「なあ……良いだろう……?」
『駄目よ、ここは友人の家なのでしょう。帰ってきた時にどう言い訳するの……』
「あいつなら受け入れてくれるって信じてる。だから、さ……」
「あーすんません部屋間違えましたわ」
自室の扉を開けたら幼馴染みがイチャラブしてた件について。
何を言っているんだこいつと思うだろう。大丈夫俺も全く意味が分からない。
一年弱行方不明だった幼馴染が何故か自室で寛いでるかと思ったら、とんでもない美少女を侍らせてるんだぜ?
そっと扉を閉じた俺は全く悪くない。
ついでにドアノブを開かないようにしっかりと握りしめ、ガンガンと鳴らされる抗議の音を完全に無視する。
なんか誤解だ、とか、女の子の怒鳴り声が部屋の中から聞こえてくるがそんなものは幻聴なのである。
現実逃避がてら唐突だが自己紹介をしようと思う。
俺はマコト。前世の記憶があるだけのごく一般的な日本人だ。
前世の記憶がある奴をそう言っていいのかは分からないが、異世界転生も最強チートもない俺はきっと転生者というやつの中でも平凡オブ平凡のはずだ。
明るい茶髪にブラウンの猫目が自慢な程度である。
そんな俺には幼馴染みがいる。
そいつは少し阿呆で、ちょっと間抜けで、褒めると調子に乗りやすく、結構な頻度で馬鹿やらかすが、根っからのお人よしである好青年だ。
……こう属性を羅列すると物語の主人公みたいだな我が幼馴染。
しかし実際に物語の主人公なのだから仕方ない。
そう。
我が幼馴染は『ゼロの使い魔』ーー平賀才人というのだから。
◇
俺が前世の記憶を持ったのは小学生の頃。
きっかけは親が持ち始めた携帯電話だった。
二つ折りでとにかく分厚いそれがどうにも古臭くて、それを親に零したら最新機種だと怒られたのだった。
そうしたら出るわ出るわ、2019年の最新型スマートフォンから始まる記憶の数々が。
その時ばかりは健康優良児を自他共に認めるこの俺も知恵熱でぶっ倒れ親は大騒ぎ。すまんかったよパピー、でも不可抗力だ許しておくれ。
「いやあ、でもまさかここがゼロの使い魔の世界だったとはなあ……」
さっき我が幼馴染は主人公だと格好つけたが確信を持ったのはたった今である。
だって17年前に読んだきりのラノベの記憶とか細部まで覚えてるわけないだろう常識的に考えて。精々記憶にあるのはピンクの髪の美少女が可愛いくらいだ。
転生した当時はてっきり逆行系小説の主人公にでもなったと思っていたのだが、俺は特に転生した意味がないモブ転生者。
俺TUEEEEE!!系のチート転生者とかの踏み台にされない?大丈夫?とは思いつつもこれまで平穏無事に過ごしてきたのだからきっとこれからも何もない。
「いい加減開けてくれって!!」
しかし現実逃避もそこまでのようだ。
ノブを固定していた手がそろそろ限界を訴えている。具体的には幼馴染ぱぅあーに負ける。
いやあ……日本で普通に暮らしていた学生に異世界生き抜いてきた奴を力づくで抑えることができると思うか?俺には無理です。確かゼロの使い魔って剣と魔法のファンタジーだったよな。
やっぱり無理です。
この俺の白く華奢な手首がねじ切れてしまいそうなのでそろそろ解放してやろう。
そう思い、俺の手の次くらいに限界を訴えていたドアノブをパッと放す。
どんがらがっしゃーん!!!
