5月下旬。朝から降り続いていた雨が弱くなってきた夕方過ぎ、柔は邦子に久しぶりに呼び出された。
「お待たせ~」
相変わらず、胸を強調した服装で甘えたような声で話しかける。相手が女だろうとそれは関係ないようだ。
「お久しぶりです」
「ここいい感じの喫茶店でしょう。程よく人もいなくて、程よく距離感があって」
柔もこの店に入った時からそう思ってはいたが、邦子があまりに大きな声で言うから何となく気まずくなった。しかしそんなことお構いなしの邦子は水を持ってきたウェイトレスにケーキセットを注文するとさっそく話始めた。
「この前の体重別はさやかさんがいなくて、あっさり優勝だったわね」
「そんなことないですよ。みなさん強くなってきてますから、あっさりなんてありませんよ」
「そんなこと言って~結構トレーニングしてたんでしょう」
「ええ、まあ」
邦子はカメラウーマンだが記者の野波と試合前になると良く取材に来ていた。以前は猪熊家で取材されることが多かったが今は日中の稽古は会社の柔道部で行っているので、そちらに取材が来ることが多い。
稽古も滋悟郎だけを相手にするよりも、色んな相手と稽古した方が経験になる。柔道部ではそれが出来るので今まで以上に力の入った稽古が出来るようになった。
「ところで、最近はどーなの?」
「何の事ですか?」
「もう、耕作のことよ」
柔の表情が一気に硬くなる。今、一番聞かれたくない話題を聞かれたくない人にされた。
「え? なにその表情。上手くいってないの?」
「いえ、その、上手くいくとかいかないとかでなくて、全然連絡を取ってない状態で」
「えー!! 何やってるの!?」
店内に響き渡るような大きな声で邦子が言うと、数少ない客と店員が一斉に邦子を見つめる。しかし、その誰もが視線で注意すると邦子は苦笑いをした。すると何事も無かったかのような店内に戻った。
「どういうことよ? 連絡取ってないっていつから?」
「今年の1月からです」
「もう4、5か月くらいってこと?」
こくりと頷く柔。
「喧嘩でもしたの? それとも耕作が何かやらかしたとか? え? 浮気?」
「あたしが悪いんです。松田さん、多忙な中、帰国して会いに来てくれたのにあたしがわがままを言ったから怒らせてしまったんです」
「そう言えば1月に帰って来てたわね。編集長と話してるのを見た気がするわ。でも直ぐにNYに戻って……うーん耕作が怒るなんて考えられないけど」
「もしかしたら、呆れて冷めてしまったのかもしれません」
邦子は不安そうに微笑む柔を見ていて胸が痛む。
「そんなことないと思う。だって耕作はずっと柔ちゃんのこと見てたのよ。ずっと、ずっと見てたの。6年以上も見てて、ずっと好きだったんだから。呆れるとか、嫌うとかそんなことあるわけないわ」
「でも、あたしは松田さんが一番聞きたくない言葉を言ってしまったかも知れなくて」
「何を?」
「一緒にいられないなら引退してもいいって……」
それには邦子も言葉もなかった。耕作にとって柔と柔道は二つで一つのようなもので、いずれ来るであろう引退の日まではその二つを大切にして行こうと思っているはずだ。
「でも、柔ちゃん、柔道辞めてないじゃない? それどころか絶好調な気がするけど」
「それは、色々考えて松田さんがいないからって柔道できないとかやりたくないとか思うのは松田さんの負担になるんじゃないかと思って、あたしは心を強くしようって決めて日々稽古してるんです」
「そっか……だったらきっと大丈夫よ。耕作は柔ちゃんと一緒で怒ってるかもって思って連絡しにくいだけよ」
「そうでしょうか?」
「そうよ。だから連絡してみるといいわ」
「はい……」