「後で誰かに聞いて誤解されたくないので先に言いますが、風祭さんと会ったのはホテルです」
耕作の表情は彫刻のように固まった。瞬きも忘れるくらいだった。
「風祭さんに呼び出されてホテルの部屋に行ったわけじゃないですから。あたしもそこまでお人好しじゃないですから」
「あ、ああ。でも何でそんなとこで会うことになったんだ?」
「実は清水たちに相談があるって呼び出されて、内容も聞かれたくないしあたしがいると目立つからってホテルで話そうってなったんです。ところが当日、行ってみると部屋には清水たちは居なくて風祭さんだけがいて引き返そうと思ったんですが、タイミング悪くエレベーターのドアが開いて誰かに見られると厄介だからと風祭さんがとっさに手を引いて部屋に……」
「それで……」
「とにかくあたしも事情が分からないので部屋の奥へ行きました。もしかしたら清水たちがいるかもと思ったんです。でも、誰もいなかったんです」
「まさか、風祭の策略とか」
「いいえ。風祭さんも清水たちに呼び出されて来ただけのようです。呼び出したのは風祭さんとかつて付き合っていたかおりだったんですけどね……」
「一体どういうことなんだ?」
「清水たちはずっと勘違いをしていて、あたしが未だに風祭さんに憧れていると思っていて、でも風祭さんはさやかさんと結婚してあたしを不憫に思ってお膳立てをしたようなんです」
「なんて危険なことを……」
「あたしもそう思ってきちんと注意しました。あ、清水たちは直ぐに勘違いに気付いて部屋に駆け込んできてくれたので、本当に何もありませんでしたから。安心してください」
「あ、ああ……それは信じるよ。ただ、今後は男と二人きりで密室にいるのは勘弁してくれよ。いくら柔さんが柔道できると言っても、相手が男だと何かあってからじゃ遅いんだから」
耕作は急に不安になる。柔は強さゆえに、無防備なところがある。隙が多いと言ってもいいかもしれない。今までは耕作や風祭、富士子がいたことで免れていた危機がそのまま柔に襲い掛かるかもしれない。滋悟郎という鉄壁の防御も仕事に行っている日中やその後にはあまり効果がない。
「柔さんの周りに何か変化はない?」
「変化ですか? どういった?」
「率直に言うと、男に声を掛けられやすくなったとか」
「ナンパってことですか? それはないですね。街では声をかけられますけど、老若男女問わずですから」
「そうだよな。いや、変な奴が声をかけてこないとも限らないから、注意して欲しいなって思ったんだ」
「はい。そこらへんはお母さんにも言われてるので大丈夫です」
「そっか。それならよかった」
笑う耕作に柔は心配をしてくれてるんだと思い、嬉しくなる。でもそれと同時に思い出す。風祭が言った言葉を。
「あの、松田さん……」
「どうした?」
「風祭さんがNYで松田さんに会ったと言ってました。それは聞いていたので特に反応もせずにいたんですけど、風祭さんはNYで……」
口を閉ざす。本当に言ってしまっていいのだろうか。その時、さっきまで考えていたことを思い出す。一方通行な想いはいつかすれ違ってしまうのだと。だから勇気を振り絞る。
「風祭さんはNYで松田さんが女の人と一緒に歩いてるところを見たと言ってました。あたし、それを聞いて不安で……でも、それを電話で言ったらいけないと思って」
「どうして? 言ってくれれば直ぐにでもその人のことを話したのに」
「嫌われたくなかったから……自分で見たわけでもないのに人の言うこと鵜呑みにして、疑うようなことを言うあたしを松田さんは呆れて嫌いになるんじゃないかと思ったんです」
俯く柔の頭を耕作の大きな手がそっと撫でる。
「そんなことあるわけないじゃないか。不安なことがあれば言って欲しい。それが俺に関することなら問題は直ぐに解決するだろう」
「でも……怖いんです」
「何が?」
「決定的なことを言われたらとか考えると。何も言わないでいたらそのままで居られるって考えちゃうんです」
頭をよぎるのは想いが通じる前の日々。柔は耕作と邦子が付き合っていると思っていた。それを耕作の口から聞いたことはなかった。訊ねたこともなかった。それは肯定されることを恐れていたからだ。耕作の口から聞かなければ現実を突き付けられないまま、何事も無いように日々を過ごせる。そう思ってきたのだ。
「柔さん。君がどうしてこんな風に言葉を飲み込みようになったのかよくわからない。俺は6年も近くで見て来たけど、まだわからないことだらけだ。出会ったころの君は思いをどんどんぶつける子だった。大人になったと言えば聞こえはいいけど、それを俺にまでする必要はないよ。俺は記者だから君の変化に気付くことは出来る。でもその理由まではわからない。それは俺が鈍いってのもあるけど、言ってくれないと男っていうのはわからない生き物なんだよ」
思い返せば今までもそうだった。耕作は柔の変化を感じ取っても、その理由を察することはなく余計にこじらせたりしていた。耕作は耕作の思うままに発言し、柔はその発言に落胆する。そんな言葉が欲しいわけじゃないと。でもそれは柔自身が何を欲しているかを話したことがなかったからだ。鈍い人にそれを察してくれといっても無理な話だ。
「松田さん?」
「ん?」
柔は顔を上げた。その表情はさっきまでとは違ってちょっと明るいが目がきりっとなる。
「誰なんですか? その赤毛の女性は」