「シド、どうやら上の方で話し合ってそのままお前を通す事にしたそうだ」
「うん……解った。部屋に戻ってるね」
絶望的とも言える言葉に表情が抜け落ちそうになる。父さんに素早く返答したら背を向けて自分の部屋に戻ろうとしたところ、背中に父さんから声をかけられた。
「シド」
「……なに?」
父さんはリビングで腕を組んだまま、こっちに視線を向けていた。
「もし、困った事があるなら俺やお前が信用できると思う友人に連絡を入れる事を躊躇するな。その時に手伝う事を俺もお前の友達も、だれも躊躇しないだろう。本当に辛い、と思ったときは頼ってくれ」
「ははは、大丈夫だよ父さん。僕、勝つし」
そう言ってリビングに背を向けて自分の部屋へと戻っていった。できる事なら父さんや母さんには絶対に頼りたくなかった。いつもいつも迷惑をかけて、自分というふがいない存在のせいで人生を汚してしまった。こんな、特別な体は必要なかった。普通の体で良かったのだ。そういう風に自分が生まれてこれればよかった。全部、自分という存在が悪い。だから親にはなるべく頼りたくはなく、
部屋に戻ったところで即座にベッドに倒れ込んだ。
何かをする気にもなれなかった。無力感が胸を襲うのと同時に、何かをしなくてはならないという焦燥感が常に苛立ちを煽っていた。自分はまだ何もしていない。何もしていないのに終わってしまうのか? それはあまりにも、悔しすぎる。
悔しすぎた―――諦め、きれない。
何か、何か手段はないのだろうか。
ベッドの上で力なく転がりながらも、頭の中だけは必死にどうにかしようと考えていた。だけど妙案は浮かばない。何をどう考えても自分が悪いという考えばかりが自分の中でぐるぐると回り巡ってくる。いや、実際に自分が悪いのだ。自分という存在が、だから憎い。
「なんで……」
なんで、普通じゃダメだったのだろうか。なぜ聖王家の血なんてものが自分には流れているのだろうか。それさえなければ全部丸く収まったと思うのに。
普通の体にさえ、生まれてくれば―――何も、問題がなかった。
―――本当に?
本当に
良く考えてみるのだ。
いったい、僕が何をしたというのか。ただ生まれてきて、持ったものを使って頑張って生きてきただけじゃないか。なのになぜその事実でひたすら足を引っ張られ続けなければならないのだろうか? おかしくはないか? なんで自分が無能者であるという事実に対して僻みを覚えなくてはならないのだ。明らかにおかしいだろう、ハンディキャップであるという時点で下に見られる事が。
どいつもこいつも弱くて、脆くて、撫でたら壊れる癖に。
そうだ。憎いんだ。全てが。
社会が、騎士が、十全な連中が。
目を開ける。枕を抱きかかえ、眠りに落ちるように目を閉じて呟く。
「全部、憎い……」
ぶち殺してやりたい程に。
シド・カルマギアの体がバラバラになって転がされていた。その体は鋭利に割かれた断面から浸食するように腐食し、そして分解されていた。
それを足元に蹴り転がすように老人と少女が座り込んでいた。レモン味のアメを口の中でころころと転がしながら徐々に崩れて消えていくシド・カルマギアだったものを興味もなく眺めていた。少女はその光景に欠片も興味を持つことはなく、
カルマギアの体を踏みつぶして破壊した。
肉塊はつぶれた先から分解され、土に返る。まるで最初から存在しなかったかのように。
「で―――」
廃工場のドラム缶の上に座る少女の片手には携帯用の端末が握られており、そこから浮かび上がるホロウィンドウでゲームを遊んでいた。電子的な数字、確率や瞬間が見れる彼女にとってそれを遊ぶことは純粋な暇つぶし以上の利用がなかった。何故ならその気になれば別に確率操作をしなくても、タイミングを見極めてボタンを押すだけで望んだ結果を得られるのだから。だから少女が―――イリスがそうやってソーシャルゲームに手を出す理由はとてつもなく簡単だった。
軽くポチポチ押しているだけで他のプレイヤーが万単位課金する事で手に入れるキャラを、1回のガチャで確定で引ける事実が楽しいだけだ。そうやって精神的なマウントを取って他のプレイヤーを見下している、そういう遊びをしているだけだった。だが望む結果を得られる事実は直ぐに飽きを生む。もういっそゲームサーバーハッキングして滅茶苦茶にしてやろうか、なんてことを考え始めたところでやめた。
やった所で満たされるのは虚栄心だけだ。それを理解しているのでイリスはゲームを消し、それと入れ替えるように自分で組んでいたハッキングツールを起動した。ミッドチルダ、ベルカに広がるシステムは科学だけを発達させたイリス達の世界、エルトリアからすれば脆弱なセキュリティを抱えたネットワークばかりでハッキングし放題の犯罪パラダイスであった。故に呼吸するように端末でアクセスし、一切の足跡を残す事なく好き放題出来ていた。
