勇者がログインしました ~異世界に転生したら、周りからNPCだと勘違いされてしまうお話~   作:ぐうたら怪人Z

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【3】魔王堕つ

 

 

かくて、紆余曲折を経てチュートリアルダンジョンなる場所へ潜った一行であった。

岩肌むき出しの壁に四方覆われた道を、たいまつ片手に(・・・・・・・)進んでいく。この場所では全員がLv1になってしまうため、魔法――ゲームの定義的にはスキルと呼称した方がいいか――で明かりを調達することもできない。前の世界ですら、ここまでレトロな形式でダンジョンに潜ったことはほとんど無かった。そんな中で――

 

「……一つ、聞きたいことがある」

 

――アスヴェルにはどうしても気になることがあった。

 

「ハル、君のその格好、もう少しどうにかならなかったのか?」

 

「へ? 私ですか?」

 

「うん」

 

寧ろ、突っ込まれないとでも思っていたのか。

彼女は今、かつて“恰幅のいい青年”を演じていた時と同様のフルプレートを着ていた。青年の時ならばまだしも(お腹のでっぱりはちょっとアレだったが)、華奢な少女であるハルが着ていると違和感がバリバリに浮き出ていた。何より、鎧の重量に負けて動きが非常にぎこちない。一歩進むごとにふらつく有様だ。

ミナトも同じことを考えていたようで、

 

「ていうかソレ、絶対重量オーバーしてるんじゃ? ハル、オマエここだとLvが1に戻るの忘れてただろ」

 

「わ、忘れてません! 初期Lvでの重量制限でギリギリ装備可能な一番良い鎧がこれだったんです! い、一応、これでもちゃんと戦闘行動はとれるんですよ……」

 

「戦闘はできるかもしれないけど、敵の攻撃避けらんないんじゃないか」

 

「回避は捨てました。今のLv帯で戦うモンスターなら、期待値的に(・・・・・)この鎧の装甲値を突破できない計算です。極端に確率が(・・・・・・)偏らなければ(・・・・・・)、戦闘では傷さえ負いません」

 

「気をつけろハル。その発言、すげぇ“フラグ”っぽいぞ」

 

アスヴェルも全くもって同感である。

 

先述した通り、このダンジョンではミナトやハルもLv1。それに合わせて職業もミナトが<スカウト(斥候)>、ハルが<僧侶>に変更している。

そのため、彼女達もアスヴェル同様に<ステータス>が大幅に低下しており、その影響で装備の変更を余儀なくされた。取得している職業や能力値で使用できる武器や防具が変更するとのことだ。

例えばミナトは<銃士>の職業では無くなったので(ある程度高Lvにならないと就けない職業らしい)、装備が銃から弓に変わっている。ただ、防具もちょこちょこ入れ替えたようだが、露出度の高さはいつも通りである(←ここ大事)。

 

ハルも同じように低Lv化に合わせて装備を新調したのだが、正直、身の丈に合っていないように思える。そもそも僧侶をここまで重装甲化していいものなのか。

とはいえ、仮にも“Divine Cradle”を熟知したハルの判断だ、ゲームについては初心者同然のアスヴェルがアレコレ文句を付けるのも如何なものだろう。

とまあ、ちょっとした悩みを抱え込んでいたそんなところへ。

 

 

「待っていたよ、君達!」

 

 

自分達に向かってかけられる声が一つ。何者なのかを誰何(すいか)する必要は無かった。聞きなじんだ声だ。

 

テトラ(・・・)。なんでお前がここにいる?」

 

予想通り、銀色の髪をした男が目の前に現れたのを見て、アスヴェルは声をかけた。

 

「なんでとはご挨拶だな。僕も君のチュートリアルの手助けをしようと思っただけのことさ。それにこういうのは4人パーティーが基本だしね」

 

「いや仕事しろよ。私はゲーム(なか)に引きこもってるから仔細分からんが、国に宣戦布告したのだからやらねばならない事は山盛りだろう」

 

「す、少しは息抜きしたっていいじゃないか!」

 

