Disruptor   作:てんぞー

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Anger and Hatred - 4

 ―――それから。

 

 あっという間に時間は過ぎ去った。そして選抜当日となってしまった。

 

 ディザイアもしっかり仕事をしてくれて、失敗作と呼ばれていたクラス2の大量のアームドデバイスをどうにか入手する事が出来た。なんでもあの大剣を作る為に使用していたデバイスであり、大剣の様な機能の追加に失敗していてただのクラス2相当のデバイスとなってしまって、バラして材料にするか廃棄するかしか選択肢の残されていないジャンク品とのことだった。

 

 まず世間の常識で話をするが、

 

 クラス2デバイスはジャンクではない。クラス3になれば数万から数十万はするし、クラス4ともなれば十数万はするレベルだ。ジークが戦闘用に展開する《鉄腕》はデバイスではないが、それでもデバイスと同等の機能を組み込まれているカスタム品であり、アレはクラス6、数百万クラスはしている。クラス2だって1個数万クラスのデバイスだ。それがジャンク同然の失敗作と言っているのだからディザイアは脳みそがぶっ飛んでいる。

 

 ……が、それでもあの大剣を作成して、超高級品をポンポンと売っているのだろうと考えるとこれぐらいのものはジャンクになってしまうのかもしれない。

 

 まぁそんなディザイアの事情はともかく、クラス2のデバイスともなれば十分実用に耐えるレベルだ。聖王教会や時空管理局で実働の部署に配属された場合に支給されるレベルの装備品だ。十分すぎるとも言えるレベルだ。その為にお年玉を使ってしまった上に、父さんと母さんにお小遣いをねだってしまったのがちょっとアレな話なのだが。

 

 それらをクラウスに位相空間に格納して貰った状態で、ついに大会会場となるスタジアムへとやってきてしまった。

 

 こういう大きな戦闘型イベントはそれなりに大きな場所を必要とする。入場料とかで金をとっているのもあるからだ。だからベルカ自治区にもこの手のイベント用の大きなスタジアムが存在する。そしてこれがまたかなり大きい。こういう催しだけではなく、DSAAのベルカ地区予選や選抜でも利用されるもんだから、観客を多く受け入れられるようにできている。

 

 だからかなりの大きさがあり、

 

 滅茶苦茶ビビっていた。

 

「……もしかして場違いじゃないかなぁ」

 

 悠然とそびえる巨大なスタジアムの姿に、そんな事を呟く。それを横にいるクラウスが背中を強く叩いて否定してくる。

 

「何を言っているんだ。貴様が今日の主役だろう? 何、ヴィクター以外の連中は軽く蹂躙してやれば良いさ。お前ならそれぐらい余裕だろ」

 

「いや、まぁ、うん、そうだけどさぁ」

 

「えぇい、もっと素を出せ貴様! お前の本来の性格はどうした!」

 

「これが地ですぅー」

 

「……全く、世話の焼ける幼馴染だ。ほら、選手用の控室に行くぞ」

 

「ぽんぽん痛いぃぃ―――」

 

「情けない事を言うなこいつ!! ほら! 行くぞ!」

 

 ヤッパリ帰る! そう叫んで振り向き、逃げ出そうとするのを一瞬でクラウスが回り込んで道をふさぐ。その姿を飛び超えて逃亡しようとした瞬間、

 

 ―――眼下の大地から影の手が伸びた。

 

「おっ」

 

「あっ」

 

「きゃーっち」

 

 一瞬で両手足を拘束され、その上から何重にも弱体化魔法が一瞬で重ね掛けされる。それを気合で抵抗(レジスト)し、一気に拘束を引きちぎろうとしたところで、追加で弱体化の連打が叩き込まれ、その間に地面に下ろされてクラウスに両肩を掴まれた。もはや逃げる事も出来なかった。大人しくクラウスに捕縛され、渋々振り返る。

 

 そこには一回り年下のゴスロリ少女の姿が見えた。

 

「助かった、ファビア。こいつ今一瞬ガチ目に逃げ出そうとしていたからな……」

 

「知ってる。()()()()

 

「完封されるから僕、ファビアだけは苦手……」

 

 ファビア・クロゼルグ。

 

