始まりの天使 -Dear sweet reminiscence-   作:寝る練る錬るね

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 終曲の5。

 そして、全ては終わりを告げる。
 輝かしかった日々も。
 憂いに悩んだあの夜も。
 全ては、夕焼けと共に溶けていく。




第七節 破滅への序曲 (5/5)

 ネズミがいなくなったことで、むらのひとたちはおおよろこび。うたって、おどってのうたげがひらかれました。

 

 そこへ、ふえふきがもどってきました。

 

 ──それでは、ボクのねがいをきいてくれますか?

 

 ──そんなやくそくは、したおぼえがないなあ。

 

 むらのひとたちは、ネズミがいなくなったのをいいことに、やくそくをしらんぷりしました。

 

 ──いいでしょう。

 

 ふえふきおとこは、それだけいってむらをあとにしました。

 

 ──やれやれ。あきらめたか。

 

 むらのひとたちはあんしんして、また、うたったりおどったりです。

 

 ………そんなとき。どこからから、びゅうびゅうとふえのおとがひびきました。

 

 ふえふきが、まちのはひろばのまんなかで、ふえをふきはじめたのです。

 

 それといっしょに。こんどは、こどもたちがあつまって、ふえふきのあとをついていったのです。

 

 ──おい、こどもたちがあのおとこのあとをついていくぞ!

 

 おとなたちはひっしにとめましたが、こどもたちがとまることはなく。

 

 ──わかった!やくそくをまもる!まもるから!

 

 こえのかぎりさけびました。しかし、ふえふきはとまることはありません。

 

 そうして、130にんものこどもをつれたふえふきおとこは、むらのこだかいしょけいばしょのちかくで、こどもたちといっしょにすがたをけしてしまいましたとさ。

 

 のこったのは、たったふたりのこども。そのふたりは、めをわるくしていたこと、みみがきこえないこどもでした。

 

 おしまい、おしまい。

 

ハーメルンの笛吹き男 終章

 

 

 

 

 

 

 ──さぁ、次はアナタ達の番だよ。

 

 

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「……百獣母神……ティアマト……!?」

 

 目の前の巨大な神を見上げながら、そう溢す。ティアマト。それが、イシュタルに次ぐ三女神同盟の一柱。

 

「あ、あれは……ティアマト神だ!やはり、北の女神はティアマト神だった!!」

 

「逃げろ!殺される!!みんな殺されるぞっ!!逃げろぉぉっ!!」

 

 恐怖に駆られた兵士たちが、次々と北壁へと撤退していく。恐怖が爆発したように広がり、次々と北壁から人がいなくなっていく。

 

『解析が終わった!!霊基は神霊クラス!!体長は……尾を含めると100m!クラスはアヴェンジャー!エクストラクラスだ!』

 

 耳に入ってくる情報も、今は頭にまで届かない。それほどまでの───恐怖。心臓が鷲掴みされたかのように、どくどくと脈打つ。体は動かない。兵士たちのように、逃げなくては。そう思っているのに、指先一つすら動かない。先ほど北壁の上で起こった現象と、全く同じだ。

 

「……だ……くそっ!……壊れかけ(・・・・)のくせして……無茶………するからだ、ボケッ!」

 

 壊れかけ。一体、なんのことを言っているのか。そう、疑問に思った。

 

 瞬間。

 

 立香の背後にいたはずの少女(ショウネン)が、跳ねるように動く。それに反応するほどの時間すらなく、手に二つの短剣を持って、少女(ショウネン)はその片方を立香の背へと突き立てた。

 

「せ、先輩っ!!」

 

 マシュの絶叫が響き渡る。

 

 グニュ、という変な感覚。痛みはない。だが、違和感だけはある。自分が刺されたという事実だけがあって、結果が伴っていないような。そんな違和感。

 

「………偽・修補すべき全ての疵(ペイン・ブレイカー)!!」

 

 たちまちのうち、立香の全身に温かな光が宿る。自らの心に宿った恐怖という冷気が、光によってだんだんと解けていく。

 

「──君は……!」

 

 口と体が自由になって、漸くその少女(ショウネン)の顔を見る。

 

 その目が、妙に印象的だった。

 

 今にも、泣きそうな目をしていた。昔を懐かしむような、悔やむような。蒼い目は、そんな過去を携えていて。そしてそんな目が、立香を見つめていた。

 

「……君、は……」

 

 全く同じ言葉が、しかし別の意味で口から漏れた。………だが、その言葉を紡ぐまでもなく。

 

「……偽・暗黒霧都(ザ・ミスト)…」

 

 少女(ショウネン)が持っていたもう一つの短剣が、ほんの少しだけ魔力を放ち。

 

