勇者がログインしました ~異世界に転生したら、周りからNPCだと勘違いされてしまうお話~ 作:ぐうたら怪人Z
草木茂る森の中、その少女は駆けていた。
「ハァッ――ハァッ――くそがっ!」
したくはないが、思わず口汚い愚痴が零れてしまう。だが自分が置かれた立場を考えれば、これ位許されるだろう。お釣りが来るぐらいだ。
誰だって、自分の命が奪われようとすれば悪態の一つや二つ、つくだろう。しかも少女の場合、偶発的な事故によるものではなく、人の
「へ、平気かい、ミナトちゃん!?」
すぐ後ろから声がかけられた。中年の男性によるものだ。彼もまたミナトと同じ立場の人間だった。
「おっさんこそ、もうへばってんじゃねぇか! こっちの心配する位なら、自分の心配しろよ!」
「ご、ごめんね」
申し訳なさそうな声色。走っている最中だというのに律儀に頭を下げてくる。出会って間も無いが、それだけで彼が気の弱い人間であることは十分理解できた。
この男性が如何なる人物であるか、ミナトは知らない。何せ、この“ゲーム”内で初めて顔を会わせた相手なのだから。
――“ゲーム”。
そう、“ゲーム”だ。
長ったらしい正式名称があった筈だが、忘れた。覚えたくもない。
東京の人口を維持するため、定期的に行われる
(これのどこが救済だっ!?)
しかしてその実態は、参加者へ
(死ね!! 死んじまえ!!)
この“ゲーム”を定めた政府も。それに便乗し群がってくる蠅共も。
(全員、くたばっちまえ!!)
怒りで人を殺せるなら、今のミナトは間違いなく殺人者になれる。それ程までに彼女の心はぐつぐつと煮えたぎっていた。
「い、今、どれくらい時間経ったかな……?」
そんな少女へ、中年男性が恐る恐る話しかけてきた。この男もミナト同様“ゲーム”参加者の一人であり、偶々近くに居たため行動を共にしている。
「さぁ――2時間くらいは経ってると思うけど」
「じゃ、じゃあ、あと3時間……? こ、これ、いけるんじゃ、ないかな……?」
走りながら喋っているせいか、たどたどしい口調の男性。だが、その表情にはかすかに希望が見え隠れしている。
(とてもそうは思えないけど)
声に出して否定するのは憚られたため、胸の中でそう零した。
今回参加者達へ言い渡された“ゲーム”の目標は、単純明快に“
勿論、そう簡単な話ではない。フィールドには強力な魔物が彷徨しており――
「う、うわって、出たっ!?」
「この――<ピアッシング・ショット>!」
横合いから突如飛び出てきた猿型の魔物――アームドエイプというモンスターだ――に銃弾を叩きつける。しかし一発で倒せるような相手では無く、
「<ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>っ!!」
敵の攻撃をかわしながら、幾度もスキルを連発する。合計4発当てたところで、ようやく魔物は動かなくなった。
「……ふぅ。よし、行くぞ!」
「う、うん」
男を促し、再び走り始める。
斯様に唐突に、
(まあでも、コイツらはまだいいんだよ)
出現する魔物は強力であるものの、ミナトの腕なら十分対処可能だ。彼女ほどのプレイヤースキルを持っていなくとも、レベルが100を超えているプレイヤーであれば勝てない相手ではない。草木などの障害物が多いフィールドなので、隠れてやり過ごすことだって可能だろう。逆に障害物を利用されて不意打ちされることもあるため、当然油断は禁物だが。
(問題は――“ジャッジ”)
“ゲーム”には、“ジャッジ”と呼ばれる特殊なNPCが配置される。例外なく異常な
(ご丁寧に
“ジャッジ”の能力値は事前に開示されている。参加者への
(オレ達を絶望させるためだろうが!!)
レベルは
(そんなのを、4人も……!)
今回の“ゲーム”では、“ジャッジ”が4人配備されている。つまり、5時間の間このNPCから逃げ続けなくてはならないのが、この“ゲーム”の趣旨なのだ。
それがどれ程の困難を伴うのかは、
「あっ!? ま、まただ」
後ろを走る男が小さく悲鳴を上げた。彼の視線の先、即ち、このフィールドの“空”にはある“文字”が浮かんでいた。
――スズフキ・タカシがログアウトしました――
誰かが一人、<ログアウト>したことを示す言葉。参加者が
そしてこの“ゲーム”における<ログアウト>とは、そのプレイヤーが
それが、こんな簡潔な一文で表現されてしまう。
――タナカ・シュンサクがログアウトしました――
告知が連続で行われる。魔物に殺されたのか“ジャッジ”に殺されたのかは分からないが、またしても犠牲者が出てしまった。
「またぁ!? そんなっ、早いよぉっ!?」
男が嘆く一方で、ミナトにはそんな余裕無い。
(これで――何人殺されたっ!?)