仮にも“魔王”が休みを欲してしまう程度には、現実(そと)は大変な状況らしい。

そんな彼に不満を漏らす声がもう一つ。

 

「えー? なんだよ、親父も来んの?」

 

「なんだい湊音(みなと)。まさか君まで僕にもっと仕事しろとか世知辛いことを言うんじゃないだろうね? そんな酷い子に育てた覚えはないぞ」

 

「いやそういうことじゃないんだけどさ、親父って――ま、いっか」

 

あからさまにサボっている父親へ、娘的に何か一言あるようだったが、飲み込んだ様子。

こちら側の最後の一人であるハルは、魔王の同行について異論はないとのことだったため、

 

「仕方ない。パーティーの一員として認めてやろう」

 

「何故そこまで上から目線で宣言されなければならないのか理解できないが、まあ、ありがとう」

 

律儀に頭を下げるテトラ。アスヴェルとの力関係がよく分かるやり取りだ。

 

 

――魔王が仲間になった!(チャラリラリーン♪)――

 

 

「なんだ今の音!?」

 

「ゲームのお約束というヤツだよ」

 

「むう、お約束なら仕方ないか」

 

空気は読める男、アスヴェルである。いや、たぶんテトラが仕組んだ仕掛けなのだろうけれども。変なことやってる暇があるなら仕事を(以下略)

 

「さて、では早速役に立ってやろうじゃないか」

 

「んん?」

 

ドヤっとした顔で宣言してくる魔王。

 

「この先にはゴブリンが配置されている。Lv1になった君の初戦闘という訳だ。僕がその先陣を切ってあげよう」

 

「なんでそんなことが分かる――と、そういえばこのダンジョンはお前が設定したんだったか」

 

製作者が手助けしてしまっては、そもそもこのダンジョンの意義が無くなるのではないか、との疑念もあったが口には出さない。適度に手は抜いてくれるだろう、向こうの目的はストレス発散にあるようだし。口には余り出さないが、アスヴェルとてテトラのことは信用しているのだ。

 

「ちなみに、ただのゴブリンじゃないぞ。姿形はラグセレス大陸の小鬼と変わらないが、彼等とは違いこっちは知能がコミュニケーション不可能なレベルに低い。その上、どう育とうと邪悪な存在にしかならないという設定がある」

 

「……その設定いる?」

 

「凄く大切なことだよ。下手に知性が高いと厄介なんだ」

 

「あー、そうか。多少なりとも知性があると、冒険に不慣れなパーティーだと遅れをとることもあるか」

 

ゴブリンを甘く見過ぎて返り討ちに、とはよく聞く話だ――“教訓として”、だが。実際にゴブリン程度に敗北した冒険者をアスヴェルは見たことが無い。皆無である、とまでは言い切れないが。

しかし、“Divine Cradle”はあくまでゲーム。命を懸けていない分、敵を過小評価してしまうこともあるのだろう。ましてや、ゴブリンは最下級の魔物に位置付けられているようだし、遊び感覚で(・・・・・)戦いに臨んでしまう可能性は十分ある。

先程の設定も、そういう“初心者”に配慮したものなのだろう――

 

「いや、知性ある生物を殺すとは何事だと、愛護団体が煩いんだ」

 

「なにそれ」

 

――違った。

 

「生き物の権利とかに厳しいんだよ、こっちの世界は。まあ、初心者がそう会うことは無い上級モンスターに関してはその限りじゃないけれど、ゴブリンは“Divine Cradle”のプレイヤーならだれもが目にするっていうのが悪かったのかねぇ。やれ虐待だ、やれ権利侵害だと騒ぎ立てる輩が出てきたんだ」

 

「そんなものか……」

 

この世界の社会情勢は思っていたより複雑怪奇なのかもしれない。

 

「あと、どう転んでも邪悪な生き物という設定にしておかないと、説得したりペットにしようとしたりするプレイヤーが続出したりね」

 

「なんとも面倒だな。敵対する相手はさっさと潰すに限る。敵は死ぬまで敵のままなんだぞ」

 