 

 ──視界が、灰色へと染まった。

 

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「これは……!」

 

 目の前を、灰色の絵の具で塗り潰されたようだった。視界が攻撃を受けたのか。そう考えて、しばらくしてそれが煙が何かであることに気がつく。

 

 この状況は、妙に既視感があった。

 

『藤丸君!なるべくその水蒸気……霧を吸うな!半径20メートル……この反応、この魔力は………第四特異点(ロンドン)のそれだ!』

 

 腕輪から聴こえるダ・ヴィンチの声を聞いて、漸くその既視感にたどり着く。第四特異点。死の霧が蔓延していたロンドンのそれが、今視界の全てを覆っているのだ。

 

 ロンドンの時と同じく、立香自体に害はない。恐らく、マシュも同じだろう。

 

「マシュ!大丈夫か!?」

 

 声を出しても、返答はない。もしかすれば、この霧は声すらも遮っているのかもしれない。

 

 幸いにして、攻撃される気配はない。だが、五感のうちの一つが完全に封じられているという状況は、あまりよろしいとは言えない。

 

 ──ここから、動くべきか。だが、視界が確保できない状況で動くのも危険だ。

 

 ………そんな思考に反して、少女(ショウネン)が使った宝具だからか霧はだんだんと薄くなっていく。ロンドンのようにずっと滞空している、というわけでもないようだ。

 

 そして、視界がだんだんとクリアになる。目の前に北壁が移った瞬間、マシュの手を掴んで共に駆け出す。そのビジョンを繰り返しシミュレートして…………

 

 

「…………え………」

 

 目の前の光景を見た瞬間に、頭が真っ白になった。

 

 少年(ショウジョ)は、消えていた。また姿を晦ましたのだろう。それは、まだ良かった。

 

 思えば、おかしいと思うべきだったのだ。目が見えなくなったところで、聴覚は健在だった。霧が音を遮るのならば、立香自身が出した声も、立香には聞こえないはずだから。

 

 だというのに、マシュは立香を探すために声ひとつ出さなかった。サーヴァントとしてのパスを使えば、立香の大体の現在位置くらいは特定できそうなものなのに、立香の方にすら来なかった。

 

 

 その理由は、一つ。

 

「ぐ…………ぅぁ……」

 

「マシュ………!?」

 

 ──それが(・・・)できなかったから(・・・・・・・・・)

 

 霧が晴れて、立香の視界に入った光景。

 

 それは、キングゥが刃物のように変化した左手で、背後からマシュの無防備な胸を………冗談のように。克明に、貫いている様子だった

 

 

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「ぜん………ぱ……………」

 

「マシュっ!!」

 

「………はぁ、いちいちうるさいな、旧人類は。お陰で、奴に逃げられてしまったじゃないか」

 

 気怠そうにそう呟くキングゥ。繋がるその手には、真っ赤な血と………恐らく、マシュの心臓と思われる臓器が、印のように掲げられている。

 

 目の前の光景が、スローモーションに見える。

 

 明らかに、致命傷だった。

 

「まぁいい。どのみちこれで、厄介なサーヴァントのうち一人は殺せたんだ。失敗作に目障りに集る、厄介な虫が」

 

 ブン、と手を振り、マシュが地面へと投げ出される。その目は、もう開いてはいなかった。

 

 信じられない。

 

 なんだ、これは。たった一瞬目を離しただけじゃないか。

 

 なんで、マシュがあんな傷を負っているんだ。

 

「さてと。あとは、あの幼体の少女を殺せばとりあえずは解決、か」

 

「嘘だ……」

 

 膝から、その場に崩れ落ちる。目の前の光景を疑った。こんなはずはない。そう思った。だが、血の海に沈む彼女は、どうみても死んでいるようにしか見えなくて。

 

 その上に乗った一つの花びら(・・・)が、まるで、死人に捧げられる手向けのように………

 

「………………花……?」

 

「…………まさかっ!!」

 

 その事実に気がついたのは、キングゥとほとんど同時だった。ピンク色の花びら。そんなものが、この荒野の続く北壁に、あるはずがない(・・・・・・)のだ。

 

 だとすれば、そう。この目の前の光景そのものが───

 

 

「そう。薄っぺらい嘘だということさ、藤丸君」

 

「マーリン!?」

 

 大量の花びらと共に、白の幼い魔術師は立香の隣に降り立った。と同時に、視界を覆っていた()が、正しい事実へと変化していく。

 

 キングゥの貫いていた心臓らしきものは、ただの鎧の破片に。マシュの傷口は、肩あたりへと。マシュから出ていた血の池は、そのほとんどが幻だった。

 

