始まりの天使 -Dear sweet reminiscence- 作:寝る練る錬るね
※イシュタルの扱いが雑です。原因は
『う〜ん、やっぱりおいしい!』
『聞き間違いじゃないぃぃ!?』
『……私!ずっと寂しくて……!ずっと、一人で!冥界を守ってきた!……怖かった!誰もいなくて!ずっと、寂しかったの!ずっとずっと、一人で……!』
疑う。疑え。日々を、疑え。日常を、常識を、感情を、疑え。いつか言われたその言葉を、疑え。
怠惰であることは許されない。それは彼女を疑うことだから。
憤怒を抱くことは許されない。それは彼女を疑うことだから。
傲慢に構えることは許されない。それは彼女を疑うことだから。
故に疑え。彼女を疑わないために、疑え。
決行するのは夜。夜は、彼女の目がない。
『一緒に、寝てくれないかしら?』
『……ねぇ、アンヘル。貴方は、私をひとりぼっちにしないわよね?私を……私を、救ってくれるわよね?』
『……ねぇ、アンヘル───』
疑え。あの夜の言葉を、疑え。
疑え。疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え疑え。
あの笑顔を疑え。あの涙を疑え。あの顔を、あの声を、あの夜を、あの運命を。その全てを疑って、疑って。疑い尽くせ。疑って、疑って、遍く全てを疑ったその先に。
きっと、信じられるものが
あるはずだから────
「……様!……や様!……」
呼ばれている。誰かに。
誰だろうか。なんだか、顔がやけに冷たい。まるで、雨に打たれたみたいだ。冷たい粒が溶けた氷柱のように顔に落ちてくる。
「先………!起きて……!」
高いソプラノ。ピアノとフルートを合わせたような美声と、鈴のように嫋やかな声。その二つに、呼ばれていて。
体が、覚醒する。心が、目覚めていく。耳が遠いところにあって、それがぐっと体に近づいてくる感じ。聴覚が、だんだんと周囲の音を拾っていく。
「親様!やだ!死んじゃやだぁ!」
「先輩!起きてください、先輩!」
後輩の声。一緒に世界を救うと誓った、相棒の声。そして、もう一つは。今は仲違いしているはずの、大切な────
「………マシュ?……ハーメルン?」
ゆっくりと目を開く。未だ意識がハッキリしないまま目視したのは、泣きそうな顔のマシュと、実際にボロボロと涙を零すハーメルンの姿。
『藤丸君の生体反応、回復した!』
「先輩!起きられましたか!?」
「親様!?親様っっ!!」
「あいたっ!?」
訳もわからぬまま、マシュが泣き出して。ハーメルンに抱きつかれ……押し倒される。少しだけ起きあげた頭が硬い石畳にぶつかって、鈍い痛みを訴えた。
「いったた……」
「よかった!よかった……!本当に……!」
立香の声に目も、もとい耳もくれずに抱きついてくるハーメルン。流石サーヴァントというべきか、抱きしめる力が強くて、少しだけ痛い。……だが、その痛みが逆に立香の現実感を取り戻していく。
抱きしめられる感覚。乾いた風。ハーメルンの少し甘酸っぱい匂いと、暖かさ。少し冷たい涙。そのどれもが、立香が現実にいることを教えてくれる。
「………は、ハーメルン!?どうしてここに!?」
少し遅れて、ウルクに置いてきたハーメルンがここにいるはずがないことに気がつく。よくよく見れば、泣きじゃくっている体や自慢のレインコートがあちこちが泥だらけだ。
服は言うまでもなく乱れているし、そのほかにも目新しい擦り傷や切り傷、打撲痕が白い肌地に目立つ。大怪我と言うには誇張だが、決して軽くはない傷だらけ。しかし戦闘というよりかは、転んだだとか、どこかにぶつけてついた感じの傷だ。
………まさか、ウルクからクタまで走って来たのか。
「どうやら、そのまさかのようだよ。お目覚めかい、藤丸君」
「マーリン……」
ふと声が聞こえた方に顔を向けると、マシュとハーメルンから少し遠くに、気さくにウインクをするマーリンと、こちらを見下ろすアナの姿があった。
小さな賢者はニコリと笑いかけると、面白いものでも見るかのようにハーメルンを見やる。
「藤丸君の異常を
「……じゃあ、体の傷はその時に?」
「あぁ。尤も、クタには魔獣も近寄ろうとしないから、クタの近くに来てからは本当に徒歩だったみたいだが」
