「一年を通して狂い咲く藤の花……まさか、ゴルゴムの仕業か!?」BLACK死す!? 砕かれたキングストーン!(タイトル詐欺は(ry))   作:葛城

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あけましておめでとうございます



待つ者、願う者、帰る者

 

 

 ──夜が……明けた

 

 

 

 それは昨日まで幾度となく続けられた、何てことはない事象。

 

 しかし、怪人たちが多数存在する、藤の花に囲まれたこの場所においては……正しく、仏の慈悲にも等しい天の助けであった。

 

 何故なら、怪人は太陽を嫌う。というか、日の光を嫌う。どれぐらい嫌うのかといえば、日光に近づくことすら恐れる程だ。

 

 いったい、どうして……それは、怪人たちに共通する、弱点が原因である。はっきり言えば、怪人たちは日の光を浴びると死んでしまうのだ。

 

 

 そう、死ぬ。ひとたまりもなく、一瞬で即死する。

 

 

 どれだけ頑強な怪人であっても、悲鳴一つ上げる間もなく絶命する。日光を浴びた瞬間、怪人たちは一体の例外もなく、その身が朽ち果て塵と化す。

 

 Blackですら、バイタルチャージによる一点集中を必要とするのに……それほどに、怪人たちにとって、日の光は大敵なのである。

 

 そして、それはつまり……日の光を浴びても平気な人間たちにとって、特に、この地獄の中を生還した人たちにとっては……天祐なのであった。

 

 

 その、日の光が降り注ぐ山道を……太郎は、歩いていた。

 

 

 その背中には気恥ずかしそうにしている錆兎がいて、その横を、手拭いで顔の半分を覆った義勇が連れ添っていた。

 

 どうして、太郎が二人を連れて歩いているのか。いや、それよりも前に、太郎は変身を解いているのか。

 

 

 それは単に、Blackの姿ではあまりに目立ちすぎるからだ。

 

 

 もちろん、変身を解いた元の太郎の姿に戻ったのを間近で見た錆兎と義勇の二人は、それはそれは驚愕に目を見開いて呆然としていたものだが……まあ、話も戻そう。

 

 まず、錆兎を背負っている理由だが、それは錆兎の容態がまだよろしくなかったからである。具体的には、一人でまともに歩けないぐらいに錆兎は体力を消耗しきっていたのだ。

 

 義勇は錆兎ほどではないにしても、視界が半分塞がれているうえに頭からの出血(顔を覆っているのは、単純に結び方が下手だかららしい)もあるから一緒に……というわけだ。

 

 

 ちなみに、二人を太郎が目指している先……目的も無く歩いているわけではない。二人の指示の下、治療が受けられる場所へと進んでいるのである。

 

 

 その間……太郎は、二人から色々な事を聞いた。要点を纏めれば、どうやら錆兎と義勇の二人は、怪人たちが多数潜んでいるこの山で、『怪人を倒す組織に入隊する為の試験』を受けていたらしい。

 

 内容は、単純明快。それは、『この山の中で七日間生き延びて、下山する事』というものであった。

 

 

 何とも無茶苦茶な試験だと、率直に太郎は思った。

 

 

 だが、それを口に出すような事はしなかった。何故なら、二人の覚悟を穢してしまうと思ったからだ。

 

 

 ……というのも、だ。

 

 

 あの後、夜が明けて動き出すまで二人(錆兎は、あれからしばらくして目が覚めた)と話して、太郎は改めて理解したことが幾つかあった。

 

 まず、太郎以外にも『怪人』の存在に気付き、それに立ち向かう組織を立ち上げ、長年に渡って運営している一族がいるということ。

 

 

 その組織の名は、鬼を殺す隊と書いて、『鬼殺隊(きさつたい)』。

 

 

 かなり古くからある組織らしく、鬼殺隊では太郎が『怪人』と呼ぶ異形の者たちを、『鬼』と呼んで討伐し続けていること。

 

 

 鬼殺隊では『怪人(鬼)』たちの性質と習性を研究し、戦うための技術を継承していること。それは『呼吸法』と呼ばれ、今も脈々と受け継がれているということ。

 

