始まりの天使 -Dear sweet reminiscence-   作:寝る練る錬るね

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 暗殺者とは。
 アサシン、とは。

 殺しという一線を、犯した者たちである。



第六節 愚者たちの宴 (3/4)

 

 

 

 優しくない人に、なりたかった。

 

 

 自分のことしか考えず。

 

 自分の周りのことなんて一切気にせず。

 

 人を殺したとて、罪悪感の一つも覚えない。

 

 そんな、優しくない人になりたかった。

 

 

 セカイは、理不尽だ。

 

 優しい人は傷ついて、使われて、殺される。

 

 優しくない人は、傷つけ、使い、殺す。

 

 逆転劇なんて、ごく一部。

 

 最後の最後は、優しくない人が幸せになる。

 

 優しい人が優しくなくなったら怒られて。

 

 優しくない人が優しいふりをしたら褒められる。

 

 

 ねぇ、親様。

 

 どうして、(ボク)を優しくしたの?

 

 どうして、ボクを騙したの?

 

 悪い方が生きやすいに決まってるのに。

 

 悪い方が幸せになれるに決まってるのに。

 

 

 ねぇ、どうして───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクに、優しい人になった方がいいなんて、嘘を教えたの?

 

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 何かが焦げきったような異臭が充満する一室の中。

 

 そこには、まさに地獄と表現して相違ない光景が広がっていた。

 

 流し台はボコボコと紫色の泡を吐き出し、鍋はまるで泣いているかのように一筋の水分を滴らせ、ベコベコに凹んでしまっている。呪術的な儀式が行われていると言われても、誰も疑いはしないだろう。

 

 そしてついに、その闇を晴らすかのように一筋の光明ならぬ、芳しい匂いが立ち始める。

 

「…………うん!できたわ!」

 

 存外。存外にも、エレシュキガルはなんとかバターケーキを完成させた。……といっても、想定していたよりもかなりの時間をかけた上、きっちりと暗黒物質は精製した。

 

 お陰様で異臭を嗅ぎつけたアンヘルが「エレシュキガル様、黒魔術するにしてもここではちょっと……うひゅっ……ぉ、う……」と何かを言いながらドン引きして何処かへと消えていった。

 

 エレシュキガルは「しめた!何か勘違いしてくれた!」と喜んでいるが、明らかに致命傷だ。恐らく胃の中身を華麗にリバースしたことだろう。

 

 ……とまぁ、かなり本末転倒気味にはなったが、しかし。結果的には目標は一応果たされた。

 

「ふぅ……これで明日のお茶会は完璧なのだわ!」

 

 誰か辞書を持ってきてくれ。

 

 もはや一室は凄惨な事件現場を思わせるほどぐちゃぐちゃだ。管理の行き届いた簡素ながら小綺麗な部屋は見る陰も無く、控えめにいってゴミ屋敷のレベルまで落ち込んでいた。

 

 だが、壮絶な部屋の様子を振り返ることもなく、多くを犠牲にして一つの成功例を手に入れたエレシュキガルはルンルンでバターケーキを皿に移す。

 

「これであとは、明日を待つだけね!………それにしても、いつもより遅くまで起きちゃったわ。アンヘルは、今頃寝てるかしら?」

 

 部屋を出て、自室に戻る途中。体感時間だが、かなり時間が経過してしまっていることに気がつく。気のせいでなければ、いつもエレシュキガルが睡眠………ではなく、意識を移し替える(・・・・・)時間に比べて、今はかなり遅い時間だ。随分と、夢中になってしまっていたらしい。

 

 だが、不思議とああも興奮しながら物を作っていると、なかなか床に入ろうという気にはならない。

 

 自室の寝台にぼけっと寝そべってみても、興奮して目が冴えてしまっているせいか、なかなか眠ることができない。目を閉じてみても、意識はハッキリとしていて淡々と時間が過ぎていく。なんだか、勿体無い気がしてながらなかった。

 

「………あ、そうだわ!久しぶりに、あの小説でも読みましょう!いい加減、内容も忘れてきたことだし!」

 

