YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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プロローグ
ずっと……


 いつも不安と迷いが胸にあった。このままでいいのか、間違っているのではないか、後悔するのではないか。

 

「柔さん!」

 

 この手を伸ばしたことは間違いじゃない。

 

「松田さん!」

 

 差し出された手を握ったことに後悔はない。

 

 まるで逃げる様に手を繋いで出て行った。握った小さな手は同じように強く握られ、二人は首相官邸を飛び出し、オンボロ自動車に乗り込んだ。

 向かうのは成田空港。耕作は今日、アメリカに発つ。記者として力をつけるためしばらく日本に戻らない。

 柔は国民栄誉賞授与式をめちゃくちゃにしたことなんて、どうでもよかった。

 気になるのはもうすぐ訪れる別れの時。考えると胸が張り裂けそうになる。

 

 搭乗手続きを慌てて済ませてその流れで送り出す。下手に時間があると余計なことを言いそうな気がする。

 

「俺、アメリカ行っちゃうけど、柔さんも四年後アトランタ行くよな‼」

「はい」

「絶対だぞ‼」

「絶対に‼」

 

 耕作はこの言葉が聞けただけで十分だと思った。エスカレーターを降りてピースサインを掲げて、アメリカに行くだけ。試合の結果は編集部からFAXで送ってもらえばいい。それ以外のことは、恋人ができたとか結婚したとかそう言うことはきっと記事になるから黙っていても知ることになる。

 

――それでいいのか?

 

 不意に聞こえた声に体は反応していた。降りたエスカレーターを必死に上る。ずっと見てきたのに、ずっと想っていたのにそのことを伝えないまま離れたくはない。下りのエスカレーターを上るのは思ったより大変で、必死に足を前に進めないといけなかった。

 いくらでも言う機会があった。ただ意気地がなかっただけ。別れの前に言うなんて卑怯かもしれない。それでも、出会ってからの6年分の想いを伝えたい。さっき握り返してくれた手の力強さが勇気をくれた。

 息を切らせて汗にまみれてカッコ悪い。でも、伝えたかった。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「松田さん……」

 

◇…*…★…*…◇

 

 エスカレーターを降りていく耕作を見送りながら、胸が張り裂けそうだった。もう、簡単に会えるわけじゃない。二人の間には何もない。元々、記者と選手という細く拙い繋がりしかない二人の糸がぷっつり途切れた気がした。

 それもこれも柔に勇気がなかったから。アメリカに行くと聞いてから、自分の想いを伝えることは仕事を頑張ろうとする彼にとって重荷になるのではないか、そう考えた。

 でもそれはいいわけだ。だからもう後悔している。涙があふれて止まらない。それなのに足も動かない。

 エスカレーターから聞こえた、異常な音。思わず目を向ける。聞き覚えのある声。

 戻ってきた耕作に柔は信じられない思いで声も出ない。

 

「俺……俺……ハァ、ハァ……」

 

 息が上がる。言う言葉はもう決まってた。ずっと前から心にあった言葉。

 

「君が好きだ」

 

 欲しかった言葉。欲しかった想い。

 

「あたしも……」

 

 駆け寄る二人。

 

「ずっと好きだった!」

 

 抱き合う二人。

 別れの時はもう間もなくだというのに、時が止まったように離れない。離れられない。

 だがそれから一分もしない内に、二人は照れくさそうに離れた。

 

「あのさ……」

「松田さん、乗り遅れちゃいますよ」

「へ?」

「飛行機です。早く行かないと」

「そうだけど……」

 

 名残惜しそうにしている耕作に柔は笑顔を見せた。

 

「あたし、アトランタ目指して頑張りますから。松田さんもアメリカで頑張ってください」

「うん。そりゃ頑張るけど」

「アメリカに着いたら電話ください。住所も教えてください」

「それはもちろんするけど……」

 

 何だか思ってた感じと違うような、とても冷静な柔の態度に戸惑う。

 

「アメリカでの暮らしになれるまで大変だと思いますけど、体調には気を付けてください」

「ああ、行ってくるよ」

 

 耕作は再びエスカレーターの方へ歩き出す。急がないと本当にまずい時間だ。

 

「うわ!」

 

 背中を押された気がした。違う。暖かさを感じた。

 

「松田さん……」

「な、なんだい?」

「今度はあたしが追いかけますから。待っていてください」

 

 弱く小さな声だった。さっきまでの笑顔も送り出そうとする行動も、心配かけないため、安心してアメリカに行けるように精一杯見せてくれたものだったのだ。

 

「俺も頑張るから……」

「待ってないです。会いに行きます。だから安心してください」

「じゃあ、待ってるよ。いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 こうして二人は想いが通じ合ったその日、離れ離れとなった。でも、ここからが二人の物語の始まり。その幕は上がったばかり。

 

 

 

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