい。彼に向けて……好きって言いたい』
『自分の勝手な思い込みだけで、本気だったはずの思いが後悔に変わってしまうかもしれないんだよ?そんなの嫌じゃん!』
フミナの言葉が、俺の脳裏に流れ込んでくる。ついこの間聞いたばかりの言葉が、今度は俺に対するメッセージとして心を打つ。
前はフミナ自身を。そして今は、俺を鼓舞する。その一つ一つが、俺の感情をくすぐる。揺さぶる。震えさせる。
俺は、フミナが好きなんだ。例え、彼女に好きな人がいたとしても……今だけは、委ねてみたい。この、バニラアイスに。
叶わないかもしれないけど。望んでも、結果は変えられないかもしれないけど。この気持ちは本物だから。まだ諦めきれない。俺の恋を終わらせるには、まだ早い。
身勝手な話だと、気持ち悪いと、笑いたいのならそれでいい。罵ってくれてもいい。けど、俺は信じてみたい。あの時、心の奥底にわずかに抱いた可能性を。
重ねた時間が、俺だけじゃなく、フミナにも恋心を抱かせていたならと。もしかしたら、と。そう願う気持ちがまだ残っているから、そこに縋って、夢を現実にしてみたい。
この恋は……叶えてみたい。
だから俺は……託すことにした。彼女の恋を知りながら、バニラアイスに。
「…………」
カップを開けるのに、かなり時間がかかった。スプーンを持つ手が震える。アイスを食べるのに、ここまで緊張するのは初めてだった。
俺は隣の家、フミナの家の方を向く。目の前には窓。そこからフミナの家が見え、さらにフミナの部屋の窓が見える。今、フミナが俺の方を向いてアイスを食べていれば、噂通りなら恋が実る……。
「…………」
バカな話だとは思う。初めて聞いた時も、まさかこんな気持ちでアイスと向き合うことになるとは思ってもいなかったはずだ。
俺はとんだ悪人だ。彼女を邪魔して、自分の欲望を果たそうとしているのだから。それで俺の思いが果たされるなんて、虫がいいにもほどがある。
でも……。
『思う思うって、それはツカサの中で思ってるだけじゃん。自分の考えていることが、全部正しい話になるわけじゃないんだよ』
もしかしたら、違うかもしれない。俺が事実を都合よく捻じ曲げたいだけかもしれない。でも、俺の勝手な思い込みが、事実を作り変えているだけかもしれない。
それはまだ、はっきりとは分からないから。
分からないから、俺はアイスをスプーンですくう。
今にも消えそうな、その可能性に賭けて。
だから……どうか。
「頼む……っ!」
願いを吐き出し、代わりにアイスを口にした。
***
ヒンヤリとした感触が、口の中を満たしていく。
次いでやってくる、バニラの甘さ。舌に感じる滑らかな食べ応え。季節外れに食べるアイスの味は、どこか遠くに感じていた。というより、気にしている余裕はなかった。
噂の事。そしてフミナの事。それらが頭の中をぐるぐると駆け巡り、他の事を考えられないほどに支配していく。
食べ進めていくうちに募る、フミナへの思い。今日アイスを食べている奴らは、こんな風に相手を思って食べているのだと、まるで他人事のように考えていた。俺の事でもあるんだが。
窓の外を見つめ、フミナの部屋を見て……って、冷静になると、俺は一体何をしているんだろうな。ここまで振り返ると、まるでストーカーだ。
だが……それだけ本気なんだ。俺は、フミナを愛しているんだ。
「……食べ終わった」
気がつくと、カップの中身は空になっていた。そう自覚した途端、遅れたように口の中にアイスの甘さを感じていた。
「これで……終わったのか」
アイスは食べた。フミナの家を向き、噂を信じて食べ続けた。その行動の果てに、俺の恋が実ると祈りを込めて。
けど……これで終わりなのか。
本当に噂が正しかったのか。所詮、噂は噂でしかないのか。それはわからないが……だとしても今は、ただ願う事しかできない。フミナも俺の事を、好きであってほしいと。
その願いが真実に変わるかどうか。俺にはもう、彼女の選択を待っている事しかーー。
『私なら……燃やしきりたい。自分の気持ち、例え届かなかったとしても……この気持ちが本物だったって事だけは、せめて伝えて終わらせたい』
「……っ!」
違う、そうじゃない。ここでアイスを食べて、両想いだったらいいと、それだけで終わらせていい気持ちなのか?
