始まりの天使 -Dear sweet reminiscence- 作:寝る練る錬るね
いつか、不躾なことを承知でシドゥリに尋ねたことがあった。『あなたも、死ぬことが祝われるべきだと思うのか』と。
半月近くも何もできない無力感ともどかしさから、何度も何度も悩んで口にした言葉だったが。言ってしまってから、後悔した。彼女が、途端に泣いてしまいそうな顔になったから。
それはほんの一瞬。瞬きすれば勘違いだったかと思えるたったコンマ数秒のことだったが、目には時間以上にその姿が焼きついたことを覚えている。
それからなんでもないように、彼女は言った。『それは……限りなく多数派ではありますが、国民それぞれの考え方ですから。理解だけは、誰よりもしているつもりです』と。
そういったシドゥリは、どこか寂しげで。何かに想いを馳せていたかのように思えた。だから、感情の抑制よりも先に言葉が出た。『シドゥリさんは、死ぬことを望んでいるんですか』なんて、その前にも増して直接的で、残酷な質問を。
No、と答えて欲しかった。例えこれで、シドゥリに嫌われてしまったとしても。それは何かの宗教的な考えであり、死を望むことは間違いなのだと。そう言って欲しかった。
でも、望んだ言葉は帰ってこなかった。
『……ええ、私も或いは、そうなのかもしれません。死にたい、と思ったことだって、ないとは言い切れません』
代わりに帰ってきたのは、立香が最も聞きたくなかった言葉と──
『
『私は任されたのです。一人の部下として。一人の人間として。一人の姉として。あの王を……ギルガメッシュ王をお願いすると。そう、託されたのです』
ですから、私はまだまだ死ねませんと。決意と郷愁に満ちた、儚い笑顔が返答だった。
暗い一室にいる。寝台には、つい先程鬼のような形相を浮かべていた少年が一人、幼気な顔をして眠っていた。その顔を確認してから、外に出て扉を閉める。光源として働いていた夕陽が沈み、カルデア大使館は夜の闇に包まれていた。
「………ハーメルン君は、どうでしたか?」
「寝てる。泥は拭いておいたし、
「そう……ですか。なんだったのでしょう、あの怒り様は………」
「わからない。……そろそろ、ハーメルンに直接訊くべきなのかもしれない。でも、それより今はシドゥリさんに話を聞かないと」
「フォッ!キュフォッ!」
「あぁ、フォウ君。ごめんね、今日は留守番させちゃって。ちゃんと良い子にしてた?」
「フォウ、フォウ!」
「そっか。大丈夫。明日からは、ちゃんと連れて行くから」
マシュの肩に乗っていたフォウ君を軽く撫でる。シドゥリに連れて行かない方がいいと言われていたから一日自由にさせていたが、やはり正解だったと今では思う。あの場にいれば、何をされていたかは分からない。
扉の前に立っていたマシュと共に、カルデア大使館の階段を下りる。丈夫な石階段なはずだが、緊張のせいで妙に柔らかく感じる。今にも足を踏み外して、転げ落ちてしまいそうだ。
ようやく。ようやく知ることができる。ウルクの人々が抱く想いの真相を。半月の間無力さに歯噛みした日々が、ようやく報われる。達成感……といえば不謹慎だが、それでも勉強を頑張って成果が出たときのような嬉しさが、確かにそこには存在していた。
幸い、転ぶこともなく一階まで降りると、そこには別の服に着替えたシドゥリの姿があった。天井のぼんやりとした灯に照らされながら何かを考え込んでいる様子は、さながら完成された絵画のようだ。
こちらに気がついたシドゥリは、心配そうな表情でマシュと同じことを尋ねてくる。
「……ハーメルン君は?」
「今はもう寝てます。見た感じ、特に問題はないと思いかと」
「そう……ですか。重ね重ね、謝罪を。本当に、申し訳ございませんでした」
椅子から立ち上がり、深々と頭を下げるシドゥリ。立香とマシュは恐縮して、もういいですから、と頭を上げてもらう。ハーメルンがどうかはわからないが、少なくとも立香は気にしていないし、マシュも同じだろう。
