勇者がログインしました ~異世界に転生したら、周りからNPCだと勘違いされてしまうお話~   作:ぐうたら怪人Z

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【2】(挿絵有り)

 さて、その日の夜。

 

「あー、いかん。飲み過ぎた」

 

 薄暗い照明に照らされた酒場の中、アスヴェルは一人で酒を呷っていた。他に客はいない。それどころか、店長のサイゴウすら帰って(<ログアウト>して)いる。

 この店の一室で寝泊まりしている関係もあり、最後に戸締りをしっかり行うことを条件に閉店後もホールを利用させて貰った次第だ。今置いてある分なら、食料や飲料も好きに扱っていいとのこと。この至れり尽くせり具合、まったくサイゴウには頭が上がらない。

 勿論、後で十分な対価を支払うつもりではあるが、現在はその厚意に甘えさせて貰っている最中であった。

 

「それにしたって――らしくない」

 

 基本、酒は嗜む程度なのだが、今日は無性に飲みたい気分だったのだ。勇者にだってそんな時はある。この酒場のお酒がやたらと美味いことにも、多少影響したかもしれない。どうしてこの大陸には美味しいものばかりあるのだろう?

 

「……しかし、そろそろ終わりにするか」

 

 誰にともなく独りごちる。自分で考えている以上に酔っているのかもしれない。まあ、独り言を聞く人はいないのだから、気にする必要もないのだろうが。

 と、そんな時。

 

 

「ごめんください」

 

 

 入り口の開く音と共に、そんな声が聞こえてくる。振り返るとそこには一人の少女が――訂正、一人の美少女(・・・)が立っていた。

 年の頃はミナトと同じくらいか。やや切れ長の目、筋の通った鼻、小さく薄い唇と、その顔は一つ一つを見ても美しい。艶のある長い黒髪をハーフアップに整え、一見して上等と分かるドレスを纏った姿は、良家のお嬢様といった印象だ。

 

(随分と場違いなようにも?)

 

 だからこそ、アスヴェルは違和感を持った。貴人の娘にも見える少女が、こんな夜中にこんな場所へ何の用事があるというのか。

 そんな疑念を持ちつつも、他に人もいないことだし一先ず話しかけることにする。なるべく優しい声で。

 

「こんばんは、お嬢さん。もう大分夜も更けているけれど、何の用だろう?」

 

「こ、こんばんは。その、飲み物を頂きに、来たのですけれど」

 

 なんと、普通に酒場へのお客だった。しかし今、肝心の店長が居ない。

 

「あいにくともう店は閉まっているんだ。また日を改めて貰えると有難い」

 

「え、えーと……どうしても、今夜飲みたいんです。あの、ダメでしょうか……?」

 

 上目遣いにこちらを伺ってくる少女。とても愛くるしい仕草だ。しかし“酒場で一杯飲みたい”という彼女の要望は、その容姿から来るイメージにとことん反している――が、アスヴェルはそこでピンときた。

 

(さては、一夜限りの火遊びか?)

 

 箱入り娘が好奇心で危険な世界に飛び入る――なんてよく聞く話だ。その結果が大抵不幸になることも含めて。

 この少女も似たようなものなのではなかろうか。事実、どこかおどおどとした態度からは緊張も読み取れる。

 

(どうしたものか)

 

 追い返すのは簡単である。しかし――

 

(それで素直に家へ帰ってくれるのだろうか?)

 

 ――そこが問題だ。ここが無理なら別の店へ、と少女が考えるかもしれない。そしてそこが安全な(・・・)店である保証は無いのだ。さらに言うなら、

 

(……余り、夜中歩くのに適しているとはいえない格好だ)

 

 よくよく見れば、少女の着ているロングドレスは煽情的であった。胸元はかなり開いており、魅惑の谷間が観察できてしまう(ミナト程ではないが、なかなかに発達の宜しいお嬢様だ)。加えてスカートには長いスリットが入っていて、チラチラと太ももが顔を覗かせている。こんな格好で不埒な輩と出会ってしまったら――トラウマものの体験をしてしまうこと必須である。幸い、戸棚にはまだ飲み物のストックがあることだし――

 

(――ならば、ここで少し相手をしてあげる方がこの子のためなのでは?)