フミナも言っていたはずだ。思うだけなら、誰にでもできると。今の俺は、ただ思っているだけ。そこから先のアクションをどうするかは、俺が決めないといけない。
相手が行動を起こすのを待つだけなのか。それとも、俺が動くのか。
「……俺は」
立ち上がり、俺は今一度窓の外に目を向ける。俺は、フミナからの言葉を待っているのか。
……そうじゃない。待っていても、何も始まらない。その勇気をくれたのは、フミナの言葉だ。
だったら今度は、俺の言葉で気持ちをぶつける。あいつが言っていたように、せめて伝えて終わらせたい。その先に、今までの関係に亀裂を生む結末が待っていたとしても……好きになってしまったから。
俺は部屋を飛びだし、寝間着のまま家のドアを開ける。着ている物なんかどうだっていい。今はただ、フミナに思いを伝えたい。
そんな気持ちで、俺は家を飛び出してーー。
「……キャッ!?」
「うわっ!?」
俺は勢いのあまり、飛び出た瞬間に人とぶつかってしまった。急いでいたせいで、相手を突き倒してしまう。
「す、すみません!俺、急いでいて……」
「こちらこそ……って、あれ?ツカサ?」
「え……フミナ……!?」
そこにいたのは、フミナだった。ピンク色のパジャマに身を包み、ついさっき家を飛び出してきたかのような格好だ。
俺は手を差し出して、倒れているフミナを起こす。さっきのアイスの事と、フミナに対する意識のせいで、少しぎこちなくなってしまったが。
「そんな急いで、どこに行くつもりだったの?しかもパジャマ姿じゃん」
「あ、いや、えっと……」
ヤバい。目の前にいるのは確かにフミナのはずなのに、いざ本人と対峙すると、緊張で言葉が出ない。しどろもどろになってしまう。
いや、それだけじゃない。フミナの抱く恋心と、それを邪魔しようとしている背徳感。そのせいで消えてしまうかもしれない、この関係への恐怖心が、俺の喉を潰す。伝えたい気持ちを、上手く言葉にできない。
「ど、どうしたの?ツカサ、今日は何だか変だよ?」
「そっ、そんな事ないと思うけどな。それより、フミナは何でここにいるんだ?」
当たり障りのない話は、普通にできるのに。俺が本当に言いたい事は、どうしても出てこない。
言葉を並べ立てる必要はどこにもない。そんな風に理屈を振り回して、気持ちを伝えなくてもいい。
たった二文字だ。それだけあれば、他に何もいらないのに。
「あ……うん。確かにそうだよね。不思議だよね」
「何かあったのか?」
「う~ん、どうなんだろ。自分と向き合えたって言うか、決心がついたって言うか……アハハ、上手く言葉がまとまんないや」
「そう、なんだな」
と答えてはみたが、フミナが何を思っているのか読めない。どうして俺の家の前にいたのか。それとフミナの言葉に、つながりが持てない。
と、フミナがソワソワした素振りを見せる。妙に目を合わせてくれないと言うか、モジモジしているようだった。俺はこの沈黙をまずどうにかしようと話を振る。
「……なぁ、フミナ。今日、クリスマスだけど……アイスは、食べたか?」
「……う、うん。食べたよ。ちゃんと好きな人のこと思って、そっち向いて食べた」
そっか……。フミナは、自分の好きな人の事を思って、アイスを食べたんだな……。その事実を突きつけられて、心が悲鳴を上げる。
けど、それはわかり切っていた話だ。それでも可能性を信じたくて、今こうして家を飛び出したのは俺なんだ。ここでへこたれて、逃げるわけにはいかない。
「それで、ツカサはどうなの?ちゃんとアイス、好きな人の方向いて食べたの?」
「……あぁ。色々考えたけど、やっぱり何もしないで終わらせたくないからさ。その人の方向いて、さっき食べてたよ。今考えると、ちょっと思考がヤバかったけど」
「アハハ。それだけ本気だったんだね。私もそんな感じだったし」
「……そっか」
俺がそう切り返したところで、また沈黙の時間が続く。フミナも何も言葉を発する事なく、ただ何かを考えているみたいだった。
どうしたんだ?いつもはもっと、グイグイと俺に迫ってくるんだけどな。今日は元気はあるけど、何かが違う。
