Disruptor   作:てんぞー

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Anger and Hatred - 9

 これまでの戦いで使用した武器は槍一本。流石に1戦でぶち壊してからは次から使用するのは控えたおかげで、武器をほぼ全て決勝戦に持ち込むことまでできた。だから大剣と槍は鎖で縛って一纏めにして、それ以外の武器は装着している。四本の刀は両の腰に、矢筒は背中に。弓も背負っている。ナイフはベルト腕にバンドを使って装着している。上半身は体にフィットするスーツタイプで、破れ難いものを選んでいる。下はボロボロになっても良いジーンズを。一纏めにした大剣と槍を鎖で引きずりながらステージに上がったところでそれを壊すように投げ捨てる。

 

 ステージの上に大剣が二本、槍が一本突き刺さる。それをそのまま放置するようにステージの上に立ち、正面反対側にいるヴィクターを見た。彼女の背後、セコンドを務めるジークが控えているのが見える。同時に、彼女の瞳にも背後のステージ横に控えるクラウスの姿が見えるだろう。結局、何時もの見慣れた4人組がここに揃ってしまった。自分達以外にそれなりにやれる奴というのはいなかったらしい。まぁ、ここまで来てしまった以上そんな些事に一切興味はない。

 

 ただ、正面に見えるヴィクター。彼女と本気で相対できると想えば、それ以外の事はどうでも良くなってくる。

 

 解説者の声が響く。

 

『さぁ、いよいよこの大会も最終試合へとなりました! 圧倒的なフィジカルで怪獣のごとく敵対者を全て戦闘不能に追い込むカルマギア選手! デバイスを、防御を、シールドを、すべてを紙の様に引き裂いて蹂躙する姿にはもはや畏怖しかない! その圧倒的な暴力はこの決勝戦でも姿を見せるか!』

 

 轟く歓声に軽く首を回し、指の骨を鳴らす。これまでの戦いで十分ウォーミングアップは済ませてきた。後はどれだけこの場で発揮できるかどうかだ。

 

『対するはカルマギア選手同様全試合無傷の完封試合を証明してきたダールグリュン選手! クイック&スマート、圧倒的な暴力で蹂躙してきたカルマギア選手に対するダールグリュン選手の戦術は実に無駄のないクレバーさ! 雷撃で確実に相手の動きを止めてからノックアウトか場外のコンビネーション! 予測可能対処不可能のコンビネーションは事前に情報がなければどう足掻いても対処できない必殺! この組み合わせをカルマギア選手は突破できるか!』

 

『ダールグリュンとカルマギアは交流のある家ですからね。エレミア、イングヴァルトなどの名家含めて普段から関わっている以上、お互いの手札は知れているでしょう。どれだけ対策を立てて、そのうえで自分のペースに引き込めるかが勝負の分かれ目でしょうか』

 

『成程―――』

 

 聞こえてくるアナウンスの声を無視してヴィクターへと視線を向ける。それ以外を視界に入れない。それ以外を認識しない。そして言葉も必要はない。語る必要もなく、両手を腰の刀へと手をかける。この手の武器はベルカではレアではあるものの、父さんに徹底して武器の使い方は全部叩き込まれている。自分の性質上、武器は使い捨てが前提なのだ。だったら手の届く範囲になる武器は全て使えなくては意味がない。その中でも刀剣類は良く、自分の手に馴染む。それこそぶっちゃけ、拳なんかよりもはるかに良くなじむ。だが壊れてしまう手前、こういう状況でもないと使い捨てで運用する事は出来ない。

 

「シド」

 

 両手に刀を一本ずつ、腕をだらりと降ろした状態で構えていると、ヴィクターから声がかかった。ヴィクターの声に反応するように口を開こうとして―――やめる。代わりに視線で応えた。それで十分だったのだろう、ヴィクターはふと、笑みを零した。

 

「えぇ、そうですわね。言葉は私たちには不要でしたわね……」

 

 そうだ、大体語り合える事なんて日常で存分に伝える事が出来るのだから。後はやり合うだけだ。煩い解説の声もいよいよ試合の開始を告げる様子だった。だからそれに合わせて、刀を回転させて握りなおす。左手のを逆手に、右手のをやや後ろに引いてからまっすぐに切っ先をヴィクターへと向けた。

 

「《カルマギア式決戦術》シド・カルマギア」

 

 それを受けてから、ヴィクターが槍の矛先を此方へと向けた。

 

「《雷帝式》ヴィクトーリア・ダールグリュン」

 

 いざ、いざ、いざ―――尋常に、

 

 勝負。

 

 開戦の号砲が鳴り響く。瞬間的に瞬発するのと()()()()()()()()()()()()()()()()()()。完全なゼロ秒アクション。開戦と同時に突き刺さる雷が体を痺れさせる。手足指の感覚が薄くなるのを口から吐き出すように覇気を発して耐える。雷気が体内を巡り、神経を蝕む感覚―――動きを止めるのではなく、量を抑えて継続的に動きの幅を狭めるのが目的だと察する。

