YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.2 藤堂由貴

「…………まさか、藤堂さん?」

 

 バルセロナ五輪で引退した藤堂由貴は、柔のデビュー戦の相手だ。大きな体で威勢が良くて柔をライバルだと言っていたが、いい友達でもあった。会うのはバルセロナ五輪のあとはじめてた。藤堂は選手を引退し、試合会場で見ることはなくなった。

 近くの喫茶店に入る二人。レトロな装飾の店内は薄暗く、煙草の匂いがツンと鼻を刺激した。客は少なく、常連らしき人が新聞を読んだり、読書を楽しんでいるようだった。

 コーヒーとアイスティーを注文しておもむろに藤堂が話し出す。

 

「よく行くの? あの映画館?」

「ええ、最近は」

「そう、あたしはこの前たまたま見かけて、好きな映画やってたから時間作って来たのよ」

「ニューヨーク・ラプソディですか。あたしも大好きです」

「かっこいいよね。あの俳優」

「レオナルド・ダヴィドって言うみたいですよ」

「舌噛みそうな名前ね」

 

 柔は久しぶりに笑った。

 

「藤堂さん、随分様子が変わりましたね」

「痩せたでしょう。現役引退して太ることはあっても痩せるのって珍しいでしょ」

 

 食べる量は変わらないのに運動量が減って太ることはある。ましてや藤堂は重量級で食欲も旺盛だ。痩せることはないはずだ。

 

「何かあったんですか?」

「心配そうな顔しないで。病気じゃないわ。ただのダイエット。食事の量を減らしたの。運動はそこそこしてね。それだけ」

「安心しました」

「そうでしょ。だったら今度ショッピングに行かない。前行ったときはあまり楽しめなかったから」

「ソウル五輪の前ですね。そう言えば一緒に行きましたね」

「オシャレしなきゃとか言うから行ったけど、サイズがなかったのよね」

「そうそうそれで藤堂さん、別のお店に行っちゃってはぐれて、挙句の果てに夕立まで降って……」

 

 思い出してしまった。その時、雨宿りのために入ろうとした電話ボックス。手を伸ばすと同じタイミングで伸びてきた手に掴まれた。それが、耕作だった。二人とも妙に意識して狭い電話ボックスで夕立が止むのを待った。不思議な空気だった。

 小降りになった頃、外を走る藤堂を見つけて柔は外に出ようとした。だが耕作が呼び止めて「五輪後、独占インタビューをさせてくれ」と言ったことに柔はどこかガッカリした。仕事ばかりでたまには違うことを言って欲しかった。そうだ、もうこの時にはそんな期待を抱いていた。確実に心に耕作はいた。ただ傷つきたくなくて気づかないようにしてたのだ。

 

――独占インタビュー、結局してくれてないな……

 

「どうしたの? ぼんやりして」

「ううん。何でもないです。藤堂さんは今は何をなさってるんですか?」

「柔道の指導をしてるわ。あたしはそれしか能がないから」

「そんなことないですよ」

「本当よ。あんたみたいに就職でもしてればよかったんだけど、柔道ばっかりでそれ以外したことがないんだもの。でも、柔道があってよかったとも思うわ」

「どうして?」

「あたしには柔道があるの。オリンピックにまで出たのよ。そんな経験した人あんまりいないじゃない。他の職業はあたしじゃなくても出来るけど、柔道の指導は誰でも出来る事じゃないから。あたしは柔道があってよかったわ。あんたもそうでしょう?」

「あたしは……」

「まだ現役のあんたに言っても仕方ないわね。ところであんたは調子はどうなの? もうすぐ全日本よね」

「実はあまりよくはないです」

 

 藤堂は柔の様子を見て何かわかったようだった。

 

「あんたは体は丈夫そうだけど、心が弱そうよね」

「そうですか? あたしは自分では割と平気なんですけどね」

「忘れてないわよ、ユーゴスラビアでは酷かったわね」

 

 耕作がいなくて試合を始めて怖いと感じたあの世界選手権。本当に調子が悪くていつもの柔道が出来なかった。みんなの期待の大きさを痛感して、自分の心の弱さを知った。

 

「気づいてましたか……」

「当たり前じゃない。あれは結局何か原因があったのかしら?」

「ええ……まあ」

 

 俯いて苦笑いする柔。

 

「あんたはどうしてかそんな顔するわよね」

 

 藤堂はじっと柔を見ていた。その目は相変わらず鋭い。

 

「自分に自信がないような、困ったような顔。そのくせ、柔道だけは誰にも負けない」

「そんなことは……」

「現役の時、あんたのその態度にあたしはイラついてたわ。柔道なんてやりたくないって顔に書いてあって、無理矢理試合に出てそれで勝っちゃうんだもの。あたしは必死にトレーニングして、研究してあんたを倒すこと、五輪で金メダルと撮ることだけに青春をささげて来たのに……」

 

 柔は言葉もない。藤堂の言っていることは本当のことだ。出来れば柔道をやりたくなかった。普通の女の子のようにオシャレして恋して生きていきたかった。その事で誰かを不快にさせているなんて思ってもいなかった。

 

「でも、あたしは好きでやってただけだしそのために辛い思いをしても、それは強さに繋がるから苦じゃなかった。人はそれぞれ求める物が違って、あんたはあたしの欲しい物を持っていただけ。その圧倒的な柔道の強さ」

 

 藤堂は笑う。

 

「それから運の強さ」

 

 

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