強いていうなら、彼ら。立香達を墓で罵った彼らを思い出すと、少しだけしこりのようなものを感じる程度で。
胸にチクリとした痛みのようなものを感じていると、立香の腕の通信装置から、通信が戻った旨の通知音が鳴った。
『藤丸君、聞こえるかい!?』
「ドクター、聞こえてます」
『よかったぁ!ようやくかぁ……』
「えっと、こちらの状況は……」
『ああ、それは大丈夫。こっちからの音声は届いていなかったが、そちらの状況は把握済みだ。大変だったね。それで、カルデアとしてはシドゥリ氏の話に同席願いたいんだが…』
少し気まずそうなドクターの声に耳を傾けながら、シドゥリの方を見る。そういえば、以前深く追求しすぎてマーリンに釘を刺されていたのだったか。
そのマーリンとアナは、仕事で北壁に駆り出されて不在だ。立香達も、数日後には北壁に赴かねばならない。
「天文台の魔術師の方々ですね。構いませんよ。私に、満足がいく回答ができるかはわかりませんが、誠心誠意応えさせていただく所存です」
「だ、そうです。ドクター」
『そうかい、ならよかった。遠慮なく質問させていただくことにしよう』
シドゥリに向かい合うように、立香とマシュは椅子に座り込む。こうしてシドゥリと向き合うと、ウルクに来た初日のことを思い出す。あの時は自分勝手に落ち込んで、ハーメルンに慰めてもらった。そのおかげで、今立香はここにいることができる。
だからこそ。今まで積み上げてきたものを無駄にしないために。立香は、シドゥリから聞かなければならない。今ウルクで起こっている、全てのことを。
「まずは………藤丸、マシュ。あなた方に、半月働いた感想を伺いたいのですが。……半月過ごしてみて、この国はどうでしたか?」
「……どう、と言われますと………?」
「なんでもいいのです。ウルクで半月過ごした率直な感想を、未来から来たというあなた方に伺いたい」
思わぬシドゥリからの質問に、マシュと顔を見合わせる。感想というほど、ウルクの生活は刺激的なものではなかった。寧ろ、どこか故郷で過ごしていたかのような安らぎこそ感じられたような。
立香は辿々しくなることを承知で、感じたままを口にすることにした。
「………ええと、うまく言えないんですが。俺たちとは、国も、言葉も、人種も、時代も違って、それぞれ大変なのに、みんな優しくて。楽しいことがあって、疲れることがあって。面白いことがあって………嫌なことも、ちょっとはあって。でも、それ以上に素敵な生活でした」
「……はい。これまでの特異点の中でも、此処まで長い時間を過ごしたのは初めてでしたが、この国で起こる様々な出来事は、それぞれの風土に基づいた得難い経験でした。キラキラと輝いていて、とても魅力的です。ここに来ることができて良かった。心から、そう思える国だと感じました!」
立香以上に目を輝かせながら、マシュも同意見を口にする。
そう。墓前の事件は残念だったし、
決して立香の故郷ほどは発展せずとも、ここは人の暖かさ、人間味に溢れ、誰もが誰もを尊重し、時にぶつかり、時に分かり合うことができる。ここは、そんな素晴らしい国なのだ。
そしてその考えは、今ここにいないハーメルンやアナだって一緒のはずだ。無口だった彼らも、この国に来る前より、随分と明るくなった。それにウルクの影響が全くないとは、どうしても言えないだろう。
そうしてシドゥリの回答を待っていると。ほんの一瞬、シドゥリの表情が歪んだように見えた。
「───そう、ですか。それは……何よりです。私も、この国の住人として誇らしいです。……過ごしていただいた甲斐が、ありました」
すぐさま生真面目な色で覆い隠されたその感情は、少し、立香が
だがそのことについて言及する前に、ロマニが話の火蓋を切った。
『それで、シドゥリ氏。アンヘルが