参加者の人数を正確に把握しては居ないが、50人程度は居た筈だ。果たして、現在どれだけ残っているのか。確認できた限りでは、
(参加者が減れば減る程、“ジャッジ”のターゲットも少なくなる……)
つまり、自分達が狙われやすくなる、ということだ。
「……う、ぐっ」
より一層、死へのプレッシャーが強まる。気を緩めたら吐いてしまいそうだ。
「だ、大丈夫、かい? 少し、休んだ方が――」
そんなミナトを見かねてか、男がそんな提案をしてくるも、
「バカか! そんなことしたら見つかっちまうぞ!?」
「で、でも――」
「いいから足止めんなっ!!」
休めば、魔物が襲ってくる。魔物と戦闘をすれば“ジャッジ”に見つかりやすくなる上、魔物との挟撃の形になれば逃げることはほぼ不可能。移動を続けた方が、僅かではあるものの生存率じゃ高くなる、とミナトは見積もった。
(あと、3時間っ! 絶対逃げ切ってやる! 生きて帰るんだっ!!)
脳裏に浮かぶは、クランの面々。ハル、サイゴウ、そして――アスヴェル。
(いやなんでこのタイミングで
慌てて頭を振る。
(追い詰められているせいだ!! なにもかも全部運営が悪い!!)
そういうことにしておいた。
――だがしかし。
現実とはいつも非情なもの。少女の願いは叶わない。
「……み、ミナトちゃん」
「? おい、足止めるなって言って――」
「あ、あれ」
震える指で、中年男がある方向を指し示す。そこには、この場にそぐわぬ
「……“ジャッジ”」
とうとう、遭遇してしまった。最悪なことに、向こうもこちらに気付いている。無機質な視線が、ミナトを貫いた。
「おっさん、逃げるぞ……」
簡単には逃がしてくれないだろうが、やるしかない。戦うなんて論外だ。周囲に魔物は居ないので、逃走に専念することはできる。
「ここでお別れだ。2人で、別々の方向に逃げればどっちかは――」
「――ミナトちゃん」
台詞は途中で遮られた。こんな時に何を言い出すのかと、訝し気に男性参加者を見ると――
「僕、これでも結婚しててね。妻との間に、娘が一人できたんだ。まあ、大して顔も見れないまま離れ離れになっちゃったんだけど」
――どうしたことか。彼は
「生きていれば多分、君くらいの年齢になる」
その目は、ミナトを暖かく見つめていた。その目は、
「頼む――生き残ってくれ」
その一言と共に、中年男は“ジャッジ”に向かって走り出した。
「待っ――!?」
止める暇など無く。男は腰に携えた剣を抜き、果敢に攻撃を仕掛ける。
「<マイティ・バッシュ>ッ!!」
振り下ろす刃が、“ジャッジ”を捉えた――が。
「っ!!」
男が絶句する。“ジャッジ”は攻撃を避けなかった。避けられなかったのではなく、避ける必要が無かった。
剣は相手の肩口に当たり、そのまま
「こ、この――っ」
スキルを連続で行使し、2度、3度と刃を振るうも全て無駄。頭を狙おうと足を狙おうと、何の痛痒も与えられない。この間、“ジャッジ”は棒立ちしているだけ。男を脅威として認識していない。
「う、く、この、この――!!」
それでもめげず再度一撃を繰り出そうとした時、“ジャッジ”が動いた。無造作に男の腕を掴むと――
「ぎゃぁあああああああああああっ!!!?」
――絶叫が轟く。腕が
鮮血が噴き出る。腕を無くした男性はその場に倒れ込み、痛みに転げまわった。当然だ、この“ゲーム”での痛覚は
「おっさん――!!」
「来るなぁっ!!! 逃げろぉっ!!!」
無駄だと理解した上で、それでも助けに駆けつけようとしたミナトを、男の絶叫が押し留めた。激痛に襲われているというのに、それでも彼はミナトを気遣っている。
「そんな――」
そこでハタと、ミナトは気付く。自分は、あの男の名前すら知らない。聞きそびれてしまった。
名前すら知らない人が、自分のために命を懸けている。その事実にミナトの精神は大きく揺さぶられた。
しかし称賛されてしかるべき男の行動も、“ジャッジ”相手には何の意味も無く。
「――――」
奴は無言のまま男性の首を掴み、そのまま吊り上る。
「あ、が、ぐぇえええええ――」
苦悶の声。ギリギリと首を絞められる。
“ジャッジ”の
(い、いたぶってんのか、あの野郎!?)
ただ殺すだけでは
どこまで――どこまで、自分達は軽んじられるのか!!
「<ピアッシング・ショット>ッ!!」
感情に任せて銃弾を撃ち込む。だが装甲無視効果を持つ筈の弾が当たっても、“ジャッジ”には何の変化も生じなかった。ミナトの方を振り向きすらしない。
「アスヴェルぅっ!!」
堪らず、少女は叫ぶ。
「オマエ、勇者だろうっ!? 勇者だったら、早く助けに来いよぉっ!! あの人を助けてよぉっ!!」
意味がないことは分かっている。しかし叫ばずにはいらなかった。いや、叫ぶことしか、もうミナトにはできなかったのだ。
その嘆きはただただ虚しく響き――
「
――雷が一条、飛来した。
「え?」
思わず零れる声。
雷は過たず“ジャッジ”に直撃し、その身体を
「げほっ、げほっ、な、何が――!?」
衝撃で手が離れ、中年男性も解放された。だがそちらを気遣うのを後回しに、ミナトはその“魔法”を唱えた相手を凝視する。
「――待たせたな」
腹立たしい程にふてぶてしい声。
どうしようもなく懐かしい顔。
空には、“彼”の出現に対応し、ある一文が表示されていた。
――勇者がログインしました――