『旧題』 バイオハザード~インクリボンがゴミと化した世界~   作:エネボル

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05 『試練』 沈黙の脅威

 このラクーン災害だが、発生の原因には複数の説がある。主流なのは“Tウィルス”がアークレイ山中の“洋館”から流出して、この麓にあるラクーンシティにまで広がった説。或いはラクーンシティの地下に作られた秘密の研究区画から漏れ出した説だ。

 その人気からシリーズ内で幾度も設定の後付けやスピンオフが複数生まれた為、ジョーにしても正確な原因を特定する事は既に不可能。

 そしてこの所謂(いわゆる)『バイオハザード』という作品群だが、これには『映画版』も存在する。してその内容だが、仮にラクーンシティから生還に成功しても最終的に『世界の滅びに巻き込まれる――』という代物だ。

 

「本当、クソみたいな世界だぜ……。我ながら、この場所にいると気づいた時点で“自決”を選んでた方が賢かったかもな」

 

 映画の要素を思い出した時、ジョーは思わずそこで、現状に対し足掻く己の有様を嘲笑った。

 

 食堂の部分の探索を一通り終えたが、特にめぼしいモノは見つからなかった。

 唯一、目を惹かれたモノがあるとすれば、それこそキャビネット棚の上に無造作に置かれた『タイプライター』と『インクリボン』の束だ。

 それはゲーム内では状況のセーブが出来るアイテムで、その道具一式を見た時にジョーは改めて、己が厳しい現実の中に在る事を再度自覚させられたような気がした。

 

「――――セーブ、か」

 

 状況が『ゲーム』なら、それは文字通り探索者に安堵をもたらす代物だ。設置された部屋に流れる専用のBGMさえ、未だに思い出す事が出来る。

 しかしそれ故、今の己が立つ場所が“現実”である事を思い知った。

 

 ――――“セーブ”が出来るような甘い架空の世界ではない。

 

 そんな憂鬱さに舌打ちを打つと、ジョーはその探索の最後に先ほど射殺したばかりの感染者の遺骸に意識を向ける。

 目の前の3体と、彼らに喰われていた司祭の死体を除き、他に人の気配は無かった。

 その場に在る食器と椅子の数に比べたらあまりに少ない。

 

(――――皆、逃げ出した後か?)

 

 ふと、そんな事を思った時、ジョーは既に事切れた司祭の手の中に“銀の鍵束”があるのを見つけた。

 

「嘘だろ……」

 

 ジョーは思わず目を瞬いて再度、それを注視した。

 そして次に取るべき行動を予感して、それにひどくウンザリと溜息を吐いた。

 

 ゲーム中の探索としては普通の行動だが、実際に行うとなると流石に強い抵抗があった。

 しかしそれと同じくらい、『鍵』という要素を見ないままこの場を去る事にも強い抵抗がある。

 

「う、ぁ……、クソ……っ!」

 

 結局、ジョーは食い荒らされて冷えきった老司祭の死体に、渋々と手を伸ばす事にした。

 冷え切った死体に触れた瞬間、忌避から全身に鳥肌が立つのを感じた。

 

「……っ」

 

 死後硬直した指を剥がすのは大変な労力が必要だった。

 ジョーは込み上げる吐き気を耐えながら、ようやく『銀の鍵束』の入手に成功した。

 

 

 

 

「ジョー、大丈夫か!? 銃声が聞こえたから、もしかしてと思ったんだが――――」 

「あぁ。食堂の方で司祭とシスターが感染者になってやがったぜ?」

「っ!? なんてこった、マジかよ……!」

 

 探索を終えてジョーが礼拝堂に戻った瞬間、マックスが我が事のように安堵した声を上げた。

 

「なんか顔色が悪いけど、本当に大丈夫か?」

「気にするな。ちょっと嫌なモンに触っちまっただけさ。まぁ、それより一階部分の確認だけはしておいたぜ? ただ此処に籠城をするつもりなら、後で二階の方も確認した方が良いだろうな」

「……ご丁寧な忠告、どうもありがとう」

 

 ジョーはマックスに応えつつ、同時にテリに対しても説明するように言った。

 するとテリはジョーの台詞に顔をしかめて皮肉気に言った。

 

「それから階段下の倉庫でコレ(・・)を見つけた」

「おいおい『ショットガン』じゃないか!?」

「あぁ。レミントンのM1100だ、ついでに(シェル)もあるぜ?」

 

