『旧題』 バイオハザード~インクリボンがゴミと化した世界~ 作:エネボル
掃討作戦指令書
内容:中央通り及び下水道へのC4爆弾の設置、バリケードの敷設
時間:本日午後6時
作戦人員:20名
補足1:基本的には人命救助を優先するが、対象が呼びかけに呼応しない場合は殺傷を目的とした発砲を許可する。
補足2:爆薬敷設後は作戦区画から直ちに撤退し、本部からの指令を待て。
☆
「――――手を貸してくれ! こっちだ!」
R.P.D.のバッジを身につけた制服警官が声高に応援を求めた。
すると即座にその声に反応して、武装した市民の男衆が一斉に集合した。
市内各所にバリケードを設置する作業――。それが意味するラクーン市警察の意図は既に民間の方にも通達がされており、『ケンドの銃砲店』店主ロバート・ケンドもその内の一人として、迫りくる感染者の集団を相手にショットガンを構えて対峙する。
「そのまま援護を頼む! 奴らを近づけるな!」
街を覆う感染者の脅威に対抗して自主的に武器を手にした市民の集団は、一見すると烏合の衆にも見える。しかし彼らの心には、この『ラクーンシティ』に対する強い愛郷心があった。
――――故に、彼らは懸命だ。
「良し、押せ!」
路地の奥から迫る感染者の群れ。それに対する牽制を完全に武装市民に任せた警察官達は、その一際大柄な体躯を駆使して、二人掛りでパトカーを路地に押し込んだ。そして仕上げとばかりに、その後輪をパンクさせた。
すると道いっぱいに広がった車幅がそのまま壁となり、路地の一つが封鎖される。
「これで一先ず封鎖完了だな?」
「あぁ」
作業に尽力した一同は、そこで一先ず安堵の吐息を漏らした。
幸いにして感染者にはバリケードを迂回するような“知能”が無い。その事が既に判明したからだ。
しかし、安心は出来ない。数が増えれば遠からず先の封鎖も押し砕かれるという予感があったからだ。
「――――ジリ貧だな……」
束の間の安堵から一変、直ぐに顔には強い緊張感が戻る。そうした状況の中、手にしたショットガンに弾を込めながら、ロバートが思わずぼやいた。
すると、その呟きに一人の男が吐息交じりに応じてみせた。
「まったくだ」
振り返るとそこには、ロバートもよく知る店の常連の警察官“ケビン・ライマン”の姿が在った。
顔立ちの整った31歳の男で、普段はどことなく軽薄な雰囲気を漂わせる市警の不良警官だ。
「――っ、ケビンか?」
「俺が他の誰に見えるんだ、ロバート?」
しかしこの時、ケビンの顔には普段の軽薄さは感じられなかった。寧ろ勤労による強い疲れの色が酷く見て取れた事で、ロバートは一瞬、本当にそれが己が知る
「いや……。それより少し休んだらどうだ? いつもと違って少し真面目過ぎるんじゃないか?」
ロバートは思わずケビンの様子を嗤った。
するとケビンは「俺はこう見えて、空気を読んでサボる男なんだ。休むタイミングは
街の状況は“この”不良警官をして、真面目にならざるを得ない程に深刻――。
それを再度確認したロバートは思わずケビンの普段の勤務態度を揶揄するように、
「慣れない事はするもんじゃない」と、心配交じりの忠告を口にした。
するとケビンは軽く自嘲を浮かべて、
「それとまったく同じ台詞をリタに言われたぜ……」と返した。
その時のケビンの態度には、まるで『勤務態度に難有り』という理由で、S.T.A.R.S.の選抜試験に二度も落ちたとは思えない頼もしさがあった。
ロバートは此処へ来て初めてケビン・ライマンという男の“本質”を覗いたような気がして、思わず苦笑を漏らした。
「まったく普段からその態度で仕事をしてりゃあ、今頃その背にS.T.A.R.S.の看板を背負ってただろうにな?」
「あぁ、それも言われたな」
――――という台詞と同時にケビンは次の瞬間、鋭い視線と共に45口径のカスタムオートを両手で構えて、その引き金を引いた。
独特な構えから放たれる拳銃狙撃は直後、およそ50ヤードも先に在った感染者の頭部を一撃で砕いた。
「どんなもんだい?」
ケビンは不敵に笑い、気遣うロバートに余裕を見せつけるかの如くウィンクした。
毎年開かれる市警の射撃大会では、S.T.A.R.S.隊員のクリス・レッドフィールドと一位、二位を争う程の腕前の持ち主。そして拳銃狙撃に限れば、ケビンは同部隊の隊長を勤める“アルバート・ウェスカー”さえも凌ぐ程だ。
「いいぞ! ライマン! もっとやれ!」
するとそんなケビンの神懸かり染みた拳銃狙撃を目の当たりにした市民の集団が、そこで称賛するように口笛と喝采の声を上げた。
ケビンはそんな周囲からの喝采の声に対して応えるように高く拳を掲げた後、再び要救助者に手を貸す為に雑踏の中に消えていった。
