「真……頼んどいてなんだけど本当にいいのか?」
「まあねえ。色々言いたいことはあるし、急なことだから納得していない部分もあるけど……他ならぬ幼馴染の頼みだぜ?
聞かないわけがないだろう」
「……。ほんっとごめん! とりあえず母さんに会って説明して落ち着いたらルイズを迎えにくるから、それまで頼むよ」
「ん、任せて。キミがいない間に高めた主夫力を披露するのがキミの彼女というのは変な感じだが、久しぶりのお客様だ。精一杯おもてなしさせてもらうよ」
『……………………』
どこまでも心配そうにこちらを見つめてくる幼馴染の背を押す。
早く帰っておばさまを安心させておやりよ、と耳打ちすると、才人はようやく納得したようだった。
「じゃあ本当、なるべく早めに迎えにくるから! なんなら隣だし窓からでも行くからな!」
「それはやめろ馬鹿」
阿呆なことをのたまった幼馴染を玄関から蹴り出し施錠する。
あーっと抗議の声が聞こえたが無視だ無視。
俺はくるりと振り返って緊張した面持ちのルイズに向き直った。
「とりあえず、部屋を案内するよ」
階段を登って角を曲がる。ノーネームのプレートの掛かったドアを開いたそこは、いまは誰も使っていない部屋だ。
その閉じきっていたカーテンを開くと、南向きの窓から太陽の暖かな日差しが差し込む。
シンプルなシングルベッドに、鏡台。そして小さなデスクが備えられたその部屋に人が住むのはいつ以来か。
そんなことをのんびりと考えながらベッドにシーツを張っていく。
後で布団も持ち込まねばなるまい。急なことだから何も準備ができていないが、その程度のことならすぐに終わるだろう。
『あ、ありがとう……。随分と良い部屋みたいだけれど、本当にいいのかしら……』
「んー。さっぱりわからん! でも気にしてそうなのは分かるよ。大丈夫、ここを使って良いのだからね」
そう、お客様はきちんと持て成せと母さんには躾けられてるからな。何も問題はない。
そう言ってばつが悪そうな表情を浮かべるルイズに胸を張る。
空き部屋とて使われていないより使われることを喜ぶだろう。
鼻歌交じりでさっとベッドメイクを終わらせると、俺はポケットからメモ帳とペンを取り出した。
才人が実家に帰った以上俺とルイズは言語での会話はできない。
けれどコミニュケーションを取る手段なんて割と色々あるものだ。
「ねえ、服を買いに行かないかな? 話を聞く限りそれ一着しかないのでだろう?」
『これは……シャツの絵? それと籠? 自分の服を指差して……ああ、なるほど。服を買いに行くのね。確かに必要だわ』
メモ帳に描いた絵が通じたらしい。
俺の絵心も捨てたものではなかった。やったぜ。
『……変な子。いくらサイトが幼馴染でそのよしみだとしても、私みたいな突然現れた人間を泊めてくれるなんて』
「んー? なに難しい顔をしているの。可愛い顔が台無しだよ」
『あっ頰に手を当てて何? ふあ、ぐにぐにってちょっと待ってんん……!』
難しい表情を浮かべていたルイズの頰をもみもみと。
素晴らしい、ぷるぷるでもちもちだ。これは非常に触り心地がいいぞ。
感動のあまりぐにぐにもみもみしているとお怒り顔のルイズに手を叩かれた。ごめんなさい。
『全く。マコトはシエスタにちょっと似てるわ。遠慮のないところとか……サイトに近いところとか……むう』
「し……しすた? シスターなんてあっちにいたのかな。そりゃまた才人が好きそうな属性だなあ……」
『本当、あっちでのサイトは凄かったのよ! いろんな女の子にアプローチを掛けられてて大変だったんだから!
