勇者がログインしました ~異世界に転生したら、周りからNPCだと勘違いされてしまうお話~   作:ぐうたら怪人Z

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【3】対神初戦

「思うんだけど」

 

 涼しげな声が耳に届く。

 

「貴方、遠距離攻撃が得意な癖に、やたらと接近戦を好むわよね?」

 

 “オーバーロード”だ。アスヴェルの拳は彼女に届いていない。女の人差し指にそっと触れている(・・・・・・・・)だけだ。どれだけ力を込めようと、腕はピクリとも前へ進まない。そのか細い腕に似合わぬ異常な膂力。

 つまるところ、勇者が繰り出した会心の一撃が、指一本で止められたという結果だ。

 

「――ふっ!」

 

 その事実を確認するや、アスヴェルはすぐさま身を翻し――左足を軸に回転すると、その勢いのまま蹴りを仕掛ける。

 

「ふぅん――身体に磁装(マグネットコーティング)を施して、稼働効率と反応速度を上げてるわけ」

 

 空振り。

 脚の過ぎ去った場所には、既に女の姿は無い。

 瞬時に後方へ移動していたのだ。

 すぐさま追撃――

 

「ま、“竜”相手なら十分有効な魔術なんでしょうけど、(われわれ)相手へ使うにしては随分とお粗末じゃない?」

 

 手刀。

 足刀。

 貫手。

 鉤手。

 正拳。

 

 直蹴り。

 踵落とし。

 あびせ蹴り。

 脛蹴り。

 回し蹴り。

 

 一挙一動が大気を切り裂く神速の技。

 それらを上段、中段、下段と振り分け、併せて37手を数秒の間に繰り出し――その全てが不発となった。

 悉くを回避されたのだ。

 

「どう? この華麗な動き♪ 見惚れちゃわない?」

 

 軽口が飛んでくるが、言うだけある。彼女はアスヴェルの一撃を必要最小限の動きで避けているのだ。ミリメートル単位の、正しく紙一重で避けてくる様は、優雅さすら感じられる。

 

(こっちからすれば、かわされているという感覚でも無いが)

 

 胸中で愚痴る。

 攻撃を放った瞬間、既に相手はその場所に居ない(・・・・・・・・)のである。手と足が、ただひたすらに空を切ってしまう。“オーバーロード”はすぐ眼前へ居るというのに、まるで届く気がしない。独りで演武でもしているような気分になる。

 

(おそらく。こちらの行動を高精度で予測し、完璧な回避をとっているのだろう)

 

 戦いを仕掛けて早々にこのような状況へ陥れられた。こちらの全力が悠々と対処されている。いや、遊ばれている(・・・・・・)と表現した方が正確か。

 一見して打開策の無い局面でアスヴェルは――

 

(思った通り。やはりこの女、素人(・・)だ)

 

 ――顔には出さず、ほくそ笑んでいた(・・・・・・・・)

 先程までの会話の最中、その細かい所作からも感じられていたことでもある。

 

 確かに“オーバーロード”の動きは洗練されている。美しい所作だ。だがそれは“美術品”としての美麗さに近い。

 足運びに始まる重心の移動や、四肢の動作連動が戦闘者のソレではない。

 

(計算で導かれた最適解にただ従っているだけ(・・・・・・・・・)。これまでに“戦い”と呼べる行為を行ったことがあるかどうかすら怪しいな)

 

 そう結論付けた。

 ならば、手はある――というより、アスヴェルは最初からソレを前提として動いていた。熟練の戦士には通じないが、戦闘未経験者には効果的な一手。

 もったいぶった言い方をしてしまったが、要するに“フェイント”である。

 

「なぁに? まだ続けるの? 自分の身の程、理解できてないのかしら?」

 

 訝しむ声を尻目に、アスヴェルは再度“オーバーロード”に向けて接近戦を挑む。“仕上げ”を実行するために。

 

 ……戦いの初めから、攻撃の中にある一定のパターンを紛れ込ませていた。ある“Aという行動”を起こした後は、必ず“Bという行動”をとるようにしていたのである。簡単に例えるなら“大きく打ち込んだ直後、バックステップする”という動作であったり、或いは“上段を狙った後に足元へ攻撃を移す”という動作だ。

