始まりの天使 -Dear sweet reminiscence-   作:寝る練る錬るね

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第八節 新星(ほし)()() (1/■)

 

 

 

 

 

 蹲っていた。そうしていれば、辛い現実は見なくて済むからだ。

 

 眠っていた。半身に意識を移すこともなく眠った。そうしていれば、都合のいい夢に浸れるからだ。

 

 そうして、夜も朝もわからなくなって。事実と夢が混在して。苦しいものは、何もなくなった。ずっと、楽しい妄想が頭を支配した。

 

 彼が来るまでやっていた、いつものことだ。

 

「………エレシュキガル様………?」

 

 それでも。

 

 現実というものは、その何もかもを壊して平然とやってきた。積み上げてきたものを無かったかのようにして、一番上へと浮上してきた。

 

「………アン……ヘル………?」

 

「わ……どうしたのこの部屋……!もしかして、片付けもせずに寝ちゃった?」

 

 彼の声は、いつも通りに聞こえた。いつも通りに、振る舞っているように聞こえた。あれほど泣いていたのは、エレシュキガルの見ていた幻だったのかと錯覚してしまうほどだ。

 

 彼の目の下にある赤い泣き腫らした痕が、その全てを否定していたが。

 

「これ……バターケーキ……?凄い!いっぱい失敗してるけど、ちゃんと出来てるよ、エレシュキガル様!」

 

 バレないとでも思っているのか。何でもないように喜ぶ彼。普段の自分なら、呆気のないくらい簡単に騙されていたような声音、表情。………その全てが、愛おしかった。

 

「……ねぇ、アンヘル…」

 

 口が、勝手に開いた。理性よりも先に、心が勝手に動いたかのようだった。思い浮かんだまま、言葉は主人の心ない言葉を紡ぐ。

 

「うん?どうしたの、エレシュキガル様。片付けなら僕がやっとくよ。エレシュキガル様がこれだけ頑張ったなら、僕だって……」

 

「出てって頂戴(ちょうだい)

 

 心にもない言葉が、自分でもびっくりするくらい冷酷なトーンで口から出た。

 

「……………えっ……?」

 

 信じられない、というような表情をするアンヘル。それを見てズキリと心が痛むが、知るもんかとそっぽをむいて、妙なことを口走らないうちに続きを吐き捨てる。

 

「しばらく、一人になりたいの。………出て行って」

 

「え、エレシュキガル……様……?僕、何かやっちゃった?何か、悪かったかな?……ごめんなさい!謝るから、何がダメだったか教えて……」

 

うるさい!いいから、出て行ってっ!!

 

 駄々を捏ねる子供のように、エレシュキガルは喚いた。…………やってしまった、と思った。……でも、これでいいと思った。

 

 その両方が混在して、打ち消しあって。続く言葉は、見つからない。

 

「……ごめ………エレシュキガル……様……そんな……」

 

 絶望に満ちた表情の彼が、何かを口籠って、意味を為さずに漏れていく。それを何回か繰り返したアンヘルは、逡巡を繰り返した後、その目尻に涙を溜めて部屋を飛び出した。

 

 バタン、という音と共に、放たれた扉は乱暴に閉まる。

 

 ………これで、よかったはずだ。

 

 これ以上嫌われたくない。…ならば、嫌われようがないくらい拒絶すればいい。

 

 これ以上踏み込まれたくない。……ならば、踏み込まれないように関係を断てばいい。

 

 これが最善のはずだ。エレシュキガルの願いを満たすには、これが最も正しい答えのはずだ。最適解で、最適性。ベストな答えで、完璧な回答。…………そのはずだ。

 

 

 ………そのはず、なのに。

 

 

「………うそ。………なんで、こんなに……」

 

 

 これで、万事解決。その筈なのに。

 

 どうして。

 

 冥界で一人ぼっちだった頃よりも、こんなに胸が苦しいのだろう。

 

 ボロボロと、訳もわからず瞳から涙が溢れた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 (コ え)が、聴こ える。