「その考えも如何なものかと思うけど」

 

遊び(ゲーム)”であるがゆえに、そんな選択肢もできてしまうということだろう。

なんやかんやと無駄話をしながら歩いていると――この声で魔物に気付かれやしないかと心配だったのだが、そういうことは無いように設定しているらしい――通路の先に少し開けた空間があることに気付く。ここから中をしっかり確認することはできないが、ゴブリンらしき小柄な人影がチラチラを見えていた。

 

「あそこがゴブリンの配置場所だね」

 

「せめてゴブリンの巣とか言っとけよ」

 

ここがゲームであることを既に理解はしているが、流石にテトラの発言は風情が無さすぎる。

 

「ふふ、こうしていると昔を思い出すよ。僕が前に立ち、君が後ろから援護。このコンビネーションで幾多の敵を倒してきたものだ。何もかも皆懐かしい」

 

「“極光”が当たってもワンチャン生き残れる人材はかなり限られていたからなぁ。あと遠い目をしてるところ悪いが、私にとっては結構最近のことだぞ」

 

「僕にとっては20年ぶりなんだから、少しくらい浸らせてくれよ」

 

「あと前衛としてならアルヴァとかエルシアの方が優秀……」

 

「そういう反則(チート)どころと比べないで貰えるかな!? 僕は正当な魔王なんだ!」

 

正当でない魔王とはいったいなんなんだ。

 

「――さて、名残惜しいが昔話はまた今度といこう。まずは、向こうにいるゴブリンを片付けなければ」

 

気を取り直したテトラが話題を変えてきた。確かに、そろそろ目の前の課題を解決しなければ。

 

「そうだな。まずは相手の数と部屋の広さや地形の把握か。ミナトは<スカウト(斥候)>だからその辺りは得意の筈だな? 悪いがまず先行して貰って――」

 

「なに、ゴブリン相手にそう作戦を練ることも無い」

 

「――え?」

 

自信たっぷりという様子でテトラがずずいっと前に出ていく。

 

「おいテトラ、ちょっと待て」

 

慌てて呼び止めるも、

 

「おやおやアスヴェル、僕の剣裁きをお忘れかな?」 

 

「え?」

 

まるで分かっていない(・・・・・・・)顔に、絶句。

 

「ならば思い出させてあげないといけないな。そこで見ているがいい。そしてもう一度記憶に焼き付けるんだ、竜鱗すら切り裂く、この魔王の一太刀を!」

 

「おい!?」

 

こちらの言うことなど一切合切無視だ。

剣を振り上げた魔王は、そのままゴブリンの群れへと突貫していき――

 

「ぎゃぁあああああああっすっ!!?」

 

――案の定、袋叩きにあった。

 

「そりゃこうなるだろ、Lv1なんだから……」

 

多勢に無勢の理想的な形である。

一応、魔王も手は出しているのだが、Lv1な彼では一撃でゴブリンに致命傷を与えるとまではいかず。結局、数で押し切られている。

 

「くそっ、この、ゴブリン風情が! 何故だ、何故倒れない!?」

 

それは彼がLv1だからだ。

 

「あー、やっぱりか」

 

「“やっぱり”?」

 

そんなテトラ()の姿を見て、隣のミナト()がぼそっと呟く。

 

「親父、忙しいからってこれまでほとんど“Divine Cradle”プレイしてなかったんだよ」

 

「……道理で」

 

チュートリアルが必要だったのは魔王の方だったというオチ。まあ、前々から力で押し通る戦法を好む男ではあったが。

そして向こうではそろそろ戦闘が終了する模様だ。

 

「ば、馬鹿な!! このテトラが!! このテトラがぁあああああっ!!!」

 

「あ、断末魔はなんだか魔王っぽいですね」

 

彼の最期には、ハルからそんな言葉が贈られた。

 

 

 

 

 

 

なお、倒れた魔王は洞窟の入り口付近に転送されていた。

とりあえず、“このダンジョンで死亡はしない”ことだけはしっかりと立証してくれたのであった。

 

 

 


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