 何かやることは、と考えて脳裏をよぎったのは、物珍しい革製の本のことだった。貴重な羊皮紙を使ってできた一冊ということもあって、なかなか素晴らしい出来の本であった。……すこし大人向けな表現や状況もあるのが玉に瑕だが。

 

 もう全て読んでしまったものではあるが、名作というのはいつ目を通しても面白いものだ。それに本を読めば、自然と眠くなることだろう。

 

 ……今回は、本当にそのまま眠ってしまうのもいいかもしれない。そう思いながら、エレシュキガルは自作のポエムやらが陳列した本棚から、お望みの本を抜き取った。

 

(………いい加減、この本棚も整理しなくっちゃ。……アンヘルには触らないように言ってあるけど、あの詩とかあの詩とか、もし読まれたら恥ずかしくて死んじゃうだろうし)

 

「………そういえば、この箱だったっけ。細工してあるのは………………え?」

 

 そして、エレシュキガルは本を箱から抜き取ったタイミングで、気がつく。

 

 ……………二重底状にしていたはずの本の化粧箱から、隠してあったとある鍵が消えていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 カチッ、と。

 

 メスラムタエアの何処かで、禁断の扉が開く音が響いた。

 

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 思えば、寝ているハーメルンに注目したことはなかった。まじまじと半裸の子供を見るなど明らかに人道から外れた行為であったし、普通に変態的行為だったから。

 

 それ以外にも何度かハーメルンのステータスを見たことはあったが、あくまでそれはデータの方に注目していたのであり、その背景にいるハーメルンは、視界から外れていた。

 

 だから。思えば、こうしてハーメルンの体を意識しながら直視……いや。直視ではなく、観測(・・)すること。それは、立香には初めてのことだった。

 

「………気持ち悪い、でしょう?」

 

「……ぅ………ぁ……」

 

 自らの体を寝台に預けながら、恥ずかしそうに自嘲の笑みを溢すハーメルン。「そんなことはない」と思った。「違う」と口に出したかった。でも、あまりの衝撃に、口は喘ぐように乾いた空気を吐くことしかできない。

 

「こういう、結界なの。……見ようとしないと、絶対見えない……かみさまの皮……ごめんなさい。……やっぱり………気持ち、悪いよね」

 

 神秘のベールを脱ぎ去ったハーメルンの肌は、確かに白かった。乙女の柔肌のように。汚れを知らない天使のように。その肌は白かった。

 

 ………そしてそこで、一般的と呼べる描写は、全て終わりを告げていた。

 

 

 骨格は歪に折れ曲がり、所々は見るに耐えないほどの破損(・・)を抱えて。腹や腕は、青や赤い痣がない場所を見つけるのが難しいほど。火傷の爛れたような痕や、何かに刺されたような古傷すらある。そしてなにより、それらのことが素人目にわかるほど、骨が浮き出て痩せこけた体。

 

 子供が負うには……いや、それどころか、人間が負うには、あまりにも重すぎる傷。虐げの痕。凄惨で、猟奇的で、冒涜的で、残酷。

 

「………なんで」

 

 なんで。ハーメルンに、こんな傷があるのか。こんなに、痩せ細っているのか。サーヴァントだから、ではない。子供なのに。ハーメルンはまだ立香に及ばないほどの歳の、どこにでもいるような少年なのに。

 

 どうして。どうして、こんな酷い傷が。

 

 ……いや、そもそも。

 

「………どこで……?」

 

 ひと目見れば、それが最近ついたようなものではないことがわかる。そもそも、サーヴァントは霊体であるため、魔力さえあれば負った傷などは数時間で癒えるはずだ。事実、ハーメルンが海岸やクタでつけていた傷だけ(・・)は、跡形もなく消えている。

 

「………ボクの、生前の傷……今の体は、かみさまに助けられたすぐ後の体。だから……この傷があって『当然』として、座に登録されてる………これ、ずっと治らないの……」

 

 ………口にされたのは、立香ですら知っている理論。

 

『サーヴァントは基本的には死亡時ではなく、その英霊が“最も強かったとき”である全盛期の姿で召喚される』

 