 

 

 

 あの (コエ) が き 声 る。

 

 

「…………パイ。……先輩………起きてください、先輩」

 

「………んぅ……」

 

 揺さぶられる。世界が揺れる。

 

 どうして、目の前はこんなに暗いのだろう。

 

 どうして、世界は何も見えないのだろう。

 

「起きてください、先輩。今日は、エミヤさんが朝食に和食を用意してくださるそうですよ」

 

「………?……マシュ……?」

 

「はい。先輩の正式サーヴァント、マシュ・キリエライトです。ただ今、カルデアでは6時55分を記録しています。普段の起床よりは5分ほど早いですが、健康な生活に早起きは欠かせません。先輩の就寝時間から、合計八時間。ただ今が最も適切な起床時間と判断しました」

 

 目を擦って、視界のぼやけを無くす。そこに広がっていたのは、見知ったマイルーム。そして、いつも隣にいる桃色髪の後輩の姿だった。

 

「おはよ、マシュ………わざわざ起こしてくれてありがとう……」

 

「いえ!先輩の健康管理は、後輩であるこの私の役目ですので!それでは部屋を出て行きますので、十分後に食堂で一緒に朝食をいただきましょう」

 

 それでは、と手を振って退出する彼女にヒラヒラと手を振り返し、出て行ったのを確認してひとつ深呼吸。やはり、寝起きに美少女というシチュエーションは心臓に悪い。

 

「…………?」

 

 ふと、寒気を覚えて自分の両隣を見る。なんだか、妙に冷たい気がした。当然、そこにはただ白いシーツがあるだけで、他に何もなく、誰もいない(・・・・・)

 

 それが当たり前なのに。なんだかいやに喪失感がある気がした。

 

「………着替えよう」

 

 ベッドから起き上がり、パジャマからいつものカルデア制服へと着替える。あまりマシュを待たせるわけにもいかない。洗面台で顔を洗って、手早く身嗜みを確認する。おかしなところがないかチェックが済んで、靴を履く。それだけの動作が、やけに久しぶりに感じた。

 

「俺、おかしいのかな……?」

 

 まるで、一ヶ月ほど眠っていたかのような気分だった。行う動作全てが新鮮で、久しぶりなように感じる。

 

 靴の踵を爪先で整え、自動ドアを開けて廊下へと出る。すると、廊下の壁でマシュが寄りかかるようにして立香を待っていた。

 

「え、わざわざ待ってくれてたの?」

 

「はい。直接食堂で待ち合わせるのもよかったのですが、今日はなんだかそんな気分でして。それでは、食堂に向かいましょう、先輩」

 

 黒縁の眼鏡をクイッと上げて、マシュは食堂に向かって歩き始める。

 

 道中、何人かのスタッフ、そして英霊(サーヴァント)たちと出会い、挨拶を交わしていく。

 

「ボンジュール、マスター!ご機嫌はいかがですか?」

 

「おはよう、コルデー。大丈夫、ピンピンしてるよ」

 

「マスター。へいよーかるでらっくす」

 

「へいよーかるでらっくす!カルナ!」

 

 英霊達にもそれぞれ気質というものがあり、国土に関する挨拶や個性的な挨拶をしてくるサーヴァントも多い。まぁ、これといって負担になったことは一度たりともないが。国際交流的な何かを感じられる。

 

 インドの大英雄とすれ違うというただならぬ朝を普通の日常と感じ始めた己の感性を若干疑っていると、後ろから小柄なサーヴァント達が立香の横をすり抜けていく。

 

「ありすよ!素敵なあなた(マスター)!今日は、いい朝だわ!」

 

「おはよう、おかあさん。わたしたち、今からごはんをたべるんだ。おかあさんもそうなの?」

 

「おはよう、ナーサリー、ジャック。俺たちも今から食堂に行くところだよ」

 

「そうなんだ!わたしたちは早く食べたいから、先に行くね!またね!」

 