 そこでジョーは先程、偶然にも入手した銃器を、箱に詰まった弾ごとマックスに手渡した。

 レミントンM1100は、セミオートショットガンの一種。その見た目から『散弾銃』といえばまさにコレという外観の狩猟銃だ。

 

「こんな武器をどこで見つけたんだ?」

「食堂で鍵の束を見つけてな。それを使って廊下の途中の物置を調べてみたら、そこで偶然発見したんだ」

「物置に――って、お前……。教会にショットガンなんて、聞いたことねぇよ……」

「こんな状況だ。ま、自衛のために買ったんだろうな」

 

 訝しがるマックスに対し、ジョーはいつぞや『ケンドの銃砲店』で見た活気を思い出しながら、そんな予想を返した。

 

 

 

 

 ジョーは早速、手に入れたショットガンの使い方をマックスにレクチャーする。

 その際、その教導のやり取りを興味深そうに眺めていたオリヴィアが、ふと尋ねた。

 

「――――それにしても、随分と銃に詳しいのね?」

「まぁ、な。モノ好きな父親と趣味人な友人達に恵まれたおかげさ」

 

 ジョーはそこで父親と、ラクーン市警の友人達の事を軽く説明した。

 そしてふと思いついたように尋ねた。

 

「折角だし、使い方を覚えてみるか?」

「え、いいの?」

 

 その提案に対し、オリヴィアは瞠目した。

 

「あぁ、こんな状況だしな。武器の扱いを覚えておくに越した事は無いだろう。――――マックスに何かあった時に備えて」

「おい、縁起でも無い事、言うんじゃねぇ!」

 

 ジョーの提案にオリヴィアが瞠目すると同時、その提案の動機を聞いたマックスが呻くように言った。

 するとそのやり取りを見て、オリヴィアはふっと笑った。

 

「じゃあ、折角だしお願いしようかしら」

「了解。それじゃ、とりあえず構えてみてくれ」

「……っ、こんな感じ?」

「あぁ」

 

 オリヴィアはそこでマックスからショットガンを受け取り、それを少しふらつきながら構えた。

 

「――――ねぇ、さっきの物音って、やっぱり“アレ”が原因だったの?」

 

 と、そこへ意を決した様子でテリがやってきた。

 テリはまるで確認をするようなそぶりで、先の探索の結果をジョーに改めて尋ねた。

 

「……何って、そんなの感染者に決まってるだろう?」

「――っ、それは、そうだけど……。随分とはっきり言うのね?」

「あぁ。こんな事、ぼやかして言っても仕方ないだろう? ついでに言っとくが俺の経験上、連中は下手な封鎖程度なら強引に突破してくるぞ? 本気(マジ)で此処での立てこもりを考えるなら、本気で入り口含め、隙間の全てを塞いだ方が良いぜ」

「――っ、そう」

 

 不安がらせるつもりは毛頭無いが、しかし命に関わる問題だ。

 故に、ジョーはその場でテリだけに留まらず、この場の一同全て対して、改めて思いつく限りの『籠城』の危険性を説いた。

 

「ねぇ、仮にだけど……もしも私達が此処に籠城をするって言った時、貴方はどうするの?」

 

 その時、ショットガンを持ったままの姿勢でオリヴィアが尋ねた。

 

「……どうする、とは?」

「幾ら武器と、その使い方を教えてもらっても結局は付け焼刃。貴方みたいに戦えない事くらいは自分でも理解出来るわ」

「………………」

 

 するとオリヴィアは、手にしているショットガンに視線を落としながら、まるで苦笑するように言った。――――見ると、その手は震えていた。

 その様子にジョーはふと、相手が己よりも遥かに幼く、弱い存在に思えた。

 しかし、 

 

「悪いけど俺は独りでも警察署に行くつもりだ。勝手に待ってるなんて約束をしやがったクソ野郎だけど、……その人を裏切りたくない」

 

 ジョーはそう全員に聞こえるような声で、己の意志を告げた。

 今度こそ、流されるつもりはなかった。

 

「――――私も警察署に行く!」

 

 するとその時、シェリーが強く声を張り上げた。

 

「シェリー、貴女……」

「だって私も、ママが警察署で待ってるって――――」

 

 大人しいマスコットだと内心で秘かにシェリーを侮っていた者ほど、そのはっきりとした意志の発露に強い驚きを感じ、瞠目する。

 

