YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.9 バルセロナの夜

「プ! プロポーズ!? 初めて聞いたけど」

「初めて言いますから。でも、随分前なんですよ」

「いつのこと?」

「バルセロナ五輪の48kg以下級の試合前日……」

「あ!」

 

 耕作は覚えていた。選手村でトレーニングをしていた柔を風祭がさらって行ったと、鴨田から聞いていたのだ。その時はいてもたってもいられず、探しに行こうかと思ったが鴨田に止められたのだ。

 

「でも、あたし最近までずっと冗談だと思ってて」

「冗談?」

 

 風祭が柔を好きだったことを耕作も知っていた。いつも何かと柔にちょっかいを出し、気を引こうとしていた。だから冗談なんかで言うはずがない。

 

「OKなら試合後にモンデュイックの丘に来て欲しいって言われて……もちろんお受けするつもりはありませんでしたが、万が一待っていたら申し訳ないのでお断りしに行かなきゃとは前日までは思ってたんですけど、あたし試合後すっかりそのこと忘れてたんです」

「忘れ……プロポーズされたのに?」

「はい……」

「まあ、金メダル取った後だもんな。疲れて寝ちまうわな。それに翌日も試合があるんだから、忘れても無理はない。はははっ」

 

 耕作は風祭を初めて気の毒な奴だと思った。一世一代のプロポーズを忘れられたなんて、考えただけでも虚しい。

 

「部屋で寝てたわけじゃないんです。あたし、あの夜に……」

 

 じっと耕作を見た。急に見つめられて耕作は、何かあったかとでもいうような顔でいた。

 

「ホテルサルバドールに行ったんです」

「へー、ホテルサルバ……って、俺が泊まってたホテルじゃないか」

「はい。鴨田さんにホテルを聞いて試合後に行ったんです」

「え? 俺、夜は居たと思うけど。いや、でもすぐ寝ちゃったからな。いや、待てよ。出かけたな、買い物に。しかし、何の用があったんだい?」

 

 鈍すぎる耕作に若干むくれる柔。耕作に会いに行ったなんて言ったら、喜ばせるだけだ。

 

「プレスのIDカードを返しに行ったんです」

「そう言えば、鞄に括り付けといたIDカードが部屋にあったな。あの時、鴨田も帰って来てないのに不思議だなとは思ってたんだけど、柔さんが届けてくれたのか。ん? 何でIDカードなんか持ってたんだい?」

「松田さんが富士子さんに預けたんじゃないですか。今は行けないからお守り代わりにって……結局、来てくれなかったみたいですけど」

「俺そんなこと頼んでないけど……それにあの日は加賀くんを誘拐犯から救出してたから会場には行けなかったんだ」

「邦子さんから聞きました。とても怖い思いをしたとか」

 

 耕作は加賀邦子誘拐事件について柔にあらためて説明した。

 邦子は仕事を放りだして誰にも言わず自費でバルセロナに乗り込んだが、様々なトラブルに巻き込まれ最終的にギャングに誘拐監禁された。日本では連絡の取れなくなった邦子を心配して、もしかしたらバルセロナに行ってるかもしれないと耕作に連絡があったが見かけてはいなかった。

 柔の試合当日にユーゴスラビアでお世話になったタクシー運転手と再会しその車内で「日刊エヴリー」を見つけ邦子が乗っていたことを確信する。そして耕作は誘拐されたかもしれない相棒を助けに裏街に乗り込んだのだ。

 

「その最中に君の試合を見たよ。加賀くんが監禁されている部屋の上にパメラって女の人がいて、試合を見てたんだ。しかも救出にも協力してくれてとても感謝してるんだ。彼女がいなかったら加賀くんも俺たちも助からなかっただろうな」

「そんなに危険だったんですか?」

「そりゃそうさ。相手はギャングだぞ。拳銃だってバンバン打ってくる。屋根を伝って逃げて、まるで映画さ。打たれる寸でのところで助かったんだ。あの時はもう死を覚悟したね」

 

 邦子からも話を聞いていたが、ここまでとは思ってなかった。一歩間違っていたら、この世にいなかったかもしれない。

 

「そんな事があってホテル帰った時はもうヘトヘトで。加賀くんの荷物はないから着替えを買いに行ったりしてて、その時に来てくれたのか?」

「……ええ。邦子さんにもお会いしましたが、誘拐とか監禁とかそんな空気微塵も感じませんでした」

「話したのか?」

「はい。じゃないと、IDカード渡せないじゃないですか」

「…………誤解しないでくれよ」

 

 なにかを察した耕作は柔に言われる前に言っておこうと思った。

 

「加賀くんがきっと妙な格好で対応したんじゃないかと思う」

「バスタオル一枚でした。直前まで松田さんが一緒だったと言ってました」

「あー、それは本当なんだけど、加賀くんはシャワー浴びてて俺は部屋で電話してたんだ。それで買い物に出て帰ってきたら加賀くんが腹が痛いなんて言うから、変なもの食わされたのかと思って心配して声をかけたらその……」

「何があったんですか?」

 

 柔はちょっと怒っているように見えた。

 

「襲われたんだよ。全裸の加賀くんにベッドに引き込まれて……」

「それで」

「逃げたさ。加賀くんは俺が助けに行ったのが加賀くんを好きだからだと勘違いしてて、前から俺に好意を持ってくれてるのは分かってたけど、それを俺は真剣に受け止めたことはなくてでも、そこまで女性にさせてはっきりしないわけにもいかないからちゃんと自分の気持ちを伝えたんだ……信じて欲しい」

「はい。信じますよ」

「そんなあっさり……」

「だってその後すぐにあたし、邦子さんに会いましたから。何もなかったこともわかりましたから。邦子さんに怒られました。二人ともはっきりしないからいけないんだって。あたし、それで頭がいっぱいで風祭さんのことは本当に全く思い出しもせず部屋に帰ったんです」

「そういうことか。でも、加賀くんと柔さんの間でそんなことがあったなんて知らなかったな。もしかして加賀くんって今までも何か柔さんに言ったりした?」

「え、ええ。まあ、色々と言われましたが……」

「何を?」

「それ言わなきゃだめですか。もう終わったことなので言いたくないです」

「そうか……わかったもう聞かないよ。でも一つ確認しておきたいんだけど、俺と加賀くんの間には何もない。記者とカメラマンってだけだ。だからその、骨折した時に加賀くんが来てくれただろう。あれも別に深い意味はなくて、あの後すぐに帰ったから」

「お泊りセットのあの時ですね」

 

 

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