 

 正面、ブロイエ・トロンべが迫ってくる。それに対応するように体を下げながら、踏み込みながら逆手の刀を上へと立たせるように空間を滑らせて前へと進ませる。右手の刃はそのまま、下から掬い上げる様にヴィクターを狙いすます。だがヴィクターの動きの方がキレが良い。体を蝕む雷気の影響で、本来の動きのキレが出ないからだ。それでいてヴィクターは本来の動きの速度とキレを把握している。それに反応もできて居る。

 

 故に、動きが鈍った状態であればヴィクターの方が有利になる。

 

 ―――考えたな……!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがヴィクターがこちらに押し付けている負荷だ。このレベルであればまだ普通に戦える。多少動きが落ちる程度で、動きを止めて解除する為に一手割いて相手に一撃許す程ではない。つまり戦闘続行した方がぎりぎりマシというレベルの所だ。このぎりぎりの範囲を見極めて電流をヴィクターは制御している。

 

 そしてそれを維持するように、ブロイエ・トロンべは雷を僅かに帯電させている。

 

 接触、受け流し、押し込んで弾きながら二の撃。

 

 直接的な接触に入ればこちらがヴィクターを身体能力の差で押し込める。だが接触するたびに発生する弱めのスタンガードが、体内から散りそうな雷気を再充填させる事で此方に押し付ける負荷を維持させる。この悪辣なやり方はヴィクターの発想ではなく、ジークの入れ知恵だろう。だが、それを完全にこなせているのはヴィクターの技量だ。

 

 故に更に体に力を込めて連撃に入る。連続で攻め込むように踏み込み、一切反撃の隙を与えないようにそのまま押し込んで行く。体が多少鈍っていてもいつも通りの動きは出来る。ただ、わずかにレスポンスが遅いだけだ。故にここはいつも通り、自分の強みを前に押し出す。

 

 二本の刀と、ヴィクターの専用デバイスであるブロイエ・トロンべが連続で衝突する。

 

 流石に普段から交流しているだけあって、此方の太刀筋を良く理解している。こちらが連撃に入る瞬間から、次の動きを予測して最小限の動作で受けに入っている。左で切り上げれば柄を差し込み、右を戻せば矛先ではじき、そのたびに雷撃がスパークして弾ける。

 

 右、左、薙いでからの蹴りを叩き込む。蹴りだけは回避され、カウンターで回転するようにヴィクターが回り、雷斧が振りかぶられる。受けるべきかどうかを一瞬で判断し、後ろへとスウェイしてから再び刀を静かに、素早く連続で振るう。風を断つように放たれる斬撃が雷撃を切り裂き、追撃を振り払う。直後上から落ちてくる雷撃を更にバックステップで回避し、追撃してくる雷球を横へと滑らせて回避する。

 

「……!」

 

 ヴィクターの気配が変わるのを感じた。これは距離を開けてはならないと即座に判断し、正面の足場を分化させた斬撃で一気にプレート状に切り分けながらそれを斬り飛ばす。ステージの足場そのものが壁となり、正面へと放たれる。その結末を確認するまでもなく、刀を手放して弓と矢を取る。弦を限界まで引きつつ、移動を止めない。常に足を動かして直線の攻撃を回避するように動作しつつ、矢を放った。

 

 当然の様に、放ったプレートは砕けた。

 

 その向こう側から四本の雷の剣が出現し、空間を薙ぎ払いながら伸びていた。

 

 その斬撃と瓦礫の合間を縫うように飛翔する矢は真っすぐヴィクターを目指し―――しかし、ヴィクターの左手に掴まれた。

 

 それを見て弓矢では対抗できないと悟り、弓をステージの外へと投げ捨てて、矢筒を落とした。ヴィクターの周囲を旋回する四つの剣を見て、軽く息を吐きながらベルトにセットしてあるナイフを二本抜いて逆手に二つとも握り、前傾姿勢に構えた。

 

 突貫。

 

 一瞬で前に飛び出すも、見てから行動を差し込める雷の方が動きは速い。いや、ヴィクターの方が反応が早い。徹底してそこをジークに仕込まれていると判断する。

 

「……」

 

 槍は比較的近くに刺さっている。刀は―――後に回す。大剣はまだ出番が早すぎる。まだ体の中の雷気が抜けない。なら小回りが利くナイフで一気に攻め込むべきか。あの雷剣、見た事はあるが、こういう使い方をしたのを見た事はない。警戒は必要だが―――踏み込まなければ何も変わらないだろう。

 

 片手を大地に当てて、息を整え―――一気に瞬発する。その反動で足元が砕け散る。一気に踏み込むも、目の前には刃が一つ、衝突するコースで回り込んでいる。それを足元を蹴りながら跳躍し、姿勢を低くしながら飛び越える。

 