「――――そうね。シェリーのお母さんも警察署を目指しているみたいだし、それに警察にはS.T.A.R.Sっていう優秀な特殊部隊があるって聞いたわ。危険かもしれないけど、きっと辿り着いてしまえば此処に籠るより安全の筈よ。脱出の当てだってあるんでしょう?」

 

 オリヴィアが言った。

 シェリーの態度に叱咤されたのか、不思議とそこには先ほどまでの怯えの色はなかった。

 

「――――そうは言うけど、その警察が『例の作戦』の為に路地を封鎖していってるんでしょう? そう簡単にたどり着けるもんなのかしら?」

 

 そんな中、テリが最期の足掻きと言わんばかりに虚無的(ニヒル)な態度でそんな悲観的な言葉を挟む。

 

「じゃあ、テリは此処に残るの? 独りで?」

「――っ、そうは言ってないじゃない!」

 

 しかし続けて重ねられたオリヴィアの問いに、テリは思わずそこでヒステリックに声を荒げた。

 テリは思わず同僚のマックスを見る。

 するとマックスは無言のまま、肩を竦めるようなジェスチャーで応えた。

 

「――――ったく……」

 

 テリは遂に観念した様子で、強く舌打ちをした。

 

 

 

 

 先のやり取りで不貞腐れた様子を見せる相棒(テリ)を見かねて、マックスは宥めすかすように『大丈夫だ』という言葉を送る。

 しかしテリはそれに唇を尖らせ、「何が大丈夫なのよ?」と痛烈に尋ねた。

 そのとげとげしい様子を見にマックスは、思わず肩を竦めて言う。

 

「年下の小娘に、少し言いくるめられただけだろう? そうカリカリするなって。大体、救助が何日後に来るかもまだ判らないんだぜ? 此処を出て当てもなく彷徨うっていうわけでもないんだ。こうして武器も手に入ったんだし、目的もハッキリしてる。そろそろ機嫌を直せよ」

「………………」

「それに何かあった時は俺が護るからさ――――」

「はっ、素人の癖に何が『護る』よ。撃つ前からコンバットハイとか、勘弁して」

 

 テリはマックスの言葉を鼻で笑い、そそくさと距離を取る。

 

「まったく……」

 

 その様子を見て少しだけ機嫌が直った事を察し、マックスは徐に一息吐いた。

 

「さて、次は残りの部屋の探索だな。何か使えるモノがあるかも知れないし、脱出の前にチラッと見に行くか兄弟(ジョー)?」

 

 テリのガス抜きも終えた所でマックスはそうジョーの方を振り返る。

 するとジョーは「あぁ」と短く頷き、食堂で手に入れた銀の鍵束を取り出しながら立ち上がった。

 

 一階の食堂には死体が4つ転がっている。

 ジョーの中でそれらは既に動かない死体だが、しかし他の者にとっては、そう(・・)ではない。

 死んだ後でも動いたという『事実』がある手前――、ましてやこの場所は『神の家』だ。ならばどうして『三度目』の復活が無いと云えるのか? そんな懸念を当たり前の様に抱いた。

 

 するとそこで、ジョーも初めて強く納得を感じた。

 確かに三度目が無いという保証はないし、しかも考えてみれば“三度目”を立ち上がってくる設定を持った脅威も確かに在るのだ。

 

「――――用意は良いか?」

「OK」

 

 万が一に備え、二階部分の調査には女性陣も同行する事が決まった。

 一同は隊列を組んだ。フロント部分をジョーが担当し、その間にオリヴィア、シェリー、テリが順で並び、殿をマックスが務める形だ

 音頭を取るジョーの号令に頷き、一同は一塊になり、ゆっくりと二階への階段を上る。

 

「――――で、どの扉から行く?」

「………………」

 

 ジョーは早速、背後の仲間たちに尋ねた。

 二階部分はジョーが予想した通り、教会に勤める者達の生活空間だった。

 通路の左右に、それぞれ3つの扉がある。そして最奥に位置する観音開きの扉を加えると、合計して7つの部屋があった。

 

「気分的に一番奥のは最後にしたいわ……」

 

 オリヴィアが即座に提案をした。

 その後ろでテリとシェリーも同意をするように頷いた。

 

「了解」

 

 ジョーは銃と鍵のを両方を手に、その提案に従って最寄りの扉から開ける事にした。

 

 ――――しかし、結果から云うとその時の警戒は取り越し苦労に終わった。

 最奥を除く、左右にある6つの部屋は、そのどれもが“もぬけの殻”であった。

 