 『呼吸法』というのが具体的にどういうものなのか、それは二人の説明では分からなかったが、それを習得することで超人のような力を発揮できるようになること。

 

 錆兎と義勇は、その様々な呼吸法の中でも、『水の呼吸』と呼ばれる呼吸法を会得していること。そして、二人の師匠より許可を出され、此度の試験に臨んでいる……等々。

 

 目的地へと歩く最中、太郎は暇潰しがてら二人から色々な話をされ……そうして、30分程歩いたところで……二人は、これまでとは打って変わって人の手が感じられる広場へと到着した。

 

 そこは、麓へと続く階段と鳥居、広場全体を囲うようにして淡く咲き誇る藤の花。そして、大きな布で覆われた台が置かれているだけの、簡素な場所であった。

 

 

 人影は……太郎たちを除けば、4人。しかし、その内の一人は、小奇麗な着物を纏った妙齢の女性だ。

 

 

 あの人も戦ったのか……いや、違う。「あの人が、此度の試験を見届けてくださる御人だ」こそっと耳打ちしてくれた錆兎の言葉に、なるほどと太郎は頷いた。

 

 

 道理で、戦う者特有の、それらしい気配がしないわけだ。

 

 

 まあ、気配以前に立ち振る舞いが……ならば、残った3人が此度の……しかし、その3人が無事な姿であるかといえば、そうでもない。

 

 

 まず、妙齢の女性の傍にて横たわっている……少年。

 

 

 遠目からでも、分かる。血の気が引いて青白くなっている彼はもう、息絶えているということが。よく見れば、腹部の辺りが赤く染まっているのが分かる。

 

 その少年の頭を、妙齢女性が撫でている。髪を指先で梳いて、汗と泥がこびり付いた頭を、何度も何度も。せめてもの慈悲なのだろう……その目は悲しみと慈しみに潤んでいた。

 

 

 対して、忙しなくあっちこっちに広場の中を行き来しては、鼻息荒く身体を震わせている少年。

 

 

 負傷の痕が見受けられるが、命の別状はないようで。見た所、どうやらこっちは試験を終えてもまだ興奮が上手く静められないようだ。

 

 鎮静剤等があれば良いが、太郎は持ち合わせてはいない。こうなった時は、くたくたになるまで放っておいた方が良いだろう……そして。

 

 

 ──朝日を背に受けて、一人。立ち尽くす、女の子。錆兎たちを含めても、唯一となる異性のその子は……呆然とした様子であった。

 

 

 試験が終わって、気が抜けているからか。あるいは、上手く気持ちを切り替えられていないのか。

 

 視線をさ迷わせるわけでもなく、只々ぼんやり……っと。

 

 

「──不躾で失礼とは存じておりますが、どちら様でしょうか?」

 

 

 さすがに広場の端っこに突っ立っているわけにもいかないので、とりあえずはと妙齢女性の下へ向かい……残り5メートルの辺りで、向こうから声を掛けられた。

 

 

「既にご存じの通り、ここはワケ有りの私有地。旅人が入って無事に出て来られる場所ではありません……理由を、聞かせてもらっても?」

 

 

 妙齢女性の視線が、太郎に……次いで、背負った錆兎と義勇の二人に向けられる。「──私は、そこの殿方に尋ねているのですよ」答えようとした二人であったが、その前に優しく制止されてしまって……自然と、太郎が答えるしかなくなっていた。

 

 

 ……素直に、答えて良いものなのだろうか。率直に、太郎は迷った。

 

 

 元々、太郎は口が上手い方ではない。素直に話すとなると、この山に入り込んだ経緯……つまり、仮面ライダーとしての自分についても話す必要が出てくる。

 

 

 それは出来ないと、太郎は内心にて思った。

 

 

 何せ、今でこそ錆兎も義勇も太郎を敵ではないと受け入れてはいるが、初対面ではどちらも言葉よりも先に刀を向けてきた。

 

 それはつまり、それだけ『怪人』……いや、『鬼』と彼ら彼女らが呼ぶ異形の存在を危険視していることの証左に他ならない。

 

 何せ、こんな命がけの試験を行うぐらいだ。異形は、あくまで異形でしかない。何時かは受け入れられるかもしれないが、今はまだ早い。

 