「何もしなくていいの?」
「もうこの時点であの小僧の未来は決まったさ」
欠伸を零した老人はフードの下で軽く欠伸を零すと完全に砕け散って消えるシド・カルマギアの義体から視線を外し、鉄骨に腰を下ろしたまま目をつむった。その解り切った様な言動と行動に、イリスが眉を顰める。
「たったアレだけの行動で? ヌルいんじゃない? まぁ、子供一人相手に手を尽くすのはどうかと思うけど」
「アレで十分なんだよ。内心どろどろのぐちゃぐちゃの小僧だ。それを心で良く抑え込んでたみたいだけどなぁ……」
目を開けた老人はにやりと笑みを浮かべてアメを噛み砕いた。
「
そうすれば後は簡単だ、と老人は言う。
「そこからは堕ちるだけだ。なに、見てれば解かるさ。強靭な心を持つ者ほど転がりやすいって事実がな」
「……」
解り切った様にしゃべる老人に対して、イリスは嫌悪感を抱いた。だがその嫌悪感も直ぐに霧散する。結局のところ、イリスもキリエを利用する事で自分の目的を果たそうとした。目の前の老人に嫌悪感を抱いたところでその事実は変わらない。自分もやっていることはこの老人と一緒だ、という事実が自己嫌悪を煽る。だからそれをごまかすようにイリスが口を開いた。
「ねぇ」
「どうした小娘」
「……これが終わったら、渡してくれるんでしょうね」
「あぁ、勿論だ」
そう返答する老人は懐から一枚のドライブを取り出した。イリスの視線がそれに釘付けになる。
「
「……っ」
イリスの表情が強張る。だがそれを楽しむようにフードの下で老人が笑う。老人が握っているその中身が本物である事は、その欠片を確認したイリスだからこそ解かる。何故、他の誰もが知らないはずのそれを知っているのか、それを持っているかという事は重要ではない。
重要なのは真実がそこにあるという事だ。
「おいおい、そんなに睨むなよ。悪い事するならせめて楽しもうぜ」
老人はそう言うと新しいアメを取り出し、それを口の中へと放り込んだ。
「楽しくないなら悪い事やる意味なんてないだろう? だからせめて笑って楽しもうぜ―――堕ちるのも堕とすのもな。それを全部笑えてこそのパブリックエネミーだ」
何かを悟った様な言葉を放ちながらも、老人は自分で言った事が面白かったのか小さく笑い、
アメを静かに砕いた。
「この! 俺が! 遊びに来てやったぞシド! 感謝して準備しろ。今日は出るぞ」
「朝から騒がしいんだよなぁ、こいつ」
「ふははは―――ん?」
混沌の日から一日、翌日は朝からクラウスが襲撃してきた。テンションは高く、そしてやる気に溢れている様子が見て取れた。身内グループの中で、一番精神とメンタル強度が突き抜けて高いのはたぶん、クラウスだろう。身内の中で一番発想が吹っ飛んでいるというか、行動がいちいち大げさというか。バカをやらせるならクラウス。組んで混沌とするのはヴィヴィオ。二人を一緒にした日には聖王教会は滅ぶと身内ではよく言っている。
ヴィヴィオは思想犯だけど、クラウスは実行犯だ。そしてクラウスが実行するならヴィヴィオもそれに乗っかってくる。
カオスの相乗効果が見込める最悪の組み合わせだった。そんなクラウスが朝から襲撃してきたという事は、それなりに頭の悪い考えがあっての事だろうという事は解る。なのでクラウスが玄関のチャイムを音速16連射してきた所を父さんが一発げんこつを叩き込んでから迎えた。迷惑を考えろバカ。
「おはよう、クラウス相変わらず喧しいなお前は」
「余計なお世話だ。俺という存在がこの世界を盛り上げなかったら一体だれがこの世を盛り上げるというんだ? 決まっているだろう? ヴィヴィオだ」
「世界の命運は君に託したよクラウス」
「返事まで1秒もかからなかったな……」
ヴィヴィオに対する絶対の信頼であった。
と、そこでクラウスは違う違う、と言葉を振る。
「シド、お前眠気の方はどうしたんだ?」
「うん? なんか今日は眠くないんだよなぁー」
普段ならまだ眠くて意識がぼんやりしているのだが、今日はなぜか起きてからずっと意識がはっきりしている。だからといって何かあった? といわれると昨日がいつも以上に酷い一日でオリヴィエに慰められるまではずっとこの世のすべてを恨んでいた程度の事しかしていないのだが。まぁ、言い換えればそれだけだ。ほとんど何もしていないのにも等しい。だから朝から頭が快調なのはちょっと不思議な気分だった。おかげで普段は勝手に動いている体も動かなかった。そういう意味では不便な事だった。