 古代ベルカより続くクロゼルグ一族の末裔。ただし貴族ではなく、魔女と呼ばれる一族固有の血筋であり、聖王教会とは極力関係を絶っている。いや、聖王教会だけではなく時空管理局や、文明そのものから離れて暮らしている。深い森の中に独自のコミュニティを築き、その中で暮らして生きている。基本的に外の連中とは関わらないクロゼルグ一族ではあるものの、唯一イングヴァルト、エレミア、そしてゼーゲブレヒトの三家にのみコンタクトを取る事を許している。

 

 それは古代ベルカにおいて、この三者に多大な恩があるからだそうで、

 

 その結果、一部クロゼルグはエレミアと組んで戦場にパーティーしに出かけている所があるらしい。なんでだよ。

 

 魔女術と呼ばれる独自の魔法システムを運用しているクロゼルグ一族は、直接的な攻撃より呪術的な干渉等に精通しており、召喚術やバフデバフ、精神干渉や環境干渉、後は占星術に精通している。その一員であるクロゼルグもまた非常にハイスペックで、年の割にはすさまじい技量を兼ね備えている。

 

 その影響で、クロゼルグを相手にすると、()()()()()()()のだ。

 

 完封勝利されるので文字通り、戦いが発生しない。そもそもある程度の未来を見通せる為に、戦いそのものが発生しないように動くから戦いようがない。そういう、特殊なスタイルの存在である。聖王教会や時空管理局から度重なるラブコールを受けつつもそれを無視してきた、筋金入りの引きこもり一族である。

 

 体に引っ付いている闇をちぎって引きはがしつつ、身の乱れを直す。流石にここまで封じ込められると逃げる気もなくす。

 

 ……怖いけど、進むしかない。

 

 溜息を吐いてから両肩を下ろす。それを見ているクラウスが背中を伸ばせ、と背中を叩いてくる。それに上を見る様に頑張っていると、ファビアが右手を持ち上げ、その上に小さな天体のモデルを生み出した。クロゼルグ一族の星詠みが占い等に使う天体、或いは星天縮図だ。

 

「ふぁびあちゃんの、星うーらーなーいー」

 

「声がめっちゃローテンションなんだよなぁ。不安しかない」

 

「気持ちは解るが。解るが……外れないんだよなぁ、クロゼルグの星詠みは」

 

 それこそ意図的に、そして努力して変えようとしない限りは。そういうレベルでクロゼルグ一族の占星術の精度は高い。そしてそれをいきなり持ち出してきたファビアの姿にはちょっとだけ、恐怖を感じている。彼女がわざわざこうやって普段は引きこもっている森から出てくるという事は、言うだけの事があるのだ。

 

「はい、シド君」

 

「はい」

 

「死兆星出てます」

 

「真顔で死刑宣告止めない……?」

 

 横でクラウスが首を掻っ切りジェスチャーをしている。すぐ横で煽るのはやめるのだ。だけどそのファビアの発言で大体察してしまった。右手を頭の裏に持って行き、軽く首元を掻く。

 

「ワンチャン、あるかと思ったけど駄目かぁ……」

 

「先に言っておいた方が覚悟できるかと思ったから教えに来た」

 

「……うん、ありがとうファビア」

 

 その言葉にファビアはサムズアップを向けるが、真顔である事実に変わりはない―――いや、寧ろ更に表情が険しくなっている。

 

「シド君、気を付けて……星の道行きが見えない。暗雲に覆われているけど試練の連続が来るように見えてる。心を強く持って……ね」

 

「そこまで酷いの……?」

 

「お前前世で何をした?」

 

 僕が聞きたい。頭を抱えそうになるが、それを何とかぐっとこらえる。家に帰りたくなってきたが……なったが―――。

 

「帰りたい」

 

「ヴィクターが楽しみにしてるから、せめてその相手してから帰れ」

 

 クラウスも頭の回りが良いから、どういう意味なのかを悟っているのだろう。だからぽんぽん、と背中を叩かれる中で、ファビアの言葉は続く。その表情の真剣さは薄れていない。つまりまだ話は続くという事だ。

 

「ここから先、試練の時が続く。どれぐらいは解らないけど……でも、それだけで人生は終わるものじゃない筈だから。きっと、報われる時がある筈だから。明けない夜なんてないから。シド君、頑張って。一点賭けするから」

 

「最後の一言余計だったじゃん?」

 