「すまない、遅くなった。咄嗟の幻術だったから、狙いを逸らすくらいしかできなくてね。だが、死んではいないはずだ」

 

「マシュ!」

 

 近づいて脈を測る。……どうやらマーリンの言う通り、ショックで気絶はしているが、息自体はまだある。傷口こそ深いが、場所が場所だったからか即死することはなかったようだ。

 

「そら、彼女を助けてあげなさいキャスパリーグ。どうせ魔力を溜め込んでいるんだろう。このままでは、出血が原因で死んでしまうよ?」

 

「フォウ!フォウ!フォーウ!」

 

 そして、マーリンの肩に乗っていたフォウ君が何度か雄叫びを上げると───神秘的な光と共にマシュとフォウ君の姿がかき消え、影も形も残さず消滅してしまった。

 

「これは……!」

 

「転移だ。安心したまえ、マシュ嬢は無事さ。大方、ウルクに戻っているだろう。怪我自体も、跡すらなく消してくれるはずだ。戦線は撤退することになったが、許容範囲内だろう」

 

 さて。と、マーリンは未だ呆けていたキングゥの方を向く。そして立香達の後ろから、北壁の兵達何十人かが加勢に並んだ。

 

「まだやるかな、キングゥ。そして魔獣の女神よ。これで、状況は五分へと戻ったはずだが。悪いが、美女と子供を惑わすのは得意でね。同士討ちを避けたいのならば、撤退をお勧めするが?」

 

「…………貴様っ!!」

 

 キングゥが、殺気を込めた目でマーリンを睨む。だが、その相性は最悪。特異点の初日といい、先と言い、キングゥには恐らく幻術への抵抗がない。このまま戦闘がはじまっても、マーリンの言う通り同士討ちが始まりかねないだろう。

 

 両者が拮抗する。そして、そんな危うい均衡を破ったのは、今の今まで口を閉ざしていた巨大な女神だった。

 

「──クク」

 

 ティアマトの口元が、狂気的に歪む。そして、次に響いたのは、いっそ冒涜的にまで聞こえる大きな笑い声だった。

 

「クククッ!!フハハハハッ!!なんだ!人間の愚かさに呆れ、戯れにと傍観していたが……随分なやられ様ではないか、キングゥ!」

 

「なっ!?……こ、この失態は……」

 

「よい。物事には適性というものがある。貴様と奴では流石に分が悪かろうよ。此度は引け、我が息子」

 

「………は」

 

 荘厳なその声に応えて、キングゥは宙へと浮かんで立香達から離れていく。あれほどまで激情を滾らせていたのに、たった何回かの会話で引くとは。キングゥとティアマトの間には、明確な上下関係……親子関係があるようだ。

 

 キングゥが立香達と十分に距離をとったのを見て、ティアマトはその巨体で立香達を見下ろした。

 

「………さて、半魔の魔術師よ。貴様、さては不死身か」

 

「……だとしたら、どうだというのかな」

 

「フッ。とぼける必要もあるまい。何度かその手のものを見たことがあってな。ともすれば……」

 

 その瞬間。ティアマトの目が、大きく見開かれる。そして………極光。黒と赤の本流が、避ける間も無く。そして、兵士たちが悲鳴を上げる間もなく、立香の横を轟音と共に通り抜け……………

 

「な………!?」

 

「我が魔眼も、久々に火を吹こうというものだ」

 

 飲み込まれていた兵士たちが、悉く石の像と化していた。

 

「石化の………魔眼!」

 

「ま、マズい!それだけはマズいぞ!藤丸君、今すぐ逃げよう!詳しくは言えないが、今私が意識を手放すと大変なことになる!」

 

 柄にもなく大慌てのマーリンは、すぐ様180°回転し、全力でティアマトから逃亡せんとその背を向ける。そして先ほどまでの威勢は何処へやら。全力の疾走を始めた。それに倣って、石化から逃れた兵達も逃げ出し始めた。

 

 だが。立香が逃げ出すことだけは、許さない者が一人。一柱いた。

 

「うわっ……!?」

 

「藤丸君!?」

 

 突如。立香の体を、長い蛇体が締め上げる。潰されるか潰されないかギリギリの力で、全身が拘束される。そしてそのまま、立香はティアマトの元へと引きずられていった。

 

「悪いが。人類最後のマスターはいただいておこう。此奴(こやつ)には少し興味がある。貴様らの、希望という奴なのだろう?ならば、その希望に人類の滅亡を見せるのもまた一興だ」

 

「ぐっ………離……せ……」

 

 なんとか抵抗するが、巨像と蟻。力を込めようと抜け出せるわけもない。

 