そう考えていると、フミナが動いた。
「……あっ、そう言えば。ツカサの好きな人って、誰なの?」
「は、いや、待て……それはこの前言っただろ」
「どんな人かは聞いたけど、誰なのかは言ってないよ?私、ずっと気になってたんだよね?」
核心を突く質問だった。この質問の答えは、そのまま俺の気持ちとリンクしてしまう。
俺がフミナを好きだと言う事。それは幼馴染としてではなく、異性としての感情だと言う事。
その事が、フミナの恋に支障をきたしてしまう事。その歪が、俺たちの仲を裂いてしまうことになる事。
その結末が見るのが嫌で、ずっと葛藤してきた。俺は何も、フミナと気まずい関係になりたくて、好きになったわけじゃないから。
「ねね、教えてよ!誰なの?ツカサが好きになった人の事、私かなり興味あるんだよね!」
好奇心を丸出しにして、フミナはグイグイと俺に迫ってくる。思わずたじろぎそうになる勢いに、俺はフミナらしさを感じて一瞬苦笑した。
……そうだ。俺は。
お前のそんな無邪気さに触れて。
明るさに触れて。
その度に向けられる、太陽のような眩しさを見せる笑顔を。
これからも一番近くで見ていたかった。
守りたかった。
ただ、それだけだった。
なのに、恋と言うものは。
その旅路を邪魔して、否定して。
だから俺も、耐えるしかないと思っていて。
「それは……」
……けど、今は。
「恥ずかしがらなくてもいいって!誰にも言わないし!何なら、力にもなってあげるから!」
今は違う。
「……それは」
この前の俺なら、言い淀んでいた。隠すべき思いだと、そうケリをつけて、自分だけが我慢してしまえば、永遠にこの関係を保てるのだと。
それが正しいと思い込んでいた。フミナと今までのように過ごせなくなるのなら、互いの目を一々気にしないといけなくなるのなら。そう思っていた。
そうじゃないんだよな、フミナ。
俺は……。
「フミナだ」
「……え」
「俺は、フミナが……フミナが好きなんだ」
乾ききった声に、自分でも驚く。けど、それだけ必死に振り絞った。覚悟を決めて、必死に不安と葛藤を振り払って、ようやく伝えられた思いだ。
言い切った。その事に後悔はない。むしろ清々しくて、気持ちいいくらいだった。
自分の気持ちが誰かに伝わる事が、こんなにも温かいものだったなんて。
「…………」
けど……彼女の気持ちは。
「ツカサが、私の事を……そんな……」
当然の反応だった。涙を流し、動揺を隠せない様子だった。
それはそうだ。彼女はまさか、俺の好きな人が自分だとは思ってもいなかったはずだ。自分には好きな人がいて、なのに幼馴染である男の子から、好意を向けられている……。
どちらかを斬り捨てなくてはいけない葛藤。そして優先されるのは、間違いなく俺だ。その選択が、俺たちの関係に気まずさをもたらしてしまう。
やはり、俺の思っていた通りに事は進んでしまった。選びたくはない結末だった。
でも……こうも晴れやかなのは、どうしてだろうか。
「フミナ……その、ごめんな」
「グスッ……え……?」
「フミナには好きな人がいるって、前に話してたのにさ。それを俺の身勝手な好意で、変な気を遣わせるような真似しちゃってさ。好きな人がいるってわかってるのに、告白しちゃったんだぜ、俺。完全に邪魔しちゃったよな?」
「あ、えっと……」
「けど、後悔はしてない。フミナが前に言ってくれただろ?自分の気持ちが本物だったって、せめて伝えて終わらせたいって。叶わないとしても、これが俺の気持ち。それはもう伝えたから……俺の恋はもう終わり。手を引くよ」
「い、いや、待って……」
「いいんだ。ただ、これからも今までと変わらずに接してくれたら、嬉しいなって思う。俺に対する負い目とか、変に意識しないでさ。幼馴染としてーー」
「待ってよ!!」
俺の言葉を遮るかのように、彼女が大声を上げる。幼馴染のフミナが見せる姿とは対照的な、酷く焦りを含んだ行動だった。その表情は、今にも崩れだしそうな勢いだ。
「待ってよ……違う……!逆、だから……!」
「逆って……?」
「す、好きなの!私も……つ、ツカサの事!」
「……え」
今、何と言った……?