 さすがに、『怪人』たちだけでなく、鬼殺隊と呼ばれるこの人たちまでも敵にして逃げ回るとなれば……うむ。

 

 

 ──仕方がない、誤魔化そう。

 

 

 しばし迷った太郎は、そう結論を出すと……とりあえずは、精一杯の嘘を急いで頭の中に構築し、それを吐き出した。

 

 その内容とは……『自分の命を助けてくれた『人の形をした昆虫人間(要は、Blackのこと)』を偶然見つけ、追いかけたらこの山にいた』という、何とも怪しさ満点な代物であった。

 

 

 はっきり言って、騙されてくれたら万々歳な内容だと太郎は思った。

 

 

 実際、事前に口止めしておいた錆兎と義勇は『え、それで騙せると思ってんの?』みたいな顔をしていたし、当の妙齢女性も似たような表情を浮かべていた。

 

 

 ……まあ、当たり前だよなあとは太郎も思った。

 

 

 仮に、太郎が第三者の立場であったなら、ふざけるなと怒っているところだ。眼前の女性は太郎よりも人間が出来ているようではあったが、呆れているようであった……のだが。

 

 

「──もし、その話、詳しく教えてくれませんか!?」

 

 

 まさか、妙齢女性よりも、少しばかり離れたところで呆然と突っ立っていた少女から反応が返されるとは、さすがの太郎も想定していなかった。

 

 

 え、えっと……? 

 

 

 突然の事に呆気に取られる太郎たちを他所に、「お願いします! どうか、その怪物のことを私に教えてくださいませ!」少女は……なんと、太郎に向かって膝をつくと、その場に両手を付いて深々と頭を下げたのである。

 

 

 有り体に言えば、土下座である。

 

 

 これには……太郎だけでなく、問い質していた妙齢女性をも驚かせた。「こ、こら、年頃の娘が……」思わずといった様子で、少女を起こそうとした……が、駄目。

 

 並んでみてそれがよく分かったが、この少女は身長も体格もある。男に混じって試験に臨んで突破しただけあって、妙齢女性よりも力があるようで……と、そこに加えて。

 

 

「──姉さん!」

 

 

 何時の間に、そこにいたのか。掛けられた声に振り返った太郎たちの視線の先には、肩で息を整えている着物姿の少女が立っていた。

 

 その背丈は、土下座をしている少女よりも頭一つ分小さい。

 

 というか、今の言葉が確かなら、この少女は妹……と、ぼろぼろと涙を零し始めたことに、ギョッと目を見開いた。

 

 

「姉さんに、何をしたの!」

 

 

 けれども、驚きはそこで終わらなかった。

 

 事態が上手く呑み込めない太郎たちを他所に、涙で濡れた目を吊り上げた少女は、「うわああ、姉さんを苛めるなあ!!」両手を振り上げて向かって来たのである。

 

 

 ──何故か、錆兎を背負っている太郎に向かって。

 

 

 これには、太郎もまいった。何故なら、両手が塞がっている。また、下手に逃げ回ると背負っている錆兎に負担が掛かる。つまり、逃げられない。

 

 だから、太郎は……甘んじて、受け止めるしかなかった。

 

 

「うわああん! 姉さんの仇ぃ!」

「お願いします、どうか、どうか教えてください!」

「あの、ちょっと、落ち着きなさい、二人とも!」

「そ、そうだ、落ち着け。まず、俺たちは何もして──くっ、き、傷が……!」

「錆兎、喋るな。(おそらく、この子はこの女の子の妹だろう。試験に生き残った姿を見て気が動転しているだけだ。俺は口下手だが、何とか頑張って落ち着かせる。だから、お前は安心して俺に任せろ)こいつは、すぐに黙らせる」

「いや、物騒だな、おい。というか、大して痛くは──おおう!?」

「えい! えい! えい!」

「あ、こら、そこはお止めなさい! 殿方のそこだけは駄目です! 優しく、触る時は優しくが鉄則です!」

「しのぶ! 貴女は下がっていなさい。私が、この人とお話をしているのですよ!」

「そ、そうじゃない。とにかく、まずはその娘を落ち着かせ──ぐっ、うう……」

「それ以上喚くな、(錆兎の傷に触るし、俺たちは何もしていない。幸いにも、その女の子も、俺たちと違って目立った負傷はないようだから安心しろ。とにかく、ここは俺に任せろ)すぐに終わらせてやる」