……で、でも最後に選ばれたのは私だけどねっ』
「ウンウン。大変そうなのはなんとなくわかった。もー本当に我が幼馴染はタラシだなあ」
言葉は全くわからないがなんとなく女の子問題が大変だというのは身振り手振りで伝わって来た。
これは後で幼馴染に説教するネタが増えそうだ。
怒りも収まり、ルイズが納得してくれたようなので次は買い物をすることに決め、俺は改めて彼女の格好を見つめた。
「とりあえずその格好は目立つかなあ……いやでも制服っぽいしセーフ……うーん」
ルイズの服は白いシャツに紺のしっとりとした光沢が綺麗なプリーツスカート、そしてハイソックスだ。
その上には黒いマントを羽織っていたが、室内ということで今は脱いでもらっている。靴は才人が出る前に確認したが普通の革靴だった気がする。
マントがなければどこかの制服に見えなくもないだろう。
しかし今日は生憎と土曜日。学校はお休みだ。そんな日に制服のような格好をした彼女はその美貌も相まって非常に目立つに違いない。
休日故、白のTシャツにジーンズというシンプルな格好だった俺は自分の格好を見やる。
俺の身長は162センチ。対するルイズは恐らく150センチ台だろう。服を貸すにしても少しばかり丈が余る。
仕方あるまい。
「ちょっと待ってて貰える?」
◇
『へえ、それがこっちの学生の服なの? 可愛いじゃない!』
「いや、ちょっと、ルイズ。なんか恥ずかしいからそんなにまじまじと見つめないで欲しいかなー?」
『ふんふん……む、むむ胸……後身長は負けてるけど、他は負けてないし。
そもそも私、サイトと結婚したんだし。大丈夫……大丈夫よルイズ、ここには油断ならないメイドも小さいのもいない……うん、大丈夫……』
なんだかルイズの様子がおかしい気もするが、大丈夫だと信じよう。
せっかく高校の制服に身を包んだのだ。異世界からの来訪者ではあるが、休日の学生デートと洒落込もうではないか。
「まあこんな美少女の隣が俺っていうのは釣り合わないだろうけど……」
そう小さく呟いた言葉はルイズには聞こえなかったようで、内心安堵の溜息をつく。
才人は本当に何を思って俺を頼ったのやら。
『……いつかシエスタに着せてた水兵服に似てるわね。
ふーん。これがこの世界の……あいつの好きな格好……ふーん……』
「?」
制服の襟を正しながら、キュッとネクタイを結ぶ。同級生に見られたら何をしているんだ、と言われそうだ。
でもこういうのは堂々としてればいいのだ。
幼馴染に頼られて何もしないほど器の小さい人間ではないのだ、俺は。
「さて、それでは楽しい学生デートと行きましょうか」
家に施錠をして、隣家を一瞬見やる。
女性の泣いているような声と、オロオロと狼狽しているような青年の声がぼんやりと聞こえ苦笑を浮かべる。
それは隣にいるルイズも同じだったようで、複雑そうな表情を浮かべている。
『……』
「……行こう。おばさまがちょっと落ち着いたら、才人もルイズを紹介してくれると思うから、さ」
『……何か勘違いされてそうだけれど……いいわ。言葉が通じないのは不便ね。
ええ、行きましょう。案内をお願い』
どこか呆れたようなルイズの視線に首をかしげる。
あれ、ニュアンス違ったのかな。
身振り手振りと、若干の絵での会話は案外と楽しかった。
特に才人の絵を描くとルイズは笑ってくれるし、俺もほんのり胸が暖かくなるというものだ。
電車の途中でルイズに才人の絵を描いてもらった時はどこの美術の絵画かと思うくらいに美化されてはいたが。
まあ恋する乙女にとって恋人はそういうものだ。
気にしない方向で行こう。
……そう想うものの。
「……あっちで才人はそんなにカッコ良く見られるくらい活躍したんだなあ」
我が幼馴染、遠くへ行ってしまったんだなあ。
そう考えるととても寂しくなる。
俺の知っている幼馴染は本当に高校生かと疑うくらい子供っぽくて、ちょっとスケベで同級生の女子達からはあんまり好かれていなかった。
俺は幼馴染だし、この通り一人称からして男の意識が強いのであまり気にしていなかったのだが……置いて行かれたようで非常に寂しい。
『ねえどうしたの? 大丈夫?』
「……あ。ごめん、なんでもないよ」
そんなことをしている間に降車駅の名前を聞こえる。誤魔化すようにルイズの袖を引くと、彼女は鳶色の目をまあるくこちらに向けた。
何か言いたげな様子だけれどそろそろ目的地に到着する。
また後で、と唇に手を当てた。
「降りるよ」
『え、ええ……』
そういえば今気づいたが、周囲の視線を集めていたようだ。いくらルイズが美少女だからとはいえ不躾に見てくるのはどうかと思う。
まだ空いている電車だから良かったが、これが満員電車だと考えたら恐ろしい。
視線が全て野次馬のように思えて来て嫌な気分が浮かんでくる。
しかしそれはいけない。切り替えだ。
「ショッピングモールにご到着〜」
意識して明るい声を笑顔を浮かべる。
改札口で少々のトラブルは起きたが、それ以外は特に問題なく俺たちは目的地ーーショッピングモールへと辿り着いた。
休日だからか混雑しているが、まあどうってことはない。
しかしそれは俺の感覚で、ルイズはそうではないらしい。人間の多さに驚いているようだ。
『ひ……人多いわね……。というかここ何……店? どこかのびっくり城とかびっくり屋敷じゃなくて……?』
「逸れたら大変だけど、慣れたらどうってことないよ。嫌かもしれないけど、手を繋いでいこう」
人混みの中逸れたら少々面倒だ。
俺はルイズの手をしっかり握りしめると、慣れた道のりを歩き始める。
俺の手より小さくて柔らかな少女の手はじんわりと暖かい。
……。
「……あいつ、こんな可愛い子捕まえてほんとなんで俺を頼るんだよ……バーカ……」
『マコト?』
「ん! なんでもない。さあさあいこう。女の子のコーディネイトは任せろおー」
『……。
この場にサイトがいなくて、ちょっとよかった……かも……』
ごしごしと目に入ったゴミを取り除いている間にルイズが何か言っていた気がするが、よく聞こえなかった。
まあ聞こえていてもわからないのだが。
なんというかルイズの背後に猫が威嚇しているような姿を幻視する。
……流石にそれは失礼か。
『カシワギマコト……えっと、カシワギはファミリーネームだからマコト・カシワギ……!
私、絶対譲らないからね!』
「……あの、ごめんね? そんな指を差して威嚇されても心当たりが……」
『絶対絶対、譲らないんだからねー!!』
この後ルイズの説得にめちゃくちゃかかった。