勇者がログインしました ~異世界に転生したら、周りからNPCだと勘違いされてしまうお話~   作:ぐうたら怪人Z

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【2】

 草木茂る森の中、その少女は駆けていた。

 

「ハァッ――ハァッ――くそがっ!」

 

 したくはないが、思わず口汚い愚痴が零れてしまう。だが自分が置かれた立場を考えれば、これ位許されるだろう。お釣りが来るぐらいだ。

 誰だって、自分の命が奪われようとすれば悪態の一つや二つ、つくだろう。しかも少女の場合、偶発的な事故によるものではなく、人の悪意(・・)によって殺されようとしているのだ。無論、自分に落ち度など何もない。

 

「へ、平気かい、ミナトちゃん!?」

 

 すぐ後ろから声がかけられた。中年の男性によるものだ。彼もまたミナトと同じ立場の人間だった。

 

「おっさんこそ、もうへばってんじゃねぇか! こっちの心配する位なら、自分の心配しろよ!」

 

「ご、ごめんね」

 

 申し訳なさそうな声色。走っている最中だというのに律儀に頭を下げてくる。出会って間も無いが、それだけで彼が気の弱い人間であることは十分理解できた。

 この男性が如何なる人物であるか、ミナトは知らない。何せ、この“ゲーム”内で初めて顔を会わせた相手なのだから。

 

 ――“ゲーム”。

 そう、“ゲーム”だ。

 長ったらしい正式名称があった筈だが、忘れた。覚えたくもない。

 東京の人口を維持するため、定期的に行われる殺人遊戯(・・・・)。国家維持法なる狂った法律で定められた、糞のような“遊び”。ランダムで――と政府は発表している――選ばれた人達が処理される前に(・・・・・・・)、才能ある人の命を助ける救済策として位置づけられている。

 

(これのどこが救済だっ!?)

 

 しかしてその実態は、参加者へ達成不可能な(・・・・・・)目標を課し、彼らが藻掻き足掻く姿を見て楽しむという、一部の特権階級向けの娯楽(・・)である。一応、一般人にも“ゲーム”の内容は公開されているが――そちらの方は、“汚い部分”を可能な限り削ぎ落として編集し、国家のために散った人々をお涙頂戴な形で紹介する『茶番劇』となっている。

 

(死ね!! 死んじまえ!!)

 

 この“ゲーム”を定めた政府も。それに便乗し群がってくる蠅共も。

 

(全員、くたばっちまえ!!)

 

 怒りで人を殺せるなら、今のミナトは間違いなく殺人者になれる。それ程までに彼女の心はぐつぐつと煮えたぎっていた。

 

「い、今、どれくらい時間経ったかな……?」

 

 そんな少女へ、中年男性が恐る恐る話しかけてきた。この男もミナト同様“ゲーム”参加者の一人であり、偶々近くに居たため行動を共にしている。能力値(ステータス)を見る限り戦力としては期待できない人物だが……それでも、誰かと一緒にいるだけで多少は不安を紛らわせることができた。

 

「さぁ――2時間くらいは経ってると思うけど」

 

「じゃ、じゃあ、あと3時間……? こ、これ、いけるんじゃ、ないかな……?」

 

 走りながら喋っているせいか、たどたどしい口調の男性。だが、その表情にはかすかに希望が見え隠れしている。

 

(とてもそうは思えないけど)

 

 声に出して否定するのは憚られたため、胸の中でそう零した。

 

 今回参加者達へ言い渡された“ゲーム”の目標は、単純明快に“生き残ること(・・・・・・)”だった。5時間の間、この“フィールド”内で生き抜くことができれば、目標達成……晴れて自由の身となる。

 勿論、そう簡単な話ではない。フィールドには強力な魔物が彷徨しており――

 

「う、うわって、出たっ!?」

 

「この――<ピアッシング・ショット>!」

 

 横合いから突如飛び出てきた猿型の魔物――アームドエイプというモンスターだ――に銃弾を叩きつける。しかし一発で倒せるような相手では無く、

 

「<ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>っ!!」

 

 敵の攻撃をかわしながら、幾度もスキルを連発する。合計4発当てたところで、ようやく魔物は動かなくなった。

 

「……ふぅ。よし、行くぞ!」

 

「う、うん」

 

 男を促し、再び走り始める。

 斯様に唐突に、遭遇(エンカウント)が発生するのだ。魔物達はプレイヤーを狙って動くよう設定されているらしく、一所に留まっているとひっきりなしに襲撃される。故に、ミナト達は移動し続けている訳だ。襲われなくなることは無いが、頻度は大分マシになる。

 

(まあでも、コイツらはまだいいんだよ)

 

 出現する魔物は強力であるものの、ミナトの腕なら十分対処可能だ。彼女ほどのプレイヤースキルを持っていなくとも、レベルが100を超えているプレイヤーであれば勝てない相手ではない。草木などの障害物が多いフィールドなので、隠れてやり過ごすことだって可能だろう。逆に障害物を利用されて不意打ちされることもあるため、当然油断は禁物だが。

 

(問題は――“ジャッジ”)

 

 “ゲーム”には、“ジャッジ”と呼ばれる特殊なNPCが配置される。例外なく異常な強さ(レベル)を誇るキャラクターだ。こいつらは、もうどうしようもない。出会ってしまったらおしまいだ。

 

(ご丁寧に能力値(ステータス)を明かしてきやがって……!)

