始まりの天使 -Dear sweet reminiscence-   作:寝る練る錬るね

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他界享受郷国バビロニア編
アバンタイトル


 嗚咽が、漏れる。

 

 何も、できない。

 

 何も、させてくれない。

 

 何も、聞こえない。

 

 裏切られたのだろう。

 

 捨てられたのだろう。

 

 自分はもう、用済みなのだろう。

 

 自分がいると、困るのだろう。

 

 嗚呼、それでも。

 

「まだ生きていたい」と、心が叫ぶ。

 

「もう一度逢いたい」と、本能が喚く。

 

 止めるべきだと。

 

 間違っていると、わかっているのに。

 

 嗚呼、また、嘆いている。いまこの瞬間も、常に。

 

 誰の声も、聞こえない。

 

 誰も声を、聞いてくれない。

 

 

 

 彼は、何処だ。

 

 生涯、唯一私の声を聴いてくれた……

 

 

 彼は、何処だ。

 

 

 

 歌う。唄う。謡う。謳う。

 

 自分の嘆きを、ひたすらに。

 

 息を吐き出し、喉を震わせ。

 

 何もない虚数の宇宙(ソラ)へと響かせる。

 

 

 嗚呼、嗚呼……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……Aaa──

 

 

 

 

━━━━━━━━━━

 

 

「…………ぅ、ん……」

 

 悲しい、夢を見た気がして。とても寂しい、誰かの唄を、聴いた気がして。誰にも届かず、誰にも向かわずに消えていった歌が、耳に響いた気がして。

 

「……朝、か」

 

 人類最後のマスター、藤丸(フジマル)立香(リツカ)は、酷く朦朧とした意識を引きずりながらも目を覚ました。

 

 霞んだ視界で周囲を見渡せば、ベットと、観葉植物と、ほんの少し本が収納されている本棚。学生の立香には少しばかり殺風景な、住み始めて一年近く経つ部屋。いつも通りの、見慣れた光景。

 

 どうやら、不穏な夢から覚めたら絶海の監獄や見知らぬ洋館の中という展開はなさそうだと、少しだけホッとする。

 

「……にしても、変な夢だったな」

 

 藤丸立香という人間と夢には、少なからず縁がある。時には契約した英霊の過去であったり、或いは別世界からの救援要請であったり。なんにせよ、カルデアという施設に来てからは夢に関われば一悶着あり、と断言しても良いほどなのだ。

 

 その中でも、先の夢は特異だった。今まで見た夢の内容が薄かったなどと言うつもりは毛頭ないが『ただ事ではない』と断言できるほどの何かが、あの夢にはあった。幾重にも積み重なり、混ざり合った、執念と呼んでも良い怨嗟のような何かが。

 

「…………いや、違うな」

 

 自分で出した結論を、自らが否定する。

 

 怨嗟ではなかった。あれはきっと、怨嗟ではないのだ。そう断定しては、いけないものなのだ。

 

 どちらかといえば、真逆。誰かに捧ぐための……そう。それこそ、立香の故郷である日本でもよく歌われていた───

 

 

 

 

 ピリリリリリ!

 

「うぇあ!?」

 

 

 続く思考を、けたたましい電子音が遮った。

 

 目覚ましのアラームにも似た独特の高低音が、部屋中にやかましく響き渡る。

 

 突然響いた音にかなり面食らった立香は、先程まで考えていたことも忘れて連絡用パネルに食いついた。

 

 カルデアに召喚された英霊、レオナルド・ダ・ヴィンチ謹製のパネルの右上端。緊急連絡を知らせる為のアイコンが点滅している。

 

 赤と黄色に点滅するメッセージマークを軽くタップし、内容を確認。件名のみが記された無骨なメッセージに目を通した途端、立香は急いで身支度を済ませた。

 

 汗でベタついた体をシャワーで流し、就寝用の寝衣からカルデアの制服へ。鏡を見て寝癖のないことを確認。履き慣れた靴を履く一連の動作を僅か3分で済ませ、弾かれたように廊下へ飛び出す。

 

 目指すはカルデア管制室。人理が消えてしまったことにより人類最後の砦となったカルデアの、中枢と呼んでもいい場所。

 

 一直線に白い廊下を駆け抜ける。少し暖かさを感じさせる壁を目に捉えては見送り、捉えては見送りを繰り返せば、一際大きな扉が目に入った。

 

 急ぎ気味に扉へカードキーを翳して、自動ドアが開くのを駆け足で待つ。開いた先に地球儀(カルデアス)が見えると、慌てて大きな広間に入り……

 