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………とりあえず、追及はうやむやになった。

 

 

 

 

 

 

 そうして、混乱と動揺を混ぜ、金玉を蹴り上げられて悶絶する太郎の姿によって作り出された混沌の一時を終えた後。

 

 

「──詳細は各育手に伝えます。兎にも角にも、育手たちに無事な顔を見せに行きなさい」

 

 

 という妙齢女性の号令の下、錆兎と義勇(騒動の中心となった姉妹も同様。ついでに、太郎も)は自らの育手の下へと帰ることとなった。

 

 ……育手とは、錆兎や義勇を始めとして、鬼殺隊のひよっ子……つまり、入隊希望の新人たちを育て上げる者たちの通称である。

 

 

 その実力は錆兎たち曰く、今の自分たちのはるか高みにいる存在、であるらしい。

 

 

 その育手だが、基本的に各育手同士の交流はそう多くはない。また、育手同士が一か所に集まって生活しているわけでもない。

 

 なので、各育手の元に戻れと言われれば、だいたいはバラバラに別れ、自らの育手の下へと向かって四方八方に……なるはずなのだが。

 

 

 ──太郎は……自らに襲い掛かって来た少女(妹の方)と全員の荷物を背負い、錆兎と義勇を育てた者の下へと帰路に着いていた。

 

 

 どうしてか、それは足元がふらついている二人が心配だからである。

 

 何せ、二人の話では、彼らを育てた育手……『鱗滝』という名前らしいが、その人物が住まう場所は、徒歩にて半日以上は掛かる山の中だ。

 

 普段の二人ならまだしも、こうまで疲弊し負傷した状態で帰らせるのは、どうにも落ち着かない。

 

 故に、太郎は乗りかかった船だと思って、二人を鱗滝なる人物の下まで送ることを決め、今の状況になったのであった。

 

 

 ……ちなみに、太郎に土下座した少女(つまり、姉の方)は、気恥ずかしそうに太郎たちの後に続いていた。

 

 

 さて、閑話休題。

 

 

 話を戻そう。この姉妹の素性だが、この二人は血の繋がった姉妹である。まあ、それは今朝方の騒動で分かった事だが……詳細は、だ。

 

 

 土下座した方……つまり、姉の名は胡蝶カナエ。

 

 太郎に襲い掛かって来た幼い方が、妹の胡蝶しのぶ。

 

 

 化粧こそしてはいないが、どちらも将来を(片方は、少女というよりは些か若すぎるが)十二分に期待させてくれる美少女である。

 

 驚くことに、妹のしのぶもまた、姉のカナエと同じく鬼殺隊を目指しており、育手の下で厳しい修行を重ねて……話を戻そう。

 

 

 さて、そんな美少女二人が、だ。どうして別れずに一緒に連れて行っている(あるいは、付いて来ている)のかといえば、だ。

 

 

 はっきりいえば、太郎が口にした『昆虫人間』に付いて尋ねたい事があり、出来るなら直接会いたいから……ということらしい。

 

 もちろん、太郎は断った。自分も恩人の事は何も知らない、たまたま遭遇して、後を追い掛けただけだ……と。

 

 

 けれども、彼女は……胡蝶カナエは納得しなかった。

 

 

 それでも、少しでも、『昆虫人間』について知っている事を教えてほしいと……驚いたことに、妹のしのぶまでもが口を揃え、頭を下げて来たのである。

 

 

 これには、太郎も困った。

 

 

 この姉妹がどうして『昆虫人間』……すなわち、仮面ライダーBlackを探しているのかは定かではないが、並々ならぬナニカをその瞳に宿しているのは、察せられた。

 

 だからこそ……太郎は困った。有り体にいえば、困惑したのだ。

 

 何せ、太郎には姉妹との面識がない。Blackとしての姿を一般人に見られた経験こそあるが、友好的に接して貰えた事は一度としてない。

 

 この姉妹のように、わざわざ土下座してまで尋ねてくるような関係性を持った相手など、一人としていない。

 

 

