「めっちゃ楽しかったー!!」
『何よこの人混み! 貴方なんでそんなに平然とできてるわけ!?』
何を言ってるかはわからないけど怒ったルイズの顔も可愛い。
ショッピングモールについた俺たちは早速買い物に行くことにした。
目的は当面の着替え含む生活用品。
いきなり同い年?か少し年下くらいの女の子が同居することになるのだ、いくら俺のものを貸したりしても限度がある。
特に体格なんかは全然違うしね。
『何だか邪な思考を感じたわ』
ジト目で見られたけれど彼女は心が読めるのだろうか。きっとなんか察してる気がする。
気のせい気のせいとごまかしながら服、小物、そして今日の晩御飯の買い出しへと向かう。
今日はお客様がいるのだ、少し張り切るぜ。
「今日のご飯は豪華にお肉〜」
季節は春。
と言っても少しばかり冬の残り香薫るほど寒い日だ。
今日は豪華にお鍋としよう。
ちょっといいお肉と普段買わない最近お高めなお野菜を買い物カゴに突っ込んで、困惑しているルイズに持たせてさっくり会計。
はいあとは帰るだけ。
両手いっぱいの買い物袋を抱えた休日の女学生二人はまあ目立つのだ。
鬱陶しいナンパや私服のクラスメイトの追求をにっこり愛想笑いでかわしてショッピングモールから帰路へ着く。
視線は凄まじかったけれど、ここは無関心王国日本。
物珍しい目を向けて来ても入れ替え立ち替え、最終的には買い物に集中している内に気にならなくなる程度に減った。
しかし、買った買った。
「これは後でサイトに請求しないと割に合わないなー」
『買いすぎなのよ。私、こっちのお金ほとんどないのに……楽しすぎるのもいけないわね』
華奢なお嬢様にしか見えないルイズだったが、根性はあるらしく最低限の荷物運びをしている。
最初は俺が全部持とうとしたのだが結構な勢いで奪われたのもある。
どうやら彼女は負けず嫌いなのかもしれない。
帰りの電車でさりげなく一つこっちで運ぼうとしたら凄い勢いで威嚇されたし。猫かな?
サイトは犬派だった気がしないでもないけど、猫もかわいいし仕方ない。
そんな感じで楽しんで帰ったらサイトの家周りが凄いことになってた。
「人間の津波だ……」
どこから湧いたのか、見知った顔から知らない大人やらが屯している。
見知った顔はクラスメイトや去年の同級生に小中の友人に……って多い多い。知らない大人は単純に俺が知らない顔なのでサイトの親戚の可能性もあるが、カメラを構えている以上マスコミか何かだろう。
そういえば才人のやつはずっと行方不明で、最初の頃はよくマスコミがお隣さんやうちにインタビューしに来ていたということを思い出す。
それにしても聞き耳早くない? 盗聴器でもつけられているのだろうか。
ちょっと不安になった。
しっかし、人が集まりすぎて俺の家にすら辿り着けそうにないのだが。
『この人集りはなんなのかしら?』
「面倒臭いなこれ……近所迷惑が過ぎるし通報しちゃおうかな」
『マコト、マコト。怖い顔よ?』
ひとまず通報を済ませ、さてどうしようか。
正直荷物が重たいので帰りたいのだけれども、いま帰ったら絶対に面倒臭い。
「ここで待ってて」
荷物をルイズに預け、人だかりと化した我が家へと向かう。
「──あっ柏木さん!」
「平賀くん帰って来たんだよね! ってなんでせーふく?」
「ちょっと所用があったんだよ。ねえこの人集りなに? 家に帰れなくて困ってるんだけど」
「それがねえ……」
どうにも話を聞く限り、才人が実家に帰るのをたまたま目撃したクラスメイトがいたらしい。
そこからあっという間に噂になって、まずは仲の良かった同級生たちが野次馬に。そして話を聞きつけたマスコミがそれを包囲しているそうな。
行動が早すぎて怖い。
「それでウチまで迷惑かけられてたらキッツイんだけどなあ」
「えー。でも一年も行方不明だった幼馴染が突然の帰還だよ! 女の子的に根掘り葉掘り聞きたくなるものじゃないのー?」
「話は聞くけど先に周りがこんな大事にしてたら逆に引いちゃうよ」
「……こわー」
「うちらが言うのもなんだけどー、幼馴染に対してドライすぎなーい?」
「……」
「いいんだよ。一年以上も幼馴染に対してノーコメントだったくそやろーなんだから」
○
サイレンの音がする。
蜘蛛の子を散らすように人が離れていく──。
……時間にして数分だったはずなのに、酷く疲れた。気がする。
『マコト』
「……あー。ごーめん。お待たせっ」
『マコト』
「疲れたよねホントさ。勘弁しろっての。今日はもう才人のとこ行けなさそうだわ」
『マコト!!』
ぐい、と腕を引っ張られ。端正な顔立ちが真正面にくる。
そのままぽすん、と。情けない音を立てて、柔らかな……あたたかく頭が包み込まれる。
『ひどい顔よ』
「……あれ、ルイズ? ルイズさーん? 俺、なんで抱きしめられてるの?」
『うるさいばか。言葉は分からないけれど、貴女もばかよ。あいつと同じ』
「なんで怒ってるんでしょうか? そんなに待たせすぎたかなあ」
あれよあれよと言う間に鍵をふんだくられ、家の扉を開けられた。
おや? おかしいな、ルイズ強くない?
そのままぱっぱっぱーと荷物が放り込まれ、最後に俺に手が差し伸べられた。
『ほら』
「おかえりなさい」
『こっちの言葉ではこう言うのでしょう?』
「……あ」
たどたどしくも紡がれた言葉に我に返る。
俺は今、一体何をしていた?
惚けて惚けて、お客様を放って。心配をかけて。
…………何してるんだ本当に。と、自分への怒りがこみ上げてくる。これでは母に、あいつに顔向けできなくなる。
息を飲み込み、胸を下ろす。
体の強張りが少しだけ解けて、ようやく上を向けた。
ルイズを見る。
堂々と、鮮やかに咲き誇る華のようだった。
「ただいま」
「ありがと」
『どういたしまして』
やっぱり彼女、こっちの言葉を理解してない?
ただ、今はそんなことはどうでもいい。俺は、この気を使ってくれたお客様を今度こそしっかりもてなさないとね。
どうにも疲れているらしいけれど。任されたことはしっかりとする。
それが母さんとの約束だもの。
俺はまずお客様をもてなそう。
それがきっと、一年経っても変わらない幼馴染からの信頼の証なのだろうから。
……。
本当にムカつく幼馴染なことだ。全く。