 ただそうやってオチをつけられると適度に肩から力が抜けてしまう。ファビアはこのまま観客席の方へと向かうらしいので、ここで別れを告げて選手用のエリアへと向かって移動を開始する事にする。

 

 あぁ―――いよいよ、この日が来てしまった。

 

 

 

 

 去って行くクラウスとシドの背中姿を眺めていた。

 

「困った」

 

 再びシドの星の巡りを確認する。占星術は昼であれ、夜であれ、クロゼルグの魔女であれば関係なく使える。夜空なんてものは手の中に生み出してしまえば良いのだから。だから手の中に天体の縮図を生み出し、それを覗き込むようにシドの運命を星の輝きと並びから見通す。初歩的で基本的ではあるものの、奥義とも呼べる占星術。それを持って確認するシドの運命は、

 

 断絶し、繋ぎ直されていた。

 

 まるで意図的に誰かが干渉したかのように。

 

 それに干渉する。占星術の奥義は、星の並びに干渉する事でその輝きを、運命を変転させることにある。何か、どうにかしなくてはならない。()()()()()()()()()()()()()己だからこそどうにかしなくてはならない。その思いを胸に、継承されしクロゼルグの秘儀でシドの運命に干渉する。乱され、破壊されて繋ぎ直された運命を修復し、元に戻すように干渉しようとして、

 

「痛っ」

 

 ―――首筋に痛みが走る。

 

 咄嗟に干渉を解除し、片手を首筋に当てれば、そこに生ぬるい感触がした。手を確認してみればそこには首から流れたであろう真っ赤な血が付着しており、干渉に対するカウンターが叩き込まれた事を悟らされた。駄目だ。良い方向に持ってゆく前に即死させられる。それを悟らされてしまった。今のは警告で、これ以上やろうとすれば首が落とされる。

 

「ふぁっく。相手の方が何枚も上手」

 

 もはやどうしようもない事実に悪態が漏れる。何とか出来れば良かった。何とかしたかった。だが事実として自分が出来るのは、わずかな警告を与える程度の事だった。たったそれだけで、シドを過酷な運命へと放り込まなければならなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()気分は最悪だった。

 

「やっぱり、ヴィヴィ様に逢わない限り救われないのかな……」

 

 それはあまりにも―――あまりにも、救いがないではないのだろうか。この社会がまるで排除しているような、世界に必要とされていないような。それは、悲しすぎるのではないだろうか。ここから降りかかる悲劇と絶望の連鎖を、知っているのは自分だけだ。

 

 だができる事は何もない。先に救いがあるかどうかは、本人の働き次第。気休めで言える言葉は何もない。

 

「ごめんなさい……」

 

 幸運の星が導く事を祈る事しか、許されない。

 

 それ以外、自分にできる事は何もなかった。

 

 

 

 

「それでいい魔女猫。そのまま干渉するな」

 

 そう呟き、フードの老人は手をマントの下へと戻した。こんな格好が許されるのもベルカ独自の文化だろう。普段から騎士甲冑や戦闘装束姿の人が、ベルカ自治区では多い。ミッドチルダ以上に戦闘に関する文化が生活に密室に関わっているからだ。その影響で、少し奇抜な格好しているぐらいでは気にしない人が多い。ある意味、おおらかだとも言える。そのおかげでマントにフードという格好をしていても、老人はその姿を怪しまれないし、止められない。そもそもからしてその気配を殺しているから気づけない者はそこにいるという事さえ認識できない。

 

「どうしたのよ爺。ボケちゃった?」

 

「なんでもねぇよ。それよか席を確保して貰ってるから、さっさと行こうぜ」

 

「足を止めてたのはあんたの方でしょ……」

 

 少しだけ口を悪くしながらイリスが面倒そうに歩き出す。老人も魔女猫(クロゼルグ)が行おうとしていた干渉がもう来ない事を確認してから歩き出した。

 

 その先は、スタジアムの観客席へ。

 

 既に一般入場が始まっているスタジアム内には多くの人が集まっている。年末の大イベントである事もあってチケットは完売されており、席も多くが確保されていた。その中、比較的に見やすい席を確保してくれた姿を老人は探し―――直ぐに見つける。特徴的なアロハに菫色の髪の組み合わせは、どの世界であろうと激しく自己主張していた。老人はイリスを連れてアロハにまで近づくと、片手をあげて挨拶する。

 

