始まりの天使 -Dear sweet reminiscence- 作:寝る練る錬るね
Q.弁慶って死んでるの?
A.当作では既に死んでます。その分牛若ちゃんが登場したから………許して……許して……
【お知らせ】
当作の完結との折り返し地点である第八節がわりとキリのよさそうなところまでいくので、ちょっと質問コーナー的なアレを設けようと思います。詳しくは作者の活動報告をご覧ください。作品以外のことでも結構ですので、どしどし質問を送ってきてください。
なお、回答するのはアンヘル君と亡霊くんちゃんです。
走る。疾走する。答えを得た体は、羽のように軽かった。
言う言葉は、実際纏まってなんてない。それでも前へ。今はただ、一刻も早く自らのサーヴァントに会いたかった。
何段か飛ばしで北壁に備え付けられた階段を駆け下りる。目指すは、つい先ほどまで寝ていた野営地。
その名前を思い浮かべながら、大地に足をかける。人目が出てきた街並みを、人にぶつからない程度に小走りで通り抜けた。
「ハーメルン!」
野営地に黄色を捉えた途端、立香はその名前を呼んだ。しかし、少し遠くて声が届かなかったのか、ハーメルンは気がついていない様子だった。
もう少し接近すると、ハーメルンは誰かと話しているようだった。相手は、ハーメルンとそこまで背丈の変わらない白の魔術師。
「………マーリン?」
「これで……あってる?」
「あぁ、問題ないよ。こんなことを頼んでしまってすまないね」
「……ううん。平気」
マーリンが、何か箱のようなものをハーメルンに手渡していた。話の内容は、遠すぎて聞き取れない。
……もしかして、邪魔をしてしまったろうか。
「……さて、私はそろそろお暇することにしよう。大切な主従の関係に水を差すのも何だ。ほら、ハーメルン君。お客様のようだよ?」
「……あっ……親様……」
マーリンがこちらを指差してボソッと呟くと、ハーメルンが花の咲くような笑顔で立香へと手を振って近づいてくる。マーリンはその光景を見ながら苦笑いを浮かべて、ふらふらとどこかへと行ってしまう。
「……えっと、今、大丈夫だった?」
「………丁度、お話が終わったところ……大丈夫」
ハーメルンはあどけのない微笑を携えて、立香の目を見つめた。そこから何かを読み取ったのか、ちょっとだけしかめつらしい顔をつくる。
「………親様も、お話、する?」
「……………あぁ。少し、いいかな」
その肯定に、数秒の時間を費やした。だが、今はそれでいいと思えた。
「……うん………でも、ごめんなさい……今は、ダメなの。……少し、待ってて……マーリン君に……渡されたもの、あるから」
「渡されたもの………?」
目に止まったのは、先ほどからギュッと握り締められている黄銅色の箱のようなものだった。いや、それは何度か見た覚えのある……
「粘土板?」
「………うん。………だから、いい?………お昼までには、終わると思う……」
「わかった。焦らなくてもいいよ。お昼頃に、また迎えに行く」
頷くと、ハーメルンが再び申し訳なさそうな表情をする。気にしないでと頭を撫でると、ハーメルンはかすかに顔を綻ばせた。
「どこで、お話する?……ここで?」
「………いや、ちょっと場所を変えていい?壁の上とか、どうかな」
「………いい、よ。案内されるとき、いなくて……登り方………ボクは、わからないから。……また、教えてね?」
ハーメルンの問いに、今度こそ立香はこくりと頷いた。
早朝から若干悶々とした時間を過ごし、特に何かをすることもなくマシュと辺りを散策し、手持ち無沙汰で時間を流す。
少しばかり胃に不調を感じながらマシュと別れ、立香は早めの昼食を摂った。
それが終わる頃にはハーメルンの用事も済んでいたようで、急ぎ走りで立香のところへとやってきてくれた。その手に粘土板は握られておらず、どうやら本当に用事は済んだらしいことがわかった。
北壁に登る道中に、会話はあまりなかった。お互い、何を話すのかもう想像はついていたからだろうか。
北壁の上では、少し強めの風が吹いていた。ハーメルンのレインコートは、パタパタと忙しなく風に靡く。被っていたフードは、風にさらわれて真っ先に剥がされていた。
「………わぁ、高い……ね」
まとわりつく長髪を指でかきわけながら、ハーメルンはそんな一声を発した。今日は魔獣たちの動きも活発でないらしく、壁から見下ろす光景は平和そのものだ。
………静かだった。立香とハーメルンの会話を待ち望むかのように、その場は静寂に満ちている。言葉を紡ぐのが、えらく難しいことのように感じた。
「……その、さ」
最初の一言を切り出したのは、立香だった。自分から話を振ったのだ。その一言くらいは、言わせてもらわなければ。