吠えるな(・・・・)。貴様程度、力を込めればすぐに殺せるのだぞ。大人しくしておくのが、身のためというものだ」

 

 吠えるな。ただ、その一言。その命令。その一言で、全身が再び強張る。恐怖が、体を支配する。震えて、体が凍ったかのように冷たくなっていく。

 

(くそ……なんだ………これ………)

 

 体の自由が効かない。どれが力を込めようと、声の一つすら発せない。まるで、自分の体が他人のものになってしまったかのようだ。

 

「まぁ見ておけ。今からあの一団は彫像と化す。それに比べれば、マシな最後を送らせてやろうというのだぞ?」

 

「……ぁ………」

 

 そして。ティアマトの目が、逃げ出すマーリン達を捉えて大きく見開かれる。またも黒の極光が、その全員を石へと───

 

「いくぞ友よ!!炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)!!」

 

 変えることは、なかった。極光は、幾つも輝く(くれない)の光によって遮られ、そして、いくつかを持ち主へと跳ね返した。

 

「何!?」

 

 熱を持ったその光は、ティアマトの体の一部を焼く。それが虚をついたのか、立香の身は放り出され、しばらく地面を転がった後自由となった。……だが、どうやったとして体は動かない。

 

 そして、その光を跳ね返した主こそは……

 

「…………身に染みましたかな。ギリシャの古き女神。かつてアテナによってその身を変えられ、人々に迫害され、多くの英雄を殺した者。形のない島の三姉妹の成れの果て──大魔獣ゴルゴーンよ」

 

 今なお、その身を石へと変える、レオニダスその人だった。

 

 そして。

 

 ゴルゴーン。彼は、確かにそう言った。それこそが、この女神の真名。そしてその名は、あまりにも有名。……立香も聞いたことはある。蛇の髪を持つ、目を見ると石になってしまう怪物。その正体こそが、彼女。

 

「………貴様か、勇王レオニダスよ。……だが許そう。貴様ほどの勇者がつけた傷であるならば、この身も受け付けようというもの。そして哀れだ。貴様という盾を失った人類は、私によって絶滅する」

 

 眩しいものを見るようにゴルゴーンはその目を細め、敬意を含んだ声音で宣告する。

 

 レオニダスは、物理的な熱線こそ跳ね返したが、その身は石へ変わり始めていた。対して、ゴルゴーンは殆どダメージを負っていない。多少焼け焦げてはいるが、それらはすぐに再生を始め、最初からなかったように元通りとなる。

 

「……そんなことはありません。私が守ったものは、決して無駄ではない。そして──私がいなくとも、私の教えを残した者たちが、必ずあなたを討つでしょう──」

 

 ……あとは、お任せします。

 

 

 そう念じ、レオニダスは石となったその身をボロボロと崩壊させる。北壁を守り切っていた鉄壁の王。スパルタの勇者は、たった今、その身を霊子と石にと変え………完全に消滅した。

 

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 絶望が、その場には滞留していた。

 

 だれも、上を向いてはいなかった。

 

 悟ったからだ。レオニダスが全力で一撃を防ぎ反撃したとしても、ゴルゴーンは怪我一つしか負わなかった。

 

 このまま、自らたちは滅ぼされるのだと。そう思った。

 

 そして、それは立香も例外ではなかった。

 

 このまま、人類は終わるのかもしれない。そう、考えざるを得なかった。

 

 …………だが。

 

 死をただ待つだけとなった立香へと、疾走していた人物がいた。

 

 恐怖で鋭敏になった感覚が、突然自らの腕を持った手の主へ過剰に反応する。

 

 

 

 

 

「………親様…!間に………合った……!」

 

「……ハー……メルン…?」

 

 息切れしながら立香の腕を掴んでいたのは、乱れた黄色のレインコートを纏ったハーメルンだった。

 

 どうして、ここに。北壁にいたんじゃないのか。

 

 そう、言いたかったのに。身体が、口が。思うように動かない。引きつってしまい、彼の名前すらロクに呼ぶことができなかった。振り向いて、その悲しそうな顔を見て呟くのがやっと。

 

 立香の怯えた顔を見たからか。いっそう哀しそうな表情を作った彼は、スルリと立香の脇を抜け、ゴルゴーンと立香との間に立った。

 

 黄色のレインコートが北風に靡いて、彼の細っこい足が露わになる。白磁の枝のような足は、間違えようもなく、震えていて。

 

「……………あのね。親様。…ごめんなさい、でした」

 

 謝罪の言葉。一瞬、何に謝られているのかわからなかった。だが、次に続く言葉で、彼が何に謝っているのかを理解する。

 

「意地を張って、ごめんなさい」

 