 だから、“最も強かったとき”に負っていた傷があれば、その傷を持ったまま召喚される。彼が死んだその時から、彼の中の時間は停滞してしまった。………そういうことだろうと、直感的に理解する。

 

 だが、理解はしても納得はしたくない。こんな小さな子供に負わせる傷に、正統性なんてあってたまるものか。

 

「………痛く、ないのか……?」

 

 けれど、怒りよりも先にくる感情があった。泣きそうなになりながらも、なんとか尋ねる。

 

 一瞬の沈黙。 

 

 意外、そして、少しの驚き。それらを軽く浮かべたハーメルンは……ホロリ、とその表情を綻ばせた。……とても、儚く。

 

「…………親様は……優しいね。…………大丈夫………」

 

 

 

 

 もう(・・)慣れたから(・・・・・)

 

 

 

 

 目の前が、真っ白に眩んだ。

 

 捕まっていた崖の岩が、無慈悲にも崩れるような。或いは崖下の枝が、ポッキリと折れてしまう。墜落感のような、深い、深い絶望に落ちていくのを、立香は感じていた。

 

(ずっと痛かったってことじゃないか……!慣れてしまうぐらい、痛みを味わったってことじゃないか……!)

 

 驚きと無力感と、そしてそれに気がつくことのなかった自らの愚かさ。

 

 ……どうして。そんなことを、笑顔で言えるようになってしまったのか。そんなことを、平然と言えるようになってしまったのか。

 

 その全てを感じて何も言えなくなった立香に、ハーメルンはポツリ、ポツリと、自分の過去を話し始める。

 

「……はじまりの記憶はね……生温い血と絶望」

 

 自分がハーメルンという村の村長の子供だったこと。だが、幼い頃に両親が死んで、新しい村長の養子となったこと。そして──それからずっと、村全体から奴隷として扱われていたこと。

 

「………色んなことを、された。……痛くて……怖くて……しんどかった」

 

 たったその三言。それだけで完結した彼への仕打ちは、言葉以上に物語るものがあった。

 

 きっと、立香の想像を遥かに超えるほど痛かったのだろう。怖かったのだろう。しんどかったのだろう。苦痛の全てが、その三単語に集約されていた。

 

 ……なんということか。なんということだろうか。目の前の少年は、この齢で、一体どんな地獄を見てきたというのか。

 

「でもね。嬉しいこともあったよ。……愛される(・・・・)、こと」

 

「………愛?」

 

「……月がある日は、夜だけ。今日みたいに月がすっぽり見えない日は、ずっとそう。……裸のまま沢山の人に囲まれて、ずっと。嫌で、苦しくて、痛いのに、色んなものを押し込まれる。それで、終わってから言うの。『これは、愛だ』って。だから、平気。ボクは、愛してもらえてるから」

 

「………………ぁ」

 

 その言葉の意味を理解するのに、一体どれだけの時間をかけただろう。

 

 ……つまり。

 

 つまり。

 

 要約すると。

 

 新月の日。或いは、月が見えない日。彼は、一日中、大人から性的な暴力を受け続けてきたと。そうでなくとも、毎晩ずっと。それを愛と教え込まれて、今の今まで、生きてきたと。そういう、こと。

 

 立香の脳内に、ありありと浮かんでくるものがあった。……それは立香の想像か。或いは、ハーメルンの記憶か。

 

 

 暗い密室に、大人たちが群がるようにひしめきあっている。蟻が砂糖に集るように。或いは、蟲たちが誘蛾灯に誘われるように。沢山の醜い大人たちが、欲望を隠そうともせず蠢いて。その中心に一人、正気すら失われた少年が、痙攣しながらその体を弄ばれている。差し込む月の光すらなく、ただその場所を、深く冷たい暗闇のみが支配していた。

 

 

 あまりにも狂気的なその光景に、堪らないほどの吐き気を催す。なんとか嘔吐する事態は避けたが、体が竦んで、何も言えない。

 

 いつかの会話が、ふと思い出された。

 

 

