始まりの天使 -Dear sweet reminiscence- 作:寝る練る錬るね
やあ、みんなよいこで寝たかな?
それじゃあ本日のお楽しみ!『お願い!マーリンお兄さ』……あぁ。この霊基じゃあ違うんだったね。『お願い!マーリン君教室!』を始めていこうか!
うん?著作権?……まさか、齢10代の子供に著作権なんて言わないよね?お兄ちゃん、お姉ちゃん?
……さて、今ので慌ててしまったショタコンのことはおいといて。今日解説するのはこちら!『
藤丸君たちはシドゥリ殿から既に聞いているから、これはおさらいという形になる。
ではまず、
ずばり、
しかもこの呪い、体に何か影響を及ぼすわけじゃあない。あくまで精神に働きかけるだけ。体は健康そのものさ。……故に、治療法がない。どれだけ優秀な治療薬でも、心までは治癒出来はしないからね。
では次に、どんな症状なのか、だが。
君は、現実が辛くなることはないかな?
世界は君の思うがままにはなってくれない。
好きな人は振り向いてくれないし、やることなすことは全て空回り。大切な人とはすぐに仲違い……いや、そもそも大切な人や好きな人と、仲良くなることすらできないかもしれないね。
自分が思い通りに行くことなんて一つもなく、辛いことばっかりでうまくいかない日々。そんな日常が、辛くなったことはないかな?
さて、そんなあなたこの『
この呪われた地で眠れば、君の理想は現実になる!
例えば、好きな子は君にメロメロで、やることなすことはすべてうまく行くだろう!勉強ならトップの座は揺るがないし、運動ならエース間違いなし!当然、友達も沢山!社会人なら仲のいい仕事仲間に恵まれ、仕事もバリバリこなせて、給料もたくさん!昇進……いや、君が社長、王になることができる!誰よりも人気者で、みんなの憧れ!恨みを買うこともなく、誰からも愛されて、大切にされる!何の弊害もない素晴らしい日常を送ることができるよ!
……まぁ、その全ては虚しい夢なんだが。
とまぁ、大体の人が勘づいてるしているとは思うけど。……簡潔に説明するなら
そして、
そんな呪いが広まってしまったものだから、バビロニアは一夜にして、精神が弱い人間ほど簡単に死んでいく魔境へと変貌を遂げたわけさ。
たった一度だけなら耐えられた人々も、何日も見せられ続ければ魔が刺すことはある。死ぬほどお腹が空いているのに、目の前で大好物が転がっているんだ。自制の鎖はやがて壊れる。そうやって何百人も人は死んでいって、そのまま人類は滅亡!
めでたし、めでたし……
……とは、いかなかったんだよね、これが。
「………とんでもない悪夢を見た気がする…」
立香の寝起きは最悪だった。……マーリンが異様なほどのハイテンション(元からあんなだった気もするが)で、ひたすらに
ふと横を見ると、そこでは黄色の少年がすぅすぅと寝息を立ててあどけない寝顔を晒している。……半裸に立香のシャツを着ただけの状態で。
いや待ってほしい。決して立香の趣味とか、そういう訳ではない。ただハーメルンが、眠っている間に無意識なのか突然レインコートを霊体化させ、半裸になってしまったのである。
レインコートの下がまさかスパッツのような下着だけというあまりにも露出狂じみた格好。立香も慌ててハーメルンを起こしたが、その身体は不動。しかして自由にあらねばならぬ。即ち其、無念無想の境地なり……と言わんばかりに、どれだけ揺さぶろうとその目が開くことはなく、規則正しい寝息を崩すこともなかった。ので、仕方なく立香の服を上に被せたわけだ。あとで小一時間ほど問い詰める予定ではいる。
ともかく、マシュがこのまま現場を目撃すればまた誤解を招きかねない。ゆっくりとベッドから身を起こし、立香はベッドからの脱出を試みた。
幸い、ハーメルンが抱きついて止めるなどというベタな展開もなく、扉を開けて下の階へと降りる。石造りの硬い階段を降りれば、そこには椅子に座ったマーリンとアナがコップを片手に机へ向かっていた。