 これまでの無為とも言える突貫は、このパターンを相手の無意識に刻み付ける(・・・・・・・・・)作業だったのである。

 

(そのパターンを――崩す)

 

「あら?」

 

 綺麗に。

 ものの見事に。

 “オーバーロード”は引っ掛かった。

 

 それは刹那の逡巡である。

 僅かな戸惑いに過ぎない。

 だがそれでも、“一つ当てる”だけならば、十分な隙。

 

(二度目は無い。分かっている。一度見せた以上、次は必ず対策される)

 

 きっと“オーバーロード”はそういう存在だ。

 だからこそ、一撃で決める。

 

 

悪夢(ユメ)(ウタ)う、死を記録(シル)す、終焉(オワリ)を捧げる』

 

 

 紡がれるは呪詞(のりと)。構築するは必討の魔術(・・・・・)

 

「磁式・終淵――!」

 

 発動と同時に右の掌へ“黒色の欠片”が生じる。アスヴェルは一切の躊躇なく、その“欠片”を“オーバーロード”の身体へと埋め込んだ(・・・・・)

 

「――あ」

 

 小さな吐息が、女から漏れる。

 次の瞬間、“オーバーロード”の身体が分解を始めた。体表からテクスチャーが剥がれ落ち、徐々にその全身が掻き消えていく。

 

「これは――情報破壊(クラッキング)

 

 壊れていく四肢を見つめながら、そんな言葉を“オーバーロード”が紡ぐ。

 正に御名答。あの“欠片”は情報の塊(コマンド)だ。対象の情報(データ)侵入し(ハック)、それを改竄する(クラック)――今回の場合は消去(デリート)、だが。強いて言うなら、この仮想空間においてのみ作用する“即死魔術”。“ゲーム”の際、運営に対して使ったものと同種の代物である。

 

「――――」

 

 そして音も無く、何の抵抗も無いまま。

 余りにあっさりと、“オーバーロード”は姿を消した。

 

「やった――訳が無いか」

 

 一息つく間すら無く。

 

 

「もっちろん♪」

 

 

 目の前に、再度“オーバーロード”が現れた。先程までと変わらぬ笑みを携えて。

 女はゆったりとした動作でこちらへ手をかざしてくると、

 

「えい、デコピン!」

 

 言葉の通り、中指を弾いてくる。デコピンとか言ってるわりに、額にはまるで届いていなかったりする、が。

 

「おぉおおおおおっ!!?」

 

 衝撃(・・)で吹き飛ばされた。強引に床へ足を突き立てるも、巻き起こる突風は地面そのものを捲り上げる。故に体勢を立て直せず、アスヴェルの身体は地を跳ね無様に転がり続け――“神殿”の壁にぶつかり、ようやく止まった。

 

「ぐ、はっ!?」

 

 背中を強打して肺が息を漏れる。身体のあちこちにも裂傷が走っている。“ゲーム的”言えば、一瞬でHPの大半を削られた、といったところか。

 すぐ立ち上がり反撃を――とも行かず。

 

「ぬぐっ!」

 

 首を掴まれ強引に立ち上がらせられた。華奢腕に見合わぬ剛力。首に食い込んだ指を剥がそうとしても、微動だにしない。

 

「――大したものね」

 

 やっていることとは裏腹に、女は優し気な声で語りかけてくる。

 

「ああ、分かってると思うけど、あんなチャチな(・・・・)情報操作のこと言ってるんじゃないわよ? 褒めてるのは、(われわれ)に攻撃を当てることができた事実に対して。流石、(格上)と戦い続けてきただけあって、大物食い(ジャイアントキリング)はお手の物ってわけね。全く意味が無かった(・・・・・・・・・)とはいえ、その戦闘センスには目の見張るものがあったわ」

 

 言っている最中にも、彼女の指は容赦なくアスヴェルの首を絞めつける。気を抜くと意識を持って行かれそうだ。

 

「というか、最初からそれが目的だったのかしら? “ここ”での死は“3次元世界”での死に繋がらないことは、貴方だって十分理解してるんだもの」

 

 首を傾げ、目を細めながら独り言を続ける。

 