 

 

 

「――――このハーブ……たぶん、役に立つかもしれない」

 

 部屋には主の姿こそなかったが、しかし寸前までの平和な営みの痕跡だけは、そこに強く残っていた。例えば部屋の主が栽培していたと思われる鉢植えの植物だ。

 部屋の一つにある赤、青、緑の三色ハーブ。

 その大きく葉を広げた存在に気づいたのは、オリヴィアだった。

 

「そうなの?」

「えぇ。緑の葉を煎じて飲めば、疲労回復やリラックスしたい時に使えるわよ。それに市販の救急スプレーなんかの原料にも使われているから、原始的な方法だけど採取してペーストを作っておくと便利かも」

「へぇ」

 

 アークレイ山地に自生する為、ラクーンシティ出身の園芸家の間では、割りとポピュラーな種類である。

 オリヴィアが披露したその知識に、テリとシェリーは素直に感嘆とした。

 

「詳しいのね。……大学で教わったの?」

 

 テリが赤のハーブをしげしげと眺めながら、ふと尋ねた。

 

「ある意味ではそうね。薬学科の男子生徒が“ナンパ”する時に使う雑学だから、騙されないように気を付けろって、先輩から忠告されたの」

「ナンパ?」

「えぇ」

 

 オリヴィアはどこか懐かしむようなウンザリした調子で言った。

 

「アンブレラの医療や薬品関係の“知り合い”が居るって仄めかしながら使うと、実際はともかく、本物っぽく聞こえるでしょう? よその土地から入学してきた娘が相手だと猶更。――――ま、そう言う事だからシェリーも気を付けなさい?」

「あはは……」

 

 オリヴィアに水を向けられたシェリーは思わず反応に困り、そこで苦笑を返した。

 

「――――人生、何が役に立つか判らないものね」

 

 テリはしみじみ言った。

 

「まぁ、いいわ。それより使えるっていうのなら、このハーブ三種類とも採取しておく?」

「そうね。万一に備えてそうしておきましょう。シェリーもお願いできる?」

「うん」

「じゃ、テリはそっちの赤いのを集めて。シェリーは緑のをお願いね」

 

 女性陣はハーブの葉の採取を始めた。

 不安と恐怖に殺伐とした状況の中で、それは丁度いい気晴らしとなった。

 

 

 

 ――――その部屋の隣でジョーもオリヴィア達と同様、部屋の主が育てていた三色のハーブにその意識を向けていた。

 

「流石に食って回復するのは、現実的じゃないよな……?」

 

 ジョーは思わずそこで、ゲーム本編でのハーブの扱いを思い出した。

 三色のハーブはゲーム内で重要な回復アイテムだが、しかしその使い方に関しては不明な部分も多かった。

 一部ではその粉末状にされたアイコンの形態から、『鼻から吸引している』、或いは『葉をそのまま食べている』という意見も存在した程。

 ふとその事を思い出して、ジョーは思わず笑みが込み上げた。

 

「おい、どうしたジョー?」

「いや、なんでもない。そっちこそどうした?」

「あぁ、いや。実は――――」

 

 その時、向かいの部屋の探索に向かっていたマックスが突如、顔を覗かせる。

 ジョーが訝しむと、マックスはそこで一枚の布切れを投げ渡してきた。

 

「――っ、なんだこれ?」

「見れば判るだろ? おすそ分けだ」

「は?」

 

 見ると、投げて渡されたのは女性物のショーツだった。しかもレース生地の紫。

 

「衣装棚を開けたら“偶然”見つけたんだけど……まったく、びっくりしたぜ。貞淑な顔してすげぇ趣味だと思わないか?」

 

 マックスはニヤリとした笑みを浮かべながら言った。

 

「確か止血帯代わりに使える“布”を探すとかって言ってなかったか? 普通にハンカチとかタオルを探して来いよ」

 

 そんなマックスに対し、ジョーは徐に溜息を吐いた。

 しかしそれはそれとしてショーツの方はポケットに仕舞った。

 

「――――ったく、真面目にやれよ馬鹿」

「それはアンタも同じよ、馬鹿!」

 

 やり取りを見ていたテリが、そこで軽蔑するように言った。

 

 

 

 

 ジョーが単独で一階部分を探索した時に比べ、全員で行った二階部分の探索は意外なほど順調に進んでいった。

 