だがクラウスはそれを見て、笑みを浮かべた。
「ほうほう、良いではないか。お前も成長しているという事だ。苦手な事、足りん部分を一つずつ克服しているのは良い事だぞ。まぁ、十中八九ヴィクターと愚妹が嘆くが」
「想像できるのがこの話の嫌な所だよね……」
ハイディはお世話チャンスが減ったと嘆いて、ヴィクターは手間がかからない事を寂しがるんだろうなぁ、というのが想像できる。ただ、まぁ、それはそれとして誰かの手を煩わせるのは正直申し訳なくて嫌だから自分はこれで助かっているのだが。
何が原因なのだろう? とは思う。
「まぁ、いい。それよりも聞いたぞシド。ついに従士選抜に出るらしいな! 貴様の事だから去年出ても優勝は間違いなしだったのだろうが」
「その話はしないでくれ、頭が痛くなる話だから……」
その言葉にクラウスが解らない様な表情をしている。
「何を悩んでいるんだ貴様。もしかして負けた時のことは……いや、考えないな貴様なら。そういう傲慢な所あるし」
「傲慢で悪かったな」
「別に悪くはないと思うぞ。強いのに変に卑屈なのよりは良い。強いならそれだけの強さを見せれば良い。いったい何に遠慮しているかと俺は思うがな……と、そうではなかったな」
クラウスは首を傾げてからあぁ、と呟いた。
「制度か」
「っ」
「貴様の事だ、りんかぁこぁがないからぁ~ぼくぅ~ライセンス取れなくて騎士になぁれなぁいぃ~とか言ってぼぶっ―――!?」
迷いのない拳をクラウスの顔面に叩き込み、その姿が扉を抜けて数メートル程飛び、地面にバウンドしてから道路を走っていた車に弾き飛ばされて空中を舞った。落下してくる所で対向車線からトラックが通り、クラウスをもう一段階吹き飛ばした。それをキッチンで見ていた父さんが軽くうなずいてから新聞へと視線を戻して無視する。
それから十数秒後、武装形態の状態のぼろぼろのクラウスが歩いて戻ってきた。
「事前にこっそり展開してなかったら死んでいたなぁ……!」
「死罪でしょ今の」
「気持ちは解るがまぁ、聞けシド」
「うん」
クラウスがたっぷりと溜めを作るように数秒、時間を置く。
「ぶっちゃけ! コネ入団すれば良くない!?」
「お、おう」
「いや、ヴィヴィオに頼んで近衛に抜擢とかさせて貰えればお前なんて顔パスだろ、顔パス。あそこの指揮系統は教皇庁から外れてるし、聖王教会全体の制度からもある程度断絶されてるし」
「いや、それは……」
考えたことはある。だがそれで本当に騎士になれたか? といわれると怪しかった。誰もが認める様な、騎士になりたい。俺は騎士であると胸を張って言える存在になりたかった。だからそれは違うのだと思う。胸を張って騎士だとは言えない。
「……というか、クラウスに僕の夢の話をしたことあるっけ」
「戯け。俺を誰だと思っている。貴様の幼馴染でライバルで親友だぞ」
クラウスは、得意げな表情で一瞬間を置いた。
「そんなもの、一緒に拳を合わせて遊んでいれば解かるわ。お前の場合、憧れの目線が露骨だしな!」
「お、おぉぅ……そっか……」
「悩んでるな素直に言えバカ。その代わりに俺が困ったときにはお前に助けてもらう。それが友情という奴だろう?」
「うん……ありがとう、クラウス」
もうちょっと、もうちょっとだけ本音で話し合ってもいいかもしれない。自分の胸の内にあるものを我慢せずに。それを零す形でクラウスになら言っていいかもしれない。そう思いながら良し行くぞ、とクラウスに言われた。
「で……何をするの?」
「ヴィクターの奴がジークと秘密の特訓を始めた。どうやら大会で貴様と当たるのを見越して、貴様対策をするつもりだ。女子共が団結してくるというのなら、俺達も俺達で団結してヴィクター相手にガンメタ張っていくぞ!!」
「発想が狡い―――だけど嫌いじゃない、乗った! 父さん! 母さん!」
家を出る前に振り返ってリビングへと声を向ければ、
「あんまり公園を破壊しすぎないでねー。後でお弁当持って行ってあげるから」
「はーい!」
ちょっとだけ軽くなった心の内を感じながらもクラウスと一緒に、騎士になるという未来を目指して走り出す。
きっと、悪い事にはならないと信じて。
緑のバカ。ただしメンタル強度オリハルコン。
シド一番の親友で、現代における一番の理解者。同性同年という事もあっておそらく現代において一番近い場所にいる相手で、本音で語り合える数少ない友人。メンタル強度が並外れており、そして自分の体を張る事に躊躇しないタイプ。
それはそれ、これはこれと分けて考えるタイプ。しっかりと古代の記憶を継承しているが、途中まで見たところで「なんだこいつ女々しいからもうええわ消す」で頭の中から消した奴でもある。