始まりの天使 -Dear sweet reminiscence-   作:寝る練る錬るね

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ダイス振っときますね。

90/90 98 失敗
1D20……6
アイデアロール 成功
1D10………5
状態:一時的狂気 疑心暗鬼 5時間




第五節 (つぐな)いと悔恨(かいこん) (1/5)

 少年は一人、高台の上で笛を吹く。黄色の布(・・・・)をまるでレインコートのように纏い、この辺りでは特に珍しくもない金髪を音と共に風へ流して。両足を宙にぶらぶらと彷徨わせる遊び気が、子供らしい無邪気さを感じさせる。

 

『ん?かみさま?』

 

 突然、演奏者のたどたどしい声と共に曲が止む。豊かで重厚な旋律が山にこだましきって、静寂だけが残った。

 

 次第に、ドサリ、ドサリ、と何かが地面に当たる音が静かに孤立した山々に響く。旋律のように、或いは合唱のように鳴る大量の音。それが百五十を超えたあたりで、ようやく静けさが戻ってきた。

 

『むぅ、もうちょっと遊びたかった……』

 

 虚空に向かって話す少年は、どことなく楽しそうだ。まるで親と話すような、平和的な笑みをその頰に携えている。端正な造りの顔と相まり、レインコートに隠れてさえいなければその光景は誰もが絶賛するものだろう。

 

『わかった。じゃあ(ボク)は行くね。バイバイ、みんな』

 

 崖下に向かって手を振った少年は、またおもむろに笛を吹き始めた。お気に入りの『セラエノ』と名付けた笛を吹き終え、最後の仕上げにと蜂蜜酒を口に運ぶ。喉を鳴らしながら、いとも簡単に一升瓶の中身を飲み干していく姿は、はたまた壮観だ。

 

 数秒後、瓶から口を離した少年は、その口から悍ましい呪文を唱え始めた。呪文を口にする声は酷く低く不鮮明で、とても先程までの声と同じとは思えない。暴虐で邪悪な災厄を呼び寄せる唄は、おおよそ人間には再現できないであろう発音で、発声で、言語で、紡がれていく。それは名状しがたき存在を予感させる、意味不明な言葉の羅列だった。

 

『いあ、いあ、──、──…』

 

 黄色の少年が、踊るように名状しがたき者を賞賛し、賛美し、愛敬する。そのあまりに美しく、冒涜的な呪文は、心が理解することを拒否するのか、まるで通り抜けるように頭に入ってこない。ぬるりと撫でられるような不快感だけが耳を突く。そして、少年が言葉を終えてからしばらくすると、遥か彼方から黒い生物が近寄ってくるのがわかった。

 

大きな翼をはためかせて地上に降り立ったモノ。それはカラスでもなく、モグラでもなく、アリでもなく、ハゲタカでもなく、腐乱死体でもない。強いて言うなら、巨大なコウモリのような、そして昆虫に似た別の何かだった。

 

 常人が見ればあまりの恐怖に発狂しそうなソレの巨大な体に、少年は平然と足をかけ、登っていく。

 

『カラス君、相変わらず乗り心地悪い〜』

 

 間延びした文句に、黒い生命はまるで反応せず離陸を始める。全ては背に乗せた、自分よりも圧倒的に小さな眷属を、兄弟を導くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程まで動いていた(・・・・・・・・・)、百を優に超える子供の腐った死体に見向きもせず飛び始めた。

 

 

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「……うわああぁぁっ!?」

 

 汗が、身体に張り付く。大声を上げて飛び起きてから、その不快感が夢から現実の感覚へと身体機能をシフトさせる。先ほどまでの光景が夢だったと気がつくのに、数秒を要した。

 

「………はぁ……はぁ……」

 

 やけに乱れた呼吸を、何度も深呼吸して整える。いつもは恨めしい朝の冷たい空気が今この時はありがたい。

 

「………………なんなんだ、アレ……?」

 

 あの異形。あの異様。あの威容。ようやく落ち着いた立香は、夢の中に出てきた怪物の姿を思い出す。頭にその存在を浮かべただけでも吐き気がするが、なんとか抑えて必死に特徴を覚える。

 

 ……到底夢とは思えぬリアリティ。非現実的で、現実的だ。いや、そもそもそんなものがなくても夢でないと確信できる。なぜなら───

 

「………ハーメルン、だったよな?」

 

 アレを呼び出したのは、紛れもなく自分の隣で眠る少年だったのだから。

 