「……ハーメルンは…………その。自分の生まれた環境が、悪かったってことに………気がついてるか?」
たどたどしい立香の言葉。……まずは、それを確かめようと思った。その意図を咀嚼するかのように、ハーメルンはゆっくりと頷く。
「……………ボクは、サーヴァント。………聖杯に、知識は……貰ってるの。……ボクは……多分……普通じゃ、ないんだよね。………わかってるよ」
「なら……」
「でもね。……ボクは、やっぱり………悪い子……なんだよ」
立香の言葉は、遮られる。ハーメルンの目に映っているのは、やはり曇りばかりが反映された、深い、深い闇だった。
「………それは、ダメ。ダメ、なの。…………だって……ボクが、殺した人に……そんなの、関係ないもの………そんなこと……気づかなくて………ずっと、殺して………」
赦されるわけがない、と少年は言った。御伽噺の英雄は、そう嘆いた。どんどんと顔を陰らせていく、一人の男の子。
「………殺すたびに……自分が分かならくて……どんどん、殺すことが楽しくなって…………ボクは、おかしかったの。……ボクなんて……」
……過去に起こったことは、変えることができない。例え、万能の願望機を使ったとしても。やり直すことなど、何があろうとできはしない。
ならば、今のハーメルンに、立香ができることは────
「…………ハーメルンは、悪い、と思うよ」
「…………?」
その事実を、認めることだと思った。
当然の常識を説かれたかのような、呆けた顔をするハーメルン。その小さな体を、立香は優しく抱きとめた。………真相を明かされた夜とは違って、丁寧に、丁寧に。包み込むように、優しく。
「……でも、それはハーメルンだけのせいじゃない」
「………ぇ……?」
弱々しく、黄衣の少年は疑問の声を上げる。
生まれた環境が悪かった。ずっと暴力を振るわれてきた。
確かに、それは人を殺していい理由にはならない。……人を殺していい理由など、この世には滅多にない。他人が積み上げてきたものを他人が台無しにすることは、決して許されることではない。
けれど──
「過去は、変えられない。ハーメルンが人を殺したことは、どうしたってなくならない。
「……ぇ……ぁ……」
そう。間違いは、間違い。けれど、それに納得のいく理由があるのだとしたら。……立香はそれを間違いだと定義した上で、それを受け入れよう。
「ハーメルンは、間違った。悪かった。……でも、それを反省して、もうしないって心から後悔してるなら………俺は、ハーメルンが今も悪いやつだなんて、思わない」
過去に犯したことを変えられなくとも。……それを、
人は誰しも、過ちを犯す。一度だろうと罪を犯した人間が、そんな人の過ちを許せないのだとしたら。それは、過ち以上の罪のはずだ。
それに。
「……ハーメルンが悪かったのは、きっと、運もだと思う。ハーメルンがもし、俺たちの世界に生まれて、俺たちと同じように育って………そうなってたら、ハーメルンは絶対、人殺しなんてしない」
「………なんで………わかるの……?」
「わかるよ」
震えた抗議の声に、確信を持って答える。
だって、立香は。
「俺は、ハーメルンの、
ずっと見てきたのだ。ハーメルンの人柄も。ハーメルンの性格も。……過去も。何もかもを見た。
彼が誰よりも優しく、素直で、健気で。誰一人として殺すような性格でないことは、立香には痛いほどに伝わってきていたのだから。
暫く、無言でいた。
立香の後ろに、恐る恐る、すこし冷たいものが当たった。
それが、ハーメルンの腕だと理解するのに、時間は要らなかった。
「………………不思議だね、親様。……生まれた場所も……生まれた時代も……全部、全部違うのに。……ボクは、親様の子供でいられる」
泣きそうな声だった。
けれど、今までとは違う、清らかな声だった。初めて、彼の声を聞いたような気がした。
今度はハーメルンの腕が、優しく立香を抱き返した。
「───
心から安堵した音色。強張っていた彼の体は、ゆっくり。ゆっくりと、そのカタチを緩めていく。
その言葉に含まれた感情は、どれほどのものだったか。……立香には、計り知れないほどであったのは確かだった。
再び、少しの時間が過ぎた。
「………あのね、親様」
不意に腕から逃れたハーメルンが、立香と目を合わせながら言葉を紡ぐ。手の中の温もりが消えてしまったことに少しの喪失感を覚えながら、立香もまた、ハーメルンの蜂蜜色の目を見つめた。
「お話には、続きがあるの」
「続き……?」
コクリと頷いたハーメルンは、懐かしむように目を細める。
