────絵馬ユズルは、一人夜の街を歩いていた。
クリスマスの夜、彼が向かったのは、風邪をひいた仁礼光の家であった。
これは聖夜の、とある少年少女のお話。
────ユズルは、人付き合いが苦手だった。
口が回る方じゃないし、相手に合わせて媚を売るように対応を変えるのも面倒臭い。
友達がたくさん欲しいと思った事はないし、そもそも学校の人間に碌な奴はいない。
自分が陰キャ、と陰口を囁かれていた事は知っているし、別に否定する気もない。
コミュニケーションが苦手なのは事実だし、別段どうでもいい相手になんて言われようが気にする方が時間の無駄だ。
…………けど、そんな自分に【ボーダー】の面々は本当に良くしてくれていると思う。
此処では、コミュニケーション能力よりも実力が評価される。
と、言うのは些か言い過ぎではあるが、学校などより余程分かり易い評価基準だった。
口が幾ら回ろうが、実際に役に立たなければ意味がない。
そんな、単純明快な【ボーダー】の価値基準を、ユズルは気に入っていた。
これでも狙撃に関しては同年代には誰にも負けない自負があるし、年上だって自分より上の相手は数える程だと思っている。
絶対に口には出さないが、鳩原がいなくなって以降勝手に自分の面倒を見に来た当真の指導の影響も、実力向上には繋がっている筈だ。
絶対に、口には出さないが。
自分の師匠は、鳩原未来だけ。
それは公私共に明言しているし、これからも変える気はない。
幾ら当真が師匠面して来ようが、彼女以外を師と仰ぐ気にはなれなかった。
…………鳩原は、この【ボーダー】に入った自分の面倒を見てくれた先輩だった。
一人で黙々と狙撃を練習する自分の所にやって来て、何くれと世話を焼いてくれた。
そもそも卓越した技術がなければ彼女がランク戦で行っていた
そんな彼女が正当に評価されない事が、ユズルには不満だった。
彼女自身もその事を気に病んでいた素振りがあり、時々思い詰めた表情をしていた事も気がかりだった。
────そして、そのユズルの懸念は現実のものとなる。
ある日突然、鳩原未来は姿を消した。
ユズルにも、誰にも、何の相談もなく。
忽然と、姿を消したのだ。
上層部に問い合わせた所「彼女は隊務規定違反で除隊した」との通達が返って来るのみで、何を聞いても知らぬ存ぜぬを通された。
根付室長に直談判しに行った事もあったが、結果的に手を出しかけたユズルの代わりに付き添いで来た影浦がアッパーをかまし、隊のB級降格の原因を作ってしまった。
影浦は「俺が勝手にやった事だ」と言ってくれたが、あの時程申し訳ない気持ちで一杯になった事はない。
自分の味方は、鳩原だけではない。
そんな簡単な事を、自分は忘れていたのだから。
────自分が属する部隊、【影浦隊】。
そこに所属する人々は、ユズルにとって尊敬と親愛に値する面々だった。
勿論、面と向かって言った事はない。
だが、確かな繋がりを、ユズルは隊の人々に感じていた。
隊長の影浦雅人は、傍目から見ると柄が悪く、近寄り難い印象を受ける。
けれどその実とても面倒見が良く、仇には仇を、恩には恩を体現する分かり易い人柄だった。
そのサイドエフェクトの所為で人の悪意には敏感なので、最初は一緒にいる時は余計な感情を発さないよう心掛けていた。
しかしそんなユズルの魂胆をあっさり見抜いた彼は、「変に気を遣うんじゃねえ。そっちの方が気が散る」と言って、ユズルに無理をする必要はないと告げてくれた。
もっとも、ユズル自身感情をあまり表に出す方ではない。
だがそんな彼の心胆も影浦の前では筒抜けのようで、何かに悩んでいた時はよく影浦の実家のお好み焼き屋に連れていかれお好み焼きを振る舞われた。
隊の皆で食べるお好み焼きはとても美味しくて、普段小食なユズルにしてはたくさん食べたと記憶している。
そして今日、12/24も彼の店で集まる手筈になっていた。
彼氏彼女なんてものとは縁遠い【影浦隊】の面々は誰もがクリスマスで暇を持て余していて、その日集まる事はあっさり決まった。
もっとも、隊長の影浦は実家の手伝いがある為、手伝いの後でそのまま参加出来るよう、彼の店でパーティをする事に決めたのだ。
楽しみにしていなかった、と言えば嘘になる。
ユズルは一週間も前からその日の集まりを楽しみにしており、浮かれた様子は傍目からも分かる程だったらしい。
楽しい、クリスマスの思い出。
【ボーダー】に入る前は夢にも思わなかったイベントに、ユズルは心躍っていた。
けれど、そのイベントは当日に躓いた。
【影浦隊】のオペレーター、仁礼光が熱を出したのだ。