 ゆっくり、ゆっくり、起こさないように。若干の恐怖を覚えながら、立香は隣のハーメルンを見やる。……幸い、まだ眠っているようで起きる気配はない。今の時間はわからないが、空がそこまで明るくないことから、いつも彼が起きる時間帯とは遠いはず。

 

 彼だった。まごうことなく、死体を(もてあそ)んでいたのも、あの悍しい怪物を呼び出したのも。口調も、雰囲気も。先日観測所で見た弱弱しいハーメルンとは、そのほとんどが違ったが、全てが間違えようのないほどに彼を表していた。

 

 つまりあれは、過去の記憶。生前のハーメルンが行った、何かしらの行動だ。

 

 

 ……この数日で、二つ変わったことがある。

 

 一つ。ハーメルンとの距離。一緒に眠ることは、彼自身が望んだ妥協点として変わらなかった。だが、屋上で星を眺める日課は無くなった。そしてギルガメッシュの忠告もあってか、ハーメルンは露骨に立香を避け始めた。立香も、それをどうにかしようとはできなかった。それに踏み出す勇気を持っていなかったからだ。二人の間に、必要以上の会話はなくなってしまった。

 

 そして、二つ目。悪いことをしてしまっているような罪悪感を抱えながら、マシュにやるときのように。意識してハーメルンに目を合わせた。すると、何やら映像のようなものが浮かび上がってくる。

 

 筋力B-、魔力C、耐久D、幸運E-、敏捷C+、宝具Dから始まる文字の羅列。それは、マスターならば見ることができるサーヴァントのステータス情報。これまで何故か見ることができなかった、サーヴァントとしてのハーメルンの簡潔なあらましのようなものだった。

 

 パラメーターの欄を流し見て、スキル。彼が生前から有していた特徴の一覧を見る。

 

 そこには、セラエノの魔笛(まてき)・A++。精神退行・B-。どれも聞いたことのないスキルが並んでいた。スキルの詳細わからないときは、注釈や効果の解説の付いているはずだが、生憎とその欄は全て文字化けしていて読むことができない。

 

 それらを飛ばして、二重召喚(ダブルサモン)・A。というスキルの欄で、目が止まる。

 

 珍しく情報が書かれているそこには、

 

二重召喚(ダブルサモン)・A

 二つのクラス別スキルを保有することができる。極一部のサーヴァントのみが持つ希少特性。ハーメルンの場合、子供を大量に連れ去ったという特性がアサシン、■■■■■と接触してその力を得たという特性がフォーリナーとなり、両方の結びつきが強いためそれぞれのクラス別スキルを獲得して現界している』

 

 と、一部塗り潰されたようになった文が、簡潔に添えられていた。

 

 ほんの数日前明らかになった、彼がアサシンながらフォーリナーなるクラスを名乗る理由。

 

 稀だが他のサーヴァントにも確認されているスキルらしく、ハーメルンの場合はメインの霊基をアサシン、それに加えてフォーリナーなるクラスのクラススキルを得て現界しているため、自称とクラスが違うという事態になったのではないか。というのが、カルデアの見解である。

 

 しかし逆に言えば、このスキルの存在で彼の言う降臨者(フォーリナー)のクラスが、虚言ではなくエクストラクラスとして存在していることが明らかになってしまった。……今この時は、そのクラスがどうしても先の夢と関係がないとは思えない。

 

 続けて、まだ残っているスキルの欄。『¥€○#*<〆#』・%×……情報どころか、スキル名、ランクすら文字化けしている始末のもの。マスターの立香ですら、何が書いてあるのか読めない。ハーメルンに直接問いただすこともできず、悶々としながら次に進む。

 

 次は、クラススキル。スキルとは違い、英霊のクラスについたことで新たに得た特殊な力。もしくは元々持っていた権能などが記されたもの。本来のアサシンであれば[気配遮断]のみだが……そこにもまた、頭が痛くなるような文字列が並んでいる。曰く。

 

 

 

『領域外の生命・EX

 詳細不明。恐らくは地球の理では測れない程の生命を宿している事の証左と思われる。

 

 神性・B

 %$○☆〆#%€$¥%☆€○の“娯楽”となり、強い神性を帯びる。 世界像をも書き換える計り知れぬ驚異。その代償は、絶えぬ☆の%〆

 

 巋エォ☆の生命・A

 々〒$○の◾️◾️であるが故のクラススキル。%☆$布は彼の存在を覆い隠し、その本体を朧げにぼかす。アサシンのクラススキル[気配遮断]と融合している』

 