 これまでの探索で発見した道具類は、図らずも今後の活動を手助けする便利品ばかりだ。

 リュックサック、マッチ、止血帯代わりの布、救急スプレー、各種のハーブ――――

 特にその三色のハーブは素人が適当に磨り潰すだけでも、高い治療効果を期待できる代物だ。緑は止血と治癒、青は解毒と殺菌、赤は他二色のハーブの薬効を高める効果を持つ。

 その三種の葉を調合する事で、オリヴィアは早速そこで原始的な傷薬を作り上げた。そして完成したハーブペーストを小瓶に詰めて、オリヴィアはそれを一同に分配した。

 

「――――意外なところに衛生兵(メディック)が居たんだな?」

「オリヴィアが衛生兵(メディック)なら、私とマックスは通信兵(ラジオマン)かしら? 生憎、機材はもう無いけど……」

 

 オリヴィアの手腕に対してマックスは思わずそんな軽口で感嘆を表現する。

 またその軽口にテリも便乗をした。

 

「いつも持ち歩いてる小型のカメラはどうしたんだよ?」

「そんなのこんな所で、なんの役に立つっていうのよ?」

「――――二人ともその辺にしておけよ。気持ちはわかるが、あんまり気を緩めるな」

 

 当初の警戒も取り越し苦労に終わり、結果的に身の危険を感じる事無く探索を進められた。その所為でメンバーの間には、どこか弛緩した空気がある。

 油断を引き締めるようにジョーは思わず忠告の声を上げた。

 

「さて、お待ちかねの最後の扉だ……」

 

 左右6つの部屋を調べた結果、残るは廊下の最奥の部屋だ。

 その探索をもって二階の探索は終了する。

 

「準備はいいか?」

 

 ジョーは後方のメンバーに確認するように一度振り返り、最奥にある部屋の取っ手に手を伸ばした。

 この手の状況でゲーム脳も甚だしいが、ジョーはそこで、何か“イベント”が起きるような嫌な予感をヒシヒシと感じた。

 

「………………」

「ん? どうした? さっさと調べようぜ」

 

 扉を開く直前で躊躇を見せるジョーに、マックスはそう怪訝な様子で尋ねた。

 

「いや……、何でもない。開くぞ――――」

 

 ジョーは意を決して、施錠された扉の鍵を開けた。

 そしてゆっくりとその扉を開いた。

 

 ――――すると部屋には一人の生存者が居た。

 

 修道服を纏った老婆だ。

 その老修道女と目が合った瞬間、ジョーは己に向けられた22口径の銃口に気づいた。

 

「撃つなっ! 俺は人間だ」

「――っ!?」

 

 拳銃を突きつけて震えるその様子を見た瞬間(とき)、ジョーは思わず発砲の予感に強い焦りを感じて床に身を投げた。

 直後、その予感が当たり、脇を掠めるようにパンッと鋭く、銃弾が飛ぶ。

 その銃声に女性陣が鋭く悲鳴を上げた。

 しかしその悲鳴を聞いた事で、老修道女はようやく相手を『生存者』だと認識した。

 

「あぁ、あぁ……ごめんなさい! ……よかった! もう此処には私しか残ってないと――――」

 

 老修道女はそう安堵から泣き崩れ、ゆっくりと銃口を下げた。

 

「――ったく、ビビったぜ。それより、この教会で生き残ってるのはアンタだけか?」

 

 ジョーは驚きで乱れた呼吸を整えながら、身を起こして老修道女に尋ねた。

 

「えぇ。既に他の者達は皆、天に……。いえ、死ぬことも許されずに彷徨うあの姿を見て、本当に天に召されたかは分かりませんが――――」

「あぁ、いや……、そういう宗教的な考えはともかく、他に生存者が居ないのなら此処での探索は終わりだ。とりあえず脱出しよう……動けるか?」

「えぇ……」

 

 オリヴィアとテリが早速、その老修道女の肩を両側から支えようと動いた。

 ――――その瞬間、老修道女の背後にあった窓が、派手な音を立てて砕け散った。

 

「か、はぁ――――っ」

 

 外から触手の様な“槍”が飛来した、その先端が突如、老修道女の胸を深々と穿った。

 その様子に一同は思わず瞠目した。

 特に最も近くにいたオリヴィアは、その老修道女が突然噴き出した大量の血に、鋭く悲鳴を上げた。

 

「なに、よ……コレ!? 何なのよ!」

 