 故に、分からないのだ。どうして、この姉妹がそうまでして『昆虫人間』……すなわち、Blackに執着するのかを。

 

 

 そもそも、『昆虫人間』とは己の事だ。そして、現状……正体を知っているのは、前を歩く錆兎と義勇以外にはいない。

 

 いちおう、二人には口外しないよう固く約束させたが、こうまで強く押されれば……ポロッと零してしまっても何ら不思議な話ではない。

 

 

 ならば、強引にでも振り払ってしまえば良いのだろうが……相手は年若い異性だ。傍には、更に年若い妹までいる。

 

 

 そのうえ、彼女自身もまた疲労困憊といった様子であり、目を離した途端に倒れていそうで……無下にも、出来ない。

 

 そんなわけもあって、錆兎と義勇を送ろうとするのであれば、一緒に向かうと押し通され……今の状況になってしまったというのが、今までの経緯であった。

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………ちなみに、太郎が背負っているしのぶだが、今はぐったりと背中に身体を預けて寝息を立てている。

 

 

 最初は気恥ずかしさと申し訳なさも相まって、姉のカナエと同じく歩くことを固持していたが……意地を張るにしても、やはり年齢が年齢である。

 

 心配のあまり、育手の下から取る物も取らずにここまでたった一人で駆け付けた根性は驚嘆に値する。率直に、太郎は驚いた。

 

 

 だが、意地だけでどうにかなるモノでもない。

 

 

 おそらくは、カナエが試験に臨んでいた期間、ろくに寝られなかったのだろう。そんな状態で、子供の足でここまで休まずに来たのだ。

 

 脳裏に、最悪な光景を何度も想起させたに違いない。故に、無事な姿を見て、張っていた気が緩んでしまったのは想像するまでもない。というか、実際にそうなった。

 

 昼過ぎ辺りから意地で眠気を堪えてはいたが、道中、立ち寄った茶屋(お祝いがてら、太郎が奢った)で団子とお茶を胃袋に入れた後は……もう駄目。

 

 心身を苛んでいた不安は解消され、空腹を訴え続けていた胃袋が満たされ、されど、全身に圧し掛かっている疲労感は重々しく。

 

 

 そんな状態になれば、日中であろうとも強い眠気に襲われるのは、ある意味必然で。

 

 

 カナエの手前、気合で我慢はしているようではあったが……夕暮れ時になった頃にはもう、まともにまっすぐ歩けない有様になっていた。

 

 

「……申し訳ありません、しのぶがご迷惑をおかけしまして」

 

 

 背中から掛けられた声に振り返れば、西日を浴びたカナエの美しい顔が太郎を見上げていた。長く伸びる影法師が、彼女の動きに合わせて揺れていた。

 

 

「いや、気にしないでいい。君の無事が分かって、気が抜けたのだろう。こうして安心して寝てくれるのならば、俺の背中も捨てたものではない」

「……何ですか、それ」

 

 

 我ながら下手くそな切り返しだと太郎は思ったが、幸いにもカナエは心優しいようだ。ふふっ、と頬を緩めたその様は、年相応の愛らしさが見え隠れしていた……と、不意に。

 

 

「しのぶは、特にお父様を慕っておりました。よく、父に甘えておんぶを強請っておりました」

 

 

 寝息を立てているしのぶを見やりながら、ぽつりと零したその言葉には……隠しきれない悲しみが滲み出ていた。

 

 

「……ご両親は、もう?」

「死にました。いえ、殺されました……鬼の手によって」

 

 

 ──鬼に殺された。

 

 

 その声は、けして大きいモノではない。けれども、その言葉だけは不思議と場に響き、太郎の前を歩いている錆兎と義勇が、思わず身動ぎしたぐらいであった。

 

 

「……すまない、辛い事を思い出させてしまった」

 

 

 それは、カナエに対して……だけではない。事情は定かではないが、危険な『鬼』と戦おうとするのだ。少なからず、因縁があったとて何ら不思議ではない。

 

 当然、それはカナエだけでなく……錆兎と義勇もまた、同様で。

 

 それらの意味を込めて、太郎はこの場の全員に対して謝罪を述べた。

 