 

 

 ……やはり、何度確認しても同じ。普通のサーヴァントならば絶対に持ち得ないはずの[神性]と、聞いたことすらない[領域外の生命]、文字化けした謎のクラススキル。それにどれもこれも、要領を得ない解説ばかりだ。

 

「……君は……何者なんだ?ハーメルン……」

 

 この情報は、全てマーリンとカルデア、マシュに伝えてある。その上でマーリンは『警戒はすべきだが問題ない』とのほほんと言い切った。だが、どうしてもあどけなく眠る少年の姿が、死体を笑いながら操る狂人の姿と、被って見える。それが立香には、堪らなく恐ろしい光景のように思えるのだった。

 

 

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 それから、数日が過ぎた。シドゥリが約束した半月まで、あと一日。月日が迫って、立香たちが緊張に追われる最中。立香達はエリドゥの神殿に呼び出され、ギルガメッシュからの王命を下された。

 

『いっけね!冥界に行った時寝落ちしながら書いた粘土板、クタにあるの思い出したけど内容忘れちった!てなわけでとってきてね!シクヨロ☆あとハーメルンは連れて行くなよ☆距離置けっつったもんな?』

 

 と、纏めるとこういう風になる。………とんでもなく不穏な電波を受信した気がするが、内容は割とあってはいるのでそのままにしておく。

 

 そして今。立香、マシュをはじめとする四人は、ウルク近くにある牧場へと足を運んでいた。

 

「あらあらあら、誰かと思えば立香ちゃんとマシュちゃんじゃないの!ハーメルンちゃんなら今ちょうど羊を任せてるからいないわよ?」

 

「こんにちは。ご無沙汰してます、ディナルドフさん」

 

「お久しぶりです……」

 

 あら、礼儀正しいこと。と何故か頬を染めているのは、ハーメルンがお世話になっている牧場主。ディナルドフ、という人物だった。

 

 吸い込まれそうな長い黒い髪に、二メートルもの身長(・・・・・・・・・)チャーミングな上腕二頭筋(・・・・・・・・・・・・)を始めとする筋肉質な人物…………まごうことなき(オトコ)であった。

 

 立香とマシュはハーメルンを迎える際に何度か会ったことがあるが、この人物を若干苦手としている。

 

「んまぁ、隣の可愛いお二人はどちら様?立香ちゃん、また新しい子を手籠めにしたの?相変わらずヤり手ね〜」

 

 手籠ちゃうわ!……と、何故か関西弁で即座に返答しそうになったが。ムキムキの体のどこにそんな柔軟性があるのか。クネクネしながら立香のはるか上から頭を優しく突いてくる(オカマ)。……勝てる気がしない。物理的にも、性格的にも。口答えはできそうになかった。

 

「違います。この二人はその……友達で……」

 

「あぁ、そういうこと。今はまだ、友達以上、恋人未満ってことね!キャー!素敵!」

 

「違いますって!!」

 

 何を盛り上がっておるのか。立香は後ろから突き刺さるアナとマーリンの侮蔑と好奇の視線が痛いどころの騒ぎではないというのに。彼はどうやら、立香のことを幼児志向の両刀ハーレム王かなにかと勘違いしているらしい。

 

 いや、確かにハーメルンを含めると、パーティーの外見年齢はかなり低めで、綺麗どころを集めたみたいになってしまうのだが。

 

「ディナルドフさん。あの方々は王の遣いです。今から任務でクタに出るところでして。決して先輩のお妾などではありませんので、ご安心ください」

 

 ずいっと、口籠る立香に代わってマシュが懇切丁寧に返答をしてくれる。

 

「あら、マシュちゃん。そうなの、クタに……でも大丈夫?今からクタだと、時間的に帰るのは夜になっちゃうんじゃない?」

 

「いえ、ギルガメッシュ王にマーリン君を貸していただいているので問題ありません」

 

「まぁ!ホント!よくよくみれば、後ろの子は花の魔術師ちゃんじゃないの!噂通りの美形ねぇ……羨ましいわぁ!」

 

 再び自らの身を抱きしめてくねり、目を妖しく光らせるディナルドフ=サン。立香は震えが止まらない。が、勇猛果敢なのか、或いは何かしらで慣れているのか、マシュはニコニコと笑いながら接していた。見習いたいと思う。でもそうなれるとは思えない。

 

「ところで……ハーメルンちゃんが違うなら、一体何の御用かしらん?アタシ今やることがあるから、手短に済むとありがたいわ」

 

