「誰なんですか? その赤毛の女性は」
「お、急に戻ったな」
「松田さん!」
「うん、あの人はカメラマンだ」
眉がピクリと動く。カメラマンなんて柔のトラウマみたいな職業だ。
「でも、ハミルトンには来ていませんでした」
「正確に言うとウチの社員じゃないんだ。カメラの腕はあるけど、ウチには雇うだけの金がないから写真だけを買い取ってる。俺は写真の腕はイマイチだから。ハミルトンには柔道を撮ることに実績のある加賀くんが会社から派遣された。だからいなかった」
「でも、取材には一緒に行くんですよね。アメリカは広いです。何日も一緒ってこともありますよね」
「ああ、そりゃな」
「そ、そんな当たり前みたいに言われてもあたし……そんなに心広くないんですよ」
「いや、だからって別に何かあるわけじゃないし。俺もむこうも仕事上の相棒であって何もそれ以上の感情があるわけも……」
「でもいつその人が松田さんを好きになるかわからないじゃないですか。邦子さんだってずっとそうだったんだし。松田さんはそういう力があるんですよ」
「あのさ……柔さんは重大な思い違いをしているから言っておく。俺はまずモテない。いや、そういうと柔さんに悪いけど風祭みたいに顔がいいとかでもないし、金もない。甘い言葉を掛けてやることもできないし、そこまで熱心にもなれない。器用じゃないんだ。柔さんのことを考えるだけでいっぱいなんだよ」
「松田さん……」
「それから風祭がどう言ったのか知らないけど、俺はその赤毛の人を何て言った?」
「カメラマンだって」
「そう。カメラマンだ。ジェシーっていうんだけど、ジェシーは男だ」
柔はポカンとする。耕作が嘘を言っているようには見えないが……。
「でも、風祭さんは女性って言ってました。見間違えるはずがないですよね」
「ジェシーは性別を超越した存在と俺は思ってる」
「どういうこと?」
「生まれた時は男として育てられた。でもずっと自分は女だと思って生きてきた。だから見た目を女性らしくしてるから、一見女性に見える。俺もそう思ってた」
「それってニューハーフって言われる人のことですよね?」
「ひとくくりには言えない。誰だって個性や好き嫌いがあってそれを一つの型にはめることが出来ないだろう。ジェシーの場合は心は女であっても、体を女性にしたいとは思っていない。そのままでいいんだけど、髪を伸ばしたり化粧をしていたいらしい。語弊はあるかもしれないが、女装ってことだな」
「テレビで聞いたことありますけど、自分の体に違和感があってそれが許せないみたいなことは?」
「ないんだって」
「じゃ、じゃあ恋愛対象は男性じゃないですか!? 心が女性なら」
「そこに引っかかるよな。これが俺がジェシーが性別を超越してるっていう理由なんだけど、ジェシーの恋愛対象は女なんだ」
「は?」
「摩訶不思議とはこのこと。一見、スレンダーな女優のような見た目だけど、体は男。でも心は女。それなのに恋愛対象は女。複雑だろう」
耕作は笑っていた。柔は困惑した表情を見せる。
「だから俺は柔さんの方が危ないと思ってる」
「どういうことですか?」
「ジェシーは小柄な女がタイプなんだって。しかもスポーツをする闘争心溢れた女が。もちろん柔さんのことも知ってるし、いつか会ってみたいって言ってたよ」
「そうなんですね……」
「怖がらなくても普段は妙に明るいアメリカ人って感じだから大丈夫だよ。だから俺のことも何とも思ってないし、俺もジェシーを恋愛対象として見ることはないよ」
「でもそんな話をどうして松田さんは知ってるんですか?」
「一応、相棒としてアメリカ各地を回ることになるだろう。出会った時は女だと思ってたからそれなりに配慮がいると思ってたんだけど、ジェシーの方からその必要はないって言われて理由を聞いたらそう教えてくれた。それに基本的にジェシーはバイク移動だし現地集合が多いんで試合会場以外では一緒にいることはあんまりないよ」
「そうですか……」
「安心した?」
「はい……でも、そんな大切な話をあたしにしてもよかったんですか?」
「本人から許可は貰ってるよ。俺には日本に彼女がいることも知ってる。その彼女が自分の存在のせいで不安を覚えることがあってはいけないから、必要なら話をしていいって。ジェシーは女に優しいんだよ。男には、特に気を許してない男や女を馬鹿にする男、それから遊び人には厳しいけどね」
柔は耕作の口から出た「彼女」という言葉の余韻に浸っていた。誰かの「彼女」になったことは初めてだし、そういう扱いをされたこともはじめただ。
「柔さん?」
「え? あの、もう安心です。あたしもいつかジェシーさんに会いたいです」
「その時はくれぐれも気を付けるように」
「はい」
作り話みたいなジェシーのことを柔は信じた。嘘だとは思えなかったから。
「でもよ、何で風祭はそんな意地の悪いことを言ったんだろうな。自分は結婚してもう人のことに構う必要なんてないのに。俺に言うならまだしも、柔さんに言うなんて何か魂胆でもあったのか」
お茶を飲みながら耕作がいう。話が随分前に戻ったようだ。
「それは……」
「心当たりでもあるのか?」
真っ直ぐ見つめる耕作の視線を外してしまった柔。それに耕作が気づかないわけがない。
「柔さん!?」
「はい。あの、実は、風祭さんにプロポーズされたことがありまして……」