加賀邦子から電話があったのは、午前6時を過ぎたくらいだ。耕作はまだ眠りの中にいた。日本では朝刊の編集作業の真っ最中なので、電話で起こされることはあるが相手が邦子だったことは一度もない。だから耕作は頭が一瞬真っ白になった。
「ちょっと、聞いてる?」
「え? ああ、まだ寝ぼけてる」
「もう、いい加減にしなさいよね。よく眠れるわ」
「何かあったのか!?」
ここまで怒っている邦子に耕作は日本で何か重大な事件でも起きたのではないかと思って、一気に目が覚めた。
「あったのはそっちでしょう」
「は?」
今度はNYで何かあったのかと思い、カーテンを開けるがいたって平和な薄明るいNYの朝の光景が広がっている。
「柔ちゃんの事よ」
「あー」
状況はつかめた。何か聞いたのだろう。
「『あー』じゃない! ただでさえ、遠距離ですれ違ったら永遠にすれ違える距離にいるのに、何で連絡してあげないの! 柔ちゃん、淋しがってたわよ」
「え!? 本当に?」
「嘘言ってどうするのよ!」
耕作を怒鳴りながら邦子は会議室の外を気にしていた。相変わらず、騒々しい編集部は邦子がここにいることに気付いていないようだがいつ誰が入ってくるかわからない。
「まあ、2人のことは2人で何とかしなさいよ。とにかく、あたしが聞きたいのは風祭さんのこと」
「風祭~? それならそっちの方が詳しいだろう」
「そう言うことじゃなくて、柔ちゃんと風祭さんのこと、何か聞いてる?」
「何かって……去年の秋に会ったって言ってたな」
「どこで?」
「確か、ホテルの部屋で」
「何で?」
「変な勘繰りするなよ。どうやら柔さんの高校の友人が何か壮大な勘違いをしていて、2人の仲を取り持とうとしたらしいんだ。でも直ぐに勘違いだってわかって部屋に入って来たから何もなかったって」
「そのこと、他に誰か知ってる?」
「どうだろうな。その時いたのは風祭と友達3人って言ったかな。で、それがどうしたんだ?」
邦子はしばし沈黙する。鞄をちらっと見て受話器を握りしめた。
「その時の写真があるの」
「え? どの?」
「だから、風祭さんにと一緒に部屋に入って行く柔ちゃんの写真よ」
「どういうことだ?」
「あたしだってよくわからないわよ。でも、さっき柔ちゃんに会って話して風祭さんと何かあるようには見えなかった。だけど耕作とは微妙な感じって言うし、どうしたらいいかって悩んだけどやっぱり心配だし……」
「その写真はどこから入手したんだ?」
「それがね……それが一番不可解で」
「いいから、誰が持ってたんだ?」
邦子はもう一度、暗い会議室から編集部を見る。明るい室内を人がせわしなく動く様が見える。その中に、いるだろうか。
「野波くんよ」