「いっぱい人を殺したボクはさ。真っ赤な服の弓の人に、殺されるんだ。……とっても、一瞬でさ。ちっとも……痛くなくて」
少年は、何でもないように自らの死を語る。……いや。本当に、何とも思っていないのだろう。その目には、どちらかといえば無関心の色が写っている。
「でもね。その前に、ボクはちょっとだけ…………ボクを、取り戻すんだ」
言葉は、順序だっていなかった。何を言っているのか、立香の乏しい想像力では、理解し難い。
「………女の子がいたの。ボクを、可哀想って言ってくれた子が。………意味が、分からなくてね。……とっても………困ったの」
言葉とは裏腹に。慈しむような表情をして、ハーメルンは追憶をただ語った。立香はただ頷いて、ハーメルンの話を聞いた。
「でもさ………ボク。その子と……話してる時間だけ………ヒトゴロシじゃ、ない気がしたんだ」
初めて、ハーメルンは笑った。自嘲するようではなく、何かを思って笑う、穏やかで、優しい笑みだ。
「もう、わからなくてね……自分も、何もかも、消えちゃってたのに……どうして、そんなこと………言われたのかも……」
呟きは、意味を為さずに消えていった。きっと、意味など求めてはいなかっただろう。その声は、美しい残響となっただけで、言葉の真意を残さなかった。
そして、ハーメルンは、終わりの言葉を口にした。
「………ねぇ、親様。アナタはボクを……赦して、くれる?」
………その問いは、やはり重かった。一言一言が責任という粘度を持って、まとわりついてくるよう。
本当に、その先の言葉を口にしていいのか。
立香には、よくわからない。
だが、その重みを赦す罪も、きっと立香は背負ってみせる。だって、彼は立香のサーヴァントで、立香は彼の親なのだから。
「俺は……………」
先の言葉を発しようとした……その瞬間。
ハーメルンが、何かの危険を察知するかのように、ハッと北壁のある一点を見やった。
そしてそれは、別の場所でも。
マシュ・キリエライトが。
アナが。レオニダスが。牛若丸が。
……その場に集うサーヴァントの全てが、反射的にその方向を向いた。
『藤丸君っ!!衝撃に備えてっ!!』
突然腕輪から聞こえてきた、ダヴィンチの声に耳を貸すまでもなく。
全身を、上下感覚を。平衡感覚を。……その全てを破壊し尽くすまでの強烈な揺れが、北壁全体を襲った。
ふわり、と抱きしめられる感覚。そして、脳まで揺れるほどの振動。
「───なに──が……?」
起こった。その疑問が、頭に留まりきることなく口から漏れた。いまだに視界がボヤけ、思考が安定しない。
「親様っ!平気!?」
「ハー……メルン?」
体を包み込む感触が、立香をぼんやりとした放心状態から現実へと連れ戻す。どうやら、立香は今ハーメルンに抱きしめられているらしい。
「ケガ…ない?……痛くない……?」
「……大丈夫。ありがとう」
「よかった……!」
恐らく、マスターである立香を守るために自らの身を盾にしようとしたのだろう。幸い、ハーメルンにも怪我があったような形跡はない。自分より小さな体に抱きとめられるというのは、妙な気分だった。
「それより、一体何が?地震?」
「………わかん……ない。……急に、宝具……みたいな。すっごい魔力が……こっちに、飛んできたの………」
戸惑いを隠せないと言った表情で、ハーメルンはおずおずと起こった出来事を口にする。恐らく、サーヴァントとしての勘のような何かが働いたのだろう。
未だに状況を把握し切れないでいると、手元の腕輪がピピっという音と共に起動する。
『藤丸君!無事かい!?』
「ドクター!こっちは問題ないです!」
『そうか!今藤丸君達は北壁の真上だろう!?北壁の西側を見てくれ!大変なことになっている!』
ロマニの言うがまま、立香は視界の北壁の線を目で追っていく。そして、およそ視界が地面と平行を描いたところで……
「えっ………?」
ありえない光景を、見た。
北壁の一部から、煙が上がっている。
黒煙ではないことから、火事というわけではない。ただそれは、つい先ほどまで石だったものが砂となり、宙を舞っているだけにすぎなかった。
そう、それは土煙。そして、立ち込めた煙は十秒と待たずに晴れていく。
そこには、目を疑うような光景が広がっていた。正確には、記憶を疑うような。
「………穴だ」
立香が見ているのは、魔獣戦線の外の側から。だというのに、北壁を通して内側が見えてしまう。壁が壁としての役割を果たさず、その口をぽっかりと開けて………
「魔獣戦線に……致命的な、大穴………!!」
ギルガメッシュから聞かされた、伝令の話。それを忠実に再現するかのように。
その日。北壁はその威容に似つかない、巨大な孔を覗かせた。