「怒ったフリ(・・)をして、(われわれ)に自分の有能さをアピールしたかったとか? だとしたらその目論見は成功よ。ええ、(われわれ)は今、貴方のことを先程よりも強く意識しているわ。少し――ほんの少しだけど、このまま握りつぶしてやりたい(・・・・・・・・・・)という欲求が湧いています」

 

 随分と好き勝手な妄言を垂れてくれたものだ。

 

「本当ならこのまま帰るつもりだったのだけれど。これだけのことをしてくれたのだから、ご褒美をあげなきゃね――情報操作(クラッキング)の見本、見せてあげるわ」

 

 その台詞と共に、彼女の手から“何か”が流れ込んできた。先程アスヴェルが使った魔術と同種のモノ。いや、それよりも遥か高度に組上げられた“情報”。ソレが、己の内側(データ)を侵食してくる。

 

「――――!!?」

 

 身体から力が抜けた。

 筋肉が萎んでいく。

 全身が衰えていく。

 自分がこれまで積み上げてきたものが、消え失せていく(・・・・・・・)のを感じる。

 

「……なに、を」

 

 掠れる声を絞りだす。幸い、相手の耳には届いたようで、

 

「貴方をLv1に戻したの(・・・・・・・・)。感謝しなさい。(われわれ)にここまで面倒看て貰えるなんて、早々無いことなのよ?」

 

 首を掴んでいた手が離れる。足に力が入らず、そのまま倒れ込んだ。

 

「せっかくだし、その状態で“Divine Cradle”を愉しんでみたら? ふふ、最初から“強くてスタート”したら、ゲームの醍醐味は味わえないもの」

 

 倒れたまま動けないアスヴェルを嘲笑うように微笑みを浮かべ、

 

「じゃ、この辺りで失礼するわ。次は“三次元世界(あっち)”で会えると良いわね?」

 

 一方的に告げると、“オーバーロード”は忽然と姿を消した。程なくして風景も変貌を遂げ――気付けば、元居た場所に戻っていた。

 視界の端にはこちらへ駆けて来る2人――ミナトと魔王が見える。彼等が無事であることを確認し、アスヴェルは脱力して手足を投げ出す。

 

「……なかなかしんどいことになりそうだ」

 

 こうして(オーバーロード)との初戦は、勇者の敗北という形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ご息女の容態は如何ですか?」

 

「今のところ健康体そのものだ。当面の間は大丈夫だろうが――“オーバーロード”の言った通り、期限は1ヶ月だね」

 

「医療用資材が必要なのでしたら搬入させますが」

 

「結構だよ。この時期にそちらが派手な動きをするのは流石に避けたい。それにどのみち、この1ヶ月で決着をつけるつもりだったんだ。計画に支障はないとも」

 

「ですが――魔王、貴方の切り札(勇者)は“オーバーロード”に敗北を喫したではないですか。本当に彼を信じても良いのでしょうか?」

 

「それも問題ない。あれは負けるべくして負けただけだ」

 

「つまり、敗北を前提として勝負に挑んだと?」

 

「そうさ。その証拠に、負けた後もアスヴェルはしっかりと生きている。ここで自分が殺されることは無いと見切っていたんだ」

 

「……理解しかねます。ただ短絡的に危険な橋を渡っただけようにも思えますよ。生きていたとはいえ、彼は大きな弱体化(ペナルティ)を課されました。いったい何のために彼は戦ったのです?」

 

「それは勿論――そうすることが必要だったからだろう」

 

「要領を得ない物言いですね」

 

「互いに示し合わせた訳でも無いのでね。ある程度推察はできるけれど――“オーバーロード”はその気になれば僕達の会話を傍聴することもできる」

 

「不便なものです」

 

「全くだよ。まあ、いちいち僕達の話を盗み聞く程、あちらは僕達に興味を持っていないだろうけど」

 

「そこに突破口がある、ということですか。分かりました。

 元より貴方とは一蓮托生の身。貴方の信じる勇者を疑うような真似はよしましょう」

 

「ありがとう。では、陛下には引き続き蜂起のための根回しを続けて欲しい」

 

「承りました。そちらはどうなさいます?」

 

「当初の予定通り――と言いたいところだが、まずは勇者の“レベリング”を優先しないとだね」

 

 

 

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