YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.3 手袋を買いに

「さあ、中に入るぞ」

「え? 入れるんですか?」

「ああ、あの王冠のとこまで行けるぞ」

 

 台座の入口は裏手にあったので再び戻る事になった。台座の中は展示室になっており、実物大のたいまつや顔、足が展示されている。どれも大きさに圧倒され驚くばかりだ。暗い190段以上の階段を上った先は展望台にもなっていて外にも出られた。眺めはとてもいいが海風でとにかく寒い。二人はそうそうに中に戻った。

 王冠部分に行くには狭い螺旋階段を上がらなければならない。あらためて女神像の中が空洞であることを思い知る。ここも薄暗いがとにかく上るしかない。

 

「大丈夫ですか?」

「き、君は随分楽そうに昇るな。さすがだな」

「運動不足なんじゃないですか? まだまだですよ」

 

 上を見上げるとまだ階段は続いていた。もう太ももがパンパンだ。

 

「だー! もう無理だ!」

「松田さん、着きましたよ」

 

 柔の声で上を見上げると、明るい場所に出てきた。狭いのは狭いがとにかく明るい。冠部分なので窓が斜めなのが奇妙であると同時に、像の上にいるという感覚を教えてくれる。上にいたスタッフによるとここに来るには全部で354段の階段を上るらしい。よくのぼれたものだと耕作は自分の足を褒めてやる。

 

「写真撮って貰いましょう」

 

 柔がそう言うとスタッフにカメラを渡して写真を撮って貰う。今度は狭かったので二人はぴったりと寄り添った。耕作も柔も顔を赤くしていたがお互いの表情は現像するまで見ることはない。

 下からどんどん観光客がやってくるので二人は息を整えて暫くしたら、下りの階段をおりはじめた。何だかもったいない気もしたが仕方がない。下りもそれなりに疲れて目が回ったが、やはり柔は平気そうだった。

 

「ちょっと休憩しよう」

 

下に降り切るとカフェがありそこでコーヒーをのんだ。二人が来たときよりも人が多くなり賑わっていた。朝早く来て正解だったらしい。

 

「これだけ観光客がいたら日本人もいるかもな」

「そうですね。色んな人種がいますけど、アジア人は少ないように感じますね」

 

 ぼんやりと人々を見る柔に耕作は問う。

 

「俺たちのこと、公表しないこと後悔してないか?」

 

 柔は耕作の方に向き直る。真剣で真っ直ぐな目を何度も柔は見て来ていた。本当に柔のことを考えてくれている目だ。

 

「授賞式の後、松田さんとの関係を聞かれてあたしこれ以上騒がれたくなくて嘘をついてしまったんです。警察の人にも記者の人にも」

「俺、暴漢だと思われてたんだよな。今思えば、よく出国できたな……はははっ」

「笑い事じゃないですよ。大変だったんですから。あれは誰だ、どんな関係だ、何をしに来たんだと怖い人たちに詰め寄られて、あたしとっさに知り合いですって言っちゃったんですから」

 

 確かに知り合いだ。しかも授賞式の場所では家族以外では一番付き合いが古い知り合いだ。

 

「俺の方も編集長から何やってんだーって散々怒鳴られたっけ。他の新聞社が柔さんのところに取材に行く前に、謝罪記事載せるからって言われて適当に返事しちまって」

「あたしが怒ったと思いました? 取材対象でしかないって書かれたコメントを見て」

「正直言うと、あれ見た時、冷や汗掻いたよ」

 

 柔はふふっと笑う。

 

「なんだ? 何かあるのか?」

「いいえ。でも、気にかけてくれてたのなら、嬉しいです」

「そりゃ、な」

 

 やっと思いが通じたのに怒らせて嫌われたらたまらない。耕作に余裕などない。

 

「さてと、エリス島へ行ってから戻って飯だな」

 

◇…*…★…*…◇

 

 帰りは地下鉄を利用した。治安が悪いと噂されているNYの地下鉄に乗ることに多少の不安を感じていた柔だが、いざ駅に行ってみると日本のように綺麗ではないが想像していたよりも全然マシな様子で安心した。

 

「昔は相当危なかったらしいけど、整備して今はそれほどでもないんだ。でも、全く安全ってわけじゃないから、勝手にどこかに行ったりしないでくれよ」

「はい」

 

 二人が下りた駅はアパートの近くではなく、買い物が出来るエリア。昨日は店が殆ど閉っていたが今日はそこそこ開いているようで、通りも賑わっていた。柔は昨日買い物できなかったことに不満はなかったが、やっぱりこういう場所に来るとウキウキするようで終始笑顔で服やアクセサリーを見ては試着していた。

 

「いいのか? 買わなくて?」

「ん~、やっぱりなんか派手って言うかあたしには似合わないかなって思ったんですよね」

 

 柔が何度も手に取っては悩んでいたのはペンダントだった。シルバーのチェーンのトップには淡いピンクの花があり、その中央には小さな透明な石が付いていた。耕作の目から見ても派手と言うわけではないが、柔は店を出て行こうとしていた。