 

 “ジャッジ”の能力値は事前に開示されている。参加者への助言(アドバイス)という形だったが、とんでもない。

 

(オレ達を絶望させるためだろうが!!)

 

 レベルは1000(・・・・)。現在のDivine Cradleで最高レベルはプレイヤーでもまだ200に達していないにも関わらず、だ。当然、能力値も恐ろしい数値が並んでおり、ミナトと比較して10倍以上(・・・・・)の差があった。ここまでくると、こちらの攻撃は一切効果が出ないと考えた方がいい。デバフをかけようにも確実に抵抗(レジスト)される。

 

(そんなのを、4人も……!)

 

 今回の“ゲーム”では、“ジャッジ”が4人配備されている。つまり、5時間の間このNPCから逃げ続けなくてはならないのが、この“ゲーム”の趣旨なのだ。

 それがどれ程の困難を伴うのかは、空を見上げれば(・・・・・・・)分かる。

 

「あっ!? ま、まただ」

 

 後ろを走る男が小さく悲鳴を上げた。彼の視線の先、即ち、このフィールドの“空”にはある“文字”が浮かんでいた。

 

 

 ――スズフキ・タカシがログアウトしました――

 

 

 誰かが一人、<ログアウト>したことを示す言葉。参加者が減る(・・)と、それを知らせる仕組みなのだ。

 そしてこの“ゲーム”における<ログアウト>とは、そのプレイヤーが死んだ(・・・)ことを意味する。Divine Cradleにおけるキャラクターの死とは根本的に異なる、正真正銘、人としての死。人生の終わり。

 それが、こんな簡潔な一文で表現されてしまう。

 

 

 ――タナカ・シュンサクがログアウトしました――

 

 

 告知が連続で行われる。魔物に殺されたのか“ジャッジ”に殺されたのかは分からないが、またしても犠牲者が出てしまった。

 

「またぁ!? そんなっ、早いよぉっ!?」

 

 男が嘆く一方で、ミナトにはそんな余裕無い。

 

(これで――何人殺されたっ!?)

 

 参加者の人数を正確に把握しては居ないが、50人程度は居た筈だ。果たして、現在どれだけ残っているのか。確認できた限りでは、30回程(・・・・)<ログアウト>は発生した筈だが――

 

(参加者が減れば減る程、“ジャッジ”のターゲットも少なくなる……)

 

 つまり、自分達が狙われやすくなる、ということだ。

 

「……う、ぐっ」

 

 より一層、死へのプレッシャーが強まる。気を緩めたら吐いてしまいそうだ。

 

「だ、大丈夫、かい? 少し、休んだ方が――」

 

 そんなミナトを見かねてか、男がそんな提案をしてくるも、

 

「バカか! そんなことしたら見つかっちまうぞ!?」

 

「で、でも――」

 

「いいから足止めんなっ!!」

 

 休めば、魔物が襲ってくる。魔物と戦闘をすれば“ジャッジ”に見つかりやすくなる上、魔物との挟撃の形になれば逃げることはほぼ不可能。移動を続けた方が、僅かではあるものの生存率じゃ高くなる、とミナトは見積もった。

 

(あと、3時間っ! 絶対逃げ切ってやる! 生きて帰るんだっ!!)

 

 脳裏に浮かぶは、クランの面々。ハル、サイゴウ、そして――アスヴェル。

 

(いやなんでこのタイミングでNPC(アイツ)の顔まで浮かぶんだよっ!!)

 

 慌てて頭を振る。

 

(追い詰められているせいだ!! なにもかも全部運営が悪い!!)

 

 そういうことにしておいた。

 

 ――だがしかし。

 現実とはいつも非情なもの。少女の願いは叶わない。

 

「……み、ミナトちゃん」

 

「? おい、足止めるなって言って――」

 

「あ、あれ」

 

 震える指で、中年男がある方向を指し示す。そこには、この場にそぐわぬスーツ姿(・・・・)の男性が一人、恐ろしく無表情な顔で立っていた。ソレが何であるか、一目で理解する。

 

「……“ジャッジ”」

 

 とうとう、遭遇してしまった。最悪なことに、向こうもこちらに気付いている。無機質な視線が、ミナトを貫いた。

 

「おっさん、逃げるぞ……」

 

 簡単には逃がしてくれないだろうが、やるしかない。戦うなんて論外だ。周囲に魔物は居ないので、逃走に専念することはできる。

 

「ここでお別れだ。2人で、別々の方向に逃げればどっちかは――」

 

「――ミナトちゃん」

 

 台詞は途中で遮られた。こんな時に何を言い出すのかと、訝し気に男性参加者を見ると――

 