 

 

 

 

 

 

「あだっ!」

 

 盛大にずっこけた。それはもう、体操で10点を貰えるほどに綺麗に。具体的に言えば、頭が円周率を体現した放物線を描きながら床に吸い込まれ、額が硬い地面と鈍い音をたててぶち当たった。

 

 鋭い痛みが立香を襲い、思わず蹲ってしまう。そんな立香を上から心配する二人の人影が……

 

「ふ、藤丸君!大丈夫かい!?」

 

「あっははは!!こける!人類最後のマスターが入り口でずっこける!!あははは!!流石だよ藤丸君っ!転げるだけで私をここまで笑わせたのは君が初めてだははは!!」 

 

 いや、正確には心配しているのは一人で、もう一人は変なところにツボって爆笑しているのだが。あちこちで機械を弄っていただろう他の職員たちも、今は手を止めてクスクスとつられて笑っている。

 

「だ、大丈夫ですDr.(ドクター)ロマン。あと、笑いすぎだよダヴィンチちゃん……」

 

 恥ずかしさやら痛みやらで、立香はうずくまったまま返事と抗議の声を漏らした。

 

 彼らこそ、カルデアの中枢も中枢の人間。

 

 所長がいないこの施設の代理トップ、兼医療トップであるロマ二・アーキマン。通称Dr.ロマン。

 

 人理の守護者。サーヴァントと呼ばれ使役される史上の英雄。人並外れた力を持つ英霊であり、そのうちカルデアに協力した第三。レオナルド・ダヴィンチ。本人が公認し、推奨している通称、ダヴィンチちゃん。

 

 カルデアの中でも、立香と特に関わりの深い二人でもある。

 

 そして、さらにもう一人───

 

 

「失礼します!マシュ・キリエライト、二分の遅刻ですが到着しました!」

「フォーウ!」

 

 背後の扉が開き、見上げる形で見慣れた姿を視認した。肩にかからないほどの桃色の髪に、レイシフト時はつけていない眼鏡。カルデアの職員服を着用した、相棒と呼んでも差し支えない後輩の姿。そしてその肩に残る、白い謎の獣。

 

「お、おはようマシュ、フォウ君……」

 

「せ、先輩?お取り込み中だったでしょうか……?」

 

 未だ入り口近くで地面に体をつけたままの立香を見て、マシュは立香の身を案じるように声を上げた。

 

 後輩の優しさを身に感じながらも、それはそれとして。格好の悪い姿は見せられず。立香はゆっくりと起き上がった。

 

「ううん、大丈夫。ちょっと、雑談をね」

 

「マシュ〜聴きたまえよ。藤丸君ってば、管制室に入るなり入り口でずっこけてさぁ!」

 

「ちょっと、ダヴィンチちゃん!?」

 

 味方と思っていた相手からの突然の裏切りに、再び抗議の声をあげる。怨みがましそうに目を向ける立香に対し、バラしちゃってごめんごめん、とケラケラ笑いながらも一応謝るものだから、余計にタチが悪い。

 

「せ、先輩は大丈夫なのですか!?お怪我は?」

 

「大丈夫大丈夫。ちょっとぶつけただけだから。ほんと、締まらない話なんだけどね」

 

 少しだけ心配性の気があるマシュを、何事もないように宥める。本当は今も痛むし、ぶつけたどころの衝撃ではないが、立香とて男。そうそう本音は吐けない。

 

「……格好つけてるところ悪いけど、藤丸君はこの後診させてもらうよ。レオナルドは笑ってるが、ホントに肝が冷える。転んだせいでポックリなんて話はありふれてるんだから」

 

「……あはは。気をつけます。ハイ」

 

 ため息をつきながらも、ロマ二は二人を奥へと誘った。データパネルや天球儀といった最先端のコンピュータを背後に、今回の呼び出しの本題に入るために。

 

 

 

 

「コホン。それじゃあ、マシュと藤丸君が揃ったところで説明させてもらうよ」

 

 瞬間、弛緩した空気が引き締まる。六回。いや、その他にも例外はいくつかあったが……かなりの回数体験していた空気だ。そして、予測していた内容が、ドクターの口から紡がれた。

 

「先日、第七特異点……魔術王、ソロモン自らが送ったとされる最後の聖杯が発見された。そして本日午前七時をもって、我がカルデアは第七特異点へのレイシフトを可能にした」

 

「……ついに、ですか」

 

 ここまで約十ヶ月。立香がカルデアに半強制的に連れてこられて、レイシフトに巻き込まれた日から。一つ(冬木)と六つの特異点を旅して、その旅の終わりがようやく、訪れようとしている。