 それを塞ぐ様に、二枚目、三枚目が見える。

 

「しぃっ―――!」

 

 目の前に来たそれを、蹴った。踏み砕きながら空中でそれを足場に跳躍する。砕いた瞬間に発生する雷の爆発に全身を貫かれながらも、それを突破する。ここはリスクを取らなくてはならない場面だと判断する。

 

 斬撃が来る。

 

 だがそれを無視してそのまま、接近状態へと持ち込んでヴィクターに交差斬撃を叩き込む。ヴィクターの胴体をとらえる感触を両手に感じつつ、瞳で動けない瞬間をとらえる。

 

 雷剣の斬撃と爆発、そしてチャージ済みのショートバスターが用意されてあった事を。

 

 ヴィクターに攻撃を叩き込んで動けない瞬間、砲撃と爆裂と斬撃が同時にカウンターとして叩き込まれた。

 

 

 

 

「魔法って物理的に壊せる物だっけ?」

 

「無理だよ」

 

 ジェイルがイリスの疑問に対して即座に返答した。

 

「魔法ってのはね、一種のエネルギーなんだ。君もフォーミュラをいじってるなら解ると思うけどさ、エネルギーに干渉するにはソレ相応のフォーマットが必要なんだよ。そして一般的にはそれがデバイスって形だったり、また別の魔法だったりする訳だ。そもそも物理的に魔法を粉砕できるという話ならシールドなんていらないだろう?」

 

「確かに―――いや、じゃあおかしいでしょアレ」

 

 イリスは一瞬だけ納得しかけて突っ込みを入れた。何をどう見ても、シドが生身で魔法を粉砕したようにしか見えなかった。それで魔法か魔力を使っていれば別だろう。だがそんなものはなかった。そも、シドは不具者だ。魔力を持たない人間だ。だから魔法に対するレジスト能力は低い筈だ。だがそれが抵抗出来て、それでいて粉砕できている。滅茶苦茶なのにもほどがある。これが、血族を通して継承されてきた暴力の力なのだろうか?

 

 その答えを求めて、イリスが視線をジョン・ドゥへと向けた。

 

「……」

 

 だがその視線に応える事はなく、ジョン・ドゥは鋭い視線をステージへと向けていた。

 

 

 

 

 吹き飛ばされた状態から一回転して着地する。額から結構な量の血が流れている。同様に、ヴィクターも胸から血を流している。カウンターを叩き込む前提としてしっかりと受けたのが原因だろう。だがその結果、此方も頭に結構良いのを喰らっている。確実に此方の行動力と判断力を奪っていこうとする意図が見える。容赦のない戦い方だが、

 

 好みだ。

 

 本気で、情け容赦も情も込めないで殺しに来る戦術が、愛おしい。

 

 故に本気で対応する。

 

 流れてきた血を軽く舐めながらそのまま前へと向かって一瞬で瞬発する。突撃しながら装着していたナイフを全て拳撃で射出する。一気にかかった負荷がナイフを崩壊させるが、その衝撃と鋭さは空間にわずかに遅れて取り残される。その弾幕と共に正面に突き刺さっていた二本の刀を回収しながら接近した。

 

 待ち構えていたヴィクターが息を吐きながら素早く反応する。浮かぶ四つの雷剣は扇の様に旋回しながらも美しい軌跡で斬撃を結ぶ。そこに無骨なブロイエ・トロンべの一撃が合わさる。それだけで先ほどの()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから応える。

 

 着弾するナイフは雷剣によって消滅し、ヴィクターに届かない。だが残された刀による踏み込み斬はブロイエ・トロンべ、そして残された雷剣と切り結べられる。強引に力で押し込むのではなく、何時もよりも一歩引いた感覚で、自分の体へとダメージを通さない事を意識しつつ斬撃を放つ。掬い上げる様な斬撃と共に落とす斬撃を同時に放ち、ヴィクターがスタンガードで対処してくるそれを痺れながらも斬撃が通るように、接触の瞬間にインパクトを打ち込む。

 

 その反動でわずかに自分の腕も後ろへと弾かれるが、ヴィクターは体そのものが押し出される。

 

「くっ―――ふふっ」

 

「はっ」

 

 互いに、苦悶の声と楽し気な吐息が漏れる。

 

 同時に接近する。二刀の連撃と雷剣が衝突し、その合間を縫うように雷撃とブロイエ・トロンべが襲い掛かる。その攻撃密度は魔法が使えるからこそ成立するものである。こちらが守勢に回った瞬間、手数と密度で負けてヴィクターに上回られるのは解っている事だ。それでも押しきれないのは純粋に此方の身体スペックが超越しているから。相手の三回の攻撃を此方の一回で纏めて対処する。それを高速で、連続で、武器に対する負荷を無視して連続実行すれば―――当然の様に、対処できる。

 