実際にはこんな擬音ではないのだが、それ以上に的確な表現が思いつかない見事なコケっぷりを披露し、我が幼馴染は勢いよくフローリングに熱いベーゼを落とした。
痛そう。
オロオロしている美少女はとりあえず置いておき、俺は久しぶりに幼馴染の顔をじっくりと見つめた。
ちょっと精悍になっただろうか。やんちゃな少年っぽい顔と雰囲気だったのに今の印象はさっぱりとした爽やかな青年だ。
少々苛立ったので頬を引っ張り声をかける。
「やあ才人。久しぶりだね、一年間もどこへ行ってたんだい? これでも心配したんだけど」
「……ああ、真。お前の鬼畜っぷりが相変わらずで安心したぜ……心配かけた件についてはすまんかった」
鬼畜とかそれほどでもない。
幼馴染の恨みがましそうな視線を流し見、部屋で所在なさげにこちらを見つめる美少女に視線を向ける。
改めて観ると、本当に絵画から出てきたような美少女だ。
乱れてはいるが、それでも艶が美しく波打つピンクブロンドの長髪。
職人が丹精込めた作品のような完璧な形をした鳶色を嵌め込んだ大きな目。
少々小柄で触れてしまえば折れてしまいそうな儚さを感じるが、それ以上に力強くも凛とした佇まいが印象的な少女だった。
見覚えはある。けれど名前はもう覚えていない。故に、俺は才人に尋ねた。
「では久しぶりに帰ってきた幼馴染に質問だ。俺の部屋でイチャついてたこの美少女は誰だい?」
「……あー。うー。なんて説明すればいいのか……」
「……!」
説明しづらそうに頭を抱える才人の様子に、ピンクの彼女は怒ったように、しかしどこか不安そうな眼差しで才人のパーカーを引っ張った。
うわ可愛い。
そう思ったのは才人も同じようで、分かりやすく頰を赤く染めこほん、と咳払いした。
「ーー俺の彼女。恋人の、ルイズだ」
見ているこちらが羨ましくなりそうな程、心底から蕩けた愛おしそうな表情と声色で。
俺の幼馴染は知らない男の顔をしていた。
◇
リビングに場所を移し、お茶を出す。
なんてことはない普通の緑茶だが、二人にとっては違うようで、才人は嬉しそうに、ルイズは不思議そうな表情で湯呑みを見つめていた。
茶菓子を摘みながら才人のこれまでの話を聞く。
なるほど。
「つまり異世界転移して美少女の使い魔として大冒険したというわけだ」
「そうなんだけど纏め方が雑すぎっ!?」
「いやまあ、とりあえず俺はキミが帰ってきてくれてとても嬉しいよ? 一年以上も音信不通で生存も絶望視されてた幼馴染が生きてたのだもの。
なんで俺の部屋でイチャラブしてたのかはともかく」
いや本当になんで俺の部屋に居たんですかねこの二人。
才人よ、お前の帰るべきところは徒歩50秒の隣家ことお前の実家だろ。おばさま心配で超身体壊してたんだから真っ先に顔見せろよ親不孝ものめが。
そう突っ込むと才人はものすごく落ち込んだ様子で部屋の隅でいじけだした。
「いや……だって……俺だって早く顔見せるべきだとは思うけど……行方不明だった息子が彼女連れて帰ってきたとか言ったら事件じゃん……」
言い訳を聞くなら一番帰りたい場所として実家の前に送られたはいいものの、勇気が持てず俺の家に逃げ込んできたらしい。
へタレかお前は。
ついでにルイズのことをなんて説明すれば良いのか非常に困っていたと。
しかし気持ちは分からないでもない。俺だって行方不明の身内が突然帰ってきて彼女紹介したら驚愕する。そして徹底的に身辺を調べる。そう考えると俺の家にきたのは英断だ。
そんな幼馴染の信頼は非常に嬉しいものがある。
それはそれとしておばさまへの心配の一ミリでも同じことを俺に思わなかったのだろうかこの野郎。
「真なら大丈夫だろ」
……。
この幼馴染は一回締め落とした方が恋人であるルイズの為かもしれないな。
「なんでっ!?」
「そういうところだぞ。さて困った。話を聞くに彼女は住む場所どころか戸籍もないんだよね? そして日本語も喋れない、と」
遭遇前の様子からすると才人とは意思疎通ができているようだが、それはきっと魔法というやつの効果なのだろう。
便利だな魔法。
俺も欲しいぞ魔法。無理? なら仕方ない。
先ほどから不安そうな表情で黙って椅子に座っているルイズを見る。
「いいよ、彼女はウチで預かろう。その間に諸々済ませてこいよ」
「……いいのか!?」
「いいも何もそうするしかないだろう? 幸い父さんは仕事で暫く出張だ。帰ってきてもなんとか誤魔化す」
おそらく才人にはこれから事情聴取やらマスコミやらがいっぱい押し寄せてくるんだろうなあ、と考えると、地球初心者のルイズを一緒にいさせるのは忍びない。
言葉が通じないのは不便極まりないが、彼女は頭が良さそうだ。
ボディランゲージとか頑張ればワンチャンくらいあるだろう。
リビングテーブルの斜め左、俺の対角線に座っている少女にしっかり目を合わせる。
「そういうわけで、よろしくルイズちゃん。俺は真。柏木真。才人の幼馴染」
『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。よろしく、マコト。
私の言葉は分からないと思うけど……こっちにもこんなのが居たなんて、聞いてないわよ才人……』
ルイーズなんちゃらまでは分かったけどあとはうん、分からん!
しかしルイズの表情を見る限り悪感情は抱かれていないと信じよう。
これから長い付き合いになるのだ。仲良くしようぞ。
これはそんな平凡な転生者と、異世界帰りの幼馴染。そして異世界から嫁に来た美少女の、なんてことは無い普通の日常の始まりだ。