『旧題』 バイオハザード~インクリボンがゴミと化した世界~   作:エネボル

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04 『教会』 神の家に集う

 ステンドグラスから差し込む光に反射して、室内の埃がキラキラと幻想的に輝いている。それは美しくもあるが、同時に終末を示唆するような寂寥感を感じさせた。

 外の喧騒とは裏腹に、生存者達が逃げ込んだ『神の家(教会)』の礼拝堂には静謐な空気が満ちていた。逃げ込んだ者達が皆、一様に険しい表情を浮かべて祈る様に口を閉ざしていたからだ。

 しかし唯一、その空間にパチパチという作業の音が在る。

 自宅から持ち出したナップザックに詰めた予備の銃弾。それを取り出して使い切った(から)のマガジンに再装填する作業の音だ。

 

「………………」

 

 それは《祈る》という行いに含まれるある種の“観念”に対しての、ジョー・ナガトなりの抗戦の意志表示にも聞こえた。

 

「ねぇ、さっきの脱出の当てがあるって言ってたけど、その話は信じていいのよね?」

 

 その時、そうしたジョーの作業を遠巻きに見つめていた一人の女性生存者が、意を決して尋ねた。

 その声に反応してジョーは視線を上げると、そこには先ほどの逃避行で少女の手を引きながら集団の先頭を駆けていたブロンド髪の女性が立っていた。

 先の印象が強く、ジョーは無意識にもその年齢を“世間の母親くらい”だと勝手に見積っていた。しかしよく見るとジョーより2,3程度年上の女子大学生だ。

 

「――――あぁ、一応。俺が受けた電話ではそう聞いてる」

 

 そんな内心を隠しつつ、ジョーは作業を続けながら、そう短く答えた。

 

「一応、だぁ?」

 

 すると、そのやり取りを脇で聞いたらしい肥満気味の男が、そこで絡むような口調で声を荒げた。――――見れば、男のジャケットには『ラクーンテレビ』の腕章がついている。

 

「おい、お前。まさか適当な事を言って引っ張ってきたんじゃないだろうな?」

「よしなさいよ、マックス。ったく、大人気ない……」

「なんだよ、テリ、俺は別に――――」

 

 “マックス”と呼ばれた肥満気味の男を諌めるような声を上げたのは、その傍らに立っていた“テリ”と呼ばれた細身の女性だ。

 よく見るとそのテリの顔にジョーは見覚えがあった。

 ラクーンテレビの天気予報のキャスター“テリ・モラレス”だ。

 ジョーはその意外な有名人の存在に、秘かに瞠目をした。

 

「ほら、見なさい」

「――――ぁん?」

 

 その際、テリはマックスに対して示すように、その場で最も年若い少女の事を顎で指した。

 

「………………」

 

 俯き、不安そうに立つそのブロンド髪の少女の年齢だが、恐らく高めに見積もってもジュニアハイに届くか、否か――。

 

「――――そう言えば、貴方の名前はなんて言うの? 私は“オリヴィア・パーセル”」

 

 と、そこで先ほどジョーに声をかけた生存者“オリヴィア”が、(くだん)の少女にそう声をかけた。

 ジョーの記憶だとオリヴィアこそが先の逃避行で少女の手を引いていた筈――、しかし実は、まだ彼女たちは互いの名前すら知らなかった。

 

「シェリー・バーキン……」

 

 すると少女は優しく問うたオリヴィアを見上げて、そう小さくも周囲に聞こえる程の声で短く名乗った。

 

 ――――そしてその名を聞いた瞬間(とき)、ジョーだけがそこで強く瞠目をした。

 

「そう、シェリーっていうのね? やっと名前が聞けて光栄だわ。それで……なんだけど、シェリーは私達と会うまで独りで逃げてきたの? お母さんは?」

「――――ママはアンブレラの研究所に居ると思う……。後で迎えに行くから、それまでは警察で保護してもらいなさいって電話で言ってたわ」

「っ、そう……。学者さんなのね?」

「うん……」

 

 シェリーは終始、不安な様子でその表情を強張らせていた。しかし優しく促すオリヴィアの態度に解されて、ようやくポツポツと身の上を語り始めた。

 するとどうやらシェリー()電話越しに指示を受けて、単身警察に保護されようと自宅から此処までの距離を必死に歩いてきた様子だった。

 