 だがそれでも攻撃は漏れる。右、左、スウェイ、ダック、蹴り、バックステップ、回転斬り、距離を開けられたら飛び越える様に跳躍しながら、すれすれの距離を前転しながら斬撃を放つ。それに反応するヴィクターが体を回し、回避しながらブロイエ・トロンべを着地の瞬間に狙ってくる。それを体を強引に空間を蹴り飛ばす事で飛び越えつつ、直ぐにヴィクターにくっつく。

 

 背中と背中合わせ、視線を向ける事もなく肩越しに武器を振るって行く。

 

 両手の刀を右へ左へ、素早く叩き込むも雷剣の軌道が自由で阻害される。更に来るのはブロイエ・トロンべによる薙ぎ払い。回転しながら払おうとしてくる一撃をヴィクターの動きに合わせ、背中をくっつけた状態のまま、踊るように合わせる。

 

 そのまま、ステージの上をワルツを踊るようにくるくると回って舞う。

 

 右へ、左へ、順に連撃を背中越しに叩きつけながら破砕と粉砕を繰り返して雷気が空間に舞い、体を蝕む。徐々に、徐々に負荷がスタックされてゆく。それを自覚しながらも焦らない。確実に、着実に削られながら削って行く。普段は派手に吹っ飛ばして一気に戦いを終わらせに行く。だが今日という日は、違う。オリヴィエになるべく傷つかないようにと言われているのもあるが、ここまで必死に殺しに来てくれる事実が楽しく、引き伸ばしたい気持ちも織り交ざり、また同時に、これがヴィクターを倒す為の攻略の鍵でもあると感じていた。

 

 だから、舞う。

 

 ぐるぐるぐる―――延々と互いの正面を取り合う様に背中合わせのまま、激しく武器と武器を衝突しあう。連続でぶつけ合う魔法とデバイスに火花が散り、雷撃が散る。だがその衝撃に段々とデバイスの方が耐えきれなくなってくる。流石量産品とは違って、ブロイエ・トロンべの方はまだまだ余裕に見える。こちらも替えの武器はあるが―――これが壊れた瞬間、戦闘を切り替える必要があるだろう。

 

 そう思考した瞬間、ヴィクターが強引に動いた。

 

 大きく体を滑らせ、倒れる様に渾身撃を放つ。それをパリィしながら強撃を叩き込もうとし、雷撃がデバイスを侵食する。内部のサーキットをヴィクターの雷撃が焼き切る。それによって一瞬で強度を失ったデバイスが分解され、崩壊する。それを握りつぶしながら強引にブレイクを作る為にヴィクターに蹴りを入れながら後ろへと跳躍する。

 

 体に突き刺さる雷剣の感触を感じながらステージの反対側まで跳躍し、突き刺さっていた槍を抜いて次の武器を装備する。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ―――」

 

「はぁ、はぁ、はぁ―――」

 

 ぼろぼろだ。自分も、ヴィクターも、服装も武器も何もかもぼろぼろで血を流している。ヴィクターはいつの間にか髪を纏めているリボンが切れて髪が広がり、肩や顔に切り傷が付いている。そういう自分も、傷跡がたくさん増えていたるところから血が流れている。クラッシュエミュレートが起動しているから実際のダメージではないだろう。だがそれが演算したダメージはつまり、流血し、出血し、そして血反吐を吐く程のダメージを互いに突き刺している事実を証明している。

 

 ()()()()()()()()()()()のだ。段々とだが必殺圏内に入っている。一撃がノーガードで入れば確実に落とせる。そういう範囲にまで落とせている。これが最初からいつも通りだったらどうだろうか―――ヴィクターを落とせていたか? いや、彼女とジークの事だ。確実にその対策を詰めていたに違いない。

 

「は―――」

 

 楽しい。本性が、地金が見えてきてしまう。笑みを浮かべる事をやめられず、楽しみの声を零すのを止められない。そうだ、こうやって戦う事が楽しい。傷つく事が、傷つける事がどうしようもなく楽しい。そのうえで勝利する事が出来れば―――もっと、楽しいだろう。

 

 

 

 

「やっぱり、おかしいな」

 

 ヴィクトーリアとシドの戦いを眺めながら、そんな声がジョン・ドゥの口から洩れた。

 

「君もそう思うかい?」

 

 目の前では酒を飲むのをやめない悪い大人が二人、一切飲むのを辞めずに、しかし視線をステージの上から外さず共通の認識を得ていた。それが理解できず、首を傾げる。

 

「……何が?」

 

 その疑問に対して、ジョン・ドゥが答えた。

 

()()()()だ」

 

「あ、やっぱおかしいって思ってたの私だけじゃないのね」

 

 だってどう見てもエルトリア産改造人間よりも遥かに強度の高い肉体、天性の抵抗力、魔法以外のすべての要素で恵まれていると呼べるような肉体をしている。あんなものが天然の状態で生まれてくるのなんて冗談にして欲しい。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それを超越するとなると、絶対にそれ以外のリソースが必要になる。たとえばそれは魔力だったり、電気だったり、或いは別のエネルギーだったり。

