始まりの天使 -Dear sweet reminiscence-   作:寝る練る錬るね

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第六節 愚者たちの宴 (2/4)

 あの日。アンヘルにとっては忘れられない、デートの日。

 

 その日の夜は、緊張して眠れなかった。そもそも、誰かと一緒に寝る経験だって初めてのものだ。

 

 二人の間に、ほとんど会話はなかった。朝起きても、すぐさま離れて数時間は会話すらまともに行えなかった。

 

 

 でも。たった一つ。覚えていることがある。

 

 指切りをした。

 

 約束をした。

 

『……ねぇ、アンヘル。貴方は、私をひとりぼっちにしないわよね?私を……私を、救ってくれるわよね?』

 

 静寂が満ち満ちた際に、彼女はそう言った。

 

 震えていた。

 

 酷く、怖がっていたようだった。

 

 だから、アンヘルは誓った。

 

『………うん。……僕は、エレシュキガル様をひとりぼっちにしない。いつだって、助けてあげるね。……約束』

 

 

 

『……なんで、小指を出しているの?』

 

『指切り。約束するときは、こうやって。お互いの小指を結んで誓うんだ。嘘をついたら、針を千本飲まなくちゃいけないんだって』

 

『……えぇっ!?そ、そんなことしたら死んじゃうじゃない!』

 

『それぐらい大切な約束ってことだよ。ほら、約束、するんでしょう?』

 

『ええ……』

 

『いくよ。ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った』

 

『……こ、これで終わり?神秘の要素はひとつも感じなかったのだけれど……』

 

『……そうかな?()と神が約束するって、凄く神秘的だと思うけど』

 

『………そう、ね。……そう、よね』

 

『…………?とにかく、約束ね。僕は、何があってもエレシュキガル様をひとりぼっちにはさせない。きっと、救うね』

 

『………………あぁ、よかった──』

 

 

 そう。

 

 約束。

 

 エレシュキガルを、ひとりぼっちにさせない。

 

 救わなければ、ならない。

 

 

 約束。

 

 

 その、言葉を聞いた時から。

 

『人は……一人じゃ…………君が、…………』

 

『その怨みで………………………れ。そし………我…………………来るといい。その時……………は………待………。ずっと、…………に、……』

 

 

 アンヘルの脳裏に、ノイズのようなモヤがかかって取れなかった。

 

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 エレシュキガルは、困惑していた。

 

 心当たりなどない。何かやった覚えもない。……訂正。心当たりは正直多すぎてわからない。

 

「………ねぇ、アンヘル」

 

「……うん?どうしたの、エレシュキガル様」

 

 いつもと同じように。……いや。いつもと同じになるよう(・・・・・・・)、なんでもないように振り返るアンヘル。何も、何も変わらないかのように思える。

 

「………いえ。何でもないの。ごめんなさい」

 

「…………変なエレシュキガル様。呼んだだけってやつ?」

 

 ……やはり、おかしい。エレシュキガルは、自らの抱いた疑念を確信に変える。……いや、確信とは思いたくないから、まだ疑念としておいて。

 

 とにかく……なんだか自分。アンヘルに避けられていないだろうか、と。

 

 

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 きっかけは、ほんの些細な直感。ふと、いつもの彼とは違うな、と思うこと。その回数があまりにも多い。

 

 別段、態度がよそよそしいとか、そういうのではない。ただ、なんとなくわかる。何年も一緒に過ごしていれば尚更。無論、直感(それ)以外に根拠などないが、やはりおかしいとも思う。どうにも違和感が拭えない。

 

 今日朝起きてからずっとこの調子だ。なにか、理由があるのだろうか。

 

 ………と、冷静に思考できていたのがほんの十数分前の話。

 

(わ、私……何かやっちゃったのかしら!?)

