始まりの天使 -Dear sweet reminiscence- 作:寝る練る錬るね
全ての始まりを、思い出す。
人理を滅ぼす獣に、召喚された。
その獣に、憐憫を与えられた。
そして、あろうことか、その理に救いを求めてしまった。
自らの過ちを、思い出す。
一年間。魔術で引き伸ばされていたから、体感では十年か、百年だったろうか。
蟲たちに、身体中を抉られ、貪られ、窒息しそうな中。
たった二つの欠片に縋った。
生前の大切なものと。
絶対に忘れてはならないもの。
それらを心に、
故に───
「見つけたよ。随分と手間取らせてくれたね」
「………はぁ。つくづく最っ低だな、グランドキャスターって奴らは……です」
北壁が、突破された。その情報を得たギルガメッシュの行動は早かった。すぐ様北壁へ、立香達カルデア一行と一個軍隊……ウルク中の戦力の三割を投入。また、北壁から漏れ出た魔獣への対策として防壁の強化を徹底した。
かくして一同は、全速力でウルクから魔獣戦線へと向かった。道中の魔獣を何匹か倒しながら進んだ彼らが、ウルク北壁で目の当たりにしたものは。
『特に……何もなかっただってぇ!?』
「え、ええ。魔獣を二、三匹程度漏らしはしましたが、戦線が突破されるようなことは何も……なぁ?」
「はい。ここ数日、変わったことは特に。大方、恐怖に駆られて逃げ出した兵が適当なことを言って誤魔化したのでは……?」
「そんなことが……本当に?」
別段問題なさそうに機能する、魔獣戦線の姿だった。
「おや、皆さんお揃いで!どうかなされましたか!?」
「いえ……ちょっとした誤報に踊らされまして……」
「ふぅむ?それはまた一大事!情報とは即ち戦の命!取りこぼすと文字通り命の危険に晒されますぞ!」
そんな大変ごもっともな意見を口にするのは、上半身裸の筋肉ムキムキマッチョマンの……ではなく。
いや、上半身裸でムキムキな挙句妙ちくりんな仮面をつけた秀逸な格好なのは確かなのだが。とにかく、この北壁を守護する要ともいえる存在。スパルタの王にして、現在はサーヴァントとなっているレオニダスⅡ世だ。ギルガメッシュ王が召喚したサーヴァントの一騎であるという彼は、大袈裟に胸を張った。
「何はともあれ!手違いとはいえようこそいらっしゃいました皆様!お噂はこの北壁にまでも届いていましたぞ!」
「そ、それはどうも………で、いいんでしょうか?」
「ええ!結構!謙遜も素敵ですが、自らの戦果は認めなければ後々になって首を締めますぞ!」
フハハハ、と明るく笑う。……体と心が重い立香には、どうしてもそれが眩しく、愛想笑いを浮かべることしかできない。
その理由は──
「ふむ!藤丸殿とマシュ殿とは自己紹介を致しましたが、そちらの小さな御仁は未だお名前を伺っておりませんな!して、そちらの方!サーヴァントとお見受けしますが、一体どちらの英霊で!?」
レオニダスが少し頭を下げて、マシュの横にいる人物と視線を合わせる。
「………サーヴァント、フォーリナー……ハーメルン、です。その………よろしく」
「ほう!フォーリナーですか!聞いたことのないクラスですが……味方なら正体不明こそ心強いというもの!あいや、よろしくお願い致しますぞ!」
再び大きく笑うレオニダスに、黄衣の少年……ハーメルンは、居心地が悪そうにフードを目深に被る。最初の頃に立香の後ろに隠れ、名前だけしかいえなかった時に比べれば成長だと言えるだろう。
その光景を、どこか複雑な気持ちで立香は眺めていた。
……人殺しをした。昨夜、彼はそう言った。恨みのまま、心の赴くまま、沢山の人をその手にかけたと。
そして、立香は未だ、ハーメルンからの問いかけに答えを返せずにいる。昨夜はそれだけが頭を巡って、よく眠れなかった。
ハーメルンと物理的にも、心理的にも距離が離れているように感じるのはそのためだろう。目の前の優しい少年はきっと、その重荷を立香に背負わせることを罪悪と思っているから。
