コーヒーを片手に二人はいろんなことを話した。柔は藤堂と再会したことや浅野のことなど柔道以外のことも何でも伝えておきたかった。
「手紙に書いたんですけど。ジョディ、赤ちゃん産まれたんですよ」
「知ってるよ。俺も書いたよ。女の子だろう。あの2人の子なら元気で大きくなるだろうな。それで柔道もやるんだろうな」
「柔道をさせたいって書いてありました。幸せそうな笑顔の写真も入ってました」
手紙には柔の子供と五輪で試合させたいとも書いてあった。この手紙を見たときには、耕作との仲がうまくいってなかったので、なんだか複雑な気持ちになっていた。
耕作も本の出版の事やNYの友達のこと、取材先での面白い話など尽きる事のない会話をしていたが、進む時計の針は止められず午後を過ぎた。
「そろそろリミットかな」
「一度、ホテルに戻らないと」
「俺も行くよ」
「そんな、いいんですよ。おじいちゃんに見つかったらうるさいし」
「いや、滋悟郎さんには隠さなくてもいいと思ってるし」
「でも、面倒ですよ」
「味方に付けたら心強いよ」
「口が滑ったって記者さんに言っちゃいますよ」
「でも、いつかは知られることだし」
「だったらあたしは自分のタイミングで言いたいです。もう、おじいちゃんにめちゃくちゃにされたくない」
過去のことを思えばそう思っても無理はない。
二人は大通りでタクシーを拾いホテルに行った。あと少し……その時間を惜しむように手を握った。それが今二人に出来る唯一のことだ。
ホテルの正面玄関に行くと、昨日耕作と一悶着あったベルボーイが出迎えてくれた。耕作に気付いて顔が固まったが、さすが一流ホテルの従業員なだけあって屈託のない笑顔を見せた。
「そろそろ来るころだと思ったわ」
ホテルのソファに座っていたアリシアが二人を見つけて近寄って来た。それを見てベルボーイは目を丸くする。
「ここだと迷惑になるから中に入って」
アリシアは二人をホテルのロビーに招き入れ、あまり機嫌のよくない表情で二人を見ていた。
「そう言うことだったの?」
顔を見合わせる耕作と柔。
「まあ、そういうことだな」
「聞いてないわ」
「言ってないからな」
「ずるいわ!あたしからは色々聞き出したくせに、コーサクは何も言わないなんて」
「それが記者だしな。それに柔さんのこと言ったって信じなかっただろう」
「それもそうだけど、本が出た後なら信じたわ」
「悪かったよ。それでここで何してるんだ?」
アリシアはさらに怒った。顔が怖くて耕作は一歩後ずさる。
「ヤワラはあたしと観光に行ってることになってるんでしょ。だったらお土産の一つでも必要だと思うじゃない」
「それでわざわざ届けてくれたのか?」
「そうだけど、違うの。これは試合のお礼のプレゼント。だから気にしないで、ヤワラ」
「そんな悪いわ。迷惑かけたのにプレゼントまで」
「いいの、いいの。でもわかったわ。ここ数ヶ月コーサクが元気なかった理由も。二人の関係がぎくしゃくしてたのね」
「何言ってんだよ。元気ないことなんか……」
柔は期待するような目で見ている。
「そうだよ。落ち込んだり考え事したりして元気何てなかったよ」
「素直が一番よ。それで、ここでヤワラとはお別れなの?」
「ああ。空港へは滋悟郎さんが一緒だし俺は付いて行かないよ」
「そう、じゃあ思う存分別れを惜しんで。あたしはその辺にいるから」
そんなことを言われてもこの国の人たちみたいに、イチャイチャできるわけもなくただ言葉を掛ける。
「今度はいつ会えそうですか?」
「これから忙しいからな。スポーツ大国だから一年中試合があるんだ」
「じゃあ、いつ来ても同じですね」
「まあ、そうかな。でも、NYにいないときもあるし」
「その時はその時です。電話はもしかしたら調子悪いかもしれないので確認しておきます。手紙は会社に送って貰ってもいいかもしれません」
「そっか、色々すまない。帰ったら一度電話してくれないか。繋がるかだけでも確認しておきたいし」
「はい。わかりました」
にっこり笑う柔に耕作はなんか吹き出してしまう。
「何がおかしいんですか?」
「だって、今の会話、会社員の会話みたいじゃないか。別れを惜しむカップルって感じじゃ全然ないな」
「仕方ないですよ。ここは沢山人がいるので」
「いや、柔さんがいつまでも俺に敬語だからそう思うのかも」
「あ……そう言えばそうですね」
「徐々に失くしていければいいと思うよ」
「はい……あの。松田さん」
「ん?」
「わがまま聞いてもらってもいいですか?」
「なんだい急に?」
「ぎゅってしてください」
「ここで?」
「はい……」
耕作はちょっと考えた後、柔を包み込むように優しく抱きしめた。
もう言葉はいらない。二人はただお互いの鼓動と体温を感じあい、そして静かに離れた。
「じゃあ、もう行きます。一緒にいてくれてありがとうございます。楽しかったし、幸せでした」
「俺もそうさ。ありがとう」
柔は涙を拭いて手を振った。ロビーの端で待つアリシアの元に行くと、呆れ笑いをしていた。エレベーターに乗るのを見届けたら耕作は再びタクシーに乗りとある場所へ向かった。