「僕、これでも結婚しててね。妻との間に、娘が一人できたんだ。まあ、大して顔も見れないまま離れ離れになっちゃったんだけど」

 

 ――どうしたことか。彼は穏やかな(・・・・)表情をしていた。“ジャッジ”を前にして、これまでの情けなさを微塵も感じさせない。

 

「生きていれば多分、君くらいの年齢になる」

 

 その目は、ミナトを暖かく見つめていた。その目は、覚悟の決まった(・・・・・・・)瞳だった。

 

「頼む――生き残ってくれ」

 

 その一言と共に、中年男は“ジャッジ”に向かって走り出した。

 

「待っ――!?」

 

 止める暇など無く。男は腰に携えた剣を抜き、果敢に攻撃を仕掛ける。

 

「<マイティ・バッシュ>ッ!!」

 

 振り下ろす刃が、“ジャッジ”を捉えた――が。

 

「っ!!」

 

 男が絶句する。“ジャッジ”は攻撃を避けなかった。避けられなかったのではなく、避ける必要が無かった。

 剣は相手の肩口に当たり、そのまま止まっている(・・・・・・)。肌を切るどころか、スーツの生地をほつれされることすらできていない。渾身の力を込めてもそこから微動だに動かない。“ジャッジ”の表情は変わらず、無論、ダメージも皆無だ。

 

「こ、この――っ」

 

 スキルを連続で行使し、2度、3度と刃を振るうも全て無駄。頭を狙おうと足を狙おうと、何の痛痒も与えられない。この間、“ジャッジ”は棒立ちしているだけ。男を脅威として認識していない。

 

「う、く、この、この――!!」

 

 それでもめげず再度一撃を繰り出そうとした時、“ジャッジ”が動いた。無造作に男の腕を掴むと――

 

「ぎゃぁあああああああああああっ!!!?」

 

 ――絶叫が轟く。腕がもぎ取られた(・・・・・・)。人の身体を、玩具のように壊したのだ。

 鮮血が噴き出る。腕を無くした男性はその場に倒れ込み、痛みに転げまわった。当然だ、この“ゲーム”での痛覚は現実と同じ(・・・・・)に設定されているのだから。辺りの地面はみるみると血に染まっていく。

 

「おっさん――!!」

 

「来るなぁっ!!! 逃げろぉっ!!!」

 

 無駄だと理解した上で、それでも助けに駆けつけようとしたミナトを、男の絶叫が押し留めた。激痛に襲われているというのに、それでも彼はミナトを気遣っている。

 

「そんな――」

 

 そこでハタと、ミナトは気付く。自分は、あの男の名前すら知らない。聞きそびれてしまった。

 名前すら知らない人が、自分のために命を懸けている。その事実にミナトの精神は大きく揺さぶられた。

 

 しかし称賛されてしかるべき男の行動も、“ジャッジ”相手には何の意味も無く。

 

「――――」

 

 奴は無言のまま男性の首を掴み、そのまま吊り上る。

 

「あ、が、ぐぇえええええ――」

 

 苦悶の声。ギリギリと首を絞められる。

 “ジャッジ”の筋力(Str)があれば一瞬で男の息の根を止める事もできる筈なのに、そうしない。

 

(い、いたぶってんのか、あの野郎!?)

 

 ただ殺すだけではつまらない(・・・・・)というのか。ただ命を散らすだけでは足りない(・・・・)というのか。

 どこまで――どこまで、自分達は軽んじられるのか!!

 

「<ピアッシング・ショット>ッ!!」

 

 感情に任せて銃弾を撃ち込む。だが装甲無視効果を持つ筈の弾が当たっても、“ジャッジ”には何の変化も生じなかった。ミナトの方を振り向きすらしない。まずは男性(・・・・・)、ということなのか。どうしようもない無力感が、ミナトに降りかかる。意図せず、涙が目から溢れた。

 

「アスヴェルぅっ!!」

 

 堪らず、少女は叫ぶ。

 

「オマエ、勇者だろうっ!? 勇者だったら、早く助けに来いよぉっ!! あの人を助けてよぉっ!!」

 

 意味がないことは分かっている。しかし叫ばずにはいらなかった。いや、叫ぶことしか、もうミナトにはできなかったのだ。

 その嘆きはただただ虚しく響き――

 

 

極大雷呪文(フォルトニトゥル)

 

 

 ――雷が一条、飛来した。

 

「え?」

 

 思わず零れる声。

 雷は過たず“ジャッジ”に直撃し、その身体を弾き飛ばした(・・・・・・)。それまで何をしても無駄だった怪物が、大地に倒れ込む。

 

「げほっ、げほっ、な、何が――!?」

 

 衝撃で手が離れ、中年男性も解放された。だがそちらを気遣うのを後回しに、ミナトはその“魔法”を唱えた相手を凝視する。

 

 

「――待たせたな」

 

 

 腹立たしい程にふてぶてしい声。

 どうしようもなく懐かしい顔。

 

 空には、“彼”の出現に対応し、ある一文が表示されていた。

 

 

 

 ――勇者がログインしました――

 

 

 

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