「――――ほら、見なさいよ?」

「………………」

 

 するとそんなシェリーとオリヴィアのやり取りを顎先で指しながら、テリが先ほどジョーに対して声を荒げた同僚のマックスに、皮肉る様に言った。

 

「あっちの子の方が、アンタより断然しっかりしてるとは思わない?」

「――っ、判ったよ……」

 

 シェリーの来歴を聞いた後では流石にテリの言う事にも一理あると、マックスは先の態度を恥じ入る様にそこで小さく舌打ちを打ち、改めてジョーに向き直った。

 

「あー、さっきは悪かった。それと助けてもらった事についての礼をまだ言ってなかったな。ありがとう、おかげで助かったぜ」

 

 するとジョーも、そこで一瞬シェリーの方に視線を向ける。

 そして、

 

「いや、気にするな。こんな状況だ、助け合うのも当然だ」

 

 と自分でも意外に思う程謙虚な台詞を吐いてマックスの謝罪に応えた。

 

 実はジョーも先のマックスと同様に、シェリーの来歴を聞いて己に深く恥じ入る気持ちを抱いたからだ。

 シェリーの辿ってきた道筋は、まるで鏡合わせのように己と酷似していた。しかも『記憶』によると『シェリー・バーキン』はこの後、武器も持たずにこの地獄からの生還を果たす――。

 そんな年下のか弱い少女が武器も持たずに成し遂げた事実を思うと、ジョーは武器と『バイオの記憶』を持った立場で状況に対し文句を言っている自分が、とても情けなく思えたのだ。

 

「俺は“マックス・コービィ”。見ての通り、ラクーンテレビでしがないカメラマンをやってる」

 

 マックスはジャケットの腕章を指しながら、握手を差し出した。

 

「俺はジョー・ナガト、だ。特に大した肩書も無く、学生をやってる」

「はっ、最近の学生はベレッタとマグナムで武装するのが普通なのかよ?」

「まぁ、な。きっと、これから流行るだろうぜ」

 

 ジョーも握手を握り返し、そんな風に名乗りを返した。

 

「――――折角だから私も自己紹介させてくれない?」

 と、そこへテリがやってくる。

 

「“テリ・モラレス”よ。一度ぐらいはテレビで見た事があるんじゃない?」

「あぁ、知ってるよ。こういう(・・・・)状況じゃなかったらサインの一つでも強請ってる所だ」

「ふふん。ありがと」

 

 そんなジョーの言葉にテリはそう自信にあふれた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 ラクーン大学生の学生『オリヴィア・パーセル』、テレビカメラマン『マックス・コービィ』、同テレビ局のキャスター『テリ・モラレス』、アンブレラの研究員を親に持つ少女『シェリー・バーキン』、そして『ジョー・ナガト』。

 性別も年齢もバラバラの5人だが、唯一『生きたい』という意思だけは共通した。

 

 休息の傍ら、一同は親睦を深め合うように軽くお互いの来歴を打ち明け合った。するとその際に武器を所持して、それを実際に使用した経験があるのはジョーだけだという事実が判明した。そして自然に武力を唯一保持している事から、集団の音頭を取る役目がジョーに託された。

 とはいえ、ジョーはそこで一度『柄じゃない……』と役目を渋った。

 しかし唯一の『銃を持つ者』という事実と最もか弱き者(シェリー・バーキン)が在るという手前、結局はその役目を受け入れる事にした。

 

「――――とりあえず俺が知る限りでの現状を説明するから、それを聞いて各々判断してくれ」

 

 ジョーはそこでマービンから聞いた警察側で把握している状況を一同に説明する事から始めた。

 警察が既にその機能を失いつつある事、最後の反抗作戦に打って出ようとしている事、そして脱出の車両を用意しようと動いている事――、そうしたジョーが知る限りを大体を語り終えた時、マックスは苦虫を噛み潰したような顔で呻いた。

 

「どうやら、俺達が思ってる以上に状況は悪いみたいだな」

「えぇ……」

 

 見ればオリヴィア、シェリー、テリの女性陣も、先ほどより顔を青ざめさせている。

 しかしジョーはそれを無視して、勤めて冷静に事実を突きつけた。

 

「この機を逃したら、後は完全な自力で脱出するしかなくなる。警察が脱出の車両を用意してくれるって話を信じて同時に他の生存者との合流を考えつつ――、臨機応変に警察署を目指すっていうプランでどうだ?」