裏返ったフミナの声が、俺の鼓膜を震わせる。一瞬、俺は何を言われたのかわからなかった。
俺の事が好き……?聞き間違えか?夢か?いや、だってフミナには好きな人がいるって……!?
まさか、本当にわずかな可能性が……!?
「えっ、え……!?」
「だっ、だから!……そっち向いて食べたって、言ったじゃん!///」
「いや、でも好きな人がいるって話は……」
「ツカサの事!そのつもりで話してたのに、全然気づかないんだから!ツカサの鈍感!バカバカバカァ!!///」
照れ隠しなのか、フミナは俺に密着してポカポカと胸を殴りだす。大して痛くもない。むしろ微笑ましささえ覚える。
でも、彼女の……いいや。
俺を叩くフミナの手からは、ビリビリと電流が流れ込むかのような痛みを感じた。それは喜びのようでもあり……悲しみでもあった。
それでも、俺は後悔していない。俺が望んだ、こうであってほしいと願った結末だ。
だから俺は、バニラアイスを食べたんだよ。
「だったら何で泣いたりなんかしたんだ。紛らわしいだろうが……」
「そんなの、まさかツカサから告白されるなんて思ってなかったから、嬉しくて……!って、う、嬉し泣きだって事くらい言われなくても気づいてよ!本当にバーカ!!」
殴る事を、フミナは止めようとはしない。それはきっと、俺が、俺たちが幼馴染としてではなく、さらに先の関係へと進むための過程。
怒り顔で。そう思うと、クシャっと顔を歪ませて泣き顔で。でも最後には、興奮や感動が入り混じり、自分でも制御できないと言わんばかりの笑い顔を浮かべて。
涙は流していたが、最高の笑顔だった。
「本当に、嬉しい……!って、ツカサ……?」
「……っ、み、見るなよ。これは別にーー」
「あ~!ツカサも泣いてる!泣いた泣いた~!」
「うっ、うるせぇ!そう言うフミナも、涙声じゃねぇか!」
「私はいいんです~!」
「いや、何でだよ!?」
その喜びように、俺は救われた。悩む必要なんかなかったって、自分に正直になれてよかったって思えた。
この気持ちを後悔で終わらせてしまうところだったから。こんなにも嬉しい結末を知らずに、勝手な思い込みだけで満足してしまうところだったから。
その安堵が、達成感が。いや、そんな言葉だけじゃ言い表せないこの湧き上がる衝動が、俺の中で堰を切って、溢れる大粒の涙へと変える。
嬉しい。嬉しい……。嬉しい……!