 

 シド・カルマギアの身体能力の謎は、そういうものが一切かかわってない事実にある。何度も魔法を受けても平気な体、まるで魔法で強化されたような破壊力を見せる肉体、そんなものは通常肉体が見せる事の出来るスペック上限を軽く超越しているものだ。誰も疑問に思っていないものだから首を傾げるに留めていたが、ジョン・ドゥの発言でアレをおかしく思っていたのは自分だけじゃない事が発覚した。

 

「じゃあアレ、固有技能(リミテッド)とか希少技能(レアスキル)って呼ばれるもの?」

 

 その言葉にジョン・ドゥは口を閉ざした。その代わりに怪奇・真冬のアロハ男が答えた。

 

「固有技能は脳の変質を必要とする、って言っただろう? その特性上固有技能は一人に一つ、ってのが限度だねぇ。二重に変異させようとすると前の機能を失う事になるからね。だけどそれと違って希少技能は純粋な素質だ。だからこれは複数を保有できるケースが存在する。例えば魔法属性の変換資質とかね―――そして、シド・カルマギアは既に固有技能を抱えている、これは解るね?」

 

「時間操作の、でしょ?」

 

「正解」

 

 アロハが空になったビール缶を捨てて、新しいのを取り出した。いったいこいつ、後どれだけ飲むつもりなのだろうかという疑問が脳を過るも、直ぐに忘れて話を聞く。

 

「という事はあの怪物的な身体能力は希少技能由来って訳?」

 

「いや、違う。()()()()()()()()()()()()()()

 

 疑問をジョン・ドゥが即座に否定した。なんでそんな事が解るんだ? と疑問をぶつける。それにジョン・ドゥが考えこみながら答える。

 

「力が力だ―――それで才能、素質、資質の大半を占領している。もう、特殊な何かが入り込む様な隙間はないし、希少技能の類はその人を見れば大体解る。さっきそこを警備していた父親の方も確認してきたしな」

 

「つまり、彼の身体能力は固有でも希少でもなく、まったく別の第三の由来を持っているという事だ」

 

「……でも物理的にアレは不可能よね?」

 

 身体構造上、不可能だと言えば同意が返される。肉体が単体で発揮できるスペックには上限が存在する、そんなファンタジーじゃないのだから。魔法だってエネルギーを運用することで発生させる科学の一種なのだ、完全なる幻想なんてものは存在しない。

 

「なら、なんで?」

 

 単純明快な疑問。なぜ、それだけの力が発揮できるのか。その疑問を口にし、その返答が来る前に、

 

 ステージに変化が現れた。

 

 

 

 

 魔法は、魔力というエネルギーを転用した術である。

 

 魔力というエネルギーは実に万能な物であり、人の意思を通して演算する事でそれを体内で別種のエネルギーへと変換する事が出来る。それをため込むことができる器官がリンカーコアであり、人間はリンカーコアに溜め込んだ魔力をリソースとすることで変換する事が出来る。リンカーコアを持たない人間は魔力を体内に溜める事が出来ず、極々短期間でそれを体内から放出してしまうのだ。つまり、リンカーコアはバケツの様なものだ。そしてリンカーコアを持たない者は底の無いバケツを持っている。どれだけ頑張っても水を、魔力を溜める事が出来ない。

 

 だが一瞬で消え去る訳ではない。だから魔法を喰らう事で無理矢理魔力を体内に溜めるという手段が存在する。実際に技術として食らった分のリソースを再利用する技術は存在する。エネルギーの一種なのだから、当然と言えば当然だ。だから強力な一撃を繰り出す方法として、相手の魔法を受けてそのリソースを溜め込むという手段を利用している。

 

 だが人間誰もが消費出来るエネルギーリソースはもう一種存在する。

 

 ()()()だ。

 

 体力或いは命。そうとも言われるエネルギーリソース。人間が生きて行く上で絶対に必要とするエネルギーであり、魔力以上に人体にとっては重要なリソース。カルマギアの流派はこの生命力を燃焼する方法を古代から継承している。魔力程万能ではなく、そして使えば使うほど使い手を衰弱させる戦闘手段は、とてもだが安定からは程遠い。だが、それでも活用されるのはカルマギア家が異様に身体と生命を発達させている家であり、生命力を燃焼させた所で多少の疲労を感じる程度でダメージを抑えられるからだ。

 

 故にその技法を己も継承している。

 

 カルマギアの極意は簡単だ。

 

 魔法と生命燃焼で肉体を強化して戦う。

 

 強化に強化を重ねた圧倒的身体能力で圧殺するのがシンプルだが同時に対処できない程に強い。父さんはそれができる。魔法と生命による二重強化を施した近接戦闘。それだけじゃなくてオールレンジで戦えるようにも経験を積んでいる。それが《カルマギア式》としての正しい形なのだろう。

