始まりの天使 -Dear sweet reminiscence- 作:寝る練る錬るね
A.ヒントの少ない今じゃ当てられると困ります。作者が泣きます。前作品で紹介したハーメルン君ではありません。
Qグランドクソ野郎リリィはろくでなしなの?
A.子供の頃からろくでなしだったやつを子供の頃に戻すとどうなりますか?
カスタードクリームは卵と牛乳、砂糖と小麦というわりとメジャーな材料で作られてるから神代でもある。あるったらある!(滑らかさを出すなら生クリームとバター必須)
「冥界にオーブンとか小麦とかオシャレなもんあるわけないだろ!」
と、思った方。その通りでございます。
原作無視とかではなく割と伏線ありきなことなので許して……
そっと、扉を開いて部屋の中を覗き見る。彼が変に思っていないか。彼が何か企んでいないか。それを確かめるために、毎日やっていることだ。
幸い、彼はエレシュキガルに気がついていないらしい。可愛らしくテーブルを拭いたり、お菓子の準備をしたり。忙しなく動き続けている。
その節々にエレシュキガル様まだかなぁ、などと呟くものだから、対人経験のほとんどないエレシュキガルは顔が赤くなってしまうが、それはそれとして。優雅に、女神らしく登場しなくてはならない。
わざとらしく髪をかき上げながら、扉を音を立てないように慎重に開く。すると、風の変化でも読み取ったのか、勢いよく彼はエレシュキガルの方へと振り向いた。
「あ……いらっしゃい。エレシュキガル様」
「……ええ。好意に甘えて呼ばれたわ。
ウルクでは珍しい、白金の髪をキラキラと揺らしながら微笑む彼に、先ほどの辱めも忘れて思わず微笑み返してしまった……
……ところで、魔獣の女神に「甘い」と忠言されたことを思い出し、無理矢理に笑顔を消して真面目な表情を作る。
「こっちに座って、エレシュキガル様」
椅子を引いてぴょんぴょんと跳ねる姿がまた可愛らしい。容姿が整っているのは、以前の彼が愛されるために造られた人造人間の血を引いているからだと言っていたが、どうにもそれだけではないと確かに思わせる魅力を放っている。
もしここに面食いの
「……わかったわ」
エレシュキガルが座ったのを確認すると、アンヘルは少し時間が経っていい塩梅の温度になった紅茶をティーポットごとテーブルの上に持ってきた。
そのまま用意されていたカップに紅茶を丁寧に注ぎ、同じく用意されていた角砂糖を二つずつ落とし、かき混ぜた。
エレシュキガルの前へとソーサーに乗ったティーカップを持っていき、そそくさとお菓子らしきものを持ってくる。
今日のお茶請けはタルトらしく、丸いお皿がテーブルの中央に慎重に置かれる。そしてナイフでタルトが切り分けられ、8分の1サイズになったそれが同じようにエレシュキガルの前に置かれた。
濃厚な紫色と対比的に、食欲をそそる焼けた茶色の両立したタルト。ほかほかと湯気の立ち上る紅茶が、エレシュキガルの胃を暴力的なまでに刺激する。
「……そ、それじゃあ、いただいてもよろしいのかしら?」
「うん!召し上がれ!お菓子はまだまだあるから、どんどん食べちゃって!」
その言葉を聞き届けた途端、エレシュキガルはフォークをもってタルトへと切り掛かった。三角の先端を心なしか小さめに切り取って、期待を込めて口の中へと放り込む。
「……うん!うんうん!」
タルトの文句のつけようのないサクサク感。そして甘さより酸っぱさが際立ったブルーベリーに、下のカスタードクリームがとてもよく合う。もったりとした甘さが濃厚な官能をエレシュキガルに届け、紅茶を口に含めば爽やかな風味と共にスッと消えていく。
たまらず二口目を頬張り、隠し味として入っていたラズベリーの食感を楽しむ。もったりとしたバタークリームが甘くとろけるカスタードと混ざり合って、えも言えぬ満足感で満たされる。
「…………はっ!」
夢中になって食べているうちに、もう一切れを食べ終えてしまった。
恥を承知でアンヘルの方を見ると、あちらは一口もタルトに手をつけず、ニコニコとこちらを見ているではないか。