「………順を追って、説明しましょう」
俯きながら胸に手を伸ばしたシドゥリは、いつかのように胸元から掛けていた木製のペンダントを取り出して机に置く。……『天使の証』だ。
「この首飾り……『天使の証』は、元々はただの飾りだったと。そう話したことを、覚えていらっしゃいますか?」
「……はい。確かに、そう仰ってしました」
ウルクに来た初日。立香達に天使の証と殺人の夜についての大凡の概要を教えてくれたとき、確かにシドゥリはそれらしきことを言っていた。
『これは、
「この首飾りが、所謂宝具として効果を発し始めたのは、今から約半年前。ちょうど、魔獣戦線が完成した頃と同時期です。そして、この首飾りが
「つまり……
「はい。ある日の朝に、国中の証が一気に砕け散っていました。一つ二つならまだしも、百、二百といった数です。日を跨ぐごとにその数は増し、つられるようにその日からウルクでは若い世代や外からの変死者が増加。原因究明をしていた二日で人口の一割強が昏睡、死亡しました」
「……一、割………」
「一割ならマシな方です。ウルク以外の国はほぼ全滅でした。ニップルなどの計八つの要塞都市は、たった三日で中枢が崩壊しましたから」
淡々と事実を述べていくシドゥリ。……あまりの事に、頭が追いつかない。ウルク以外の国や市の住民はほとんど移住してきている、ということだけはマーリンから聞かされていたが、まさかそこまで。
「そして、民が全員都合のいい夢を見ていたこと、眠らなかった人に死者がいないこと、『天使の証』が微量な魔力を発していること。その他様々なことを理由に、
……その解決策というのは、つまりマーリンを召喚したことだろう。マーリンは体を小さくしてまで、ウルクをすっぽりと覆う対
マーリンの他にも何体かの英霊が呼び出されていたとは聞くが、その詳細はわかっていない。
「そして、発生した時期が同じだったことから、こんな噂が囁かれるようになったんです。『
──そんな馬鹿な!
シドゥリの言葉に抱いたその思いは、すぐさまロマニによって代弁される。
『……そ、そんな馬鹿げた話があるのか!?判明した時期が一緒なだけで、やっていることは全く別じゃないか!……いや、そもそも!どうしてアンヘルが疑われる事になるんだ!?アンヘルというのは、救国の英雄、『始まりの天使』と呼ばれるほど慈愛を持っていたと聞く!少なくとも、国を滅ぼすことなんてしないはずだろう!?』
「……どう、でしょうね。実際のところは、私たちにはわかりません。……ですが、この仮説に筋が通っていることも、また事実なのです」
そうして、顔を歪めながらもシドゥリは話し始める。…… 一言一言を、噛みしめるように。
「この噂を広めているのは、主に難民達です。そしてそれに影響され、アンヘル君のことを知らない、今の若い世代や、老年達も同じようなことを言う傾向があります」
「難民、というと……私たちが、先ほど会った一団のような、でしょうか」
「はい。先ほど魔術師殿は、アンヘル君を救国の英雄と仰いましたね。ですがそれは、ウルクから見た場合の話。外の国から見て、アンヘル君は純粋な脅威でしかなかった。……彼らにとっては、アンヘル君は正体不明の化け物のようなものなのでしょう」
何か堪えるものがあるのか、シドゥリは何度も深呼吸を繰り返し、必死に言葉を紡いでいく。
「彼らは『天使の証』を持っていないのです。だから、いつ来るかもわからない
『ちょ、ちょっと待ってくれ!流石に、突拍子がなさすぎる!そもそも、なんでそこで死人が出て来るんだ!?アンヘルがやっていることは、それこそ
ロマニが、焦った口調で反論する。だが、返ってくる言葉はただ冷徹だった。
「いいえ。あくまで恨んでいるのが彼らだとしたら、辻褄は合います。『天使の証』を持つウルクの民は皆生き残り、それを持たない移民たちは死んでしまう。『天使の証』で一度生き返れば耐性が生まれて、それ以上