 突然、老修道女の胸を貫いた槍のような触手を見て、テリは理解できないと強く声を荒げた。

 その触手はイカの持つ“触腕”によく似ていた。

 とはいえ、似ているだけでイカのそれとはまるで異なるのは、云うまでもない――。

 尋常でない膂力を秘めたその“触手”に串刺しにされたまま、老修道女は断末魔と共に窓の外へと連れ去られた。

 

「うぁああああー―――っ!」

 

 ――――程なく、窓の外で絶叫が響いた。

 

「なんだよ……なんなんだよ、アレは! おい!?」

 

 状況を見ていたマックスだが、テリと同様に理解ができないと思わず叫ぶ。

 

「――――まさか……」

 

 そしてジョーは、そんなマックス達に一歩先んじて『襲撃者』の正体を看破した。

 

「おい、アレが何だか知ってるのか!?」

「うるせぇ、声を下げろ……! 奴は()に反応する」

「――――っ!?」

 

 老修道女の断末魔の後。不意に訪れた不気味な静寂の中で、マックスは思わずジョーに尋ねる。

 するとジョーはマックスのみに留まらず、その場にいる全員に対して、素早く“沈黙”をするように促した。

 

 ヒタッ…… ヒタッ…… ヒタッ……

 

 

 静寂の中、シュルシュルとした不吉な音を立てながら、老修道女を貫いた『触手』が窓の外で揺れた。また同時にヒタヒタという裸足で床を歩くような怪音が、一同の鼓膜を打った。

 

 一秒、二秒、三秒――――

 

 緊張と沈黙の中、それは遂に姿を現した。

 

「………………っ!」

 

 カエルのように這った姿勢で蠢く"赤い怪物”だった。

 それは、ゆっくりと窓から顔を覗かせて、一同に対しニタリとした笑みを浮かべた。

 

「ひっ!」

 

 その瞬間、シェリーが息を詰まらせたような声を上げる。

 赤い怪物はそれ程に醜悪な姿をしていた。

 

「――――リッカー(舐める者)

 

 ジョーは思わず、吐息に混ぜるようにその醜悪な怪物の名を呟いた。

 

 “赤い”理由は全身の皮を剥ぎ取られているからだ。その面貌に“目”の類は無く、代わりに鮫のような巨大な顎と、その奥に触手のような長大な“舌”を持つ。

 そして、その舌こそが先の老修道女を貫いた奴の得物だ。

 

 ジョーはその正体をバイオに登場したクリーチャーの一体として、良く知っていた。知っていたからこそ、外で蠢く『感染者』以上に強く警戒をした。

 

「うあぁああああっっ!!」

 

 静寂を打ち壊したのはマックスの恐慌だった。

 マックスは恐怖から手にしたショットガンの銃口をリッカーに向けて引き金を引いた。

 その一撃を皮切りに、ジョーもベレッタを抜いて鋭く発砲する。

 が、直後リッカーはするりと身を翻して窓の外へ姿を消した。

 

「に、逃げたの?」

「――っ、馬鹿言え……!」

 

 テリの恐る恐るの問いに対し、ジョーは小声で怒鳴るように返した。

 事実、外壁と天井越しにヒタヒタと高速で何かが駆ける音がした。また同時に上から埃がパラパラと床に零れ落ちた。

 

「とにかく窓から離れて、絶対に物音を立てるな! 奴は音に反応して――――」

 

 直後、階段の方にある窓が派手に音を立てて割れた。

 ジョーは言葉を切り、反射的にベレッタを握る手とは逆の手にマグナムを握りしめた。

 

 

「――――絶対に音を立てるなよ……」

「………………」

 

 廊下の方を振り返る――――。

 すると唯一の出入り口である階段を塞ぐような形で、リッカーがその舌を垂らしていた。

 変質者さながらの不気味な呼吸と、嫌悪感を煽るゆったりとした歩み。

 一歩ずつ迫る怪異を前に、ショットガンを構えたマックスも縋るような視線をジョーに向ける。

 

(――――恨むぜ……神様!)

 

 テリも、オリヴィアも、シェリーもそこで、青ざめた顔でジョーに視線を向けた。

 そんな仲間達の視線を強く自覚しつつ、ジョーはこの瞬間、盛大に“神”を呪った。

 

「クソったれ……」

 

 現状で唯一対抗できる戦力として、ジョーは仲間達を護る様に一歩前に踏み出した。




次回 未定

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