「どうかな。お茶、美味しい?」
……先ほどの痴態を見られていたことの恥ずかしさを誤魔化す目的半分、単純に紅茶を味わう目的半分で、半分ほど飲んでしまった紅茶を口に含む。
「ええ。あなたが淹れてくれると、とびきり美味しいわ」
「ありがとう!で、お菓子の味の方はどうかな?どうかな?結構な自信作なんだけど」
新しくタルトをエレシュキガルの皿へと切り分け、アンヘルは感想を求めた。返答の前に、待ちわびた二切れ目のブルーベリータルトをまた切り取り、一口。
「うん、やっぱりおいしい!また腕上げたのね、アンヘル!」
「ほんと?うれしいな!」
一口食べ出せば止まらない。紅茶のお代わりもついでもらい、二口、三口と食べ進め、二切れ目も完食してしまう。
ふぅ。と、カモミールティーで最後のタルトの欠片を流し込んだ時、エレシュキガルは本題を思い出した。
「……じゃなくて!アンヘル!私、通話中は声をかけないでってあれほど!「エレシュキガル様、お代わりは?」……いる!」
……残念ながら、食欲には勝てなかった。弾かれたように空の皿を差し出し、もう元の大きさから三分の一ほど質量を減らしたタルトを切り分けてもらう。
「……全くもう!お茶会を開いてくれるのも、お菓子を作ってくれるのも。なんなら、お勤めとはいえ冥界のお仕事を手伝ってくれてるのも私は感謝しているのだわ。……だからといって、それとこれとは話が別ってものでしょう!」
「……うぅっ、だ、だって。外の情報が少しでも知りたくてさ……」
「……何度も言っているけど、私が通話しているのは他の女神よ。私が驚いている間に盗み聞きしようが、外の情報なんて得られっこないのだわ。他の女神だって、みんな神殿に引きこもっているの」
……諦めがつくように、そう漏らす。アンヘルは少し駄々を捏ねるようだったが、しばらくして納得したようで、少し残念そうにため息をついてタルトを頬張りはじめる。
ケツァルコァトルの太陽神殿。ゴルゴーンの鮮血神殿。そして、エレシュキガルの発熱神殿、メスラムタエア。どの女神にも神殿はあるものの、中でお茶会をする女神など
……そもそも、エレシュキガルのメスラムタエアはお茶会ができるほど豪華なものではなかった。正直ちょっと他より土地が低くて、ちょっと平たいぐらいの、なんなら荒地と変わらなかったのだ。
それを目の前のアンヘルが、なんの冗談だか。『貴方のような女神にはもっと立派な神殿が造られてもいいはずだ〜』などと宣い、その結果、少し昔、約十日でウルクの王城もびっくりの立派な神殿が出来上がってしまったわけである。
気づいた時には今までに行ってすらこなかった地上からの輸入……もとい、供物の類まで取り仕切り始め、今ではエレシュキガルのできる仕事の方が少なくなってしまった。まさかの冥界産業革命だ。……
…………そして、エレシュキガルはそんな恩を、まさか仇で返してしまったわけなのだが。
「うう……名前以外で
「……いつか。いつかきっと、思い出すわよ。幸い、冥界では時間がたっぷりだし」
歪みそうな表情をなんとか取り繕って、かろうじてそう答えることができた。我ながら、なかなか面の皮も厚くなったものだ。
「……御馳走様。とても美味しかったわ。残りはまた明日にでもとっておきましょう」
「うん!そうしておく。後片付けは任せて!僕がしっかりやっておくから!」
「はいはい、任せたのだわ」
笑顔でそう手を振って、さもなんでもないように扉から外に出る。
自分を見送るアンヘルの眩しい笑顔が、どうしようもなくエレシュキガルの心を苛んだ。
ざくり、ざくりと。人気の無い杉の森を歩いて行く。もうじき日が暮れそうな時間だ。フードの彼がいうには、この西の森とあの魔獣戦線にたどり着くまでは寝てはいけないというのだが、果たして。
「……どうか、なさいましたか?」
「……あぁ、いや。ウルクとは全くの別方角だなぁ、と」