そう。そこに矛盾がある。もし犯人がアンヘルで、ウルク以外の人類を殺したいだけならば、罪のない若い世代を殺す意味がわからない。
「……ということは、この話は……」
「……呪いにとやかく理論を求める方がどうかしている、と一蹴する人もいます。そこを除けば、筋自体は通っている訳ではあるわけですし。……ですが、全てを理論立てていくと、やはりそこだけ穴が生まれます」
『ふ、ふぅむ。所詮は噂、ということかい?』
「はい。私も、この噂がそのままだとは思ってはいません」
ですが、と。困惑する三人に追い討ちをかけるように、シドゥリは別の根拠を述べ始める。
「そもそも、
シドゥリがロマニへと視線を向ける。しばらくして話題を振られたことに気がついたロマニは、慌てて肯定の言葉を口にする。
『あ、あぁ。三女神がどの女神かにもよるが、一柱がイシュタル神と決まっているし、他の神がどんな神だろうとそれは不可能だ。神の権能というものは、自らの逸話に沿ったもの。イシュタル神自体にはそんな逸話は無いし、例え死を生業とするエレシュキガル神が含まれていたとしても、もう一、二柱だけではこの大規模な儀式には荷が重い』
「……ですが、単独でそれを行えるかもしれない人物がいます。少なくとも王は『あやつが他の神と組めばできるだろうよ。想像できんがな』と、仰っていました」
「……それは、つまり」
「アンヘル君が協力しているなら、この呪いは成立します。……言い方を変えれば。アンヘル君がいなければ、この呪いは完成しないでしょう」
結局、ふりだしに戻る。だ。
……そこまで断言されてしまっては、もう疑いようが無い。
だが、どうにも納得がいかない。マーリンに聞かされただけの話だが、アンヘルがそんなことをする人だとは、何故かどうしても思えない。致命的な何かが、食い違っているような。
喉になにかが引っかかるような違和感を覚えながらうーんと唸っていると、隣に座っていたマシュがおずおずと手を挙げて発言する。
「すこし、いいでしょうか。アンヘルさんが関わっているとして。根本的な話が、解決していません。………何故、この国方々は死ぬことを祝うのでしょう。……死を、平然と受け入れているのでしょうか。……それだけが、ずっと気がかりで……」
「マシュ……」
そう。結局はそれが、最も気になるところなのだ。最後に行き着く疑問点は、そこ。
立香は気づいていてあえて指摘しなかったが、何だかシドゥリは『この話から遠ざけよう』とする節があった。全てを話すとは言ったものの、やはり辛いものがなにかあるのだろうか。
一瞬押し黙ったシドゥリは、観念するように。あるいは、覚悟を決めるかのように、大きく深呼吸をした。
「………私は、藤丸たちに半月の期間を求めました。……それは、何故だかわかるでしょうか?」
「……この国を、知ってもらうため、ですか?」
「……半分正解です。ですが、本質は違うんです。……本当は、あなた方がウルクに来たその日に話しても、私たちの話に実感を持ってもらえないと思ったからです」
「……それは、つまり。どういう……?」
「あなた方は、この国で過ごして思ったのでは無いですか。『想像していたよりも、
「………それは……はい。そう、思いました」
確かに。確かに、立香とマシュは、そう思った。ウルクに来た最初の日にはこの国が正体不明の恐ろしい国だと思っていたのに、慣れていくにつれ、この国が
「それでいいのです。私たちのことを、あなた達は見てくれた。その上で、正当な評価を下してくれた。……この
固唾を飲む。シドゥリの口からついに真相が語られるのを、立香は感覚的に感じ取った。
「……天使の証は、死んだ人間を文字通り蘇らせる。……一度死んだ後、普通は、何も見えないそうなんです。真っ暗で、眠っているのと同じ。気がつけば、意識が戻っている。……ですが、