 

 だが自分にはそれが出来ない。

 

 故にわざと攻撃を喰らって魔力を盗むしかない。

 

 自分の生命力を猶更燃やし尽くすしかない。

 

 だがヴィクターの様な相手であれば、最初から全力で燃やし尽くしてもその前に倒れてしまうだろう。こうやって1対1で時間を与えてから戦うと、それを警戒され、対策される。だが今度は違う。攻め込み過ぎず、攻撃を抑え、それでダメージを抑えて消耗するように戦い続けた。そして戦いは漸くクライマックスに突入する。

 

 互いにクリーンヒット一発で昇天する範囲。

 

 攻め込むのであれば、今こそがその時。

 

 槍を掲げ、回転させてから引き戻し、体の中に流れる命を自覚する。体を駆け巡り、興奮と共に湧き上がってくるような力は、命のそれ。その流れを自覚する所から始まり、それが体を動かすことで消耗されるリソースである事を理解することで続く。ただ全力で動くのではない。その流れの消耗と脈動を掌握し、そしてそれをエネルギーとして燃焼させる。

 

 それで、《生命燃焼》は成る。

 

 だがそれをヴィクターから受けて食らった魔力と織り交ぜる事で破壊力は増す。魔力を使えなくても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。後はその制御を覚えればいい。そうすればリンカーコアも、魔力を持たなくても魔力の操作はできる。感覚で言えば生命の操作とほぼ一緒だ。

 

 ただ消費するものが魔力よりも致命的だというだけで。

 

 故に一気に燃やす。ここが燃やし時だからこそ、お互いに追い詰めたこの時だからこそ一気にすべての力を開放して勝負を決めに行く。こんな戦い方は初めてだ。正直、何時も通り戦った方が強いのだろうと思う。何時も通り戦えば間違いなくヴィクターに対策されるだろう。それでも目算、勝率は6割から5割はあると思っている。

 

 ―――考えるのが段々面倒になってきた。

 

「行くぞ、ヴィクター」

 

 唸るような声が漏れる。獣の咆哮のようだと思った。だが対するヴィクターも、楽しそうに獰猛な笑みを浮かべる。残っている魔力を集束させながら、それで防御を固めるのを見る。まずはそれを吹き飛ばし、此方も生命力を燃焼しつくす。

 

「えぇ、存分に―――暴れましょうか」

 

 は、と声を吐き出す。槍を一度、二度、左右に振るってから全力でそれをステージに向かって突き刺す。練り上げた生命力と霧散する前の魔力を、体に満ちる雷気を全て燃焼させるように槍にこめて、それを突き刺したステージを通して一気に発散させる。その衝撃に槍が一瞬で内部から爆裂するように粉砕するも、あふれ出す力を足の裏で叩き潰すように押し込める。

 

 それに耐えきれないステージ全体に亀裂が走り、その隙間から破壊が膨れ上がる。

 

「何もかもぶっ壊れて燃え尽きろ!」

 

 父さんが使うそれと比べればはるかにお粗末でもあるものの、それでも周辺を吹き飛ばす広域破壊の奥義を叩き込む。ステージの上が一瞬で消し飛ぶ、砕けた破片が舞い上がる。一気に燃焼した関係で一気にけだるさが全身を襲い、疲れが隠せなくなってくる。だがそれ以上に、何もかも燃焼した全力を尽くすという疲労感が心地良い。この瞬間は何もかも忘れて戦える。

 

 だから刀を引き抜いた。最後の二本を。そしてそれを両方とも逆手に構え、正面で交差するように力を溜める―――生命力を更に消費し、一撃の破壊力を限界まで一気に押し上げて、

 

「俺も、お前も!」

 

 回転するように斬撃を四方へと放つ。一瞬で刀が蒸発するように砕け散り、ステージの八方が切り落とされ、消し飛ぶ。一気にステージが狭くなり、逃げ場が失われる。先ほどまでよりも一段狭くなったステージの中、衝撃によって打ち上げられていた大剣を二本とも、両手でつかみ取る。

 

「ここで朽ちろ……!」

 

「それが、本音ですわね」

 

 言葉はそこで止めて、一気に切り込む。飛び込みからの一撃でステージを砕きながら大きく衝撃を叩き込む。当然の様に回避するヴィクターの動きはしかし、小さい。ステージ全体が削られた事で逃げ場が極端に失われており、広い攻撃を避ける事が困難になっている。それでも攻撃の範囲を完全に見切って避けれるのは流石ヴィクターと言わざるを得ないセンスだった。

 

 だがそれでお互いに終わらない。ヴィクターは魔力を出しきっている。そして此方も吐けるリソースは全て吐き出している。残った滓も全て燃やしきるように正面から激突する。交差する大剣とブロイエ・トロンべが衝突し、一瞬の拮抗からはじく様にヴィクターを押し出す。同時に左の大剣を盾にしながら数歩自分も下がり、右の大剣を限界まで後ろへと引く。すぐさま復帰するヴィクターが回転をつけながらブロイエ・トロンべを全力で大剣へと叩き込む。破壊する威力を伴った一撃が大剣を揺るがすが、突破には至らない。そのまま連撃でこちらを押し出そうとするが、時間が足りない。