そんな涙でさえ、フミナと言葉で戯れる時間へと変えてくれる。何だかそれが嬉しくて、おかしくて、いつしか俺たちは……本当に笑っていた。
俺に向けられる笑顔の意味をかみしめて。俺もフミナに笑顔を向ける。
やがてひとしきり笑った後、俺は未だに密着するフミナへと視線を向ける。もう涙は流れてはいない。いつもと変わらない。けど、どこか大人びた表情で俺を見つめ返す。
その瞳を見た途端、俺は急にフミナを感じてしまった。触れる体温、柔らかさ、俺への視線。忘れかけていた羞恥心を取り戻すには十分で、俺は照れ隠しにそっぽを向く。
「……って、何で照れるの」
「な、何か急に恥ずかしくなってきたんだよ……」
「そっちから言ってきたのに。締まらないなぁ~」
「うるせぇよ。これでも、かなり勇気出したんだよ……」
「フフッ。……ね、ツカサ」
「うん?」
「あの噂って、知ってる?」
「はぁ?何をいきなりーー」
と、そこで思いとどまった。これは別に、文字通りの意味じゃない。全く違った意味合いが、この言葉には込められているはずだ。
「……あぁ、知ってるよ」
「じゃあ……さ。これから、その、私の家で……食べない?バニラアイス」
フミナの意図が、読めた気がした。だからこそ、確認したかったんだ。バニラアイスの噂を。
「……あぁ、いいよ」
「よかった……。やっぱり、ツカサは優しいね」
「そう言うの、照れるだろうが……」
「もう十分照れてるじゃん」
「それとこれとは話違うだろうが!?」
今から俺は、噂の事がわかった上で、フミナと向き合ってバニラアイスを食べようとしている。そこに込められた意味は……言わなくても分かる。
つまり……そう言う事なんだ。これは、フミナなりの勇気なんだ。
「じゃあ、アイス買いに行かないとな。ちょっと着替えて買ってくるわ」
「あっ、それなら心配ご無用だよ!なな、何と!もう二人分のアイスを家に用意してありま~す!」
「準備万端かよ……」
けど、今このタイミングでバニラアイスを、しかも二人分しっかり用意してあるって事は……。
「……そっか」
「えっ、どうしたの?」
「気にすんなよ。それより、その……外だし寒いし、早く家の中に入れてくれよ。まぁ……今はフミナがくっついているから、暖かいけどさ……///」
「……へ、あ、ああっ、そ、そうだね!いつまでも外にいたら、寒いもんね!早く中入ろ~っ!///」
一瞬キョトンとして、それから爆発したように自分の家へと駆けだしていった。俺は苦笑しながら、後を追ってフミナの家の中に。
俺と同じように、家には誰もいなかった。つまり、俺とフミナの二人きり。やべ、何か緊張してきた。
と、そんな俺の内心も知らないまま、フミナはご丁寧にカップのアイスを用意してくれる。トレイに乗せて、スプーンも一緒に。何か上品なアイスでも食べるのかと錯覚してしまいそうだ。
「よし、じゃあ行こっか」
「おう。って、アイス食べるだけなんだけどな」
「アハハ。それもそうだね」
促されるまま、俺はフミナの部屋の中へ。女子らしく整頓された室内。全体的にピンクの装飾が多いのが目立つか。
と、俺はある物を見つける。それは、部屋のほぼ中心に置かれた、丸型のテーブルの上にあった。
「これって……」
「へ?……あっ!?///」
そこには、スプーンを立てかけたカップのアイス。中身はなく、底の溝に若干液状になったアイスが流れ込んでいる。
さっき、フミナはアイスを食べていたと言った。そしてこのテーブルからは、ちょうど俺の部屋の窓が見える位置の窓が目に入る……。
「……何だ」
――そうか……きっと、そうなんだ――
見られたことによる羞恥心が、フミナの頬を赤くする。それを見た俺も、フミナに熱を移されてしまった。
――あの時、俺がバニラアイスを食べていた時――
その手に持つバニラアイスが、今にも甘い炎で溶けだしてしまうように。照れ隠しで笑うフミナに、俺もまた口元を緩めた。
――きっと、フミナも向いていたのかもしれない――
向かい合い、俺たちは部屋の中に入る。バニラアイスが今、本当の意味で俺たちをつなげようとしている。
――俺たちは、向き合えていたのかもしれない――
フミナの部屋の扉が閉まる。ゆっくりと、パタンと言う音とともに。
――すれ違う事無く、壁越しに見つめられていたのかもしれない――
誰にも邪魔されないように、二人だけの時間を。
――なら、あの噂は――
バニラアイスがめぐり合わせてくれた、この時間を。
――もしかしたら、正しかったのかもしれないって――
「……今なら」
「へっ?ツカサ、何か言った?」
「ううん。何でもない」
――そう、今なら――
――今なら、わかる――
――バニラアイスの奇跡は、確かに存在したと――
よし、みんな!今からバニラアイス買いに行こうぜ!!
……これでバニラアイスの売り上げ伸びたら、俺どうしようかな(何がだよ)