淡々と並べられていく事実。いつのまにか、握り締められたシドゥリの手から血が出始めていた。
「
「………え?」
その事実は、確かに衝撃だった。最早、アンヘルがこの件に関わっていたことは間違いなくなる、と言う点においては、たしかに衝撃的な事実だろう。だが同時に、それだけなのか、とも思った。
そして、気がつく。その『それだけ』という印象を抱いて欲しいがために、立香達は半月の間ここで過ごしたということを。『それだけ』ではなく『異常だ』という印象を、ウルクに来たばかりの立香なら思ったはずだから。理解することなく、ただ異常な国という色眼鏡で、この事実を見ただろうから。
「……そ、それだけですか!?本当に皆さんは、それだけの理由で、死ぬことを受け入れて……あまつさえ、祝っているのですか!?」
「……はい。だって──」
「アンヘル君を殺したのは、私たちですから」
神への信仰が、なによりも大切だった。
少なくとも、酒場の娘だった頃までは。
客の
『君が、新しい文官さん?』
『僕、アンヘルっていいます。一応、文官全員の管理を任されてるんだけど……そんなに偉いわけでもないから、仲良くしてくれると嬉しいです』
こんな子供が、と思った。なんの冗談だ、とも。
『わかった。それは国庫から融通する。頑張ってね。期待してるよ』
『ん、それは流石に王様の許可を得なきゃだ。預かっておくから、明日の昼ごろまたお願いできるかな?』
『却下!却下却下!そんな中身スッカスカな法案は通せない!せめてこのあたりの厳しさとか修正してくれないと!』
凄まじかった。ものの数十秒でいくつもの事案を片付け、片手間に自らに割り振られた仕事も終えていく。
尋常ではなく忙しそうだった。……でも。
なんだかそれ以上に、彼は楽しんでいるように見えた。舞い込んでくる様々な厄介ごとを、厄介ごとと認識しつつも吟味し、とてもいい顔をして解決していくのだ。
何故、そんなに楽しそうにするのか。仕事が終わった後に、尋ねたことがあった。
『ええっと………僕さ、天涯孤独だったんだ。両親は顔も知らないし、気付いたらウルクに放り出されて、王様に拾われた。……でもね。ウルクの人たちは、そんな余所者の僕に優しくしてくれた。最初はそれに気がつけないくらい無我夢中だったんだけど、改めて認識すると、あったかくてさ。これが家族なんだって。そんな気がして』
『だから、僕の家族はウルクのみんな。『友達』が、僕の家族なんだ。仕事をして少しでもこの国が良くなれば、家族が助かる。そう思うと、辛い仕事だって楽しくなってきちゃって』
『あ、もちろん、シドゥリさんも『友達』だからね。はいこれ。文官のみんなに渡してるんだけど、友達の証みたいなものだから。よかったら、大切にしてほしいな』
衝撃だった。
子供なのに、まるでギルガメッシュ王のようだった。信仰に頼ることなく、他人を崇めることなく。自らの意思を持って、自らの足で歩み、それを楽しんでいた。
心から尊敬した。この子供こそ、自らの上司に相応しい、どころか、勿体ない存在だ、と。
それから、シドゥリの日常は少しだけ鮮やかになった。信仰は続けていたが、以前より神を盲信することはなくなったと思う。
シドゥリは仕事ができたせいか、同期に比べてどんどんと昇進していき、ついに祭祀長に就任した。立場が高くなったことでギルガメッシュやエルキドゥ、アンヘルとの距離も必然的に近くなり、種族も、人格も、性格も違う。でも、心通いあった友達のような三人の関係を、ずっと見守っていた。
…………だが。
「エルキドゥが亡くなって、ギルガメッシュ王が旅に出て。……アンヘル君は、変わってしまいました。ずっと張り詰めたような表情で。楽しさなんて微塵も感じていないように。……戦争が始まった時、それは顕著になりました」