 

 ジョーはそう今後の指針を提示した。

 

「最終的な目標は脱出なんだろ? じゃあ、それを拒む理由はねぇよ」

「――――いいえ、ちょっと待って」

「ぁん? なんだよ、テリ?」

 

 するとジョーの提案に乗り気を見せたマックスを遮るように、テリが待ったを掛けた。

 

「出鼻を挫くようで悪いんだけど、その情報ってどこまで信用できるの?」

「――――と、言うと?」

「昨日の夜の事だけど、そこで新しく情報が入ったの。私の知る限りでは既に今回の事態の解決を州軍に依頼したみたい。それにアンブレラ社も私設部隊を展開して、この事態に動いてるみたいなのよ」

「――――その情報こそ信頼できるのかよ……?」

 

 ジョーは『アンブレラ社』という単語を瞬間、途端にその話が胡散臭いモノに感じられた。

 しかしジョーというある種の例外と、アークレイの洋館事件を生き残った者達を除き、現在のアンブレラ社に対する市民の信頼は厚いモノがある。

 故に当然、テリもそれを信頼できるとばかりに頷いてみせた。

 

「信憑性はそれなりにあると思うわ。だから危険を冒して外を歩くよりも、此処で大人しく救助を待つべきじゃないかしら?」

 

 と、テリは言った。

 

「幸いにして近所にドラッグストアなんかもあるし、保存の利く食料なんかをそこから調達して、窓や扉に釘を打って隙間を塞げば、それなりの期間『篭城』が出来ると思うわよ?」

「――――なるほど」

 

 そこでマックスが一理あるという風に唸った。

 しかし対照的にジョーはそこでその案に対し眉を顰めた。

 

「籠城、か……」

「――――籠城は、嫌?」

 

 オリヴィアが不安そうに尋ねてきた。目ざとくもジョーの内心に湧く“忌避”に気づいたオリヴィアに対して、ジョーは本心を隠すのを辞めてはっきりと言った。

 

「自宅に居た時、まさにそれをやろうとして失敗したんだ。生身でタワーディフェンスなんて、やるもんじゃねぇ。最終的に三階のベランダから飛び降りる羽目になった。――――正直、あまりおススメはしたくない」

「それは……」

 

 オリヴィアだけに留まらず、その『一度、失敗した』という台詞には、図らずも『籠城』をプレゼンをしたテリと、その案に揺らぎかけたマックスも絶句した。

 

 

 

 

 

 ――――――――ガタッ! 

 

 

 

 その時、不審な物音が周囲に響いた。

 

「――――今の……なんの音!?」

 

 一同の視線がその時、一斉に物音のあった礼拝堂の扉へと向かう。

 間取り的に考えると扉の先は聖職者の居住区画だ。

 

「………………」

「ちょっとぉ! 幾ら銃を持ってるからって危険よ!」

 

 ジョーは無言でベレッタをホルスターから抜いて立ち上がる。

 するとテリが悲鳴の様な声を上げた。

 

「――――籠城するんだろう? アレの正体も確かめずに、此処で寝るつもりか?」

「……っ! それは――――」

 

 進もうとするジョーにテリは思わず馬鹿を見るような視線を向けるが、そんなテリに現実を突きつけるようにジョーは言った。

 ジョーは警戒を伴う歩みを進め、ゆっくりと音のあった扉に寄る。

 

「………………」

 

 静かに扉を開き、僅かな隙間からその奥を覗き見ると、そこには長い木造の廊下があった。

 ――――どうやら物音は更にその先から響いたようだ。

 

「気を付けて……!」

 

 と、そこでオリヴィアが小声で叫ぶように警戒を促した。見ればその隣でシェリーも強い不安を顔に浮かべている。

 シェリーとオリヴィアは互いに強く手を握りしめていた。

 

「――――なぁ、テリ。お前、マジでこの場所で立てこもりを続けるつもりか?」

 

 その脇でマックスも男としての矜持から、女性陣を庇おうと動いていた。

 何かあれば己の身を盾にするつもりの構えを取りつつ、ふとその際、テリに対して先のジョーと同じ質問をぶつけた。

 

「このタイミングでそれを聞くのは、流石に狡いわよ……」

 

 するとテリはマックスの後ろに隠れながら、苦虫を噛み潰した顔でそう力なく言った。

 

