「うん……コーサクも元気出してね」
アリシアは電話を切った。もっと喜んでくれると思っていたのに、耕作の反応はいまいちだった。だけど、せっかく兄がおぜん立てした試合をみっともないものにはしたくない。アリシアは興奮が冷めないうちに道場へ向かう。普段はトレーニングをしない時間だが、今は体を動かしたくて仕方ない。
その一方で耕作は思い切り落ち込んでいた。柔がNYに来ることになっても連絡もしないということは、完全に見放されたということに違いない。それどころか新しい恋人まで作っている。いや、でも、もしかしたら何かの間違いかもしれない。でも、こんな新聞が出て何の連絡もないなんて……。
頭を抱えて考えていると、また電話が鳴った。もしかして柔かもしれないと思い受話器をとると、また違う人だった。
「耕作! 大変よ!」
邦子の甲高い声が耳に痛い。
「柔さんのことか?」
「そうよ。連絡でもあったの?」
「…………」
「なかったのね。でも、どうして知ってるの? 新聞が出たのは今日よ」
「今日? 今日って今日か?」
「なにわけのわかんないこと言ってるのよ。数時間前のスポーツ東京の朝刊に載ってたの。柔ちゃんの記事が。でも何で耕作が知ってるのよ?」
「誰かが俺にFAX送っただろう。それ見て知ったんだよ」
「え? 誰よ。そんなことしたの?」
「しらねーよ。でも確かに届いてる。時間は……あれ、この時間にそっちに誰かいるのか?」
FAX用紙の端には着信日時が出ている。そこには午後15時12分と出ていた。これはもちろんNY時間だ。
「耕作、聞いてる?」
「え? 何?」
「だからさっき出社前に柔ちゃんの家に行ったの。心配だったから。そしたら誰もいなくて」
「朝早くて寝てたんじゃないのか?」
「そんなわけないじゃない。朝稽古してる時間よ。でも誰も応答もなかった」
「玉緒さんも?」
「そうよ。新聞のこと知って居留守使ってるのかわからないけど、誰も出てこなかった」
「電話は?」
「かけたけど、繋がらない。それに最近、柔ちゃん家の電話繋がらないのよ。昼間だとたまにおじいちゃんが出てくれるけど夜はダメ。でもさっきは朝だったけど繋がらないわ」
電話が繋がらないのは自分だけではなかったのか。それともマスコミ対策で何か導入したのか。ただ、柔と滋悟郎はNYに向かっているからいないのは分かるが、玉緒までいないのはよくわからない。虎滋郎が見つかってからは、家をあけることは殆どないという。一体何が起こっているのか。
「加賀くん、昨日、編集部に誰が残ってた?」
「えっと、昨日は野波くんがいたわ。他はみんな帰ったわ」
「野波? それで今は」
「それが休みを取っていないのよ」
「FAXの時間を見ると、午前4時頃まではそこにいたはずだ。送ったのが野波なら。でも、何で休んでるんだ?」
「お母さんが倒れたって。それで実家に帰りたいって。あたしもさっき聞いて驚いたわよ。だって、野波くんの実家ってNYなのよ」
「何だって?」
「NYよ。そんな急に帰れるのかと思ったけど、飛行機に空きがあって乗れそうだって電話があったらしいわ」
耕作は嫌な予感がした。野波が持っていた柔と風祭の写真。その事を未だに誰にも話していない内に出た、柔の別のスキャンダル。その記事を耕作に送り付け、期を同じくしてNYに来る柔と野波。何かが動いているような気がする。
「すまない、加賀くん。野波の顔写真を送ってくれないか?」
「え? 何に使うのよ」
「もしかしたら接触してくるかもしれない。顔がわかってないと不安だ」
「わかったわ。すぐに送るわ。でも、耕作、野波くんよりも柔ちゃんと連絡取りなさいよ」
「ああ……その当てはあるから」
電話を切ると数分してFAXが動きだし、野波をはじめて見ることになる。その顔を目に焼き付け、耕作は急いで記事を書きあげた。外の喧騒が聞こえないほどの集中力を持て仕事を片付けた。