vol.1 押せない番号
NYは3月と言えども寒くまだ上着が欠かせない時期だ。特に今年は寒いのか、1月の日本を思い出すような、冷たい風が身に染みた。
何度も受話器を取っては柔の家に電話をしようとしたが、何を言っていいのかわからずに受話器を降ろした。悲しませたことは事実だ。泣いていたのも、その理由もわかっている。
守りたいと思って努力しているのに、悲しませるのはやり方が間違っているのかもしれない。でも、耕作には記者として記事を書き、認められることしか自分の力を見せることができない。それしかつり合いが取れないと思っている。
そばにいてくれるだけでいいなんて普通なら嬉しいことなのだが、そんな男が柔の隣にいるなんて耕作自身が許せない。相手はオリンピックの金メダリストで、国民栄誉賞だ。
「それとこれとは関係ない」
そう言った鴨田の言葉は耕作を動かすのに一役買った。そのおかげで思いがけず行動に出て、告白した。だけど、その後を考えないほど子供じゃない。世間の心無い声を耕作は嫌というほど知っている。そんな声を聞かせたくない。その原因が自分であることはあってはいけない。
「今日も元気がないのね」
待ち合わせをしているわけじゃないが、時間があればここに来る。アリシアは耕作との繋がりを絶つことはなかった。ロイドに相談し、その真意を聞いた上でまだ切っていい相手とは判断しなかった。柔道の話を出来る相手はアリシアには貴重だし、日本人ということがよかった。
「まあ、いいわ。どうせ話してはくれないんでしょう。コーサクはあたしにはいろいろと質問する癖に自分のことは話してくれないんだもの。フェアじゃないわ」
「俺の事なんか知っても何も面白くないぞ」
「それはあたしが判断することよ。そもそもいつもいつもここにいるけど、仕事はしてるの?まさかここに住んでるとか言わないでよね」
「そんなこと言うかよ。そもそもこんな管理された公園に人が住めるのかよ」
「じゃあ、何してるの?」
耕作はずっと仕事のことは黙っていた。言ったら相手にしてもらえないかもしれないと思ったからだ。でも、本が発売されれば素性は知られる。その前に本をアリシアが手に取るかもわからないが、柔を書いた本なら可能性はとても高い。
「俺は新聞記者なんだ」
「記者?どこの担当?政治?経済?芸能?」
「スポーツだよ。ちなみに日本の新聞で今はアメリカのスポーツの取材をしている」
アリシアはトレーニングの準備の手を止めた。怒って帰ってしまうかもしれない。
「じゃ、じゃあ、ヤワラには会ったことあるの?」
「もちろん。ずっと取材してた」
アリシアの瞳は輝いていた。
「ヤワラはこれからも試合に出るかしら。日本で大きな賞を貰ったって聞いたわ。それで引退何て事はない?」
「それはないと思うけど……なぜ?」
「だって、ヤワラは憧れよ。まだその試合を見たいじゃない。それに次の五輪はアメリカのアトランタ。絶対に見に行くつもりよ」
「見に行くの?」
「ええ。絶対に行くわ。どんな手を使っても」
「自分が出場しようとは思わない?試合してみたいとか」
黙り込むアリシア。急に険しい表情になる。
「試合はいいわ」
「彼女は勝ち逃げするような人じゃないぞ」
「わかってるわ。でも……」
「柔さんも17歳までは試合に出たことがなかった。無名の柔道家だったんだ」
「あれほどの人がなぜ!?」
「コーチである祖父のいいつけさ。彼女も最初の試合は非公式なもので相手は強豪校の男子選手4人。さすがに試合後はへとへとだったらしい。実践を経験してなかったから、力の配分も上手くできなかったようだ」
「男子4人を相手に……」
「それからは大小いくつもの試合に出て勝ち続けてる。不戦敗あったが畳の上で負けたことはない」
「まさか……そこまでなんて……」
アリシアにさえも柔の偉業は届いていなかった。それ程、この国の人は柔道に関心がないのだ。