「おや?随分と早いお目覚めだ。眠れなかったかい、藤丸君」
「……おはよう、マーリン。…………なんか目が冴えちゃってさ」
お前の関わる悪夢を見たから飛び起きたんだよ!と叫ぶ……或いは横で寝ていた美少年が気になって眠れなかった、などと言うわけにもいかず、適当に言葉を濁して返しておく。いかにマーリンが飄々とした性格であるからといって、暴言を吐いていいわけではない。
「アナも、おはよう」
「……おはようございます、藤丸」
アナは相変わらず素っ気がない。黒いフードの下から少し覗く紫の目は、あまり興味がなさそうにこちらから視線を外していた。
特にやることもないので、マーリンに倣って椅子へと腰掛ける。どうにも早朝の時間に起きてしまったようで、手持ち無沙汰な感覚が否めない。
折角だから、何か話題を……と探していると、昨日シドゥリに話された事がどうしても脳裏を過ってしまう。
「……ねぇ、マーリン」
「うん?どうしたんだい?」
「……ギルガメッシュ王に召喚されたマーリンが、
「あぁ、うん。ボクはギルガメッシュ王に呼ばれてすぐ、対策を要求されてね。幸い……というかボクは彼と元々面識があるから、狙って呼ばれたんだけど……事件が
……そう。マーリンが救世主扱い、国の命扱いされているのは、一重に
結果、マーリンは魔力を使いすぎて小さくなり、
「……でも、突然どうしたんだい?今更ボクの功績なんか持ち出して……褒めたって何も出ないぞぅ?」
「……こんなやつに人類が救われてしまうなんて…人類史の汚点です……マーリンは死んでください」
「ははは、ボクが死んだらこの特異点が滅んでしまうよ!今やボクとウルクは一心一体。ボクこそがウルクの命なんだからね!」
「……藤丸。下種へ地位を与えた最悪の例がこれです。わかったらコイツを殺してください」
少し……というか、かなり不機嫌そうに毒を吐くアナ。あながち冗談でもなく、マーリンへ恨めしそうな視線と殺気を送っている。立香は辛うじて苦笑いらしきものを返すしかできなかった。
「……で、話を戻すんだけど。……昨日のシドゥリさんの話だと、寝ても安全なのは、ウルクの中だけなんだよね?」
「あぁ。正確にはウルクと、北壁近くの兵舎、観測所などの重要施設だ。……残念ながら、他には一切手が回らないし、私の身ももたなくてね。密林で覆われたウル、エリドゥは分かっていないが……それ以外の地の人はウルクに移住してきているはずさ。事実上、ここが最後の砦というわけだ。……それが、どうかしたかい?」
「……うん、その……
つい一昨日のことを思い出しながら、立香は呟く。ボロ布を纏った彼が苦しみながら口にした忠告の一つ、『野宿はせず、魔獣戦線か西の森に向かえ』というものを。
マーリンは合点がいったと大きく頷き、手を顎に持っていきながら考えるそぶりを見せた。
「……九割方そうだろう。魔獣戦線はともかく、ボクのいた西の森に向かえと言っていたなら余計に。逆に言えば、魔獣戦線の外ではボクに会う以外に藤丸君が助かる術はなかった。香柏の森に私がいることを知っていたとしか考えられない。もしかすると、ハーメルン君がいることも知っていたのかもしれないね」
「……じゃあやっぱり。あの子は今は味方、なんだよね。………そっか」
「……藤丸君?」
その忠告が正しいならば、他の二つも信じていいようだ。『常識を疑う』ことと『冥界の誰かに二人の名前を伝える』こと。忘れないように、しっかりと覚えていなくてはならない。
……それにしても。最初の出会いからなにから、彼には助けられている。なんでも、とんでもない力の持ち主らしいし、その彼が味方であることは、少しだけ心強い。
もし。もし、彼を味方につけることができれば、この特異点の修復にもぐぐっと近づけるのではないだろうか。