 ……それは、いつかギルガメッシュに言われて距離を置いていた二人が、今の今までなぁなぁにしてきた仲直りの言葉。観測所に行ったあの時から、お互いに言うことのできなかった、けれど当たり前の挨拶。

 

「ボクが、悪かったです。あのとき庇ってくれて、ほんとは、嬉しかったのに。親様がいなくなるのが……怖くて。勝手に……避けちゃって」

 

 ……違う。あれは立香が悪かったのだ。ハーメルンの好意に甘えて、マスターとしてちゃんと考えて、しっかりと適切な距離感を保たなかった、立香が。……そう思っても。恐怖で、乾いた声しか出なくて。

 

「……だからね。今度は、ボクが。……親様を、守るよ」

 

 被っていたフードも風にさらわれて、長い琥珀色の髪が空へと揺れた。まるで黄色の風が、彼に纏わりついているような。

 

 そんな光景が、夕日に紅く、紅く照らされて。幻想的な光を放つ。

 

「……何を、何を言ってるんだ、ハーメルン?」

 

 あまりの驚愕のせいか。或いは、目の前の光景の美しさが恐怖を上回ったのか。やっと、掠れてはいるが声が出た。目の前の彼の言っていることが、理解できない。それを理解することを、脳が拒否している。

 

 そんな……そんな……

 

 

「………きっとね。…運命……だったの。ここで、ボクがあの人を…止めるのは……。だから……親様。………悪くないよ(・・・・・)。……誰も、悪くないよ…」

 

 諭すように。願うように。普段、そんなことは絶対に言わないのに。言おうと、しないのに。ハーメルンは、まるで。言うべきことを、言わなければならないと言わんばかりに。

 

「違う……違う!そんなこと……そんなこと訊いてるんじゃない!」

 

 そんな。最後のような言葉を使わなくたって、いいじゃないか。言いたいことを全部言って。言い残したことがないように、悔いがないように、全部吐き出す。……そんなこと、しなくていいじゃないか。

 

 ハーメルンが、顔だけこちらを見る。未だ動けない立香は、美しい人形のような顔を、その勇姿を、見つめることしかできなくて。

 

 

ありがとう……親様。いっぱい…抱きしめてくれて、こんなにも……『愛して』くれて。……ボク……知らなかった。世界が…こんなに眩しくて……あったかいなんて……ほんとに…ほんとに、知らなかったの

 

「……ダメだ。……やめて、やめてくれ……」

 

 そんなに、痛く笑わないでくれ。眩しく、泣かないでくれ。そんなことを伝えるために、そんなことをさせるために、立香はハーメルンと一緒にいたわけじゃない。

 

 足だって、震えてるじゃないか。怖いものが苦手なんだから。だから、早く戻って──

 

 

 

「………魔術師殿!失敬!」

 

「………!?」

 

 いきなり、動かなかった体が一人の兵士に担がれる。サーヴァントでもなんでもない一般人の立香は易々と持ち上げられ、途端に身動きが取れなくなってしまう。

 

 ……それは、つい先ほどまで魔眼によって石と化していた老兵だった。周囲が石となり、彼自身もまた例外でなく石となった……それでもなお生きているのは、効力を発揮した『天使の証』によるものだった。

 

 そのまま兵士は、北壁の方へ。ゴルゴーンとハーメルンが対峙する場所から、どんどんと離れて行ってしまう。

 

「は、放して!放してください!」 

 

「……いいえ、いいえ!出来ませぬ!」

 

 ジタバタと暴れて、屈強な老兵士に何度も何度も訴えかける。……だが、その男は何度も首を横に振り、一層早く戦場から離脱していく。

 

「今貴方様を放してしまえば、あの子の勇気を無駄にすることになる!それは……幼児(おさなご)の想いを踏みにじる(・・・・・)ことは!我々が最も(・・・・・)してはならぬ(・・・・・・)行為にございまするっ!!……恨み言は、後でいくらでも!」

 

 その老兵は、泣いていた。いつしかの無力さを、また繰り返すように。鼻と目から水分を垂れ流しながら、無様に走り続けていた。

 

 いつか見た白金の子の背中と、黄色の少年の姿を、その目に重ねながらも、ひたすらに。

 

「そんな……そんなの!どうだっていいんですよ!子供が!俺の子供がいるんです!!ハーメルン!ハーメルンッッ!!」

 

 立香も、泣いていた。何をやっても。どうやっても、誰かを思う力が、立香の抵抗力を奪っていく。この優しい拘束から逃れることはできない。それを頭では理解していながらも、虹色に滲んだ視界の中で傲慢にも、その手をハーメルンへと伸ばし続けた。

 

 

 

