始まりの天使 -Dear sweet reminiscence- 作:寝る練る錬るね
どうしてこうなったのだろう、と考えた。
どうしてこうなったのだろうと思った。
どうしてこうなったのだろう。
ほんとうに。
どうして、こんなことになってしまったのだろうか。
「……あな……たは………」
乾いた喉から言葉を出すのと、盾を構えるのはほぼ同時だった。無意識の警戒。
「やめとけ、です。………今テメェが消えたら、それ、死ぬぞ」
それは、傲慢とすらとれる勝利宣言。目の前の存在は、今ここでマシュと戦えばどちらが消えるのかを、絶対的な自負と共に確信している。
「………あなたを通しても、同じことではないんですか」
それ、と顎で刺されたのが眠る立香であることに気が付き、より一層の気迫で以って盾を構える。………体には自覚できるほどのガタが来ているが、例え命を対価にしてでも、背後の存在だけは守って見せる、と。
だが、予想に反して、圧倒的強者であるはずの
「殺しはしねぇよ。死にかけのやつにトドメ刺すのは
「………あなたに、先輩が傷つけられないという保証がない限りは……」
「どかねぇってか。やめとけ。どっちにしろそいつが死ぬ、です。……ウチの
言葉通り、
………嘘をついている様子はない。少なくとも、嘘をつくメリットはない。ここで嘘をつくまでもなく、
「…………本当に、危害を加えるつもりはないんですね?」
「くどいぜ、です。それとも何か。このまま放置してて、そいつは治んです?このまま放置して死ぬようなやつを、わざわざ殺すモノ好きじゃねぇですよ」
若干苛立ちのようなものを見せて、
正論だ。目の前の
ぐぅの音も出ない正論のはずだ。
けれど。マシュには。
目の前のこの
「…………本当に?」
「三度目、か。随分嫌われたな、です。……毛頭、危害を加えるつもりはねぇよ」
今度は、少し弱々しく。まるで、嫌われたことが堪えたような顔をして返答する。
………てんでわからない。目の前の存在のちぐはぐさに、心が揺れる。奥の奥に秘められた感情も、何故そんなことをするのかも。
「………わかりました」
反論の材料は無くなった。……意固地に固執するのももう終わりだ。マシュは、目の前の
「………先輩を、お願いします」
感覚として、なんとなくわかった。多分、
きっとマシュも抱いたことのある、普遍的で、誰もが抱く何かなのだ。理解できない、狂気の類とは、きっと別なのだろうとわかってしまった。
だから、この道を開けないとすれば。それはもう、マシュの意地以外の何者でもなかった。彼を救うのは自分でありたいという、汚いエゴイズムでしかないのだ。
そんな穢らわしいものに、大切な先輩を預けるわけにはいかない。それくらいなら、一縷でも望みがある方に賭けよう。
「…………そうだ。それが、最悪で最善の選択肢だ、です。テメェにとっても、ウチにとってもな」
悠然とした歩みが、少しの躊躇を含んで床板を鳴らす。二歩、三歩。小さな歩幅でも、たったそれだけの距離。ほんの数秒で、
「……………来たれ、虚実の
一言唱えると、何もなかったはずの空間から、昏い闇を
見るのは三度目。マーリンによって伝えられた話では、ありとあらゆる物質へと変化する宝具。そして。
「それは……魔術王から与えられた宝具ではないんですか?人理を修復するカルデア……魔術王にとって邪魔者の先輩に使って、何か悪影響が……」
「………はぁ?」
上げられた声に、続く言葉が遮られる。
……ただ、それはどちらかというと、威圧で黙らせるのではなく、呆れや驚きの感情が含まれた声。
「アイツから……与えられた宝具?」
想像の埒外からの言葉によって、
「………あのクソ野郎が言ったのか、そんなこと。………デタラメ言ってんじゃねぇよ、です。ンなもん、ウチが使うわけねぇだろ」
「え……?でも、それではマーリンさんの話が……」
マシュが訝しんだ表情をすると、目の前の
「………善意で言っとくが。テメェら、あんまりあいつを信頼しないほうがいいです。あいつの性格云々じゃない。
あいつ、というのは、きっとマーリンのことだろう。今までいろいろとあったが、なんだかんだで小さな彼にはかなりお世話になってある。その汚名を
教師然とした真剣な顔つきに、有無を言わせぬ圧力を感じて何度か頷くと、
「………どっちにしろ、こいつは直接使わねぇよ。安心しな、です」
そうして。
それは何かの儀式のようであり、もしくは友人同士の他愛のない言葉のようであり、或いは心の底から安堵できるような思いの言葉であった。