彼はより一層刺々しくなった。今まで見せてきた子供らしい朗らかさは消え、ただ国の頂点に位置する者としての威厳だけが残った。言葉は常に命令口調となり、日常会話をすることすら憚られるほどの覇気を放っていた。
「戦争が終わる直前まで、ずっとそうでした。一度だって弱音を見せず、王ではなく文官の頂点に立ち続けました。その傲慢な姿を恐れて、酷い言葉を投げかける人もいました」
でも。
「アンヘル君は、それでも私たちウルクの民を愛してくれていた。私たちのことを考えて、色んな方面に頭を下げて。嫌な事案も、顔色ひとつ変えずに、率先してやってくれていました。治水ができているから、洪水が起こることはない。国庫が豊かだから、干魃になってもなんとか飢えることはない。今のこの国があるのは、全部アンヘル君のお陰です」
………でも。
「私たちは、そのアンヘル君を見殺しにしました。戦争でどんどん不利になったウルクに、軍隊が迫っていて。ウルクに戦える人材なんて、もう、いなくて。……アンヘル君はたった一人で、軍隊と戦いました」
結果は、奇跡に奇跡が重なった勝利。敵軍はほとんど茫然自失となり、撤退を余儀なくさせられた。
……ウルクの民は、その勝利を喜ぶことはなかった。その代償が、いかに重かったかを知っていたから。
いつか、アンヘルが言っていた。
『いっぱいさ、優しくしてもらったんだ。アンヘル、アンヘルって。名前を呼んでもらえた。僕、幸せだよ。体がこんなになっても、みんなが優しくしてくれてるんだもん。………あぁ、幸せすぎて、困っちゃうなぁ』
腹に穴を開けて帰ってきた。血塗れだった。白かった服の色がわからないほど。痛くないはずがなかった。瀕死だった。否。死んでいるのが、当然の傷だった。それでも、彼は、嬉しそうに笑ったのだ。
「知っていたんです!彼が毎夜泣き続けていたことも!ずっと、寂しいと嘆いていたことも!私たちは、全部全部!知っていました!」
知っていた。……知っていたのに。
何もできなかった。どんどん苛烈になっていく戦いに、誰も手を出すことはなかった。文官も、市民も………兵士も。そして、どんどん人間としての機能を喪ってなお戦い続ける彼に、合わせる顔など、どこにもなくなって──
「殺したのは、私たちです」
シドゥリは、そう口にした。もしも、
軍隊にたった一人で立ち向かうのは、怖かっただろう。体を鋼で貫かれるのは、苦しかっただろう。一人ぼっちで泣く夜は、誰よりも寂しかっただろう。そして、そんな時に何もしなかった自分たちが、何よりも許せない。
「アンヘル君を殺したのは、紛れもなく私たちです。力のなかった、勇気のなかった、私たちだったんです!いつか、どこかの戦いで私たちが戦う意志を示していれば!少なくとも、アンヘル君が死ぬことはなかった!あんなにボロボロになって、好きだった食事も、喉を通らなくて………何も見えなくなって、たったひとりで泣いていた……あんな風には、ならなかった!」
だから。償わねばならない。犯した大罪に見合う罰を、受けなくてはならない。自らを愛してくれた家族を。大好きな子供を。殺してしまったのだから。
そんな最中に、
国民は歓喜した。『漸く、これで彼に償うことができる』、と。
「だから私たちは、死を受け入れる!冥界にいる彼のためなら、彼に与えられたこの命、惜しいはずがありません!たとえそれが、他から見て蔑まれる行為だとしても!私たちは、誇りを持って死にましょう!」
一切の迷いのない表情で、シドゥリは立香とマシュに訴えかける。『約束』とやらがなければ、シドゥリもまた、死を受け入れたであろうことを予感させるほどの剣幕で。
「藤丸、マシュ、天文台の魔術師殿。
──他界享受王国 バビロニアです。
第三者からすれば馬鹿馬鹿しい。
ても当事者たちには大問題。
そんな三文芝居のような宴が始まります。
もちろんこんなものじゃ終わりません。
次は暗殺者の少年の真実への足がかり。
そして亀裂が入る一日前の物語。
(空気が)下に参ります。