光は自分達だけでパーティをやるよう言ってきたが、隊の三人は満場一致で集まりを延期する事を決めた。
自分達はオペレーターの光を含めて【影浦隊】なのであり、そこに例外はない。
普段口に出す事はないが、それは【影浦隊】全員の共通認識であった。
パーティは、光の体調が良くなってから行う、という事で落ち着いた。
それを電話越しに聞いた光は困惑していた様子だったが、「そっかー、あんがとよー」と礼を言っていた。
彼女も、自分の都合でパーティを延期させる事を申し訳なく思っていたのだろう。
影浦も「そうしねーとテメーが後でうるせぇだろうが」と憎まれ口を叩いていたが、不器用な彼らしい気遣いと言えた。
そんなこんなで、クリスマスパーティは延期された。
残念に思う気持ちは強かったが、パーティをするなら全員揃っての方が良い。
それはユズルも同意する所だった為、決定に否はなかった。
それよりも、一人自宅で静養している光の事が気がかりだった。
友達とクリスマスパーティをする予定を立てていた彼女の弟は光の体調を気遣って残ろうとしたらしいが、強引に家から叩き出してパーティに向かわせたらしい。
両親も仕事の都合で夜は不在なのだそうで、今家にいるのは彼女一人。
体調が悪い時、一人だと鬱々とした気分になる。
そういった経験を何度もしていたユズルは、一人で家にいる光の事が気になってしょうがなかった。
だから今、ユズルは光の家の前にやって来ていた。
彼女の家に来るのは、初めてではない。
影浦達と共に、光に呼ばれて来た事がある。
だが、一人で来た事などない。
冷静に考えれば、一人きりで風邪で弱っている年上の女性が、中学生とはいえ男子生徒をそんな状況で家に入れるだろうか?
衝動のままに来てしまったが、落ち着いて考えると相当に無理な事を考えていた事が分かる。
踵を返して帰ろうと、振り向いた刹那。
「お、ユズルじゃねーか。何してんだこんなトコで」
「…………ヒカリ」
二階の窓から顔を覗かせた光が、ユズルを見て怪訝な表情を浮かべていた。
物音か何かで、自分の来訪に気が付いたのかもしれない。
何を言っていいか分からず固まるユズルだが、光はそんなユズルを見てにかっと笑みを浮かべた。
「さみーだろ。今鍵開けてやっから入れ入れ」
「え、でも」
「いーから。そこで待ってろよー」
有無を言わさずそこまで言い切ると、家の中からドタドタと慌ただしい足音が聞こえ、ガチャリ、と鍵の開いた音がする。
そして玄関のドアが開き、家の中から寝間着姿の光が顔を見せた。
「アタシの事を心配して来てくれたんだろー? 可愛い奴だなー、ホント」
「ち、ちが……っ!」
「まーまー、照れるなって。ホラ、中入んな」
図星を突かれて頬を染めたユズルの腕を取り、光は強引に家の中にユズルを引き込んだ。
元来、押しが強い方ではないユズルは碌に抵抗出来ず、彼女の家の中へ強制的に招き入れられた。
ふと、自分の手を引く光の顔を伺った。
思ったよりは元気そうだが、それでも顔に赤みがある。
少なくとも、万全の体調、というワケではなさそうだった。
「…………ヒカリ、無理しないで。悪化したらどうするの?」
「へーきへーき、今お茶出すから待ってなー」
「病人にそんな事させられない。場所教えて。やるから」
そっかー、なら全力で甘えるぞー、と光は簡単に場所を教え、一人で階段を上がって自室に戻って行った。
お茶なんて要らない、と言っても光は納得しなかっただろうから、せめて無理をさせない為にはこれしかない。
ユズルは台所に向かい、お茶の準備を始めた。
『お前、アタシ等の隊に入れよー』
それが、ユズルに対して初対面の光が発した、第一声だった。
一人黙々と狙撃の練習をした後、珍しくラウンジをぶらついていたユズルは、同じ中学出身のC級隊員と鉢合わせてしまい、面倒な絡まれ方をしていた。
そこに光がやって来てそのC級隊員達を威圧して追い払うと、ユズルに満面の笑みを向けながらそう言ったのだ。
『助けてやったんだから、そのくらいしてもバチは当たらないだろー?』
彼女のその言葉に最初から自分に目を付けて勧誘の機会を狙っていたのか、と思いもしたが、どうやら彼女はユズルがまだ何処の部隊にも所属していない事を件のC級隊員の言葉から察していたらしく、ユズルがこれ以上絡まれないように隊に誘ってくれたらしかった。
隊長の影浦は、悪い意味でも有名人だ。
そんな彼の率いる部隊に入ったユズルに、面と向かって絡める度胸を持ったC級などいる筈がない。
所詮、下らない事ばかり考えてB級に上がる努力すら碌にしていない面々に、そんな胆力などある筈がないのだから。