「――――まったく……」
ケビンを含めて、既に警察官の多くは昨夜から引き続いて現状に対応をしている。そんな彼らが頑なに疲れを認めないのは、ひとえに市民に対して不安を感じさせまいとする、プロの意識からくるやせ我慢だ。
それが判るからこそ、まるでどうにもならない現状に対して、ロバートは沸き上がる苛立ちを吐き捨てるように溜息を吐いた。
☆
オリヴィア・パーセルの手記
9月26日
教会へと逃げ込み、長い舌のバケモノと遭遇した。それはつい先ほどの事のように思えるけど、実はあれから数時間の時が経過している。――――既に気づけば、夕方に差し掛かる頃だ。
道中では例の如く『感染者』や、赤い目の『オバケ鴉』といった怪物に遭遇した。
現実はテーマパークのお化け屋敷とは違う。明確な終わり――なんていうモノは無い……。だからこそ、もしも皆と出会っていなかったら今頃どうなっていただろう? 難所を突破する度に私の脳裏には、どうしてもそんな怖い想像が過った。
強がってはいるけどテリとマックスもきっと私と同じだ。そして、シェリーもそうだ。
しかし幸いな事にそんな私達を引っ張ってくれる存在に出会う事が出来た。
“ジョー・ナガト”という日系人の男の子。
恥ずかしながらその年齢は私よりも下だ……。
そんな彼が最前線で武器を構えてくれるからこそ、私達はまだ希望を捨てずに居られる。
しかし少し前から、そのジョーの様子が少しおかしい……。
こんな状況だから不安や緊張を感じての事だと思ったのだけど、恐らく
――――『傷』、だろうか……?
そう言えば、ジョーは教会で手当てした左腕の事を、やけに気にしてるような気がする。
骨が折れたわけでもないし、傷自体も大掛かりなモノではなかった筈だ。
しかしよくよく観察してみると、ジョーはどうにも“あの”傷の事を気にしているようだ。
――――気のせいだと良いのだけど……。
ジョーは相変わらず最前線に立ち、私達の為に道を切り開こうとしている。その借りを少しでも返す意味でも何か力になれたらいいのだけど……。
せめて代わりに祈ろうと思う。
――――主よ、この声が届きますでしょうか?
もしも届くのでしたら、お願いします。
ジョーと私達を……いいえ、このラクーンシティの全ての命を御救い下さい。 Amen
☆
ジョーが自宅から持ち出した僅かばかりの携帯食で栄養補給を行った後、一同は遂に潜伏した教会を脱した。
目的地は明白で、しかも普段なら取るにたらない道のり――。しかしこの時、一同が目的とする『ラクーン市警察署』への道中は、一同が想像した以上に荒れ果てていた。
「………………」
とはいえ最短ルートから迂回した道のりで遭遇した感染者の数は、出発の間際に想定した数よりも少なかった。
(――――恐らく、教会で遭遇したリッカーが大半を捕食したのだろうな……)
道中の様子を訝しがりつつも、これを幸運だと喜ぶ仲間達とは別に、ジョーの意識は『バイオの知識』に根差した仮説を組み上げ、そんな結論に至る。
しかしそんな中途半端な『知識』と、それを利用出来る程度の中途半端な『賢しさ』は、この時はマイナスに働いた。
(――――リッカーは確か、潤沢な食料に恵まれた感染者の成れの果てだった筈……。つまり道中から姿を消した多くの感染者は、そのまま先に遭遇したリッカーの餌になったって事か……)
と、何気なしに思考の枝葉を伸ばしていくと、ジョーはまたしても脳裏に『攻撃には“T-ウィルス”も含まれている』という可能性が過るのを感じた。
「――――危ない!」
その時、テリが叫んだ。
路地の暗がりに潜んでいた市民の感染個体が、飛びつくようにジョーにその顎を向けたのだ。
元は少女の形をしていたらしく、見れば恐らくジョーと同じ年頃。生前は多くの男子の注目を集めたであろう肉感的な肢体の持ち主だった。
しかし今は、その生前の美貌が、余計に変異後の醜悪さを際立たせていた。
「クソ……っ!」
ジョーは掴みかかる勢いに逆らう事なく、咄嗟に素早く身を捻って
そして間髪入れずに足払いを仕掛けて、飛び掛かったその感染個体を路上へと引き倒し、すぐさまその頭をブーツの靴底で叩き割るように踏みつけた。
直後、ゴキャリ――、という乾いた音が一帯に響いた。
踏みつけられた少女の頭部が、アスファルトの上で石榴のように弾け割れた音だ。
「大丈夫か!?」
「あぁ。すまん……、悪い」
間一髪で危険を回避したジョーを気遣い、マックスは不安げに尋ねた。
ジョーはそこで呼吸を整えながら短く返事を返したが、
(いっそのこと、何もかも開き直れる馬鹿になりたいぜ……!)