「なぁ、ジョー。……行くのか?」

「あぁ」

「だったら、銃のどっちか1丁を貸してくれないか?」

 

 マックスは奥へと進もうとするジョーの背中に思わずそんな提案をした。

 

「撃った経験は無いんだろう?」

「あぁ。だけど、ダメか?」

「………………」

 

 ジョーは一瞬、マックスの提案に対してマグナムのグリップに指を掛けた。

 が、しかし少し考えて、マグナムの代わりに自宅から持ち出したコンバットナイフの方を抜き、そちらをマックスに渡した。

 

「……ナイフ?」

「あぁ、パニックで変な所を撃つ方が危ない。それにその体格なら殴って頭を踏みつぶしてやった方が、効果あると思う」

「――――ははっ、冗談きついぜ……」

 

 ジョーの判断とその台詞に対し、マックスは力なく笑った。

 

 

 

「――――この先、か……」

 

 礼拝堂を出て直ぐの木造の廊下。その途中には二階へ続く階段と、二つの扉があった。

 扉の一つは階段裏に位置しており、感覚的に開けずとも物置であると判る。

 ――――そうなると、必然的に物音はもう一つの扉の先からだ。

 

 ホラー映画を鑑賞する際、ジョーも一人の視聴者として、物語の人物の“単独行動”に強く苦言を呈した事がある。しかし、『いざ自分がその場所に立ってみると解らない――』と、そんな独り言と自嘲が漏れた。

 確かに単独行動は危険な事かもしれない。しかし背後に複数の非戦闘員を引き連れ歩く事が、果たして安全とイコールだろうか? 

 複雑且つ臨機応変な対応が要求される場合、実は単独の方が都合が良い事は、先の自宅アパートの一件でジョーが図らずも経験し、学んだ事である。

 

「あぁ、怖ぇな、クソったれ……」 

 

 ――――とはいえ防衛本能から来る反射の様な愚痴が零れた。

 それが起こる程度には、ジョーもそこに強い恐怖を感じていた。

 

 強い恐怖と不安に汚染された現実味を感じない状況の中で、ジョーはそこで思わず、己の意志に反して顔が嗤うように歪むのを感じた。

 所謂、ホラーのジャンルにおける『活路』だが、それは残酷で醜い最悪の道に進む事とイコールで結ばれている。それが一種の“お約束”というモノだ。つまり『活路を目指す――』という事は、英雄さながらに自らの意志で『危険に立ち向かう――』と同義である。

 そして、この世界の原点となった作品が『ホラー』にジャンル分けされる以上、その活路も当然、危険の中に有ると考える事が出来た。

 

「まったく、我ながら狂ってるぜ……」

 

 ジョーはそんな風に己の心を叱咤しながら、意を決して遂に廊下の一番奥の扉を開いた。

 閉ざされた扉の先には施設の聖職者達が使う食堂があった。

 ジョーは食器や椅子の数から、この建物でそれなりに人数が共同生活していた事を察すると同時、部屋にある強い“異臭”に思わず顔をしかめた。

 

 ア”アァァァァ……

 

 異臭の原因が、床に横たわる老人の死骸にある事は直ぐに判った。

 そして案の定、その死体の中心には教会のシスターであろう感染者が三体――、死肉を貪っていた。

 

「やっぱり、居やがったな……!」

 

 そこには既に生前の聖職者としての面影など、欠片も存在しない。

 汚らしい咀嚼音を撒き散らしながら、司祭と思われる老人の死肉を一心不乱に貪っている。

 その感染者の内、一体がジョーの存在に気づいた。

 

「――っ!」

 

 ジョーは怖気を憤りで上塗りし、手にしたベレッタの銃口をその眉間に向けて、躊躇なくその引き金を引いた。すると直後、放たれた銃弾がその眉間に風穴を穿ち、また余力を持ってその後頭部を柘榴のように弾き飛ばした。

 感染者の脳漿が白い部屋の壁面に飛び散った瞬間、一気に部屋の中に血の匂いが充満した。

 その中でジョーは続けざまに2度引き金を引き、残る二体の感染者を瞬く間に無力化する。

 

「まったく、世も末だぜ……」

 

 生前の罪に関係なく、死後には等しく彷徨い歩く――――。

 そんな現実を改めて目の当たりにしたジョーは、思わずそんな風にぼやいた。 


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