隊に入った後も光はなにくれとユズルの世話を焼きたがり、あまり人と深く接した事のないユズルは当初は煩わしく感じていたが、今ではそのお節介が本気の親愛から来るものだと理解していたので、光の好きにさせていた。
話によれば、彼女の弟は良く出来た優秀な子で、世話を焼く隙がないらしい。
故に光は世話を焼く相手に飢えており、その欲求をユズルで満たしているのだろう、というのが同じ隊の北添の見解だった。
それはいいのだが、光は妙にユズルとの距離が近く、ボディタッチも頻繁にして来る。
思春期真っただ中のユズルにとって彼女の身体の感触や匂いは割と毒で、表面上は平静にしていても最初の頃は気が気ではなかった。
今でこそ慣れてある程度平静を保てるようになって来たが、ふとした時に光とのボディタッチを思い出してしまう程度には、ユズルは男の子だった。
「はい、熱いから気を付けなよ」
「おー、あんがとなー」
いやー、一人だとつまんないから助かったぜー、と光はからからと笑う。
お茶を用意して光の部屋にやって来たユズルはその一つを光に手渡し、光はふぅふぅ息を吐いてお茶を冷ましながらちびちびとそれを口にしている。
光の部屋は漫画やゲームで散らかっており、お世辞にも片付いているとは言い難い。
ある程度整理した形跡は見られるものの、単に隅に物を押し込んだだけで平時の状況が容易に見て取れる。
漫画本の中に平然と下着らしきものが混ざっている事には、全力で見て見ぬふりを敢行した。
ただでさえ、この部屋には光の匂いが充満しているのだ。
女の子は甘い匂いがする、というのを何処かで聞いた事はあるが、これは事実だ。
香水なのか体臭なのかは分からないが、とにかく良い匂いがするのは間違いない。
正直に言って、目に毒どころか身体に毒だった。
「それで? 体調の方はどうなの?」
「最初は38℃くらいあったんだけどなー。風邪薬飲んでひと眠りしたから、今は37℃まで下がってるぞー」
ちょいと身体は鈍いけどなー、と光はぼやくが、当初より体調が良くなっているのは事実らしい。
それでもまだ本調子とは言えない為、その視線は何処かおぼつかない。
これ以上無理をさせるワケにはいかないと、ユズルは自分のバッグから一つの
「お、なんだなんだ? ケーキじゃん、これ」
「クリスマスなのに、ケーキなしじゃ物足りないでしょ? コンビニの安物で悪いけど、今日の所はそれで我慢してよね」
光に渡したのは、コンビニで買って来たケーキだった。
これはクリスマスを一人寂しく過ごしていた光への、せめてもの手土産のつもりだった。
折角来たのだから、早く具合が良くなるように少しでも元気づけてやりたい。
そんな想いから持って来たプレゼントを見て、光は満面の笑みを浮かべた。
「おー、あんがとな。気が利くじゃねーかユズル~」
可愛い奴め~、と光は遠慮なしにユズルを引き寄せ、胸元に抱きかかえてしまった。
当然光の胸にユズルの顔が埋まる形になってしまい、流石にユズルも顔を赤くして彼女から逃れようとする。
「ちょ、止めてってば……っ!」
「遠慮すんなってー。アタシの感謝を受け取れー」
年上女性の強みを全力で発揮し、光はユズルの反応を面白がってからかい倒した。
暫くユズルをそうして弄り倒した光は、ひとしきり笑った後にユズルの頭にポン、と手を置いた。
「ま、感謝してんのは本当だかんなー。すぐに治して復帰すっから、今度こそ皆で騒ごうぜー」
「…………うん。早く治してよね、ホント。カゲさん達も、心配してたし」
「そうだなー。ま、ユズルのお陰で元気になれたし、すぐ治るって。心配すんな」
からからと笑う光を見て、大丈夫そうだな、とユズルは安堵する。
彼女は、元気に笑っている姿が一番似合う。
そんな事を密かに思いながら、ユズルは光に目を向けた。
その視線に気付いた光は、にやりと笑ってユズルの耳元で何かを囁いた。
ユズルはそんな光の一言で頬を赤くして黙りこくってしまい、光は笑いながらユズルを宥めていた。
────後日、風邪が治った光を含めた全員で延期したクリスマス会を行った。
そこでは光が度々ユズルに何かを囁き、赤くなるユズルの姿が見れたらしい。
何を話したかは、二人でなければ分からない。
ただ、ユズルは赤くはなっていたが、決して嫌がってはいなかった。
聖夜の出来事は、どうやら二人にとって特別な思い出になった事だけは、確かだった。
<FIN>
うたた寝さんにハーメルン合同ランク戦の優勝賞品として送った代物を、同意の下で公開しました。
即興で書いた代物ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
長編の方もよろしく。