それでも、計算上はこんなに早くに来れるわけないはずだ。いやはや、愛の力というものは恐ろしいねぇ。と、しみじみ頷くマーリン。
その言葉を聞いて。……立香は少し、ホッとした。
「……そっか。心配してくれたのか、ハーメルン」
「……当たり前、だよっ………!親様、親様……!よかった!ほんとうに、よかった……!」
立香に抱きついて泣く少年。まだ甘えんぼで、幼い彼。避けていたはずなのに。嫌われて当然の行動をしていたはずなのに。
でも、そんな立香を親として慕ってくれる彼。自らがこんなボロボロになってなお、立香を案じてくれている。……その正体が化け物を引き連れる無慈悲な殺人鬼とは、どうしたって思えなくて。
立香の視界が。恐怖の色眼鏡で歪んでいた視界が、完全に元に戻る。そこにはただ誰かのために泣くことができる、優しい少年がいた。
「……そっか。ありがとう、ハーメルン」
泣きじゃくるハーメルンの頭を、そうっと、優しく撫でる。腰ほどまで伸ばされた長い金髪が、夕陽を反射して綺麗で。そういえば、最近は避けてばかりでこうして頭を撫でることもなかったと思い至る。
「マシュも。ありがとう、心配かけちゃって。俺は大丈夫だから」
「先、輩……!」
体を半分起こして、なんとかマシュに微笑みかける。随分心配をかけてしまったようで、マシュもその場で泣き崩れてしまう。
「わ、わ!ご、ごめん!マシュ!」
慌ててフォローに入り、ハーメルンを慰めながら、立香は泣き出したマシュを止めるのに様々な手を尽くす。泣く二人を宥めるのは、てんわやんわの様態だったが。……ほんの少しだけ、立香は悪くないと思えるのだった。
「……おや?藤丸君。さっきまで君が下敷きにしていたそれ。天命の粘土板じゃないかい!?」
「えっ!?ホントだ!?あ、あぁっ!俺のお尻の型が!ついでにフォウ君の足跡がぁ!……って!泣かないでマシュ!ハーメルンも!……ごめんマーリン!今それどころじゃないから!」
「さて、感動のシーン中悪いんだが……藤丸君、君の身に何があったのか、訊かせてもらってもいいかな?」
数分後。グズるハーメルンとマシュ……といっても長く泣いていたのは主にハーメルン……が何とか落ち着いたのを見計らって、マーリン達に起こったことをありのままに話した。
人影を追っていたら冥界にいたこと。そこで記憶を失った少年と出会ったこと。その少年が何かに騙されていそう(偏見)だったこと。そして、立香の話の『何か』に対して過剰に反応したことを。……特異点の最初に出会った
『め、冥界だってぇ!?』
「ふぅむ。にわかには信じがたいが……確かに、藤丸君の生体反応が消えていたこと、それに、私の影響下にいなかったのに
顎に手を当てて、何かしら考え込むマーリン。そういえば、結果的には外で寝てしまっていたから
「冥界ということは、体調が万全でないかもしれません。あまり無理はなさらないでくださいね、先輩」
「うん。冥界に行ったからってどうってことはないよ。ピンピンしてる」
「……………むぅ」
元気なことを示す為にぴょんぴょんと跳ねてみる。が、どうやらその答えはハーメルンのお気に召さなかったらしい。そういうことじゃないんだよ的な視線と共に、意思表示をするようにぎゅうっと
「ごめんごめん、ほんとに大丈夫なんだ」
「……親様。体は、大切にして……ね?無茶は、め。なの」
「ヴッ!(尊死)」
久々の可愛らしさに胸を打たれ、膝から地面に崩れ落ちる。『め』の一言で、危うく再び冥界に旅立つところだった。数日距離を置いていたからか、破壊力が増しているように感じる。
「……親様?」
「大丈夫!大丈夫だからな!ハーメルン!」
心配して覗き込むハーメルンのことを、ガバリと起き上がって抱きしめる。嗚呼、神よ。感謝致します。今日も我が子がこんなにも可愛い。こんなに可愛くていいのだろうか。いや、いい。立香が許す。
「ん、ちょっと、くすぐったい……」
「あ、あわわ……先輩の持病が悪化してます……」
「ですから、不治の病だといっています。早急に切除が必要かと」
数日ぶりのハーメルンの体温を存分に味わいながら、おずおずと手を立香の後ろに回すハーメルンを抱きしめ続ける。周りの声は聞こえない。聞こえないったら聞こえない。世の中は所詮可愛いが正義なのだ。古事記にもそう書かれている。