目の前で首を傾げるのは、ここまでの案内を務めてくれているエルキドゥと名乗る青年だ。瞬く間に十数もの魔獣を倒すほどの実力を持つ、神の作り上げた泥人形。その端正な表情とビー玉のような目からは、どんな感情も読み取ることができない。
「方角を気にしていらっしゃるんですか。……実は、この先に波止場がありまして。そこには船が残っているので、川下りをしてウルクまで一直線、というわけです。お疲れかと思いますが、この森を抜ければ、すぐそこにありますよ」
そう言って、再び森の奥深くへと歩いていく。足取りに淀みはなく、たしかに土地勘はあるのだろうと思えばするが……
「先輩、先輩。エルキドゥさんに、先ほどのフードの方の話をしてみてはどうでしょうか?」
ふと、耳元でマシュがそう提案してくる。
……確かに、あの子供は言っていた。『冥界の奴に、エルキドゥとギルガメッシュという名を伝えろ』と。そして、目の前にはその通り、エルキドゥがいるのだ。話してみれば、誰に話せばいいのか。或いは、何か別の手がかりを得られるかもしれない。
「ねぇ、エルキドゥ。実は──」
「……おにいちゃん!そこのお兄ちゃん!」
そうして話そうとした声が、横から幼い声に妨げられる。少しあどけないが、芯のある声の聞こえる方向に目を向けると、そこには二人の少年少女が立っていた。
まず、奥で縮こまった黒いフードの少女。恐怖を我慢しているのか、小さな身体が震えている。顔色はなにか信じられないものでもみたかのように蒼白で、時折り何かを堪えるような音が聞こえてくる。
そして、白いフードを被った白髪の少年。こちらは対照的に、こちらに怯えているというわけではなさそうだ。声をかけたのもこの少年らしく、顔をむけたこちらに対し大きく手を振っている。手には杖代わりなのか、身の丈に余る大きな棒のようなものを持っている。
今日一日で出会った人の5分の3がフードの子供で、この時代の流行りなのか、とぼんやり考えた。
しかしこの白いフードの少年。立香は既視感を覚える。どこかで見たことがあるような───、ないような───
「……おや。……君たち、どうしたんだい?」
「実は僕たち、ここで道に迷ってしまって……。おにいちゃんたち、ウルクに向かってるの?もしよかったら、一緒に連れて行って欲しいんだけど……」
おにいちゃんのあたりで、後ろの少女が小刻みに震えだした。……何かを、怖がっているのか。魔獣か何かにひどい目に遭わされたに違いない。
「……そう、か。迷い人……。まいったな……」
「一緒に連れて行くわけにはいかない?」
「いえ、安全面での問題に少々不安が…………しかし、こんなところに子供だけで放置するのも危険でしょう。背に腹は変えられません」
少しばかり心配そうな顔を作ったエルキドゥは、優しく少年に視点を合わせると、安心させるように頭を撫でる。
「僕たちはこれからウルクへと向かうよ。君たちも一緒に来るかい?」
「うん!ボクたちも行く!」
途端に、少年の背後からブフォッ、と。何かを噴き出すような音が聞こえた。そして、ゴホンゴホンという咳が続いて聞こえてくる。
「あぁ、うん。じ、実は、この子は病気持ちで……早く医者に見せないと危ないんだよ、うん」
「た、大変じゃないか!?
急ごう、と口にしようとしたその時。
「……
「う、うん。俺は藤丸立香。この女の人はマシュって名前で、この男の人がエルキドゥなんだけど……」
目の前の青年の顔つきが、明らかに変化した。具体的には、年相応のあどけないものから、軽快でふざけたような明るい顔つきに。
まるで、演技をする目的は果たした、と言わんばかりに。
「それは、困るなぁ。うん、困る」
「どうして?」
「だって、今のウルク王。
まるで何かに話しかけるように、流し目で事実を語って行く少年。すると、立香のつけた腕輪から、驚愕したロマ二の声が聞こえてくる。
『おかしい!おかしいぞ藤丸君!それじゃあ辻褄が合わない!ギルガメシュ叙事詩では、エルキドゥの死によってギルガメッシュ王が、
(エルキドゥは、もうとっくの前に死んでいる──?)