 

 それからはひたすら自分の行動を振り返っては、何かやらかしてしまったのではないかと記憶ををあっちへこっちへ。その度にいちいち羞恥で頭がぐちゃぐちゃになって体がムズムズするものだから、もう日常生活どころではない。

 

 心当たりは、多いなんてものではない。部屋はすぐに汚くして呆れられるし、すぐにドジを踏んで彼を困らせるし、なんならみっともなく泣いて縋ったこともある。嗚呼、今となっては過去の言動その全てが忌まわしい。それこそ、記憶を消し去ってしまいたいほどだ。

 

 そして。

 

 

 

「うばあぁぁぁぁ!!」

 

 エレシュキガルはついに爆発した。流石にアンヘルの目の前ではなく、自室でだが。発狂とも取れる奇声をあげて、ゴロンゴロンと床を転がり回る。

 

「アンヘルのバカバカバカバカ!!不満があるなら、直接言って欲しいのだわ!!」

 

 エレシュキガルはアンヘルではないのだから、人の心の底など見透かせないのだ。ちゃんと言葉で伝えてくれるなら、改善だってできるだろうに。というか、する。文句なんか言われてしまった日には、確実にする。

 

「うぅ………ほんとに、どうしてなのかしら……?」

 

 頭から寝具を被って、ぐぐぐと不満のうめき声を漏らす。……できれば、エレシュキガルの思い過ごしであって欲しい。アンヘルの態度そのものは特に変化はないし、露骨に何か変わったというわけでもない。……今までの奇行が一人相撲なら、それはそれで辛いものはあるが。

 

 だが、そんな都合のいいことはないと直感で理解している。彼の態度を、彼の癖を、間近で、ずっと見てきたのだ。エレシュキガルから目を逸らしたりだとか、話を特別盛り上げて何かを誤魔化そうとしたりだとか。そんなことが何度もあれば、分かってしまう。

 

 話を戻す。とにかく、エレシュキガルがアンヘルに避けられているという事実。まずはこれをどうにかしなくてはならない。

 

「………はっ!そうだわ!いっそのこと、本人に訊けばいいじゃない!」

 

 混沌とした脳内から、名案っぽいだけの下策中の下策が思い浮かぶ。浮かんでしまう。対人経験とオツムの圧倒的に足りないエレシュキガルの頭は、あまりにも悩ましい問いによって容易にオーバーヒートしていた。

 

「……って、そんな勇気があるなら苦労しないじゃない……私のバカ…………」

 

 だが、辛うじて踏みとどまる。自らの度胸のなさなど、自分が一番知っている。以前デートであそこまで素直に心情を吐露できたのも、(ひとえ)に盛り上がった空気に酔ったのもあったからで……

 

「………そうだ。それなら、そんな空気にしちゃえばいいのだわ!お茶会の時に!………でも、いつも通りお茶とお菓子を用意してもらうのじゃそんな雰囲気にならないだろうし……」

 

 さらに危ういところで踏みとどまる。お茶会を用意してもらった相手に、そのお茶会の場で不満を話せと言うのは、あまりにナンセンスだ。エレシュキガルとて、そこまで厚顔無恥ではない。

 

「……なら、私が作ればいいじゃない!紅茶……は、淹れ方がよくわからないけれど、ばたぁけぇき?くらいなら、私にだって作れる筈なのだわ!以前作るのを見せてもらったことがあるし!」

 

 ………そう思いつき、名案なのだわ!とポンと手を打つエレシュキガル。どうしてそうなってしまうのか。というか、その頭には脳ではなく夢と希望的なふわふわした何かでも詰まっているというのか。特に迷うこともなく楽観的にお茶会のセッティングをしようと走る。行動があまりにも早い。思いついたら即行動を地で行く女神。いつもの慎重さと臆病さはどこへ置いてきたのか。ルンルンとスキップをしながら廊下を歩く。

 

 こうして、エレシュキガルはバターケーキを作るべく、いつもお茶会に使う部屋へと向かうのだった。

 

 ……黒焦げ物体生成までのカウントダウンが始まる。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…………」

 

 立香は、(わだかま)りの残った面持ちで部屋の寝台に腰掛けていた。

 

 あの後のことを、よく覚えてはいない。ただ、何かを言って立香は逃げた。納得はいっていたのに、呑み込むことがどうしてもできなかった。

 

 全て繋がったからだ。死を受け入れる考えを持つ人に高齢の人が多かったわけも、若者達がこの話にいい顔をしなかったのも、移民達がアンヘルの墓を荒らしたのも。

 