そんなことはない、と言いたかった。だが、それだけでは不誠実なような気がした。今立香は、ハーメルンに物事を問われている。それへの返答なしに彼へ声をかけるのは、それこそハーメルンへの裏切りだ。
立香が物思いに耽りながら、ああでもない、こうでもないと延々と続く回答を探していると、対称的にのらりくらりとこちらへ迫ってくる人物がいた。
「やぁ、藤丸君、マシュ」
小さな容貌をした花の魔術師は、面白いものでも見つけたかのように満面の笑みをこぼした。
「マーリン……」
「話は聞いたよ。随分大変だったようだ。まさか北壁に大穴が開いて、そこから魔獣が入ってきたなどと大法螺を吹くものがいるとは……いやぁ、恐怖に駆られた人間というものはわからないねぇ」
呑気に笑うマーリン。完全に肩透かしを食らった立香達からすればいい迷惑なのだが、それを考えた上で笑うから彼は嫌われるのだと思う。見た目が幼いからキレられることはそうそう少ないだろうとは予想できるが。
「マーリン君、アナさんは……」
「あぁ、アナなら魔獣の退治中さ。彼女も英霊だからね。今頃牛若丸と一緒に魔獣の首でも落としてるんじゃないか?」
「牛若丸……ギルガメッシュ王に召喚されたサーヴァントだったっけ?」
「あぁ。そして、今現在生き残っている三…… 二騎のうちの一騎だ。他のサーヴァントは、軒並み消えてしまったからね」
後で挨拶をしにいくといい、とマーリンは北壁の向こう側を指差した。
暫く互いの情報交換に専念した後、マシュが困惑を隠せない表情で疑問を述べる。
「私たち、どうするべきなんでしょう……?」
「ふむ。幸い、兵士たちは北壁との交代がそろそろだったし、それが終わり次第……大体明日の昼といったところかな。それまでぐらいは留まっていきたまえ。もちろん、三人は貴重な戦力だから完全な休暇とはいかないだろうがね」
といっても、最終的な決定は彼に一任するけど、とマーリンはレオニダスへと話を振る。仮面の戦士は抵抗を示すことなく頷き、肯定の意を示した。
「ええ、それがよろしいでしょう。幸い、北壁には物資がある程度は流通しております。お客人、それも共に戦う者となれば、不都合はさせますまい」
「そういえば……北壁には、随分と賑わってらっしゃいますね。てっきり、兵士の方々だけかと思いましたが……」
北壁は、ウルクと変わらないほどの賑わいに溢れている。流石に規模としてはウルクより小さいが、それでも活気としてはなかなかのものだろう。
「この戦線を半年も維持しているんだ。それにはもう、街を作るしかないだろう?それに、ここは
「……そう………なんだね……」
ウルクの民の贖罪。アンヘルの助けに応じた望まれた死。……泣き叫ぶシドゥリの顔は、いまだ記憶に新しい。
「……ふむ。そういえば、藤丸君達は
「事件………?」
「あぁ。なんでも自殺、事故以外で、なんの前触れもなく
「えっ……!?」
マーリンが飄々と語った内容に、心臓が飛び跳ねたような錯覚を覚える。
おかしい。
しかしそんな疑問とは裏腹に、レオニダスは大きくマーリンへとため息をついた。
「マーリン殿。不確かな情報で、藤丸殿達を惑わせるのはおやめ下さい。趣味が悪いですよ。あくまで噂。噂です」
レオニダスがマーリンを窘め、事件の信憑性自体は低いことを教えてくれる。あくまで噂、程度のものらしい。
「それよりも、皆様を北壁に案内せねばなりませんな!ささ、
そうして立香達は、レオニダスに連れられて北壁の様々な場所を案内された。北壁上に備え付けられたディンギルという武装……『人の力を以て神と為す』という意味らしい………を紹介され、北壁の防衛機構の仕組みなどを教えてもらう。
途中、牛若丸とアナに出会って軽く自己紹介を済ませ、レオニダス直々のトレーニング………賽の河原が如きレンガ積み………を行なって、その日は終了した。
……その
夢を、見ている。
『………ふひへ…』
少年が、崖の上で一人笑っていた。