 

 全力で振りかぶりながら力を溜め込んだ一撃を、右から正面へと叩き落す。

 

「はははは、砕け散れ!」

 

 ヴィクターが回避する。正面のステージが二分されるように粉砕される。流石にステージを破壊しすぎたのか、元々試合後に発動する筈の自動修復機能がステージの再生を始める。壊れてしまった大剣を捨てて、残された大剣を片手で握りながら更に狭くなったステージを粉砕させるように、大剣を縦に構えながら拳を作る。だが今度はヴィクターに押し切られる。流石に派手に炸裂させ過ぎた弊害か、徐々に疲労感が上回ってくるのを感じ取れる。

 

 更にステージを吹っ飛ばそうと考えるも、その前に押し出されて態勢を崩され、一回ステージの上を転がるようにしてから再び両足で立ち、大剣を構える。

 

「楽しそうですね、シド」

 

「楽しいさヴィクター! ()()()()()()()()()()んだよ、俺は! これを奪えば俺には何も残らない!」

 

 だがそれさえも許されない未来が待っている。戦う為に生み出された一族なのに、戦いをしてはならない場所へ行くことを求められている。魔力が使えないのでは、あらゆる攻撃や衝撃に対して耐性を持つバリアジャケットや、戦闘装束を纏う事が出来ない。これは一般的には致死率を約8割上昇させる行いだ。次元犯罪者との戦いだけではない、普通の組手や練習、そういうもので受けるダメージを軽減させる方法がないのだから。

 

 そんじょそこらの雑魚で傷がつくわけないのに。

 

 IF、可能性が人々をおびえさせる。

 

 そのせいで、将来的には戦う事さえ許されない未来が見える。

 

 クソが、クソが、クソが。

 

 戦いたい。殺し、殺されるほどに戦いたい。闘争本能が、血族の血が戦いの気配に荒ぶる。全身を駆け巡る血が闘争を求めている。戦う為に生まれてきた命、戦う事に特化した体。それを捨てて一体何が残るというのだろうか。頭の良さも、社会への適性も、品の良さも、人の良さも、家柄も、何もかも、戦いを除けばもっと優秀な奴は回りにたくさんある。

 

 俺にはこれだ。

 

 ()()()()()()のだ。

 

「これを抜いて俺に何が残る!」

 

 だから燃え尽きたい。戦って、戦って、戦って、燃え尽きて、それでも戦い続けたい。燃え盛るほどに戦い続けて全てが灰になってもまだ戦い続けて滅びたい。魂の奥底から自分にあるのはこの戦いへの欲求と滅びへの願望だ。それ以外は何もない。それ以外は全部、他の連中の劣化互換だ。何もできやしない。何も勝りはしない。この力だけが俺を俺という人間として確立するアイデンティティだ。

 

 戦えなきゃ生きている意味なんてない。

 

 強くなければ生き続ける意味なんてない。

 

 だが、世の中はそんな事を認めない。用意された役割以外の何も認めない。だから、そう、

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 どれだけ頑張って、どれだけ吐き出し、どれだけ血反吐に塗れようが、それでも社会はそれを認めてくれない。認めようとしない。

 

 だったら燃え尽きるしかないじゃないか、満足できる場所を妥協して。だから、さぁ、ヴィクター。

 

「存分に壊し合おう」

 

「……もう、これが終わったらお説教ですわよ!」

 

 生命を燃焼。燃焼した生命力は一度休まない限りは戻ってこない。使えば使う程自分を追い込んで行く諸刃の剣。だがそれでも、それ以外燃やせるリソースはない。羨ましい、他のみんなが。こんな苦しみもなく戦えることが。だけど使い続けた果てには燃え尽きて死ねるかもしれないと思えば、少しは幸福なのだろうか?

 

 どちらにせよ、ここでぶっこみ時だ―――すべてを注ぐ。

 

 燃やしながら乗せた斬撃を大地に叩きつけて拡散させる。逃げ場の無い衝撃がヴィクターを襲い、外へと弾きだそうとするのを堪えて耐える。その瞬間に大剣を抱えて飛び掛かる。待っていたように構えるヴィクターはそれを正面から受け止めた―――燃焼のし過ぎで筋力が落ちてきている故に、ヴィクターでも耐えられたのかもしれない。そう思いながら短いつばぜり合いから武器を弾き合う。僅かに強くヴィクターが弾かれ―――いや、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ブロイエ・トロンべを回転させるように柄が下から金的を狙って放たれる。

 