 今この国に残っているのは、アンヘルことを知らない人。もしくは自らの命を天秤にかけなかった人。もしくは……天使の証によって、死に損なった(・・・・・・)人たちだ。殺人の夜(キリングナイト)で一度死に、耐性を得た……得てしまった人たち。

 

 それらを全て理解した上で。こうして、燻っている。

 

 もっとスッキリすると思っていた。もっとはっきりわかると思っていた。

 

 でも結果はどうだ。口には苦い何かが広がっているし、思考にはモヤがかかって、どうしてもぼんやりしてしまう。

 

 寝台に寝そべって、天井へと手を伸ばした。自らの手の届かない何かに、手を伸ばすように。

 

「………死んでもいいと思うほど、大切な人って……なんなのかな」

 

 そう、例えば。立香は、マシュのために──

 

(……やめよう。こんなこと、考えるだけ無駄だ)

 

 体を起こす。……どうも、いろいろなことがありすぎてナーバスになっているようだ。体を動かせば、もうマシにはなるだろう。

 

 ……そういえば、ハーメルンは起きただろうか。もしも起きているなら、ハーメルンにも事情を説明しなくてはならない。そう思い、自室を出てハーメルンの部屋を開ける。

 

「…………いない……?」

 

 ハーメルンのいた寝台は、もぬけの殻になっていた。部屋を間違えたかと思ったが、ベッドにはつい先ほどまで寝ていた跡がある。ハーメルンの部屋は名ばかりとなっていて、基本的には立香の部屋にしかいない。寝台が荒れているなら、この部屋で間違いはないはずだ。

 

「起きたのか………?」

 

 首を傾げながら口に出してみるが、例え起きたとしても、この部屋から一階に降りるなら立香と鉢合わせるはずだ。だとしたら………

 

 なんとなく、嫌な予感がする。

 

 少し急ぎ足で屋上への階段を駆け上がり、少し老朽化した木製の扉を開け放つ。

 

 びゅう、と一陣の風が吹いた。冷たい夜風が肌を刺し、数瞬の間目を閉じる。

 

 

 

 次の瞬間。目の前に広がってたワンシーンに、立香は呑まれた。全ての思考は停止し、目はその様子だけを脳に届ける奴隷に成り下がる。

 

 新月の夜に、一人の少年の笛が響いていた。

 

 月のない夜に退屈した妖精が現れたが如く、月のない空の下で笛を吹く一人の少年。星と光帯の光を受けて、暗い世界で砂金のように美しく輝く。

 

 いつもと違うのは、目元近くまで被られているフードが首元で纏められていること。何があっても寝るとき以外に脱ごうとしなかったレインコートの幕が、今この時はハッキリと外れている。

 

 それによって見えるものは、宝石を鋳溶かしたかのような、まっすぐな琥珀色の髪。男にしては豊かに伸ばされた髪が風に靡いて、完璧とまで称していい顔のあたりから、腰近くまでに至る美しい光の川を作り出していた。

 

 そしてまた。耳元に届く音色も、完璧の一言。優美さの中に激しさがあり、しかし短調だからか少しの寂しさを感じさせる。クタで聴いた間延びして抜けた音とは、全く違う一つの芸術が小さく静寂のウルクに響き渡っていた。

 

 

 

 何分。もしくは、何十秒その場に立ち尽くしていたか。いずれにせよ、風に乗った音が止むのに、そう時間はかからなかった。

 

 目を閉じて笛に心を傾けていたハーメルンが立香を認識した途端、ぽろっと手から笛を落としたからだ。

 

「……ぁ………親様……」

 

 ハーメルンが、何かに怯えるかのように立香の方を見る。

 

「………ごめん、なさい……うるさかった……よね」

 

「ぜ、全然!そんなことなかったよ!」

 

「ぁ…………ごめんなさい…………」

 

 本心からの言葉を口にするが、ハーメルンは目を伏せ、再び謝罪の言葉を口にした。……普段より、心が不安定になっているような印象を受ける。だが、どうやらまた暴れ出すような様子はなさそうだとホッと一息ついた。

 

 いつものように屋上の縁に座り込んで手招きをすると、おずおずと、ハーメルンが倣うように隣に座った。残念なことに、フードでその貌を隠しながら。

 