「やること……?何かあったんですか?」

 

 マシュが尋ねると、ディナルドフは牧場の一点を太い指で指差す。……そこには、爆撃があったかのようにあちこちがベコベコに凹んだ牧草地の姿があった。

 

「アレよ、ア、レ。地面がボコボコになっちゃって……ハーメルンちゃんが羊たちを別のとこに集めてる間に片さなきゃいけないの」

 

「……こんなの、一体誰が?」

 

「これ、イシュタル神がやったのよ。魔獣を追い払うためにね。それだけならよかったんだけど……対価だとか言って、牧場の金品持ってっちゃったのよ。藤丸ちゃんもクタに行くなら気をつけなさい。あそこは確かイシュタル神の勢力圏よ。アレはもう強盗ね。もしくは空賊か傭兵擬き」

 

「………神格が落ちそうな話ですね………」

 

「全くよ!幸い牧場の金品ははした金だったけど。あの程度の魔獣ぐらい、素手のアタシでも何とかなったわ!失礼しちゃう!」

 

 ぷんぷん、と憤慨する(オカマ)。何とかなっちゃうのか。そしてそれは彼的に失礼なのか。……立香には、いまいちディナルドフの怒りのツボがよくわからない。理解の範疇にないのだと思考放棄しておく。

 

「それより、用事って?」

 

「あぁ、えっと。今夜はハーメルンが一人になっちゃうので、ディナルドフ=サ……さんに、ハーメルンを頼めないかな、と。本人は、一人でも大丈夫だって言ってるんですが」

 

「あら、そゆこと。全然いいわよ。うちの娘も喜ぶわ〜」

 

 娘さんがいらっしゃるんですね。というか家庭をお持ちなんですね。旦那さん……奥さんがいらっしゃるんですか。

 

 全てのツッコミが口の中で連鎖的に飽和と爆発して、何を口に出せばいいのか分からなくなってしまう。なんだか全力で叫び出したくなった。うぎゃあ。

 

「それじゃあ、申し訳ないですがお願いしてもいいですか?ディナルドフさんなら、人見知りのハーメルンも言うことを聞いてくれると思うので……お金はもちろんお支払いします!」

 

「あら、いいのよお金なんて。若いうちはそんなこと考えずにしっかり遊んでればいいんだから。そういうことは、大人に任せなさい。まぁ……そういう意味では立香ちゃんは、もう『大人』かもしれないけ・ど・ね♡」

 

「だから違いますよっ!」

 

「いいじゃない!若い時期なんてそんなもんよ!アタシだってあの頃は色々ヤンチャしたもの……道ゆく若い子をとっかえひっかえ(自主規制)(ピー)して、(自主規制)(ピー)して、(自主規制)(ピー)相手を喧嘩で屈服させてからさらに(自主規制)(ピー)する(自主規制)(ピー)三昧の日々……あぁ〜ん♡今思い出しても体が疼くわ〜!」

 

「一日中(自主規制)(ピー)しかしてないんですが!?」

 

「そりゃあそうよ。これでも昔は『暴君 ギルガメッシュの再来』なんて呼ばれてブイブイ言わせたもんなんだから」

 

「悪口ですよねそれ!?」

 

 本当にこの人にハーメルンを預けてもいいのか、不安になってきた。信じて送り出した子供が……という展開はないと信じたい。

 

「そんな目で睨まなくても平気よ〜!今はあの人と出会って落ち着いたから!ハーメルンちゃん、きっちり任されたわ!」

 

 ドン、と強く胸を叩いて主張するディナルドフ。そう言われると説得力、というか安心感はある。あり過ぎる。この人実はサーヴァントなんじゃないだろうか。

 

「それはそうと……ハーメルンちゃんと会って行かなくていいの?最近あの子元気ないし、やっぱり何かあったのかしらん?」

 

「………それは……」

 

 その声は、先ほどとは打って変わって静かだった。いつもの調子づいた感じとは全然違う。

 

 そしてなによりその声色が、心の底からこちらを気遣ってくれていることを物語っていて。……でも、何か言うこともできなくて。

 

「……いえ、大丈夫です。ちょっとすれ違ってるだけですから。帰ってきたら、少し話し合いますね」

 

 無理に顔を歪ませて、立香はなんとか微笑んだ。

 

 ……嘘だ。そんなことを嫌がるくらい、立香はハーメルンを避けている……否。恐れている。ハーメルンに接するたびあの夢がチラついて、言葉が詰まって。今まで接していたのが嘘のように、ハーメルンが恐ろしい存在のように感じてしまうのだ。