『ふふへへははは!!ひひひひひひ!!あはははははははははははっ!』
無邪気に、愚弄するように、狂ったように、嘲るように。少年は、とても正気とは思えないほどの笑い声を上げる。
場面が切り替わった。
少年の足元が、血に塗れた屍の山へと変貌する。赤そのものが凝固したような山は、たちまち少年を腰ほどまで飲み込んだ。
『……ふふ…………あ、あぁ…………ぁぁぁ!?』
自らの足元を見るや、少年は嘆くような叫びをあげる。
悔いるように。懺悔するように。少年は、血の沼に溺れながら苦悶の叫びを漏らす。
琥珀色の髪が。蜂蜜色の目が。白磁の肌が。その全てが、紅花の赤へと染まっていく。それらがどんどんと酸化して、赤黒く変色して。少年は、ただ信じられないというように自らの手を茫然と眺めていた。
そして、その赤黒い目がこちらを捉えた。祈るように伸ばされたか細い手が、じわじわと視界を埋め尽くして──
世界が、終わった。
目の前に広がるのは、屍の山でも何でもない平坦な天井だけ。ほんの少し出た朝日に照らされ、自分の寝ている野営地の様子がぼんやりと確認できた。
不安にかられて自らの隣を確認する。そこには、死んでしまったかのように動かないハーメルンが、あどけないと
「…………くそっ」
久々の悪夢に頭を掻きむしり、彼を見た瞬間に浮かんだ嫌な思考を弾き飛ばす。本当は何かを言ってあげたいはずなのに。それでも漏れるのは自らへの罵倒の言葉ばかりだった。
体を起こす。時間が早いからか、マシュはまだ眠っている。どころか、ほとんどの人が起きていない。北壁には、清潔な静謐が満ちていた。
少し歩きたくて。北壁を登るための階段へと向かう。ここにいると、どんどん考えが悪くなってしまいそうな気がしたから。
そして、歩きながら、考える。
……立香は、迷っている。ハーメルンを、どう見るのか。単なる子供と見るのか。或いは、大量殺人鬼の子供として見るのか。
そして。ハーメルンに問われたように。彼を赦すのか。赦さないのか。
本当のところを言うと、ハーメルンを赦してあげたい。言葉通りに、何もないように彼の頭を撫でて。『君は悪くないよ』なんて甘言を、口にしてやりたい。
ただ、それで本当にいいのだろうか。
5000人。彼はそう言っていたが、もしかすればもっと多いのかもしれない。
それだけの人々を奪ったハーメルンを、果たして立香は、本心から赦すことができるのだろうか。
今でさえ、立香は彼のことを少し恐ろしいと思っているのに。
そもそも、赦すことが正しいのかすら、立香にはわからない。そこに至るまでの過程が、どれほど残酷なものだったとしても。それでも。人を殺すということは、許されるものではない。
重い。体がではなく、心が。その選択権を握っている心が、何か乗せられているかのように重量を増していく。それにつれて、やはり体も重くなっていく。
延々と終わらない思考。ぐだぐだと結論の出ない禅問答。それをひたすらに繰り返していた立香は、気がつけば北壁の真上に立っていた。
見下ろすと、魔獣の動きがないからか、兵士たちが口々に悪態を漏らしながら補給を行なっている。先ほどまでの静けさが少しだけ緩和されて、重苦しい気持ちが楽になる。
硬い岩の床に座り込んで再び考え直そうとすると、突然何者かが、立香の後ろから音を立てて着地した。…………着地した。
「ふぅ!やはり壁を一息に登るのは心地が良いものがありますね!」
「………えっと?」
文字通り壁から跳躍し、あろうことか壁へと着地したお転婆英霊。……まさしく武士を思わせる様相の女性。
「えぇ、弁慶めには止められましたが、自らの速さを体感するにはこれが一番というもの。それほど時間を費やすわけではありませんが、わざわざ門を通るのは面倒が過ぎま……と、おや?藤丸殿ではございませんか」
武士化粧とでもいうのか。さっぱりとした出で立ちのサーヴァント。牛若丸は、たった今気が付いたかのように立香へと話しかけてきた。