 何から話したものか。……とりあえず、最初に話しておかなければいけない内容を口にする。

 

「………その。シドゥリさんのことなんだけど………」

 

 子供には少し辛い話だ。なんとか言葉を柔らかくして伝えようと思ったが、予想に反してハーメルンはゆるゆると首を横に振った。

 

「……………ううん。知ってる。………親様の回路(パス)から、伝わってきたから。………ごめんなさい、親様。…………ボクは、あの時………ボクは………」

 

 ハーメルンが言わんとすることが、なんとなくわかってしまう。気にしているのだ。あのとき、大人に手を上げてしまったことを。

 

「いいよ、そんな!……ハーメルンが手を出さなかったら、俺があいつらをぶん殴ってたよ!」

 

 言っていることはあながち嘘ではない。本当に、ハーメルンがいなかったら立香はあの移民たちを殴り飛ばしていただろう。茶化して下手なシャドーボクシングの真似事をしながら、シッシッと口から声をだしてみる。

 

 精一杯ふざけてみた。が、ハーメルンは笑わなかった。変わりに何か眩しいものを見るように、少し目を細める。

 

 場に、なんとも言えない空気が流れる。少し、気まずい。

 

 そんな中、突拍子もなくハーメルンが口を開いた。

 

「…………親様。ボクのこと、好き?」

 

「うん!?………あ、あぁ。好きだよ」 

 

 一瞬耳を疑ったが、すぐにそれが『好意的な』好きを尋ねているのだと気づく。……危うい。ただでさえ少女のような顔をしているのだから、誤解を招くような発言はやめてほしい。

 

「………そう。………なら、もう………いいかな。………もう、いい……な」

 

「………ハーメルン?」

 

 足をぶらぶらとさせて、振り子の要領で立ったハーメルン。月夜の下で、まるで踊るようにくるりと振り返った。丈の長いレインコートが、まるで飾りの布のように空を舞う。

 

「親様。部屋に、行く。……教えるね。………見せるね(・・・・)

 

「え?あ、ちょっと!」

 

 立香が引き止める間もなく、ハーメルンは屋上から中へと入ってしまう。

 

 ……ついてこい、という意味なのだろうか。

 

 困惑したまま、立香は屋上から二階に降りるドアを開く。何か、マズいことをしてしまったか。そんなことを思いながら、立香は自分の部屋の前に立った。

 

 部屋に入ると、ハーメルンは寝台に腰掛けていた。眠るつもりではないようで、少し落ち着かない様子で、深くフードをかぶっている。暗くて、その顔色は伺えない。座るのを勧められ、立香は訳もわからないままハーメルンの隣に腰掛けた。

 

 

「………親様。ちゃんと、見ててね?」

 

「……え?」

 

 立香が呆気にとられたほんの一瞬。その間に、ハーメルンのレインコートが霊体に変わって消えた。途端にハーメルンがいつも通りの肌着一枚の姿になり、立香はかつてない速度で別方向に目をやった。

 

「は、ハーメルン!何やってるの!?早く服着て……!」

 

「……ううん。違うの、親様。ちゃんと(・・・・)見て(・・)

 

 普通に考えておかしい流れに立香が難色を示すが、ハーメルンは首を振りながら否定する。見るも何も、温かみのある光を反射させて、やけに色気立つハーメルンの姿だけで、立香のキャパシティは完全にオーバーしてしまっているわけなのだが。

 

「ボクを……見て。視界に入れるだけじゃ、ダメ。……ちゃんと、見ようとして見て。……じゃないと……見えない(・・・・)

 

 そう言われて、ハーメルンの方向に顔ごと目をずらされる。露わになっている雪のような白い肌から反射的に目を逸らしそうになるが、今度は言われた通りにしっかりと意識して、真っ向から目を向ける。

 

 視界に入れるのではない。キチンとハーメルンに視点の像を合わせて、見る(・・)

 

「……………は?」

 

 そして、立香は。

 

「……なんだ………これ………」

 

 自らが、どれほど現実から目を背けてきたかを知ることになった。

 




 無知が罪とはよく言ったもの。
 さぁ、宴もたけなわ。
 盛り下げてまいります。
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