「おじいちゃん、迷子になってないかしら?」
「ジゴローは目立つから例え迷っていても、すぐに見つかるわ」
JFK空港の片隅で柔とレオナルドの秘書であるステファニーは談笑していた。日本で洋服を用意したり、往路で利用したプライベートジェットでの身の回りの世話もしてくれて柔は友達のように打ち解けていた。
ここにレオナルドはいないが、柔と滋悟郎だけにしておくことも出来ない。自分たちの都合で渡米させた以上、日本に着くまで責任を持って送り届けなければ行けない。柔は今では世界的なスターだ。本人の自覚が足りない分、周りが注意しなくてはいけない。
もうじきNYを離れて東京に行く。そう思うと寂しいが、昨日までの不安と比べればなんてことないと柔は笑っていた。この7ヶ月間の苦しみが柔を精神的に強くした。昔の柔だったらとっくに心が折れていたか、耕作のことを忘れていたかもしれない。でも、自分の想いを自覚して、この人しかいないと思ってでも、自分の想いだけを押しつけて勝手に悲しんで苦しんだことが柔を成長させた。
晴れやかな顔で日本に帰れる。そしてまた会いに行こうと空を見上げる。
そんな柔の背後から、気配を消すように人影が近寄ってくる。騒がしい空港内で、一人異質な空気を纏いキャップを深々とかぶり鋭い目つきで歩く。男が手を伸ばし、柔に話しかけようとしたとき男の肩に強い力を感じた。
「何してんだ?」
男は慌てて逃げだそうとしたが、また別の強い力により取り押さえられる。
「おぬし、何者ぢゃ」
「滋悟郎さん!」
「日刊エヴリー! おぬしこそこんなところで何を!?」
耕作と滋悟郎は目を見合わせ驚いているが、滋悟郎はしっかりその不審者を捕えている。
「とにかく、ここじゃ柔さんに見つかるから離れましょう」
「うむ。そうぢゃな」
空港の警備員が来る前に3人は柔の目や耳に入らない場所に移動した。幸いにも空港は騒々しい場所なので、さっきの声も届いていないようだった。
滋悟郎に自由を奪われたものは観念するしかなく、男は大人しく付いてきた。万が一の時に備え、耕作もすぐに動けるようにしていた。
「この辺りでいいぢゃろう。おぬし、何の目的で柔に近づいた」
「なんのことだか。僕は金メダリストの猪熊柔がいたから声をかけようと思っただけです。ただのファンです」
「なーにがファンぢゃ! あんなまがまがしい気配で近づいて、もう一歩近づいておったら柔にさえ気づかれておったわ」
「危害を加えようとか思ってたわけじゃないんです。ただ声をかけようと思ってただけで」
「おぬし、日本でもそうやって柔に近づこうとしたのではないか?」
「なんのことですか? そんなことありませんよ」
「しらばっくれるでないぞ! 毎日、無言電話を掛けて来てるのは分かってるんぢゃぞ」
想像もしてない言葉に耕作は驚く。
「僕はそんなことしてません」
「じゃあ、何で嘘をついた?」
耕作が男を強い目でにらむ。
「嘘?」
「どういうことぢゃ?」
「お前、野波だろう。日刊エヴリーで俺の後任になった」
そう言われて滋悟郎はハッとする。そしてかぶっていたキャップを取る。
「どこかで見たと思ったら、試合会場で見たんぢゃ」
「記者ですから、取材くらいは行くでしょう。でも、さっきファンだと嘘をついた」
「記者だって言ったら話がややこしくなるかと思ったんですよ」
「もうすでにややこしいわ! で、おぬしが無言電話の犯人ではないのか?」
「だから、違います。僕はただ話をしたかっただけで」
「なんのぢゃ? 取材ならわしが受けよう」
「いえ、個人的なことと言いますか」
口ごもる野波。その表情を耕作は見ていた。
「そのポケットの中はなんだ?」
「な、何のことですか?」
「さっきから、上着のシャツの裾を頻繁に触ってる。本当はもっと上が気になってるんだろうけど、触ると怪しまれるか触れない。でも気になる。違うか?」
野波は手を放すと一瞬耕作を見た。その目はとても鋭かった。
「出して見せてみろ。やましいものじゃないなら平気だろう」
「これは……見せられません」
「ええい! じれったい。さっさと見せんか!」
滋悟郎が強引にポケットに手を入れてその物を取り出す。それはひらりと空を舞い、耕作の足元に落ちた。
「見たらいけません。見たら後悔しますよ」
「しないよ」
拾って見るそれは写真で、耕作の想像通りのものだった。
「わしにも見せてみろ。ん? これは……これはなんぢゃー!!」
滋悟郎の声が空港に響き渡る。一瞬静寂に包まれるが、すぐに賑やかさは戻りでも滋悟郎は顔を真っ赤にして写真を見ている。