 

「……なんだ。えらく羽虫がうるさいと思えば。次は貴様が相手か、小童」

 

「………」

 

 あまりにも大きく、あまりにも強い力。体が勝手に震えて、身が竦む。

 

 ……だが、ハーメルンの心はその真逆。まるで凪のように静かだった。

 

「……アナタは、悲しい、ね…」

 

「………何?」

 

 それは彼女の力が、あまりにもハーメルンにとって身近なものだったから。知って、知って、知り尽くして。その果てに、自分自身が捨てたものだったから。

 

 未知という恐怖が、致命的に欠けていたのだ。

 

「……虫ケラ風情が、この私に同情だと?」

 

「…その気持ちは、知ってる。怨み(・・)は、飽きるほど感じてきた」

 

 そう言うと、今の今までハーメルンをなんとも思っていなかったゴルゴーンが、初めて反応らしき反応を返した。

 

「…貴様、名は」

 

「………ハーメルン」

 

「……ほう、では何か。貴様は私の復讐の心を理解した上で、私が悲しいなどと。そう言うのか?笛吹きの子よ」

 

「……」

 

 きっと、出会う瞬間が違えば。彼に出会っていなければ。何か1ピース違うだけで、ハーメルンは彼女の理解者となれただろう。

 

 訳もなく虐げられ、脅かされ、蹂躙されたあの日々。他人からの悪意に晒され、ほんのささやかな祈りさえ叶わない絶望の数々。出口は入り口となり、身体中を掻き毟りたくなるほどに穢され続けた。

 

 皮肉にも、ハーメルンとゴルゴーンという存在は似ていた。故に、互いを理解し合うことも、決して難しいことでは無かっただろう。

 

「間違ってない。間違ってないよ。貴方の思いは、きっと間違いじゃない。それを抱くのは、きっと生き物として当然だと思う」

 

「……左様か。安易に理解したなどと、そう言わぬ点は褒めてやろう。そこまでわかっているのなら都合がいいではないか。貴様、我が軍門に…「でも」………」

 

 だがそれは。

 

「……でも(・・)

 

 それは、彼と。『藤丸立香』と出会う前のハーメルンであれば、の話だ。

 

「……それだけじゃダメ(・・・・・・・・)。……復讐心だけじゃ、きっと前に進めないもん」

 

 ハーメルンは、知ってしまった。世界の暖かさを。人々の営みの明るさを。復讐だけでは決して得ることのできない、その温もりを。

 

「アナタの怨みは、個人から人という種族へのものへ変わってしまった。なら、それはただの理不尽。アナタが受けてきた迫害と、もう何も変わらない。それすら判らなくなってしまったアナタは……悲しい……ね」

 

 わかった。やっと、ハーメルンはわかった。最後の最後に殺した少女が、どうして自らを憐んだかを。ようやく、理解したのだ。

 

 

「……知った風な口を聞くな。口を慎め。我が名は原初の女神、ティアマト。貴様のような矮小なサーヴァント、一息で命を絶てるのだぞ」

 

「……うん。もう、何も言わない。……言葉じゃ、アナタにはきっと届かないから」

 

 ハーメルンは、笛を取り出す。三十センチにも満たない、宝具ですらない笛。セラエノと名付けられただけの、単なる笛。

 

 ……その笛が、ハーメルンの最も得意とするところだ。

 

「……ボクの得意で、アナタに立ち向かう!殺人者(アサシン)のボクで、アナタを殺してでもその復讐を終わらせる!」

 

「吠えたな虫ケラ!その体を捻り潰して、我が神殿の糧にでもしてくれる!」

 

 途端、大量の蛇を象った髪が、ハーメルンに殺到する。帯のように連なったそれは、しかし笛の音とともに紡がれた風の刃で細く切り刻まれた。

 

 だが、あまりにも数が多い。筋力が他サーヴァントに劣るハーメルンでは、力で無理やりに突破することはできない。……それに、石化を防げる訳でもない。体は、四肢の端から石へと変わっていく。

 

 耐久が劣るハーメルンでは、一撃すら耐え凌ぐことはできない。

 

 敏捷が劣るハーメルンでは、回避に時間を割くことはできない。

 

 魔力が劣るハーメルンでは、長く硬直状態を続けることはできない。

 

 幸運が劣るハーメルンでは、奇跡に期待することはできない。

 

 故に。

 

…進奏

 

 勝負は、数秒。

 

……すべて、あなたのために。…愛してくれた(・・・・・・)、あなたのために

 

 蛇の処理が覚束ない。防ぎきれなくなるまでのカウントダウンが、明確に始まる。

 

 風の刃が、ついに蛇に食いちぎられる。

 