『………だって…………その方が、親様も、やりやすい(・・・・・)……でしょ……?』

 

『いや。正直やりにくいんだけど……』

 

『…………?じゃあ、もっと、脱ぐ?』

 

 

 あの会話は。ハーメルンが言っていた『やりやすい』という言葉の意味は。即ち。

 

 

『んっ……!親、様……今、なの?』

 

 

 やめて、ではなく『今』と言う言葉。もう、それが指す目的は決定的で。いや、そもそも、眠るときに服を脱ぐ習慣そのものだって──

 

「う、ああああ!!」

 

 立香は、絶叫しながらハーメルンを抱きしめた。悲しくて、怖くて、悔しくて、辛くて。目の前のハーメルンが、まるで消えてしまうようで。堪らず、きつく抱きしめる。

 

 なんで。なんで、この優しい少年が、こんな目に遭ってしまったのか。そんなことを、当たり前に口にできるようになってしまったのか。

 

 ……冷たい。ハーメルンの体は、まるで氷のように冷たい。感情ごと、体が凍ってしまっているようだ。

 

 涙を流しながら、立香はボロボロになった少年が崩れないように、優しく、優しく。立香は、冷たいハーメルンに自らの温もりを与え続けた。

 

 ……だが。

 

「……?親様も……ボクを、愛してくれるの?……いいよ。ボク、親様のこと、大好きだから。……痛くても、我慢、するね?」

 

 ハーメルンに、その想いは届かない。

 

「違う!……違うよ、ハーメルン!!」

 

 だって、ハーメルンは知らないからだ。それ(・・)以外の愛され方を、一つだって知らない。与えられてこなかった。だから立香が抱きしめたことを、そうとしか判断できなかった。例え届いたとしても、その想いの正体を知ることは、ない。

 

「……親様?………なんで、泣いてるの?」

 

 ハーメルンが、訳がわからないといった表情のまま首を傾げた。………他人から共感されたことも、まともにないのか。

 

「どこか……いたいの?……苦しいの……?」

 

 思い当たる節を全てあげるように、困惑した表情を浮かべる。……その語彙が、あまりにも少なくて。いかにこの少年が、閉じた世界で生きてきたのかを実感させられるよう。

 

「……違う……!違うんだ、ハーメルン……!」

 

 自分が出すべき言葉が、まるで纏まらない。言いたいことなら、いくらでもあるのに。教えなくてはならないことなら、いくらでもあるのに。全てが体の中で反響するように響いて、何も言えずに消えていく。結果的に出るのは、ハーメルンを否定する言葉だけ。その過去を、ただ悪と断ずる言葉だけ。

 

「……………親様、痛くないの?苦しく、ないの……?なら……なんで、泣いてるの?」

 

 本当に。

 

 本当に、そんなことすらわからないのだろう。ハーメルンは困ったような顔で、立香のされるがままになっている。体を預けて、泣くこともせず、素朴な疑問を抱くかのように立香を見ている。

 

 そのことが、悲しくて。悲しくて。また、ボロボロ泣いて。その度に、ハーメルンが困窮して、体を少し震わせる。

 

「………違うんだ、ハーメルン。そんなのは愛なんかじゃない!それは!それは──」

 

 それは、汚い欲望だ。単なる暴力だ。

 

 そう言葉にするのは容易い。

 

 だが、本当にそれでいいのだろうか。今まで、それを『愛』として思い込ませられてきた少年に、そんな現実を見せてしまって。

 

「……それは……!」

 

 口から出ようとする言葉は、全てハーメルンを傷つける言葉ばかりだ。何を言おうと、ハーメルンを否定し、その意志を虐げるものばかり。発するべき言葉が、どうやったって思いつかない。

 

「…………そう。やっぱり親様は、優しいね」

 

 そんな立香を見たハーメルンは、慈母のように優しく。優しく微笑んで。

 

「でもね………」

 

 いつかのような、ほんの少しの衝撃。一瞬の不快な浮遊感。手の中に抱いていた温もりが、強引に引き剥がされた。

 

 

 

 立香の胸を押して突き飛ばして。

 