 

「………そう。なら今はそれでいいわ」

 

 立香の心境を読み取ったのか。或いは立香の言葉を真実と取ったのか。本当のところはわからない。だが、ディナルドフはこの話題への追求をやめた。

 

「でも……言質はとったわよん?もし話し合わなくて、ハーメルンちゃんが落ち込んだままだったら……」

 

「……だったら?」

 

「ハーメルンちゃんをこのままアタシの家の息子にしちゃうわ〜♡もちろん、(自主規制)(ピー)して無理矢理にねぇ〜!」

 

「させるわけないでしょう!?」

 

 反射的に怒鳴りつける。真面目な雰囲気を出してすぐこれだ。やはり信用できない。本当に何を考えているのかわからない。

 

「あらぁ、立香ちゃんったらつれないんだから〜!」

 

「…………なんか、仕事前なのにどっと疲れました……本当にお願いしますからね!」

 

「はいはい、任せときなさい。ハーメルンちゃんにはアタシから伝えといてあげるわ」

 

 本当に頼みますよ!と念押しをして、立香は牧場を後にした。……少しだけ、彼の気遣いを感じたことは。きっと話が長引くので言わないでおこうと思った。

 

 

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「…………喧嘩は、相手がいる間に清算しておくに限るわよ、立香ちゃん」

 

 夢を、見ていた。幸せな夢を、見ていた。

 

 昔から、喧嘩っぱやくて女癖が悪かった。そんな自分を拾った恩のある少年と、喧嘩をしたことがある。彼が、一人で戦争に出ると言ったあの日。ディナルドフは、本気で彼を責めた。今更、一人で勝手に死ぬ気かと。お前が命のこの国を捨てる気かと。

 

 仲直りは、できなかった。荒れ果てていく彼を見て、何も言えなくて。本当は、出来なかったのだ。

 

 その夢では、二人は喧嘩をしていなかった。ただ仕事を命じられ、その仕事を実行する。それだけの、淡白な関係。……それでも。彼は、それでよかった。一言だけ。たった一言だけ。その一言。その一言が彼に告げられなかったことを、どれほど悔やんだことか。

 

「悪かった、の。一言でも言えたらよかったのにね」

 

 首からかけた木のペンダントを握りしめて。後悔する男は、そっと呟いた。

 

 それはきっと、今の国民の象徴と言ってもいい姿だった。

 

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「………あれ?ここは……?」

 

 それから数刻後。クタ市に到着した一行は、広い街の中を四手に分かれて探索していた。

 

 そのうちの一つ。フォウと共に家の中を探索していた立香は、人影を見つけたような気がして広場のようなところに向かった……はずだった。

 

「フォウ?フォッ!?」

 

 ふと、周囲を見渡してみる。灯はない。光もない。未だ日は暮れていないはずだったのに、目に入る光は地面に瞬く青い灯火のようなものだけ。地面も石造りの街とは異なり、無骨な岩肌のものに変化している。

 

 どこもかしこもが、先ほどまでいたはずのクタとは異なっていた。では戻ろうと後ろを振り向いても、立香が歩んでいたはずの路は既に無く。背後にはただだだっ広い空間が広がっているだけだった。

 

「……ほんとに、どこだ……?ここ?」

 

 一つ、二つと踏み出す。本当は恐ろしいはずなのに、恐怖できるほど理解が追いついていない。ただ訳もわからず困惑して、一歩を踏み出しただけだった。

 

 そして───その声を、聞いた。

 

「……れ?……と……思……に。……間違い?」

 

 ほんの少し。少し遠く。光の届かない暗影から、誰かが歩いてくる。顔が見えない。だが声としっかりとした足音が、迫ってくる誰かの存在を伝えてくる。

 

 すわ、未知の生命体か。と身構えた立香は、かなり拍子抜けした存在を目の当たりにすることとなった。

 

「……子供?」

 

「あひゃあ!?……って、……あれ?」

 

 それは、運命の出会い。この特異点で初めて起こった、奇跡。決して交わることのなかった異聞と、天文台の魔術師の出会い。

 

「………こんな寂れた辺境…じゃなく、地下深くに。生きたお客さんなんて、珍しい。えっと、なんの御用かな」

 

 こうして。立香と天使(アンヘル)は、初めての邂逅を果たしたのだった。




ステータスのあたりは原作(stay night)順守です。マスターであれば自身のサーヴァントのスキル、クラススキル、パラメーターが普通なら見れます。

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