「……それにしても、冥界にいたという少年は何者なんでしょうか……気になります」
ふと、マシュがそう漏らした。思い当たる節が無いではないが、流石にそれだけでは真名までは絞り込めない。通信先のダヴィンチが同じようなことを漏らす。
『名前を名乗らなかったということは、知られると困るほど高名なのか。もしくは、本当に名乗るほどのものでもないのか。いずれにせよ、そんなところにいるなんてただものじゃないだろう。にしても、情報が少なすぎて名前までは割り出せないけどね』
「いいや、大方見当はついているよ?」
『本当かい!?』
呆気からんと、マーリンがそんなことを宣う。疑いの余地がないほど確定的だ、と確信を抱いた顔で何度か頷くマーリンに、全員からの視線が集まる。
「ん?なんだいロマニ。そんなこともわからないのか?」
『うるさいな!現場にいないから、どうしてもそっちより情報が不足するんだよ!それに、お前みたいになんでもお見通しってわけにもいかないんだ!』
「茶番はいいからとっとと話してください。時間の無駄です」
「おっと、これは手厳しいな」
アナの毒舌をいつもの通りのらりくらりと受け流す。そのまま話をはぐらかす……という展開を予想していたが、それに反してマーリンは小さな身長ながら胸を張って高らかな声を上げる。
「うむ!じゃあ親切なお兄さんが教えてあげよう!子供の姿だけれども!」
「はい!では、マーリンく「さん」……さん!教えてください!」
「よし!教えてあげよう!白金の髪、真紅の瞳!そして見目麗しいなんてくればそれはもう一人しかいない!その正体は……!」
「正体は!」
ゴクリ、と全員が生唾を飲む。
「生意気なクソ餓鬼よ、それ」
そう、その正体は生意気なクソ餓鬼だった!
「………え?」
「こんにちは。カルデアのマスター。早速だけれど、不快だから死んでくださるかしら?」
状況もわからぬまま、巨大な閃光が立香の視野を焼いた。
「先輩!」
「親様っ!」
突拍子もない事態に、頭がついていっていない。目の前が真っ白になって、そのあと黒くなって。感覚だけが先に来た。
何か柔らかいものに押される感覚。そして熱と轟音。ゴロゴロと地面に転がってようやく、何かに襲撃されたのだと理解が及んだ。
『藤丸君、気を付けて!この反応と霊基反応は、イシュタル神だ!』
「まさか、神が不意打ちとはね!」
「黙ってろっての!」
マーリンと聞き覚えのある声が、少しだけ離れる。視界が真っ暗で何も見えないが、一時的に戦闘から離れたらしい。
だが、どうしてかいつまでたっても立香の視界が暗いままだ。最初は光か何かで視界が奪われたのかと思ったが、5秒、10秒と経っても視界が戻る気配がない。
それに、片手と顔に妙な感触がある。決して不快ではない。むしろ適度な弾力に富んだ素晴らしく感触なのだが。不思議とだんだんと暑くなって、ついでにいい匂いもして、すこし息苦しいような──
「んっ……!先、輩……!あまり、動かないで、いただけると…!」
「う……ひゃぁ!」
「え、え!?」
状況が掴めずに適当に体を動かすと、目の前からマシュとハーメルンの呻き声……というか、喘ぎ声のような批判が飛んでくる。慌てて状況を理解しようと体を動かすが、それが裏目に出て、二人の声がさらにお聞かせできないものへと変わっていく。
とりあえず、自分が何か柔らかいものに挟まれ、ついでに柔らかいものを
………きて、しまいまして。
「……先輩………その……お気持ちは嬉しいのですが、戦闘中ですのでそろそろ、離れていただけると……」
「んっ……!親、様……今、なの?」
「ご、ごめんなさい!」
状況を完全に理解し、敬語になりながら恐る恐る顔の引きあげを試みる。………案の定というか、なんというか。
立香は寝転がる形でマシュの豊満な胸に顔を埋めていて。同時に伸ばされた手の平もまた、やたらと柔っこいハーメルンの胸に当てられていた。ご丁寧に、その手はボタンの隙間を縫って服の中に入っていらっしゃる。
恐らく、襲撃に気がついた二人が立香を慌てて押し倒した結果なのだろうが……どんな天文学的確立か。
「藤丸!お楽しみのところ悪いですが襲撃です!あと死んでおいてください!」
「……ねぇ。もしわざとやってるようならグーでぶっ飛ばすんだけど?」
──とんでもありません、神よ!