 真っ直ぐに伸びたハーメルンの手が。

 

 トン、という澄んだ音が。

 

 明確に、立香という存在を拒絶していた。

 

「……親様。ボクは、ヒトゴロシ、なんです。だから……近寄っちゃ、ダメ……不幸に、なる」

 

「……人…………殺し?」

 

 耳慣れない単語。立香の故郷では……いや。現代のどの国でも、許されることのない犯罪、殺人。それを、ハーメルンは犯したというのか。

 

 だが、心当たりがないわけではない。

 

 あの夢。大量子供が死んでいるのを見てなお、笛を吹き続けていた……いや、笛で子供の死体を操っていたハーメルン。立香が魘された、あの夢。

 

 そして、墓の前で、殺気を放っていたハーメルン。あの殺気は、立香が特異点で向けられてきたものとなんら遜色ない……いや、どころか、それ以上のものだった。

 

 もしも、ハーメルンが放った殺気が見せかけ(・・・・)ではなく、本物なのだとしたら。

 

 いや、でも。だからといって。

 

「………ボクは、痛いのがや……だった。愛して、貰ってたのに………大人たちを、殺しちゃったの」

 

「……でも、それは………」

 

 仕方のないことじゃないか。他人を殺すなんてことは到底許されない行為だろうが、ハーメルンの過去を聞く限り、その『大人達』は殺されても文句が言えないほどの所業を行なっている。例えハーメルンが殺したのだとしても、それは正当防衛ではないか。

 

 しかし、立香のそんな意思を読み取ったのか。ハーメルンは、ゆるゆると首を左右に振った。悲しそうに、後悔するように。だが確かに。首を横に振る。

 

五千人(・・・)

 

「………え?」

 

「………五千人、殺した………それ以上は、覚えてないの………村の人じゃないよ。……ほとんど、関係ない人。その人たちを、ボクは……」

 

 言葉を、失った。

 

「みんな死んでいったよ。ボクの周囲の人たちは、みんな死んじゃった。味方になってくれた人も、みんな、みんな、ボクが……殺した……」

 

 何を言えば良いのか、皆目見当もつかない。

 

 いや、そもそも。立香が何かをいうことすら、間違っているのではないか。

 

 最低五千人。……文脈から察するに村人ではなく、それ以外だけの数。言葉では少ないのに、その情報が孕んだ重みはあまりにも大きすぎて。

 

 そして、立香は思い出す。

 

 あの悪夢。ハーメルンが操っていた死体は。

 

 子供だった。ハーメルンを虐げていた大人でなく、子供。

 

 つまるところ、ハーメルンは殺す相手を選んでいなかった。

 

 無差別殺人。……それを、大量に。

 

「そんな………そんな、ことって………」

 

「だからね。抱きしめてもらう資格なんて。……ううん。褒めてもらう資格だって……ほんとうは、ボクにはないの」

 

 行き先を失って宙へと伸ばされていた手が、ハーメルンに抑えられてゆっくりと寝台につく。妙に、抑えこんだ手は冷たかった。

 

 柔らかなシーツを握りしめた手をどこにやれば良いのか。立香には、見当すらつかない。

 

「だって、ボク……戻ってた。……村のことを思い出して、殺してやるって。ヒトを、殺した時みたいに。そう、思っちゃったもの。それで気付いたら、手が出てた」

 

 その瞳の奥に隠された感情が一体何なのかわからないまま、呆然と立香は少年(・・)を見た。己が犯した罪の重さだけを知る、穢れた無知な少年を。

 

「ねぇ、親様……」

 

 少年が、立香に問いかける。

 

 最初に会って、初めて発した一言。

 

 たった一つの、残酷な疑問の言葉。

 

 

 

サーヴァント、フォーリナー。真名を、ハーメルン、です。アナタはボクを……

 

 

赦して(・・・)、くれますか──?

 

 

 

 

 

 

 

 ハーメルンが発した、あまりにも重いその問いに。

 

 立香はとうとう、答えることができなかった。

 

 

 




 

 どうした?お前らの好きな無知シチュだぞ。喜べよ。

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