 

 アスヴェルには決してやましい気持ちは無い。本当にやましい気持ちは無い。無いったら無い。大事なことなので3回宣言した。

 これは純粋に少女を心配してこその選択であり、紳士たる己の自制心を信頼しているが故の行為。彼女とナニかがあるかもだなんて微塵も考えていない。

 

(そこまで否定を繰り返したら却って怪しまれそうだがそれはともかく! 軽く付き合って、このお嬢さんの好奇心を適度に満たしてやることにしよう、うん)

 

 なお、ここまでの思考をアスヴェルは3秒で終わらせている。少女とのコミュニケーションに不具合を生じさせないための高速思考。これも気遣いなのだ。

 

「仕方ない。そこまで言うなら、適当にドリンクを用意しよう。適当に席へ座っていてくれ」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 態々深くお辞儀をする少女。実に礼儀正しい。やはりいいところのお嬢様なのは間違いなさそうだ。

 

「言っておくが、私は素人だから凝ったものは出せないぞ?」

 

「では、ミルクで」

 

「……うん?」

 

 初手でその注文をするなら、何故酒場に来たのだ少女よ。

 

 

 

 ――ドリンク準備中――

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 それから少々して。

 少女がぎこちない手つきで牛乳を飲み干した(なんと一気飲みしていた)ところでアスヴェルは頃合いを見計らい、

 

「そういえば、君の名前は?」

 

 そのすぐ横に腰かけ話しかける。別に他意は無い。単に呼び方を聞いただけだ。横に座ったのも、店内に2人しかいないこの状況で下手に距離を置いたら、そちらの方が居心地悪かろうという判断である。本当本当。

 そんな内面の弁解を知る由も無く、少女は特に何の躊躇をすることもなく質問に答えてくれた。

 

「はい、わたしはハルと――」

 

「ハル?」

 

 一瞬、ふくよかな体格の青年を思い浮かべる。

 

「――い、いえ! ハルカです! ハルカとお呼び下さい!」

 

「そうか、ハルカか」

 

 随分と慌てた様子だが、まあ初対面の男性を前にすれば多かれ少なかれ緊張はするものだろう。その程度を気にする程、器は小さくない。

 

「ああ、こちらの自己紹介がまだだったな。順序が逆になってしまったが、私はアスヴェルという」

 

「それは、その、存じています。勇者、なんですよね?」

 

「なんだ、知っていたのか」

 

 昼間の女性達といい、自分の存在は思いのほか有名になっているようだ。これも勇者の宿命か。

 

「一度、お会いしてみたいと思っていたのです」

 

「私と? それは光栄だな――ひょっとして、この店にはそれが目的で?」

 

「はい」

 

 ハルカは首を縦に振った。

 

「そこまでして会いに来てくれたのは嬉しいが、もし次があるなら明るい内に来てくれ。この街は治安が良いようだが、君のような子が夜歩きしては親御さんも心配することだろう」

 

「そんなことはありえません」

 

「え?」

 

 妙にしっかり否定してきたので、聞き返してしまった。

 

「あ――そ、その、気を付けます。次からは、昼間お訪ねするように」

 

 アスヴェルの態度を気にしてか、ハルカはすぐに訂正する。その反応でピンと来てしまった。

 

(……これは、問題ありな家庭と見た!)

 

 親の気遣いをすぐさま否定するなど――ましてや、これだけすれていない(・・・・・・)少女が、である――健全な家族であれば早々有り得ないことだ。

 

(明日にでも彼女の家を訪問して、状況を把握する必要がある)

 

 問題を見つければすぐ解決のために行動する。即断即決の男、アスヴェルである。家庭内の問題に他人は手を出さない方が良い、という意見もあるが、それはあくまで対象が一般人の場合。勇者たるアスヴェルには当て嵌まらない。

 となれば、今はハルカと話し、彼女の抱える問題を少しでも掴んでおかなければ。しかしこれ位の歳の女の子へ露骨に探りを入れるのも如何なものか。

 

「ところでハルカ、君は私に会いに来たと言ったが、何か聞きたい話でもあるのかな?」

 

 という訳で、なるべく無難な流れで会話を再開することにする。

 

「聞きたいこと、ですか?」

 

「そう。態々ここまで来てくれたんだ、尋ねたいことの一つや二つあるんだろう。なに、気兼ねすることは無い、明かしてみなさい」

 

「…………えーと」

 

「えーと?」

 

「…………うーん」

 

「うーん?」

 

 え、無いの?――と思わず口にしそうになったところで、

 

「……勇者の冒険譚、とか聞いてみたいです」

 

「……そうか。冒険譚か」

 

 なんだか無理やり話題を捻りだしたように見えたのは気のせいだろうか。

 

「しかし冒険譚といってもどこから話せばいいものやら。自慢する訳でも無いのだが私はこれまで冒険し続けの人生だったからな。いや自慢ではないのだけれど」

 

「どうして繰り返しました? 