「……ねぇ、マーリン。あの子を魔術王の手から救う方法って、本当にないのかな?」
「……そこか。…藤丸君には悪いが……無いよ。それほどまでに、魔術王の力は圧倒的だ。あるとすれば、サーヴァントの彼を消滅させることぐらいだろうが……彼の戦闘能力は一線を画すものだし、そもそも、藤丸君が訊きたいのはそういうことではないだろう」
「だよね……そんな方法があるなら、とっくにやってるんだった……」
がっくり、と肩を落とす。……とはいっても、こんなことでいちいちウジウジはしていられない。しっかりと切り替えて、自分が今できることを、精一杯しなければ。
「……いい顔になったね、藤丸君。昨日の夜は少し思うところがあったみたいだが……その調子だと、一皮剥けたみたいだ」
「……一皮剥けたというより、元に戻ったって感じだけどね。今日から仕事もあるし、頑張っていかないと!」
パンパン、と景気づけに自分の顔を二回叩く。少しヒリヒリとしたが、目覚ましには丁度いい痛みだ。
ここから半月。立香は、ウルクでの様々な仕事に身を投じることになるのだから。
〜ここからは、都合上天の声が実況を行わせていただきます〜
「冥界!デートスポット少なすぎ案件!!」
アンヘルは嘆いていた。というか、悶えていた。メスラムタエアの床にだらしなくねころがり、ごろごろごろごろと羞恥と思考を繰り返して。
「……勢いでエレシュキガル様を誘ったはいいけど…デートって、そもそも何をすればいいんだろ…?」
そう、事件は数日前。アンヘルが中途半端な知識でエレシュキガルをデートに誘ったことが引き金である。
なんとなく。そう、本当になんとなく。深い考えなど一切なかったアンヘル。ふと頭に思い浮かんだデートという単語をお出かけと間違えて解釈し、せっかくなのでエレシュキガルを誘ったというだけ。後にデートの意味をエレシュキガルの部屋の掃除中に(しかもエレシュキガル愛読の本を見るという史上最悪の大事件)を以って知り、今に至る。
デート=仲良しの異性のお出かけ感覚であったアンヘルは、当然の如く
エレシュキガルほどではないが、異性と関わった記憶など今のアンヘルにはない。そもそも、エレシュキガル以外の知性体と触れ合ったことすらない。あるとすれば精々、地上から輸入出という形で送られてくる貢物に入っている書物のなかぐらいで。むしろなぜデートという単語を知っていたのかすら怪しいレベルだ。
まぁ、今の記憶にない生前を含めても彼に親しい異性といえばシドゥリ(ほぼ姉ポジション)ぐらいのものなのだが。
「……ま、まさかデートがこれほど難易度の高いものだっただなんて……ぼぼぼぼ、僕はどうすれば……!」
残念ながら、アンヘルに発言を取り消すなどという選択肢は存在していない。なんだかんだ、ルンルンと機嫌を良さそうにしてデート当日を待っているエレシュキガルを見て、そんな発言ができるのは悪魔か何かだ。
「と、とりあえずお菓子は作るとして……冥界、
あと七日。それが、アンヘルに残された執行猶予期間だった。……何か綺麗なものを作るにしても、時間が圧倒的に足りなさすぎる。
「……いや、そもそも相手は神様…何かを期待されてると思う方が間違ってるのか……?やっぱり、僕なんてエレシュキガル様になんとも思われてないんじゃ……」
もしかして、今慌てている自分を見て楽しんでいるだけなのでは……と頭にそんな想像が浮かんでは、ないないとアンヘル自身がその可能性を否定していく。
最近鼻歌を歌いながら仕事をしているのを知っている。一週間のカウントを本のしおりにしているのを知っている。ここ数日アンヘルの顔を見ると赤面して逃げ出すのを知っている。……どれ一つとっても、めちゃくちゃ楽しみにされていることは疑いようもないわけで。
「……と、とりあえず本で予習しておこう。う、うん。勉強は裏切らない。……裏切らないよね…?」