「どうされました?まだ日が明けてからそう経っておりませんが。帰還は本日の昼ごろでございましょう?」
「……あぁ、なんか目が冴えちゃって。牛若丸は……」
「牛若で構いませんよ。親しい方は皆私をそう呼びます」
「じゃあ、牛若。牛若は、一体何を……?」
「あ、その。……いえ。た、大したことではなくですね。なにぶん、珍しく人目がない時間帯なものでして。すこしはしゃいでしまいたくなってしまったと言いますか……ははは」
要するに、深夜テンションならぬ朝方テンションで、無駄な動きをしてしまいたくなることの拡大版をやってしまった。ということだろうか。
恥ずかしそうに頬をかきながら、「隣、よろしいですか?」と牛若丸は立香の横へと座りこむ。
「……むむ。藤丸殿、何やらお困りのようですね」
牛若丸は、立香の顔を覗き込むなり、そんなことを言った。
「わかるの?」
「ええ。弁慶めが考え込むとき、同じような表情をしていましたから。……と、そもそも武蔵坊のことを知っておいででしょうか?恥ずかしながら、自分達の知名度については疎いものでして……」
「大丈夫、知ってるよ。牛若と弁慶は、俺の国ではすごく有名だからね。特に、五条大橋の話なんかは」
子供の頃絵本やテレビで聞かされた牛若丸の歌なんかには、目を輝かせていた記憶がある。その事件から取って弁慶の泣き所、なんて言葉が常用的に使われているあたり、彼女はなかなかに有名人ではないだろうか。
「おお!それはまた、嬉しい限り……!………と、その話は追々聞かせていただくとして。逸れましたね。……その弁慶が不安がっているときに、丁度藤丸殿のような目をするのですよ。
困ったように、牛若丸は笑った。
そういえば、武蔵坊弁慶は一時期バビロニアに召喚されていたと聞いたことがある。他にも静御前、天草四郎、風魔小太郎、茨木童子の五騎が召喚され、それぞれ消滅したとも。
その笑いは、果たして懐古をも含んでいるのだろうか。
言葉を選ぼうとして黙る立香に、牛若丸は続けてこんなことを言う。
「もし私でよろしければ、相談に乗りましょうか?」
「牛若が?」
「これでも、戦の前には部下たちから様々な相談事を持ちかけられたものです。百戦錬磨と言いましょうか!その全てをバッサバッサと切り倒し、敵地へと向かわせるのも将としての役目でしたからね!……尤も、その手のことで兄上に敵ったことは一度としてないのですが」
再び、牛若丸は困ったふうに笑った。先程のような乾いた笑いではなく、心の底から敵わないと悟ったような。不思議と、安心の湧く笑いだった。
……本当ならば、この話は他人に話すべきではないのだろう。これは立香とハーメルンの問題で、牛若丸には全く関係の無い話だ。実際、いつもの立香なら適当に誤魔化していただろう。
だが、生憎と立香は平常な状態とは程遠い。あれだけ重い真実を抱え込んでいられるほど、立香の心は頑丈に出来てはいなかった。
「…………その。誰とは、言わないんだけどさ」
立香は、明確な名前こそ口にしなかったものの、真実を洗いざらい話した。
とある子供が、酷い環境で育ったこと。そのあまりの過酷さゆえに、人を殺してしまったこと。そして………その末に、大量殺人を犯してしまったこと。
「その子に、言われたんだ。『赦してくれますか』って。………俺は、その子が悪くないと思ってる。でも、やっぱりその子がしたことは、どうやったって許されない罪だ。……俺は、どうしたらいいんだろう……」
牛若丸は、終始黙ったままだった。
一言たりとも口を挟まず、ただ立香が話し終わるのを待った。それは、優しい牛若丸なりの気遣いのようで。少しばかり、立香を救ってくれた。
立香が話し終わり、しばしの沈黙が場に流れる。
流れる。
流れる。
………流れる。
「…………えっと?」
「…………………うぅむ……」
流石に静けさに耐えかね、牛若丸の顔を伺ってみると。
そこには、あぁでもないこうでもないと頭を前後させる牛若丸の姿があった。
百戦錬磨。
