「詳しくは今度俺が出す本を読んでくれよ」
耕作は満面の笑みで宣伝した。
「本?あなた記者でしょう?」
「そうなんだけど、本を出すことになった。タイトルは『YAWARA!』文字通り、柔さんの取材記録からの本になってる」
「それって非公式なものでしょう?」
「まさか。本人に許可は貰ってるよ。ぜひとも本屋で買って読んでくれよ」
「わかったわ。で、最近元気がない理由は何?本が売れるか心配ってわけじゃないでしょう?」
忘れてくれてなかったことに耕作は苦笑いをする。柔とのことを名前を出して相談なんて出来ないし、ましてや年下のお嬢様に言うなんて男がすたる。
「アリシアってお嬢様だよな?」
「急にどうしたのよ。お嬢様かどうかは知らないけど、家は大きいわ」
「だったら聞きたいんだけど、もしアリシアの好きな人が何のとりえもない貧乏で不釣り合いな男だったらどう思う?」
「悩みって恋愛?あたしはあまり経験豊富ってわけじゃないから……」
「いいんだ。アリシアはどうかって聞いてるんだ?不釣り合いな男を好きになったらどする?」
「別にいいんじゃないの。お互いが好きなら一緒にいたら」
「周囲の声は気にならないか?親や友達がきっと何か言うだろう」
「心配していうでしょうね。でも、ずっと彼もそのままってわけじゃないでしょうし、変わってくれるかもしれない。それに、好きならそのままでもいいかも」
「じゃあ、それ以外の人の声は?近所の人や親の知り合いとか親戚とかあんな男何てって言うだろう?結婚なんてことになったら尚更その声は大きくなる」
アリシアは必死に言う耕作を冷静な目で見ていた。美しい顔は氷のように冷たく耕作は動きを止めた。
「身分違いの恋なんて、映画や小説ではロマチックに描かれるけど実際はありえないわ。そもそも何の取り柄もない人なんていないし、一目惚れみたいな恋は冷めるのも早いのよ。だから一瞬、熱に浮かされて駆け落ちみたいなことをしても、結局熱が冷めれば終わりよ」
「なかなか手厳しい意見だな」
「当たり前じゃない。身分違いだけじゃなく、不倫も同じよ。自分たちが幸せならいいなんてまるで子供。この世界は自分以外の方が多いのだから。その声が気にならないなんてことは絶対にないし、その声を聞きながら幸せになることも出来ない。かといって全世界の人全員に祝福されることもありえないけどね」
「大人だね……」
「一般論よ。ただ、本当に愛してるなら守りたいって思うわ。それに傷つく人が少ない方がいい。身を引いて相手が幸せになるならそれも選択肢の一つ。あたしに出来る事は精一杯やって、結論はそれからよね」
「相手には何も求めない?」
「求めないわけじゃないけど、気づいて欲しいわ。どうしたら幸せになれるかを考えて、実行する人じゃなきゃきっと想いは遠ざかる」
「強いな、アリシアは」
「そうじゃなきゃいられない環境なの。生まれた時からそうやって自分と言うものを持って、多くを学んで家族が恥ずかしくないように自分が馬鹿にされないようにきただけ」
さやかもきっと同じように生きていたのだろう。持ってうまれたものもあるが、努力をしないで得られないものはない。本人がそれを努力と思っているかは別だが、普通の人とは違う苦労はあるだろう。
だが柔は普通の女の子として育ち、周囲もそう言う目で見てた。そして自分自身もそう思っていたし、そうありたかった。だけど、ある時から特別な人間になり感情が置いて行かれた。周囲の望む「猪熊柔」と自身の中の「猪熊柔」にズレが生じたのだ。アリシアみたいに強くいられるわけもない。
「コーサクはお姫様にでも恋してるの?あ!まさかあたし?」
「なに、バカなこと言ってんだよ。俺の悩みは本のこと。売れなきゃ申し訳ないし、俺の苦労が水の泡さ」
「少なくとも1冊は売れるから安心してよ」
「はははっ、ありがとう。じゃあ、俺そろそろ取材に行くから」
耕作は自転車でアパートに帰った。今度こそ電話をしよう。受話器を取って久しぶりにボタンを押す。第一声はどうしようか、何を話そうか。そう考えながら番号を押し終わると、呼び出しのコール音ではなく話し中の音が聞こえた。日本時間は午後九時くらいだろうか。誰かと電話していても不思議じゃない時間だ。
タイミングが悪かったと思って耕作は受話器を置いた。
それから二週間後。耕作の書いた「YAWARA!」がロサンゼルス・NY・ワシントンなどの書店に並び始めた。初版の部数はかなり抑えてあるが、興味を持った書店は思ったよりも多く在庫は今のところないという連絡がスミスからあった。一先ずホッとしたが、相変わらず柔とは連絡が取れていないことに、焦り始めそして諦め始めてもいた。
なぜなら柔からも連絡が一切ないからだ。