 

「次のお店に行きましょう」

 

 そう言いながら耕作越しにさっきのペンダントを見ている。

 

「柔さん、さっきのあれ……欲しいなら……」

「いいんです。あれはなんて言うか、あたしにはまだ早いんです」

「そうかな……」

 

 正直よくわからない。欲しいなら買えばいいのに。というか買うけど、と耕作は思っていたが柔は頑として欲しいとは言わない。

 

「さすがに夕方になると寒いですね」

 

 店の外で空を見上げると茜色に染まっていた。道を歩く人たちは家路を急ぐように早足に感じられた。柔は細い指に自分の息をかける。白い息がふわっと立ち上がる。

 

「手袋、持ってこなかったのか?」

「松田さんに頂いたのは置いてきました」

「いや、あれじゃなくても持ってるだろう」

「他は持ってないです」

 

 去年、バスの窓に放り投げた安物の手袋。クリスマスだってことも忘れて一方的に会う約束を取り付けて、プレゼントもないんじゃかっこ付かないと思って急きょ買ったプレゼントの手袋を柔は冬の稽古の時には愛用している。耕作は使ってくれていることは嬉しいと思っているが、もっといいものを渡せたらよかったのにと柔にお礼を言われた時に後悔した。

 

「そうだ! 手袋買いに行こう」

「は?」

「俺も実は持ってなくて欲しいと思ってたんだ」

「え? ちょっと」

 

 さっきまではただ付いてきているという感じでいた耕作だったが、急にやる気を出してあっちこっちの店に入っては手袋を物色し始めた。

 

「あの、松田さん。あたし、手袋は頂いたものがあるので十分ですよ」

「言っただろう、俺のが欲しいんだ」

 

 そう言いつつ見てるのは女性ものばかり。前にプレゼントしたのは普通の毛糸の手袋だったが、今度は通勤でも使えるようなオシャレなものを選ぼうと思っていたが、耕作には女性もののオシャレが全く分からなかった。

 

「松田さん、これどうです?」

「え? どれ?」

 

 柔が見せてきたのは男物だった。革製の茶色の手袋は手にしっかりフィットしそうな素材だった。

 

「いや、これ男物だろ」

「でも、松田さんの手袋探してたんですよね?」

「いや、柔さんの手袋を探してたんだよ」

「そうなんですか? だったら、交換しませんか?」

「交換?」

「一日遅いクリスマスプレゼントです。お互いに選んだものを交換するんです」

「そりゃいいアイディアだ」

 

 この後数件店を回って、二人は満足げに紙袋をぶら下げていた。

 

「松田さん、一日遅いですけどメリークリスマス」

「こちらこそ、メリークリスマス」

 

 耕作は言った傍から照れてしまう。こんなことをさらっと言えるキャラじゃない。

 

「開けてもいいかな?」

「もちろんです。あたしも開けていいですか?」

「ああ、どうぞ」

 

 二人はお互いに袋を開けて手袋を取り出す。柔が選んだのは黒い革製の手袋。薄手だが手に馴染むいい素材だった。耕作が選んだのも革製のブラウンの手袋。ただ手首の辺りにファーが付いており女性らしいデザインのものだった。

 

「お! かっこいい手袋じゃないか。手も動かしやすいし、気に入ったよ。ありがとう」

 

 耕作はそう言うと、柔は嬉しそうに微笑む。そして耕作が選んだ手袋を付けると何度も眺めては嬉しくて笑顔になる。

 

「どう? 通勤の時に使えそうか?」

「ええ、もったいないくらいです。でも大切にしますね。ありがとうございます」

 

 耕作は去年のこともあってやっと肩の荷が下りたような気がした。

 

「そろそろ飯食いに行くか?」

 

 夕日が落ち始めて、辺りがオレンジ色になる頃に耕作は言った。

 

「何か食べたいものはある?」

 

 そう言われ柔はガイド本に載っていたレストランの名前を挙げた。本に載ってるくらいだから入れないかもしれないけど、一回見てみたいといい二人は向かった。

 案の定店は満席だった。だが、少し待てば案内出来ると言われ二人は店の外で待った。

 

「ロブスターで有名なお店なんですよ」

「へー知らなかったな」

「どうせお肉ばかり食べてたんじゃないですか?」

「そ……んな、こともあるかも」

 

 大きな赤いロブスターはニューヨークの名物のようで、運ばれてきたときは二人とも目を丸くして驚いた。豪快に食べる耕作を見ていると、楽しくて仕方がなく柔はずっと笑顔でいた。

 

 

「はー、美味しかったな」

「そうですね。あんな大きなハサミ食べたことないですよ」

「俺も。まだまだニューヨークは奥が深いな」

 

 仕事が忙しくて街を見る暇もないのだろう。耕作の仕事は全米に渡るのだから。

 

「今度はさ、俺に付き合ってよ」

 

 

 

 

 

 

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