 するとカナエは「昔の事です、気にしないでください」そう言って微笑んでくれて……前を行く二人もまた、フッと気を緩めたのが太郎にも分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………危惧していた通りというべきか。太郎たちが鱗滝が住まう家に到着した頃にはもう、日は落ちて辺りは真っ暗になっていた。

 

 

 月明かりがあるとはいえ、夜目を利かせているとはいえ、足元はほとんど見えない。加えて、太郎(背負われているしのぶも)を除いて、誰もが足元がふらついている。

 

 そこまで傾斜があるわけでもないのだが、それでも負傷し疲弊した今の錆兎たちにとっては辛いモノだ。

 

 けれども、それでも、錆兎たちは笑顔であった。いや、正確には、錆兎と義勇の二人が笑顔であるのだが……まあ、それはいい。

 

 牛歩のように時間を掛けて到着した太郎たちの前に姿を見せたのは、年期の入った山小屋(と呼ぶには、けっこう大きいのだが)であった。

 

 所々修繕が成された屋根や外壁を見る限り、人が住んでいるのは明白で。のそのそと、息を荒げながらも扉の前に立った二人は。

 

 

「──鱗滝さん、只今戻りました!」

 

 

 そう、中にいるであろう人物に声を張り上げた。

 

 

 直後──がたん、と。

 

 

 扉の向こうで、物音がした。それはまるで、驚愕のあまり机を蹴飛ばしてしまったかのような物音であった。

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………沈黙が、5秒続いた。

 

 

 

 それから、ごそごそ、と。扉の向こうで足音と気配が近づいてくる。それを感じ取った二人は、居住まいを正して並び立ち……がらりと、扉が開かれた。

 

 

(……天狗の、お面?)

 

 

 中から姿を見せたのは、天狗の面を被る白髪混じりの男であった。

 

 おそらく、その男こそが鱗滝なのだろう。その証拠に、錆兎と義勇は何ら驚いた様子を見せることなく、鱗滝さんと名を呼んだ──と、思ったら。

 

 無言のままに……鱗滝と呼ばれた男は、錆兎と義勇の両名を抱き寄せた。

 

 ギョッと、二人が面食らったのが太郎には分かった。傍のカナエも同様なのか、困ったように小首を傾げ──が、しかし。

 

 

「──よくぞ、生きて帰ってくれた」

 

 

 その困惑も、絞り出すように零された言葉と……面の隙間から零れ落ちる涙を見て、解消されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──くつくつ、と。

 

 

 

 囲炉裏の火に掛けられた鍋からは、煮え立つ音と共に味噌の良い匂いが立ち昇っている。その周りを囲うように、太郎たちが腰を下ろしていた。

 

 それは、試験が終わって戻ってくる錆兎と義勇の二人の為に、鱗滝が予め用意してくれていたものだ。

 

 味噌をベースにした出汁には、イノシシの肉や豆腐や山菜などの具がこれでもかと入っており、傍に置かれたザルには追加の具材が並べられていた。

 

 火に掛けられ、幾しばらく。後もう少しで火が通って完成……という段階だが、囲炉裏の周囲は静まり返っている。鱗滝と太郎を除けば、全員の視線が鍋に注がれていた。

 

 血走る……というのは言い過ぎだが、食い入るように見つめているのは男女問わずに共通している。鱗滝の許可が出るのを今か今かと待ち望んでいるのが、これでもかと伝わって来た。

 

 

「──よし、出来た。椀を貸しなさい」

 

 

 そうして、少しの間を置いて。箸で火の通りを確認していた鱗滝が手を差し出した──瞬間。一斉に差し出された椀の中に、「こ、こら、はしたない!」しのぶの椀を見たカナエは慌てて妹の手を下がらせようとした。

 

 

「子供が遠慮をするな」

 

 

 だが、それよりも前にしのぶの椀を掠め取った鱗滝が、手早く椀によそった。「──ありがとう! いただきます!」満面の笑みで受け取ったしのぶを前に、ふふっ、と面の下で笑った鱗滝は……次いで、カナエへと手を差し出した。

 

 

「え、あ、あの、私は最後で……」

「早くしなさい。君が渡さねば、彼らが待ちぼうけになる」

 

 