「マシュっ!そいつから離れろ!」
いち早く答えを導き出した立香は、マシュにその場から離れるよう命令する。幸い、不意打ちでマシュが倒されるなどということはなかったが……。
「あは、はははは、ははははははっ!」
笑う。笑う。不適に笑う。華麗に笑う。美しく笑う。
エルキドゥと名乗る何者かは、森に響き渡る大きな声で笑い始めた。
「……あーあ。バレちゃった。こりゃ、子供だからって侮ったボクの失敗かな」
手で頭を押さえ、とてもおかしそうに笑う。弄した策が失敗に終わったというのに、全く残念に思っていないようだった。
「こんにちは、カルデアのマスター。人間の失敗作代表。──ああ、でも残念だ!魔獣の女神の前に人類最後の希望である君たちを連れ出すという見世物が、完成しきらなかったことが。とても、とても。残念でならないな」
けたけた、と。そんな声が聞こえてくるほど、目の前の青年の表情は変わり果てていた。顔も、目つきも、背丈も、なに一つ変わっていないというのに。声色と表情だけで、ここまで違うものなのか。
「ここまで私たちを誘導したのは、罠だったのですか?……あなたは、一体誰なんです!?」
マシュの声に、緑の青年がピクリと反応した。心底心外、という表情を浮かべて。
「……誰も何も、さっきから言っているだろう。僕はエルキドゥさ。彼と同じ顔で、彼のように騙り、彼と同等の性能を発揮する。これで僕の何がエルキドゥじゃないというんだ。見る目がないね、君たちは」
心底呆れ果てた、と言わんばかりに彼はそう吐き捨て、改めて、戦闘態勢に入った。立香も慌てて、戦闘態勢を取る。
だが……マシュが一匹で苦戦した魔獣を、何十体も一蹴するほどの力を持つ彼に、どこまで善戦できるか──
「僕の独断で動いた結果だったが……結末は下の下だね。まさか──こんなところで、君たちが串刺しになって終わりだなんて、さ」
突然、立香の地面から無数の鎖が現れる。マシュにも同様で、一瞬にして、身体が大量の武器によって貫かれる。
いつかの魔獣のときのように、内側から鎖で身体を貫き尽くされ、立香とマシュの命は簡単に尽きてしまった。
「……『
大地を操る宝具による先制一撃必殺。これ以上なく確実で最強に近いものの、あまりに手ごたえというものが感じられない。
所詮神秘の薄れた魔術師などそんなものか、と切り捨て、残った二人の子供を逃すため、そちらに向かおうとして……
「……?いない……?」
彼らの姿が、どこにも見当たらない。ただ逃げたわけではない。森の中にいるのであれば気配くらいなら辿れるはずだが、その気配すら見当たらない。
そして振り返ると、そこにはさらに信じられない光景が広がっていた。
殺したはずの人間とサーヴァントが、大量の花びらとなって消えて行くのだ。途端に質量が失せ、鎖は形を保てず光へと消えてしまう。
「……やられたな。幻術。それも、かなり高ランクのものだ。となると、あの子供のどちらか……大方、白い方が噂の花の魔術師……」
飛んできた花弁の一つを、苛立ちのままに握り潰す。油断した。子供の姿だったから。……いや、それも言い訳だ。
彼の口調が、この身体の覚えている親しみのある者の物だったから。だから、少し気を許してしまった。彼は裏切らないだろうと、勝手に決めつけてしまった。
思えば西の森であったことも悪かった。……ここは昔フンババを討伐した、前の機体に思い入れのある地だ。
……以前の記憶が閲覧できる。白金の髪を揺らし、
「……あ……れ……?……」
気がつけば、目から何か液体が溢れ始めていた。何度擦っても、何度擦っても、止めどなく水が溢れ出てくる。
「……故障が、酷いな」
漏らした声は、やけにかすれていた。
このまま彼らを追い続けるわけにもいかない。あの女神は、放置していれば復讐心から勝手に行動を開始する。
それだけは、なんとしてでも阻止しなくてはならない。自分自身の、
アナちゃんが楽しそうでゴルゴーンもにっこり。