「………──
そして、その色が赤へと変色した時。
神秘的、という言葉とは少し違う。どちらかといえば赤の光は朝焼けのようで目にうるさく、無理に人を起こす朝焼けのような傲慢さに満ちている。
きっとこれは、神秘だとかそういうものではない。人の生きることの明るさ、熱量、想い。……そういった日常的なものをかき集めて出来上がった、太陽のような朗らかなものなのだ。
「………じゃあ、
赤の光を反射した
それは、後悔、懺悔、躊躇い。そしてそれを帳消しにするほどの………
「………し、しゃーねぇ。です。ええ、事故、ですから。これは、これは不可抗力。……うん。のーかうんと、というやつだ、です」
……………見ていて心配になるほどの、緊張と、動揺。
赤い光で誤魔化されていたが、よくよく見れば顔はかなり赤らんでいるし、息も荒く、瞳はいっそ泣き出してしまいそうなほど潤んでいる。動悸が荒そうなのは、胸に置いてある手がわなわなと震えているのを見れば明らかなことだった。
「怖い……のですか?」
「は、はぁ!?そ、そんなこと、ある、あるわけねぇだろぉ!?」
明らかに動揺を含んだ返答。
もしやこれから行うのは、それほど危険な行為なのだろうか、と。そんな状態で果たして大丈夫なのかと。やはり少し中断して、問い詰めるべきだと判断したその時。ついに、事態は動く。
「い、いきますっ!!」
「あ、ちょっと!?」
ギュッと目を瞑った
「え、えええええええええええっ!?」
二人の唇が、しっかりと重ねられた。
コ えが、聴こ える。
あの
危機 な レた あノ こ 絵が。
「……そうだよ。親様」
ハーメ るン?
「
ハーメルン 会イ た勝った。
「……わ、わわ……急に抱きついてきて、どうしたの?……怖い夢でも、見た?」
ハーメルンが いナク鳴る 夢を見た ンだ。
「それの、何が怖いの?親様」
ハーメルン が 否イ のは 癒 だ。
「……そう。親様。なら、ずっと一緒、ね。ずっと、ここで一緒にいよう、ね」
……アァ そう ズッと いっしょ に。
忘れてしまった方がいい。
彼がいない世界なんて。
無くしてしまった方がいい。
彼がいない世界なんて。
……………あぁ。そうだ。
なんだか。
今は頭の隅に残るこの残響を忘れるために。
辛く悲しい、何かから目を逸らすために。
ずっと、手の中の温もりを抱きしめて──
『………アホか、君は』
………とても、恨みがましいような声を聞いた。
───ダレ?
『誰じゃないよ、間抜け。スケコマシ。ボクネンジン。トーベンボク。アンポンタン。オタンコナス。何を楽になろうとしてるのさ。こっちはただでさえキツイ上にリソースが足りないんだから、危険を犯してそっちに割いてやった分の働きはしてよ』
───じゃま ヲ するナ。
『……救えないな。自分が自分の中にしかいないと思い込んでる奴ってのは。孤独に酔ってるっていうか、献身のしすぎっていうか。誰かと深く関わった時点で、とっくに一人になる権利は失われてるっていうのに』
───ナにを、いってる?
『なんでもないよ。老害の独り言だ。歳をとると死んでも小言が増えていけない。さ、行けよ。人類最後のマスター。
──えん?
何を言っているのか、わからなかった。ただ、その言葉は思いやりに満ち溢れたもので。慈雨のように、立香の心に、優しく──
『しっかり、話してくるといい。言葉にしないと、伝わらないことだってある。言葉にしない方がいいときだってあるけど、言葉にした方がいいことだって、ごまんと溢れているんだ』
言葉と共に、霧が晴れる。
融解するかのように、意識に染み込んでいたモヤのようなものが消えていく。
そして、今度こそ立香は、暖かな光に包まれて───
──目が覚めると、簡素な部屋にいた。
本の置かれた四角い机と、きちんと整えられた一人分の寝台。それといくつかの道具が小さな棚に整然と並べられており、手に取りやすいようにか、机の近くに置かれている。
……それだけ。本当に最低限の生活用品しか置かれていない、まるで生活感のない部屋だった。あまりにも殺風景。灯りがなく、暗いことも相まってひどく寂しさを感じさせる。
その、隅。
なんでもない、部屋の奥には───
「………君は───」
「………久しぶりだね。そして、いらっしゃい。
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