全てを滅ぼす、全てを滅す、神の調べを

 

 ……だが、ハーメルンを飲み込むべく大きく開けられた顎を、笛から発生した大量の触手が縛り上げる。そのあまりにも強い膂力は、髪の蛇の顎門(あぎと)を閉ざすだけに飽き足らず、その存在ごと捻り潰した。

 

 魔力が、笛へと集まる。それは、宝具。笛そのものではなく、その音色に込められた数少ない力。強く吹かれた笛が、鈍色の光と音を放つ──

 

神賛歌す夢幻の吹奏(セラエノ・ガルヴァス)

 

 

 

 そして。世界が。

 

 数十秒間、完全に停止した。

 

 

 

 

 

 名もない島。双子の少女。そして……惨めで愚かで、醜い怪物。

 

『……ねえ、■■■■■。遊びましょうよ』

 

『そうね、(●●●●)。遊びましょう。■■■■■で、遊びましょう』

 

 嘲笑するかのように、愚弄するかのように。クスクスと、おかしそうに双星の少女達は笑う。………いつものことだ。

 

『どのように、遊ぶのですか?』

 

 尋ねると、手を引かれた。不思議に思って顔を覗きこんでも、その表情は窺い知れない。……と、いうよりは。………その顔が、黒く塗りつぶされたように、見えない。

 

『あの……姉様方……?』

 

 不気味に思ってどれだけ手を引き抜こうとしても、万力のように挟まれて引き抜くどころかピクリとも動かない。そもそも、■■■■■(じぶん)は引き抜くという動作そのものを行なったのか。こんなことをすれば、彼女達は怒り出しそうなものだ。

 

『あなたは、一体……誰ですか!?』

 

 一瞬、目の前の美しい少女のテクスチャがズレたようになる。黒いノイズが顔を覆って、その輪郭から、何もかもを崩していく。数秒後には何もかもが元どおりになったが、目の前の全てが偽物だと■■■■■は察した。

 

『離して……!離してください……っ!』

 

 半狂乱になりながら手を引き抜こうとしても、掴まれた腕はびくともしない。……目の前の少女に、それほどの力はなかったはずなのに。

 

 そして。自らの状況を完全に理解したところで、世界の時間は動き出す。

 

『………ええ、簡単なことよ。こうして─────

 

 

 

 

 

 

 ──貴方の爪を、剥いでいくのよ。可愛いメドゥーサ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、幻覚。王賛歌す夢幻の進奏(セラエノ・ガルヴァス)がランダムに選ぶ、最も忌み嫌われる『死の幻』。

 

 数多の幻覚の中から、王賛歌す夢幻の進奏(セラエノ・ガルヴァス)は『本人の最も苦しむ死の幻』を見せる。そうして選ばれたのは、悶死。じわじわと苦しみながら、悶えて、真綿に首を絞められるように、じっくり。ゆっくりと弱って死んでいく死に方。ゴルゴーンはハーメルンの魔力が続く限り、自分が死ぬ夢を延々と見せられ続ける。

 

 本来なら機能するはずの神の権能による耐性は、ハーメルン自身の持つ、世界像すら書き換える神性が打ち消した。ほんの数分すれば、彼女の精神は崩壊し、あとには魂の無くなった肉体が残るだけ。これ以上なく、完璧な状況。

 

 ……だが。

 

「……ダメ、だよね」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 数十秒、完全に意識を失っていたゴルゴーンが、悲鳴とも取れる雄叫びをあげながら動き出した。その目には正気は宿っておらず、いまだに幻を見ていることがわかる。

 

 だが、意識はここになくとも、身体は現実世界に戻ってきた。戻ってきてしまった。夢の中で動かそうとすれば、その通りに身体が動く。……となれば、やることは一つ。全力の一撃で、幻の世界ごと消し去ろうとするのみ。

 

 

 意識の錯乱したゴルゴーンが、宝具(・・)の発動を始める。

 

 

「は、母上!いけません!正気を、正気をお取り戻しください!」

 

 次に起こることを察し、慌てたキングゥが間に入るも、遅い。ゴルゴーンは、既に宝具の準備に入り、魔力を集め始めていた。だが、宝具を使うにしてもその魔力はあまりにも多すぎる。

 

「こんな……一度の宝具に使う魔力量じゃない!こんな量では、暴発して母上自身まで巻き込まれて……いや。まさか、そういう(・・・・)宝具なのか!」

 

「……もう、手遅れ。ボクを殺したところで、この幻覚は終わらない」

 

「なっ!……くっ!」

 

 何度かゴルゴーンとハーメルンを交互に視線を行き交わせて逡巡した彼は、歯噛みしながらハーメルンへ殺気を向ける。

 