 遠慮しようとしたカナエであったが、相手が悪かった。引き合いに出された錆兎たちの視線を受け、渋々といった様子で、カナエは鱗滝に己の椀を差し出した──途端。

 

 

 ──ぐううう、と。

 

 

 その瞬間、まるで図ったかのように腹の虫が怒鳴り声をあげた。自然と、彼らの視線が……囲炉裏の火よりも真っ赤に頬を染めたカナエへと向けられた。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………何とも言えない沈黙の最中、鱗滝よりよそってもらった椀をカナエは受け取る。

 

 

 途端、素直になれと言わんばかりに再び鳴った腹の虫に、耐え切れなくなったカナエは俯いた──「……くっ、くく、ぶふふ……!」直後、バッと勢いよく顔をあげたカナエは、そっぽを向いている錆兎を睨みつけた。

 

 

「──これ、喧嘩は止めなさい」

 

 

 けれども、それ以上にはならなかった。そうなる前に、鱗滝が止めたからだ。

 

 さすがに、カナエも晩飯を御馳走になっている手前、怒るに怒れない。また、面倒を見て貰っている錆兎も同様で。義勇は、とりあえず早く自分の番が来てくれと考えていて。

 

 そうして、順番に椀へとよそられた後。「──いただきます!」全員が手を合わせ、湯気を立てている椀に箸を伸ばし……それからは、大人二人を除いて誰一人、声を発することはなかった。

 

 

 何故なら、誰も彼もが一心不乱に脇目も振らずに……まあ、無理もない。

 

 

 成人して久しい太郎とは違い、錆兎たちは育ち盛りだ。どんどん食べるし、食べて当然なのだ。たとえ、骨にヒビが入っているなどの負傷があったとしても、だ。

 

 その程度で、育ち盛りの食欲がどうにかなるわけもなく、そこに、男女の区別や遠慮などあるわけもない。加えて、極限状態を耐え抜いた子供たちは、とても飢えていた。

 

 それ故に、自制心など早々に消え去ってしまい……しばしの間、鱗滝は忙しなく給仕係に徹し、太郎は一部の野菜を密かに除けようとするしのぶに注意しつつ、見守っていた。

 

 

 ……そんなこんなで、鍋一杯の晩飯も空にし、夜も更けて。

 

 

 やはり、錆兎と義勇は相当に疲労を溜めていたようで、腹が膨れて小一時間と経たないうちに強烈な眠気に襲われていた。

 

 当然、我慢など出来るはずもなく、そもそも我慢などするわけもなく。

 

 押入れより引っ張り出した布団の中へとぎゅうぎゅうに身を押し込め……直後に寝息を立て始めてしまった。

 

 普段は1人一つの布団で寝るのだが、今宵は胡蝶姉妹がいる。晩飯こそ大目に用意することは出来たが、さすがに布団までは用意していなかった。

 

 なので、今日の所は男二人が肩を寄せ合って寝ることになったのだが……まあ、今の二人は多少狭苦しくなろうが泥のように眠るので、誰からも文句が出る事はなかった。

 

 もちろん、胡蝶姉妹もまた同様である。ただ、こちらは『昆虫人間』について太郎に尋ねたい事があると話していたから、その分だけ意識を保っていた……が。

 

 それでも……せいぜい辛うじて眠っていないという程度の話であって。夕方頃からひと眠りしていたとはいえ、しのぶは、抗うことを思う前に敗北し、布団の中でくうくうと寝息を立てていた。

 

 そして、錆兎と義勇が眠気ににあっさり降伏したように、カナエもまた同様に強烈な眠気に襲われていて。こっくり、こっくり、もはや何時倒れ込むように寝入ってもおかしくは……あ、寝た。

 

 

 ──かくん、と。

 

 

 頭ごと前のめりになるカナエの身体を寸前で抱き留めた太郎は、そのまま姿勢を変えて仰向けにしてやる。すうすうと寝息を立てている彼女に苦笑しつつ、しのぶが寝ている布団の中へと押し込んでやる。

 

 

 ……そうして、起きているのは、だ。

 

 

 ぼんやりとした様子で囲炉裏の火を眺めている鱗滝と、囲炉裏を挟んで対面に腰を下ろした太郎だけであった。

 

 

 

 

 

 

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