 ……それでは、最初の冒険を教えて頂けませんか」

 

「最初の冒険、か――」

 

 ふっと遠い目をする。はてさて、自分が初めて行った“冒険”とはなんだっただろう。数秒思索にふけると、アスヴェルはゆっくり口を開く。

 

「あれはそう、私がまだ十二位のときだったかな。その頃に身を寄せていた町からほど近い山で化け物が出現したという報せがあったんだ。私は居ても経っても居られず、その討伐に向かった――」

 

「何かの事件に巻き込まれたのではなく、自分から立ち向かったんですね。流石アスヴェルさんです。そこから勇者としての戦いが始まった、と」

 

「ああ、それが私のやった最初の竜退治(・・・)だ」

 

「いきなりドラゴン!? 早すぎません!? よく勝てましたね!?」

 

「そりゃ私は勇者だからな、そこらのトカゲもどきに負けるわけが無い」

 

「そんな無茶苦茶な……あの、ゴブリンとかスライムとか、そういう魔物とは戦ってこなかったんですか?」

 

「ああ、そういうのと戦ったこともあるな。しかし君が聞いたのは“冒険”についてだろう? 勝つことが確定しているような魔物との戦いを冒険とは呼称しない」

 

「す、凄い自信ですね……」

 

 少女は若干引いている(・・・・・)ような気がする。何故か。

 

(しかし、一度思い出し始めると浮かんでくるものだな……)

 

 正直なところ、負けるつもりは毛の先程も無かったとはいえ、苦労しなかった訳では無い。竜の生態や行動傾向を入念に調べ、それを基に徹底的な対策を練った。さらにその対策を実行するに足る装備を丹念に整え――結果として、初戦は危なげなく勝利を掴むことができたのだ。一歩誤れば、つまるところ事前準備を少しでも怠っていたならば、殺されたのは自分の方だったかもしれない。

 ここ数年思い出したことも無い記憶が蘇ってきたのは、美味い酒のせいか、或いは真摯に話を聞いてくる少女のおかげか。

 

「――――」

 

 ホールに、男女の声が響く。といって、少女は自分に相槌を打つだけなのだが……興が乗って、ついつい色々と話し込んでしまった。

 

「――その戦いを皮切りに、多くの冒険をこなしてきた。洞窟を拠点とする竜の退治や、大森林を飛び回る竜の退治、火山に巣食う竜の退治に、海の底に潜む竜の退治――」、

 

「あのー、一ついいですか?」

 

 それまで聞き役に徹してきたハルカが軽く手を挙げあがら質問してきた。

 

「魔王はどうなったんでしょう?」

 

「魔王?」

 

「いえその、アスヴェルさんは勇者なのですし、やっぱり魔王と戦っていたのですよね? なんだか、ドラゴンのお話ばかりで肝心の魔王のことが全然触れられていないのですが――」

 

「む、魔王の話も聞きたかったのか。魔王となら戦っていたぞ。そりゃもう出会ってから毎日のように」

 

「毎日!?」

 

「私が動く以上、魔王(ヤツ)とて動かざるを得ないからな」

 

「そ、そこまで言い切りますか。やはり凄い方なんですね、アスヴェルさんは……」

 

「はっはっは、勿論だ」

 

 戦々恐々といった様子のハルカだ。まあ、最強の勇者たるアスヴェルの武勇伝を聞かされてはそうなってしまうのも無理は無い。呆れられたのではない筈だ。

 そんな雰囲気で、和気藹々と談笑していると、

 

「……大分、話し込んでしまいましたね」

 

 少女が呟いた。

 確かにもういい時間だ。街灯のあるこの(ベイリア)ですら、外を歩く人はほとんど見かけない。

 

「流石にそろそろ帰らないとまずい時刻だな。ハルカ、君の家はどの辺りだ? この時間に女性の一人歩きは危ないからな、送っていこう」

 

 純粋な気遣いと、彼女の自宅のチェックを兼ねた提案である。別段、下心は無い。先述した通り、少女が抱えているだろう家庭問題を解決するための第一歩なのだ。

 しかしハルカは首を横に振り、

 

「こんな時間に帰宅するのは難しいので――その、ここに泊めて貰えないでしょうか?」

 

 爆弾発言をした。

 容姿端麗なご令嬢が、部屋は違うとはいえ一つ屋根の下で男と2人きりで寝泊まり――

 

(本当に箱入りのお嬢様なんだな。ここに居るのが私でなければ大変な目に遭っていたぞ?)

 

 ――それこそ2度と親に会えなくなったりとか、まあ悲惨な目に遭遇してしまう算段が高い。当然アスヴェルはそんなことしないけれども。

 

(それはそれとして、無理やりにでも帰すべきなのかもしれないが――ここまで付き合ったのなら乗りかかった船か)

 

 放り出してしまってはそちらの方が無責任であろう。それにあの店長(サイゴウ)がもしここに居たとしても、このような少女を邪険に扱うことはすまい。青年はそう結論し、

 

「分かった。部屋を案内しよう。ただ、繰り返すが私はこの店の客、もっと言えば居候に過ぎない。そこのところは忘れないでくれ」

 

「はい、心得ました」

 

 ハルカは感謝の意を示すようににっこりと笑いながらお辞儀をする。そんな彼女の手を取って、アスヴェルは空き部屋へと案内するのだった。

 ――何度も言うけれども邪念は無い。無いったら無い。

 

 

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