 ……が、抵抗をする素振りすら無いハーメルンを見て戦う気を失くしたのか、天の鎖で地面へ拘束するに留めて太古の空へと飛び出した。

 

「は、はは!ははは!貴様らの呪いを返してやる!」

 

 気が狂ったように笑うゴルゴーンと対峙しても、ハーメルンは、動かない。正確には、動けない。胴体以外をほぼ石へと変えた彼では。そして神性を持つ彼では、たとえ令呪の空間転移を以ってしても天の鎖から逃れることはできないだろう。もし逃げられたとしても、ハーメルンの速度ではゴルゴーンの宝具射程外に出ることは難しい。

 

 現状は、ハーメルンの詰み。……死を、表していた。

 

 

 ……この結末も、ハーメルンには見えていた。救いは、ゴルゴーンの宝具影響圏内に自分以外の誰もいないこと。

 

「ね、親様。憶えてる?ボクが…初めて親様と会った時のこと」

 

 遠くに、ずっと遠くに行ってしまった彼に、呼びかけるようにして。魔力の回路を通じて、念話で一方的に話しかける。

 

「ずっと寒くて。何かに縋りたくて。そんな時に、寝てる親様を見つけたの」

 

 怪しまれて殺されることも、仕方ないと思っていた。ただ、優しく。自分を傷つけない人の下で、ゆっくりと眠りたかったのだ。

 

「あぁ、この人なんだって。ずっとボクが探してたのは、求めてたのは、きっと親様だったんだって。そう、思えた」

 

 何度だって、自分を主張するためだけに、撫でることをねだった。ほんの数日前の、懐かしい記憶。蘇る追憶。そんなことができるだなんて、彼自身、思っても見なかったのに。

 

「本当にそうだった。優しくて、あったかくて……親様は、他人だったボクを愛してくれた。子供に、してくれた……」

 

 青い空。白い雲。長閑な草原。広く、色とりどりに輝くセカイ。そして──優しい親。生まれてから数年だけの、数少ない、暖かで、大切な思い出。遠い遠い、誰も知らない、どこかの御伽噺の前日譚。

 

 ありがとう。見つけてくれて。この広い、広い世界の中で、こんな自分を見つけてくれて。名前(ハーメルン)を呼んでくれて。どうもありがとう。

 

 沢山呼ばれた。呼んでもらった。その名前を呼んで、抱きしめてもらえた。痛み以外の愛を、教えてもらった。もう、後悔はない。

 

 

「にへへ……」

 

 ニッと笑う。泣きながら、無理やりに笑った。白い歯を見せて、子供らしく快活に。

 

 最後には、笑顔が似合うはずだったから。

 

 きっと、この光景こそが、ハーメルンの望んだ最期だったのだ。

 

だから。……だからね、親様。

 

 ─────ずぅぅっと…だいすき……だよ…

 

 

「ハーメルン!!」

 

 がむしゃらに伸ばした立香の手が、儚く笑う彼の姿と被る。絶対に届かないその手が空を切り続けても、無理やりに我が子へと伸ばした。

 

 視界が、あまりの熱に白く染まる。

 

 体の先から石となりながら黄を纏って笑う蜂蜜色の彼が、モノクロの線となって、蜃気楼に飲み込まれて、輪郭がぼやけて。その涙が、ハーメルンの姿を隠して。

 

 立香の視界から、世界から、何もかもから、消えてしまう。

 

 手が届かない。何をやっても無力で。泣いて叫んでも、物語のヒーローみたいに、特別な力を起こすこともできなかった。

 

 そして。そして。そして───

 

 

 

 

「溶け落ちるがいい!」

 

 

強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)!!

 

 

 

 ジュワッ、という。

 

 

 致命的な溶解音が、立香の耳に、永遠に焼き付いた。

 

 

 

 

 

 




 おしまいは唐突に。
 返答すら返せず、弱い自分は生き残った。
 そして、彼は消滅した。
 そのあとのことは、よく覚えていない。
 ただ、彼を殺した仇は消えて。
 残った土塊の山の前で、一人の兵士が何か言っていた。それを皮切りに、誰かの言葉を借りて皆の士気が高まった。兵士たちは自らを奮い立たせ、戦場には奮起が満ちた。



 ………そのことに、果たして何の意味があると言うのか。
 立香には、よくわからなかった。





次回予告


『………しゃーねぇ。です』
『きっといつか、誰かに教わった』
『今度は、君の口から教えてくれ』
『違う。君は──』
『ありがとう。ずっと、大好きです』
『………うるさいな、ほんとうに』

第八節 新星(ほし)の在り処
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