 それを膝を前に出して受け止める。とはいえ、勢いを殺せる訳ではなく膝の皿を砕かれる感触がする。それに対応するように攻撃を叩き込んで硬直したヴィクターに手を伸ばし、ブロイエ・トロンべを握っている手首を掴んだ。

 

 そのまま握りつぶす。

 

 手の中で折れる感触を感じ取る。骨の折れる音を手を通して感じ取りながらヴィクターをそのまま引き寄せようと力を籠め、ブロイエ・トロンべが首元に素早く叩き込まれた。あの長柄を、と思ったがその姿は半分に分割されており、圧縮された雷光が剣となっていた。首元、鎖骨が折れる音が頭の中で響くのを感じながらそのまま、胴体へと向かって直進しようとする一撃をヴィクターを蹴り飛ばして回避する。

 

 後ろへと転がってから立ち上がるヴィクターの視線を見る事もなく、大剣を正面に突き刺して両手で支える。

 

「おぉぉぉ―――!」

 

 生命を燃焼させて、大剣を通してステージに打ち込む。衝撃が足元から広がるように全てを飲み込む吹っ飛ばす。だるさが体を襲い、力が抜けそうになるのを笑う。この感触が楽しくてしょうがない。少しずつ命の削れるこの感じ―――これこそ生きている、という感情を呼び覚ます。

 

「まだだッ!」

 

 再び、力を絞り出してステージ全体に生命の爆破を叩き込む。これだけやった所で命の危険があるから使うな、使えない、実用に耐えないと言われる。魔法が使えない、魔力がないから、とそれだけで全てが無駄になる。だから目に焼き付けろ。これが命の輝きだ。

 

 憎い、これを見てもなお認めない全てが―――自分の持たぬものを持つ全ての存在が憎い。

 

 殺してやりたい程に憎い。

 

 その憎しみだけで力が湧き上がる。楽しさに声が漏れる。

 

「震えろッ……!」

 

 連続、三発目。ここまでくるとぜぇぜぇと息を零す。大剣が衝撃に耐えきれず砕け散る。逃げ場のない攻撃を三度、防御して受けるもヴィクターの方も限界が見える。彼女が握っているブロイエ・トロンべもボロボロになり、その手から崩れ落ちる、カスタムメイドの最高級品であろうと、激戦には最後まで耐えきれなかったようだ。

 

「ふ、はは、はははは」

 

「ふぅ―――」

 

 ヴィクターがベルトからカートリッジシェルを引き抜き、それを握りつぶした。そこからあふれ出た雷を纏い、最後の道具を投げ捨てる。それに合わせる様に此方も拳を作り、膝の折れた足を軽く引きずるように前へと一歩踏み出し、力を籠める。

 

 一歩一歩、踏み出して正面に立つ。右で作った拳をそのまま正面、ヴィクターの腹に叩き込めば、同時にカウンターとして雷を纏った拳が顔面に叩き込まれる。痺れる体が動きを拒否するも、それを無視して叩き込んで拳をそのまま前へと向かって押し込む。ヴィクターの口から洩れる苦悶の声を聴きながら、更に力を込めて、鎧を砕く様に殴りぬいた。

 

 拳を振りぬいた状態で息を切らすも、直ぐにヴィクターが戻ってくる。再度顔面に叩き込まれる拳。それを受けて後ろへとよろめきながら立ち、口の中で切れて出てきた血を横に吐き出す。まだだ、まだ命を燃やしきっていない。クラッシュエミュレートでは本当に命の削れる感触を感じ取れきれない。もっと、限界はまだ先にある筈だ。

 

「ははははははは―――!」

 

 笑う。これが自分の本性だ、どうしようも隠せないもの。普段は頑張って演じていても、こうやって興奮すれば一瞬で剥がれる。

 

 まだだ、もっと、もっと―――もっと殴り合える。

 

 直感的にそう理解し、前に向かって行く。拳を作ってヴィクターを殴り返す。のけぞる姿を手を伸ばして掴み、更に殴る。それを返すようにヴィクターも此方を殴る。殴り返す。

 

 殴る、殴り、殴打し、更に続ける。

 

 顔面が血で染まり、拳が傷ついて拳も赤くなる。それで顔が赤く塗られて、更に赤くなる。

 

 だがそれでも拳の勢いは衰えず、

 

 全力で拳を叩き込み、殴り飛ばした。

 

 最初存在した疾走感のすべては失われた果ての一撃に、ヴィクターの姿が後ろへとふらり、ふらりとよろめき―――やがて、仰向けに倒れた。

 

「ごめん、なさい……」

 

 そう言葉を残してヴィクターが倒れた。その姿を肩で息を切らしながら眺め、天井を見上げた。勝者の決定に歓声が爆発し、熱狂がスタジアムに満ちる。それを他所に、一瞬で体を貫いていた熱狂と興奮が消え去る。

 

「あぁ……」

 

 終わってしまった。

 

「俺の夢……」




 怒りと闘争本能と憎しみの塊。なおすべて自分に向けられている。
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