vol.1 富士子へお土産
NYから帰国した柔は、そのまま会社も休みに入ったので一日休んで翌日の29日にお土産を持って富士子のアパートへお邪魔した。
「いらっしゃーい。どうぞ上がって」
相変わらず背の高い富士子だったが、満面の笑みで迎え入れてくれてその姿勢はいつも人より低いくらいだ。結婚当初から住んでいるアパートは1DKで体格のいい花園と富士子では手狭のようにも思えたが、特別不自由は感じていないようだった。
「あれ? フクちゃんは?」
「花園くんがお散歩に連れて行ってるの。しばらく戻って来ないと思うわ」
たまには育児をお休みして、女友達で楽しく話をしたい。そう思って富士子は花園に頼んでいたのだ。
柔はお菓子や雑貨などのお土産をいくつか渡すと、富士子は一通り感想を言っていよいよ本題と言わんばかりに身を乗り出す。
「で、松田さんとイチャイチャできたの?」
突然の富士子の言葉に柔は目をパチクリする。
「イチャイチャってそんな直ぐには出来ないわ。あたしたちおつきあいを初めてからすぐに離れ離れになったんだから」
「それはそうだけど、ずっと想い合ってきたんじゃない。こう、情熱が高ぶってしまったみたいなことにはならなかったの?」
柔は俯いて首を横に振る。
「富士子さんが想像するような大人な関係にはなってないわ」
「じれったい二人は、恋人同士になってもじれったいってことね。それが二人らしいけど」
「そうかな……」
「でも少しは甘えて来たんでしょ」
柔は何かを思い出したようで、顔がにやけた。
「あやしい~何を思い出したのかしら?」
「あのね、松田さんがねロックフェラーのクリスマスツリーに連れて行ってくれたの」
「有名なツリーよね。イルミネーションが綺麗なのよね」
「そうなの。あたしまさかそこに向かってるとは知らなくて、突然目の前に現れた輝くツリーにびっくりしたんだけど、松田さんに手を引かれてツリーの近くまで行くと誰かに背中を押されて松田さんの胸に飛び込んじゃったの」
「それで、それで」
「それでね、あたしドキドキしたんだけどとっても幸せで、松田さんはどうかなって思って顔を上げたら松田さんがじっとこっち見てて」
「うん、うん」
「それでね、キスをしたの」
「キャー。ロマンチック~」
「そうでしょう。それだけで、十分よ」
柔は幸せそうな顔をしていた。しかし寂しそうな顔もしていた。耕作がいないことの寂しさや不安を富士子たち友人では取り除くことはできないのだ。
「そう言えば猪熊さんがNYへ行った次の日に家に荷物が届いたの」
富士子は立ちあがると、タンスの上に置いていた小さな白い袋を柔の前に置いた。
「これは?」
「松田さんからよ」
「え?」
「段ボールで来たんだけど、届いたら開けてくれって書いてあったから開けたの。そしたら中にその袋と別の箱があってそっちフクちゃんにクリスマスプレゼントってことでおもちゃが入ってたわ」
富士子は木製のおもちゃを見せた。角がなく、口に入れても安全なおもちゃだった。
「じゃあ、これは?」
「猪熊さんのに決まってるでしょ」
困惑したように柔は富士子を見る。でも富士子はニヤニヤしてるだけ。
そもそも、花園家に耕作から柔宛ての荷物が来ることは初めてじゃない。それどころか手紙はいつもここに郵送される。原因は滋悟郎だ。以前送られてきた耕作からの手紙は、取材だと思い開封してしまったのだ。この時は幸いにもNYの住所や近況などが書いてあったくらいだが、内容は思いきり見られている。それに激怒した柔だったが、滋悟郎が手紙を勝手に開封したり隠したりするのはいつものことなので何を言っても意味はない。玉緒がいれば防げるがいつも必ずいるわけじゃないし、パリに行っている間はどうしようもない。
そんな時に、富士子から「ここに届けて貰えばいいじゃない」と提案を受けたのだ。最初は遠慮して断ったが、滋悟郎監視網をすり抜けることは容易くなく富士子に甘えることになった。
柔はその白い袋を開ける。以前は柔の誕生日プレゼントとして時計が入っていた。今回は何だろうか。NYにいた時に耕作は何も言っていなかった。
「マフラー……じゃなくてストールかしら」
袋からスルスルととりだされたのは暖かそうなストール。色はグレーで手触りがとても気持ちよかった。
「何か落ちたわよ」
富士子がそう言うと、柔の足元には小さなカードが落ちていた。
『メリークリスマス & ハッピーニューイヤー』と書かれていた。
柔はストールを抱きしめると、幸せそうに微笑んだ。
「クリスマスプレゼント用意してくれてたんだ」
◇…*…★…*…◇
暫くすると花園と富薫子が帰ってきた。
「おー猪熊久しぶりだな」
「あ、花園くん、フクちゃんおかえり」
「だー‼」
そう言いながら富薫子はてとてとと柔の元に歩いてきた。
「もうすっかり歩けるようになったわね」
「そうなの。あちこち歩き回って大変よ。足腰は強い子のようだわ」
「その方がいいんだ。柔道には足腰が重要だから」
二人の富薫子を柔のように育てる計画は着々と進んでいるようだった。
少しの間だが富薫子と遊んだ柔は夕方前にはアパートを出た。
「富士子さん、花園くん。松田さんの手紙いつもありがとう」
「何言ってるの。私たちの方が猪熊さんのお世話になってるんだからこれくらいなんてことないわ」
「そうだ、気にするな」
「そう言ってもらえると楽になるわ。じゃあ、またね。フクちゃんもバイバイ」
富薫子は小さな手を広げて横に振る。1歳になって少し表情も出てきた富薫子は微笑んでいた。