「牛若……?」
「……あぁ、申し訳ございません。少し、わからないところがあり……伺ってしまっても?」
「あ、うん。俺に答えられることなら……」
その問答に、では。と一息着いた牛若丸。そうして発せられた一言は、あまりにも突拍子もないことだった。
「して。藤丸殿は一体、何に悩んでおられるのでしょう?」
「……………え?」
さも当然。なんでもないかのように、牛若丸は話題の核心へと、容赦なく言葉の刃を突き入れた。
「………だから、それは。……俺が、その子を赦せるかどうかっていうことで」
「何をおっしゃいます?あなたが出した結論が赦すべきだというのなら、それが答えでしょう?」
本当に。本当に訳がわからないと言った表情のまま、牛若丸はそんなことを言った。
あまりにも背と尾が離れていて、理解し難い理論。……そのはずなのに、妙にストンと腹に落ち着く。
「………俺が……出した答えが、結論?」
「というよりかは、そもそも何故その幼童が悪いのか、ということが私には理解できませんからね」
振り子のようにすくっと立ち上がり、歯が高い下駄を鳴らす牛若丸。わざとらしく両腕でバランスをとりながら歩くその姿は、価値観ごと現世そのものから乖離しているかのようだった。
「人なんて、幾らだって殺せます。私も、殺しましたよ。平家の逆賊共の首など、数えきれぬほど
あっけからん。表現すればそんなふうに。立香がずっと思い悩んでいたことを、目の前の少女は平然と笑い飛ばした。
「それでも、当時の私は英雄として持て囃されました。……最期にはそれを兄上に咎められてしまいましたが。私の時代では、雑兵の命なぞ
ですから、と牛若丸は再び当たり前の常識を告げるように続ける。
「この世界が焼却された特異点で、他人の価値観で以って、誰が良い、悪いだとか、そんなことを決めるのは野暮というものですよ。あぁ!もちろん、ウルクの民とあらば話は別ですが。藤丸殿の話を聞く限り、その童めはこの時代の者ではないのでしょう?」
「……ええと、まぁ。うん」
「でしたら、やはり判断するのは藤丸殿、あなたであるべきだ。結局のところ、その子供が赦しを乞うたのはあなたなのです。他の誰でもない、あなた。そのあなたが罪を測るなら、他人の価値観に惑わされず、自らの思うままをやり遂げるべきでしょう。少なくとも、私はそう思いますよ」
なんて、一サーヴァントの意見なのですが。と締め括り、少し恥ずかしそうに牛若丸ははにかんだ。
───視界が、晴れた気分だった。
自分の価値観で、物事を決めるべき。……そのような考えは、立香だけでは全く思い浮かばなかっただろう。
衝撃的な考え方だ。
正しいと思った。
……間違いだと思った。
そして、その全てがどうでもなくなるくらい、それは、立香の追い求めていた解法だった。決して解ではない。それに至る、道筋。
「………ありがとう、牛若。それとごめん。行くところが出来た」
スクッと、その場から立ち上がる。重かったはずの体は、今にも駆け出したくなるほど活力に溢れている。
「………そうですか。それは
「あぁ、凄く助かった。流石牛若丸って感じだ」
「ははは!褒めても出るものは芸の一つくらいのものですよ!……では、お礼と言っては何ですが、後日、私の…………」
そこから何かを口にしようとして、牛若丸は口ごもった。暫く目を伏せ、うむむと悩んだ彼女は、体を左右に何度か振って……少し口惜しそうな口調で、前言を撤回する。
「いえ、やはり結構です。礼を求めてやったことではありませんからね。……では、早くお行きになられなさい。善は急げ、とよく言うものですからね」
「ああ!ありがとう!」
お礼の言葉をそこそこに、立香は北壁を下るべく駆け出した。今は胸に渦巻くこの思いを、どうにかして彼に伝えたい。その気持ちが、胸中の全てを支配していた。
「………さて。……これでよかったのですかね、弁慶」
立香が去っていった北壁の上で、孤独な武将がひとり、そう呟いた。