「よ、アロハ。数週間ぶりだな」

 

「やあ、誰でもない(ジョン・ドゥ)、しばらくぶりだね。既にビールは確保しておいたよ」

 

「お、マジか。やるじゃーん」

 

「昼間っから飲むのかよこいつら……」

 

 うんざりした表情でさっそくビールをアロハ―――ディザイアから受け取った老人、ジョン・ドゥは確保されていた席に腰を下ろしながらそのプルタブを引っ張って開ける。カシュ、と音を鳴らしながら良い年した大人が二人、乾杯と声を出して缶をぶつけ合ってからそれを口へと運んだ。その様子を横でイリスはずっと呆れた視線を送りながら見ていた。

 

「昼から飲むお酒は美味しい?」

 

「最高」

 

「ここでまだ労働している人間がいるんだなぁ、って思うと更に美味しいね!」

 

「邪悪かこいつら……?」

 

 徐々に近づく開幕の時間。増えて行く人の入り。その流れをジョン・ドゥは無関心に眺めつつ、戦いが始まる時を待っていた。完全に体から力を抜いてビールを楽しんでいる様子は犯罪者にはまるで見えず、ただの観客の様にしか見えない。だがその感覚はしっかりと会場に潜んでいる者達をとらえていた。

 

「……んぐっ、ぷっはぁ―――……はぁ、結構張ってるなぁ」

 

「ま、君があんなことをやるからね。エレミアや、傭兵や、騎士がごろごろいるよ。一部は変装してまでね」

 

「ご苦労なこった。もう全部終わってるのに」

 

 笑いながらビールを呷り、すべてが動き出す所までもう何もしなくて良い事実を老人が口にした。実際、既に全てはこの時点で終わっている。老人が恐れるのはそれこそ運命を変転させられるような力を持った存在だった。だがクロゼルグは先ほどの警告でもう干渉できないようにした。そして他にも干渉できそうな本局に引きこもっている()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。もはやこの流れを変えられる存在はいない。いたとして、会ったとしても、それを殺して元の道へと戻せば問題はない。

 

 故にこの時点で事前段階の動きは全て完了している。先ほど入場を確認してそれで流れも決まった。後はシド・カルマギア少年が心のままに堕ちるのを待てば良いだけだった。

 

「んで、特に調べてはなかったけど今日のスケジュールはどんなもんだジェイル」

 

「まずは予選だね。中央が四つに分かれているのが見えるだろう? あそこで同時に6試合ずつやる。1ブロック4人、総当たりで一番戦績が良かった奴が勝ち残り。そこにシード枠を加えて大体決勝トーナメントは20人ぐらいになるかな。そこから午後の部になって1対1を中央の大ステージでやる感じ」

 

「ほー、シード枠なんてあるのか」

 

「教会の推薦枠や刺客として送り込まれた現役の従士らしいよ」

 

「へぇー。結構過酷そうね」

 

「従士になる為の一番厳しく、そして期待されるルートがコレらしいね? ここで優勝できる程であれば将来は約束されているとかなんとか」

 

「はっ、どうだか……あ、そこのネーちゃん。チップスよろしく」

 

 通りすがりの販売員からチップスを購入し、完全に観戦する様子のジョン・ドゥにイリスは本当にこれで良いのだろうか、という思考を作った。目の前で徐々に積み上げられてゆく破滅への道。それに何もしなくても良いのだろうか? そんな甘い考えが脳内を過る。だが所詮は一時の迷い。すぐに振り払う。優先すべきものがあるのだから、他人の心配をしている場合ではないのだから。

 

 だからイリスも、力を抜いてスタジアムの中央へと視線を向けた。

 

 このクズ共程ではないが、イリスもどうせならこの催しを楽しむことにした。どうせ何をし、何を言っても無駄なのだから。イニシアチブは常にジョン・ドゥが握っている。そこに自分が出来る様な事は何もないのだから。

 

 だからイリスもジョン・ドゥから勝手に金をとると、それで販売員からジュースを購入した。それを両手で持ち、ストローにかみつく様にコーラを飲み始めながら、

 

 開幕を静かに、横の酔っぱらい共と待つことにした。

 

 ―――抵抗意思すら見せない、イリスの姿を見て静かに笑っている老人の姿に気づかずに。




 次回、名を聞いても覚えられない上級生、死す―――。

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