同時に内から沸く自分への不甲斐なさから、ジョーは思わず舌打ちを零した。
『感染』の可能性という曖昧な不安ばかりがジクジクと心を蝕み、そのなんとも言えない精神的な不快感が注意力を散漫にさせる。故にジョーは、何よりもまず自分自身に強い苛立ちを感じた。
――――下手を打てば、即座に後ろに続く他4人も同時に危険に晒す事になる……!
しかしそうした強い意識で己を律しようとする程、どうしても左腕を掠めた一撃の事が脳裏を過った。
リッカーとの戦闘の最中に受けた傷は、一見すると本当に小さなモノ。振り回された長大な舌先が僅かに服の上から肉を抉った程度。普段ならば、まともな治療すら検討に値しない傷だ。
しかし今は真相の一端を知るジョーには、それが文字通り今後の生死を左右する凶悪な呪いに等しく思えた。
「………………」
前進を続ける途中、ジョーは思わず自問をした。
――――『感染』の可能性を引きずった状態のまま、本当に脱出していいのか?
「……っ!?」
元ネタの『ゲーム』では大丈夫だった。だから『大丈夫』だ。
そんな楽観を抱くよりも早くに、ジョーはふと、今の己がラクーンシティから脱出する行為そのものが、ウィルス汚染を外部に持ち出す危険行為に等しいという予感がした。
「――――ジョー! お前本当に大丈夫か? なんかさっきから顔色悪いぞ?」
最悪の可能性に気づいて思わず吐き気が込み上げた。
同時、眩暈のように視界が明滅するのを感じた。
マックスの呼びかける声もあって、眩暈の様な感覚は一瞬の内に通り過ぎ、浸りかけた陰鬱な思考の海からもガバリと顔を上げたが、しかし流石に既に『不調』を誤魔化す事は出来なかった。
「――――また『大丈夫』とか言って、下手な嘘を吐くつもり?」
尋問するような厳しい視線と共に、テリがピシャリと言った、
「いい加減、鬱陶しいから止めてくれない? はっきり言わせてもらうけど、アンタの不調は私達全員のピンチに直結するの。だから思ってる事があるなら、せめて溜めずに吐き出しなさい」
「――――さっきの舌の怪物との戦闘で、何かあったの?」
「………………」
テリは尋問する様な言葉に続き、オリヴィアも促すように尋ねた。
ジョーは図星を突かれて一瞬、沈黙をした。
しかしその様子が寧ろ『何か、あった』という明確な答えとなり、またそれが一同の間に伝搬した事で、ジョーは遂に心の内を打ち明ける事にした。
「――――アークレイ山地で起きた猟奇事件の事は知ってるか?」
「えぇ。知ってるわよ。『アークレイの食人鬼』とかいうオカルトの元ネタでしょ?」
その唐突な問いにテリは怪訝に眉をひそめて尋ねた。
「それが何だっていうのよ?」
「そのアークレイ山地の食人鬼事件が、まさに今起こっている騒ぎの発端だって知ってるか?」
「……は?」
その時、ジョーはまたしても視界の端で起き上がった新たな感染者を察知した。
「――――とりあえず場所を変えよう。そこで俺の知る限りの事を話す……」
ジョーは一度、場所を変える事を提案した。
そして手頃な休憩地点を見つけた後、内に秘めた“毒”を吐き出すように、事の『発端』を切り出した。
次回 未定