脳内でそう叫ぶや否や、光の速さで手を折り畳む。抜くときにハーメルンがかなりセンシティブな悲鳴を上げるが、赤面してもいられない。
「………い、いきなり攻撃してきてなんのつもりだ!イシュタル!」
「うわぁ。この空気の中でシリアスに戻そうとするんだ……大変ね、人類最後のマスターってやつも」
「………………」
今なお空に漂う女神様に向かって、空気を
「こら!精神攻撃とは卑怯だぞ!」
「さっきからうっさいわね!ちっこい魔術師!勝手にそっちがダメージ負ってるだけじゃない!そもそも何よ!私の攻撃を避けてたまたま偶然二人分の胸を弄るって!この不審者!わざとなんじゃないの!?それはそれでうまいこと利用されたみたいでムカつくけど!」
辛い。決して故意ではないが言葉がサクサクと立香の心に刺さっていく。おっと……心は硝子だぞ。
しかし、もう膝をついて立ち上がることすらできない立香を見て流石に哀れに思ったのか。イシュタルは暴言をその程度に納め、優雅に髪をかき上げた。
「……で?なんだったかしら?あぁ、いきなり攻撃してきて何のつもりか、だったかしら?………ふふふ」
先程の立香の言葉を反芻し、唐突におかしそうに笑うイシュタル。その姿は確かに美麗で優雅だが、その笑顔はものの数秒で侮蔑と嫌悪を隠さない憎悪の表情へと変化を遂げる。
「そんなの、あんたから
「ムカつく………気配……?」
まさか───
──立香の体が臭うのか。
さぁっと青ざめて、スンスンと自分の体を嗅いでみるが、特に何も感じない。
「先輩、多分そういうのではないかと!先輩の匂いは先ほど嗅ぎましたが、落ち着きます!」
マシュにそう言われるが、でもなんとなく気になってしまう。今もなお固まっているハーメルンに『親様、臭い。洗濯物は分けて洗って』なんて言われてしまえば………
「ハーメルンはそんなこと言わないっっ!!」
『藤丸君!色々とショックが大きいのはわかるが今は真面目にやってくれ!』
想像したが言葉通り想像を絶する苦悶。解釈違いも甚だしい。でも言われたら向こう一年は立ち直れない自信がある。
「藤丸君が臭うかはさておいて。これまた、随分横暴な理由じゃないか?」
「横暴で結構。神なんて大体そんなもんよ。それに、あのオカマ牧場主からあることないこと聞き出したらしいじゃない。どちらにせよ、あなたを生かして帰す気はなくってよ」
上空で対空するイシュタル神が、攻撃の準備として、その指先を立香へと向ける。慌てて全員が戦闘態勢をとるが、その実力は特異点初期とウルクの王城で実感済みだ。果たして、本物の神性相手にどれだけ善戦できるか──。
プペ〜
「……………え?」
そう、身構えた途端。
あまりに間の抜けた笛の音が、クタ中に響き渡る。音の発信源は言うまでもなく、先程まで赤面して硬直していたハーメルンである。
プッププペ〜〜
「ちょっ!?ハーメルン、何して!?」
慌てて止めようとするが、ハーメルンは笛を吹くのを止める気配はない。それどころか、もっと大きく、それに増して間抜けな音を出し始める。
プ〜〜ぺ〜
「………プッ!あははは!!何してるのよ!私を音楽で宥めようって!?それとも何?それがあなたの宝具なの!?」
突然鳴り始めた戦闘に似合わない間延びした音に、ゲラゲラと笑いだすイシュタル。何がそんなにおかしいのか、空中でくるくると回って笑い転げている。
「無駄よ無駄!私の[神性]と同等かそれ以上の神でもないと、状態異常系の効果は減退するもの!精々最後の足掻きがそれだったことを後悔することね!」
イシュタルのそのセリフで、立香はハーメルンの目的を悟る。彼は笛を使った何かしらの宝具で、イシュタルに対して何かしらの干渉を行おうとしているのだと。
そして、今さらになって立香へ攻撃ようとするイシュタルの言葉が、果たして本当なのだとしたら。
「………あっ」
「………沈め。宝具、
それは、盛大なフラグだった。
「ぇ───?なん………で……?」
音と共に生まれた静寂を切り裂くように、ハーメルンの声が宝具名らしきものを口にした。……瞬間、空中のイシュタルが制御を失った虫のように、呆気なく地面に落ちる。最後に漏らした絶え絶えの疑問が、クタの街に虚しく響く。
──その子も、[神性]持ちなんですよね…
「……これで。しばらくは、眠ってもらえる。親様の、邪魔、したし。……ごめんね」
「でかした!ハーメルン!」
「ん……長くは続かないから……拘束、お願い」
ハーメルンを軽く撫で、簀巻きにするべく一同はイシュタルへと駆ける。もし戦闘となれば、空を飛べないこちらが明らかに不利だっただろう。こればかりはハーメルンと、
(にしても、さっきの──蚊取り線香のCMぽいやられ方だったな)
と、イシュタルに聞かれたら確実に無事では済まないことを考え、女神の拘束に励むのであった。
サブタイトル 神を撃ち落とす日
ハーメルン 第一宝具
* ランク:D
* 種別:対人宝具
* レンジ:1〜10
* 最大捕捉:???