 ナーサリー・ライム。ジャック・ザ・リッパー。仲のいいちびっ子サーヴァントの二人が元気に駆けていくのを見て、微笑ましい気持ちになる………

 

「…………?」

 

 突如、視界に黄色の何かが過ぎった気がして周囲を見渡す。長い布のような、ナイロンのような、見覚えのある色。一瞬だけ、視界に映った気がしたのだが………

 

「先輩?」

 

「…………気のせいかな?」

 

 妙に頭に残る違和感を振り払い、なんでもないと言って再び歩き出す。どうやら、少し気持ちが疲れているようだ。

 

 後で医務室の婦長(ナイチンゲール)に相談してみよう。そう考えていると、あっという間に食堂へと着いてしまう。

 

「おはようマスター、マシュ嬢。今日の日替わりは和食だ。メインは鯖と鮭から選んでくれ。どうする、洋食も用意できるが」

 

「和食の鮭でお願いします、エミヤさん。このマシュ・キリエライト、先輩の故郷の味を味わえるこの日を待ちわびていました」

 

「じゃあ俺は鯖で。俺も久々に和食が食べられて嬉しいよ。リソースの関係で毎日とはいかないから」

 

 注文を聞いた褐色の弓兵は妙に決まった風に微笑み、ハスキーなボイスで予想はできていたさ、と口にする。流石カルデアの厨房を一手に担っているだけあって、手際はいい。あっという間に二人分の和定食が完成し、盆に乗せられた。

 

「おぉ、湯気のたっている白米が食欲をそそりますね。早く食べましょう、先輩!」

 

「そうだね。席は……どこでもいいか。あそこのテーブルにしよう」

 

 適当な席に当たりをつけ、マシュと向かい合うようにして腰を下ろす。時間が早いからか、空いている席自体は多かった。

 

「いただきます!」

 

 パチンと手を合わせ、大きな声で挨拶。そして一秒と待たず鯖へと切り込み、ホクホクの身を白米に乗せて味わう。

 

 口の中にじんわりと旨味が広がり、少し水分が欲しくなったところで味噌汁を啜る。カツオのいい出汁が効いた味噌汁が、魚の旨味を引き立てる。これぞ和食の王道。三角食べである。

 

「うん、美味しい!やっぱりエミヤのご飯は凄いや!」

 

「はい!これは箸が止まりません!いえ、私はフォークなのですが!」

 

 そんな冗談を口にしながら、マシュもどんどんとご飯を食べ進めていく。魚、米に味噌汁。そして付け合わせの漬物。日本人の理想の朝食そのものだ。

 

 こんな朝食ならば、きっと()も大喜びだろう。普段は食事に無頓着だが、素直な彼のことだ。目を輝かせて喜ぶに違いない。

 

「……そういえば、今日はジャック達と一緒じゃなかったな、ハーメルン(・・・・・)

 

「………え……?」

 

 いつもは、基本的にあの二人と仲良くしていることが多いハーメルン。特にジャックとは性格も離れているが年齢が近いからか、一緒にいることが多い印象だ。

 

 寝坊だろうか、と思案していると、マシュが覗き込むように立香へと尋ねてくる。

 

「ええと、先輩、すみません」

 

「ん?どうしたの、マシュ」

 

 マシュの不可解そうな顔を見て、やはりマシュも不思議に思うよな、と何度かうなずく。だが、マシュの口から放たれた一言は、全く別の指向性を持つもので………

 

「その───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ハーメルンさんとは、一体どなたのことなのでしょうか?

 

「…………………え?」

 

 本当に、何も知らないかのように。

 

 素朴な疑問を抱く子供のように。

 

 あどけなく、マシュは質問した。

 

 

 その一言をきっかけに。

 

 立香の世界は、ゆっくりと崩壊を始める。

 

 




 雑にTwitter始めました。呟けるほどの日常すら送っていない者ですが、宜しければ認知いただけると幸いです。
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