 

「再三になってしまうが……君たちに、この聖杯の回収を任せたい。今回もきっと、辛い旅になってしまうだろうけど───」

 

 毎度毎度のことながら、言い辛そうに言葉を紡ぐロマ二。やはりお人好しが抜けない彼の一面に、クスリと笑みが溢れてしまう。返答は、決まっていた。

 

「もちろん、やらせていただきます」

 

「お土産を楽しみにしておいてください、ドクター」

 

 追随する後輩の頼もしい言葉を背に、立香は第七の特異点への出立を決定する。そこには、一切の迷いも、悔いもない。

 

「……そうだね。全てが解決した旅の終わりに、君たちが得たものを聞かせてくれ」

 

 マシュと顔を見合わせて、頷き合う。最初は他人同然だった関係も、この一年近くで随分と変化したものだ。思えば、こんな摩訶不思議な冒険も、これ以降二度とすることがないのかもしれない。

 

「こらこら!あんまりしんみりしないでくれたまえ!」

 

 そんな二人と一人の肩を、バシンバシンと叩く者の姿があった。

 

「だ、ダヴィンチちゃん!?」

 

「君達の存在証明は天才たるこの私がパ〜フェクトにこなしてみせるんだ。君たちは安心して、旅行を楽しむくらいの気でいたまえよ」

 

 綺麗なウインクを決めながら立香とマシュの頭を撫で、何か操作をして出したスクリーンを弄り始める。

 

「さて。あと数時間後にレイシフトするわけだが……ブリーフィングとは別として。その前に、少しだけレクチャーしておこうか」

 

 ふわりと浮かび上がった青っぽいスクリーンに、レイシフトするのであろう地が表示された。立場を取られた、と言わんばかりに愕然としたロマンは、手に持っていたタブレットで無理やりにダヴィンチを押しのけて、解説を始める。

 

「え〜!今回のレイシフト先は人類史、その始まり。ティグリス・ユーフラテス流域で形を残し、多くの文明に影響を与えた正真正銘、最後の文明の一つ……ってこら、何するんだレオナルド!」

 

「先に喧嘩を売ってきたのは君だろ?大事なセリフはいただくぜ。さて諸君!明確なレイシフト先は神代末期。魔術師垂涎の時代。紀元前2600年、古代メソポタミアの地だ!」

 

「……フォフォ(醜いぞ大人共)

 

 ……締まらない。凄く感動的なシーンなはずなのに、大の大人二人が争い合いながらの発表は、正直若干見苦しかった。マシュも軽く苦笑いを浮かべている。

 

 夫婦喧嘩は犬も食わないとはよくいったもので。説明しながらの二人の仲介には、およそ二十分弱を要し。結局、二人の争いによって詳しい説明が立香の頭には入らなかったのだった。

 

━━━━━━━━━━

 

《アンサモンプログラム、スタート

 

 霊子変換を開始します》

 

 

 そして、二時間後。準備と診察、バイタルチェックなどを全て済ませた立香とマシュは、コフィンの中で無機質なアナウンスを聴いていた。

 

《レイシフト開始まで、あと、3》

 

 ほんの数秒。あと数秒して目を開ければ、見たこともない、土地も違う、時間も違う場所にいる。不思議で、不安で。ダヴィンチに渡されたマフラー型の魔術礼装を、強く握る。

 

《2》

 

 そういえば、と。気晴らしに回想を試みて、頭に入れておく単語があったと思い出す。ダヴィンチが喧嘩しながらも言っていたことだ。

 

《1》

 

『藤丸君、これらの名前は覚えておきたまえ。時代と土地は合っている。もし彼らが力を貸してくれるなら、私たちの聖杯探索(グランドオーダー)の成功率は、ググッとアップする。なにせ、史実で最強と謳われている英雄たちだ。尤も、人類史のねじ曲がりによって人やなりが変わっている可能性もあるがね』

 

《全工程、完了(クリア)

 第七グランドオーダー、実証を開始します》

 

『いいかい、よく覚えておくんだよ。『英友王(えいゆうおう)ギルガメッシュ』、『天の鎖 エルキドゥ』、そして……』

 

 

 

「第七グランドオーダー、実証開始!」

 

 

 

『『始まりの天使 アンヘル』という名を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七特異点(だいななとくいてん)
EX
人理定礎値:

────────────────────

BC.2655

他界(たかい)享受(きょうじゅ)郷国(きょうこく) バビロニア

萌え出づる懐の追憶

 

 

 

 

 

 

 

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