取り出したのは、エレシュキガルのベッドの下から持ち出した……もとい、丁重にいただいた恋愛小説。箱入りのお姫様が他国からやってきた少年に世界の光を教えられ、愛の逃避行を繰り広げるという、完全にどこかで見たことのあるストーリー。
エレシュキガルが赤面してキャーキャー言いながら読み漁ったそれを、同じようにアンヘルは読みこんでいく。
「わ、わぁ……こ、恋人同士でもないのに、ててて、手を繋ぐなんて……ふわぁぁぁ……」
………正直なところ、不安と暗雲以外の何も見えない光景であった。
そして、六日後。女神と天使が緊張して仲良く冥界で寝不足になる前日の、ウルク。
「………んん〜!今日もよく働いたなぁ…!」
「はい、お疲れ様です。先輩。粘土版づくりというのは、なかなかに大変なものなのですね。かなり肉体を酷使しました」
「でも、仕事にも慣れてきたね。かなりコツが掴めてきたよ」
数日して、ウルクにかなり馴染んでしまった立香とマシュ。今日も今日とて仕事に励み、給金で買ったパンを片手に帰路へついていた。
夕焼けがいい塩梅に沈んでいき、店じまいを始めていたウルクの商店街を紅く染めていく。美しい光景が目に眩しく、少しだけ、目を細める。
「……最初の頃こそどうなるかと思いましたが、ウルクの人たちは優しくてよかったです」
「……あぁ。俺も色々あったけど、この生活を楽しんでるかも」
……でも。やはり、
時間が必要だ。それはわかっている。それでも、立香にはもどかしかった。どうにかして、
「フォ、フォウ!フォウ!」
「……フォウさん?」
ふと、立香の肩に乗っていたフォウが路地へと吠え始めた。薄暗い路地をよくよく見てみると、そこには、ボロ布を被った老人のような男性が座り込んでいた。
「……きっと、お腹が空いているんじゃないでしょうか…」
「………」
立香は無言で、その路地へと足を踏み入れる。こちらに気付いているのかいないのか、老人は身動き一つとらない。
老人の前でしゃがみこみ、手に持った袋の中から比較的大きめのパンを取り出す。
「あの、これ……差し出がましいですけど…」
老人の手が、ピクリと動く。生きているのかすら怪しかったが、どうやら意識はあるようだった。
しかし、パンは一向に受け取られる気配はない。……老人は、ただ布地の奥から立香を見据えている。
その口が開かれたのは、およそ十秒後。
「……謂れのない憐みは悪であり、施しもまた、同じである。だが、その心に寄り添おうとする想いは、悪と断じることはできぬ」
地が震えるような、低い声だった。酷く掠れているのに、決して弱々しいなどとは思うことができない、不思議な声。
「……余計なお世話、だったでしょうか?」
「……いや、受け取ろう、若きものよ。そしてその心遣いに感謝を表し、こちらから返礼させてもらう」
「いえ、そんな。お礼だなんて……」
「心して、聞くが良い」
咄嗟に拒否した声が、有無を言わせぬ圧力をもった声で押しつぶされる。布地の奥に見える無精髭としゃがれた肌が、ビリビリと圧を放つ。
「この国を、三つの復讐が襲う」
「大切なものを傷つけられた者に、同調を示してはならぬ。他者からの仕打ちを返そうとするものに、望みを与えてはならぬ。そして……何かを恨み続ける者に、真実があると考えてはならぬ。……
そして、すべてを言い切った老人が持っていた杖をつく。……すると、目が開けないほどの突風が立香とマシュを襲い───そして、次に目を開けた時に、その老人はもう、どこにも見当たらなかった。
「……今のは、一体…」
「……わからない。……でも」
少なくとも、先の言葉が絶対に忘れてはならないことであろうことは、立香にもわかってしまった。
……その忠告が活かされる、たった二週間前の出来事である。
さて、いい加減フードと忠告に見飽きてきた今日この頃。
次話はいい加減出番が少なすぎたアンヘルくんメインのお話です!